第4話

文字数 9,105文字

【前回までのあらすじ】
ブラックスミスに楽曲提供を
すげなく断られてしまったヒロトと桐子。

でも、簡単に引き下がるわけには行かない!
全てはアオハルココロに勝つために!
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 作曲家のブラックスミスさんに楽曲の提供を断られた後、他の作曲家を探すことになった。
 二人で手分けをして音楽や動画の配信サイトの楽曲を聞き続けた。良さそうな曲を見つけたら、作曲者や作詞者をとにかくリストアップしていくという地道な作業だ。

 自分で作曲するよりは遥かに簡単だし、すぐに見つかるかも――なんて思ったけれど、それは大違いだった。
 曲を頼むかもしれないと思って音楽を聞くのなんて、桐子はもちろん初めてだ。いつもは漠然と「かっこいいー」とか「元気出る!」って感じているだけで、その先を考えたことなんて無かった。
 金銀宝石がひしめき合う財宝の山の中から、誰も見たことのない特別な金貨1枚を見つけなければならないのだ。目移りするし、比べること自体が難しい。

 いつもとは違う頭の部分を使っているのか、一度でも集中力が切れると一気に疲れが襲ってきてしまう。

「…………はっ」

 ガクッと頭を起こした桐子の口元から、光が糸を引く。ゆったりした曲を聞いていたせいで居眠りして、よだれを垂らしてしまったようだ。

「ふぅ、もう8時半だね」
「ね、寝てませんよ!」

 こっそりと口元を拭った桐子だったけれど、テーブルの上には小さな水たまりがまだ残っていた。
 桐子は居眠りだけでない火照りで顔を赤らめながら、そそくさと垂れたよだれをティッシュで拭き取った。

「今日は解散にしよう。もう50人も見つけたからね」

 ホワイトボードには桐子と河本くんが、どうだろうと思った候補者が所狭しと書かれている。きっちりとした文字が河本くんで、どこかへろへろっとした文字が桐子だ。

「ちょっと多すぎましたね」

 40人以上が優柔不断な桐子が挙げたものだった。

「僕の方でもう少し絞っておくよ。それからまた明日考えよう」

 河本くんは桐子を安心させるように言う。

「はい……頑張りましょう」

 リストを眺める河本くんの横顔はどこか納得がいっていないように見えた。


 帰宅すると家に明かりが灯っていた。
 防犯のために時間で点灯するリビングや玄関だけでなく、お風呂や階段の電灯が家の外まで漏れている。もし泥棒なら警備会社が駆けつけているはずなので、自分以外の家族が家にいることになる。

(あ、そういえば、今日はお母さんと紅葉が帰って来る日だっけ……)

 紅葉がフィギュアスケーターとして海外を回るようになってから、一度でも帰国の日を忘れたことなんてなかった。これまでは、一直線に学校から帰ってきて、お風呂やリビングの掃除をして二人を出迎えていた。
 普段通りに出来なかったことが少し後ろめたくて、「ただいま」の一言もなしに玄関の扉を開ける。いつもなら出迎えてくる犬のテンちゃんの姿がなくて、ちょっと悲しかった。
 リビングに近づくと扉越しに、テレビの音が聞こえてくる。自分の家なのになぜか緊張している自分がいることに桐子は気づいた。

(なんで遅くなったのか聞かれたらどうしよう……)

 自分がVチューバー『灰姫レラ』をしていることは家族に話していない。となると、河本くんと一緒にいたことを話して、追求されたらどうすればいいのだろうか。

(なんとか誤魔化して)
「あ、お姉ちゃん、おかえりー」

 桐子がぐずぐず悩んでいると、気配に気づいた妹の紅葉が部屋の中から声をかけてきた。
 考えがまとまらないうちに、リビングに入るしか無かった。

「……ただいま」

 昨日までと違ってリビングが温かい。

「お姉ちゃん、遅かったね。部活とか入ったの?」

 ソファーで犬のテンちゃんを撫で回していた紅葉がこちらを見る。撫でる手が止まったのが不服だったのか、テンちゃんも文句を言うように桐子の方を見ていた。

「帰宅部のまま。部活なんて入るわけないでしょ」
「えー、お姉ちゃん、絵が上手いんだから美術部とか漫研に入ればいいのにー。っていうか、私も入りたい! さ来年、同じ高校を受験すれば、お姉ちゃんと同じ部活で遊べるのにー」

 無邪気に心を斬りつける言葉に桐子は奥歯を噛みしめる。

「紅葉にはスケートがあるでしょ。部活なんて無理に決まってる」
「えー、別に大丈夫だって。部活やってる高校生の先輩スケーターいるよ」

 わがままには付き合いきれないと、桐子はキッチンの方にゴミ捨てに行く。

「おかえりなさい、桐子」
「お母さん、ただいま」

 母が洗い物の手を止めて、桐子の持っていたビニール袋を受け取る。

「出前のお寿司が冷蔵庫に入ってるわよ」
「要らない。友達と食べてきた」

 自分で思っていた以上にそっけない声が出てしまう。

「そう。でも、もしお腹が空いたら食べなさい。桐子は育ち盛りなんだから、お夜食ぐらいじゃ太らないわよ」
「……うん、そうするね」

 桐子は母の目を見ずに答えた。
 引きこもっていた頃は食事の時間がバラバラだったし、何日も食べないで極度に痩せてしまったこともある。母なりに心配しているのかもしれないけれど、どうしても素直に感謝できなかった。
 水を一杯飲んで、リビングに戻ると待ち構えていた紅葉の『独り言』が聞こえてくる。

「部活じゃなくて、帰宅が遅くて、夕飯も食べてきた……もしかして彼氏?」
「ち、ちがうから! 本当に友達!」

 思わず大声で反論してしまう桐子。その反応をどう受け取ったのか分からないけれど、紅葉は嬉しそうにウンウンと頷く。

「ま、いいや。はい、お姉ちゃんに土産」

 思い出したように紅葉はテーブルの上に置かれていた手のひらサイズの箱を桐子にぽんと投げてよこす。

「わっ! いきなりやめてよ……、中身は?」

 ギリギリのところで落とさずにキャッチに成功。箱を開けると中には茶色い液体の入った小瓶が入っていた。

「香水?」
「メープルシロップだよ」

 言われてみれば、小瓶が楓(メープル)の形をしている。

「お姉ちゃん、やっぱり彼氏できたんでしょ」
「だから、違うって言ってるでしょ!」

 ニヤニヤしながら言う紅葉に腹を立てた桐子は、メープルシロップの瓶をテーブルに置くとリビングを後にする。

「お姉ちゃん!」
「私、お風呂はいってもう休むから!」

 紅葉はまだ何か言おうとしていたけれど、桐子は聞く耳を持たないと後ろ手でドアを締めた。


 部屋に着替えを取りに行って、脱衣所へ。
 遠征に持っていった紅葉の着替えが洗濯機の前に無造作に山積みにされていた。
 桐子がまとめてドラム洗濯機の中に放り込むと、紅葉の服だけでいっぱいになってしまった。

(はぁ……、私の分はお母さんに任せよう)

 ため息をついてから桐子は洗剤と柔軟剤を投入してスイッチを入れる。注水の音を聞きながら着ていた服を脱衣カゴに突っ込んでいった。
 バスルームの扉を開けると、湿り気を帯びた熱気が桐子の裸体に張り付いてくる。紅葉が入った後のようだ。その証拠に、いつもは整頓されているボディソープやシャンプーがバスルームの床に直接置かれていた。
 桐子はきちんと元あった場所にボトルを戻してから、頭と身体を洗った。注水が終わって洗濯機が洗浄を始めると、ゴウンゴウンという駆動音と使っていたシャワーの音が頭の中で混じり合い、秘密基地で聞いていた音楽が蘇ってくる。

「ん~♪ んん~♪」

 身体を洗い終わった桐子は湯船に浸かり鼻歌を響かせる。曲目はない。外から響いてくる洗濯機のリズムに合わせて適当だ。
 大きすぎる胸がぷかぷかと浮かんで、文字通り重荷から開放されると別のことが頭の中をぐるぐると回りだす。

(河本くんが『何人も潰した』ってどういうことなんだろう……)

 スミスさんが言ったことが気になったけれど、VRワールドからログインした後も河本くんに事情は聞けなかった。

(そこまで踏み込んでいいのか……ううん、違う。私に踏み込む勇気がなかったんだ)

 河本くんはアオハルココロちゃんの元プロデューサーで、Vチューバーだけでなく3Dモデルの知識もあって、自分のスタジオまで持ってる。
 鼻歌は次第にアオハルココロちゃんの楽曲のメドレーへと変わっていた。

(そんなすごい人に私なんかが……)

 ぶくぶくと湯船に沈みそうになる思考を、桐子は顔をペチペチと叩いて引き上げる。

(って、違う! そういう考え方がダメなの! 私が河本くんのことを知らないから、河本くんにばっかり重荷を背負わせちゃってる!)

 河本くんは香辻桐子を助けてくれた。
 河本くんは灰姫レラを救ってくれた。

(私、自分のことばっかりで、まだなんにも返せてない!)

 身体をスッキリさせたら、頭の中のモヤモヤも晴れてきたような気がする。

「今度は私が河本くんのために、なにかする番だから!」

 勢いよく立ち上がった桐子の身体をお湯が流れ落ちていく。
 今の自分に思いつくことなんて一つしかない。
 お風呂を出た桐子は身体を拭いてパジャマに着替えると、すぐさま自分の部屋に向かった。
 そして、ろくに髪も乾かさずにパソコンの電源を入れる。
 メニューから『VRワールド』を選んで起動する。

 VRワールドはHMDやトラッカーがなくてもプレイ自体は出来る。360度の視界や身体の動きを反映させることは出来ないけれど、PCのカメラで表情のトラッキングぐらいは可能だ。その他の操作は、MMORPGとそれほど変わらない。

 自分のアバターを『灰姫レラ』に設定してログインする。
 選んだワールドは『Town of the Dead』。数時間前にスミスさんを探して飛び込んだ世界だ。
 モニタの画面に廃墟の街並みが映し出される。頭にHMDを付けている時とは違って、臨場感はあまり――。

「ぎゃぁああああああ!」

 ドラム缶の影から飛び出した犬ゾンビに驚いた桐子は、悲鳴を上げて逃げ出した。

「やだやだやだああああ!」

 臨場感なんて関係ない。
 怖いものは怖かった。
 河本くんと一緒の時はまだ良かったけれど、一人だと心細くて仕方ない。

「怖いよ……うぐっ、で、でも……探さなくちゃ……」

 どうにか逃げ切ったところで、やっと銃を装備して――。

「みゅやあああああああ!」

 唐突に飛びかかってきたゾンビ烏に絶叫しながら、弾丸をやたらめったらに撃ちまくった。

「来ないで来ないで!」

 揺れ揺れの画面の中では弾丸が命中したのか分からないけれど、全弾撃ち尽くしたところでゾンビ烏はいなくなっていた。

「はぁ……なんと、かぁあああああああ!」

 三度(みたび)叫ぶ、桐子。
 一息つく暇もなく、今度は人間ゾンビが襲いかかってきた。

「弾でない弾でない! ぎゃあ、こっちこないでぇえええ!」

 画面の中では灰姫レラがゾンビの腕を振り払い逃げ出す。
 画面の外では桐子が必死になって、マウスのボタンをクリックしながら、もう一方の手でキーボードを無茶苦茶に押し続けている。
 メニューやマップ画面が閉じたり開いたりを繰り返した末に、ついにリロードボタン(Rキー)を押す。

「死んで! もう死んでぇえええ!」

 無我夢中で銃を撃ち続け、なんとかゾンビ一匹を倒すことに成功した。

「はぁはぁはぁ……他には……」

 もう怖いゾンビはいないかとモニタを睨みつける桐子。
 唐突にその背後でドンドンという音が響く。

「ひぃっっ!」
「お姉ちゃん、大丈夫?! 凄い声してたけど?」

 姉の絶叫を聞きつけた紅葉が心配して声をかけてきただけだった。ピアノの練習が出来るようにと両親が建てた家なので防音性は高いけれど、大声を出せば隣の妹の部屋には聞こえてしまう。

「だ、大丈夫だから。ちょっと怖いゲームしてただけ」
「怖いの苦手なのによくやるね……」

 紅葉が呆れている様子がドア越しでも分かった。

「大声は出さないように気をつけるから」
「うるさいのは別にいいけど……、お姉ちゃんが友達とかに合わせてるなら、無理して怖いゲームなんてやらなくてもいいんじゃない」
「……ダメなの。今やらなくちゃ、私、絶対に後悔するから」
「そう? よくわかんないけど頑張ってクリアしてね」

 ドアの前から紅葉が去っていく気配がした。

「ゲームが下手でも、このミッションだけはクリアするんだから!」

 自分を奮い立たせた桐子はゾンビが跋扈する戦場を進んでいった。
 何度もゾンビから逃げて、何度もゾンビに食い殺されて、そのたびに悲鳴を噛み殺して。
 1時間以上かけて、ようやくたどり着いた街の中心部。アバターの集団が、ちょうど大型ゾンビを倒しているところだった。
 その中に大きな刀を担いだ黒いコート姿の男がいた。

「スミスさん!」

 掛け声に振り向いたスミスさんは、灰姫レラの姿に気づき露骨に嫌な顔をする。

「あー、なんでまたお前がいるんだ? って聞くまでもないか」
「お願いします。灰姫レラに楽曲を提供してください!」

 呆れてそっぽを向いたままのスミスさんに、桐子は頭を下げてお願いする。PCのカメラがその動きを読み取って、ぎこちなく灰姫レラの頭を前に曲げた。

「何度も言わせんな。俺は嫌だ」
「何度だって頼みます! お願いします!」

 しつこい桐子にスミスさんはため息を付いて顔をしかめる。

「そもそもさ、俺じゃなくてもいいだろ? 作曲家なんて、趣味レベルのアマチュアからバリバリで仕事しまくりのプロまで、ネット上にごまんといるぜ」
「河本くんはそんな風には思ってません。あの後、沢山の作曲家さんを探したんですけど、河本くんは全然納得がいってないみたいでした」
「ふーん、あんたはどう思ってんだ?」
「私は河本くんが信じるスミスさんを信じます」

 まっすぐ見つめる桐子に、スミスさんは哀れみの目で返す。

「ヒロトの奴は人を乗せるのがうまいからな。単純そうなあんたは、騙されて利用されてるだけだよ」
「利用してるのは私の方です。私が河本くんに、灰姫レラのプロデュースを頼んだんです」

 桐子の言葉にスミスさんは訝しむように片眉を上げる。

「あんたからだって? ヒロトがアオハルココロのプロデューサーだって知って、Vチューバーとして売れたいから頼んだのか?」
「全然違います。私、河本くんがそんな凄い人だなんて知らずに、無理やり頼んじゃったんです」
「へー、ヒロトが事情も知らない他人の頼みを聞くなんてな……金や身体で動くやつでもないし……、どんなマジックを使ったんだ?」

 スミスさんは興味を持ったのか、初めて桐子の目を正面から見る。

「私もともと全然人気のないVチューバーだったんです。河本くんとは同じ学校のクラスメイトで、偶然、お互いにVチューバーが好きだって知って、それから色々あって……」
「色々って? 面白そうだな、最初からこれまでのことを全部話しやがれ」

 そう言ってスミスさんは、どかっと音を立ててその場に座り込んだ。

「えっと、それじゃあ、河本くんが授業中にVチューバーの動画を見てて――」

 少しでも話しを聞いてもらえればと桐子はできるだけ詳しく、二人の出会いからプロデュースしてもらった時のこと、そしてアオハルココロちゃんとの対決が決まるまでの経緯を話した。
 話を聞いている間のスミスさんは、ときどき笑ったり、ときどき神妙な顔で頷いたりしていた。

「なるほど、事情は分かった……最後に質問をするぜ」
「はい、なんでも聞いて下さい」

 スミスさんの試すような言い方に桐子は身構える。

「学校でのヒロトって、どんな感じだ?」

 どんな難しい質問が来るのかと内心で怯えてたい桐子はホッとしながら答える。

「そうですね……友達がいなくて、いつもスマホで動画を見てる感じです」
「フリフリ、お前は?」
「私もだいたい同じでした」

 桐子の答えに、スミスさんは思った通りだとでも言うように膝を打つ。

「ハハハッ! 本質はどうあれ、似た者同士か。それでヒロトはあんたを憐れんで協力してるわけね」

 ハズレを引いたなとでも言うようなスミスさんの笑い方だったけれど、桐子は素直に頷いた。

「憐れみでもなんでもいいんです。河本くんのアドバイスで、私は少しだけですけど変われました。あの時は心が折れそうだったけど、今こうして楽しくVチューバーを続けられています」

 桐子の反応が気に食わないのか、スミスさんはムッと口を閉じる。

「誰がなんと言おうと河本くんは、素晴らしいプロデューサーなんです!」

 睨みつけるような桐子の視線に、スミスさんは重々しく口を開く。

「素晴らしいプロデューサーが、何人もVチューバーを潰すか?」
「…………教えて下さい。何があったのか」

 桐子は自分の意志で踏み込んでいく。

「アオハルココロが生まれるまでに5回だ。ヒロトはVチューバーのプロジェクトを5回潰してる。人気が出なくて中の人間が挫けたり、仲間割れを起こしたりと表面的には色々理由はつけられるけれどよぉ」

 一呼吸おいてスミスさんはチェシャ猫みたいに笑う。

「ヒロトの行き過ぎた拘りや厳しい要求が直接の原因だ」

 河本くんが見せてくれた、アオハルココロちゃんのライブの裏側映像が脳裏をよぎった。

「Vチューバーの『中身』を3人潰して、モデラーと作詞作曲を1人ずつの合計5人だ。一番ヤバイ時は刃傷沙汰までいった」
「に、刃傷沙汰って、誰か刺されたんです?!」

 予想していなかった血なまぐさい話に、さすがに桐子も驚かずにはいられなかった。

「優秀な『中身』だった。ただ優秀すぎて、ヒロトの要求も自分自身の要求も高くなりすぎた。最後は全部ぶっ壊れて、そいつがヒロトの腹を包丁でグサリだ。一歩間違えれば、あいつ確実に死んでたな」
「河本くんが……」

 普段の態度や雰囲気からは、そんな修羅場を経験したとは思えない。
 でも、スーッと腑に落ちる感覚もあった。

(だから河本くんは灰姫レラの100本の動画も無価値だなんて言わなかったんだ。そんな過去があるから失敗を恐れないんだ)

 恐怖や嫌悪感は一切なかった。
 むしろ、河本くんのことが知れて良かったと思えた。

「その5人は、プロジェクトの方たちはどうなったんですか?」
「関わった人間の大半がVチューバー関連を離れた」

 語るスミスさんからは、感傷よりも自業自得だと言わんばかりの冷たさが感じられた。

「それだけじゃない、アオハルココロのオリジナルメンバーが解散したのもあいつが……」

 付け加えたその言葉には、それまでとは違い僅かな後悔が含まれているような気がした。

「……スミスさんはどう思ってるんですか? 私に告げたのは事実だけで、河本くんのことは全然責めてないですよね」
「ハッ、当然だろ。ついてこれなかった無能が去っただけだからな」

 自分は違うとスミスさんは自信満々に胸を反る。
 その答えに桐子はポンと手をたたく。

「やっぱり、河本くんのことは信じてるんですね! 分かりやすいツンデレじゃないですか」
「バ、バカ! ちげえよっ!」
「あっ、ということは、私が頼りないから……」

 桐子は自分を指差して眉をひそめる。

「感づくのが遅いな。頭の中までフリフリだな」
「そのフリフリっていうのいい加減にやめて下さい。私の名前は『灰姫レラ』です」

 ムッと言い返す桐子に、スミスさんはフッと頬を緩める。

「一つ面白いことを思いついた。俺とこのゲームで勝負しろ」

 立ち上がったスミスさんは背負っていた刀を抜き、切っ先を桐子に突きつける。

「あんたが勝ったら、一曲作ってやるよ」
「本当ですか!」

 どんな心境の変化か分からないけれど、スミスさんは楽しそうだ。

「ヒロトがアオハルココロを離れた理由も教えてやる」
「ついでに、フリフリ呼びもやめて下さい」
「……まあ、考えてやる」

 悪魔の誘いだと警告するようにスミスさんはニヤリと笑う。

「それでスミスさんが勝ったらどうするんですか? 交換条件はありますよね。エ、エッチなやつですか!」
「ちげえよ! 俺は高校生のガキに興味はねーの!」
「じゃあ……スミスさんも河本くんが欲しいとか……」

 桐子の予想を戯言と斬り捨てるように、スミスさんは刀を振るう。

「俺が勝ったら、アオハルココロとのコラボ配信を辞退しろ」

 背後から迫っていたゾンビが一刀両断され、生々しい音を立てて地面に倒れた。

「俺の曲さえ諦めれば、確実にアオハルココロと同じステージには立てるぜ。大事の前の小事で、全部を台無しにする覚悟はあんたにあるかい?」
「その勝負お受けいたします」
「即答か」

 口笛を鳴らすスミスさんに、桐子は毅然と向き合う。

「切羽詰まってるのに、覚悟とか言ってられません!」
「その答えだけはグッドだ。でもなぁ、実現できなければ意味がねえぜ!」

 スミスさんは楽しげに刀をくるりと回し、肩に担いだ。

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ブラックスミスの口から語られるヒロトの過去。
悲劇を知っても桐子は怯まない。

楽曲を手に入れるために、ブラックスミスとの対決に挑む。

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