第50話 まさかの入院①

文字数 2,148文字

 5月の大型連休が明けてから、僕は新しい職場で働くことになりました。

 連休中は色々な準備に追われてしまい、書こうと思った小説も手付かずに。スーツケースに荷物を詰め込み、現地調達するものをリストアップし、とにかく用意に必死でした。

 というのも、中途採用社員に向けた本社研修があり、数か月ほど東へ行くことになったのです。しばらくは試用期間ということで、本採用になったら地元のオフィスで勤務するという流れ。

 故郷から遠く離れた見知らぬ土地、初めての会社。大きな荷物をゴロゴロと転がして、新幹線に乗り込んで。この先にあるのは希望か或いは……緊張もかなり湧いていましたが、楽しみな自分も少しだけ。

 ◇

 結論、自分にかなり合う職場でした。
 先輩方はみんな優しく、若い人たちは活気に溢れ、いやぁ前の職場とかなり雰囲気が違う。死んだ魚の目をした人や、虚空を眺めて微動だにしない人が見当たりません。

 残業時間も本当にゼロで、半信半疑だった自分はかなり驚きました。まだまだ先は長いのですが、転職して良かった……そう思える日々でした。

 ですが新天地での生活が1カ月半を過ぎた頃、体調がかなり悪くなってきたのです。

 気分的な所はもちろん、疲れが出てきたという感じなのですが、身体の方がどうにも辛い。何か喉が腫れているし、ダルいし、重いし。

 恐らく環境の良し悪しではなく、大きな変化そのものが負荷となっていたのでしょう。ですが転職したての研修生。そう考えてちょっと無理をして働いていました。じきに身体も慣れるだろうと。

 そしたらついに発熱。あちゃ~やっちまったなぁ、なんて考えながら病院へ行くと、やっぱり風邪の診断。その日はお薬を貰って家で休むことにしました。

 ところが。

 夜、布団で眠っていると、名状し難い震えに身体中が襲われたのです。
 手足がガクガクと震えて吐き気がヒドい。なにより身体中が寒くて仕方がない。まるで雪山で遭難したかの如く、信じられないほどにガタガタと全身が震えて震えて。

 これはヤバイ。風邪とかじゃないぞ。

 そう自覚して何とかかんとか病院へ行ったら即入院。点滴と解熱剤でぼんやり正気を取り戻しつつ、血液検査やCTスキャン、エコー検査を立て続けに受け、内科の先生から説明を受けました。

「何の病気か分かっていません」

 え、マジで?

「最初は風邪かと思ったんですが、悪寒戦慄や高熱が酷いので……違う病気だと思います」

 悪寒戦慄、とはきのう僕が経験した身体中ガタガタ震える強い悪寒とのこと。はえ~ピッタリな名前ですねぇ。

「CTやエコーでは異常が見当たりませんでした。菌やウィルスの検査もしていますが、まだハッキリ分かっていません。ですが胃腸炎の症状が出ており、血液中の炎症反応も高く、何かしらの感染症である可能性が高いです」
「感染症、ですか……」
「原因不明の感染症ということで、しばらくは個室で隔離入院して頂きます。抗生剤と点滴で様子を見ていきましょう」

 ◇

 案内された病室はかなり広く、ベッドやテレビの他にソファも1つ。わ~いホテルみたいとか頭の悪い感想を覚えました。

 解熱剤(ロキソニン)が効いている間はまだ思考もクリアでしたが、とにかく身体が重くて痛い。ろくに水分も取れていないので、とにかくベッドで横になるしかない。

 そして、この部屋に来てくれる看護師さんは全て防護服を身に着けていました。当時はコロナが流行るよりも大分と前だったのですが、原因不明の感染症対策とのことで。うわぁ、何だか大事になってしまった……ていうか僕は本当によくやらかしますね。

 喉が渇き、自販機で買ったスポーツドリンクを飲んでみたけれどすぐさまリバース。経口水分さえ受け付けられない身体では、とにかく横になるほかありません。

 数時間ほどグッタリしていると、解熱剤が切れたのか、少しずつ身体が寒くなってくる。そして1時間もする頃には例の悪寒戦慄が発動!!
 全身ガタガタと震えて頭は割れるように痛い。鼓動に合わせるように脳の奥がガンガンと鳴り、うめき声しか出せない状態に。

 必死になってナースコールのボタンを押すと、

「か、カバネさん大丈夫ですか!? すぐ戻って来ます!!」

 看護師さんがドン引きの様子でナースセンターへ戻り、解熱剤を用意してくれました。少量の水でリバースしないよう慎重に服薬すると、1時間後には何とか震え熱も治まる。それでも38度くらいはありましたが。

 一度、どこまで熱が上がるのか見てみよう、との提案によりガタガタ震えながら5分おきに体温を測ってみました。解熱剤の切れた体温は凄まじい上昇を描き、42度になった所で『これ以上はアカン』となってロキソニン投入。

 そんな状態が一週間ほど続きましたが、依然として原因不明。症状は全く改善しません。

 リアルに、このまま死んでしまうのだろうかという感覚。
 嫌だな、ここで死にたくはないな……そんな思考が浮かび上がった時、2年前の夏を思い出しました。

 強い自殺衝動に襲われたとき、僕は死にたい、死ぬべきだ、死んではいけないとばかり考えていました。それが今は『死にたくない』と思えるようになっているのかと。

 まぁ、思う思わないに関わらず、身体は死に体となっているわけですが。あばば。
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