第24話 趣味を見つけよう①

文字数 2,267文字

 リワーク参加中、心理療法士さんとの定期面談が月に一度ありました。

 僕から最近の調子や感じたことを相談する他、療法士さんが各人に感じたことをフィードバックしてくれる機会となります。ちょっと踏み込んだ話もあったりして、僕にとっても大切な振り返りのタイミングでした。

 そしてある時、工藤さんがこう伝えてくれたのです。

「カバネさんはとても多い感情量、そして極めて強い理性が拮抗している様に思います」

 ふむ……?

「感情量と理性、ですか」
「はい。凄く抽象的な言い方かも知れませんが……リワークや今までの面談を通じて、そう感じています」

 うむむ、ちょっと難しい。

「感情量ってなんでしょう」
「人それぞれだと思うのですが、カバネさんは本来、喜怒哀楽の激しい方なのかなと」

 そう言われるとそんな気もしますが、自分では正直、よく分からない。

「リワークの中で実施した、バウムテストを覚えていますか?」
「あ、はい。覚えています」

 バウムテスト、それは一本の木を絵に描くことによって、その人の心の内面を判断することを目標に作られた心理検査だそうです。紙と鉛筆、そして身近な題材である『木』を描くというもので、わりと古くからある手法なのだとか。

「あの絵が象徴的だなと思いました。内に持つ感情が凄く多い、けれどそれを抑えつけるほどの強力な理性が、自身の中で葛藤になり、場合によってはストレスになっているのかなと」

 ふむ、ふむ……。

「ですがカバネさん。理性を無くして感情的になっていいかと言うと……」
「それはそれで、社会生活に影響が出そうですね」
「そうなんです。なので、会社では理性重視で働きつつ、会社以外の場所で感情を出せる場面があって良いのかなと」
「会社以外ですか?」
「例えば趣味ですとか。何か感情を発散できるような趣味があれば、理想的だと思うのですけれど」

 そう言われて、真っ先に思い出したのは演劇でした。

 卒業と同時に足を洗ってしまいましたが、大学生の頃、僕は演劇サークルで狂ったようにのめり込んでいたのです。

 少し話がさかのぼりますが、僕は演劇に触れるまで、コミュニケーション能力に強いコンプレックスを抱いていました。いわゆるASD、つまりアスペルガー症候群の傾向が強かったのだと思います。

 言葉を字面通りに受け止めてしまうので、皮肉も分からないし、発言の意図や背景が理解できない。空気感とか曖昧なものが読めないので、皆と一緒にワイワイやるのが苦手。
 喜怒哀楽が激しいせいかちょっとした事で怒ったり、逆に周りが引くほど爆笑したり。子供の頃はそんな感じでした。

 中学校までは周囲にも恵まれ、こんな僕にいまも付き合ってくれる友人がいるのですが、高校生活は致命的なまでの暗黒期。いや、本当に、友達が一人もできなかったの。恋愛とか青春とかそれ以前の問題でした。

 このままでは流石にマズいと感じて、なんとか人とのコミュニケーションを身に着けねばと苦心したものの中々上手く行かず。いじめられるとかではないのだけれど、とにかく浮いちゃっている子だったと思います。

 そんなコンプレックス抱えまくりな状態で進学した大学。友達作りを諦めきれなかった僕は、どこかサークルに入りたいと考えました。

 演劇に決めた一番の理由は、先輩達の公演を見て『あっこれなら自分でもできそう』とかいう至極無礼な動機です。いや、入ってみるとめちゃくちゃ難しかったんですけどね。

 今でも思い出す先輩の言葉があります。

『人はみんな無意識のうちに、色んな情報を分析している。表情、仕草、文脈、声の高低、声のテンポ……それを演劇では意識的にやらないといけないんだ。普段は何気なくできていることを分解し、再構築して表現するんだ』

 僕にとっては頭をハンマーで殴られたような言葉でした。

 そうか、実生活でできなかったのはこれだったのか。再構築するもなにも、()()()()()()()()()()じゃないかと。

 演劇脚本には殆どセリフしか書かれていません。登場人物の心情、所作、声質、トーン、全てに想像を膨らませる必要があります。

 例えば『こんにちは』というセリフ。
 僕の役がAさんに挨拶するとして、その解釈は無限大に広がります。

 例えばAさんとの関係性。親しいのか初対面なのか、ちょっと知ってるレベルなのか、或いは片思いの関係だったりするかも。役柄の性格にもよります。自分が演じるべきは明るい人なのか暗い人なのか、愛想のいい人なのか無愛想な人なのか。

 時系列、という要素もあります。直前に良いことがあったのかイヤなことがあったのか。

 Aさんの表情にもよるかも知れません。憂鬱な顔をしていたり、とても晴れやかな様子だったり、それによって挨拶の仕方も変わるでしょう。

 そんなことを理論的に考えて表現する。台本をこれでもかと読み込んで、更に共演者の演技に合わせて変化を加える。

 こうして僕はコミュニケーションの基礎を学んだのだと思います。稽古場で数えきれないほどのトライ&エラーを繰り返し、舞台でもお客さんを意識して、ようやく人間らしい意思疎通を学んだと言うか。

 それに、演劇に取り組んだ4年間はとても幸せなものでした。心の底から楽しいと思える毎日。卒業して就職するか芝居の道に進むか、あれほど人生で悩んだ事はなかったと思います。

 さてどうしたものか。足を洗っているものの、趣味として演劇に復帰するのはどうなんだろうか。

 そう考えているタイミングで、大学時代の先輩が連絡をくれたのです。カバネ、久々に舞台に立ってみないか? なんて連絡を。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み