#11【凸してみた】敏腕社長と高校生プロデューサー (3)

文字数 9,128文字

【前回までのあらすじ】
ハイプロ社長のケンジに、
灰姫レラのライブ出演を認めさせたヒロト。
彼が向かうのは――。

1話目はここから!
 https://novel.daysneo.com/works/episode/bf2661ca271607aea3356fe1344a2d5f.html

更新情報は『高橋右手』ツイッターから!
 https://twitter.com/takahashi_right
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『――レラちゃんが手フェチなことも分かったことだし、今日のお便りはここまでにしようかな。最後まで付き合ってくれてありがとう』
『こ、こちらこそです! アオハルココロちゃんと、また一緒に配信できて嬉しかったです!』

 混雑した電車が仕事終わりの気だるい空気を運んでいく中で、ヒロトはスマホの画面を見続けている。
 灰姫レラが出演している、アオハルココロの生放送も終盤だった。

『ワタシもとっても楽しかった♪ 次も機会があったら配信しようね、今度はドッキリじゃなく』
『はいっ!』
『それじゃ、エンディングぅぅぅっの前に! 最後にもう一度、灰姫レラちゃんからライブの告知をどうぞ!』
『あっ、そうでした! えっと、ライブに参加するみたいです!』
『どこの?』
『ハイプロ、えっとハイランダープロダクションさん主催のライブに参加します! 日時は……』
『来週の日曜日ね』
『で、ですっ! よろしくお願いします!』

 配信が慌ただしくエンディングに入っていくのと同時に、ヒロトが乗っている電車もプラットフォームに到着しドアを開いた。別れ際のケンジの言葉を思い出したヒロトは、スマホをポケットに押し込んでから電車を降りていった。
 普段は使わない駅なので人の流れが分からず、もたつきながら改札を通り抜ける。
 目的地までのルートは一度案内されているので、頭に入っていた。

 駅が遠ざかり、自然と足が速くなっていく。
 大切な届け物が入った鞄を抱える手に力がこもる。
 交差点の青信号が点滅している。普段のヒロトなら絶対に次の信号を待つ。今日だけはほんの数分すら惜しくて、横断歩道を駆け抜けていった。
 角を曲がると、目的地の一軒家が見えてくる。家の灯りを確認しなくても、彼女が在宅なのは分かっていた。
 鞄から取り出した封筒をポストに入れようとした所で、スマホが鳴る。香辻さんからだ。封筒を手にしたままヒロトは通話ボタンを押す。

『河本くん!』

 調子の外れたラッパのような香辻さんの声が鼓膜を激しく打つ。なんの前置きもなく話し始めるほどの慌てぶりに、ヒロトは思わず声を出して笑ってしまった。

「ちょうどよかった。連絡しようと思ってたんだ」
『それはこっちのセリフです!』

 微妙に噛み合ってない。

「荷物をポストに投函しておくから、後で見てよ」
『へ? ポスト? ……待って下さい!』
 頭上で窓が勢いよく開くと、仕掛け時計の鳩みたいに香辻さんが顔を突き出す。

「何でっ?!」『何でっ?!』
「早く渡したい物だから、ちょっと寄ったんだ」

 封筒を掲げてみせるヒロトに、香辻さんは慌てて顔を引っ込める。開けっ放しの窓からドアを開ける音がして、その5秒後に玄関がチリンチリンと音を立てて開いた。

「はぁはぁ、おまたせしました」

 髪を振り乱した香辻さんが制服にサンダル履きという格好で現れた。配信が終わったばかりだからか、頬が紅潮している。

「こんばんわ、香辻さん」
「こんばんわじゃないですっ!」

 珍しく語気の強い香辻さんが眉を釣り上げる。

「届け物が」
「届け物じゃなくて、ライブ出演って何ですかっ?!」
「うん、ハイプロから仕事をとってきた」
「そんなプロデューサーみたいなっ!」
「一応ね。相談しなくてごめん」
「少しは悪びれて下さい!」

 スラスラ答えるヒロトに、香辻さんも呆れたとため息をつく。

「私がリアルのライブに出るなんて……じ、時間も無いですし……」
「大丈夫、灰姫レラなら出来る。アオハルココロとの対決だって乗り越えられたんだ」

 灰姫レラとして大きな経験を積んでいるからこそ、ヒロトも強引な方法が使えた。

「アレはアオハルココロちゃんに挑まれた勝負だったからで……。きっと出演する他のたちの迷惑になっちゃいます! ハイプロのファンの人たちだって……」
「その心配はいらないよ。ハイプロはライバーはもちろん、ファンもプロだからね。ゲストの1人が大失敗したぐらいじゃ揺るがない」

 それこそケンジの理念が作り出したブランド力だ。逆に言えば、灰姫レラはその場所で戦わなければならない。

「皆が気にしなくても、私なんかがステージに立つなんて……場違いで……」
「怖い?」

 香辻さんは自信がなさそうに俯く。

「うん、そうだね。今回はハイプロのリアルライブだから、僕は何もできない。でも、ステージの上に立つ時、灰姫レラは独りじゃないよ」

 ヒロトは手にしていた茶封筒を開ける。中には、小さな封筒が入っていた。ワインレッド地に赤ずきんのウサギが描かれ、同じキャラクターのシールで封がされている。十枚いくらで売っている事務用の封筒とは明らかに違う、手のこんだ封筒だ。

「出演したネット番組の制作会社から、手違いでハイプロに届いてたのをさっき受け取ってきたんだ」

 差し出す封筒には『灰姫レラ 様』と、丸い文字で宛名が書かれている。

「これって?」
「ファンレター。灰姫レラにね」

 中身は読んでいないけれど、想いが伝わってくるような丁寧な文字と灰姫レラのために選んだと分かる封筒でファンレターだと確信していた。

「わ、私にっっ?! えええっ? ホントに? だ、誰が?」

 突然現れた宝箱を前にしたみたいに、香辻さんは驚いて目を白黒させる。

「読んでみて」
「は、はい……」

 緊張した面持ちの香辻さんは封筒を開けようとするが、シールが上手く剥がれない。シールを破きたくなくて、爪の先でカリカリやっているけれど、思いの外しっかりと貼り付けてあった。

「これ使う?」

 ヒロトは鞄から取り出した十徳ナイフの鋏を広げて見せる。

「ありがとうございます」

 香辻さんは封筒をトントンと叩いて中身を下に寄せると、慎重に上部を鋏で切り開ける。
 便箋が3枚入っていた。
 折りたたまれた便箋を手に、香辻さんはヒロトを見る。

「あの……河本くんも一緒に読んでもらえませんか?」
「うん、分かった」

 ヒロトは横に並ぶ。小柄な香辻さんの手元なので、少し覗き込むような形になる。辺りは暗いけれど、玄関の灯りがあるので手紙ぐらいは十分に読める。

「いきます」

 香辻さんは深呼吸をすると意を決して便箋を開いた。


『はじめまして。配信いつも見ています。
 灰姫レラちゃんに、想いを伝えたくて手紙を書きました。ツイッターだとイタズラかと思われると怖くて、本当に届くか分からないけれど手紙を送ります。
 私は中学2年生です。
 今年の9月に転校したばかりで、なかなか友達が出来ず、正直クラスで浮いていました。話しかけてもらっても上手く返せなかったりしているうちに、友達を作りたくないキャラだと他の人たちに思われるようになってしまっていました。
 このままじゃ、いけないと思っても、自分ではどうしたらいいか分からなくて、新しい学校が嫌いになりかけていました。
 そんな時に、灰姫レラちゃんの配信を見ました。今まで作っていたキャラを捨てて、素の自分を出していく。つらい過去の話までしていて、凄いと思いました。勇気をもらいました。
 それから、少しずつだけど、自分からクラスメイトに話すようにして、ちょっとずつだけど、キャラを崩していけるように頑張りました。
 それで、ついに友達が出来ました!
 文化祭の準備をしている時にVチューバーの話になって、勇気を出して私は灰姫レラちゃんってVチューバーが好きって言ったんです。そうしたら、アオハルココロちゃんが大好きな人がいて、灰姫レラちゃんのことも好きだって言ってくれたんです!
 それから彼女と色々と話すようになって、お昼ごはんを一緒に食べたり、遊んだりもしてます。今度、秋葉原のコラボカフェに行く約束もしました。
 全部、灰姫レラちゃんのおかげです!
 ずっと応援しています! 配信頑張って下さい!

 あと、灰姫レラちゃんの絵も描きました。
 パソコンは使えないし下手だけど、見てくれると嬉しいです』


 三枚目の便箋には、満面の笑みの灰姫レラが描かれていた。
 柔らかな線と色鉛筆を使い分けたイラストは、たっぷりと愛が詰まっていた。描いてくれた人も、きっとこんな素敵な笑顔をしているんじゃないかとヒロトは思った。

「……っ」

 イラストが揺れる。
 香辻さんが小刻みに震えていた。

「ち、違うよ、わ、私じゃなくて……うくっ……」

 溢れる涙が便箋に垂れてしまわないように、香辻さん手を頭に押し付ける。

「あ、あなたが、じ、自分で頑張ったから、ともだち、できたんだから。がんばっでぇ、でぇ、でっ……がんばっだぁぁ……がんばっでぇ」

 香辻さんは唇が震えて呼吸も覚束ない。今にも倒れそうな彼女の身体を、ヒロトはそっと支える。

「灰姫レラを応援してくれる人がいる」

 何度も頷く香辻さんから溢れた涙が、履いているサンダルを濡らす。

「言葉をかけてくれたり、配信を見に来てくれたり、イラストを描いてくれたり、それにスパチャも」

 方法は人それぞれで、応援に優劣があるわけではない。

「その応援にどうやって応えるか。ツイッターで言葉を返したり、イイネやRTしたり、歌ってみた動画を作ったり、メンバーシップ限定配信やサインのプレゼント企画とか、あとは近況報告の文章を公開したり」

 もちろんVチューバーによって考え方もスタンスも違う。全部をすれば良いというわけではない。

「灰姫レラが輝いていく姿を見せるのも、応援に応えることになるって僕は思う」
「えぐっ……うぅ……し、知ってます」

 鼻をすすりながら、香辻さんは便箋を大切に大切に封筒の中にしまう。

「アオハルココロちゃんが教えてくれました。どんどん人気になっていく姿を見て、応援してる自分も一緒に嬉しくなって……」
「今度は、灰姫レラの番だよ」
「……うん」

 顔を上げた香辻さんの瞳には、涙とは別の輝きが宿っていた。

「私、やります! 上手くできるか分からないけど、頑張ります!」
「うん、僕も出来る限りのサポートをする」

 すれ違っていた視線が、やっと重なったような気がした。

「色々とありがとうございます」

 頭を下げようとする香辻さんに、ヒロトはそうじゃないと首を振る。

「香辻さんが悩んでるのは夜川さんが教えてくれたし、その相談もアオハルココロに任せた。酷いプロデューサーだよね」
「そんなことないから! 私の方こそ、河本くんに相談すればよかったのに……」
「いや、香辻さんの判断は正しいよ。僕じゃ、相談相手にはなれないから」
「えっ? だって、何を聞いても河本くんなら正解を答えてくれるのに? 私も頼りすぎてもよくないと思って……」

 意外そうな香辻さんに、ヒロトは苦い笑い顔を浮かべるしかなかった。

「数字や簡単な知識、統計的なデータとしての人間の心理、そういったものなら僕なりの答えが言える。けど、誰かの感情や心に踏み込んだ答えは……無理なんだ」
「なんで、そんな言うんですか……寂しいです」
「…………僕は少し特殊な環境で育ったんだ」

 香辻さんの悲しみの涙は見たくなくて、ヒロトは隙間が出来ていた過去の扉をそっと押す。

「父は学習塾を経営していて、とても教育熱心だったんだ。僕は物心がつく前から、その塾の授業に参加していた」
「スパルタなお父さんなんですか? 竹刀でビシッ!みたいな」

 雰囲気を和ませようとしてくれているのか、香辻さんが見えない剣を大げさに振ってみせる。

「そういう厳しさじゃなかったけど、優秀な人間にしか興味がない人だった。幸い、僕は勉強が嫌いじゃなかったから、父にも捨てられず、塾の中でも特別なクラスにいられたんだ」
「中間テストで学年トップクラスの実力は、やっぱり昔からなんですね」

 先日のテストが少しばかり不本意だった香辻さんが、納得だと頷く。

「特別クラスは年齢もバラバラで、小学生から高校生まで選ばれた人間だけが参加できた」
「アメリカの大学みたいですね。エリート教育ってやつですか?」
「うん、そういう感じ。そこで行わていたのが、『救世主』を生み出すための授業だった」
「救世主? えっと……RPGみたいな?」

 日常で使われることのない単語に、香辻さんはムムッと眉を寄せて困惑している。

「イエス・キリストやブッダ、あるいは始皇帝やナポレオン・ボナパルト、それまでの常識や世界を変えるほどの指導者のことを塾ではそう定義していた」
「えっと、つまり…………河本くんは総理大臣とか大統領になるための勉強をしてたってことですか?」
「簡単に言うとね」
「それって、どうやってなるんですか? やっぱり東大とかハーバードに入ったり?」

 香辻さんは、ますますわけがわからないと首をひねる。

「指導者とは、大衆を集め、それを操る人間のこと。そのために必要になる知識やスキル、例えば言葉で人を操ること、効果的なアジテーションの方法、音楽や映像を使った印象操作、デマの流布と群集心理、他にも資金を得る方法……それらを学び、実践もしていたんだ」
「実践?」
「一般の塾生を巻き込んで派閥を作って競わせたり、ネット上の評判だけで映画や株価の印象操作をしたり、実態のない会社でどれだけ数字上の売上を出すかなんことも。被害を受ける人もいる社会通念上は許されない行為だって今なら分かる。けど、常識や正しさなんて知らなかった僕たちは、そのゲームに熱中していた」

 迷惑なんて言葉だけではすまない過ちだ。

「その後、色々あって塾がなくなって、家族とも別れたんだ。いきなり変な話をして、ごめん」
「い、いえ、河本くんが個人的なことを話してくれてすっごく嬉しいです! 凄い経験をしたから今の河本くんがあるんだってことも、なんとなく分かって良かったです!」
「……ありがとう」

 少しだけ、息が吸いやすくなった気がした。

「でも、凄すぎて正直、何が何やらです」
「もう終わったことだから、香辻さんは気にしないでいいよ」

 香辻さんが気づかなくても、助けられたのは自分の方だ。

「河本くんや他の人たちに比べて私はすっごく普通で、そのことで悩んじゃって……それで、今日はスミスさんや紅葉に色々と相談してきたんです」
「それはかなり面白そうだね。どんな話が聞けたの?」
「スミスさんは技術と感性が大切だって話をしてくれました」
「独学で音楽理論を身に着けたスミスらしい着眼点だね」
「技術でなんとかすることと、感性をどう扱うか。私はまだ自分のことで精一杯で、実践するなんてとても出来そうにないですけど、スミスさんのプロの考え方が知れてためになりました」

 見た目や性格のせいでとっつきにくいスミスだけれど、音楽と向き合うのと同じ様に他人のこともよく見えている。今の香辻さんをさらに引き上げるのにピッタリの言葉を送ったのだろう。

「それで、紅葉さんはなんて? アスリートの考え方って興味あるな」
「どうやって自信をつけるのかって。えっと、自分を好きになることと、出来ない自分を嫌いになることを繰り返して、ちょっとずつ自信をつけていくって言ってました」
「なるほど、メンタルトレーニングの話か。競技者は技術が一定水準に達するとほとんど皆が横並びで、そこからはメンタルの話になるって僕も聞いたことがある」

 肉体や技術を限界まで磨いた先に行くには、やはりメンタルが重要なのだろう。

「あと……こ、個人的なことも少しだけして……妹と話せて良かったです」

 少し恥ずかしそうに香辻さんは目線を下げる。自分が踏み込む話ではないのだろうと思って、ヒロトは「うん」と頷くだけに留めた。

「それで……河本くんにも聞いていいですか?」
「構わないよ。ただし、答えの質は保証できないけど」

 肩をすくめるヒロトを、香辻さんはそんな心配はしていないとまっすぐ見つめる。

「Vチューバーにとって一番大切な『才能』って何ですか? どうすれば、手に入れられるんですか? 手に入らないなら、私はどうすればいいんですか?」

 前へ進もうという切実な言葉を、ヒロトは胸で受け止める。

「才能……か」

 自分なりに答えることは出来る。
 でも、それを本当に口にして良いのか――。

「教えて下さい、河本くん」

 香辻さんの瞳を失望に曇らせたくない。
 けれど、自分の言葉で答えるしかない。

「…………無いよ」
「あ…」

 香辻さんが漏らした吐息が消えないうちに、ヒロトは言葉を続ける。

「才能は存在しない。僕はそう思ってる」

 身も蓋もないヒロトの答えに、香辻さんは困惑を隠せないでいた。

「えっと……どういうことですか?」
「例えば、世紀の大発見をするような頭がとてもいい人、奇跡の歌声を持つ人、信じられないような踊りができる人、ノーベル文学賞を獲る作品を書いた人。そういう凄い人たちに対して「貴方は才能がある」って言っても本人はたぶん認めない」
「それって謙遜してるだけなんじゃ?」
「本人は本当に才能だとは思ってないんだよ。僕は成績が良かったからそういう意味で才能があると言われることもあった。でも、僕自身は全然そんな事は思わない」

 別に自慢でもなく、経験から導かれた感覚だ。

「自分のことは自分じゃ分からないってことですか?」
「そうだね。つまり、才能は他人の中にしか無いんだ。羨望や嫉妬、劣等感、あるいは憧れ、そういったものを他人に見出して、勝手に才能と呼んでいるんだ」
「……っ」

 香辻さんが息を呑むのが分かった。

「いくら才能を求めても、自分で手に入れることは出来ない。絶対にね」

 蜃気楼のオアシスを目指して、砂漠を歩き続けるようなものだ。

「ケンジは正しいんだよ。他人に確かな才能を見出して、それを自分の手で使う。才能の活かし方があるとしたら、この方法だけだと思う」
「……才能が自分の中には無いっていうなら、何を頼りにすればいいんですか……私は」

 歪んだ鏡に問いかけるかのように香辻さんの表情が不安に揺れる。

「何をしてきたか。練習を頑張ったとか、お金を稼いだとか、そういう実績を頼りにするしか無い……最近までは、そう思ってた」
「思ってた?」
「一番大事なのは『誰と出会うか』なのかも知れないって、思えるようになった。自分が才能を感じて、相手も自分に才能を見出す。そうやってお互いに認め合えれば、もしかしたら、そこには『才能』か、そうじゃなくても別の『何か』が確かにあるのかもしれないって……」

 持て余す感情は上手く言葉にできない。

「ごめん変なことをゴチャゴチャ言って。と、とにかく、香辻さんと灰姫レラが、僕を変えてくれたんだ。ありがとう」

 これまでの否定だ。
 とても心地いい否定だった。

「私も……河本くんと一緒です」

 香辻さんの小さな手が、ヒロトの手にちょこんと触れる。その手は日向ぼっこした後みたいに、ポカポカと暖かかった。

「河本くんに沢山の事を教えてもらって、経験もさせてもらって、前より少しだけ自分のことが好きになれたと思います。私を見つけてくれて、ありがとう」

 合わせた手と手が握り合う。

「僕の方こそ、プロデューサーに選んでもらってありがとう」
「それも私のセリフです」

 朗らかに笑う香辻さん。ヒロトも自然と笑っていた。
 繋がる手からは、まるで血が通いあっているかのように、心臓の鼓動が伝わってきた。

「明日からはライブ本番に向けて」
「頑張りましょう!」
「「「おーーーーーー!」」」

 何故か頭上からも降ってくる掛け声。
 しまったと見上げる香辻さんに続いて、ヒロトも家の二階の窓の方を向く。ポニーテールを垂らした人影が、二人を見下ろしていた。

「も、紅葉?! ひとの部屋でなにやってるの!」
「家の前でずっと話してたら、立ち聞きするなって方がむりだよ!」
「立ち聞きダメ絶対ッ!」

 ニヤニヤ顔の妹に、香辻さんはムキーッと別の意味で顔を赤らめて手を振り上げる。さっきまでのシリアスな表情とのギャップに、ヒロトは思わず吹き出してしまう。

「あははは、仕方ないよ。長話してた僕たちが悪い」
「河本くんは紅葉に甘すぎます! ちょっとは怒って下さい!」

 香辻さんが『お姉さん』なところを見せるが、また面白くてヒロトは幸せな気分なまま笑っていた。
 過去の呪いも過ちも、全てが今日に続いるのだと思えば、少しは救われるような気がした。

「本当にありがとう、香辻さん」

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ヒロトと桐子、
すれ違っていた二人が、再び同じ先を見つめる。

第2シーズンもいよいよクライマックス!
リアルライブが幕を開けます!

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