第13話 太極拳が苦手なはなし

文字数 2,189文字

 前向きに参加するようになったリワークですが、全部が全部、楽しいというわけではありませんでした。

 中でも苦手なのが『太極拳』というカリキュラム。

 リワークルームにはプロジェクターと大型スクリーンが設置されていて、本屋さんとかで売っている『初心者でもできる太極拳!』みたいなDVDの映像が映し出されます。見様見真似でその映像に合わせ、身体を動かす感じでなのですが。

 この太極拳がすっごく苦手で。

 理由は分からないけれど、もはや苦痛と言って差し支えのないものでした。似たような運動系のヨガとかは楽しかったのに何故。

 なので、カリキュラム終了後の振り返りで率直に伝えてみたのです。めっちゃ苦手なんですと。

 他の方にも聞いてみたのですが、僕ほど苦手な人はいない様子でした。身体を動かしてスッキリした、良い気分転換になったという方が多く、この違いは一体なんなのか。

 2回、3回と太極拳を経験した後も、苦手意識は払拭できませんでした。自分でもなぜ苦手なのかが良く分からない。なんともモヤモヤした気持ちになり、心理療法士の工藤さんに相談することにしました。

 すっごい苦手なんですけど、何でですかね。

「まずは、目的をどこに置くかでしょうか」

 と、工藤さん。

「目的ですか?」
「えぇ。色々な目的があると思います。苦手を克服するというのも一つですし、それ以外にも」
「……逃げる、とかですか?」
「それも一つですね。或いは、手を抜いても良いかも知れません。疲れない程度にやり過ごす、ですとか」
「なるほど、なるほどぉ」

 そんな何気ない工藤さんの言葉に、ちょっと目から鱗が落ちる思いがしました。というのも、脳内では既に『苦手な太極拳をどう克服するか』という思考で一杯だったことに気付いたのです。

「もちろん、克服できるのは良いことだと思います。でもそれ以外にも方法はあると思いますよ」
「確かにそうですね」
「カバネさんはこれまで、どうしようもなく苦手なものにぶつかった時、どうしていましたか?」

 そう聞かれて思い出すのは、仕事でのこと。
 いや、それよりも根っこの深い部分だったかも知れません。

 小さい頃から、僕は何をするにも要領が悪いというか、初めて取り組んでパパっとこなす、みたいな経験がほぼ皆無だったのです。不器用なのか単に頭が悪いのか。
 なのである種の癖として、苦手なものや嫌いなものをどうにかして克服できないか、何とか楽しくできないかと試行錯誤するのが常でした。

 仕事もその延長線上。元々はパソコンの知識さえ皆無で飛び込んだシステム業界。苦手だとか下手だとか関係なく必死にチャレンジして……もちろん全てとは行きませんが、ある程度は克服してきた自負みたいなのもあった気がします。

 合言葉は『根性でぶつかって何とかする』みたいな。

 なぜ苦手なのかを分析し、対処法を考え、仮説を立ててトライ&エラーを繰り返す。鳴かぬなら鳴くまで繰り返せホトトギス。

 ポジティブに捉えればとっても努力家なのかも知れません。ですがネガティブに言えば、それって疲れるよねって話。

「リワークでも見ている限り、カバネさんは実際に努力家だと思います。けれど、限界を超える努力は続きませんし、そこは無茶もあったのかも知れません」
「仰る通りですね……」
「では、今回の太極拳はどうしましょうか。どこに目標を置きます?」
「そうですね、手を抜くっていうのを目標にしてみます。あぁそっか……手を抜くのが苦手なんですね」

 つい、苦笑。

「それを自覚できるだけでも、大きいことだと思います」
「はい。手を抜く練習、してみたいと思います。あ、もう一つだけ質問が」
「なんでしょう」
「そもそも、なんで太極拳が苦手なんでしょう?」

 これは純粋な疑問。なんでこんなに嫌だと感じるのか、知りたい気持ちもあったのです。

「あくまで、私から見ての一意見なのですが」
「はい」
「カバネさんは『型にハマる』というのが、どうしようもなく苦手だったりしません?」
「型、ですか?」
「えぇ。カバネさんの太極拳を見て思ったわけではないのですが、他のカリキュラム等の取り組みを見ていて感じました」

 ふ、む……?

「例えば仕事のとき、指示通りに実行するのが好きな人もいれば、自分でやり方を作るのが好きな人もいます。カバネさんはどちらかと言うと」
「指示通りにするのが嫌い、というか出来ないですね……自分なりに工夫しないと気が済まないというか」
「そうですね。太極拳は型通りに動くことを求められます。そこに苦痛を感じているのかな、と」

 またしても落ちる目の鱗。

「あ、そっか、確かに苦痛ですね。あ~……あ~何か脳内で繋がった気がします」

 太極拳に限らず、これも小さい頃からの思い出が蘇りました。言われた通りにする、そんな簡単なことが極端にできずいつも怒られていた小学生時代。
 一方、好きにやって良いといわれたら勝手に色々と取り組む、そんな傾向があったように思います。なるほど……となるとちょっとこれ、克服できそうにないですね。
 
「良い悪い、という話ではありません。あくまで、その人の傾向なのだと思います」
「ありがとうございます。増々、手を抜く意欲が湧いて来ました」

 そんな感じで相談終了。
 社会人生活10年を越え、身体を壊すほど無茶を繰り返し、ようやく生まれて初めて『手を抜く』練習をし始めたカバネでした。
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