第54話 貫かれる胸

文字数 1,650文字

 アズラルトの背後にいるマルヴィナとガルディス。残っているかつての勇者一行が、これで一堂に会することとなった。

 ファブリスが奥歯を噛み締めた。次の瞬間、その奥歯が砕け散る。

「アズラルト!」

 距離を詰めるためにファブリスは大剣を片手に走り出した。アズラルトを守ろうとしての行動なのだろうか。それを見たマルヴィナとガルディスがアズラルトの前に立つ。

 ガルディスから人の頭ほどの火球がファブリスに向かって放たれた。ファブリスは走りながら大剣を振り下ろして眼前でそれを二つに斬り裂く。

 それに呼応するかのように上空からガルディスに向けて雷撃が落とされた。アイシスの魔法だった。
 そのままガルディスに直撃すると思われた雷撃は、マルヴィナが展開させた防御壁によって弾かれる。

「ほれ、お主らの相手は妾じゃぞ。命を弄ぶこと。その全てを否定はせぬが、あの人形はやり過ぎじゃな。今、妾は気分が悪いのじゃ」

 上空に浮かぶアイシスからガルディスに向かってそんな言葉が発せられた。人形とはあの魔導兵器を指しているのだろうとファブリスは思う。

 マーサは殺到しようとする兵士たちを牽制しながら魂消しを発動している。

 どうやらファブリスがアズラルトだけと対峙できる状況を彼女らが与えようとしてくれているようだった。そんなマーサとアイシスに対してアズラルトの中に感謝する気持ちが生まれる。

 感謝?
 自分の中で生まれたそんな思いに、ファブリスは驚きつつも鼻で笑う気分だった。やはり自分は変わりつつあるのだろうとファブリスは改めて思う。

 ファブリスがそこまで考えた時だった。アズラルトの姿は既に自分の手が届く位置にあった。アズラルトの姿を再認識した瞬間、ファブリスの脳裏が再び泡立つ。

「アズラルト! 貴様は死ね!」

 吐き出した感情のままにファブリスは上段から大剣を振り下ろした。アズラルトはそれを難なく手にしている長剣で弾いて見せた。

「邪神の力を得たのか。それとも貴様が邪神そのものになったのか? いずれにしても大したものだな」

 ファブリスはアズラルトの言葉には答えず、弾かれた大剣を構え直す。

「何故、あんな真似をした?」
「あんな真似?」

 アズラルトは心底、意味が分からないといった顔をファブリスにしてみせた。

「何故、セリアを殺した。何故、俺たちを裏切った?」
「裏切った? 流石、低脳な魔族だな。いつ、お前が俺の仲間になった。俺がいつお前を仲間などと言った? つけ上がるなよ。お前など、邪神封じの剣を使うための駒でしかない。その駒と誼を通じたのであれば、セリアも駒でしかなくなる」

 アズラルトが小馬鹿にしたような笑いを顔に浮かべる。ファブリスの脳裏が再び一気に泡立ち沸点を越える。

「貴様がセリアを殺した。俺の子供を殺した。俺の家族を殺した。ならば、貴様は死ね。貴様の肉片一つも残さず、この地上から消してやる!」

 ファブリスは再び上段から大剣を振り下ろした。常人では避けることも受け止めることもできない速度と斬撃の重みのはずだった。

 だが……。
 次の瞬間、ファブリスが振り下ろした邪神封じの大剣はそれまでアズラルトがいた大地を深く切り裂いただけだった。

 ファブリスの口からどろりとした鮮血が溢れ出る。アズラルトの姿は大剣を振り下ろしたファブリスの懐近くにあった。

「邪神の力を得れば俺に勝てると思ったか。己の復讐を果たせるとでも思ったか? 低脳な魔族が考えそうなことだな。だが、忘れたのか? 俺は邪神討伐の勇者だぞ。邪神如きに遅れをとるはずがない。低能な魔族、知っているか? 邪神は勇者に駆逐されるものなのだ」

 アズラルトがファブリスに向かって吐いた言葉には呪詛の響きがあった。ファブリスの胸には深々とアズラルトが握る魂喰らいの長剣の切っ先が突き刺さっている。

 口から溢れ出る鮮血とともにファブリスの体が大地の上に音を立てて崩れ落ちる。
 意識が急速に闇に飲み込まれていく。消えかかる意識の片隅で、赤毛の娘が叫ぶ声をファブリスは聞いた気がした。
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