#08【デビュー】マナミがやってきたぞっ (3)
文字数 11,037文字
【前回までのあらすじ】
夜川さんのVチューバーとして活動していくキャラクター、
『ナイトテール』がついに完成する。
そして、次は初めての――
####################################
「名前も決まったし、次は自己紹介動画を撮ってみようか」
「えっ、もうですか?」
しれっと言った河本くんに、桐子は思わず聞き返す。今日は『ナイトテール』のお披露目と練習だけだと思っていたからだ。
「鉄は熱いうちに打てだよ」
「うんうん、テンション高いうちにチャレンジしないとね!」
夜川さんもノリノリで指を振っていた。
「最初は3分から5分ぐらいの短い動画がいいよ。10分を越えると見てもらうハードルがぐんと上がるからね。かといって短すぎると、今度はネタ感が強くなる」
「ティックトックみたいに?」
自分で使ったことがあるのか、夜川さんは短い動画専用の投稿アプリを例に上げる。『陽キャ』で『パリピ』なイメージしか無いので、もちろん桐子はスマホにダウンロードすらしたことがない。
「一発ネタで見せない極短い動画って、かなりハードルが高いからね。何を魅せるかはもちろん、編集のセンスもいる。例えばユーチューブを見てると広告が流れるでしょ」
「うん、変なコスメとか微妙なMVのやつあるねー。すぐにスキップしちゃうけど」
「そういうこと、あれって冒頭の3秒~6秒程度で視聴者の興味を惹かないと意味がない。動画自体が短くて手軽に見れたとしても、視聴者にくだらないと思われたらそれで全て終わり。次はもう無い」
「諸行無常だねー」
夜川さんは楽しそうに聞いているけれど、桐子は自分の事を言われているようで落ち着かなかった。【10分で分かる灰姫レラ】など、数は多くないけれど短い動画を上げている。どれだけの人たちが冒頭の数秒だけを見て去っていったのだろうか。そう考え出すと口の中が乾いていくような感覚に襲われてしまう。
「3分はVチューバーとしてのキャラを視聴者に多少は掴んでもらえるギリギリのラインだね。それから続きを見てもらえるかどうかは、視聴者の好み次第だから」
「人間同士、合う合わないってあるから仕方ないよね」
頷く夜川さんが、桐子には意外に思えた。学校では河本くんぐらいとしか話さない桐子とは違い、夜川さんはクラスメイトはもちろん先輩や先生とも仲良くしている。夜川さんと合わない人間がいるなんて思えなかった。
「撮りながらツールの使い方も説明しようか?」
「いいねー、実践で覚えるの割と得意だよ」
夜川さんは怖気づかないどころか任せろとばかりに前のめりなので、桐子の方が心配になってしまう。
「それじゃあ、台本を作りましょうか」
桐子がノートを広げようとすると、それを夜川さんがやんわりと手で制した。
「面倒だし、とりあえずぶっつけ本番でいいかな。自己紹介は慣れてるからねー」
「そ、そうですか……」
自己紹介といえば桐子のようなクソザコメンタル人間にとってはレベル1でドラゴンと遭遇するような恐怖だけれど、社交的な夜川さんにとっては日常の一部なのだろうか。
「今回使うのはOBS。色々なサイトで配信ができるパソコンのフリーソフトだよ」
河本くんはノートパソコンにすでにインストールしてあるソフトを起動する。黒バックとメーターで構成されたウィンドウが表示される。
「配信って? ユーチューブに録画するってこと?」
「OBS単体で映像を作って、パソコンに録画することも出来るんだ。設定や操作も配信とほぼ同じだから練習にもなる。だから自分で配信ソフトの操作もするなら、絶対に一度は紹介動画を録画で作っておいた方が良いよ」
河本くんのアドバイスに、桐子は全身全霊で頷く。
「勢いだけで配信始めちゃうと、ソフトの設定がダメダメだったり、操作でわたわたしちゃったり、大失敗しちゃいますから! 予行練習大事です!」
「うんうん、灰姫レラちゃんの初配信アーカイブで見たけど、めっちゃワチャワチャしてたよねー」
「み、見ちゃったんですか、アレを?!」
「アレはアレで可愛かったけどー」
「反面教師です! 初配信でやっちゃいけないことの見本市ですから! 忘れてください~」
唇をプルプルと震わせる桐子の口からは、先輩の威厳が欠片もない情けない声が漏れていた。
「夜川さんはそうならないように、基本操作を覚えていこうか」
「はーい、河本せんせぇー」
子供っぽく言って夜川さんは背筋をピンと伸ばす。そして、マウスパッドに人差し指を乗せた所でピタリと動きを止めた。
「まずは左に〈シーン〉って項目があるよね?」
「うん、せんせぇ」
「この〈シーン〉というのが1つの撮影スタジオだと思ってください。シーンを切り替えると別のスタジオになります。とりあえず実際に切り替えてみてください」
「えっとサンプルを押せばいいんだよね? あっ、灰姫レラちゃんだ!」
切り替えると河本くんが事前に準備していた灰姫レラが配信で使っている画面が現れる。
「トーク番組、ゲーム番組、撮影するスタジオごとにセットを用意して撮影するよね。それと同じで、配信の内容ごとに〈シーン〉を準備するんだ」
同じシーン(スタジオ)ばかり使いまわしていると、他の配信で使っていた素材が残っていたりとミスのもとだ。桐子はそれで何度も失敗していた。
「横にある〈ソース〉で、カメラや背景セット、音楽、そして出演者をスタジオに配置する。サンプルの中に色々なソースがあるでしょ」
「うん、灰姫レラとかBGMとか色々書いてあるねー」
「横にある瞳のマークでオンとオフが切り替えられて、画像なんかはドラッグで画面内の配置を変えられる」
「おー、本当だー。Vチューバーさんが配信でこうやって自分の身体を動かしてるの見たことある」
夜川さんは灰姫レラの画像を上下に動かし、歩いているように見せる。
「これはトークの配置だけど、もちろんゲームやブラウザの画面をソースに設定すれば映せるよ。さてと説明聞いてるだけじゃ、身につかないから実際に自己紹介用のシーン(スタジオ)を設定してみようか」
「実践だね、腕が鳴る鳴る♪」
待ってましたと夜川さんは目を輝かせる。
「まずは背景セットから設定しようか。イチから描くのは大変だからフリー素材を利用するけどいいかな?」
「うん、そうする」
「[フリー素材 背景]とかで検索すれば沢山でてくるから探してみようか」
河本くんのアドバイスを受けながら、夜川さんは背景に使える画像を探していく。キーボード入力に多少苦戦していたけれど、サイトを巡るうちに良さそうなイラストを見つけられたようだ。
「この裏路地っぽいの背景にいいねー」
「うん、僕もナイトテールのキャラにも合ってると思うよ。でも、ダウンロードする前に、サイトの規約をちゃんと確認しておこうね。利用範囲や条件が書いてあるからきちんと守ろう」
「はーい」
「あともう一つ。配信で使用した素材については、動画の中かサムネイルに表記しておこう。たとえ利用規約で表記が求めらていなくても、僕は書いたほうがいいと思う。利便性とかあるけれど、一番は作った人への敬意だ」
「うん、わかった。忘れないようにメモっとくねー」
答えた夜川さんは、さっそくスマホのメモに書き込んでいた。
「それじゃ、この背景をダウンロードして、実際にOBSのソースに登録してみようか」
「この無料ダウンロードってとこ押せばいいんだよね?」
「フォルダを作って分かりやすいように管理した方がいいよ」
言われたとおりに背景画像を保存する夜川さん。肩の力が抜けたのか、パソコン操作もスムーズになってきている。
「OBSのソースの所にある、十字ボタンをクリックして〈画像〉を選択する。ここで名前を付けるんだけど、分かりやすく裏路地の背景って名前にしようか」
「うんと……これで〈参照〉のところからダウンロードしたやつを選べばいいんだよね……あっ、出てきた!」
背景が追加されるが、端が切れてしまっていた。
「位置が合ってないから、赤い枠を動かして調整しようか」
「こうかなー? あっ、でっかくなっちゃった!」
拡大しすぎた背景を見て夜川さんは声を出して笑った。
その後もBGMを探したり、動画にコメントを表示する方法を河本くんに教えてもらったり、マイクを接続したり、失敗を恐れず色々と試しながら夜川さんは設定を続けていった。
「2Dモデルを表示したら、コメントの時と同じ様に、右クリックの〈フィルタ〉を開いて、〈クロマキー〉を追加して……最後は色を抜いて合成しよう……うん、上手くできてる」
「これで完成かなー?」
裏路地を背景にバストショットのナイトテールが首をかしげる。
「オッケーだよ。後はこの録画開始ボタンを押せば始められるから――」
「うん、始めるねー」
河本くんの説明が終わっていないのに、夜川さんはもう待てないとばかりにボタンを押してしまう。桐子は「もう?!」という言葉を飲み込み、河本くんは慌ててマイクを夜川さんの口元に向ける。
スーッと息を吸った後、夜川さんのリップクリームで艶めく唇が開く。
「ちぃーす、新人Vチューバーのナイトテールだよー』
普通の夜川さんの声だった。
「なんか楽しそうなので、あたしもVチューバー始めることにしたのー。設定とかいまいち決めてないから、キャラブレブレでも見逃してね。あ、ネコミミ娘だから、そこは絶対厳守! みてみてー、尻尾可愛いっしょ!」
しっぽをフリフリしてみせるナイトテール。気負っているわけでもないし、滑舌も悪くない。ついさっきまで桐子や河本くんと話していた時の延長だった。
それがどれだけ普通ではないか、桐子はよく知っている。
「まずは自己紹介動画ってやつを撮って投稿することになったんだけど、なに知りたいのかなー? 年齢? 朝ごはんのメニュー? 最近見た映画? ライン? それともー、スリーサイズとか?」
ニシシと挑発的な表情に合わせて、しっぽがハートマークになる。狙って表情を出すのは慣れないうちは難しいはずなのに、ナイトテールはもう使いこなしている。
「アハハッ、初対面でスリーサイズはないよね。無難なとこで趣味とか語っちゃう? 普通だよ、ふつー。コスメでしょ、音楽でしょ、服でしょ、スイーツ系でしょ、あとスマホゲーもやるよー。JKっぽいのはだいたい抑えてるかな。マンガとかアニメも好きー。家にママが集めた少女漫画がいっぱいあるから、わりかし古いのもの知ってるかなー」
ナイトテールは全然噛まないし、つっかえることもない。それどころか、喋り方に適切な緩急があって、単語が耳に入ってきやすい。
「あと注意点が1つ! あたしネット知識がよわよわだからさ、困った時は教えてくれると嬉しいなー。ググれって言われてもさ、難しくない? だいたい検索の最初の方に出てくるサイト見ても、なんも解決しないよねー」
ちょっと怒ったような口調があまりにも可愛くて、桐子は押さえた口からブホッと息を漏らしてしまう。こんな風に言われたら、自分の作業を放り出しても手伝いに駆けつけずにはいられない。
「そんなわけだから、あたしの配信はお喋りメインかな。見てくれてる人と、他のVチューバーさんといっぱいお喋りしたいな。絶対楽しいもんねー。あ、もちろんゲームもやってみたいから、オススメあったら教えてよ」
ニカッと笑ったナイトテールは、耳をぴくっと動かし首をかしげる。
「あとはー、なに言おうとしてたんだっけ? あ! そうだ、大切なこと忘れてた!」
パチンと手を叩いた夜川さんは、桐子の方をちらりと見る。
「あたしのこのカワイイボディをデザインしてくれたママは、なんとあの灰姫レラちゃんでーす! みんな知ってるよねー、めっちゃ素敵な女の子だから、ぜっったいに配信とかアーカイブ見てね!」
何故か灰姫レラの宣伝を始めてしまうナイトテールに、桐子は慌てて両手を振る。
それを見て手を振り返す夜川さん。理由が分かっていないようだ。
「実はその灰姫レラちゃんが、横で見てくれてまーす」
桐子は急いで【自分の宣伝してください!】と書いたカンペを、無言で握りしめる。
「あー、自分の宣伝しなさいって灰姫レラちゃんに怒られちゃった。でも、ほんっっっとに灰姫レラちゃん見てねー!」
カンペを振り回す真っ赤な顔の桐子に向かって、夜川さんは微笑みかける。
「ってわけで、そろそろ自己紹介はいいかな。あたしにはおもしろ動画とか作る技術は無いからさ、生配信が主な活動になると思うよー。よかったら見に来てね~。もちろん録画でも見てくれると嬉しいよ~」
夜川さんはカメラに向かって手を振る。手の動きはキャプチャーされないけれど、ナイトテールが嬉しそうにツインテールごと身体を振る。
「それじゃー、バイバイ~、あっ! チャンネル登録と評価おねがいしまーす! やった! これ言いたかったんだよね。はい、これでホントにおしまいっ!」
薄い色のマニキュアを塗ったネイルの指先が動き、録画停止ボタンをクリックする。
「ふ~~……、あたしの初動画どうだったー? 普段よりちょっと早口になっちゃったけど大丈夫だった?」
振り向いた夜川さんは興味津々と目を輝かせ尋ねる。彼女の額には軽く走った後のような爽やさで玉の汗が浮かんでいた。
「は、はい! すごかったです! これが初動画だなんて思えないぐらい自然でした!」
「いえーい、香辻さんに褒められちゃったー」
夜川さんが挙げた手を桐子に近づけて来る。何事かと思って身構えていると「成功のハイターッチ!」と言われたので、桐子は下手な投球みたいなぎこちなさでそれに応え、ペチンと手を合わせた。
「河本くんの評価はどうかなー?」
話を振られた河本くんは少し考えてから答える。
「そうだね、堂々としててよかったと思うよ」
「ふっふー、やったね!」
上機嫌に鼻息を吹いた夜川さんは、画面の中のナイトテールにVサインを向けた。
「編集した方が見やすい部分もあるけど、ここは一発撮りのままキャプションをつけようか」
「キャプションって?」
「字幕のこと。普段の配信全部につけるのは大変だけど、短い動画には入れたほうがいいよ」
「なるほどー。ってことは自分の動画みて、喋ったことを文字にすればいいの?」
「本来はね。でも、僕が文字起こしを済ませてるから、それを編集ソフトでタイミングだけ合わせればOK」
そういえば撮影中も河本くんはパソコンに向かって、何か作業をしていた。キーボード入力に慣れていない夜川さんのために、次のステップを先回りしてくれていたのだ。
「編集も僕がやっちゃうから、ちょっと待っててね」
河本くんはノートPCに保存した動画データを、メインのデスクトップパソコンにコピーして作業を始める。
「あたしが編集しなくていいのー?」
「編集はどうしても時間がかかっちゃうから。でも、本格的に学びたいならまた今度教えるよ。ただし、動画編集は『沼』だからね」
「沼って、そんなにズブズブなのー?」
「動画編集って完成度を上げようと思ったらキリがない作業なんだ。凝りだすと泥沼にハマって、結局その動画が完成しなくなる。それだったら、台本をきっちり作って、撮影を繰り返したほうが配信者としての練習にもなるよ」
アドバイスに桐子も大いに同意して頷く。
「私が初めて作った10分動画は土日の二日間丸々かかっちゃいました」
「あー、そういうのはあたし向いてないと思う……動画編集は気が向いたらでいいかな」
絶対に手を出さないだろう夜川さんの笑顔だった。
「少し時間がかかるから何か飲み物でもどうぞ」
そう言って河本くんは作業に集中してしまう。桐子がお茶のペットボトルを冷蔵庫から持ってきて三人分のコップを用意した。
休憩している間、夜川さんは色々と話しかけてくれたけれど、桐子が持ち前の口下手さを遺憾なく発揮し、会話は弾まなかった。
キャプション作業は15分ほどで終わった。夜川さんは一息つけたようだけれど、桐子の方は休憩前よりも若干気疲れていた。
「動画が完成したから、次はユーチューブにアップロードしよう。夜川さんはアカウント持ってる?」
「無いよー」
「それじゃ作ろうか」
簡単な登録を済ませて夜川さんのアカウントが出来上がる。
「ここがナイトテールのチャンネル。いわば本拠地」
「シンプル~。Amazonのダンボール箱しかない部屋みたいだね」
初期設定のままでのっぺりしたページを見て、夜川さんが笑う。
「ヘッダーやサムネイルを設定して、自分だけのチャンネルに育てていこうね。チャンネルのデザイン自体は大きく変えられないけど、その分ちょっとしたことでセンスの差が出る部分だよ」
「ネイルみたいだねー。そういう、ちまちました作業、あたしは割と好き」
「それじゃあ実際に動画をアップロードして、仮設定だけしてみようか」
「うん、わかったー」
河本くんに手順を聞きながら、夜川さんは動画を投稿しアイコンやサムネイルを付けていった。
「あ、そうです、灰姫レラのツイッターでこの動画の紹介してもいいですか?」
桐子も何かしたいと声を上げる。夜川さんがナイトテールとしてデビューする大切な動画だから、少しでも大勢の人に見てもらいたい。
どうやって『知ってもらうか』はVチューバーが一番苦労する事だし、ずっと続いてく課題だ。桐子が苦しんだ道を、夜川さんが少しでも楽しく歩けるように協力したかった
「ホントにー! すっごく心強いよ、香辻さーん!」
動画の説明文で苦戦していた夜川さんが目を輝かせて喜んでくれた。
「任せてください! フォロワーさん2400人にお願いしてみます!」
心強いと頼られたのが嬉しくて桐子は指を弾くようにしてツイッターを開いた。アップロードしたてのほやほや動画のリンクを張り、さらにその紹介文を入力していった。
「そうだ、夜川さんはツイッターどうする? Vチューバーとして活動していくなら、あった方が絶対にいいよ」
「ツイッターねー。灰姫レラちゃんにDM送ったやつでいいかな。名前だけナイトテールに変えちゃうね」
そう言って、夜川さんは自分のスマホを操作する。
桐子が動画の紹介をツイートし終わると同時に、ナイトテールからフォロー通知が来た。即座にフォロー返しすると、夜川さんがこちらを見て人差し指を立てていた。
「灰姫レラちゃんが1番最初だねー」
「やりました! 会員番号1ゲットです」
「それじゃ、僕は2番目で」
相互フォローになった河本くんも動画の紹介ツイートをしていた。
「でさー、ツイッターってどうやって使えばいいの?」
そう言いながら夜川さんは適当に画面をスワイプする。
「もちろん普通に呟いてもいいけど、活動の基本としては動画や配信の告知かな。後は交流だね、ファンになってくれた人や他のVチューバーさんと話したり」
「なるほろー。じゃあ、さっそく……」
夜川さんがツイートしたのは――。
〈@Ashprincess 灰姫レラちゃん、よろしくねー〉
〈@Nightshippo はい! こちらこそよろしくお願いいします、ナイトテールさん!〉
即レスした桐子はハートマークを連打したい衝動を抱え、こっちを期待に満ちた目で見ている夜川さんに何度も頷いた。
「私、こういう風に他のVチューバーさんとやりとりするの、すっごく憧れてたんです……」
桐子にSNSで話しかける友達はいなかったし、灰姫レラにもVチューバーの友達はいなかった。アオハルココロちゃんとメッセージをやり取りをしたこともあるけれど、相手は雲の上の人だ。用事もないのに、こちらから話しかけたりできない。
ツイッターや配信のコメント欄で、Vチューバーさん同士が気軽に話したりしているのがとても羨ましかったし、憧れていた。
大げさかもしれないけれど、灰姫レラの夢が1つ叶ったのだ。
「あ、そうだ、この人にも送っとこー」
感慨にふける桐子の横で、夜川さんがまたツイッターで誰かに話しかけている。
(河本くんかな?)
自分とは比較にならない夜川さんのコミュ能力に感心しつつツイッターのタイムラインをみると――。
〈@bluehart はじめましてー! さっきデビューしたナイトテールっていいます! アオハルココロちゃんの歌、とっっても大好きです!〉
メッセージを送った相手を二度確認した桐子の心臓が縮み上がり、全身から血の気が引いていく。
「な、な、な、な! なんでアオハルココロちゃん?! ど、どうしましょう! あぅぅ……」
「え? あたし、なんかマズった? ツイッターって誰に話しかけてもいいんじゃないの?」
桐子の慌て様に、事情が分からない夜川さんは軽く首をかしげる。
「アオハルココロちゃんと言えばVチューバー界のトップ・オブ・ザ・トップ! 王様に向かって村人Aから話しかけるようなものです!」
「でもさー、ナイトテールは灰姫レラちゃんがママなんだから、挨拶しないと失礼じゃない?」
「ふえっ? ど、どういう理屈ですか?」
陽キャ理論についていけない陰キャが聞き返す。
「灰姫レラちゃんとアオハルココロちゃんは友達でしょー。なにも言わずにコソコソはよくないかなって」
「と、友達というには隔たりが……」
なんて説明しようかと迷っていると、河本くんが会話に乗ってくる。
「二人は暫定ライバルってとこかな」
「へー、熱い絆だねー」
「ちょっ! 河本くん! そういう誤解されるようなことを軽々しく言わないでください!」
慌てて訂正する桐子だったが、夜川さんはふむふむと頷いている。
「えっとですね……どう説明したらいいのかというと……、アオハルココロちゃんは私が一方的に憧れてるだけで……うーー、と、とにかく、ツイッターは世界中の人達が見てるんです! 中には過激なファンの方とかもいらっしゃいますから、変なふうにふうに騒がないうちにツイ消しを――」
「あ、アオハルココロちゃんから返事きたよー」
「えええええええええええっ!」
地下スタジオの防音性能を試すような桐子の大声がほとばしった。
〈@Nightshippo デビューおめでとう、ナイトテールちゃん! これからVチューバーの世界をめーーいっぱい楽しんでね!〉
気さくな返事は、承認済みアカウントから送られた正真正銘本物のアオハルココロちゃんからだった。
「フォローもしてくれてたー」
「なっ……」
「あ、動画の紹介もしてくれてる~♪」
「うっ……」
「アオハルココロちゃんっていい人だねー」
「そ、そうですね………………」
無邪気にニコニコしている夜川さんに、桐子も笑みを返そうとしたけれど上手く取り繕うことができなかった。
(そうなんです……アオハルココロちゃんは優しいから。Vチューバー全体のことを考えて、新人のためを思って……返事をしてくれただけだから)
勝手に弁解する桐子の胸の奥が蝋燭の火でチリチリと炙られたように痛む。
「夜川さん、ツイッターは様々な人と、年齢も立場も、それこそ国も越えてコミュニケーションをとることが出来る。だから気をつけなくちゃいけないこともあるよ」
「炎上とかニュースになっちゃうし怖いよねー」
「そうだね。自分が世界に向かって発信しているって意識は常に頭のどこかに持っておこう。慣れてくると疎かになっちゃうからね」
「わかった気をつけるー」
「それと投稿する前に一呼吸して、文章を読み直すといい。誤字脱字だけじゃなくて、そのツイートを読んだ人の反応を考えよう。悪口を言ったり、過度に攻撃的だったりしたら、それを読んだ人は嫌な気持ちになるかもしれない。夜川愛美じゃなくて、ナイトテールとして発言してるんだって気をつけようね」
「うん、気をつける」
笑みを引っ込め夜川さんは真剣な表情で頷く。
「他の人のツイートを見るのも同じだよ。例えばRTで情報を拡散する時も少しだけ考えよう。嘘で誰かを騙そうとしてないか、あるいはフィッシング詐欺や炎上マーケティングじゃないか、著作権を侵害してるんじゃないか。これは自分を守ることにも繋がるからね」
「世の中には悪い人もいっぱいいるからねー」
「あと写真も気をつけようか。個人を特定できる情報が写り込んだりしたら大変だから」
「えー、でも見せるとしたらコスメとかスイーツぐらいだけど?」
「コンビニや量販店で買えるものならいいけど。限定商品や専門店だとネットで簡単に調べられる。その情報がいくつも積み重なれば、住んでいる地域や普段の行動だって割り出せる。気をつけるにこしたことはないよ」
「そこは上手くやるって。ねー、香辻さん」
同意を求められたけれど、まさに夜川さんに身バレしたばかりの桐子は視線と話題を逸らすことしかできない。
「そ、そうだ! この後、私の定期配信があるんですけど、夜川さんも見ていきますか?」
「みるみるー! 生灰姫レラちゃんだ、やったー!」
乗り気な夜川さんに対して、河本くんは微妙な顔をしていた。
「香辻さん?」
言葉の後ろに河本くんの気遣いが感じられる。桐子が緊張するのではないかと心配しているようだ。
「ナイトテールの産みの親、そして先輩としての責任です! 私が彼女を導きます!」
初めて出来たVチューバーの後輩のためにもっと何かがしたい。
桐子は止められない使命感に燃えていた。
####################################
ナイトテールの初めての動画がアップロードされた。
尊敬するアオハルココロちゃんからもリプをもらえたりと順風満帆だ。
そんなナイトテールに、桐子は先輩Vチューバーとして威厳ある配信を見せることができるのか?
サイトへの登録のお手数をお掛けしますが、
継続のためにも『お気に入り』や『いいね』『感想』等の評価でご協力をよろしくお願いします!
サイトの登録が面倒という場合でも、
ツイッターでの感想やリンクを張っての紹介をして頂けると、とても助かります!
【宣伝】
シナリオ・小説のお仕事を募集中です。
連絡先 takahashi.left@gmail.com
『エクステンデッド・ファンタジー・ワールド ~ゲームの沙汰も金次第~』発売中!
AR世界とリアル世界を行き来し、トゥルーエンドを目指すサスペンス・ミステリーです。
よかったら買ってください。
異世界戦記ファンタジー『白き姫騎士と黒の戦略家』もあります。こちらも是非!
夜川さんのVチューバーとして活動していくキャラクター、
『ナイトテール』がついに完成する。
そして、次は初めての――
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「名前も決まったし、次は自己紹介動画を撮ってみようか」
「えっ、もうですか?」
しれっと言った河本くんに、桐子は思わず聞き返す。今日は『ナイトテール』のお披露目と練習だけだと思っていたからだ。
「鉄は熱いうちに打てだよ」
「うんうん、テンション高いうちにチャレンジしないとね!」
夜川さんもノリノリで指を振っていた。
「最初は3分から5分ぐらいの短い動画がいいよ。10分を越えると見てもらうハードルがぐんと上がるからね。かといって短すぎると、今度はネタ感が強くなる」
「ティックトックみたいに?」
自分で使ったことがあるのか、夜川さんは短い動画専用の投稿アプリを例に上げる。『陽キャ』で『パリピ』なイメージしか無いので、もちろん桐子はスマホにダウンロードすらしたことがない。
「一発ネタで見せない極短い動画って、かなりハードルが高いからね。何を魅せるかはもちろん、編集のセンスもいる。例えばユーチューブを見てると広告が流れるでしょ」
「うん、変なコスメとか微妙なMVのやつあるねー。すぐにスキップしちゃうけど」
「そういうこと、あれって冒頭の3秒~6秒程度で視聴者の興味を惹かないと意味がない。動画自体が短くて手軽に見れたとしても、視聴者にくだらないと思われたらそれで全て終わり。次はもう無い」
「諸行無常だねー」
夜川さんは楽しそうに聞いているけれど、桐子は自分の事を言われているようで落ち着かなかった。【10分で分かる灰姫レラ】など、数は多くないけれど短い動画を上げている。どれだけの人たちが冒頭の数秒だけを見て去っていったのだろうか。そう考え出すと口の中が乾いていくような感覚に襲われてしまう。
「3分はVチューバーとしてのキャラを視聴者に多少は掴んでもらえるギリギリのラインだね。それから続きを見てもらえるかどうかは、視聴者の好み次第だから」
「人間同士、合う合わないってあるから仕方ないよね」
頷く夜川さんが、桐子には意外に思えた。学校では河本くんぐらいとしか話さない桐子とは違い、夜川さんはクラスメイトはもちろん先輩や先生とも仲良くしている。夜川さんと合わない人間がいるなんて思えなかった。
「撮りながらツールの使い方も説明しようか?」
「いいねー、実践で覚えるの割と得意だよ」
夜川さんは怖気づかないどころか任せろとばかりに前のめりなので、桐子の方が心配になってしまう。
「それじゃあ、台本を作りましょうか」
桐子がノートを広げようとすると、それを夜川さんがやんわりと手で制した。
「面倒だし、とりあえずぶっつけ本番でいいかな。自己紹介は慣れてるからねー」
「そ、そうですか……」
自己紹介といえば桐子のようなクソザコメンタル人間にとってはレベル1でドラゴンと遭遇するような恐怖だけれど、社交的な夜川さんにとっては日常の一部なのだろうか。
「今回使うのはOBS。色々なサイトで配信ができるパソコンのフリーソフトだよ」
河本くんはノートパソコンにすでにインストールしてあるソフトを起動する。黒バックとメーターで構成されたウィンドウが表示される。
「配信って? ユーチューブに録画するってこと?」
「OBS単体で映像を作って、パソコンに録画することも出来るんだ。設定や操作も配信とほぼ同じだから練習にもなる。だから自分で配信ソフトの操作もするなら、絶対に一度は紹介動画を録画で作っておいた方が良いよ」
河本くんのアドバイスに、桐子は全身全霊で頷く。
「勢いだけで配信始めちゃうと、ソフトの設定がダメダメだったり、操作でわたわたしちゃったり、大失敗しちゃいますから! 予行練習大事です!」
「うんうん、灰姫レラちゃんの初配信アーカイブで見たけど、めっちゃワチャワチャしてたよねー」
「み、見ちゃったんですか、アレを?!」
「アレはアレで可愛かったけどー」
「反面教師です! 初配信でやっちゃいけないことの見本市ですから! 忘れてください~」
唇をプルプルと震わせる桐子の口からは、先輩の威厳が欠片もない情けない声が漏れていた。
「夜川さんはそうならないように、基本操作を覚えていこうか」
「はーい、河本せんせぇー」
子供っぽく言って夜川さんは背筋をピンと伸ばす。そして、マウスパッドに人差し指を乗せた所でピタリと動きを止めた。
「まずは左に〈シーン〉って項目があるよね?」
「うん、せんせぇ」
「この〈シーン〉というのが1つの撮影スタジオだと思ってください。シーンを切り替えると別のスタジオになります。とりあえず実際に切り替えてみてください」
「えっとサンプルを押せばいいんだよね? あっ、灰姫レラちゃんだ!」
切り替えると河本くんが事前に準備していた灰姫レラが配信で使っている画面が現れる。
「トーク番組、ゲーム番組、撮影するスタジオごとにセットを用意して撮影するよね。それと同じで、配信の内容ごとに〈シーン〉を準備するんだ」
同じシーン(スタジオ)ばかり使いまわしていると、他の配信で使っていた素材が残っていたりとミスのもとだ。桐子はそれで何度も失敗していた。
「横にある〈ソース〉で、カメラや背景セット、音楽、そして出演者をスタジオに配置する。サンプルの中に色々なソースがあるでしょ」
「うん、灰姫レラとかBGMとか色々書いてあるねー」
「横にある瞳のマークでオンとオフが切り替えられて、画像なんかはドラッグで画面内の配置を変えられる」
「おー、本当だー。Vチューバーさんが配信でこうやって自分の身体を動かしてるの見たことある」
夜川さんは灰姫レラの画像を上下に動かし、歩いているように見せる。
「これはトークの配置だけど、もちろんゲームやブラウザの画面をソースに設定すれば映せるよ。さてと説明聞いてるだけじゃ、身につかないから実際に自己紹介用のシーン(スタジオ)を設定してみようか」
「実践だね、腕が鳴る鳴る♪」
待ってましたと夜川さんは目を輝かせる。
「まずは背景セットから設定しようか。イチから描くのは大変だからフリー素材を利用するけどいいかな?」
「うん、そうする」
「[フリー素材 背景]とかで検索すれば沢山でてくるから探してみようか」
河本くんのアドバイスを受けながら、夜川さんは背景に使える画像を探していく。キーボード入力に多少苦戦していたけれど、サイトを巡るうちに良さそうなイラストを見つけられたようだ。
「この裏路地っぽいの背景にいいねー」
「うん、僕もナイトテールのキャラにも合ってると思うよ。でも、ダウンロードする前に、サイトの規約をちゃんと確認しておこうね。利用範囲や条件が書いてあるからきちんと守ろう」
「はーい」
「あともう一つ。配信で使用した素材については、動画の中かサムネイルに表記しておこう。たとえ利用規約で表記が求めらていなくても、僕は書いたほうがいいと思う。利便性とかあるけれど、一番は作った人への敬意だ」
「うん、わかった。忘れないようにメモっとくねー」
答えた夜川さんは、さっそくスマホのメモに書き込んでいた。
「それじゃ、この背景をダウンロードして、実際にOBSのソースに登録してみようか」
「この無料ダウンロードってとこ押せばいいんだよね?」
「フォルダを作って分かりやすいように管理した方がいいよ」
言われたとおりに背景画像を保存する夜川さん。肩の力が抜けたのか、パソコン操作もスムーズになってきている。
「OBSのソースの所にある、十字ボタンをクリックして〈画像〉を選択する。ここで名前を付けるんだけど、分かりやすく裏路地の背景って名前にしようか」
「うんと……これで〈参照〉のところからダウンロードしたやつを選べばいいんだよね……あっ、出てきた!」
背景が追加されるが、端が切れてしまっていた。
「位置が合ってないから、赤い枠を動かして調整しようか」
「こうかなー? あっ、でっかくなっちゃった!」
拡大しすぎた背景を見て夜川さんは声を出して笑った。
その後もBGMを探したり、動画にコメントを表示する方法を河本くんに教えてもらったり、マイクを接続したり、失敗を恐れず色々と試しながら夜川さんは設定を続けていった。
「2Dモデルを表示したら、コメントの時と同じ様に、右クリックの〈フィルタ〉を開いて、〈クロマキー〉を追加して……最後は色を抜いて合成しよう……うん、上手くできてる」
「これで完成かなー?」
裏路地を背景にバストショットのナイトテールが首をかしげる。
「オッケーだよ。後はこの録画開始ボタンを押せば始められるから――」
「うん、始めるねー」
河本くんの説明が終わっていないのに、夜川さんはもう待てないとばかりにボタンを押してしまう。桐子は「もう?!」という言葉を飲み込み、河本くんは慌ててマイクを夜川さんの口元に向ける。
スーッと息を吸った後、夜川さんのリップクリームで艶めく唇が開く。
「ちぃーす、新人Vチューバーのナイトテールだよー』
普通の夜川さんの声だった。
「なんか楽しそうなので、あたしもVチューバー始めることにしたのー。設定とかいまいち決めてないから、キャラブレブレでも見逃してね。あ、ネコミミ娘だから、そこは絶対厳守! みてみてー、尻尾可愛いっしょ!」
しっぽをフリフリしてみせるナイトテール。気負っているわけでもないし、滑舌も悪くない。ついさっきまで桐子や河本くんと話していた時の延長だった。
それがどれだけ普通ではないか、桐子はよく知っている。
「まずは自己紹介動画ってやつを撮って投稿することになったんだけど、なに知りたいのかなー? 年齢? 朝ごはんのメニュー? 最近見た映画? ライン? それともー、スリーサイズとか?」
ニシシと挑発的な表情に合わせて、しっぽがハートマークになる。狙って表情を出すのは慣れないうちは難しいはずなのに、ナイトテールはもう使いこなしている。
「アハハッ、初対面でスリーサイズはないよね。無難なとこで趣味とか語っちゃう? 普通だよ、ふつー。コスメでしょ、音楽でしょ、服でしょ、スイーツ系でしょ、あとスマホゲーもやるよー。JKっぽいのはだいたい抑えてるかな。マンガとかアニメも好きー。家にママが集めた少女漫画がいっぱいあるから、わりかし古いのもの知ってるかなー」
ナイトテールは全然噛まないし、つっかえることもない。それどころか、喋り方に適切な緩急があって、単語が耳に入ってきやすい。
「あと注意点が1つ! あたしネット知識がよわよわだからさ、困った時は教えてくれると嬉しいなー。ググれって言われてもさ、難しくない? だいたい検索の最初の方に出てくるサイト見ても、なんも解決しないよねー」
ちょっと怒ったような口調があまりにも可愛くて、桐子は押さえた口からブホッと息を漏らしてしまう。こんな風に言われたら、自分の作業を放り出しても手伝いに駆けつけずにはいられない。
「そんなわけだから、あたしの配信はお喋りメインかな。見てくれてる人と、他のVチューバーさんといっぱいお喋りしたいな。絶対楽しいもんねー。あ、もちろんゲームもやってみたいから、オススメあったら教えてよ」
ニカッと笑ったナイトテールは、耳をぴくっと動かし首をかしげる。
「あとはー、なに言おうとしてたんだっけ? あ! そうだ、大切なこと忘れてた!」
パチンと手を叩いた夜川さんは、桐子の方をちらりと見る。
「あたしのこのカワイイボディをデザインしてくれたママは、なんとあの灰姫レラちゃんでーす! みんな知ってるよねー、めっちゃ素敵な女の子だから、ぜっったいに配信とかアーカイブ見てね!」
何故か灰姫レラの宣伝を始めてしまうナイトテールに、桐子は慌てて両手を振る。
それを見て手を振り返す夜川さん。理由が分かっていないようだ。
「実はその灰姫レラちゃんが、横で見てくれてまーす」
桐子は急いで【自分の宣伝してください!】と書いたカンペを、無言で握りしめる。
「あー、自分の宣伝しなさいって灰姫レラちゃんに怒られちゃった。でも、ほんっっっとに灰姫レラちゃん見てねー!」
カンペを振り回す真っ赤な顔の桐子に向かって、夜川さんは微笑みかける。
「ってわけで、そろそろ自己紹介はいいかな。あたしにはおもしろ動画とか作る技術は無いからさ、生配信が主な活動になると思うよー。よかったら見に来てね~。もちろん録画でも見てくれると嬉しいよ~」
夜川さんはカメラに向かって手を振る。手の動きはキャプチャーされないけれど、ナイトテールが嬉しそうにツインテールごと身体を振る。
「それじゃー、バイバイ~、あっ! チャンネル登録と評価おねがいしまーす! やった! これ言いたかったんだよね。はい、これでホントにおしまいっ!」
薄い色のマニキュアを塗ったネイルの指先が動き、録画停止ボタンをクリックする。
「ふ~~……、あたしの初動画どうだったー? 普段よりちょっと早口になっちゃったけど大丈夫だった?」
振り向いた夜川さんは興味津々と目を輝かせ尋ねる。彼女の額には軽く走った後のような爽やさで玉の汗が浮かんでいた。
「は、はい! すごかったです! これが初動画だなんて思えないぐらい自然でした!」
「いえーい、香辻さんに褒められちゃったー」
夜川さんが挙げた手を桐子に近づけて来る。何事かと思って身構えていると「成功のハイターッチ!」と言われたので、桐子は下手な投球みたいなぎこちなさでそれに応え、ペチンと手を合わせた。
「河本くんの評価はどうかなー?」
話を振られた河本くんは少し考えてから答える。
「そうだね、堂々としててよかったと思うよ」
「ふっふー、やったね!」
上機嫌に鼻息を吹いた夜川さんは、画面の中のナイトテールにVサインを向けた。
「編集した方が見やすい部分もあるけど、ここは一発撮りのままキャプションをつけようか」
「キャプションって?」
「字幕のこと。普段の配信全部につけるのは大変だけど、短い動画には入れたほうがいいよ」
「なるほどー。ってことは自分の動画みて、喋ったことを文字にすればいいの?」
「本来はね。でも、僕が文字起こしを済ませてるから、それを編集ソフトでタイミングだけ合わせればOK」
そういえば撮影中も河本くんはパソコンに向かって、何か作業をしていた。キーボード入力に慣れていない夜川さんのために、次のステップを先回りしてくれていたのだ。
「編集も僕がやっちゃうから、ちょっと待っててね」
河本くんはノートPCに保存した動画データを、メインのデスクトップパソコンにコピーして作業を始める。
「あたしが編集しなくていいのー?」
「編集はどうしても時間がかかっちゃうから。でも、本格的に学びたいならまた今度教えるよ。ただし、動画編集は『沼』だからね」
「沼って、そんなにズブズブなのー?」
「動画編集って完成度を上げようと思ったらキリがない作業なんだ。凝りだすと泥沼にハマって、結局その動画が完成しなくなる。それだったら、台本をきっちり作って、撮影を繰り返したほうが配信者としての練習にもなるよ」
アドバイスに桐子も大いに同意して頷く。
「私が初めて作った10分動画は土日の二日間丸々かかっちゃいました」
「あー、そういうのはあたし向いてないと思う……動画編集は気が向いたらでいいかな」
絶対に手を出さないだろう夜川さんの笑顔だった。
「少し時間がかかるから何か飲み物でもどうぞ」
そう言って河本くんは作業に集中してしまう。桐子がお茶のペットボトルを冷蔵庫から持ってきて三人分のコップを用意した。
休憩している間、夜川さんは色々と話しかけてくれたけれど、桐子が持ち前の口下手さを遺憾なく発揮し、会話は弾まなかった。
キャプション作業は15分ほどで終わった。夜川さんは一息つけたようだけれど、桐子の方は休憩前よりも若干気疲れていた。
「動画が完成したから、次はユーチューブにアップロードしよう。夜川さんはアカウント持ってる?」
「無いよー」
「それじゃ作ろうか」
簡単な登録を済ませて夜川さんのアカウントが出来上がる。
「ここがナイトテールのチャンネル。いわば本拠地」
「シンプル~。Amazonのダンボール箱しかない部屋みたいだね」
初期設定のままでのっぺりしたページを見て、夜川さんが笑う。
「ヘッダーやサムネイルを設定して、自分だけのチャンネルに育てていこうね。チャンネルのデザイン自体は大きく変えられないけど、その分ちょっとしたことでセンスの差が出る部分だよ」
「ネイルみたいだねー。そういう、ちまちました作業、あたしは割と好き」
「それじゃあ実際に動画をアップロードして、仮設定だけしてみようか」
「うん、わかったー」
河本くんに手順を聞きながら、夜川さんは動画を投稿しアイコンやサムネイルを付けていった。
「あ、そうです、灰姫レラのツイッターでこの動画の紹介してもいいですか?」
桐子も何かしたいと声を上げる。夜川さんがナイトテールとしてデビューする大切な動画だから、少しでも大勢の人に見てもらいたい。
どうやって『知ってもらうか』はVチューバーが一番苦労する事だし、ずっと続いてく課題だ。桐子が苦しんだ道を、夜川さんが少しでも楽しく歩けるように協力したかった
「ホントにー! すっごく心強いよ、香辻さーん!」
動画の説明文で苦戦していた夜川さんが目を輝かせて喜んでくれた。
「任せてください! フォロワーさん2400人にお願いしてみます!」
心強いと頼られたのが嬉しくて桐子は指を弾くようにしてツイッターを開いた。アップロードしたてのほやほや動画のリンクを張り、さらにその紹介文を入力していった。
「そうだ、夜川さんはツイッターどうする? Vチューバーとして活動していくなら、あった方が絶対にいいよ」
「ツイッターねー。灰姫レラちゃんにDM送ったやつでいいかな。名前だけナイトテールに変えちゃうね」
そう言って、夜川さんは自分のスマホを操作する。
桐子が動画の紹介をツイートし終わると同時に、ナイトテールからフォロー通知が来た。即座にフォロー返しすると、夜川さんがこちらを見て人差し指を立てていた。
「灰姫レラちゃんが1番最初だねー」
「やりました! 会員番号1ゲットです」
「それじゃ、僕は2番目で」
相互フォローになった河本くんも動画の紹介ツイートをしていた。
「でさー、ツイッターってどうやって使えばいいの?」
そう言いながら夜川さんは適当に画面をスワイプする。
「もちろん普通に呟いてもいいけど、活動の基本としては動画や配信の告知かな。後は交流だね、ファンになってくれた人や他のVチューバーさんと話したり」
「なるほろー。じゃあ、さっそく……」
夜川さんがツイートしたのは――。
〈@Ashprincess 灰姫レラちゃん、よろしくねー〉
〈@Nightshippo はい! こちらこそよろしくお願いいします、ナイトテールさん!〉
即レスした桐子はハートマークを連打したい衝動を抱え、こっちを期待に満ちた目で見ている夜川さんに何度も頷いた。
「私、こういう風に他のVチューバーさんとやりとりするの、すっごく憧れてたんです……」
桐子にSNSで話しかける友達はいなかったし、灰姫レラにもVチューバーの友達はいなかった。アオハルココロちゃんとメッセージをやり取りをしたこともあるけれど、相手は雲の上の人だ。用事もないのに、こちらから話しかけたりできない。
ツイッターや配信のコメント欄で、Vチューバーさん同士が気軽に話したりしているのがとても羨ましかったし、憧れていた。
大げさかもしれないけれど、灰姫レラの夢が1つ叶ったのだ。
「あ、そうだ、この人にも送っとこー」
感慨にふける桐子の横で、夜川さんがまたツイッターで誰かに話しかけている。
(河本くんかな?)
自分とは比較にならない夜川さんのコミュ能力に感心しつつツイッターのタイムラインをみると――。
〈@bluehart はじめましてー! さっきデビューしたナイトテールっていいます! アオハルココロちゃんの歌、とっっても大好きです!〉
メッセージを送った相手を二度確認した桐子の心臓が縮み上がり、全身から血の気が引いていく。
「な、な、な、な! なんでアオハルココロちゃん?! ど、どうしましょう! あぅぅ……」
「え? あたし、なんかマズった? ツイッターって誰に話しかけてもいいんじゃないの?」
桐子の慌て様に、事情が分からない夜川さんは軽く首をかしげる。
「アオハルココロちゃんと言えばVチューバー界のトップ・オブ・ザ・トップ! 王様に向かって村人Aから話しかけるようなものです!」
「でもさー、ナイトテールは灰姫レラちゃんがママなんだから、挨拶しないと失礼じゃない?」
「ふえっ? ど、どういう理屈ですか?」
陽キャ理論についていけない陰キャが聞き返す。
「灰姫レラちゃんとアオハルココロちゃんは友達でしょー。なにも言わずにコソコソはよくないかなって」
「と、友達というには隔たりが……」
なんて説明しようかと迷っていると、河本くんが会話に乗ってくる。
「二人は暫定ライバルってとこかな」
「へー、熱い絆だねー」
「ちょっ! 河本くん! そういう誤解されるようなことを軽々しく言わないでください!」
慌てて訂正する桐子だったが、夜川さんはふむふむと頷いている。
「えっとですね……どう説明したらいいのかというと……、アオハルココロちゃんは私が一方的に憧れてるだけで……うーー、と、とにかく、ツイッターは世界中の人達が見てるんです! 中には過激なファンの方とかもいらっしゃいますから、変なふうにふうに騒がないうちにツイ消しを――」
「あ、アオハルココロちゃんから返事きたよー」
「えええええええええええっ!」
地下スタジオの防音性能を試すような桐子の大声がほとばしった。
〈@Nightshippo デビューおめでとう、ナイトテールちゃん! これからVチューバーの世界をめーーいっぱい楽しんでね!〉
気さくな返事は、承認済みアカウントから送られた正真正銘本物のアオハルココロちゃんからだった。
「フォローもしてくれてたー」
「なっ……」
「あ、動画の紹介もしてくれてる~♪」
「うっ……」
「アオハルココロちゃんっていい人だねー」
「そ、そうですね………………」
無邪気にニコニコしている夜川さんに、桐子も笑みを返そうとしたけれど上手く取り繕うことができなかった。
(そうなんです……アオハルココロちゃんは優しいから。Vチューバー全体のことを考えて、新人のためを思って……返事をしてくれただけだから)
勝手に弁解する桐子の胸の奥が蝋燭の火でチリチリと炙られたように痛む。
「夜川さん、ツイッターは様々な人と、年齢も立場も、それこそ国も越えてコミュニケーションをとることが出来る。だから気をつけなくちゃいけないこともあるよ」
「炎上とかニュースになっちゃうし怖いよねー」
「そうだね。自分が世界に向かって発信しているって意識は常に頭のどこかに持っておこう。慣れてくると疎かになっちゃうからね」
「わかった気をつけるー」
「それと投稿する前に一呼吸して、文章を読み直すといい。誤字脱字だけじゃなくて、そのツイートを読んだ人の反応を考えよう。悪口を言ったり、過度に攻撃的だったりしたら、それを読んだ人は嫌な気持ちになるかもしれない。夜川愛美じゃなくて、ナイトテールとして発言してるんだって気をつけようね」
「うん、気をつける」
笑みを引っ込め夜川さんは真剣な表情で頷く。
「他の人のツイートを見るのも同じだよ。例えばRTで情報を拡散する時も少しだけ考えよう。嘘で誰かを騙そうとしてないか、あるいはフィッシング詐欺や炎上マーケティングじゃないか、著作権を侵害してるんじゃないか。これは自分を守ることにも繋がるからね」
「世の中には悪い人もいっぱいいるからねー」
「あと写真も気をつけようか。個人を特定できる情報が写り込んだりしたら大変だから」
「えー、でも見せるとしたらコスメとかスイーツぐらいだけど?」
「コンビニや量販店で買えるものならいいけど。限定商品や専門店だとネットで簡単に調べられる。その情報がいくつも積み重なれば、住んでいる地域や普段の行動だって割り出せる。気をつけるにこしたことはないよ」
「そこは上手くやるって。ねー、香辻さん」
同意を求められたけれど、まさに夜川さんに身バレしたばかりの桐子は視線と話題を逸らすことしかできない。
「そ、そうだ! この後、私の定期配信があるんですけど、夜川さんも見ていきますか?」
「みるみるー! 生灰姫レラちゃんだ、やったー!」
乗り気な夜川さんに対して、河本くんは微妙な顔をしていた。
「香辻さん?」
言葉の後ろに河本くんの気遣いが感じられる。桐子が緊張するのではないかと心配しているようだ。
「ナイトテールの産みの親、そして先輩としての責任です! 私が彼女を導きます!」
初めて出来たVチューバーの後輩のためにもっと何かがしたい。
桐子は止められない使命感に燃えていた。
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ナイトテールの初めての動画がアップロードされた。
尊敬するアオハルココロちゃんからもリプをもらえたりと順風満帆だ。
そんなナイトテールに、桐子は先輩Vチューバーとして威厳ある配信を見せることができるのか?
サイトへの登録のお手数をお掛けしますが、
継続のためにも『お気に入り』や『いいね』『感想』等の評価でご協力をよろしくお願いします!
サイトの登録が面倒という場合でも、
ツイッターでの感想やリンクを張っての紹介をして頂けると、とても助かります!
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シナリオ・小説のお仕事を募集中です。
連絡先 takahashi.left@gmail.com
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