第11話 逃げたければ逃げてもいい
文字数 1,640文字
ファブリスはそのまま大地に横になってしまう。マーサはその様子を見てエルに苦笑を浮かべてみせた。
「ファブリス様は魔族も人族も嫌いだからね」
はあとエルは頷く。
魔族や人族を殺すこと。それを嫌いという言葉だけで、そう簡単にに片づけてしまってよいのだろうかと思ったのだ。
「あの、ファブリス……様は魔族なのでしょうか?」
「瞳の色が赤いからそうなのかな。もしかする人族の血も受け継いでいるかもしれないけどね。訊いたことはないから、詳しくは知らないよ」
はあとエルは再び頷いた。
どうやらマーサにしてみると、ファブリスの人種などには興味がないようだった。
「あの……マーサさんは……」
「マーサでいいよ。あんたはもう奴隷じゃないんだからさ。ファブリス様のことだってあんたはファブリスさんでいいと思うよ」
はあとエルは頷く。
「さっきから、はあ、はあ、ばかりだね。やっぱり頭が悪いから奴隷だったんだね。可哀そうに。でもさ、料理は上手いから大丈夫だよ。私はあんたを殺したりしないからさ」
マーサはエルを頭が悪いと一方的に決めつけると、その端正な顔に笑顔を浮かべて可笑しそうに笑った。笑い声に合わせて金色の長い髪の毛か揺れている。
教会の壁画にでも出てきそうなぐらいに整った顔立ちをしているのに、マーサの言葉遣いは蓮っ葉なところがあって、エルはその落差からくる違和感が未だに拭えなかった。
でも綺麗な人なのだなとエルは単純に思う。そして、この綺麗な人が魔獣に変化してセシルを頭から喰らっていたのだ。そう思うとエルの背筋を悪寒が走った。
「で、何の話?」
「う、うん。マーサはファブリスさんと……その、何で一緒にいるのかなって」
「私たち獣人族が邪神様に従っていたことは知ってるよね?」
マーサの言葉にエルは無言で頷く。先の邪神に獣人族が従ったから、獣人族はその全てが皆殺しにされたとエルは聞いていた。
「ファブリス様は邪神様の力を引き継いでいる方なんだよ」
……邪神の力を引き継ぐ。
今ひとつマーサの言っていることが分からなかった。そもそも邪神はこの世界を滅ぼそうとしていた存在のはずだった。だからこそ人族の勇者に滅ぼされたのだとエルは聞いていた。
それにファブリスが引き継いだ邪神の力とは何なのだろうかとも思う。
「不思議そうな顔をしてるね」
マーサはそう言って笑い声を上げた。
「獣人族の願いは憎き人族をこの地上から根絶すること。そして、ファブリス様は邪神様の力を引き継いでいるから、それが可能かもしれないということさ。だから私たち獣人族がつき従ってるんだ」
はあとエルは頷く。
「本当はこんな感じで旅を続けながら、人族をちまちま殺していても仕方がないんだけどね。ま、ファブリス様がそうしたいって言うからさ。それで護衛や身の回りの世話も兼ねて私がいるのさ」
はあとエルはもう一度頷く。
邪神などと言われても正直よく分からないのだった。要するに、人族を殺しながら旅をしている恐ろしい二人組に、自分は拾われてしまったということかとエルは思う。
「まだまだ旅は続きそうだからね。これからゆっくりと話してあげるよ。さあ、今日はもう寝るよ」
マーサはそう言うと焚き火を消して横になった。途端にエルたちの周囲が暗闇に包まれる。今日は夜空に月も出ていないようだった。
「……逃げたかったら逃げてもいいんだよ。エルはもう奴隷じゃないんだから、私は追いかけたりはしないよ。ファブリス様と違って私は何の理由もなくて魔族を殺すつもりはないからね」
暗闇の中からそんなマーサの声が聞こえてきた。
「うん……」
エルは頷いた。
そうか。ファブリスはやっぱり理由もなく人族も魔族も、ただ殺すだけなのだとエルは改めて思う。そしてマーサも理由があれば、ファブリスときっと同じことをする存在なのだ。
逃げたければ逃げてもいい。
マーサが言うように確かにそうなのかもしれなかった。だが、逃げ出したところで一体、どこに行けばいいのだろうかともエルは思う。
「ファブリス様は魔族も人族も嫌いだからね」
はあとエルは頷く。
魔族や人族を殺すこと。それを嫌いという言葉だけで、そう簡単にに片づけてしまってよいのだろうかと思ったのだ。
「あの、ファブリス……様は魔族なのでしょうか?」
「瞳の色が赤いからそうなのかな。もしかする人族の血も受け継いでいるかもしれないけどね。訊いたことはないから、詳しくは知らないよ」
はあとエルは再び頷いた。
どうやらマーサにしてみると、ファブリスの人種などには興味がないようだった。
「あの……マーサさんは……」
「マーサでいいよ。あんたはもう奴隷じゃないんだからさ。ファブリス様のことだってあんたはファブリスさんでいいと思うよ」
はあとエルは頷く。
「さっきから、はあ、はあ、ばかりだね。やっぱり頭が悪いから奴隷だったんだね。可哀そうに。でもさ、料理は上手いから大丈夫だよ。私はあんたを殺したりしないからさ」
マーサはエルを頭が悪いと一方的に決めつけると、その端正な顔に笑顔を浮かべて可笑しそうに笑った。笑い声に合わせて金色の長い髪の毛か揺れている。
教会の壁画にでも出てきそうなぐらいに整った顔立ちをしているのに、マーサの言葉遣いは蓮っ葉なところがあって、エルはその落差からくる違和感が未だに拭えなかった。
でも綺麗な人なのだなとエルは単純に思う。そして、この綺麗な人が魔獣に変化してセシルを頭から喰らっていたのだ。そう思うとエルの背筋を悪寒が走った。
「で、何の話?」
「う、うん。マーサはファブリスさんと……その、何で一緒にいるのかなって」
「私たち獣人族が邪神様に従っていたことは知ってるよね?」
マーサの言葉にエルは無言で頷く。先の邪神に獣人族が従ったから、獣人族はその全てが皆殺しにされたとエルは聞いていた。
「ファブリス様は邪神様の力を引き継いでいる方なんだよ」
……邪神の力を引き継ぐ。
今ひとつマーサの言っていることが分からなかった。そもそも邪神はこの世界を滅ぼそうとしていた存在のはずだった。だからこそ人族の勇者に滅ぼされたのだとエルは聞いていた。
それにファブリスが引き継いだ邪神の力とは何なのだろうかとも思う。
「不思議そうな顔をしてるね」
マーサはそう言って笑い声を上げた。
「獣人族の願いは憎き人族をこの地上から根絶すること。そして、ファブリス様は邪神様の力を引き継いでいるから、それが可能かもしれないということさ。だから私たち獣人族がつき従ってるんだ」
はあとエルは頷く。
「本当はこんな感じで旅を続けながら、人族をちまちま殺していても仕方がないんだけどね。ま、ファブリス様がそうしたいって言うからさ。それで護衛や身の回りの世話も兼ねて私がいるのさ」
はあとエルはもう一度頷く。
邪神などと言われても正直よく分からないのだった。要するに、人族を殺しながら旅をしている恐ろしい二人組に、自分は拾われてしまったということかとエルは思う。
「まだまだ旅は続きそうだからね。これからゆっくりと話してあげるよ。さあ、今日はもう寝るよ」
マーサはそう言うと焚き火を消して横になった。途端にエルたちの周囲が暗闇に包まれる。今日は夜空に月も出ていないようだった。
「……逃げたかったら逃げてもいいんだよ。エルはもう奴隷じゃないんだから、私は追いかけたりはしないよ。ファブリス様と違って私は何の理由もなくて魔族を殺すつもりはないからね」
暗闇の中からそんなマーサの声が聞こえてきた。
「うん……」
エルは頷いた。
そうか。ファブリスはやっぱり理由もなく人族も魔族も、ただ殺すだけなのだとエルは改めて思う。そしてマーサも理由があれば、ファブリスときっと同じことをする存在なのだ。
逃げたければ逃げてもいい。
マーサが言うように確かにそうなのかもしれなかった。だが、逃げ出したところで一体、どこに行けばいいのだろうかともエルは思う。