第４７話 すっぱいブドウ②
文字数 2,255文字
先の会社から、さっそく二次面接へお越しくださいとの連絡が入りました。次回が最終の役員面接になります、とも。
これはもう受かったんじゃね？
仕事を終えて向かったのは先週と同じビルにある、社内ＳＥで応募した企業です。応接室に居たのは常務が１名のみ。情報システム部門の方は今回は参加されないみたいでした。
「ではカバネさん、早速ですが自己紹介を」
そう言われて、これまでと同じく自己紹介からのアピール、そして志望動機などをお伝えしました。
「……この、１年間休職されていたという事なのですが」
「はい、激務で体調を崩してしまいました。数か月前に復職し、今は問題なく働けています」
「そうですか……ううん」
険しい表情のおじさん。あれ？ なんか１次面接と雰囲気が違うぞ？
それから少しの質疑応答もありましたが、なんだか重たい変な雰囲気。
「では、本日は有難う御座いました。合否は追ってご連絡します」
と、かなり短い時間で２次面接が終了しました。
何となく察したというか、これは落ちたなという感触でした。やはり休職期間が響いたのだろうか。こればっかりは致し方ないのだけれど。などと思いきや２日後、転職エージェントの岡田さんから連絡が入ったのです。
「カバネさん、先日の企業ですが、もう１度追加で面接をしたいと連絡がありまして……」
「えっ追加ですか？」
「そうなんです。前回が最終だったはずなんですが、もう１度と」
ふむふむぅ？
何だかよく分からないけれど、そう言われては断る理由もありません。スケジュールを調整して、僕は三度、同じビルへと足を向けました。
応接室にはまた新たなおじさんが１名。前回より更に偉い方であろう貫禄が出ています。これも例によって自己紹介からの質疑応答。
「この、１年も休職されていたとの事ですが、どう過ごされてたんです？」
またその質問かい、と思う自分もいたけれど、まぁ雇う側から見れば当然のこと。また倒れたらどうしようという心配は至極当然なものでしょう。
「主治医の勧めで、リワークというカリキュラムに参加していました。リハビリ兼、再発防止の訓練という内容です」
「へぇ～、そういうのがあるんですねぇ。その間、お金とか大丈夫だったんです？」
ん……何か違和感のある質問が。
「傷病手当金がありましたので、なんとかかんとか。トータルで見れば赤字ではありましたが」
「そうですかぁ。ちなみに、激務というのはどんな感じで？」
「多い時で月の残業が１５０時間ほど。あと、内容もハードがものが多かったので……」
「はぁ、そうですかぁ」
前回同様、いまいちよろしくないおじさんの顔。ふむ、これは何だろうか。
「私が若い頃なんて、２００時間くらい残業してましたけどねぇ」
ん？ このハゲいまなんつった？
『２００時間も残業できるなんて、よっぽど中身の薄い仕事だったんだな。まるでお前の頭髪の様に』
なんて言葉が口から出そうになりましたが、
「では有難う御座いました。合否は追って連絡しますので」
と打ち切られて面接終了。何だかよく分からないままに、僕はビルを後にしました。
◇
あのハ……いや役員の方の態度には、どうも納得できないものがありました。
面接を追加した挙句、よく分からないやり取りをして短時間で終了。お互いの貴重な時間が無駄というもので、あれは一体なんだったのか。
ちょっと冷静になってから思考を巡らせ、僕は１つの仮説に至りました。
情報システム部門の方は、３名ともＩＴ系出身でした。このＩＴ業界ではメンタルに不調をきたしてダウンする、そんな話がゴロゴロあります。彼らも同じ様な話を見聞きしたことが、恐らくあるのでしょう。
その上で、僕の経験やスキルが現場としてはマッチしている。だから是非とも採用したい。そして上層部へ強く推薦してくれたのではないか。
しかし上層部の方々、というか他業種で勤めてきた皆さんは、ＩＴ業界がどんなところか知る由もありません。１年もダウンするなんてよっぽどメンタルが弱いのではないか。心身が元々弱いのではないか。いくらスキルがあったって、そんなリスクのある人材は取りたくない。
現場からの推薦、上層部の懸念……そうしたやり取りが、追加された面接へと繋がるように思えたのです。
なので、そう考えたんですけどどうですか？ とエージェントの岡田さんに聞いてみました。すると、
「いや、カバネさん。仰る通りです」
との事。
「追加面接なんて珍しいので、私も確認してみたんです。仰る通り現場からの強い推薦と、上層部の懸念があったようです」
「有難う御座います。やっぱりＩＴと非ＩＴで、空白期間の捉え方、温度差って大きいんですねぇ」
「答えにくいですが……確かにありますね。ＩＴ業界が転職しやすい理由の１つでもあると思います」
うむむ、これは今後の方針も検討した方がいいのだろうか。考えを整理してから連絡しますと伝え、岡田さんとの話は終わりました。
しかし頭で理解できたとは言え、あの面接を思い出すとイライラしてくるのも事実。
というか僕みたいな人材がダウンもせず、こんな会社（失礼）に応募すると思ってるの？
今はバーゲンセール中なわけで、後になって欲しいと言われても無理ですよ？
怪我明けの野球選手がお買い得とかご存知ない？
ストレスが高まるとそんな鬱屈と虚勢が綯交ぜになるカバネ。こんな時は叫んでやれば良いのです。アンデルセンの童話よろしく、手の届かなかったキツネのように。
「あのブドウ酸っぱあああああっっ！！！！」
これはもう受かったんじゃね？
仕事を終えて向かったのは先週と同じビルにある、社内ＳＥで応募した企業です。応接室に居たのは常務が１名のみ。情報システム部門の方は今回は参加されないみたいでした。
「ではカバネさん、早速ですが自己紹介を」
そう言われて、これまでと同じく自己紹介からのアピール、そして志望動機などをお伝えしました。
「……この、１年間休職されていたという事なのですが」
「はい、激務で体調を崩してしまいました。数か月前に復職し、今は問題なく働けています」
「そうですか……ううん」
険しい表情のおじさん。あれ？ なんか１次面接と雰囲気が違うぞ？
それから少しの質疑応答もありましたが、なんだか重たい変な雰囲気。
「では、本日は有難う御座いました。合否は追ってご連絡します」
と、かなり短い時間で２次面接が終了しました。
何となく察したというか、これは落ちたなという感触でした。やはり休職期間が響いたのだろうか。こればっかりは致し方ないのだけれど。などと思いきや２日後、転職エージェントの岡田さんから連絡が入ったのです。
「カバネさん、先日の企業ですが、もう１度追加で面接をしたいと連絡がありまして……」
「えっ追加ですか？」
「そうなんです。前回が最終だったはずなんですが、もう１度と」
ふむふむぅ？
何だかよく分からないけれど、そう言われては断る理由もありません。スケジュールを調整して、僕は三度、同じビルへと足を向けました。
応接室にはまた新たなおじさんが１名。前回より更に偉い方であろう貫禄が出ています。これも例によって自己紹介からの質疑応答。
「この、１年も休職されていたとの事ですが、どう過ごされてたんです？」
またその質問かい、と思う自分もいたけれど、まぁ雇う側から見れば当然のこと。また倒れたらどうしようという心配は至極当然なものでしょう。
「主治医の勧めで、リワークというカリキュラムに参加していました。リハビリ兼、再発防止の訓練という内容です」
「へぇ～、そういうのがあるんですねぇ。その間、お金とか大丈夫だったんです？」
ん……何か違和感のある質問が。
「傷病手当金がありましたので、なんとかかんとか。トータルで見れば赤字ではありましたが」
「そうですかぁ。ちなみに、激務というのはどんな感じで？」
「多い時で月の残業が１５０時間ほど。あと、内容もハードがものが多かったので……」
「はぁ、そうですかぁ」
前回同様、いまいちよろしくないおじさんの顔。ふむ、これは何だろうか。
「私が若い頃なんて、２００時間くらい残業してましたけどねぇ」
ん？ このハゲいまなんつった？
『２００時間も残業できるなんて、よっぽど中身の薄い仕事だったんだな。まるでお前の頭髪の様に』
なんて言葉が口から出そうになりましたが、
「では有難う御座いました。合否は追って連絡しますので」
と打ち切られて面接終了。何だかよく分からないままに、僕はビルを後にしました。
◇
あのハ……いや役員の方の態度には、どうも納得できないものがありました。
面接を追加した挙句、よく分からないやり取りをして短時間で終了。お互いの貴重な時間が無駄というもので、あれは一体なんだったのか。
ちょっと冷静になってから思考を巡らせ、僕は１つの仮説に至りました。
情報システム部門の方は、３名ともＩＴ系出身でした。このＩＴ業界ではメンタルに不調をきたしてダウンする、そんな話がゴロゴロあります。彼らも同じ様な話を見聞きしたことが、恐らくあるのでしょう。
その上で、僕の経験やスキルが現場としてはマッチしている。だから是非とも採用したい。そして上層部へ強く推薦してくれたのではないか。
しかし上層部の方々、というか他業種で勤めてきた皆さんは、ＩＴ業界がどんなところか知る由もありません。１年もダウンするなんてよっぽどメンタルが弱いのではないか。心身が元々弱いのではないか。いくらスキルがあったって、そんなリスクのある人材は取りたくない。
現場からの推薦、上層部の懸念……そうしたやり取りが、追加された面接へと繋がるように思えたのです。
なので、そう考えたんですけどどうですか？ とエージェントの岡田さんに聞いてみました。すると、
「いや、カバネさん。仰る通りです」
との事。
「追加面接なんて珍しいので、私も確認してみたんです。仰る通り現場からの強い推薦と、上層部の懸念があったようです」
「有難う御座います。やっぱりＩＴと非ＩＴで、空白期間の捉え方、温度差って大きいんですねぇ」
「答えにくいですが……確かにありますね。ＩＴ業界が転職しやすい理由の１つでもあると思います」
うむむ、これは今後の方針も検討した方がいいのだろうか。考えを整理してから連絡しますと伝え、岡田さんとの話は終わりました。
しかし頭で理解できたとは言え、あの面接を思い出すとイライラしてくるのも事実。
というか僕みたいな人材がダウンもせず、こんな会社（失礼）に応募すると思ってるの？
今はバーゲンセール中なわけで、後になって欲しいと言われても無理ですよ？
怪我明けの野球選手がお買い得とかご存知ない？
ストレスが高まるとそんな鬱屈と虚勢が綯交ぜになるカバネ。こんな時は叫んでやれば良いのです。アンデルセンの童話よろしく、手の届かなかったキツネのように。
「あのブドウ酸っぱあああああっっ！！！！」
