第２話　病院へＧＯ！！

　金曜の朝。
　心療内科を受診するため、僕は車輪のついたスーツケースを引きずりながら街へと出ました。

　なぜスーツケースかというと、受診後に仕事の予定があったから。新幹線に乗って東へと向かう２泊３日の出張業務。

　昨晩に『あばばば』状態となったにも関わらず、僕はまだ仕事をする気でいました。

　特に今回は重要なイベント、客先のシステムを新しい仕組みへ切り替える『本番』と呼ばれるもので、ユーザにとっても大変なタイミング。ここで失敗したら目も当てられぬ大惨事でして、さすがに穴は開けられないなって。

　まぁ、頭あっぱらぱぁなんですけどね。こんなんでシステムが切り替わるのかしら、なんて心配さえ思い浮かばないレベルで。

　朝イチの電車に乗って向かった先は、尾長(おなが)メンタルクリニック。友人に勧められた病院です。

　この病院という建築物に、僕はあまり良いイメージを持っていませんでした。
　どうしても小学生の頃に行った内科や外科が思い浮かぶというか、あの鼻を突く独特の匂い、何の材料か分からないフニョフニョした緑色の床、金属質なフレームが剥き出しの椅子とか、そういうのを思い浮かべてしまって。

　けれど、扉を開けた先は思ったのと違う、とても落ち着きのある空間でした。

　決して広くはない空間に配置される、穏やかな暖色系のソファやカーペット。部屋の隅には観葉植物が飾られていて、なんだか想像と異なる景色。

　席には既に数名の方が座っていて『あ、結構いるんだな』とか、ぼんやりと思いました。

　しばらくすると名前を呼ばれ、診察室へと向かった先……そこに座っていたのは頭がボサボサな、こう、ものすごく横幅のふ(・)く(・)よ(・)か(・)な、白衣を纏った男性でした。

「どうされました～？」

　この病院を経営する尾長先生に尋ねられ、受診するに至った経緯をお伝えしました。仕事が激務で脳が働かなくなりあばばってなったのだけれども、メンタルの問題かどうか自分自身では良く分かっていないこと等々。

　ひと通り聞いて貰ったところで、諭すように、先生は『とにかく休め』と言いました。

「正直、ＩＴ系の人って多いんですよ。長時間、度を過ぎた集中力で心身を使い過ぎてパンクしてしまう状態。とにかく休むのが一番です」

　それからも問診は続きます。

「カバネさん、他に気になる症状とかありますか？」
「こないだ自殺衝動みたいなのがありましたが、それ以外は特に……」
「身体の痛みはどうです？　頭痛とか、首とか痛くないですか」
「あ、言われてみればありますね」
「どの辺が痛いです？」
「そうですね……頭、首、肩、背中、腰……あれ？　全部痛いですね？」
「全部？」
「えぇ、全部ですかね」

　聞いてもらってやっと自覚した『全部痛いですね』。
　自分でもどうかと思いましたが。

「……そうですか。睡眠はどうですか？」
「大体６時間は寝れてます」
「途中で起きたり、夢を見たりは？」
「そういえば３～４回ほど悪夢で目が覚めますね」
「毎日？」
「毎日ですね……あれ？　ひょっとして眠れてません？」
「うん、普通は寝るっていえば７～８時間、まぁ目が空いても１回くらいちゃうかな」
「え、そうなんですか？」

　マジで？
　眠るってそういうことなの？
　常態化して何年も経っていたので、眠れていないという事実を初めて知らされた気分に。

「他にはどうです？」
「あと、とにかく頭が回らないんです……これもメンタルの問題なんでしょうか？　こうやって会話はできるんですが、記憶力や思考力がなくなった感じで」
「あぁ、それもよくありますよ。若年性アルツハイマーだと思ったらうつ病とか、双極性障害とか」

　まさかのうつ症状あるある。

　とか言いながら、僕には事ここに至っても実は大丈夫なんじゃないか、大したことないんじゃないか、みたいな思いが頭の隅っこにありました。会話も普通に出来ているし、休むと言っても一週間くらいかなって。

「じゃあとりあえず、１ヶ月の休職で診断書を出しておきましょうか。今日から休めます？」

　は、１ヶ月？
　長くね？
　今から？？

「す、済みません、これから出張が入ってまして。仕事の引継ぎも考えると１週間はいるかも」
「出張？　カバネさんそんな状態で仕事できるの」
「不安ですが、プロジェクトの責任者なので今日から休むのは、ちょっと」
「まぁそう言うならしょうがないけど。じゃあ一週間後、診断書を出すので、それまでに会社と話もしておいてね」
「はい……」

　と、そんな具合で休職予定が仮決定。
　この日はお薬とか貰わず病院を後にし、新幹線に乗って旅立ちました。