第31話 自己肯定感のはなし

文字数 2,107文字

 根本的なところで、自信というものが無い。

 心理療法士の工藤さんに『自分をダメ人間と思い過ぎているのでは』と言葉を貰いましたが、素直に受け取れないというか……どうも根っこの深い部分で、僕は自信がないように思います。

 これまでの経験故、なのでしょうか。

 小中学生の頃、忘れ物や遅刻が多くてよく怒られたり。高校生生活ではコミュニケーションが苦手で友達が出来なかったり。大学生活は演劇に熱中し、それなりに楽しい時間を過ごせたけれど、社会人になっても大変でした。

 そもそも毎日決まった時間に起きて会社に行く、その時点で『あっこれ無理ゲーだわ』とか感じてしまう。世の人は凄いものだ、この苦行を定年まで続けるというのだから。

 それらを自分なりの工夫、或いは無理、無謀、無茶などで足掻いては来たものの、それでも消えない自己を否定する気持ち。自分はもっと頑張らなければ、自身を叱咤しなければダメ人間のままになる。まるで強迫観念じみた思想が、僕の根っこにある気がしたのです。

 リワークでのグループ・ディスカッションに参加したのは、そんな頃合いでした。

 テーマを1つ決めて、3~4人に分かれて意見を出し合ったりするのですが、今回のテーマはタイムリーなことに『自己肯定感について』です。

 自己肯定感、恥ずかしながら僕はこのときに初めて聞いた単語でした。

 ディスカッションは言葉の定義から始まりました。自信を持つこと、自分は大丈夫と思う
こと、自分は凄いという気持ち、といった各々の意見。ここで僕が思いついたのは、小説や演劇での体験でした。

 自分が面白い、自分が作りたいと思ったものが、人に受け入れられるというあの快感。あれは言葉にし難いほどの、存在を肯定して貰ったような気持ちになったのです。

 他、皆さんも『自分の思う自己肯定感』を出し合い、初日のディスカッションを終えた夜、藤本さんに声を掛けられてご飯に行ったんです。もちろん帰りの電車を誓ったうえで。ノーモア徹夜。

「カバネさん、ちょっと気になった事がありまして」
「今日のディスカッションですか?」
「えぇ、そのことで」

 グイっと生ビールをあおり、藤本さんは言葉を続けました。

「自己肯定感について、カバネさんは小説を書いた例を挙げていましたが、ちょっと違うんじゃないかなって」
「と、言いますと……?」
「僕がこんなことを言うのもアレなんですが……気を悪くしないで下さいね」

 そんなドキリとする言葉。ダメ出し耐性の強い僕ですが、これにはつい身構えてしまいます。

「いえ、大丈夫です。おっしゃって下さい」
「ありがとうございます。思ったのは、自己肯定感って、理由付けとか要らないと思うんです」
「理由付け、ですか?」
「はい。これが出来るから大丈夫、こんな特技があるから凄い、そういうのは違うんじゃないかって」

 ぬぬぬ?

「例えば、仕事で売上を稼ぐから自分は大丈夫とか。それって、色々な要因で売上が落ち込んだときには無くなりますよね」
「確かに……」
「小説も同じで、書けなくなったときは肯定できなくなりますし、そういう条件付きの支えみたいなのって、脆いんだと思います」

 藤本さんが言いたいのは、つまりこういう事でした。

 ○○だから自分を肯定する――それが悪いわけではないけれども、何らかの理由で支えが無くなったなら、自己を否定することになる。それこそダウンしてしまった時だとか。

 本当の自己肯定感に理由や根拠は必要ない。

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 ただシンプルに、そういう根本的な所なんじゃないかって。

「と、今日の取り組みで感じました。どうしてもそれを伝えたくって」

 本当に、僕はこのリワークを通じて良い友人を得たと思います。
 復職という共通目標に向かって日々を過ごす仲間達に。自分一人ではきっと、得られなかった気付きや発見に。

「と言って、どうすれば得られるのかが分からないんですけどね」
「そこですよね。明日からのディスカッションで分かりますかね」
「まぁそれが分かってれば、僕らはダウンしてませんしね!」
「ですです、取りあえず今日は飲みましょうか!」

 以降、ただの雑談でワイワイ盛り上がった初夏の夜でした。

「ちなみに、僕は工藤さん推しなんですよ」
「カバネさんはそうですよね~、自分は竹下さん推しですけど」
「マジで! 藤本さんそうなの!?」

 みたいな、馬鹿話を延々したりして。

 翌日からのディスカッションでも、これと言った決定的な答えは見つかりませんでした。1日ひとつで良いから自分の『褒めポイント』を見つける。或いは『少しの好きな時間』を積み重ねる。そんなピースの様なものを少しずつ、皆で話し合った感じです。

 ですがこの取り組み以降、自分を否定した過剰な努力……いわゆる無茶をしそうになった時、僕にはあの言葉がよぎる様になりました。

『そんなにダメな人間ですか?』

 どうすれば自己肯定感を得られるのかは分からないけれど、必要以上に否定する必要もない。そう考えるだけでも、僕にとって大きな一歩だったのかも知れません。やっぱり実践は難しいけれども。

 ちなみにその夜は、2人とも予定通りの電車で帰りました。まる。
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