第60話 嫌いな人に殺されるのは嬉しくない

文字数 1,590文字

 王宮内も外と同様に静寂で満ちていた。この王宮内にアズラルトたちが本当に
いるのだろうか。そして、エルが捕らえられているのだろうか。

 余りにも静寂でそのことが信じられなくなってくる。先程から周囲に響くのはファブリスたちの足音だけだった。

「邪神、どこに行くつもりじゃ? 闇雲に歩いても見つからぬぞ」

 アイシスの言葉にファブリスは首を左右に振った。

「アズラルトなら玉座の間にいるはずだ。奴はそういう男だ」
「権威主義ということか?」
「まあ、そうだな。奴が何に怯えているのかは知らないが、地位、立場に異様にしがみついている」
「ふむ。邪神、お主はまんざら馬鹿ではないのだな」

 アイシスが納得したように頷いている。

「おい、ちんちくりん! 失礼だぞ!」
「失礼? 妾は本当のことを言っただけじゃ。前にも言ったはずじゃ。あやつは普通に見れば、そこの馬鹿でかい剣を単に振り回したいだけな人にしか見えぬぞ。しかも、片手なのじゃ。あやつは奇人でも目指しておるのかのう?」
「そうかもしれない。多分、そうなのだ。だが、言ってはいけないことがあるのだ!」
「何じゃ? その答えは?」

 マーサの返答にアイシスは呆れたように言う。

 その横でファブリスはどんな緊張感のない会話だと思う。もっとも、悲壮感で満ち溢れるよりかはいいのかもしれないのだが。

 帝都のサイゼスピアにいる人々がどうなろうと知ったことではない。これがファブリスの偽らざる本音だった。だが、エルは必ず助ける。これもファブリスの本音だった。

 これ以上、アズラルトに自分の周りの者を奪わるわけにはいかない。奪われる理由がない。奇妙な縁で知り合っただけの少女だったが、エルは違うことなくこれまで自分の傍にいた者だ。

 仲間。
 そんな言葉がファブリスの中で浮かび上がってきた。ファブリスは思わず苦笑を浮かべた。自分が再びそのような感情を抱くとは。それに、その感情の根底にあるもの。

 まあ、いいとファブリスは思う。その根底にある物を明らかにするのは今である必要はない。

 ファブリスはそこまで考えて足を止めた。ファブリスに続いてマーサとアイシスも足を止めた。同時にファブリスたちの前に人影が現れる。

「あら、ガルディスの言う通りね。あなたの方から来るなんて」

 マルヴィナだった。マナ教の最高指導者。地上に降りた天使とも称賛される聖女。その聖女が端正な顔を顰めた。

「臭いわね」

 マルヴィナはそう吐き捨てて言葉を続ける。

「アズラルトにはあなた以外を殺すように言われたけど、私ひとりじゃ無理ね」
「ガルディスはどうした?」
「大きな魔法陣を作っていて忙しいみたい」
「ほう。やはり、あの魔道士が蓋を開こうとしているのじゃな」

 アイシスの言葉にマルヴィナは一瞬だけ押し黙った。

「……あなた、生意気ね」
「で、マルヴィナ、お前はどうする。ここで死ぬのか?」
「ふん、あなたも生意気よね」

 マルヴィナはファブリスに青色の瞳を向けると、鼻の頭に皺を寄せてみせた。

「残念だけども、私ひとりでは無理だもの。だから、あなたたちをアズラルトのところまで、連れて行くわ」
「ほう……」
「そこで、アズラルトと一緒にあなたたちを殺すの」

 マルヴィナがその端正な顔に嫌な笑みを浮かべる。大剣を握るファブリスの拳に力が込められる。

「マルヴィナ、ここで死んでもいいんだぞ?」

 その言葉にマルヴィナは考えるような素振りをみせた。

「止めておくわ。だって私、あなたが嫌いだもの。嫌いな人に殺されるのは嬉しくないかな」
「ふん、好きにしろ」

 その言葉と共にファブリスは一歩前に踏み出すと、大剣をマルヴィナの頭上に振り下ろした。
 マルヴィナを捕らえたかに見えた大剣だったが、その寸前で見えない壁に弾かれる。

「無駄ね。この防御壁は頑丈なのよ。中途半端な邪神の力ぐらいでは壊れないの」

 マルヴィナはそこで狂ったような笑い声を上げた。
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