#08【デビュー】マナミがやってきたぞっ (4)
文字数 5,989文字
【前回までのあらすじ】
初めての動画をアップしたナイトテール。
感化された桐子は、
先輩として彼女の前で配信を決意する。
果たして先輩の威厳を見せられるのか?
####################################
ツイッターで定期配信の告知をした桐子はさっそく準備を始めた。
今回はウェブカメラを一台だけ使って自宅と同じ条件で配信することにした。スタジオの設備を使えばフルトラッキングで全身を動かせるけれど、それでは夜川さんの参考にならない。フェイストラッキングだけでも色々と出来るんだと彼女に見せたかった。
「香辻さん、さすがの手際だねー。もう画像ができちゃった」
サムネイルづくりを横で見学していた夜川さんが感嘆の声を漏らす。
「いくつかテンプレを用意してあるんです。そこにタイトルを入れて、灰姫レラの画像とフリーのイラスト素材を貼り付ければ、かなり形になりますから」
「でも、まだ20分も経ってないよ」
スマホの時計を確認した夜川さんが、やっぱり凄いと頷く。
「な、慣れているので! それに配信動画のサムネイルは後から変更できるから、失敗しても大丈夫という安心感があります」
桐子の言葉に、二人を見守っていた河本くんが説明を付け足す。
「サムネイルとタイトルは、初めて見てくれる人に向けたわかり易さを意識するといいよ。ファンになってくれた人は『すでにわかっている人』だけれど、初見さんにとってはサムネイルとタイトルだけが頼りだからね」
河本くんの説明は桐子も理解しているのだけれど、つまらないサムネイルじゃないかと不安になってネタに走ったりして訳がわからない事になりがちだ。今回は夜川さんに向けてということで、中心に灰姫レラを配置して、一言を入れるだけのシンプル感強めのサムネイルを作った。
「最後にストリームキーを設定して、準備完了です」
各種の設定を終え、配信の待機画面を開くと、急な告知にも関わらず30人以上もの人たちが来てくれていた。コメントでも〈待機〉や〈定期〉など軽いコメントでリスナー同士が緩やかに繋がっている。
「あたしもいるよー!」
そう言った夜川さんが配信内で〈灰姫レラちゃんみてるよー!〉とコメントする。作ったばかりのナイトテールのアカウントなので、まだ関係者のマークがついていなかった。
「あっ、今すぐにスパナ付けますっ!」
桐子が慌ててマウスを動かしている間にも、視聴者の1人がナイトテールの存在に気づく。
〈ナイトテールおるやんけ!〉
〈ナイトテールもようみとる〉
〈誰?〉
〈新人さんでレラちゃんの娘〉
〈チャンネルとツイッターあるよ〉
コメント欄が配信前から盛り上がりを見せていた。それなら丁度いいと、桐子は概要欄にナイトテールのチャンネルとツイッターのURLをさくっと追加し配信者権限でコメントする。
〈ナイトテールちゃんのチャンネル、概要欄に書いたので良かったら登録してください〉
〈了〉
〈はーい〉
〈紹介たすかる〉
〈ばっちり登録済み!〉
反応は上々のようで、桐子は配信前だと言うのに肩の力が少し抜けてしまう。これではいけないと桐子が背筋を伸ばしていると、
「ありがとー、香辻さん! 何から何までお世話になっちゃって!」
「いえ、当然といいますか……ど、どういたしましてです!」
さらにリアルの方で夜川さんに感謝されて、またでれっと頬が溶けてしまいそうになる。
「香辻さん、リスナーさんが待ってるよ」
「は、はい!」
河本くんの声に背中を突かれた桐子は焦って配信開始ボタンを押してしまう。
普段のオープニングも無く突然始まる配信。コメント欄はいつものことだと落ち着いているが、当事者である桐子は一瞬頭の中が真っ白になってしまう。。
「あっ……えっと、ボンジュール! 定期配信はじめます! あの、まずは、せ、宣伝的なことがありまして――」
〈始まった?〉
〈声出てない〉
〈ノルマクリア〉
〈ミュート芸たすかる〉
コメント欄の加速具合から、いつもの無音配信だと気づいた桐子は『極めて冷静』にミュートを解除する。
「すみませんっ! これで聞こえてますか?」
ちらりとイヤホンでモニタリングしている河本くんの方を見ると、大丈夫と親指を立てていた。夜川さんも応援するように両手をグッと握っている。恥ずかしいミスだけれど、先輩としてはこれぐらいで落ち込んでいらない。
「それでは気を取り直して……ボンジュール! 定期配信へようこそ!」
先輩の威厳と手本を夜川さんに見せるべく、できるだけ元気よく挨拶から入っていく。楽しさとその雰囲気を提供するのがまず一番だ。ミュートしていた失敗を誤魔化す意図なんてこれっぽっちもない。
「まずはお知らせがあります! 待機中のコメントでもちょっと触れたのですが……なんと、新しいVチューバーさんのデビューを私がお手伝いをしました!」
桐子が描いたデザイン画を配信画面に映し出す。
「彼女はナイトテールちゃん。自己紹介の動画がチャンネルにアップされてるので、是非見てください! あ、概要欄にリンク貼ってありますのでそこから、お願いします!」
画面の中で灰姫レラがペコペコ頭を下げていると、コメント欄に本人が現れる。
〈あたしがナイトテールだよー、よろしくねー〉
500人ほどに増えていた視聴者たちは、餌が投げ込まれた池の鯉のようにコメントへ即座に反応する。
〈よろしくねー〉
〈本人おるやんけ〉
〈いいね!〉
〈あとで見に行くね〉
〈かわいいー〉
桐子から見えているコメントはかなり好意的だ。『娘』が褒められるのが嬉しくて、灰姫レラもニヤけてしまっていた。
「それで、先輩としてナイトテールちゃんの紹介をしようかと。あ、あと……お手本になったりなんかして……」
声が小さくなってしまう
「そんな邪な理由があったので、特別な企画の準備はないです」
「あははっ、正直すぎー」
横で聞いていた夜川さんが思いっきり吹き出してしまう。その声が配信に乗らなかったかと少し心配になりつつ、桐子は話を続けていく。
「今日はリスナーさんから頂いたお便りに答えて行きたいと思います! 企画に困った時のマシュマロです!」
夜川さんの「マシュマロって?」という質問に、河本くんが「WEB上で匿名でメッセージを書き込める場所があって、それを使って視聴者が配信者にメッセージを送ったりするんだ」と説明していた。
「いまマシュマロを送ってくれても大丈夫です! コメント欄からも拾っていくかもです!」
告知しながらマシュマロのサイトを開いて、よさそうなメッセージを配信画面に映していく。
「まずはこの質問からです。えーっと、『いつも配信を楽しく拝見しています。私もゲーム実況とかしてみたいのですが、どんなマイクを買ったらいいか分かりません。よかったら教えてください』、ということですね。えっと、まずはマショマロありがとうございます」
ペコリと頭を下げる灰姫レラ。チャンネル登録数が増えたからか、有り難いことに灰姫レラを頼ってくれるマシュマロも貰えるようになっていた。
「そうですねー、マイクっていっぱい種類があって迷いますよね。お値段も数千円からウン十万円まで、予算内でも選びきれないぐらい。私も買ってから失敗したなーって思ったり、不注意で壊したりと色々とやらかしてきました……ある意味、歴戦の勇者です!」
見た目は硬そうなマイクでもきちんと扱わないと簡単に壊れてしまう。
「パソコンで配信するマイクなら、USB接続のものを買いましょう。えっとですね、ピンで接続するタイプのマイクはパソコン環境に左右されちゃうんです。私も最初は家にあった普通のマイクを使ってみたら、パソコンとの相性が悪かったみたいで、ジーーーーってノイズがずっと乗っちゃうような状態でした。USB接続に変えたら無くなりましたね」
ノイズの原因がわからず半泣きになりながらネットで情報を集めた経験が、まさか役に立つ日が来るとは思ってもいなかった。
「入門用なら3000円~5000円ぐらいのコンデンサマイクがいいと思います。自分の声がハッキリと聞こえるのを体感すると、意外とテンション上がると思います!」
スマホで録音した声とは明らかに音質が違うので、桐子も最初はマイクの性能に驚いた。
「ただコンデンサマイクは壊れやすいから、注意が必要ですね。雑に扱うと、『えっ、そんなことで?』ってぐらい簡単に壊れます。ちなみに私はすでに2台もダメにしました……」
一台は配信中に壊してしまい焦りまくった醜態がアーカイブにある。正直消したかったけれど、戒めとして残していた。
「あと忘れがちなのが、マイクスタンドです! マイクはそれほどハズレはないと思いますが、マイクスタンドの方は電気屋さんとかで実物を触ったほうがいいですね。自分の机周りの状況と合わせて、選びましょう!」
ちなみにマイクのアドバイスは桐子の自宅をもとにしていた。スタジオは河本くんが構築した配信環境なので、専門的で値段的にもお高めだ。
「次のマシュマロは……そうですね、マイク関連ということでコレで。『レラちゃんは、ASMR配信しないの?』。この質問は結構来てましたね」
桐子が質問を読んでいる裏では、河本くんが夜川さんにASMRについて「雨音や囁き声とか、気持ちよく感じる音のことだよ」と説明していた。
「えっと、私にセクシー的なものを期待されても……その、恥ずかしいですし……そもそも需要なんてあります?」
〈ある!〉
〈ASMR助かる〉
〈お願いします!〉
〈聞きたい!!!!!!!〉
〈全裸待機します!〉
〈たのむぅうううううう!!!!!〉
ペットボトルからメントスコーラが吹き出したかのようなコメントの洪水に、桐子は思わず身構えてしまう。
「あ、あ、えっと……だ、だったら、その深夜に……こっそりやるかも……です。ハイ、次です次っ!」
フェイストラッキング越しでも顔の火照りが伝わってしまうのではないかと怯えて、桐子はさっさと新しい質問を読み始める。
「『たくさんのVチューバーさんがマインクラフトをプレイしていますが、灰姫レラさんはしないんですか? コラボとか見てみたいです』 コラボするVの友達がいません、はい次! 『ぼっち系Vチューバーとして有名な灰姫レラさんですが、イベント出演のご予定などは』、ありません! はい、次は――」
灰姫レラとして矢継ぎ早に答えていく。夜川さんの参考になればと始めたけれど、結局は配信への意識でいっぱいっぱいになってしまっていた。
特にトラブルもないとマシュマロ雑談でもあっという間に時間が過ぎてしまう。
ちらりと時間を確認すると一時間ほど経っていた。夜川さんは河本くんと何やら話している。
(私の話がつまらなくて飽きちゃったかな……最低限のことが伝えられたのなら、もう配信を終わらせても――)
そんな事を考えていると、話し終えた夜川さんが桐子に向かって両手を振る。
「この後あたしも配信するねー」
「えっ、ええええええっ?!」
思わず漏らした驚きの声が配信に乗ってしまうが、取り繕う余裕もない。河本くんに「嘘でしょ?」と目で尋ねると、帰ってきのは『宣伝して』のカンペだった。
(本当に大丈夫かな?)
大声の後にトークが突然途切れてしまったことで、コメント欄にトラブルを心配する声が上がっていた。
「あっ、マイク壊してませんから! えっと、突然の連絡がありまして……告知があります!」
ざわつくコメント欄が〈CDデビュー〉や〈グッズ化〉などの予想で埋まる。
(言っちゃっていいの?)
目で問いかけると夜川さんは力強くうなずいていた。
「えっと、ですね、この後すぐにナイトテールちゃんが初配信をするそうです」
〈おおおおおおお!〉
〈やったー! 早く生で見たかった!〉
〈見たい見たい!〉
〈いいね〉
〈緊急告知助かる〉
〈以外に早いけど楽しみ!〉
〈デビュー初配信とても期待してます!!〉
桐子の心配とは裏腹にコメント欄は期待度MAXと言わんばかりに沸き立っていた。
「お時間のある人はぜひぜひっ! 見てあげてください! それじゃ、おつデレラ~」
別れの挨拶の間にも、コメント欄にはナイトテールの配信を見るという発言がいくつもある。桐子は安堵の息を配信に残して、配信を終わらせた。
「香辻さん、すごかったよー! 本物の灰姫レラがいるってなったもん!」
テンションの上がっている夜川さんは二次元と三次元の境界を確かめるように、桐子の腕に触ってくる。ボディタッチに慣れていない桐子は、距離の近さにオロオロしてしまう。
「あ、う、その、それよりっ! これからナイトテールの配信するって、大丈夫ですか? 動画の撮影とはまたプレッシャーが違いますけど……」
「へっきへっき~。生の灰姫レラちゃん配信見てさ、テンションがっつり上がっちゃったから、これはもうやるしかないよねー!」
両手でマッスルポーズをとってみせる夜川さん。
(やる気があるのはいいけど、それが空回りしちゃったり……初配信はやっぱりいい思い出になって欲しいけど……)
暴走してあとで後悔するを繰り返してきた桐子は、配信という戦場にたいした準備もなく飛び込んでいく夜川さんが心配でならなかった。
####################################
テンションの上がった夜川さんが、
突発で生配信をすることに!
桐子の心配をよそに夜川さんはやる気満々。
果たしてうまくいくのか?!
サイトへの登録のお手数をお掛けしますが、
継続のためにも『お気に入り』や『いいね』『感想』等の評価でご協力をよろしくお願いします!
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初めての動画をアップしたナイトテール。
感化された桐子は、
先輩として彼女の前で配信を決意する。
果たして先輩の威厳を見せられるのか?
####################################
ツイッターで定期配信の告知をした桐子はさっそく準備を始めた。
今回はウェブカメラを一台だけ使って自宅と同じ条件で配信することにした。スタジオの設備を使えばフルトラッキングで全身を動かせるけれど、それでは夜川さんの参考にならない。フェイストラッキングだけでも色々と出来るんだと彼女に見せたかった。
「香辻さん、さすがの手際だねー。もう画像ができちゃった」
サムネイルづくりを横で見学していた夜川さんが感嘆の声を漏らす。
「いくつかテンプレを用意してあるんです。そこにタイトルを入れて、灰姫レラの画像とフリーのイラスト素材を貼り付ければ、かなり形になりますから」
「でも、まだ20分も経ってないよ」
スマホの時計を確認した夜川さんが、やっぱり凄いと頷く。
「な、慣れているので! それに配信動画のサムネイルは後から変更できるから、失敗しても大丈夫という安心感があります」
桐子の言葉に、二人を見守っていた河本くんが説明を付け足す。
「サムネイルとタイトルは、初めて見てくれる人に向けたわかり易さを意識するといいよ。ファンになってくれた人は『すでにわかっている人』だけれど、初見さんにとってはサムネイルとタイトルだけが頼りだからね」
河本くんの説明は桐子も理解しているのだけれど、つまらないサムネイルじゃないかと不安になってネタに走ったりして訳がわからない事になりがちだ。今回は夜川さんに向けてということで、中心に灰姫レラを配置して、一言を入れるだけのシンプル感強めのサムネイルを作った。
「最後にストリームキーを設定して、準備完了です」
各種の設定を終え、配信の待機画面を開くと、急な告知にも関わらず30人以上もの人たちが来てくれていた。コメントでも〈待機〉や〈定期〉など軽いコメントでリスナー同士が緩やかに繋がっている。
「あたしもいるよー!」
そう言った夜川さんが配信内で〈灰姫レラちゃんみてるよー!〉とコメントする。作ったばかりのナイトテールのアカウントなので、まだ関係者のマークがついていなかった。
「あっ、今すぐにスパナ付けますっ!」
桐子が慌ててマウスを動かしている間にも、視聴者の1人がナイトテールの存在に気づく。
〈ナイトテールおるやんけ!〉
〈ナイトテールもようみとる〉
〈誰?〉
〈新人さんでレラちゃんの娘〉
〈チャンネルとツイッターあるよ〉
コメント欄が配信前から盛り上がりを見せていた。それなら丁度いいと、桐子は概要欄にナイトテールのチャンネルとツイッターのURLをさくっと追加し配信者権限でコメントする。
〈ナイトテールちゃんのチャンネル、概要欄に書いたので良かったら登録してください〉
〈了〉
〈はーい〉
〈紹介たすかる〉
〈ばっちり登録済み!〉
反応は上々のようで、桐子は配信前だと言うのに肩の力が少し抜けてしまう。これではいけないと桐子が背筋を伸ばしていると、
「ありがとー、香辻さん! 何から何までお世話になっちゃって!」
「いえ、当然といいますか……ど、どういたしましてです!」
さらにリアルの方で夜川さんに感謝されて、またでれっと頬が溶けてしまいそうになる。
「香辻さん、リスナーさんが待ってるよ」
「は、はい!」
河本くんの声に背中を突かれた桐子は焦って配信開始ボタンを押してしまう。
普段のオープニングも無く突然始まる配信。コメント欄はいつものことだと落ち着いているが、当事者である桐子は一瞬頭の中が真っ白になってしまう。。
「あっ……えっと、ボンジュール! 定期配信はじめます! あの、まずは、せ、宣伝的なことがありまして――」
〈始まった?〉
〈声出てない〉
〈ノルマクリア〉
〈ミュート芸たすかる〉
コメント欄の加速具合から、いつもの無音配信だと気づいた桐子は『極めて冷静』にミュートを解除する。
「すみませんっ! これで聞こえてますか?」
ちらりとイヤホンでモニタリングしている河本くんの方を見ると、大丈夫と親指を立てていた。夜川さんも応援するように両手をグッと握っている。恥ずかしいミスだけれど、先輩としてはこれぐらいで落ち込んでいらない。
「それでは気を取り直して……ボンジュール! 定期配信へようこそ!」
先輩の威厳と手本を夜川さんに見せるべく、できるだけ元気よく挨拶から入っていく。楽しさとその雰囲気を提供するのがまず一番だ。ミュートしていた失敗を誤魔化す意図なんてこれっぽっちもない。
「まずはお知らせがあります! 待機中のコメントでもちょっと触れたのですが……なんと、新しいVチューバーさんのデビューを私がお手伝いをしました!」
桐子が描いたデザイン画を配信画面に映し出す。
「彼女はナイトテールちゃん。自己紹介の動画がチャンネルにアップされてるので、是非見てください! あ、概要欄にリンク貼ってありますのでそこから、お願いします!」
画面の中で灰姫レラがペコペコ頭を下げていると、コメント欄に本人が現れる。
〈あたしがナイトテールだよー、よろしくねー〉
500人ほどに増えていた視聴者たちは、餌が投げ込まれた池の鯉のようにコメントへ即座に反応する。
〈よろしくねー〉
〈本人おるやんけ〉
〈いいね!〉
〈あとで見に行くね〉
〈かわいいー〉
桐子から見えているコメントはかなり好意的だ。『娘』が褒められるのが嬉しくて、灰姫レラもニヤけてしまっていた。
「それで、先輩としてナイトテールちゃんの紹介をしようかと。あ、あと……お手本になったりなんかして……」
声が小さくなってしまう
「そんな邪な理由があったので、特別な企画の準備はないです」
「あははっ、正直すぎー」
横で聞いていた夜川さんが思いっきり吹き出してしまう。その声が配信に乗らなかったかと少し心配になりつつ、桐子は話を続けていく。
「今日はリスナーさんから頂いたお便りに答えて行きたいと思います! 企画に困った時のマシュマロです!」
夜川さんの「マシュマロって?」という質問に、河本くんが「WEB上で匿名でメッセージを書き込める場所があって、それを使って視聴者が配信者にメッセージを送ったりするんだ」と説明していた。
「いまマシュマロを送ってくれても大丈夫です! コメント欄からも拾っていくかもです!」
告知しながらマシュマロのサイトを開いて、よさそうなメッセージを配信画面に映していく。
「まずはこの質問からです。えーっと、『いつも配信を楽しく拝見しています。私もゲーム実況とかしてみたいのですが、どんなマイクを買ったらいいか分かりません。よかったら教えてください』、ということですね。えっと、まずはマショマロありがとうございます」
ペコリと頭を下げる灰姫レラ。チャンネル登録数が増えたからか、有り難いことに灰姫レラを頼ってくれるマシュマロも貰えるようになっていた。
「そうですねー、マイクっていっぱい種類があって迷いますよね。お値段も数千円からウン十万円まで、予算内でも選びきれないぐらい。私も買ってから失敗したなーって思ったり、不注意で壊したりと色々とやらかしてきました……ある意味、歴戦の勇者です!」
見た目は硬そうなマイクでもきちんと扱わないと簡単に壊れてしまう。
「パソコンで配信するマイクなら、USB接続のものを買いましょう。えっとですね、ピンで接続するタイプのマイクはパソコン環境に左右されちゃうんです。私も最初は家にあった普通のマイクを使ってみたら、パソコンとの相性が悪かったみたいで、ジーーーーってノイズがずっと乗っちゃうような状態でした。USB接続に変えたら無くなりましたね」
ノイズの原因がわからず半泣きになりながらネットで情報を集めた経験が、まさか役に立つ日が来るとは思ってもいなかった。
「入門用なら3000円~5000円ぐらいのコンデンサマイクがいいと思います。自分の声がハッキリと聞こえるのを体感すると、意外とテンション上がると思います!」
スマホで録音した声とは明らかに音質が違うので、桐子も最初はマイクの性能に驚いた。
「ただコンデンサマイクは壊れやすいから、注意が必要ですね。雑に扱うと、『えっ、そんなことで?』ってぐらい簡単に壊れます。ちなみに私はすでに2台もダメにしました……」
一台は配信中に壊してしまい焦りまくった醜態がアーカイブにある。正直消したかったけれど、戒めとして残していた。
「あと忘れがちなのが、マイクスタンドです! マイクはそれほどハズレはないと思いますが、マイクスタンドの方は電気屋さんとかで実物を触ったほうがいいですね。自分の机周りの状況と合わせて、選びましょう!」
ちなみにマイクのアドバイスは桐子の自宅をもとにしていた。スタジオは河本くんが構築した配信環境なので、専門的で値段的にもお高めだ。
「次のマシュマロは……そうですね、マイク関連ということでコレで。『レラちゃんは、ASMR配信しないの?』。この質問は結構来てましたね」
桐子が質問を読んでいる裏では、河本くんが夜川さんにASMRについて「雨音や囁き声とか、気持ちよく感じる音のことだよ」と説明していた。
「えっと、私にセクシー的なものを期待されても……その、恥ずかしいですし……そもそも需要なんてあります?」
〈ある!〉
〈ASMR助かる〉
〈お願いします!〉
〈聞きたい!!!!!!!〉
〈全裸待機します!〉
〈たのむぅうううううう!!!!!〉
ペットボトルからメントスコーラが吹き出したかのようなコメントの洪水に、桐子は思わず身構えてしまう。
「あ、あ、えっと……だ、だったら、その深夜に……こっそりやるかも……です。ハイ、次です次っ!」
フェイストラッキング越しでも顔の火照りが伝わってしまうのではないかと怯えて、桐子はさっさと新しい質問を読み始める。
「『たくさんのVチューバーさんがマインクラフトをプレイしていますが、灰姫レラさんはしないんですか? コラボとか見てみたいです』 コラボするVの友達がいません、はい次! 『ぼっち系Vチューバーとして有名な灰姫レラさんですが、イベント出演のご予定などは』、ありません! はい、次は――」
灰姫レラとして矢継ぎ早に答えていく。夜川さんの参考になればと始めたけれど、結局は配信への意識でいっぱいっぱいになってしまっていた。
特にトラブルもないとマシュマロ雑談でもあっという間に時間が過ぎてしまう。
ちらりと時間を確認すると一時間ほど経っていた。夜川さんは河本くんと何やら話している。
(私の話がつまらなくて飽きちゃったかな……最低限のことが伝えられたのなら、もう配信を終わらせても――)
そんな事を考えていると、話し終えた夜川さんが桐子に向かって両手を振る。
「この後あたしも配信するねー」
「えっ、ええええええっ?!」
思わず漏らした驚きの声が配信に乗ってしまうが、取り繕う余裕もない。河本くんに「嘘でしょ?」と目で尋ねると、帰ってきのは『宣伝して』のカンペだった。
(本当に大丈夫かな?)
大声の後にトークが突然途切れてしまったことで、コメント欄にトラブルを心配する声が上がっていた。
「あっ、マイク壊してませんから! えっと、突然の連絡がありまして……告知があります!」
ざわつくコメント欄が〈CDデビュー〉や〈グッズ化〉などの予想で埋まる。
(言っちゃっていいの?)
目で問いかけると夜川さんは力強くうなずいていた。
「えっと、ですね、この後すぐにナイトテールちゃんが初配信をするそうです」
〈おおおおおおお!〉
〈やったー! 早く生で見たかった!〉
〈見たい見たい!〉
〈いいね〉
〈緊急告知助かる〉
〈以外に早いけど楽しみ!〉
〈デビュー初配信とても期待してます!!〉
桐子の心配とは裏腹にコメント欄は期待度MAXと言わんばかりに沸き立っていた。
「お時間のある人はぜひぜひっ! 見てあげてください! それじゃ、おつデレラ~」
別れの挨拶の間にも、コメント欄にはナイトテールの配信を見るという発言がいくつもある。桐子は安堵の息を配信に残して、配信を終わらせた。
「香辻さん、すごかったよー! 本物の灰姫レラがいるってなったもん!」
テンションの上がっている夜川さんは二次元と三次元の境界を確かめるように、桐子の腕に触ってくる。ボディタッチに慣れていない桐子は、距離の近さにオロオロしてしまう。
「あ、う、その、それよりっ! これからナイトテールの配信するって、大丈夫ですか? 動画の撮影とはまたプレッシャーが違いますけど……」
「へっきへっき~。生の灰姫レラちゃん配信見てさ、テンションがっつり上がっちゃったから、これはもうやるしかないよねー!」
両手でマッスルポーズをとってみせる夜川さん。
(やる気があるのはいいけど、それが空回りしちゃったり……初配信はやっぱりいい思い出になって欲しいけど……)
暴走してあとで後悔するを繰り返してきた桐子は、配信という戦場にたいした準備もなく飛び込んでいく夜川さんが心配でならなかった。
####################################
テンションの上がった夜川さんが、
突発で生配信をすることに!
桐子の心配をよそに夜川さんはやる気満々。
果たしてうまくいくのか?!
サイトへの登録のお手数をお掛けしますが、
継続のためにも『お気に入り』や『いいね』『感想』等の評価でご協力をよろしくお願いします!
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連絡先 takahashi.left@gmail.com
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