第56話 くれてやるところはない
文字数 1,699文字
エルがそう決意した時だった。エルの手を掴む腕がある。
勇者アズラルト……。
「嫌! 離して!」
残る片手でファブリスを抱えたまま、エルはアズラルトから逃れようと身を捩る。
「魔族の娘から、離れよ!」
上空でアイシスの怒りを含んだ声が響き渡った。同時に金色の雷撃がアズラルトに向けて放たれる。
しかし、放たれた雷撃はアズラルトの頭上で霧散してしまう。
「あら、いけない子ね。子供が大人の邪魔をするなんて。躾がなっていないようね」
気がつけば近くにマルヴィナの姿があった。聖女マルヴィナ、ダナ教の最高指導者である教皇。彼女が何らかの防御魔法を展開したようだった。
「西方の魔女? よく知らないけど、この前から何だか生意気なのよね」
マルヴィナは女性でも見惚れてしまいそうな美貌の上に、背筋が寒くなるような笑みを浮かべていた。
「女、獣人族はどうした」
アイシスが上空からマルヴィナに尋ねる。
「知らないわね。どこかで丸焼けになっているんじゃないかしら」
「貴様!」
再び魔法を放とうとするアイシスに向かってマルヴィナが口を開いた。
「無駄ね。あなたの魔法ではこの障壁は破れない。あなたが神級魔法の使い手だとしてもね」
マルヴィナの言葉に魔法を発動しようとしたアイシスの動きが止まった。
同時に、動きを止めたアイシスを火球と氷の刃が襲った。
アイシスは片手を翳すと、それらはアイシスの小さな体に触れることはなく宙で霧散してしまう。
次いで姿を現したのはガルディスだった。今の魔法はガルディスが放ったのだろう。
「獣人族に少しだけ手間取ったぞ。しかし、西方の魔女は防御魔法にも長けているか。やはり大したものじゃな」
ガルディスはどこか他人事に聞こえるような口調で感想を漏らしている。
獣人族とはマーサのことなのだろう。先程から彼女の姿が見えない。マーサは無事なのだろうか。エルはアズラルトから逃れようと身を捩りながらもマーサの身を案じていた。
「アズラルト、その魔族は何なの?」
アズラルトに片腕を捕らえられたままで、尚も抵抗し続けるエルにマルヴィナが視線を向けた。
「純粋な古代種の魔族だ」
「あっそう」
興味なさそうな声を発したマルヴィナに対してガルディスは違うようだった。
「ほう。想定外に全てがここに集ったということか。いや、集べくして集ったと言うべきか」
ガルディスはそう言ってマルヴィナに顔を向けて再び口を開く。
「マルヴィナ、こういう時こそ神の思し召しと言うべきじゃぞ」
渋い表情を作るガルディスだったが、マルヴィナは興味がなさそうな顔を変えようとはしなかった。
「ガルディス、マルヴィナ、後は任せる。俺はこの女を連れて行く」
「離して。嫌。離して!」
アズラルトの手から逃れようと、更に激しく身を捩るエルの正面にガルディスが歩を進めた。エルの正面に立つとガルディスは片手をエルに向けて翳す。
「嫌!」
本能的な身の危険を感じて瞬間的にエルは身を固くする。ガルディスが口を小さく動かして何事かの呪文を唱えた。
魔法!
エルは心の中で叫んだ。更に身を固くして片手で強くファブリスを抱きしめたエルの意識が黒で塗り潰された。
ファブリスは薄暗い闇の中にいた。以前にも、どこかでこれと同じ風景を見たことがあった。ここはどこだったかと思うと同時に、自分がアズラルトの長剣によって貫かれたことを思い出す。
成程とファブリスは理解する。あの時と同じく魂喰らいの剣で自分は貫かれたのだ。
となれば……。
そう思ったファブリスをぞくりとした感覚が襲う。ファブリスはその気配がある方に顔を向けた。
「久しいな、化け物。今度は貴様にくれてやるところはないぞ」
前は片腕をくれてやった。今回は体のどこの部位もこの化け物にくれてやるつもりはなかった。
あの時と同じ赤黒く大きな獣らしき者は跳躍すると、そのままファブリスに覆いかぶさった。押し倒されるような格好で地面に背中をつけたファブリスは、獣の頭らしき部分を片手で掴む。
「言ったはずだ。くれてやるところはないとな」
ファブリスの手から逃れようと暴れる獣の喉笛らしき箇所に、ファブリスは齧りつくのだった。
勇者アズラルト……。
「嫌! 離して!」
残る片手でファブリスを抱えたまま、エルはアズラルトから逃れようと身を捩る。
「魔族の娘から、離れよ!」
上空でアイシスの怒りを含んだ声が響き渡った。同時に金色の雷撃がアズラルトに向けて放たれる。
しかし、放たれた雷撃はアズラルトの頭上で霧散してしまう。
「あら、いけない子ね。子供が大人の邪魔をするなんて。躾がなっていないようね」
気がつけば近くにマルヴィナの姿があった。聖女マルヴィナ、ダナ教の最高指導者である教皇。彼女が何らかの防御魔法を展開したようだった。
「西方の魔女? よく知らないけど、この前から何だか生意気なのよね」
マルヴィナは女性でも見惚れてしまいそうな美貌の上に、背筋が寒くなるような笑みを浮かべていた。
「女、獣人族はどうした」
アイシスが上空からマルヴィナに尋ねる。
「知らないわね。どこかで丸焼けになっているんじゃないかしら」
「貴様!」
再び魔法を放とうとするアイシスに向かってマルヴィナが口を開いた。
「無駄ね。あなたの魔法ではこの障壁は破れない。あなたが神級魔法の使い手だとしてもね」
マルヴィナの言葉に魔法を発動しようとしたアイシスの動きが止まった。
同時に、動きを止めたアイシスを火球と氷の刃が襲った。
アイシスは片手を翳すと、それらはアイシスの小さな体に触れることはなく宙で霧散してしまう。
次いで姿を現したのはガルディスだった。今の魔法はガルディスが放ったのだろう。
「獣人族に少しだけ手間取ったぞ。しかし、西方の魔女は防御魔法にも長けているか。やはり大したものじゃな」
ガルディスはどこか他人事に聞こえるような口調で感想を漏らしている。
獣人族とはマーサのことなのだろう。先程から彼女の姿が見えない。マーサは無事なのだろうか。エルはアズラルトから逃れようと身を捩りながらもマーサの身を案じていた。
「アズラルト、その魔族は何なの?」
アズラルトに片腕を捕らえられたままで、尚も抵抗し続けるエルにマルヴィナが視線を向けた。
「純粋な古代種の魔族だ」
「あっそう」
興味なさそうな声を発したマルヴィナに対してガルディスは違うようだった。
「ほう。想定外に全てがここに集ったということか。いや、集べくして集ったと言うべきか」
ガルディスはそう言ってマルヴィナに顔を向けて再び口を開く。
「マルヴィナ、こういう時こそ神の思し召しと言うべきじゃぞ」
渋い表情を作るガルディスだったが、マルヴィナは興味がなさそうな顔を変えようとはしなかった。
「ガルディス、マルヴィナ、後は任せる。俺はこの女を連れて行く」
「離して。嫌。離して!」
アズラルトの手から逃れようと、更に激しく身を捩るエルの正面にガルディスが歩を進めた。エルの正面に立つとガルディスは片手をエルに向けて翳す。
「嫌!」
本能的な身の危険を感じて瞬間的にエルは身を固くする。ガルディスが口を小さく動かして何事かの呪文を唱えた。
魔法!
エルは心の中で叫んだ。更に身を固くして片手で強くファブリスを抱きしめたエルの意識が黒で塗り潰された。
ファブリスは薄暗い闇の中にいた。以前にも、どこかでこれと同じ風景を見たことがあった。ここはどこだったかと思うと同時に、自分がアズラルトの長剣によって貫かれたことを思い出す。
成程とファブリスは理解する。あの時と同じく魂喰らいの剣で自分は貫かれたのだ。
となれば……。
そう思ったファブリスをぞくりとした感覚が襲う。ファブリスはその気配がある方に顔を向けた。
「久しいな、化け物。今度は貴様にくれてやるところはないぞ」
前は片腕をくれてやった。今回は体のどこの部位もこの化け物にくれてやるつもりはなかった。
あの時と同じ赤黒く大きな獣らしき者は跳躍すると、そのままファブリスに覆いかぶさった。押し倒されるような格好で地面に背中をつけたファブリスは、獣の頭らしき部分を片手で掴む。
「言ったはずだ。くれてやるところはないとな」
ファブリスの手から逃れようと暴れる獣の喉笛らしき箇所に、ファブリスは齧りつくのだった。