第49話 会社へのご報告

文字数 1,489文字

 いただいた内定を断るのは、正直、賭けでした。そして賭けは成功しました。

 IT企業にお断りを入れてから受けた、社内SEの最終面接、その内定が出たのです。平均残業『0』時間。お給料は今より少し下がるけれども、無事に初志貫徹することが出来ました。ある意味エージェントの岡田さんが一番ホッとしていたかも知れません。

 内定を承諾する旨を伝えたなら、後は会社への報告です。

 復職してから僕をプロジェクトに迎えてくれた佐藤先輩に、定時後に時間をいただくこととなりました。

「どうしたん、カバネ。なんかあったんか」

 ひょっとしなくても、僕の顔は引きつっていたのだと思います。実際、後ろめたいような気持ちが強くありました。

 1年間休職した僕に、うちに来ないかと手を挙げてくれた佐藤先輩。プロジェクトもこれからと言う所で、こんな報告をするのですから。

「その、佐藤さんにはとてもお世話なり、とても申し上げにくいのですが……」
「うん?」
「実は、転職先が決まりました。5月から新しい職場に行こうと思っています」
「えっマジで!? めっちゃええやん!!」

 ……なんと?

「うわ~良かったなぁ、おめでとう。これでカバネもIT卒業やな!」

 少し耳を疑いました。
 あれ? 本気で祝ってくれている?

「なぁ、どうやって見つけたん? 転職サイトとか?」
「あ、はい、D●DAっていうサイトで」
「そっか~いいなぁ、ぶっちゃけ俺も転職したいもん」
「マジですか」
「そりゃそうやん。やけど良かったなぁ、どんな会社なん?」

 そんな感じで新しい会社のことを根ほり葉ほり聞かれ、1人目のご報告を終えました。

「まぁあと1カ月よろしくな。もちろん、残業はせんでええから」
「えっ大丈夫なんですか?」
「そりゃあそうやろ。転職前に体調崩してもしょうがないし。ていうか、本来はカバネ抜きで進むプロジェクトやったしな。期間限定でも来てくれて、ほんまに助かってるんやから」

 もう本当に良い人……!!
 自分も後輩が転職するとなったら、こんな風に振舞ってあげたい。そんな理想像みたいな佐藤先輩でした。

 ◇

 その日のうちに立て続けに、僕はお世話になった人たちへ報告を進めました。

 復職時から沢山の配慮・調整をいただいた事業部長。
 僕が新卒の頃から一緒に働いた、元居た部署の仲間達。
 何かと目を掛けてくれていた、別部署の部長にも報告をしました。この時は部長が目を潤ませて、

「そっか……いや、残念や。カバネのこと好きやったんやけどなぁ」

 と言ってくれました。字面だけ見ると爆笑しそうですが、この時ばかりは僕も泣きそうになりました。

 転職活動を通じて、このタイミングが一番辛かったかも知れません。1年間ダウンして、復帰して、色んな人に心配して貰って、配慮して貰って、助けて貰って。

 だから最初に報告した佐藤先輩の反応に、僕は大きく救われたのだと思います。

 前の晩は緊張で眠れませんでしたもの。内定をもらった安堵感や達成感よりも、会社の人たちになんて言おう……そんな不安がとても強かったのです。

 恩知らず。
 義理に反する。
 誰に言われたわけでもないのに、自分の中で自分を責める言葉が、目をつむると浮かんでは消えて、浮かんでは消えて。

 けれどこの職場で働き続け、2度とダウンしない自信が僕にはありませんでした。そしてダウンしたならば、もっと大きな迷惑や心配を掛けることになる。場合によっては、もう社会復帰さえ出来ないかも知れない。

 僕が僕自身を何よりも大事にすること。それが周囲にとっても良い道なんだと……自分の心に刻みつけて突き進み、僕の転職活動は終わりを迎えました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み