第37話 狂気
文字数 1,782文字
それから程なくして扉が静かに開いた。マナ教の高官らしき二人に先導される格好でマルヴィナが姿を現す。その内面はともかくとして、外見に関しては相変わらず美しさだった。
透き通るかのような白い肌と腰まで伸ばされた金色に輝く長い髪の毛。大きな青色の瞳。地上に降りた天使と噂されているのも分かるというものだった。
マルヴィナの登場と共に集まった信者たちから大きな歓声があがった。どこかの皇子よりも人気があるかもしれないと皮肉な感想がファブリスの中に浮かんでくる。
だが……。
あの時、マルヴィナが自分に向けた顔や言葉が思い出される。
あの時、マルヴィナがセリアに向けた顔や言葉が思い出される。
ファブリスの中に自身でも表現し難いようなどす黒い感情が生まれる。いや、生まれたわけではない。あの時から常にそこにあった感情だった。
一瞬、何故かエルの悲しげな顔がファブリスの脳裏に浮かんだ。ファブリスは意識してその顔を脳裏から振り払う。
……始めようか。根絶やしだ。
ファブリスは心の中でそう呟くのだった。
「マルヴィナ!」
ファブリスは信者たちの歓声の中、ひと声だけ吠えた。周囲の歓声でそれはかき消されたかに思えたが、マルヴィナの視線とファブリスの視線とが宙で交わる。
マルヴィナの顔にあの時と同じ、嫌な微笑が浮かぶ。それを見てファブリスの脳裏が瞬時に怒りで泡立つ。
ファブリスはおもむろに大剣を引き抜くと無造作にそれを左右に振るった。悲鳴を上げる間もなく、切断された信者たちの身体が鮮血を撒き散らしながら宙を舞う。
続いてファブリスはもう一度、大剣を左右に振る。再び切断された信者たちの身体が鮮血を撒き散らして無惨にも宙を舞っていく。
ここで初めて信者たちは何が起きているのか理解したようだった。ファブリスの周囲から悲鳴を上げて押し合いへし合いながら信者たちが逃げ始める。
「マーサ!」
ファブリスが声をかけた時、マーサは既に魔獣へと変化を遂げていた。
逃げ惑う信者たちをかき分けるようにして、剣を抜き払ったマナ教騎士団が殺到しようとしてくるのがファブリスの視界に入った。
魔獣へと変化したマーサが前足を折り曲げて前屈みの姿勢となった。そして、その姿勢から大口を開けて獰猛な牙を見せながら前足を一気に伸ばす。まるで狼が遠吠えをするように。
周囲にマーサが発した大音量の吠え声が響き渡った。次の瞬間、ファブリスたちの周囲にいた逃げ惑う信者たちと殺到しようとしていたマナ教騎士団の騎士たちが次々と力なく倒れ伏していく。
周囲の状況を確認してファブリスは再びマルヴィナに視線を向けた。マルヴィナを先導していたマナ教の高官らしき二人は倒れていた。だがマルヴィナ自身はそれまでと変わらない様子で立ち続けている。
よく見るとマルヴィナの周囲は半透明の青い膜のようなもので覆われている。とっさに自分だけは何らかの防御魔法を展開したのだろう。
ファブリスはマルヴィナの目を見据えたままで大剣の切先をマルヴィナに向けた。
「マルヴィナ、お前はここで死ね」
ファブリスの言葉にマルヴィナは薄く笑って口を開いた。
「何か臭いと思っていた。やっぱり、あなただったのね。そんな獣人族まで従えて」
ファブリスの背後で銀色の毛並みを逆立てながらマーサが唸り声を上げる。
「マルヴィナ!」
「何、その低脳丸出しの顔は? だから魔族って嫌なのよね。低脳魔族の信者たちも臭くてたまらないし。皆、死んじゃえばいいのにね」
地上に降り立った天使と形容されるマルヴィナの端正な顔には、狂気と呼べるものが浮かんでいるのかもしれなかった。
だが狂気というのであれば、ファブリス自身の中にも確かにそれがあった。それがファブリスの中から生まれたものなのか、邪神のものなのかはファブリスにも分からない。一つだけ言えることは、ファブリスにはどちらでもよい類のことでしかないということだ。
「それ以上、喋るな。マルヴィナ、お前は死ね」
ファブリスは呟くように言うと、マルヴィナに向かって一歩を踏み出す。その時、ファブリスとマルヴィナの間で空間に突如として揺らぎが起こった。
「転移魔法……」
ファブリスは呟いて背後から続こうとするマーサを片手で制した。転移魔法は上級魔法に分類されている。この上級魔法を扱えるものなどそう多くはいないはずだった。
透き通るかのような白い肌と腰まで伸ばされた金色に輝く長い髪の毛。大きな青色の瞳。地上に降りた天使と噂されているのも分かるというものだった。
マルヴィナの登場と共に集まった信者たちから大きな歓声があがった。どこかの皇子よりも人気があるかもしれないと皮肉な感想がファブリスの中に浮かんでくる。
だが……。
あの時、マルヴィナが自分に向けた顔や言葉が思い出される。
あの時、マルヴィナがセリアに向けた顔や言葉が思い出される。
ファブリスの中に自身でも表現し難いようなどす黒い感情が生まれる。いや、生まれたわけではない。あの時から常にそこにあった感情だった。
一瞬、何故かエルの悲しげな顔がファブリスの脳裏に浮かんだ。ファブリスは意識してその顔を脳裏から振り払う。
……始めようか。根絶やしだ。
ファブリスは心の中でそう呟くのだった。
「マルヴィナ!」
ファブリスは信者たちの歓声の中、ひと声だけ吠えた。周囲の歓声でそれはかき消されたかに思えたが、マルヴィナの視線とファブリスの視線とが宙で交わる。
マルヴィナの顔にあの時と同じ、嫌な微笑が浮かぶ。それを見てファブリスの脳裏が瞬時に怒りで泡立つ。
ファブリスはおもむろに大剣を引き抜くと無造作にそれを左右に振るった。悲鳴を上げる間もなく、切断された信者たちの身体が鮮血を撒き散らしながら宙を舞う。
続いてファブリスはもう一度、大剣を左右に振る。再び切断された信者たちの身体が鮮血を撒き散らして無惨にも宙を舞っていく。
ここで初めて信者たちは何が起きているのか理解したようだった。ファブリスの周囲から悲鳴を上げて押し合いへし合いながら信者たちが逃げ始める。
「マーサ!」
ファブリスが声をかけた時、マーサは既に魔獣へと変化を遂げていた。
逃げ惑う信者たちをかき分けるようにして、剣を抜き払ったマナ教騎士団が殺到しようとしてくるのがファブリスの視界に入った。
魔獣へと変化したマーサが前足を折り曲げて前屈みの姿勢となった。そして、その姿勢から大口を開けて獰猛な牙を見せながら前足を一気に伸ばす。まるで狼が遠吠えをするように。
周囲にマーサが発した大音量の吠え声が響き渡った。次の瞬間、ファブリスたちの周囲にいた逃げ惑う信者たちと殺到しようとしていたマナ教騎士団の騎士たちが次々と力なく倒れ伏していく。
周囲の状況を確認してファブリスは再びマルヴィナに視線を向けた。マルヴィナを先導していたマナ教の高官らしき二人は倒れていた。だがマルヴィナ自身はそれまでと変わらない様子で立ち続けている。
よく見るとマルヴィナの周囲は半透明の青い膜のようなもので覆われている。とっさに自分だけは何らかの防御魔法を展開したのだろう。
ファブリスはマルヴィナの目を見据えたままで大剣の切先をマルヴィナに向けた。
「マルヴィナ、お前はここで死ね」
ファブリスの言葉にマルヴィナは薄く笑って口を開いた。
「何か臭いと思っていた。やっぱり、あなただったのね。そんな獣人族まで従えて」
ファブリスの背後で銀色の毛並みを逆立てながらマーサが唸り声を上げる。
「マルヴィナ!」
「何、その低脳丸出しの顔は? だから魔族って嫌なのよね。低脳魔族の信者たちも臭くてたまらないし。皆、死んじゃえばいいのにね」
地上に降り立った天使と形容されるマルヴィナの端正な顔には、狂気と呼べるものが浮かんでいるのかもしれなかった。
だが狂気というのであれば、ファブリス自身の中にも確かにそれがあった。それがファブリスの中から生まれたものなのか、邪神のものなのかはファブリスにも分からない。一つだけ言えることは、ファブリスにはどちらでもよい類のことでしかないということだ。
「それ以上、喋るな。マルヴィナ、お前は死ね」
ファブリスは呟くように言うと、マルヴィナに向かって一歩を踏み出す。その時、ファブリスとマルヴィナの間で空間に突如として揺らぎが起こった。
「転移魔法……」
ファブリスは呟いて背後から続こうとするマーサを片手で制した。転移魔法は上級魔法に分類されている。この上級魔法を扱えるものなどそう多くはいないはずだった。