第20話 この世の理

文字数 1,572文字

 「ファブリス様は雰囲気が少しだけ変わったのかもしれないな」

 その夜、隣の寝台からそんなマーサの声が聞こえてきた。ファブリスは隣の部屋なので、この部屋にはエルとマーサだけしかいない。

 ファブリスがどのように少しだけ変わったのか。それが分からず、エルは黙ったままだった。

「自らも焼き尽くすかのような張り詰めていたものが少しだけ和らいだ。私たち獣人族にとってそれがいいことなのかは分からないが、ファブリス様にとってはいいことなのかもしれない」

 はあとエルは頷く。その返答にマーサは少しだけ笑い声を上げた。

「エルは相変わらず、はあはあばかりだね」

 隣の寝台にいるマーサから苦笑する雰囲気が伝わってきた。

「……ねえ、マーサ、ファブリスさんって勇者様に同行していたんだよね。そして一緒に邪神を倒したんだよね?」
「そう聞いているな。そこで何かがあったらしいが、詳しいことは私も知らないんだ」

 そこで人族や魔族を恨む何かがファブリスの身に起こったのだろうか。
勇者様に同行して邪神を討伐する。その過程であそこまで人族や魔族を恨むようなことが起こるのだろうか。それがエルの率直な疑問だった。
 
 黙り込んでしまったエルに向かって、マーサが再び口を開いた。

「そこで何があったかはともかく、最近のファブリス様は明らかに変わられた。ファブリス様が少しだけとはいえ変わったのは、お前がいるからだぞ、エル」
「え、私?」

 意外なマーサの言葉だった。思わずエルの声が甲高くなる。

「まあ、その理由は私にもよく分からないげどね。でも、ファブリス様はエルと会ってから少しだけ変わられたのだと思うぞ。あるいは、少しずつ変わりつつあるのかもしれないな」

 再び自分によってファブリスが変わったとマーサに言われたのだったが、やはりエルには今ひとつ分からなかった。

「マーサ、邪神の力って何なのかな?」
「ん? この世の理を変える力さ。獣人族では昔からそう言われている。だから獣人族は邪神様に従って、獣人族の住みやすい世界に変えてもらうのさ。先の邪神様は人族の勇者に倒されたけどね」

 魔族や人族の間では、自分たちを滅ぼそうとする存在として恐れられている邪神。それが獣人族にとっては希望となっているのだとエルは思う。

 この世の理を変えるという邪神の力とは何なのだろうか?
 では、ファブリスが引き継いだという邪神の力もこの世の理を変えるという力なのだろうか?
 それに、そもそもがこの世の理とは何なのだろうか?

 エルはそんなことを考えながら眠りの中に落ちていくのだった。




 それから三日後、次の旅に向けて準備が終わったエルたちはライザックを発つことになった。
 人族、魔族を皆殺しにしようとしているファブリスのことだ。街中で大剣を振り回して暴れ出すこともあるかもしれないと考えていたエルだったが、どうやらその心配は杞憂に終わったようだった。

 ファブリスもマーサも今のところは無差別で魔族や人族を殺して回るつもりはないようだった。ただその時がくれば、石ころをどかすように魔族や人族を殺すだけだとしても。

「マーサ、次はどこを目指すの?」
「宗教都市のアルガンドだよ。マナ教の総本山さ」

 ……マナ教。
 マナ教はこのダナイ皇国の中で最も信者の数が多い宗教で国教にも指定されていた。人族だけではなく、魔族の中でもその信者の数は多いとエルは聞いていた。

「そこに先の邪神様を倒した者がいる筈だからね」

 先の邪神を倒した者。つまりはゴムザのような勇者様に同行した者がいるということなのだろう。となると、やはりファブリスの旅の目的は勇者たちに何らかの恨みをはらす復讐の旅ということなのだろうか。

 目抜き通りを城門に向かって歩くエルたちだったが、通りはいつにもまして喧騒で満ちていた。

「おい、広場で奴隷の子供が処刑されるってよ!」
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