第52話 全てが終わった時には

文字数 1,652文字

「入れないのならば、出てこさせればいい」
「何じゃ、結局は外で暴れるだけか。まあ、その方が簡単で面倒はないがのう」

 ファブリスがこれからやろうとしていることを理解したのか、アイシスが呆れたような声で言う。
 ファブリスはアイシスの言葉には構わないでマーサに視線を向けた。

「マーサ、魂消しだ」

 マーサは軽く頷くと銀色の毛並みを持つ魔獣へと変化を始める。それを横目で確認しながらファブリスは赤色の瞳をエルに向けた。

 エルの顔が青白く見えるのは、緊張から血の気を失っているからなのだろうかとファブリスは思う。

 エルもファブリスの視線に気づいたようで、同じ赤色の瞳をファブリスに向ける。

「エル、お前はこの辺りで隠れていろ。全てが終わった時には……」

 ファブリスはそこで一呼吸を置いた。
 自分は今、何を言おうとしているのか? 
 そんな疑問が自分の中に浮かんだが、それを押さえ込んでファブリスは言葉を続けた。

「……約束は何もできないが、お前の願いが叶うといいな」

 ファブリスの言葉にエルは無言で赤毛の頭を縦に動かした。その時、ファブリスの言葉を受けてエルの顔が嬉しそうに輝いたのはファブリスの気のせいだっただろうか

「何じゃ、愛の告白かのう?」

 二人の様子を見てアイシスが揶揄するように言う。ファブリスはそれを黙殺したが、魔獣に姿を変えたマーサはアイシスを非難するように唸り声を上げながら少しだけ銀色の体毛を震わせた。

 マーサが魔獣に変化する際に生まれる発光を見咎めたのか、兵士たちが何事かといった様子で集まりつつあった。
 ファブリスは片手に邪神封じの大剣を握り締めた。そして、もう一度赤毛の少女に瞳を向けた。

 エルはそんなファブリスに向けて口を開きかけたが、言葉を飲み込んだようだった。

 赤毛の少女が何を言おうとしたのか。それが少しだけ気になったファブリスだったが、同じくファブリスもエルにかけようとした言葉を飲み込む。これ以降の言葉は全てが無意味に思えた。エルにかける言葉は全てが終わってからでいい。

 長剣や槍を手にした兵士たちがファブリスたちに迫りつつある。
 ファブリスはマーサとアイシスに視線を向けて口を開いた。

「……行くぞ、根絶やしだ」

 決して大きくはないファブリスの言葉がその場で響き渡るのだった。




 前屈みとなっていたマーサが獰猛な牙を見せながら体を一気に伸ばす。狼の遠吠えを思わせるような大音量の吠え声が周囲の大気を震わせた。

 ……魂消し。

 マーサから発せられるこの吠え声を耳にした者は為す術もなく昏倒する。この昏倒を防ぐには魔法等で予め耐性をつけておく他にない。

 何事かと抜き払った長剣などを手にしてファブリスたちに迫りつつあった兵士たちが、マーサから発せられた魂消しによって次々と昏倒していく。

 ファブリスたちの周囲に迫りつつある兵士だけではなかった。堀沿いにいる兵士たちも次々に同じく倒れ込んでいく。

 ファブリスは邪神封じの大剣を片手に悠然と歩みを進めた。魔獣と化しているマーサと身の丈に合っていない杖を握ったアイシスがその背後から続く。

 王宮の周囲にいた兵士たちは全て昏倒したようで、ファブリスたちの歩みを遮ろうとする存在は既に皆無だった。

 堀の向こう側にある城門の前にファブリスたちがたどり着くとアイシスが口を開いた。

「どうするのじゃ? 空でも飛ぶかのう。妾の魔法ならばお主らを連れて空を飛ぶのも可能じゃ」
「いや、その必要はないな」

 ファブリスの言葉が終わると同時に音を立てて城門が開き始めた。

「俺が邪神である以上、奴は必ずやってくる。奴は邪神討伐の勇者だからな」

 ファブリスが不敵に、それでいて嘲笑するかのような表情を浮かべた。そんなファブリスを見てアイシスは小首を傾げてみせた。

「ふむ。妾の見解は、ちと違うがな。だが、勇者とやらが出てくるだろうことには同意じゃな」
「……どういう意味だ?」

 ファブリスが赤色の瞳をアイシスに向けると、六歳ほどの幼女にしか見えないアイシスは小さな肩を竦めてみせた。
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