第11話 グループ・ディスカッション、とは

文字数 2,389文字

 週4回参加するリワークの内容は、かなりざっくりと運動系・文科系に分かれました。

 運動系は太極拳・ヨガ・卓球・ストレッチetc...
 文科系は写字・俳句・絵手紙・ペーパークラフト・パズルetc...
 他にもグループに分かれて実施するグループディスカッション・料理実習・共感etc...
 更には認知行動療法や心理学に基づいた座学、そしてケーススタディetc...

 これらは1ヶ月単位でスケジュールされます。病院側が全て決めるというわけではなくて、殆どをリワーク参加者によるミーティング・投票で自主的に決めるというもの。

 例えば月曜のAM枠は太極拳、PM枠は俳句とか。そして、各カリキュラム終了後は必ず振り返りシートに記入し、発表します。

 参加した当初『楽しむ』なんて気持ちはあまりなかったと思います。言われたことを取りあえずやる、みたいな感じであばあばしながら取り組んでいました。そもそも、頭も身体もあまり動いていませんしね。

 ちょっと楽しかったのはボードゲームとかトランプとか。大の大人がモノポリーとかやるんですが、これが中々ココロ沸き立つ。

 とは言え、いつも頭の片隅には『こんなことやって意味あるのかなぁ?』という疑問・疑念が浮かんでいました。これで病気が治るのか、これで再発が防げるのか……? みたいな。

 ハッキリ言って、モチベーションが低かったのだと思います。受け身の姿勢と言ってもいいかも知れません。休みたかったら休んでも良いくらいに思っていました。

 そんな心持ちだからか、最初はあまりコンスタントに参加できませんでした。他に優先したい用事や予定があれば欠席しても問題ない。特に個人で取り組むカリキュラムはそんな感覚だったと思います。

 だってね?

 ヨガや太極拳、俳句や絵手紙という内容が、どうも復職訓練というワードと結びつかなかったのです。

 体調が悪くて欠席する日もありましたが、このリハビリを生活の軸にしてスケジュールを立てよう、なんて思っていないリワークな日々。1~2ヶ月くらいはそんなモチベーションでの参加、或いは不参加が続いていました。

 そんなスタンスが変わったのは、あるカリキュラムがきっかけでした。

 ◇

 カリキュラムの中には個人で取り組むものと、グループで実施するものがあります。
 代表的なものがグループ・ディスカッション。

 リワークにはAMとPMの枠が週4回、1週間で計8枠。4週間とすれば1カ月で16枠。その内、月の半ばに3枠も使って行うグループ・ディスカッションは、決めたお題に沿って3~4名に分かれて議論をするものでした。

 例えば『旅行に行くならどこ』なんてお題で、みんなあれやこれやと意見を出し合う。ですがただ話すだけではなくて、最終日に大きな模造紙を使って発表会を行う。企業の新人研修でもよく見る光景かも知れません。一応は発表までタイムリミットもあり、議事係やタイムキーパーなんて役割も設定します。

 んで、初めて参加したグループ・ディスカッション。
 僕のいる班は計4名で進んだのですが、まぁ話が逸れたり途方もなく膨らんだり、これはとても時間内に終わらないんじゃないか、最後に発表をまとめるには厳しいんじゃないか、といった進捗でした。

「旅行といえば飛行機だよね」
「飛行機といえば燃料だよね」
「あ、全然関係ないけど石油の値段めっちゃ上がってるよね」
「ね~あれキツいよね~交通費も影響するし」
「なんか中東が政情不安なんだっけ?」
「そうそう、こないだニュースでやってましたもんね」

 気が付くと1枠目が終わり、ゴールも何も見えない状態。

 ここで、僕は『カチリ』と自分の中のスイッチが入る音がしました。仕事モードになるのを唐突に自覚したのです。こう、敢えて言語化を試みるなら、

『自分が仕切らなきゃスイッチ』

 みたいな。
 僕は仕事でも会議が非常に多くありました。社内会議やユーザとの打ち合わせとか、場合によってはタフな交渉事もあって、いつもクタクタになっていたのを思い出します。

 大体の会議は仕切り、議事を取り、話が脱線しそうになったら引き戻し、各自のタスクやミッションを明確化し……そんな立ち居振る舞いを自分に強いていた気がします。そんなスイッチがリワークの中で発動しそうになったのです。

 いや待てよ、と。
 ここにはユーザもいない、予算もない。
 一応のスケジュールはあるけれど、利益を出す必要もなければ無茶をする必要もない。なのになんでスイッチ入っちゃってんの??

 そう気付いた時、何だか肩がふっと軽くなった気がしたのです。
 
 ここは失敗しても良い場所なんじゃないか?
 いっそ、今までと真逆のやり方を試せば良いんじゃないか?
 話が逸れそうならばいっそ、逸れる方向にプッシュしてみる。スケジュールなんて一旦忘れて、議論を膨らませるだけ膨らませてみる。
 最早チキンレースくらいの勢いで、どこまで逸れるのかどこまで膨らむのか、もっともっとやっちゃえ! みたいな。

 そうして迎えた最終日、当初の予想と反して発表まで無事に終わったのです。大きな模造紙で資料も作成して、自分では思いもつかなかったような完成度で。旅に出るならこんな交通機関が今ならお得、そしたらオススメのスポットはここだ! みたいな。

『めっちゃ面白い……!』

 これまでの自分の経験、知見。
 仕事で必死にやっていた方法を全部捨ててみたら()()()()()()()()いっちゃったんです。

 そんなグループディスカッションを終えて、僕はようやくリワークに前向きになれた気がします。
 
 ここは失敗しても良い場所なんだ。そして、失敗しても良いと思う方が良い結果になることもあるんだ。

 小難しいプロジェクト管理やリスクマネジメントなんて忘れてしまおう。自分にはまだまだ学べることがある。

 そんなキッカケとなったカリキュラムでした。
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