第39話 まさかの転院②

文字数 1,883文字

 ちょっと洒落にならないと言いますか、事態は深刻な様でした。

 メンタルクリニックにも問い合わせてみても、残念ながら先生が倒れたという事実以外、詳しく知ることが出来ないようです。沢山の患者を抱えるメンタルクリニックにあって、僕は患者の一人でしかありません。どこで入院していて、どんな容態でという話も。

 ですがそのただならぬニュアンスに、僕は自宅で呆然自失としてしまいました。

 職場に復帰して1週間。これからも先生に頼り、心理療法士さんたちに頼り、アフターリワークにも参加して……そんな青写真は脆くも崩れ去ったのです。

 それより何より、この1年間僕が最も苦しい時、そして這い上がり、今に至るまでをずっとそばで見てくれていた尾長先生。時には叱咤し、時には励まし、ここまでの道筋を作ってくれた大恩人。

 しばらくすると、幾つあるのかも分からない感情が入り乱れ、僕はただただ涙を零していました。

 先生は大丈夫なのだろうか。
 工藤さんたちは大丈夫なのだろうか。
 今もリワークに通う仲間たちは。
 そして、僕はこれからどうしていけば良いのだろうか。

 ちょっとしたパニック状態にあった最中、リワーク仲間の藤本さんから連絡を貰いました。カバネさん、話はお聞きですか? と。

「はい、端的に先生が倒れられた、とだけ」
「そうですね。僕もリワークに行ってビックリしました。正直、実感も何もないのですが……カバネさんは大丈夫ですか?」
「いや、大丈夫じゃないですね。何をどうしたら良いのか、ちょっとパニックになっています」
「リワークで聞いた話なんですが、少しお伝えしますね」

 そう言って、藤本さんは情報を整理してくれました。

 先生の容態はあまりよろしくなく、復帰の目途が立っていないとのこと。この意味するところは、病院そのものが一切の医療行為を実施できないということ。

 医療行為には医師の診察、薬の処方、心理療法士との面談、そしてリワークも含まれます。つまり本当の意味で『何もできない』ということなのだと。

「なので取り急ぎ各自で転院先を見つけてください、という話でした」
「転院ですか」
「通常、転院には医師の紹介状が必要なんですが、その紹介状も医療行為にあたるため書けないそうなんです。なので自力で見つけるしかないようで」
「そうなんですね……」
「まぁ事情が事情なんで、新しい病院も受け入れてくれると思いますけどね。あと、僕やカバネさんは少し注意事項があって」
「注意事項?」
「そうなんです。コンサータを処方して貰ってるので、通う病院が絞られます」

 藤本さんが言うに、僕らが処方して貰っているADHDの治療薬『コンサータ』は、認可を受けた医師でないと取り扱いが出来ないのだとか。

 つまり、心療内科ならどこでも良いかと言うと、そうではない。発達障害を専門的に扱っている病院でないと、処方を受けられないそうなのです。

「なるほど、ありがとうございます。ちょっと僕も探してみます」
「こっちも探し中なんで、良い病院があれば紹介しますね。ていうか、僕の場合はリワークをどうするかですけど」

 そう、藤本さんはまさにリワーク卒業直前といった状況でした。リワークも実施されない今、一体何がどうなるのやら。

「リワークは探せばあるみたいなんです。僕はその線で探して、職場復帰は少し後ろ倒しにしようかなと」
「そうですよね。あ、他の皆さんもどうなるんでしょう?」
「他のみんなも同じですね。一斉に受け入れてくれる場所もないでしょうから、各自で」
「なるほど……いや、大変ですね」
「いやいや、カバネさんこそキツイでしょ。復帰してこれからってところで」

 藤本さんの言う通り、僕も人の心配をしている場合ではないのでしょう。かなり混乱の最中ではありますが。

「まぁ、とにかく次に進まないとですね。また情報交換していきましょう」
「そうですね。藤本さんも、ご無理なさらず」
「えぇ、カバネさんも」

 そう言って、電話が終わりました。

 取りあえず、やるべきことはシンプルです。僕らは次を探さなければならない。ここで崩れてしまっては元も子もない。

 ここで僕が心身に支障を来し、職場復帰できないなんて話になれば、それこそ先生や工藤さん達に合わせる顔がないのです。そうなってしまえばきっと、先生はあの怖い顔をして僕を叱り飛ばすことでしょう。

 泣きたい気持ちも、立ち止まってしまいたい気持ちも、とにかく何もしたくない気持ちもあるけれど、ここだけは無茶をして踏ん張る時。この無茶だけはきっと、許してくれると信じて。

 そうして、僕らは新しい病院を探すことになりました。
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