第34話 前祝いをば開きたまへ②

文字数 1,908文字

 先輩が復帰の前祝いを開催してくれました。いや、僕が頼んだのですけれども。

 いきなり職場へと復帰するよりも、仲の良かった人と事前に飲み会でもしておいた方が戻りやすいんじゃないか。そう考えてのものでした。とは言え、自分からお願いしたものの会場(居酒屋)に行くときはもの凄くドキドキです。ぶっちゃけストレスがパない。相当な心理的負荷というものです。

「やっべぇドタキャンしてぇ」

 とか思うほどには。同期とかはちょこちょこと顔を合わせていたのですが、後輩や先輩は実に1年ぶりに会う人もいましたし。自分で画策したものの、この試みは果たして吉と出るか、凶と出るか。
 
「お~カバネ! 久しぶりやな!!」

 そう声を掛けてくれたのは僕がお願いした先輩。連れられてお店の中に入ると、先輩や後輩、それに同期の10名ほどが集まってくれていました。

「めっちゃ顔色よくなってるやん!」
「そんなに肌白かったっけ? 前は色黒やと思ってたけど、あれ単に顔色悪かったんか!」
「太ってないのは流石やな!」

 なんて他愛のない会話から始まり、お酒を飲みながらみんなに色んな話を聞きました。最近の職場の雰囲気はどうか。みんなの仕事はどんな感じか。等々。

 相変わらず職場は多忙なようでした。後輩の一人は『もうやってられねぇっすわ!』とクダを巻き、これは1年前と変わらぬ様相。いい病院紹介しようか? なんてメンタル・ジョークも交えたりして。ふははっ。

 ちょっと聞くのも怖かったけれど、僕がダウンしてから、どんな問題が起きたかも聞いてみました。

 担当していたプロジェクトは後輩と先輩が引き継いだそうです。けれどあまりに業務が膨大なため二人して死ぬ思いだったとか。そうですよね、あれ二人で足りるプロジェクトじゃなかったですよね。

 また、僕の話も少し聞いて貰いました。この1年、リワークというものに参加していたこと。
 復帰後しばらくは『仕事をせずに過ごせ』と医師から言われていること。前いた部署に一旦は戻るけれど、別の部署で仕事をする可能性もあること。等々。

 みんなもお酒が回り、気が付けば1年前と変わらぬ光景。少しのお酒で顔を真っ赤にする同期、あの○○さんブチ○すと思い出しながらキレる後輩、後輩にイジられる先輩……思えば、この時に初めて職場復帰のイメージが掴めたように思います。

 あと、緊張のあまり少し酔いは浅かったかも。以前のように終電を逃すことなく、無事に帰路へとつくことが出来ました。

 ◇

 翌日以降、会社とも調整を進め、職場復帰の段取りはいよいよ具体的になってきました。そうして復職日が決まれば、自ずと固まるリワークの卒業。

 復帰が決まったのだから少し早めに卒業して自由な時間を確保する、なんて考えも浮かんだのですが、生活リズムが乱れるのが怖かったので、結局はギリギリまで居座らせて貰いました。

 時間はあっという間に過ぎてしまい、気が付けば復帰直前という。いやもう、本当にサクサクとカレンダーが進んだ感覚です。きっと色々な段取りで忙しかったのもあるのでしょう。

 実に1年にもわたって通い続けたリワーク・ルーム。個人的にはいい思い出ばかりで、もう少しいたかったな、なんて気持ちが正直なところ。

 リワークのメンバーには個別で『復帰が決まりました』とお伝えしました。寂しくなるね、頑張ってください、という言葉や『もう戻ってこないようにね』なんて、まるで刑期を終えて娑婆に出るような話も。

 でも、確かにそうなのです。
 ここで学んだ事は沢山あるけれど。
 全ては、ここに戻って来ないための勉強だったのですから。

 とは言え、通院自体が無くなるわけではありません。相変わらずコンサータ、それに睡眠薬を服用していますし、それらを処方して貰う必要があります。それに復職直後の期間が最も大事な、ある意味で危うい時期なわけです。ここからが本当のリハビリになる。ここで失敗してしまっては元も子も無くなってしまう。

 きっと職場復帰したら、凄まじいまでの疲労に襲われるでしょう。
 自分の心身が大丈夫なのか常にチェックを怠ってはいけない。

 なので復帰後も先生に頼り、場合によっては心理療法士さんのお時間もいただいて、バックアップをして貰うつもりでいました。

 僕は自覚というものがとにかく薄い。心身の調子や疲労が自分で分からない。無理を無理と感じない鈍感さがある。
 だから尾長先生や工藤さんに定期的に話を聞いてもらって、慎重に慎重を期そうと考えたのです。

 自分一人で何でもかんでも抱え込む。気付かぬ内に限界突破する。そうしてストレスでぶっ倒れてしまう……そんな日々とはおさらば、というわけです。
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