第10話 赤い髪の少女
文字数 1,664文字
ファブリスの視界には、魔族の少女が獣人族のマーサと楽しげに話をしている姿があった。何気なく見ていただけだがマーサにしては珍しく、この少女とは妙に気が合うようだった。
赤色の髪を持つ少女の名はエル。元々はゴムザの館にいた奴隷だ。
あの時、なぜこの少女を殺さなかったのか。ファブリス自身もよく分かっていなかった。だが、それ以上に食事係としてマーサがこの少女を連れてきた理由も、ファブリスにはいま一つ分からない。そう思いながら、手にした器の中で湯気を立てている物をファブリスは匙で救って口のなかに入れる。確かにこの少女が作る食事は美味しいのではあったが……。
なぜ自分はこの少女を殺さなかったのか。マーサと楽しげに話しているエルを見ながら、ファブリスは再び同じことを考えている自分に気がついた。
突き詰めて考える必要のないどうでもよい類いの話なのだがと、ファブリスはそう同時に考える。単に少女の顔を見ていたら殺す気が失せただけの話なのだ。
自分を凝視しているファブリスの視線にエルは気がついたようだった。エルはファブリスに赤色の瞳を向けると、少しだけ愛想笑いのような笑みをファブリスに浮かべてみせた。
赤い髪の少女……。
自分では認めたくないことでもあったのだが、だからなのかともファブリスは思っていた。あの時、無惨に殺されたセリアと同じ赤色の髪……。別にこの少女とセリアが似ているわけではなかった。ただ、その赤い髪の毛を見ていると、セリアのことを思い出させるのも確かだった。
あの時のことを思うと、ファブリスの感情が今でも瞬時に焼き切れそうになる。自分が意識しなくても、セリアとこの少女をどうしても重ねて見てしまうようだった。重ねて見てしまい、それ故に彼女を殺すことができなかったということなのだろうか。
一方で、自分にまだ他人を思い遣る感情が残っていたこと。それに驚く思いもファブリスにはあった。
まあ、どちらでもいいとファブリスは思う。自分は魔族、人族をただ単に殺すだけなのだ。もちろんファブリスもこの世すべての魔族と人族の命をこの手で奪えるなどとは思っていない。ただ自分のこの命が尽きるまでそれを続けるだけなのだとファブリスは考えていた。
そこに意味がある、ないのかではないのだった。意味がある、ないのかで言えば意味などないことぐらいはファブリスにも分かっていた。だが、それが自分の復讐なのだとファブリスは思っていた。
ファブリスはそう考えながら、脇に置いてある邪神封じの魔剣に赤色の瞳を向けるのだった。
あの片腕の男が自分に視線を向けていることにエルは気がついた。
片腕の男……隣りにいるマーサはファブリス様と呼んでいたとエルは思う。
反射的に笑顔を作ったエルだったが、どう考えても自分の笑顔が強張ってしまっているのを自覚していた。
……ファブリス。
瞳が赤いから魔族に由来する人物なのだろうが、全くもって得体が知れないとエルは思っていた。
あの時、館にいた者は自分以外、まだ十歳の子供だったセシルも含めて全員が無惨に殺された。それを考えると、彼がとてつもなく危険で無慈悲な人物であることは間違いない。
食事が不味いと言って自分も殺されてしまうのだろうか?
そんな詮無いことも考えてしまう。
あの時、ゴムザは復讐という言葉を口にしていたとエルは思う。
ならばこれは彼の復讐の旅なのだろうか?
では隣りにいるマーサはそれにどう関与しているのだろうか?
考えたところで分かるはずもない疑問が、次々と胸の内に浮かんでくる。
「ファブリス様、先程から顔が恐いですよ。エルが怯えています」
エルの強張った顔を見てマーサがそう言った。
「生まれつきだ。それよりお前が他の者と仲良くするなど珍しいな」
ファブリスの言葉にマーサは軽く首を傾げてみせた。
「そうでもないですよ。我ら獣人族が望むのは人族を根絶やしにすることだけ。魔族は関係がありませんので……」
「ふん、魔族も人族も俺に言わせれば何も変わらんさ。まあ、いい。好きにしろ。俺は寝るぞ」
赤色の髪を持つ少女の名はエル。元々はゴムザの館にいた奴隷だ。
あの時、なぜこの少女を殺さなかったのか。ファブリス自身もよく分かっていなかった。だが、それ以上に食事係としてマーサがこの少女を連れてきた理由も、ファブリスにはいま一つ分からない。そう思いながら、手にした器の中で湯気を立てている物をファブリスは匙で救って口のなかに入れる。確かにこの少女が作る食事は美味しいのではあったが……。
なぜ自分はこの少女を殺さなかったのか。マーサと楽しげに話しているエルを見ながら、ファブリスは再び同じことを考えている自分に気がついた。
突き詰めて考える必要のないどうでもよい類いの話なのだがと、ファブリスはそう同時に考える。単に少女の顔を見ていたら殺す気が失せただけの話なのだ。
自分を凝視しているファブリスの視線にエルは気がついたようだった。エルはファブリスに赤色の瞳を向けると、少しだけ愛想笑いのような笑みをファブリスに浮かべてみせた。
赤い髪の少女……。
自分では認めたくないことでもあったのだが、だからなのかともファブリスは思っていた。あの時、無惨に殺されたセリアと同じ赤色の髪……。別にこの少女とセリアが似ているわけではなかった。ただ、その赤い髪の毛を見ていると、セリアのことを思い出させるのも確かだった。
あの時のことを思うと、ファブリスの感情が今でも瞬時に焼き切れそうになる。自分が意識しなくても、セリアとこの少女をどうしても重ねて見てしまうようだった。重ねて見てしまい、それ故に彼女を殺すことができなかったということなのだろうか。
一方で、自分にまだ他人を思い遣る感情が残っていたこと。それに驚く思いもファブリスにはあった。
まあ、どちらでもいいとファブリスは思う。自分は魔族、人族をただ単に殺すだけなのだ。もちろんファブリスもこの世すべての魔族と人族の命をこの手で奪えるなどとは思っていない。ただ自分のこの命が尽きるまでそれを続けるだけなのだとファブリスは考えていた。
そこに意味がある、ないのかではないのだった。意味がある、ないのかで言えば意味などないことぐらいはファブリスにも分かっていた。だが、それが自分の復讐なのだとファブリスは思っていた。
ファブリスはそう考えながら、脇に置いてある邪神封じの魔剣に赤色の瞳を向けるのだった。
あの片腕の男が自分に視線を向けていることにエルは気がついた。
片腕の男……隣りにいるマーサはファブリス様と呼んでいたとエルは思う。
反射的に笑顔を作ったエルだったが、どう考えても自分の笑顔が強張ってしまっているのを自覚していた。
……ファブリス。
瞳が赤いから魔族に由来する人物なのだろうが、全くもって得体が知れないとエルは思っていた。
あの時、館にいた者は自分以外、まだ十歳の子供だったセシルも含めて全員が無惨に殺された。それを考えると、彼がとてつもなく危険で無慈悲な人物であることは間違いない。
食事が不味いと言って自分も殺されてしまうのだろうか?
そんな詮無いことも考えてしまう。
あの時、ゴムザは復讐という言葉を口にしていたとエルは思う。
ならばこれは彼の復讐の旅なのだろうか?
では隣りにいるマーサはそれにどう関与しているのだろうか?
考えたところで分かるはずもない疑問が、次々と胸の内に浮かんでくる。
「ファブリス様、先程から顔が恐いですよ。エルが怯えています」
エルの強張った顔を見てマーサがそう言った。
「生まれつきだ。それよりお前が他の者と仲良くするなど珍しいな」
ファブリスの言葉にマーサは軽く首を傾げてみせた。
「そうでもないですよ。我ら獣人族が望むのは人族を根絶やしにすることだけ。魔族は関係がありませんので……」
「ふん、魔族も人族も俺に言わせれば何も変わらんさ。まあ、いい。好きにしろ。俺は寝るぞ」