#14【絶対必勝?!】オーディション対策おしえます (1)

文字数 16,200文字

【前回までのあらすじ】
打ち上げで映画館に向かった桐子とヒロト。
そこで偶然出会ったのが、桐子の中学時代のクラスメイトだった。
イジメの記憶がフラッシュバックしてしまった桐子を、ヒロトは助け出し話を聞く。
桐子は自らの想いを口にするのだった。

1話目はここから!
 https://novel.daysneo.com/works/episode/bf2661ca271607aea3356fe1344a2d5f.html

更新情報は『高橋右手』ツイッターから!
 https://twitter.com/takahashi_right

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■□■□河本ヒロトPart■□■□

 香辻さんは「強くなりたい」と言った。

 彼女の過去に何があったのかは詳しく知らない。灰姫レラをプロデュースするのに知る必要がなかった。憐憫や後悔で、いくら傷を彫りかえしても過去は変えられないとヒロトは知っている。
 過去を知らなくても、香辻さんがどんどん変わっていってることをヒロトは知っている。
 最初の頃の香辻さんは、配信台本の作り方も知らなければ、声の正しい出し方も、演者としての基本を何も知らなかった。学校でもいつも1人だったし、配信で他のVチューバーとコラボすることもなかった。

 でも、今の香辻さんの周りには夜川さんやスミスがいて、灰姫レラの周りには大勢のファンや知り合いになったVチューバーがいる。
 切っ掛けはアオハルココロへの憧れだったかもしれない。
 だけど、その道を歩いているのは香辻さん自身だ。悩んだり、迷ったり、失敗したりしながら、進んできたことをヒロトは知っている。
 香辻さんは強くなった。アオハルココロと1対1バトルで勝利し、トップ事務所のライブで成功を収めたことは強さの証だ。ヒロトが言葉にしても、きっと彼女は笑って否定する。自分の力はちっぽけで、ヒロトや他のみんなのお陰だと心の底から思っているのだろう。それも、きっと彼女の強さだ。


 香辻さんは強くなった。
 それに引き換え自分はどうだ。
 ライブで香辻さんが倒れた時、冷静さを失い客席に飛び込んでしまった。トラブルで観客が不安になっているあの状況で怒鳴り声を上げ人垣を強引にかき分けた。一歩間違えれば、自分の行動が恐慌を巻き起こし、大惨事を招いていたかもしれない。警備員やスタッフに任せるべきだった。
 映画館での出来事もそうだ。香辻さんが怯えているのを見て、カッとなって飲み物とポップコーンを『プレゼント』してしまった。あんな事をしても何の意味はない。それどころか、香辻さんが恨みをかってしまうリスクだってある。あの連中を無視して、あの場を去るのが正解だった。

 どれもプロデューサーとして失格だ。

 こんな失敗ばかりが続いたら、いつか香辻さんに大きな迷惑をかけてしまうかもしれない。それだけは駄目だ。避けなければならない。僕がどうなろうとも――。



 無慈悲なチャイムが、数学のテストの終わりを告げる。
 諦めの呻きと解放のため息が、教室の二酸化炭素濃度をほんの少し高めた。

「それでは、筆記用具を置いて下さい」

 生徒たちの精一杯と後悔を乗せたテスト用紙が回収されていく。

「3日間、お疲れ様でした。冬休みまでもう一踏ん張りですね」

 監督の先生がテスト用紙を詰めた封筒を手に教室を出ていくと、教室に溜まっていた生徒たちのストレスが一気に吹き出していた。

「まっっじでわっかんなかった」
「塾で同じ問題やってたから解けたよ」
「えっ? あそこって、π/2なの?!」
「もう忘れよう……全てを……」
「カラオケいこーぜ」

 聞こえてくる悲喜こもごもの洪水に脳が揺らされ、酔ってしまいそうだ。
 そんな中で、隣の席の香辻さんはスマホを見ていた。テストよりも緊張することがあるかのように、思いつめた表情をしている。
 ヒロトの視線に気づいた香辻さんが、こくりとうなずき口を開いた。

「あの、この後って少し大丈夫ですか? 帰りながらちょっとお話できれば」
「うん、もちろん良いよ」

 ヒロトの二つ返事に、香辻さんはすぐに荷物をまとめだした。
 教室を出て、下校する生徒たちの流れに合わせて二人は歩いていく。こうして並んでいると、どうしても映画館での事を思い出してしまいヒロトは少し気まずかった。香辻さんも同じなのか、会話の切っ掛けを探しているような様子に思えた。

「テスト、どうだった?」

 先に話しかけたのはヒロトだ。

「ぼ、ぼちぼちです」

 渋い顔で頭を抱える香辻さん。自己評価はあまり芳しくないようだ。

「で、でも! 河本くんと夜川さんに教えてもらったとこはちゃんと答えられました! あっ、そうです!」

 手をバタバタしながら弁解した香辻さんは、そのまま忙しなく鞄にゴソゴソと手を突っ込んだ。

「予言ノート、ありがとうございます!」

 取り出したのは、ハイプロのライブで香辻さんが手一杯の時にヒロトがまとめた授業ノートの束だった。

「返さなくて大丈夫だよ。香辻さん専用だからね」
「そういうことなら、遠慮なくもらっちゃいます」

 まるで銃弾から命を救ったお守りを扱うように、香辻さんはノートの束を大切そうに鞄に戻した。

「それより、予言ノートって?」
「ラインマーカーが引いてあるとこ、テストにたっくさん出てたじゃないですか! これがなかったら確実に赤点をとっちゃうとこで、だから予言ノートって……変かな?」

 香辻さんは大いに盛り上がった後、ヒロトが苦笑しているのを見て少し恥ずかしそうに頬を染める。

「予言はともかく、香辻さんの役に立ったなら良かった」
「河本くんにはお世話になりっぱなしで……、いつかちゃんとお返しをさせて下さいね」

 念を押すようにヒロトの目を見て、香辻さんは言う。

「自分の意思でやってることだし、むしろ僕の方が香辻さんから沢山もらってる」
「1対99ぐらいの割合で、私の方がもらってるから! 絶対に!」

 香辻さんは鞄を胸の前に持ち上げて、この重さが証拠だと言うように振ってみせた。ヒロトはそんなことはないと言う代わりに、自然と笑みが溢れていた。
 校舎を出ると生徒の流れも変わっていく。自転車通学の生徒は駐輪場がある裏門側へ向かい、正門を出たところで駅やバスの路線ごとにさらに分かれていく。誰も彼もがテストが終わった喜びを噛みしめる中で、香辻さんはまだ何かを気にしているような様子だった。

「テストも終わったし、これで活動再開できるね。ファンの人達も待ってるよ」
「そのことなんですが……」

 香辻さんは深めに息を吸う。

「私、このオーディションに出てみようと思います」

 そう言って差し出したスマホの画面には、ポップなフォントの告知ページが映っていた。

「Virtual Dream Audition(バーチャル・ドリーム・オーディション)か」

 年に1回開催されているVチューバーのための大型オーディション企画だ。年々参加者は増え、前回は3000人以上がエントリーしている。
 受賞者には、超大手レーベルからのメジャーデビューや有名アーティストによる豪華ミュージックビデオの作成、単独ライブの開催チャンス、更には主人公として短編CG映画の作成など、様々な特典が与えられる。
 当然、ヒロトもそのオーディションのことを知っていた。それどころか――。

「アオハルココロがグランプリを獲ったオーディションだね」

 表には出ていないが、ヒロトもプロデューサーとして受賞のためにアオハルココロと共に戦った。

「はい、そして今回のグランプリ特典がアオハルココロちゃんと二人で冠番組を持つ権利です」

 詳細を見ると、深夜帯とはいえ地上波のテレビだ。内容は音楽バラエティ番組で、協賛に大手音楽レーベルが名前を連ねていることから、結構な力を入れていることが伺える。

「もし優勝できたら形だけでもアオハルココロちゃんの隣にいける。安直だけど、私にはこれぐらいしか思いつかなくて」

 そう言ってはにかんだ香辻さんは、ヒロトを見上げる。

「あっ! もちろん優勝を目指しますが、出来るとは思ってません! 狸ノぽんぽさんとか、曇天レイニーさんとか、すごいVの方々が参加表明されてますから」

 清々しいほどきっぱり言う香辻さんの瞳に、謙遜や自虐は欠片もない。1人のVチューバー好きとして、優勝候補が頭に浮かんでいるのだろう。

「私は、誰かと競ったりぶつかることが苦手なんだと思います。でも、苦手だからって避けてたらいつまでたっても強くなれない気がして……本当に必要な時に戦えないようじゃ駄目だって、河本くんを見て思って」

 鞄の持ち手を握る香辻さんの手に力がこもる。

「だから、オーディションという戦いを通して少しぐらい強くなれたらいいななんて……ううん、少しじゃなくて」

 そうじゃないと香辻さんは首を振る。

「私が、河本くんを守ってあげられるぐらい強くなりたいんです!」

 香辻さんはヒロトの目を見てそう言い直した。

「って、そんな機会は未来永劫なさそうですが。備えあれば憂いなしです!」

 照れくさそうな香辻さんに、ヒロトの口角も上がる。

「うん、良いと思う。オーディションの経験は、強くなるのにピッタリだよ」
「良かった、河本くんにそう言ってもらえて!」

 心配事は無くなったと香辻さんは満面の笑みで鞄を抱きしめた。

「エントリー締め切りが今日までみたいだけど、もう応募は済ませた?」
「いえ、これからです。河本くんに話してからにしようと思って」

 テストが終わっても香辻さんに余裕が無かったのは、ヒロトに反対されたらどうしようかと心配していたのだろう。

「要項に紹介動画が必要ってあるけど、準備は?」

 ヒロトは自分のスマホで公式のページを見ながら言った。プロデューサーとして権利関係などはしっかりと確認しなければならない。

「試験勉強がピンチで……オーディション用を作ってる時間がなかったので、You Tubeのチャンネルで使ってる自己紹介をそのまま」
「それは止めておこう」

 プロデューサーとして、ヒロトはすぐさまストップをかける。

「え?」
「オーディション、勝ちに行くんだよね?」
「は、はい! 出来ることなら」
「だったら、あの動画じゃダメだ」

 チャンネルにある自己紹介動画は、彼女のデビューとほぼ同時期に投稿されたもの1つだけだ。

「灰姫レラは変わった。オーディションに挑むなら、新しいものをみせなくちゃ」
「確かに、河本くんにアップデートしてもらって3Dモデルがものすごく良くなってるから、見せないとですね」
「変わったのは香辻さんだよ。3Dモデルは重要じゃない」
「私が?」

 ヒロトの言葉に、香辻さんは怪訝な顔で首を傾げる。

「締め切りまであと6時間ある。スタジオで動画を作ろう」

 善は急げとヒロトは駅に向かって足を早める。

「は、はい!」

 鞄を抱えた香辻さんも小走りでその後に続く。

「それと、電車の中で1つお願いがあるんだけどいいかな?」
「はい、なんでしょうか?」
「エゴサして欲しいんだ」

 並んで進む香辻さんが不思議そうに眉をひそめた。



 ヒロトが地下スタジオの扉を開けると、一秒でも惜しいと香辻さんが中へ飛び込んでいった。

「さあ動画作りですね! 何から始めましょう? やっぱりまずは台本ですか? それともぶっつけ本番で良いのが撮れるまでトライ・アンド・エラーですか?」

 意気軒昂な香辻さんは、ゲートから飛び出したくて堪らない馬みたいにカメラの前で構えている。

「落ち着いて」
「まずは深呼吸ですね!」

 スーハースーハーと全身を使って空気を取り込んでいた。

「締切は18時だから時間は十分にあるよ」

 空いているモニターの1つにヒロトは現在時刻12時37分を映し出す。

「さすが河本くんです。私なんて、10分の動画を一本作るのに最低でも二日間はかかっちゃいます」
「かかる時間は動画の種類によるけどね。ガッツリ作り込んだMVや企画番組なら数週間から一ヶ月は平気でかかるよ」

 単純な制作時間だけではなく、規模が大きくなれば関わる人間も増えるからだ。

「動画を作ってる時って、誰も見てくれなかったらどうしようって不安になっちゃいます。その点、生の配信は視聴者数がすぐに出てくれるので少しだけ気が楽です。まあ、配信は終わった後に、ああすれば良かったとか後悔が押し寄せてくるので、それはそれですけど」

 苦笑する香辻さん。確かに灰姫レラはもとから生配信が主体だし、最近はその傾向がさらに強くなっている。

「動画作りは苦手?」
「はい。ひーひー言っちゃいます」

 香辻さんは率直に頷いた。

「僕は逆だな。配信に出たいなんてまったく思わないけど、動画を作ってるときは楽しいよ。この動画を見た人にどんな風に思って欲しいのかって考えてね。それで実際に思った通りのリアクションが来たり、全く逆の捉え方をする人もいたり。それも楽しいんだ」
「すっごくクリエイターっぽいです!」

 一点の曇りもない尊敬の眼差しに、ヒロトは鼻がくすぐったくなった。

「クリエイターとかの話はおいといて、Vチューバーとして活動するなら動画の作り方と知識は持っておいたほうがいいよ」
「はい、苦手は克服しないとですね!」

 香辻さんは胸の前で両手をぐっと握る。切っ掛けはともかくとして、今の彼女はやる気に満ちているようだ。

「ここで香辻さんに1つ質問」

 動画を作るためのソフトを準備しながらヒロトは尋ねる。

「は、はい!」

 背筋をピンと伸ばす香辻さん。

「皆に見てもらえる動画って、どんな動画だと思う?」
「そうですね……。再生数が多いのはMV(ミュージックビデオ)とかだと思います。バズった曲は1億再生とか凄いことになってますよね」
「うん、再生数だけならそうだね。音楽系の動画は圧倒的な情報密度で視聴者に満足感を与えて、さらにリピーターも多い」

 実際、You Tubeの視聴数ランキングの上位はMVがほぼ独占している。

「ただ、化け物みたいな再生数の動画は、流行ってるからさらに流行るという循環を生み出してる。でも、そういう動画にも最初の一歩はあったはずだよね。どうして、その動画が皆に見てもらえたのか」
「うーん……」

 唸った香辻さんは眉間に指を当てて考える。

「自分の事を考えてみようか。普段TwitterやYou Tubeを見てて、別にそれを探してたわけじゃないのに、思わずクリックしちゃう動画はない?」
「もちろん、ありますよ」
「それは何で?」
「なんでと言われても……面白そうだからとしか」

 迷いながら答えた香辻さんに、ヒロトは頷く。

「それが正解。皆に見てもらえる動画は『面白そう』な動画だよ」
「トンチみたいな答えでズルくないですか?」

 口を尖らせる香辻さんの言葉には少し棘がある。

「見てもらうのに重要なのは『面白い』じゃない、『面白そう』な事なんだ」
「うーん……なんか納得いきません」

 眉間に皺を寄せる香辻さんは語尾が少し大きくなっていた。

「中身は二の次って感じがして。ちゃんと面白い物を作ろうと頑張ってる人も沢山いるのに、サムネイルやタイトルだけでつってる動画みたいで……」

 香辻さんの反応もヒロトには理解できる。彼女自身が、少しでも『面白い』ものを作り出そうとしている側の人間だ。

「切っ掛けだよ。まずは『面白そう』だと思ってもらわないと、目に留まらないからね。相手にとって存在しないのと一緒になってしまう。そういうもったいない動画や作品ってたくさんあるよね?」
「いっぱいあります。私がすごいって思う歌動画でも、全然の伸びてなくて。歌が上手くて、演出もバリバリかっこよかっこいいのに、なんで皆に伝わらないんだろうって歯がゆかったり……」

 誰もが一度は感じたことがあるだろう。自分の感性を少し疑うと同時に、良いものが伝わらないもどかしい感覚だ。

「どんなに『美味しい』ステーキだって、映像で『美味しい』ことは直接伝えられない。鉄板で肉が焼け油が跳ねる音や、ナイフを入れた時の肉の柔らかさを表現することで、『美味しそう』と思ってもらうことは出来る」

 いわゆるシズル感だ。

「それだって、努力だし技術だよね?」
「ですね!」

 力強く頷く香辻さん。どうやら納得してくれたようだ。

「でも、『面白そう』ってどうしたら良いんですか? 面白いものを作るより、ふわっとしてて捉えどころがないんですけど」

 概念が大きすぎると言うように、香辻さんは両手で大きな円を描いてみせる。

「『面白い』が目の前で起きてることなら、『面白そう』は受け手の頭の中で起きてること。つまり現象と想像」

 人差し指でピストルと作ったヒロトは、自分の側頭部に銃口を当てて見せる。

「『面白そう』は、受け手に『想像させる』ものだよ」

 香辻さんはピンと来ていないのか、小さな声で「想像させる」と繰り返していた。

「SNSだと顕著だね。写真のキャプションでもはっきりと内容を言わないで匂わせた言葉がついてる方がバズったりする。イラストでもあるよね。敢えて前後の部分を省いて、セリフや説明で想像させるとか」
「あっ! 分かります! 可愛い女の子のイラストでも、ちょっとしたセリフとか、ラフでも背景が入ってる方が、その子を想像できてさらに可愛いってなります!」

 灰姫レラとしてお絵かき配信も再開した香辻さんの言葉には、実感が伴っていた。

「究極系の1つが映画のCM。何十時間、時には100時間以上も撮影された映像を編集した1~2時間の本編を、さらに15秒までギュッと圧縮しているよね」
「そう言われると、たしかに無茶苦茶ですね。15秒じゃ、カップ麺どころかレンジのチンも終わらない」

 自分で言ってから香辻さんは笑ってしまっていた。

「無茶苦茶な圧縮でも、出来のいいCMはちゃんとその映画が『面白そう』って思えるようになってる」
「普段は興味ないジャンルでも、映画のCMって思わず映画館で見たくなっちゃいますよね!」
「そうだね。アクション映画なら主人公が『何か』と戦ってたり、恋愛映画ならヒロインが『何故』か涙を流していたり、ホラーなら『誰か』が襲われていたり。15秒じゃ時間もないから、説明もしないし、はっきりも見せないよね」
「そこを想像して、見たくなる……なるほどです」

 香辻さんは「んー」と頷き、感心の吐息を漏らす。

「さて、本題に入ろうか。これから作るのは公開オーディション用の自己紹介動画だ。イベントのページや公式番組で流れるものだね。何千何万という人の目に映ることになる」
「でも参加者も何千といるから、私なんか簡単に埋もれちゃいそうです。やっぱりインパクトがないと、面白そうって思ってもらえないんでしょうか。一発芸とかモノマネとか」

 不安そうに言う香辻さん。インパクトのある行動ばかりしている香辻さんだが、本人としては自覚も自信も無いのだろう。

「映画のジャンルもそうだけど『面白そう』にも色々あるよね。特に今回はインパクトにこだわる必要はそれほどないよ」
「そうですか? 超絶歌上手Vチューバーさんとかも参加してるんですよ」
「んー、なら自己紹介動画は面接だって考えてみようか」
「面接? 私は経験ないですけど」

 ヒロトたちの高校は一般入試の場合だと面接は無い。当然、香辻さんにはバイトの経験も無いだろう。

「経験が無くても大丈夫。香辻さんは、面接官になったつもりで考えて」
「は、はい。でも、何の面接ですか?」
「そうだな、優勝賞品に合わせて、バラエティ番組の出演者を決めるための面接ってことにしようか。香辻さんは、プロデューサーとかディレクターね」
「分かりました」

 役になりきろうと思ったのか、香辻さんは背筋を伸ばす。

「面接を受けに来た人が、いきなりクラッカーを鳴らしたらどうする?」
「ビックリします」
「採用する?」
「えっと……たぶんですが落としちゃうと思います」

 仮の話なのに、香辻さんは申し訳無さそうだ。

「ドアから入ってきて、いきなり歌い出した人ならどう?」
「えっ……そうですね」

 今度は少し迷っているようだ。

「ちなみに結構歌が上手い」
「うーん…………やっぱり、ごめんなさいしちゃいそうです」
「それはどうして?」
「確かに面白い人だとは思うんですけど、一緒に働くにはちょっと避けたいですね」
「香辻さんが言ってるインパクトもこれと同じじゃない?」

 ヒロトの言葉に香辻さんは「あっ」と小さく声を漏らす。

「面接も自己紹介動画も、あくまで入り口。その先が本来の目的だよね。面接なら一緒に仕事をする事だし、自己紹介動画なら次は配信や他の動画を見てもらったりチャンネル登録してもらったりね」
「ですね、自己紹介動画だけ見てもらって、さよならじゃ寂しいです」
「そうならないためには、この人と一緒に居たいと思ってもらう必要がある」

 作品でも、ビジネスでも、その間には人と人との関係がある。

「すっごく分かります! 配信を見てる時に、そのVチューバーさんが同じ部屋にいるような感覚あります!」

 全力で頷いてから、何かに気づいた香辻さんの顔色がサーッと変わる。

「ちょっと待ってください……、『面白そう』でさらに『一緒に居たい』って思ってもらうなんて、めちゃくちゃハードル高くないですか?!」
「うん、ハードルは高いね」
「私ですよ! 歌もゲームも何でも出来ちゃう超高性能のアオハルココロちゃんや、トップアイドルとしてキラキラ輝いてる姫神クシナちゃんじゃないんですよ!」

 頭を抱えて悶絶する香辻さんに、ヒロトは落ち着いてと腰をかがめて話しかける。

「一緒に居たいにも、いろいろな種類があるよね?」

 香辻さんは小さく頷いてからヒロトを見上げる。

「愛情や親愛、あるいは依存や支配」

 ヒロトと目が合うと、香辻さんは何故か気まずそうに視線をそらした。

「それに、期待だ」
「期待?」
「この人がこれからどんな成功を収めるのか、どんな凄いことをしてくれるのか。海外で活躍するスポーツ選手や天才棋士、新進気鋭のフィギュアスケート選手に向けるのと同じ期待だよ」

 そう言ってヒロトは香辻さんの肩をポンと叩く。

「……ま、まさか?」

 声を震わせた香辻さんは驚きを通り越して、怯えているかの表情をしていた。

「そういうヒロイックな灰姫レラの紹介動画を作る」
「ええっ?! それこそ詐欺です! 経歴詐称です! 河本くんのお陰で色々やらせてもらえましたが、根っこは完全にへっぽこクソザコVチューバーですよ! 普段はゲーム配信で失敗ばっかりしてるし、歌だって上手くないし、雑談が面白くないってまとめサイトに載ったばっかりで、完全完璧にヒーロー要素ゼロなんですよ!」

 手足をばたつかせて香辻さんは慌てふためいているが、ヒロトは本気だ。そのために香辻さんにアレを頼んだのだった。

「電車の中で、エゴサみたよね?」

 ヒロトの言葉に香辻さんの動きがピタリと止まる。

「沢山の人が灰姫レラを応援してくれてる。次に何をするのかって期待してわくわくしてる」

 灰姫レラが広く知られるようになった切っ掛けはアオハルココロとのバトルで、そのすぐ次にはハイプロのライブへ出演している。大躍進する物語の、そのさらに先を見たいと熱望する人たちはファン以外にも多くいる。

「初めて灰姫レラを見る人も期待させちゃおう」
「いいのでしょうか……」
「灰姫レラならその期待も越えていける」
「……河本くんは本気でそう思いますか?」

 沢山の不安と信頼が込められた香辻さんの視線が、ヒロトに最後のエゴサを向けていた。

「世界で一番、僕が灰姫レラに期待してるよ。想像を越える所を何度も見て来たからね」

 目を見て答えるヒロトに、香辻さんは唇を震わせていた。

「わ、分かりました……私、河本くんの期待も皆の期待も背負って頑張ります!」

 自分を力づけるように言って、香辻さんは震えていた唇をぐっと引き結んだ。

「ヒロイックに見てもらうには実績が重要。というわけで、紹介動画で、灰姫レラが、どんな人なのか、何をしてきたのかを紹介する。面接でも履歴書は重要だよね」

 いよいよ具体的な動画の話へと入っていく。

「でも、注意しなくちゃいけないこともある。実績の紹介が、ただの自慢になってしまうこと」
「あー、分かります。雑談配信を聞いてる時に、自分語りで自慢が始まると聞いてて恥ずかしくなっちゃいます」
「伝える内容が同じでも、ただの自慢だと受け止められると途端に評価が悪くなるね」

 香辻さんの言うような共感性羞恥や嫌悪感を与えてしまうので、基本的に良いことはない。

「でも1つあるんだ。実績をただの自慢にしないで、面白く紹介する方法が」
「なんですか! そのすご技は?!」

 のって来る香辻さんに、負けじとヒロトも勿体ぶる。

「みんな知ってるし、見たこともあるはず。それは」
「それは?」

 香辻さんはクリスマスプレゼントを待つ子供みたいに胸の前で握った手を合わせている。

「切り抜き動画」
「…………へ?」

 香辻さんは拍子抜けした声と一緒に首を15度ばかり傾け、戸惑っていた。

「Vチューバーに限らず、テレビやゲーム、今やありとあらゆる分野において、切り抜き動画は強力な武器になっている。配信サイトには公式のクリップ機能があり、ゲーム機もボタン一つでプレイの場面を録画し簡単にシェア出来る」
「あっ、そう言えば、私の配信でも切り抜きから来ましたって人が最近は結構いますね」

 香辻さんの曲がっていた首が戻っていく。

「切り抜きは本家を伸ばす最高の導線だ。見た人は、そのオリジナルに興味を持って、続きを期待して自ら体験しに行くからね。この構図、さっき説明したよね」
「えっ? えっと……あっ、あああああっ! 分かりました! 映画です! 映画の!」

 全部が繋がったと声を大きくする香辻さん。その答えにヒロトは大いに頷いた。

「映画の予告CMなんて、まさに切り抜き」
「あの話は、そういうことだったんですね!」

 香辻さんは子供をあやす玩具みたいにしきりに頷いていた。

「というわけで、自己紹介動画は切り抜きをメインに構成するよ」
「はい!」
「そのためのアーカイブは灰姫レラはたくさん持っている。というか、ありすぎる」
「内容はともかく数だけはありますから」

 苦笑する香辻さん。個人で継続的にかつ高頻度で活動しているというだけでも凄いことだ。

「ここでも重要になるのが、エゴサ。感想は視聴者が灰姫レラのどこを楽しんでくれたり、期待してくれてるのか分かる。さらにファンの作ってくれた切り抜き動画はそのものが参考になるよね」
「なるほど! 全く手探りが無いより、ずっと時間も短縮できますね!」
「時間がないのに前置きが少し長くなっちゃったけど、香辻さんにはちゃんと知っておいて欲しかった」
「私こそ、勉強になりました! 技術というか、考え方ですよね! テスト勉強で河本くんに教わった数学みたいに」

 そう言った、香辻さんの視線の向かうホワイトボードには、ヒロトが三角関数を教えた時の円と座標の図が残っていた。
 ヒロトはそのホワイトボードの前に立ち、ペンを取る。

「さっそくエゴサの結果をピックアップして、動画に使う場面を検討しようか」
「はい! まずはこの切り抜きなんかどうでしょうか? ナイトテールちゃんと一緒にやった金太郎電鉄の――」

 香辻さんがエゴサで見つけていた切り抜きをさっそく挙げた。
 二人のエゴサで、灰姫レラの切り抜きと好評な感想をリストアップすると、ホワイトボードはすぐに埋まってしまった。
 こうして好意的な意見だけを並べることで、香辻さんもテンションが上がっていく。段々と『自己紹介』に対して自信を持てるようになっているように見えた。

「うん、素材は十分だね」

 ヒロトはホワイトボードの隅に空けておいたスペースに、一本の横線を描く。

「動画の構成はこう、まず面白い系の切り抜きで視聴者を引き止める」

 半分ぐらいの位置にピッと区切り線を引く。

「そこからアオハルココロとの対決、さらにハイプロライブの出演へと繋げることで、灰姫レラへの期待感を抱かせる」

 線の残り半分をさらに2分割する。大まかな構成なので、実際は作りながら調節することになる。

「さあ実際に編集していこうか」

 ヒロトは椅子に座ってマウスを握る。

「香辻さんとしては、どの部分を一番強調したい?」
「えっと……アオハルココロちゃんとライブ対決したところです。あっ! もちろんハイプロさんのライブに出演させてもらったことも大事件で凄いことだと思います!」
「どっちも大切だけど、アオハルココロは灰姫レラの原点だからね」
「それだけじゃないです。河本くんと一緒に初めて経験した大きなことなので……『今』の灰姫レラを紹介するならやっぱり、ここかなって思いました」
「うん、そうだね」

 頷くヒロトの頬は少し緩んでいた。
 灰姫レラをプロデュースすることになって、ほんの3ヶ月。なのにもっと長い時間を過ごしたかのように、ヒロトも香辻さんも、そして灰姫レラも変わった。

「なら、アオハルココロとのバトルが映えるように構成しよう」

 ヒロトの頭の中で、ホワイトボードで挙げたリストがすぐさま整理されていく。

「僕の編集と並行して、香辻さんは新規の素材を作って欲しい。動画冒頭の自己紹介と最後の挨拶。台本は任せるよ」
「はい! 任せて下さい!」

 自分にしかできないことだと香辻さんは意気込んでいるようだ。

「台本といえば、河本くんに初めて教えてもらった時も、アーカイブを使って振り返り配信でしたね」

 作業用の別パソコンで撮影の準備をしながら、香辻さんは懐かしむように言った。

「あの時は僕と香辻さんから見た灰姫レラだったね。今回の自己紹介で必要なのは、大勢の人たちに見せる灰姫レラだ。そこを意識して台本を書いて」
「分かりました!」

 元気よく応えた香辻さんは、さっそくキーボードで台本を書き始めた。
 二手に分かれ、それぞれの作業を進めていく。
 ヒロトの方は完全に無言で編集途中の動画の音声が流れるだけだ。一方、香辻さんの方はあーでもないこーでもないと独り言をいいながら台本を作り、撮影しては台本を修正するというのを繰り返していた。両方の作業から香辻さんの声が聞こえてくるので、まるで香辻さんが何人も分裂しているような環境になっていた。

 作業開始から2時間ほど。

「動画のチェックお願いします」
 香辻さんから動画が上がってきた。
「了解」
 緊張してる香辻さんを横目に、ヒロトはさっそく再生してみる。
「うん、なるほど……」
 これまでの経験と成長を感じるちゃんとした挨拶になっていた。
「〆の挨拶の真剣な感じはいいと思う」
「はい!」
「でも、オープニングはもう少し元気が欲しいな」
「は、はい」
「両方とも尺が長いから、もう少しコンパクトにして」
「分かりました」
 肩を落とした香辻さんは作業パソコンに戻っていった。

 そして次の提出。

「今度は元気ありすぎかな、ヤケクソはよくない」
「はい……」

 次の提出。

「良くなってる。でも、もう少し聞き取りやすい言葉を選んで、言い方にも気をつけて」
「はい!」

 次の。

「うん、もう少しよくなりそうだから、頑張って」
「はい!!」

 そして――。

「ど、どうでしょうか?」

 前のめりになってデスクに手をつく、香辻さんの目には並々ならぬ力がこもっていた。これで落ちたらもう分からないとでも言うように鬼気迫った様子だ。

「うん、オッケー。感情がこもってるけど、聞きやすくて、すごくいい出来だよ」
「やったーーーー!」

 飛び跳ねて喜ぶ香辻さん。もうすでにオーディションに合格したかのような喜び様だ。

「河本くんの方はどうですか?」
「こんな感じかな」

 香辻さんが作った動画を冒頭と最後にさくっと組み込み、別モニタで再生してみせた。

「わっ! これ知ってる感じです! バズってる切り抜きみたいで! おもしろ動画っぽいのに、最後はエモ風味もあって、しかもちゃんと自己紹介になってる!」

 隣のモニタに顔を突きつけた香辻さんは、興奮した様子でまくしたてた。

「完璧ですね! 後はこれを投稿すれば」
「まだ未完成」
「えっ? でも、十分面白いですし、これ以上付け加えるようなものってありました?」

 首をひねる香辻さん。ホワイトボードに挙げたリストの要件はすでに満たしている。

「足すんじゃなくて引く。ここから『カット』するんだ」
「もったいないです! 字幕も入ってるのに!」

 香辻さんは引き止めるように、モニタに向かって手をのばす。

「17分は長過ぎるからね、10分以内にまとめる」

 テンポが悪い部分や、必要ない部分はもう分かっている。

「でも、あとタイムリミットまで30分しか……」
「大丈夫」

 香辻さんが動画を見ている間にも、動画のカットは進んでいる。

「分かりました。河本くんを信じます」

 手持ち無沙汰になった香辻さんは、ヒロトの横の椅子に座る。そして、ヒロトが作業していると声を上げていた。

「そこカットしちゃうんですか?!」「そうやってカットを繋ぐんですね」「うわー、一瞬でズレ直しちゃった」

 リアクションをしながら、手元のスマホにメモを取っている。

「作業、参考になる?」
「あ、気が散りますよね」

 申し訳無さそうに椅子を遠ざけようとする香辻さんを、ヒロトは手で止める。

「大丈夫。香辻さんがリアクションしたり、話してくれてる方が調子いいかも」

 喋っているヒロトの視線はモニタに注がれ、カーソルも忙しなく動き続けている。

「そういうことなら遠慮なく。あの、動画って大変ですよね。台本を作るのも、映像を撮るのも、編集するのも、何が正解なのか全然わからなくて」

 香辻さんが一本に二日間かかると言っていた理由だろう。

「動画に正解はないけど、テクニックや気をつけた方がいいことはあるよ。例えば、最初のつかみが重要とか」
「動画の作り方のサイトにもよく書いてありますね」
「映画や小説、漫画の冒頭と一緒だね。例えば、インパクトがあるシーンを無理やり冒頭に持ってきて、後からその説明に視聴者の興味を引っ張るとか」

 創作系の参考書なら必ずと言っていいほど載っている内容だろう。

「でも、テクニックより重要なことが沢山ある。僕が香辻さんの動画に何度もリテイクしたよね」
「うっ、私の実力不足です」
「実力云々じゃなくて、単純に情報の伝わりやすさの問題かな。声が聞きづらい、分かりづらい単語や表現を使ってる、無駄な情報で混乱する、直してもらったのはそういう部分だね」
「そういえば、何度もリテイクしたのに、内容自体は一番最初から変わってないです!」

 ハッとして香辻さんのスマホのメモが止まる。

「ただ、動画で1つだけ絶対にやったほうがいいことはある。テクニックでもあるし、心遣いでもあることだけどね」
「ぜひ教えて下さい!」
「字幕を付けること」

 そう喋りながらヒロトも字幕の誤字の修正をしていた。

「常に100万再生を超えるような、ピカキンさんは、動画を音がなくても楽しめるように作ってる。企画内容や本人のリアクションだったりはもちろんだけど、動画内の全ての言葉や音を字幕で表示してるんだ」
「そうなんですね! もちろん見たことありますが、気にしたことなかったです」
「違和感を感じさせないぐらい自然にやってるんだ。大変だけど、視聴者のためって考えると字幕は絶対にあったほうがいい。例えば電車の中でも楽しめるし、音を聞きながらでも字幕があった方が情報を理解しやすい。もちろん音を聞くことが困難な人たちにとっても、見やすい動画になる」
「なるほど。次に自分で動画を作るときは、字幕にも挑戦してみます!」

 動画編集の経験があれば分かることだけれど、字幕は慣れていても時間がかかる作業だ。単純に文字を入れるだけでなく、フォントや色にこだわったり、他の効果を併せたりなんて考えだすといくら時間があっても足りなくなる。

「字幕もそうだけど、一番大切なのは視聴者に対する丁寧さだって僕は思う」

 シークバーを動画の最後部分に合わせて、字幕と画面効果のタイミングを微調整する。

「雑音をきちんと処理したり、発声と字幕のタイミングを揃えたり、カットとカットの繋がりを自然にしたり、写真やイラストを使うなら出来るだけ見やすいものを選んだり。そういう気遣いのできている動画って、シンプルに見やすいんだよね」

 こと動画において、見やすいは正義だ。

「時間をかけさえすれば誰でも出来ることだけど、意外と皆やってない」
「うっ、気をつけます」

 香辻さんの胸にも刺さったようだ。

「最後まで気を抜かずに」

 作業画面では、動画の余韻の部分をフレーム単位で調整する。

「丁寧に仕上げる」

 全てのチェックが終わり、ヒロトは動画の書き出しを実行した。自作のハイスペックマシンにかかれば、この程度の長さの動画は一瞬だ。
 出来たて(エンコード)ほやほやの動画ファイルをさっそく再生テストする。

『ボンジュール、Vチューバーの灰姫レラです――』

 問題は無いはずだが、念の為にチェックは欠かせない。
 冷静なヒロトとは対象的に、立ち上がった香辻さんはヒロトの椅子の背もたれを掴み固唾を呑んで見守っていた。

『――チャンネル登録よろしくお願いします。以上、灰姫レラでした。おつデレラ~』

 9分53秒で動画が停止した。問題はなにもない。

「完成だね」
「は~、よかった!」

 香辻さんの安堵の吐息がヒロトの耳をくすぐった。

「それじゃ、投稿しようか」
「はい! 応募フォームはもう準備できてます!」

 そういって香辻さんがモニタを指差す。
 その画面に映ってるいたのは『再読み込みして、入力をやり直して下さい』の文字だった。

「あれ?」
「タイムアウトしちゃってるね」
「そんなぁ! あと2分なのに! は、早くしないと!」

 慌ててページをリロードした香辻さんは、猛然と必須事項を入力し直した。最後に完成したばかりの自己紹介動画をアップロードし、マウスをカチカチとボタンを連打する。
 最後の『確認』ボタンを確認せずに押したところで、タイムリミットの18時がやってきてしまう。

「あっ……」

 一瞬、読み込みが止まる。受付終了間際にアクセスが殺到しているのだろう。

「うそ……0回戦敗退なんて……」

 意気消沈してつぶやく香辻さんの目の前で、画面が切り替わる。読み込みが再開され新しいページが表示されたのだ。そこには――。

《受付を完了しました。あなたのお問い合わせ番号は――》

 表示と同時に、香辻さんのスマホがブブッと通知に震える。

「やりました! 登録完了メールきてます!」
「ふー……これで一安心だね」

 ヒロトも強張っていた肩の力を抜く。最後の最後でこんなに緊張させられるとは思ってもいなかった。

「オーディション、精一杯頑張ります!」

 無事に登録できた興奮が冷めやらぬ香辻さんが、手を頭上に突き上げる。その手に握っていたスマホがすっぽぬけ宙を舞う。

「あっ!」

 モニタの画面に落下する直前で、ヒロトの伸ばした手が間一髪で悲劇を防いだ。
 どことなく幸先の悪そうな出来事に二人は顔を見合わせ、どちらからともなく苦笑いを浮かべた。

####################################

バーチャル・ドリーム・オーディションへの参加を決めた灰姫レラ。
ヒロトと桐子を待ち受ける他の参加者、そしてオーディションの内容とは?!

以下、いつもの宣伝!

【クソザコシンデレラ】Vチューバーをプロデュースしてみた【スパチャ版】

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『書き下ろしエピソード6編収録!』
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よろしくお願い致します。

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