第35話 リワーク最終日
文字数 2,076文字
9月の下旬、リワーク最終日。
1年前と比べると、リワークのメンバーも半分ほどが入れ替わっていました。卒業した人もいましたし、『復職しない』という決断をして自営業に転身した人も。僕と同時期に参加した藤本さんたちも、1~2カ月後には卒業の話が出ているそうです。
何人かの方とは連絡先を交換し、また落ち着いたらご飯でも行きましょうと話していました。実際に今でも連絡を取り合い、社会の荒波に揉みつぶされないよう、お互いにやりとりが続いています。
最後のカリキュラムを終えて、僕は皆さんに改めて挨拶をしました。
この1年間、本当にお世話になりました。
一人では気づけなかったこと、学べなかったことが沢山ありました。
もう少しここにいたい気持ちも、実はあります。
皆さんも体調には気を付けて、どうぞお元気で。
◇
リワーク終了後、僕は心理療法士の工藤さんに呼ばれ、面談をすることになりました。部屋の写真とか撮りまくっても良いですか? と聞いたのですが、それはダメですとの回答。残念。
「カバネさんがいなくなると、寂しくなりますね」
「いやぁ、僕も既に寂しさでいっぱいです」
「正直、カバネさんがいなくてまとまるんでしょうか。それが不安です」
「そうですか?」
「えぇ。私たちにとっては、カバネさんが結構、メンバーをまとめてくれる機会が多かったので。ほら、個性的な人が多いじゃないですか?」
「僕もその一人だとは思いますが……まぁ、きっと大丈夫ですよ」
そんな、他愛のない会話。
実際、僕はあまり人をまとめるというか、リーダーシップ的なものは無かったと思います。こう、グループワークで話が脱線したり、あらぬ方向に向かいそうな時にちょっと整理する程度で。
ただ個性的な人が多い、というのは非常に同意するところです。
失礼な意味でなく、やはり繊細で生真面目で、一生懸命な人ばかり。そんな自覚が薄いのも共通点。自分も含めて。なのでひとたび話が脱線したりすると、軌道修正が効かないシーンがあったのも確かでした。そんな場面を僕はわりと楽しんだりしていたけれど。
「復職後の話になりますが、最近、この病院ではアフター・リワークというのを始めたんです」
「アフター、と言いますと……?」
「月に1度のペースで、リワーク卒業者さんが集まる機会です。近況報告したり相談したり、あと事前に言って貰えれば今みたいに療法士と面談も可能です」
「それは、ぜひ、参加したいです」
前のめりの即答でした。言われずとも、卒業してから先生や療法士さんに頼る気満々だったので。
それに、既に卒業された皆さんと久々に顔を合わせるのも楽しみでした。これから復職するにあたり、その中で感じたこと、大変だったことを、ぜひ先輩方にも聞いてみたいと思ったのです。
「じゃあ早速ですが、来月の第三土曜に開催しますので。よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ楽しみにしています」
「あと可能であればなんですが、このシートを書いて欲しいなと」
手渡されたのは『リワーク卒業者シート』と書かれた一枚のA4用紙。
「リワーク参加中の方に読んで頂くものなので、もし問題なければ、ご協力をお願いします」
僕もリワーク参加中、卒業した人たちが書いた卒業者シートを読んだことがありました。そっか、自分も書いていいのか。
「わかりました。次に通院する時にはお渡しできると思います」
「急ぎではありませんので、落ち着いてからで構いませんから」
「ありがとうございます。まぁ、無理はしないように、ですね」
家に帰り、僕はこれまでのリワークで積み上げた資料を整理することにしました。
例えば就寝、起床、食事、その他の生活を細かに記載した生活記録表。
認知行動療法に基づいて書き記した自己分析の数々。
カリキュラムで作った絵手紙、俳句、鉛筆画なんてものも。
そういった全てが大切で、この1年を過ごした証と呼べるもの。一つ一つをファイリングし、整理していくと、かなり寂しい気持ちが湧いてきました。人の縁とは不思議なもの。リワークで一緒になった仲間達も、奇跡的なタイミングがあって同じ時間を過ごすことになったのです。
そして、これからが本当のリハビリの始まり。この1年を生かすも殺すも、このタイミングに掛かっている。
僕には1つの目標がありました。
またどこかで皆さんと会ったとき、元気で過ごしていること。尾長先生や、工藤さんを始めとしたスタッフの皆さんに、もう元気でやれてるねと言って貰えること。しっかり足元を見据え、一歩一歩、進んで行きたいなと。
ひと通りの整理を終えた所で、最後にもらったA4用紙を机の上に広げました。
『リワーク卒業者シート』と書かれた紙も、一つの振り返りでしょうか。
リワークの取り組みでは、兎にも角にも『振り返り』が重視されていました。
日々の生活リズム、カリキュラムで感じたこと、体調の変化、心境の変化……この振り返りこそが自分の取扱説明書に繋がって行く。
なので、このシートもきっと振り返り。そのA4用紙に書き込むべく、僕はペンをとりました。
1年前と比べると、リワークのメンバーも半分ほどが入れ替わっていました。卒業した人もいましたし、『復職しない』という決断をして自営業に転身した人も。僕と同時期に参加した藤本さんたちも、1~2カ月後には卒業の話が出ているそうです。
何人かの方とは連絡先を交換し、また落ち着いたらご飯でも行きましょうと話していました。実際に今でも連絡を取り合い、社会の荒波に揉みつぶされないよう、お互いにやりとりが続いています。
最後のカリキュラムを終えて、僕は皆さんに改めて挨拶をしました。
この1年間、本当にお世話になりました。
一人では気づけなかったこと、学べなかったことが沢山ありました。
もう少しここにいたい気持ちも、実はあります。
皆さんも体調には気を付けて、どうぞお元気で。
◇
リワーク終了後、僕は心理療法士の工藤さんに呼ばれ、面談をすることになりました。部屋の写真とか撮りまくっても良いですか? と聞いたのですが、それはダメですとの回答。残念。
「カバネさんがいなくなると、寂しくなりますね」
「いやぁ、僕も既に寂しさでいっぱいです」
「正直、カバネさんがいなくてまとまるんでしょうか。それが不安です」
「そうですか?」
「えぇ。私たちにとっては、カバネさんが結構、メンバーをまとめてくれる機会が多かったので。ほら、個性的な人が多いじゃないですか?」
「僕もその一人だとは思いますが……まぁ、きっと大丈夫ですよ」
そんな、他愛のない会話。
実際、僕はあまり人をまとめるというか、リーダーシップ的なものは無かったと思います。こう、グループワークで話が脱線したり、あらぬ方向に向かいそうな時にちょっと整理する程度で。
ただ個性的な人が多い、というのは非常に同意するところです。
失礼な意味でなく、やはり繊細で生真面目で、一生懸命な人ばかり。そんな自覚が薄いのも共通点。自分も含めて。なのでひとたび話が脱線したりすると、軌道修正が効かないシーンがあったのも確かでした。そんな場面を僕はわりと楽しんだりしていたけれど。
「復職後の話になりますが、最近、この病院ではアフター・リワークというのを始めたんです」
「アフター、と言いますと……?」
「月に1度のペースで、リワーク卒業者さんが集まる機会です。近況報告したり相談したり、あと事前に言って貰えれば今みたいに療法士と面談も可能です」
「それは、ぜひ、参加したいです」
前のめりの即答でした。言われずとも、卒業してから先生や療法士さんに頼る気満々だったので。
それに、既に卒業された皆さんと久々に顔を合わせるのも楽しみでした。これから復職するにあたり、その中で感じたこと、大変だったことを、ぜひ先輩方にも聞いてみたいと思ったのです。
「じゃあ早速ですが、来月の第三土曜に開催しますので。よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ楽しみにしています」
「あと可能であればなんですが、このシートを書いて欲しいなと」
手渡されたのは『リワーク卒業者シート』と書かれた一枚のA4用紙。
「リワーク参加中の方に読んで頂くものなので、もし問題なければ、ご協力をお願いします」
僕もリワーク参加中、卒業した人たちが書いた卒業者シートを読んだことがありました。そっか、自分も書いていいのか。
「わかりました。次に通院する時にはお渡しできると思います」
「急ぎではありませんので、落ち着いてからで構いませんから」
「ありがとうございます。まぁ、無理はしないように、ですね」
家に帰り、僕はこれまでのリワークで積み上げた資料を整理することにしました。
例えば就寝、起床、食事、その他の生活を細かに記載した生活記録表。
認知行動療法に基づいて書き記した自己分析の数々。
カリキュラムで作った絵手紙、俳句、鉛筆画なんてものも。
そういった全てが大切で、この1年を過ごした証と呼べるもの。一つ一つをファイリングし、整理していくと、かなり寂しい気持ちが湧いてきました。人の縁とは不思議なもの。リワークで一緒になった仲間達も、奇跡的なタイミングがあって同じ時間を過ごすことになったのです。
そして、これからが本当のリハビリの始まり。この1年を生かすも殺すも、このタイミングに掛かっている。
僕には1つの目標がありました。
またどこかで皆さんと会ったとき、元気で過ごしていること。尾長先生や、工藤さんを始めとしたスタッフの皆さんに、もう元気でやれてるねと言って貰えること。しっかり足元を見据え、一歩一歩、進んで行きたいなと。
ひと通りの整理を終えた所で、最後にもらったA4用紙を机の上に広げました。
『リワーク卒業者シート』と書かれた紙も、一つの振り返りでしょうか。
リワークの取り組みでは、兎にも角にも『振り返り』が重視されていました。
日々の生活リズム、カリキュラムで感じたこと、体調の変化、心境の変化……この振り返りこそが自分の取扱説明書に繋がって行く。
なので、このシートもきっと振り返り。そのA4用紙に書き込むべく、僕はペンをとりました。