第33話 前祝いをば開きたまへ①

文字数 2,511文字

 休職してから約1年、リワークに参加してから10カ月。体調も心境もダウンした頃とは比較にならないほど、落ち着きが感じられました。

 あんなに酷かった身体中の痛みもすっかりなくなり、生活リズムも整ってきた。ダウンした頃にあった強い焦り……職場に戻らなければ、早く元通りに働かなければ……そんな気持ちも遠くなり、むしろ『もう少し休んでいたいな』と思い始めたり。

 リワークでもまだまだ勉強したいし、もっと小説も書きたいし。

 そんな心境の変化を見計らったかのように、

「9月とか10月をターゲットに、復職の段取りをつけましょうか」

 と先生から話が出ました。

「えっ復帰ですか?」
「うん、復帰。色々と手続きもあるだろうけど、会社の人と相談できる?」
「……そうですね、来週に上司と面談する予定があるので、ちょっと聞いてみます」

 寝耳に水、というのはおかしいですが、そう言われては断る理由もなく。
 それに会社というのは『じゃあ明日から戻りま~す』みたいにも行かないようで、上司に色々な制度を確認することになりました。ザックリまとめるとこんな感じ。

 ・復帰は1日付で実施(月途中での復帰はなし)
 ・復職後は1カ月間の時短勤務(9:00~16:00)
 ・復職後の2カ月目以降は通常勤務(9:00~17:30)
 ・復帰後の半年間、出勤率が8割を下回った場合は再休職の指示を出す

 これを先生に伝えたところ、

「それめっちゃ厳しいやん」

 との返答。なんとなく先生の顔が怖いのは何故かしら?

「1日付の復帰はまぁ良いとして、時短勤務9~16時ってほぼフルタイムと変わらんやん」
「確かにそうですね」
「しかも翌月以降は通常勤務でしょ? 残業の多い会社じゃないの?」
「多いですね。僕も2カ月めから残業は……ちょっとできる気がしませんね」
「でしょう。他の会社だと、無給になるけど最初の1週間は午前だけ出勤とか、まずは通勤訓練レベルから始めたりもするけどね。徐々に徐々にペースを戻していくように」

 どうも先生が言うに、他の会社では休職復帰時、色々と細かい制度があるらしい。そして僕のいる会社はあまり宜しくないとのこと。言外に『そんな制度アカンぞ』というオーラを感じます。

「これ何とかできない?」
「と、言いますと……?」
「会社と交渉してみるのはどう?」

 もはや指示と言っても差し支えない口調でして、僕は後日、上司と改めてお話しすることにしました。ですが回答としては特に変わらず。

 通常勤務に向けて徐々にペースアップする、という制度ではなく『通常勤務できる状態になってから復職してください』という考えなのだとか。まぁ会社の制度を一個人のために変えられるハズもなく、これも伝書バトのごとく先生に伝えるのですが、

「もうね、制度が古いね。怪我や体の病気での休職は想定されてるけど、メンタルでの休職復帰が想定されていない。古い会社やで」

 とボロッかす。

「だからカバネくん。復帰する時は慎重に慎重を期して、色々と条件を出した方がいいよ」
「条件ですか」
「そう、条件。リワークでほぼ毎日10時から参加していたけれど、職場復帰となるとハードルがぐんと上がる。まずは毎朝9時に出勤すること。最初の1週間は仕事しなくて良いと思う。9~16時で会社に座ってるだけでも、本当に凄まじい負荷になるから」
「そうなんですね……」
「ていうか君の場合、すぐに仕事したくなるでしょ?」

 うぐ。
 見透かされているというか、なんというか。

「周りが仕事している中、一人だけボーっとできないもんね。だから最初の目標は9~16時に座ってること。その後、様子を見ながら徐々に徐々にできる仕事から始めていく」
「はい……」
「最初の1カ月は仕事しなくて良いくらいに思っておいて。復帰したらこれから30年とか働くわけでしょう? それに比べたら1カ月くらい、どってことないよ」

 確かに定年の引き揚げられた昨今、これまで生きて来たのと同じ年数も会社にいるわけでして、なるほど仰る通り。

 そこから1カ月の間、リワーク参加と並行しながら、職場復帰に向けて上司やそのまた上司と何度か面談をしました。場所は会社近くの喫茶店。先生に言われたことをそのまま伝えたような内容で、事業部長(エライひと)はどんな顔をするかな……とか不安を抱えながら。

 ですが幸いなことに、事業部長から返ってきた言葉は暖かいものでした。

「そういう風に具体的に言ってもらった方が助かるわ。ぶっちゃけ、会社も俺も、どう受け入れたら良いのか分かってないからな。カバネの戻りやすいように言ってくれたら、そうするから」
「あ、ありがとうございます」
「会社の制度はそうそう変えられへんけど、まずは仕事を振らんようにしよう。様子見ながら、カバネもそろそろイケるとか言ってくれたらええよ」

 いやぁ、もう本っ当に有難かったです。ほなもうお前こんでええやん、とか言われたらどうしようなんて不安があったので。

 そしてつくづく、この1年間は色んな方に心配を掛けていたのだなと。有難いのと同じくらい、申し訳ない気持ちでした。

 とは言え、そんな復職の段取りを話しながらも、僕はまだ復職のイメージがまだ掴めていませんでした。不安の方が強いというのが正直な所です。逆の立場を考えてみると、部下や同僚がメンタルでダウンしていざ復帰となったら……復帰した際にどう迎え入れるべきなのか僕には想像もつきません。

 復帰したらどんな風に過ごすのか。
 職場の雰囲気はどうなっているのか。
 戻れる場所はあるのだろうか。
 復帰した時、みんなはどんな風に思うのだろうか。

 ここで一つのアイデアが浮かびました。いきなり復帰するのではなく、ワンクッションおけば良いのではないか?

 復帰の前段階で、職場の人たちと会っておくのはどうだろうか……?

 思い付いたら止まらないカバネ。ADHD故の衝動性かは微妙なところですが、早速、仲の良かった先輩に連絡を入れてみました。ラインでメッセージを送ってみたのです。

 ご無沙汰しております時折カバネです。そろそろ復帰の具体的な日程が決まりそうです。

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