第5話

文字数 7,145文字

【前回までのあらすじ】
ついに配信台本が完成!
でも不安な桐子は、河本くんに配信の協力を求める。

そして、桐子の家に移った二人。
配信はどうなっちゃうの?!

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 自宅のキッチンでコップを用意しながら、桐子は後悔に震えていた。

(ど、どうしよう……不安すぎて河本くんを家に呼んじゃったけど…………)

 緊張しているせいかウォーターサーバーのレバーが上手く動かせず、滑った手に水がかかってしまう。

(迷惑だったかな……というか、友達でもないのに自宅に呼ぶとか気持ち悪くて引かれてるんじゃ……)

 部屋で待たせている河本くんは、サイコパスに監禁されている子羊のような心境でいるかも知れない。
 そんなこと思うような人じゃないと理性は否定しているけれど、心の方は勝手に凹んでしまう。

(いつもこうです、やらかしてから気づいて……考えが足りなすぎです!)

 ぐるぐると考えているうちに、コップから水が溢れてこぼれてしまう。

「もう……」

 色々と自分が嫌になってくるけれど、自分から始めてしまった以上は先に進むしかない。
 コップを2つとクッキーの詰め合わせをお盆に乗せて、キッチンを出て二階に上がる。零さないように、いつもよりずっと慎重な足運びで時間がかかってしまった。
 妹の部屋を通り過ぎて、自室のドアの前で止まる。

「すーー……はぁーー…………」

 心を落ち着けようと深呼吸してから気づく。
 手が塞がっていてドアが開けられない。

「す、すみません! ドア、開けてもらえますか?」
「はい、どうぞ」

 返事と共に開いたドアから部屋に入ると――。

「ワンワン!」
「ひゃぁっ?!」

 飼っている犬のテンちゃんが思いっきり、桐子に向かって吠えてきた。

「テ、テンちゃん、どうしたの?」
「ワンワン!」

 いつもは優しいテンちゃんに、まるで不審者のように吠えられる理由がまったく分からない。

「もっと僕と遊びたかったみたい」

 そう言って河本くんが床に落ちていたオモチャのボールを軽く投げると、テンちゃんは喜んでスタスタと拾いに行く。
 テンちゃんは窓際に転がったボールを咥えると、嬉しそうに尻尾を振りながら河本くんの所に戻ってきた。

(私がボール投げても、いつもは仕方無そうに取りに行くのに!)

 桐子が対応の違いにショックを受けていると、今度は猫のノラちゃんが見せつけるように河本くんの足元にすり寄っていた。

「ん? もっと撫でてほしいのかな?」
「ウニャー」

 河本くんが顎の下をコショコショしてあげると、ノラは嬉しそうに喉を鳴らす。

(私が撫でると、ちょっと迷惑そうにするのに!)

 さらなるショックを受けた桐子は膝から崩れそうになるけれど、お盆にコップを載せていることを思い出してどうにか踏みとどまる。

「二人ともいい子だね。灰姫レラの配信で名前だけは知ってたけど、実物は想像以上に可愛いね」

 河本くんは甘えてくるノラちゃんとテンちゃんを右手と左手でそれぞれワシャワシャと撫でる。

(なんで二人ともうっとりした顔するの! 私が強めに撫でると絶対に逃げるのに!)

 これでは河本くんと自分のどっちが、飼い主か分からない。

「どうかした、香辻さん?」
「なんでもありません! それよりも、飲み物はお水でよかったですか?」

 テーブルに置いたお盆がつっけんどんな音を立てる。

「うん、ありがとう」

 河本くんは寄ってくる二匹を避けて水を一口だけ飲む。そういえば、ファミレスのドリンクバーで二人とも冷たい物を結構な量飲んでいるから、温かいものにすればよかったと今更思ってしまう。

「制服、毛だらけにしちゃって、すみません」
「こんなの外で、はたけばすぐ落ちるから大丈夫」

 本人は気づいていないようだけれど、ズボンは軽く見ただけで分かるぐらい二匹の毛がついていた。

「ほら、ノラちゃん、テンちゃん、二人とも出ていってね」
「ワンワン!」

 テンちゃんはまだ遊び足りないのか、むしろ桐子のほうが出て行けと吠える。

「テンちゃん!」

 桐子が少し語気を強めても、気にせず河本くんに尻尾を振っている。

「残念だけど、遊ぶのはもう終わり。また今度ね」

 今度は河本くんが優しく言ってドアに手をかけると、テンちゃんは尻尾を下げて少し寂しそうにしつつ素直に部屋から出ていった。

(なんで河本くんの言うことは聞いてくれるの?!)

 このままでは飼い主の沽券に関わると、桐子はノラちゃんの方にターゲットを変更する。

「ほら、ノラちゃんも! 部屋のお外に行って!」
「ウニャー」

 桐子が指差した方とはまるで逆に飛びつくノラちゃん。
 着地点のPCデスクには出しっぱなしのノートがあって、思いっきり蹴飛ばしてしまう。

「ブミャァ!」

 ノラちゃんは床に落ちたノートの音に驚き、大急ぎで部屋から逃げ出した。

(……結果だけはオッケーです)

 桐子が自分に言い聞かせていると、気を利かせた河本くんが開いてひっくり返っているノートを拾いあげる。

「これって……香辻さんが書いたんだよね」

 1ページいっぱいを使ってボールペンで女の子が描かれていた。

「灰姫レラのデザイン画?」
「ひゃぁ!! 下手くそだから見ないでくださーい!」

 慌ててノートを奪おうとするけれど、それより速く河本くんがサッと身を翻す。

(何で片付け忘れるんですか、昨日の私!)

 昨晩、配信で大失敗したショックを少しでも癒そうと過去のノートを見ていたのだった。

「全然下手じゃないよ。むしろ、上手いと思うけど、ちゃんとデザイン画になってるし……うん、ちゃんと衣装の立体がとれてるね」

 ノートをめくる河本くんの目は真剣で、お世辞を言っているようには見えない。

「そ、そうですか」

 単純ですぐにいい気になってしまう自分に、別の桐子が浮かれるなとストップをかける。

「アイディアが沢山描いてあって……、香辻さんがどれだけ灰姫レラの事を考えたか伝わってくる」
「これを描いてる時は、まだ何も分かってなくて、でも、これから私がアオハルココロちゃんみたいなすごいVチューバーになれるかもって、お花畑な妄想しながら……いっぱい考えました」
「未来を夢見て、アイディアを出してるときって、脳汁絞ってる感じがして楽しいよね」
「の、脳汁?」

 桐子には理解できない感覚だったけれど、河本くんは一人で納得して頷いていた。

「これが決定稿?」

 河本くんは細部まできっちり描き込んであるページで手を止める。

「はい、実際の3Dモデルとは、あんまり似てないんですけど」

 紙に描かれた灰姫レラは誰が見てもシャープで可愛いお嬢様だけれど、3Dになった『Vチューバーの灰姫レラ』は全体的にもっさりしている。

「僕は3Dモデルも、味があって好きだけどね。そうだこのデザインノートの写真、撮ってもいいかな? ネットに上げたりしないから」
「へ? いいですけど、どうするんですか?」
「プロデュースするには、灰姫レラの全てを知っておかないとね。後で3Dモデルのデータも送って貰おうかな」

 含んだ笑みを口端に浮かべた河本くんは、スマホのカメラで灰姫レラの絵を撮影していく。

「それはそうと、配信の準備をした方がいいんじゃないかな?」
「あ、そうです! PCもまだ立ち上げてませんでした!」

 桐子は慌ててデスクトップPCの主電源スイッチを押し込む。
 うちに来るまでの間に、配信は『20時』に開始と告知をしていた。

「今更だけど、僕がいきなり家に来ちゃって大丈夫だった? 妹さんとご両親が帰ってきたら……」

 時間を見て気づいたのか、尋ねる河本くんは落ち着きなく目を泳がせていた。

「それはノープロブレムです。父は今日は仕事で帰れないと連絡がありました。母は妹の遠征についていってるので、海外です」
「エンセイ? って、部活とかの遠征? でも、海外って?」

 怪訝そうに問う河本くんは自分の聞き間違いを疑っているようだ。

「妹の紅葉(もみじ)はフィギュアスケートの選手なんです」
「……紅葉? まさか、あの香辻紅葉選手?!」
「たぶん、その紅葉です」

 目を見開いて驚く河本くんとは対照的に、桐子の声には自分でも驚くほど感情が篭っていなかった。
 フィギュアスケーターの香辻紅葉といえば、日本人の7割ぐらいは知っているだろう有名人だ。国内外の主要な大会にも参加して、テレビでその活躍が放送されることもある。

「それで優秀って言ってたんだ」
「……はい」

(サイン頼まれたらどうしよう……言わなければよかったな……)

 後悔した桐子が身構えていると、河本くんの反応は予想と全然違っていた。

「ま、Vチューバーの『灰姫レラ』には関係ないけどね」
「……え? 姉の私が言うのもなんですけど、あの香辻紅葉ですよ」
「灰姫レラには妹いないよね? 今までの配信で妹の設定でてきてなかったけど」

 河本くんは当然のように言った。

「は、はいっ! そうです! 灰姫レラは一人っ子です!」

 分かりきった設定を答える桐子の声が、自分でもびっくりするくらい弾んでいた。
 軽くなった心のままに、桐子は立ち上がっていたPCで配信の準備を始める。

「配信の再告知を忘れずにね」
「あ、はいっ! 今します!」

 起動したブラウザからツイッターに告知をさくっと再度投稿する。

〈【拡散希望】#101灰姫レラ、ちょっとだけキャラ変えてみた もうすぐ始まります!〉

「僕もリツイートしとくから。フォロワー少ないけどね」

 言葉通りすぐにリツイート数が0から1に増える。

「ありがとうございます!」

 手助けしてくれる誰かがいるというだけで、勇気が湧いてくる。
 カメラとマイクの準備をしているうちに、リツイート数が5まで増えていた。いつもは多くても2ぐらいなので、河本くん効果は本人が言うよりもありそうだ。
 配信用のOBSや灰姫レラを動かす各種ソフトを起動する。

「この灰姫レラの3Dって、香辻さんが自分で一から作ったんだよね」

 河本くんがモニタを横から覗き込んでくる。

「は、はい」

 距離の近さに緊張して答える声が少し高くなてってしまう。

「これが初めて?」
「初めてです。ネットで情報を集めて、初心者動画とか見ながら頑張って作ったんですけど……ヘタッピで全然ダメですね」
「そんなことない。最初の一作目を作り上げたってだけで十分凄いよ!」
「そうですか?」

 世の中にはもっとずっと可愛かったり、かっこいい3Dモデルを作る人達が沢山いる。

「でも、なんで最初から完全3Dでモデルを作ろうと思ったの? 香辻さんぐらいイラストが描けるなら、2Dのモーフィングソフトを使って動かした方がたぶん簡単だよね」

 最初は2Dのキャラクターイラストをアニメーション風に動かして、その後に3D化という流れがVチューバーには多い。

「大好きなアオハルココロちゃんが3Dだったから……。わ、私は、アオハルココロちゃんのインディーズ最後のライブに感動して、Vチューバーになろうって決意したから……だから3Dにしたんです」

「インディーズ最後のライブ……そうなんだ……」

 不意に河本くんの表情が曇る。
 何かマニアな地雷を踏んでしまったのかもしれないと、桐子は慌ててフォローを入れる。

「もちろん、今の3代目の3Dモデルも可愛いですよ! とってもキラキラしてて! あ、2代目が悪いってわけでもなくて! えっとえっと、アオハルココロちゃんは全部が可愛いんです!」

 早口で捲し立てた桐子だったが、灰姫レラの3Dモデルが目の前にあって苦笑してしまう。

「私も、灰姫レラも、少しでもアオハルココロちゃんに近づけたらなって……おこがましいですよね」

 桐子の言葉を聞き終わった河本くんは、台本の書かれたノートを広げて、モニタの前に立てかける。

「どんなに離れて見える憧れの人でも、自分自身が歩みを止めなければ近づけるよ。その背中ぐらいには手が届く。僕はそう思うんだ」
「手が届く……、そうでしょうか?」

 自信がなくて河本くんを見ると、彼は人差し指を立てていた。

「そのための、新しい一歩を始めようか」

 指差した先、モニタの中では灰姫レラが微笑んでいた。

「はいっ! 私、前に進みたいです!」

 答える声がいつもよりはっきりしていて大きい気がする。いつもは緊張して張り付きそうな舌も、滑らかに動いた。

(あ、河本くんと話してたから、声が出やすいんだ)

「10、9、8――」

 配信時間が迫り、河本くんがカウントダウンを始める。

「3、2、1……」

 河本くんがグッドラックと親指を立てる。
 そして、配信が始まった。

「こんにちは!」
 『こんにちは!』

 音声が思いっきり二重になってしまっていた。

「あ、あれ? 音が!?」
 『あ、あれ? 音が!?』

 オープニングの挨拶のことばかり考えていた桐子の頭の中が真っ白になってしまう。

(せ、設定を直さなくちゃ、えっと、マイク入力の)

「大丈夫、僕が直すから、香辻さんは喋り続けて」

 河本くんは配信に乗らないように桐子の耳元で囁くと、トラッキング用のカメラに映らないように横からマウスを握る。

「えっと、すみません、すぐに治します」
 『えっと、すみません、すぐに』

 桐子が謝り終わらないうちに河本くんは設定を直してしまう。
 なんでそんなことが出来るのかと疑問が浮かぶけれど、聞いている暇はない。今は配信を続けなくちゃいけない。

「あ、治りました。それでは改めまして。灰姫レラの夜の舞踏会を始めます」

 コメント欄に次々に挨拶が書き込まれていく。

〈こんばんはー〉
〈ボンジュール忘れてる〉
〈初見です〉
〈ガチ泣き期待してます〉

 普段は最初からこんなに活発にコメント欄が動くことはない。
 おかしいと思って視聴者を確認すると――。

(ご、50人? なんで、そんなに見てるんですか?!)

 理由が全く分からなかったけれど、桐子の動揺を察知した河本くんが大丈夫だと頷く。
 河本くんが驚いていないなら、彼と作った台本を信じて自分は突き進むしかない。

「昨日はすみませんでした。配信中に泣いちゃって、その後もいきなり終わらせちゃって……、視聴者の皆さんを心配させてしまったと思います」

〈なんか変じゃない?〉
〈また泣くの?〉

 謝罪から始まった配信と灰姫レラの様子がいつもと違うことにコメント欄が混乱している。
 不安なのは桐子も同じだったけれど、隣に協力してくれる人がいるおかげで正面から立ち向かっていける。

「私は、灰姫レラは、これまでずっと無理をしてきました。自分に合ってないキャラを演じ続けて、それで結果が出なくて……ぐるぐる同じところを回ってバターになっちゃうトラみたいでした。限界が来て、泣いて……お見苦しいところを見せてしまいました」

 苦々しい桐子の告白をフェイストラッキングして、画面の中の灰姫レラも目をつぶる。

「もう無理も苦しいのも、嘘をつくのも、全部やめにします! 私自身の素を出して、灰姫レラをやっていくことにしました!」

〈応援します!〉
〈全然意味わからん〉
〈疲れてない? 大丈夫?〉
〈ナルシストっぽい〉
〈やべーwww〉

 賛同、混乱、心配、誹謗中傷、そして煽りと、様々なコメントが飛び交っている。視聴者100人にも満たない配信で、これだけコメント欄が混沌を極めることがあるなんて桐子は見たことも聞いたこともないし、想像すらしていなかった。
 伝わってくる得体の知れないパワーに一瞬言葉が詰まると、先を促すように河本くんが肩を叩く。

「だ、だから、今回は反省会ですっ! 過去の動画から醜態をピックアップして、至らない自分を振り返ってみようと思いますっ!」

 勢いで言い切った桐子に気圧されたのか、一瞬の間があってから一気にコメントが流れる。

〈反省回?!〉
〈意味わからんwww〉
〈楽しそう〉
〈つまんねえ動画みてどうすんだー〉
〈開き直ったw〉
〈振り返るような内容ある?〉
〈wwwww〉
〈初見なので、振り返りありがたいです〉
〈早く泣けよー〉
〈これは期待〉
〈今回、本当に大丈夫?〉

 あまりの混乱ぷりに、桐子は最後のコメントに完全に同意していた。
 河本くんの方はコメントを見ながら、自信ありげにニヤニヤしている。

(本当に大丈夫なんですか、河本くん!)

 #101配信はまだ始まったばかりだった。

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果たして配信は成功するのか?!
次で#02は完結予定です。

お気に入りや評価、感想等ありましたらお願いします。

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