第53話 狂っているのだろう

文字数 1,900文字

「そのような怖い顔をするでない。ほれ、お主が言った通り門が開いて橋が架かるぞ」

 アイシスの言葉を批難してかマーサが隣で低い唸り声を上げている。

 城門を兼ねた橋が堀に架かると、王宮内の騎士や兵士たちが隊列を作りながら進み出てくる。その数、二百か三百か。

「やれやれじゃのう。わらわらと出てきおってからに。どうするのじゃ。妾が排除してやろうか?」

 西方の魔女と言われているアイシス。見た目は濃い灰色の服を着ていて可愛らしい純粋な幼女にしか見えないが、言動から察するに他者の命を奪うことに良心の苛責などは何も感じないようであった。

「いや、お前には後ろのあれを排除してもらおうか」
「ほう、あの魔導兵器、まだあったのか。無抵抗な者たちを可哀想なことじゃて……」

 宗教都市アルカンドで現れたものと同じ五体の魔導兵器が、騎士たちの最後尾から続いて歩みを進めていた。

「マーサは、騎士や兵士たちを頼む。もう一度、魂消しだ」

 魔獣と化したマーサが同意したと言うかのように体をぶるっと震わせた。

「騎士たちは耐性の魔法を掛けられているかもしれんぞ。なんとかと言うマナ教の神官がいるのであろう?」

 マルヴィナのことを言っているのだろう。確かにマルヴィナであれば、あの兵士たち全員に魂消しの耐性を与える魔法を付与することも容易なはずだった。

 だが……。

「マルヴィナはそんな殊勝な性格じゃない。騎士や兵士たちがどうなろうと知ったことじゃないだろうな。奴らのために魔法を使うとは考えられない」
「やれやれじゃのう。お主といい、マルヴィナといい、性格破綻者ばかりじゃな。先の勇者一行とやらは、どのような集まりだったのじゃ。大体、人の命を何と考えている」

 先程は騎士たちを無慈悲に排除すると言っていた自身のことは置いておき、アイシスは嘆き半ばで呟くように言う。

 この騎士や兵士、魔導兵器を排除すれば、アズラルトたちが姿を現すとの予感がファブリスの中にはあった。

 ……アズラルト。
 その名を思い出すだけでファブリスの口の中に苦い味が広がり、感情が怒りだけで満たされていく。

 アズラルトを葬ることができるのであれば、魔族や人族にどれだけ被害が出ても構わない。ついでに魔族と人族の全てが滅んでしまったとしても全く問題がないと思っていた。

 ……アズラルト! 

 ファブリスの視界にアズラルトが映る。瞬時に脳裏が焼けつき泡立ってくるかのような感覚がある。

 アズラルトの背後からはマナ教の最高指導者、教皇のマルヴィナと、ダナイ皇国内で他に類を見ない魔法の使い手である魔導士ガルディスの姿もあった。

 脳裏の泡立ちが一気に沸点に達したようだった。怒りのためか眩暈すら覚える。

「アズラルト!」

 ファブリスは吠えて駆け出した。同時にファブリスの背後からマーサの魂消しが発動される感覚がある。

 大剣を手に駆け寄ってくる片腕の剣士を迎え撃とうとした兵士たちが、マーサの魂消しを受けて次々と倒れていく。

 倒れ込む兵士たちの上をファブリスは躊躇せずに踏み越えて行く。やがて天空から轟音とともに雷撃が降り注いだ。

 兵士たちの最後尾にいた魔導兵器にその雷撃が次々と直撃する。たちまち魔導兵器たちは地響きを立てながら順次、崩れるように地響きを立てながら倒れ込んでいく。大した威力だなとファブリスは頭の片隅で思う。

 ファブリスの眼前に、魂消しを受けて意識を失い倒れ込んできた騎士がいた。ファブリスはその騎士を鎧ごと片手の大剣で斬り伏せた。

 横に薙ぎ払った大剣によって鎧ごと分断された騎士の上半身と下半身が、その勢いで後方に弾かれたように飛んでいく。

 その返り血を正面から顔に浴びながらファブリスが吠えた。

「アズラルト!」

 まだ両者に距離はあった。顔を認識するのがやっとの距離だ。だが、ファブリスとアズラルトの間に最早、邪魔するものはなかった。

 アズラルトもファブリスを認識しているのだろう。ファブリスの声に反応して、その顔に嫌な笑顔を浮かべた。そう。あの時と同じ顔だ。狂気を多分に含んだ顔と表現できるのかもしれない。

 そのようなアズラルトの顔を見ながら自分は今、どのような顔をしているのだろうかとファブリスは思う。アズラルトと同じく狂気を多分に含んだ顔なのか。

 アズラルトの狂気を含んだ笑顔を見ながら、自分も邪神の力で恐らく狂っているのだろうとファブリスは思う。愛する者たちを殺されて狂っているのだろうと思う。ならば、アズラルト何を持ってして狂っているのか。

 いや、違うな。奴の思いなどどうでもいいことだ。そう思い直すと、先程までの疑問が瞬時にファブリスの脳裏から消えていった。
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