エピローグ
文字数 3,072文字
HMDを外すと、そこはいつもの地下の秘密基地。
だけど、酷くぼやけて夢の中みたいだった。
「はぁ……はぁ……えっぐっ……ぐず……」
涙と鼻水、それに汗でびっしょりだったけれど、不思議と疲れていない。
「やったよ、お姉ちゃん!」
ぼーっとしていると紅葉が全力のタックル気味に抱きついてきた。モーションキャプチャースーツ同士がぶつかってカチャカチャと音を立てる。
紅葉が演出で登場した偽ハルココロを演じていた。
「よくやった、フリフリ! あいつに一泡吹かせてやったぜ!」
スミスさんは上機嫌にエレキギターをジャカジャカとかき鳴らす。冒頭のシンセサイザーやエレキギターはスミスさんの生演奏だからこその、繊細さや迫力だった。
「おめでとう、香辻さん」
優しい声で言って河本くんはタオルとペットボトルを差し出す。各種エフェクトや一部モデルの操作などなど、河本くんがパフォーマンスの屋台骨を支えてくれた。
受け取ったタオルでぐしょぐしょの顔を拭いて、ペットボトルの水をごくごくと飲む。
「か、勝っちゃいました」
緊張が解けたからなのか、あらためて湧き上がってきた感情に手が震えてしまう。
「うん、灰姫レラが勝ったね」
笑顔でうなずく河本くんの横で、スミスさんがニッと不敵に笑う。
「ま、相手が万全じゃなかったけど、勝ちは勝ちだな」
「えっ、ええっ?! アオハルココロちゃん、怪我してたんですか?!」
話している時もパフォーマンス中も、桐子にはアオハルココロちゃんが不調には見えなかった。
「本人じゃなくて、その周りがだ。たとえば、あの『空っぽの詩』って曲、まだまだ未完成の状態だったな。歌の練習用の仮演奏で、ちゃんと収録した演奏じゃない」
桐子にはいい曲に聞こえたけれど、本職の人には分かってしまうようだ。
「そういえば、ダンスというか振り付けも簡素だったよね」
今度は紅葉が思い出したように言う。
問いかける視線を河本くんに送ると、心当たりのあるような顔をしていた。
「演出もかな。3Dのオブジェクトの質感とか色々と統一ができてなかった。クイーンズスクエアの街並みも、たぶんアセットをろくに調整せずそのまま使ってた。光源や雨でごまかそうとしてたけど、アオハルココロの姿がどうしても浮いてた」
「え、ど、どうしてですか? アオハルココロちゃんのステージなんですよ!」
思わず桐子は責めるように声を荒げていた。あのアオハルココロちゃんのステージに粗があるなんて、いままで聞いたことがなかった。
「時間がなかったんだ。定期配信に企業案件、トレーニング、打ち合わせ……過密なスケジュールの中で準備ができないことは分かっていた。所属してる事務所としても、本人のわがままで決まった小さなコラボに時間もお金も使いたくなかった。だから、アオハルココロは新曲のゲリラ発表なんて奇策まで使って、灰姫レラを全力で迎え撃った」
「メリットがほとんど無いどころか、守秘義務違反かもしれないのによくやるよ」
言葉とは裏腹にスミスさんの口調は感心しているようだった。
「最近見なかったアオハルココロらしさじゃないかな」
フォローするように言う河本くんの横顔が嬉しそうだ。
少し胸が苦しく感じて、桐子はタオルに顔を埋めた。
「灰姫レラは私たちみんなで戦ったけど、アオハルココロちゃんは一人で……歌だけで……」
「お姉ちゃん、どうしたの? 勝ちは勝ちなんだから喜ぼうよ!」
紅葉に注意されるけれど、桐子の心はモヤモヤしたままだった。
「今更だけど、勝ってよかったのかなって……そこまで賭けたアオハルココロちゃんに……」
言いながら桐子は目で河本くんの表情を追っていた。
(河本くんを手に入れるためにアオハルココロちゃんは――)
「大丈夫」
桐子の心配が通じてしまったかのように、河本くんは笑った。
「アオハルココロはしたたかだよ。勝負の結果は、彼女にとってオマケみたいなもの」
「え、オマケ?」
激闘を繰り広げた桐子からすると拍子抜けする言葉だった。
「今回の対決でアオハルココロは、長い間喉から手が出るほど欲しかったものを得たんだ」
河本くんの言葉にスミスさんと紅葉がなるほどと頷く。
「あいつも、負けない勝負はしないからな」
「お姉ちゃん、大変だね~」
同情気味の視線を向けられる桐子だったけれど、頭の上にはてなマークがいくつも並んでいた。
「みんな分かってずるいです! 私にも教えて下さい、河本くん!」
詰め寄る桐子に河本くんは人差し指を立てて答える。
「『ライバル』だよ。それも突如として表舞台に現れたドラマチックな相手だ!」
「それって、ま、まさか……」
「うん、『灰姫レラ』という最高のライバルを、アオハルココロは手に入れたんだ」
河本くんの真剣な目は、冗談や大げさに言っているのではない。
「フリフリはこれからが大変だな。一応とは言えアオハルココロを倒したんだ、業界全体が注目するぜ。当然、灰姫レラを倒して名を上げようって奴や、嫉妬で足を引っ張ろうってろくでもねえ連中までご馳走を狙う蝿みたいに寄ってきやがる」
スミスさんの悪い顔に、桐子はようやくことの重大さが分かり、背筋が寒くなる。
「無理無理むりですぅうっ!」
「お姉ちゃんならいけるって! そんな雑魚なんて、ちぎっては投げちぎっては投げしちゃいなよ!」
「ちぎって投げられちゃう、クソザコは私の方なんです!」
アオハルココロちゃんと戦った時の勇気も威勢もどこかへ行ってしまい、桐子はジタバタと弱気に足掻く。
「大丈夫、僕がプロデュースするから」
「河本くんは……本当にいいんですか? 迷惑じゃないんですか?」
「たとえ世界中のVチューバーを敵に回しても、灰姫レラと一緒に戦うよ」
まっすぐな河本くんの瞳は、その言葉が誇張でもなんでも無いと雄弁に示している。
そんな目で見られたら、身体の震えは収まってしまう。
心の奥から熱い想いが溢れてしまう。
「……わ、私も続けたいです! 河本くんとVチューバー『灰姫レラ』を!」
これは
【私が憧れを越えていく物語】
####################################
応援して頂いた皆さんのお陰で、
なんとか最後まで書ききる事が出来ました。
当初はもう少しコンパクトな物語の予定でしたが、
どんどん増えていってしまいました。
それでも『灰姫レラ』の物語に、
お付き合いありがとうございました。
それではまた――
……おや?
香辻さんが配信を切り忘れているようですね。
よかったら#06?(エクステンド)も御覧ください。
お手数かと存じますが、
サイトに登録しての『お気に入り』や『いいね』『感想』等を是非お願いします!
今後の継続のためにもご協力をお願いいたしますm(_ _)m
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涙と鼻水、それに汗でびっしょりだったけれど、不思議と疲れていない。
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ぼーっとしていると紅葉が全力のタックル気味に抱きついてきた。モーションキャプチャースーツ同士がぶつかってカチャカチャと音を立てる。
紅葉が演出で登場した偽ハルココロを演じていた。
「よくやった、フリフリ! あいつに一泡吹かせてやったぜ!」
スミスさんは上機嫌にエレキギターをジャカジャカとかき鳴らす。冒頭のシンセサイザーやエレキギターはスミスさんの生演奏だからこその、繊細さや迫力だった。
「おめでとう、香辻さん」
優しい声で言って河本くんはタオルとペットボトルを差し出す。各種エフェクトや一部モデルの操作などなど、河本くんがパフォーマンスの屋台骨を支えてくれた。
受け取ったタオルでぐしょぐしょの顔を拭いて、ペットボトルの水をごくごくと飲む。
「か、勝っちゃいました」
緊張が解けたからなのか、あらためて湧き上がってきた感情に手が震えてしまう。
「うん、灰姫レラが勝ったね」
笑顔でうなずく河本くんの横で、スミスさんがニッと不敵に笑う。
「ま、相手が万全じゃなかったけど、勝ちは勝ちだな」
「えっ、ええっ?! アオハルココロちゃん、怪我してたんですか?!」
話している時もパフォーマンス中も、桐子にはアオハルココロちゃんが不調には見えなかった。
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桐子にはいい曲に聞こえたけれど、本職の人には分かってしまうようだ。
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言いながら桐子は目で河本くんの表情を追っていた。
(河本くんを手に入れるためにアオハルココロちゃんは――)
「大丈夫」
桐子の心配が通じてしまったかのように、河本くんは笑った。
「アオハルココロはしたたかだよ。勝負の結果は、彼女にとってオマケみたいなもの」
「え、オマケ?」
激闘を繰り広げた桐子からすると拍子抜けする言葉だった。
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河本くんの言葉にスミスさんと紅葉がなるほどと頷く。
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「大丈夫、僕がプロデュースするから」
「河本くんは……本当にいいんですか? 迷惑じゃないんですか?」
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まっすぐな河本くんの瞳は、その言葉が誇張でもなんでも無いと雄弁に示している。
そんな目で見られたら、身体の震えは収まってしまう。
心の奥から熱い想いが溢れてしまう。
「……わ、私も続けたいです! 河本くんとVチューバー『灰姫レラ』を!」
これは
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応援して頂いた皆さんのお陰で、
なんとか最後まで書ききる事が出来ました。
当初はもう少しコンパクトな物語の予定でしたが、
どんどん増えていってしまいました。
それでも『灰姫レラ』の物語に、
お付き合いありがとうございました。
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