第5話
文字数 5,070文字
【前回までのあらすじ】
灰姫レラだと身内バレした桐子。
作曲家のスミスからだけでなく、妹の紅葉からダンストレーニングを受け、アオハルココロとの対決に備える。
今回で#05は最終回です。
####################################
あっという間だった。
学校が終わると秘密基地に集合。
香辻さんは歌とダンスの練習。
ヒロトは曲に合わせる演出諸々の制作。
時には二人別々にトレーニングと作業に没頭し、
時には二人で顔を合わせて相談したりアドバイスを求めたり。
スミスの厳しい指導で香辻さんが凹んだのをヒロトがコンビニで買ってきたプリンで励ましたり、ダンス構成で紅葉とヒロトが揉めたのを香辻さんが仲裁したり、色々なことがあった。
あっという間だけれど、濃密な日々だった。
それも明日で終わってしまう――。
決戦前日の最終調整はヒロトと香辻さんの二人だけだった。
スミスは時間の都合がつかず、紅葉はスケートの方でどうしても外せない用事が入ってしまった。それでも紅葉は予定をすっぽかそうとしたようだけれど、流石に香辻さんが止めていた。
放課後から夜までずっと二人きりでいるのは、一週間ぶりだった。スミスか紅葉のどちらかは必ず香辻さんのトレーニングに付いていてくれたからだ。
不思議と二人きりの緊張感はなかった。
二人とも明日のアオハルココロとの対決に向け集中し、為すべきことに取り組んでいた。
不安が無いわけはない。
むしろ不安だらけだ。
ヒロトの演出の準備も、香辻さんの曲の練習も、決して万全とは言えない。
あと一ヶ月、あるいは一週間、たった一日でも時間が欲しい。
どんなに願っても時計の針が戻ったり、止まったりはしてくれない。
与えられた時間で最善を尽くしたと信じるしかない。
結果がその先に待っていると願って――。
「オッケー、最終リハーサルはバッチリだね!」
歌い終わった香辻さんに向かって、ヒロトは親指を立てる。
「よかった、です……はぁはぁ……」
香辻さんはマイクを持ったまま膝に手をつき、全身を使ってゼーハーと息をしている。髪の毛は顔にべたりと張り付き、流れた汗がジャージから覗く鎖骨の窪みに溜まりそうだ。
ぶっ通しで2時間リハーサルを繰り返し、何度も確認と修正をしたのだから、香辻さんは心身ともに激しく消耗している。
「今日はもう終わりにしよう。明日の本番に備えて休んだほうが良い」
「でも、あと1回ぐらい……」
「大丈夫。完成度ずいぶん高くなったよ。正直、歌もダンスも専門じゃない僕には、これ以上のアドバイスは難しい」
「……うん、わかりました」
素直に引き下がった香辻さんはタオルを手に取る。顔から首、そして鎖骨と丁寧に汗を拭う。ヒロトは彼女が息を整えている間に、機器の片付けをして、香辻さんの荷物をまとめた。
「明日はがんば」
「あ、あのっ!」
荷物を渡して見送ろうとしたヒロトを、香辻さんの声が遮る。
「もし河本くんが良かったら……もう少しだけお話しませんか?」
「うん、いいよ。じゃあ、飲み物を用意するからちょっと待ってて」
まだ作業は残っていたけれどヒロトは快く頷く。この時間がもう少し続けば良いと思っていたのは、自分だけじゃなかったと嬉しかった。
ペットボトルのお茶をマグカップに注ぐ。一つはヒロトがもともと使っていた青いカップで、もう一つは最近買った黄色の熊が描かれたカップだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
ヒロトは香辻さんが座っているソファーの向かいに、背の低い椅子を運んで腰掛けた。
「えっと……とうとう明日ですね」
お茶を飲んだ香辻さんが、息継ぎのように言った。
「緊張してる?」
「もちろんですよ。アオハルココロちゃんとのコラボ配信ですから。ワクワクとドキドキが止まりません」
恋い焦がれる乙女のように香辻さんは胸をぎゅっと押さえる。
「河本くんは前日でも変わらないですね。まさに鋼鉄の心臓!って感じです」
「鋼鉄の心臓って、僕だって緊張してるんだけど」
それは心外だとヒロトは顔をしかめる。
「河本くんは慣れてますよね。アオハルココロちゃんのプロデューサーとして、もっと大きな舞台も経験してるじゃないですか」
「香辻さんとは初めての大舞台だもの。明日が来なければいいのにって思ってる」
「それって私が頼りないってことですか?」
「ち、違うって! 香辻さんは僕の想像以上で!」
ヒロトの慌てっぷりを見て、香辻さんはマグカップで口元を隠して笑う。
「半分冗談ですよ。私が色々と足りないのは、自分でもわかってます。それでも河本くんは、私の良い所を見つけて褒めてくれる。だから、スミスさんの厳しい特訓も、紅葉に言われっぱなしのトレーニングも、今日まで頑張ってこれました」
マグカップに浮かぶ天井の照明を見つめていた香辻さんは、フッと視線を上げてヒロトを見つめる。
「ん?」
「河本くん、ありがとうございます」
「あらたまってどうしたの?」
「私、誰かと一つのことを目指すのって初めてで……、とっても充実してました。人と関わることって、別に怖いことじゃないんだって思えたのも、河本くんのおかげです。だから、ありがとうございますって言いたくて」
香辻さんは一つずつ丁寧に言葉を紡いでいく。
絡んでしまった糸を必死に解くような姿に、ヒロトの胸は傷んだ。
「僕なんかに感謝しなくていいんだ……時間はかかったかもしれないけど、香辻さんなら一人でも高い場所にいけたはずだから……」
「そんなことないです! 河本くんが友達になってくれたから、私変われたんです! 中学のことがあったから、高校でもずっと独りだと思ってました! でも、今は河本くんがいる……わ、私には、それだけで奇跡みたいなんです……そのうえさらにです、憧れのアオハルココロちゃんとも会わせてくれた」
目元を拭った香辻さんは精一杯微笑む。
「河本くんは私の魔法使いなんです」
伝わってくる真っ直ぐな想いに、ヒロトは歯が砕けんばかりに噛み締め、それから重い息を吐いた。
「……僕は君を利用しようと思った」
「利用? あの、どういうことですか? むしろ私の方が河本くんを利用している感じのような?」
ヒロトの言っていることの意味がまるでわからないと、香辻さんはぱちくりと瞬きを繰り返す。
「僕は香辻さんを……灰姫レラを利用してアオハルココロを殺したいんだ」
「ころ……えっ?!」
「『アオハルココロ』は全てが終わるはずだった『ラストライブ』をまだ続けてる……」
独白のようなヒロトの言葉に、香辻さん息を呑み踏み込んでくる。
「ダメ、なんですか? ずっとこのままじゃ?」
「アオハルココロはもう限界なんだ」
「限界だなんて! アオハルココロちゃんは今も大人気です」
ファンとしての葛藤か、香辻さんが語気を強める。
彼女の夢と憧れを否定するのは心苦しいけれど、ヒロトは首を横にふる。
「地位を得て『定番』になってしまった。手に入れた玉座にはたいした刺激もなく、掲げられる聖杯には退屈しか残っていない。いずれ大衆は離れていき、盲目的な信者だけが囲むようになる。彼女自身がそれに耐えられない。その結末に気づいたから、僕を引き込んでまでどうにかしようとしてるんだ」
「…………河本くんの力でどうにかできないんですか」
香辻さんが悲しそうに絞り出した言葉に、ヒロトは首を横に振る。
「僕には出来ない。アオハルココロのコンセプトは青春。終わりがあるからこそ、超新星のように輝ける。ただ続けるだけなら、憂んで腐っていくだけだ」
「でも殺すって……それだけじゃないんですよね、河本くんの想いは」
香辻さんはヒロトの目を見つめる。
贖罪を求めてはいけないと分かっていても、ヒロトは胸のつっかえを言わずにはいられなかった。
「彼女の魂が輝きに向かえるように……僕は器(アオハルココロ)を殺さなければならないんだ。彼女を苦しませる僕の責任だから」
始めた以上は、終わらせなければならない。
それがどんな形だろうと、
誰を利用しようと。
「河本くんはアオハルココロちゃんを、とっても愛してるんですね……ちょっと…………です……」
香辻さんは最後に何か付け加えたけれど、感情ごと抑えたような声は小さく、ヒロトには聞き取れなかった。
「愛しているのか、憎んでいるのか……僕こそがアオハルココロに囚われているだけなのかもしれない」
どんな顔をすればいいのかわからなかった。
そんなヒロトの代わりに香辻さんが微笑む。
「私には荷が重すぎると思いませんでしたか?」
「うん、思った」
「アハハハ、ですよね!」
ひまわりみたいに笑う香辻さんにつられて、ヒロトも笑った。身体の奥から熱が湧き上がってきて、興奮したドラゴンみたいに火でも吐けそうだ。
「私、絶対諦めませんから!」
「ありがとう。香辻さんが積み上げてきたもの、僕は信じてる!」
立ち上がったヒロトと香辻さんは、どちらともなく拳を合わせる。
「かなーり分の悪い賭けですね」
「別に毎回赤点でもいいんだ。たった1回、100点満点のテストで1万点とる人間だけが伝説になれる! 灰姫レラならできるっ!」
「できるって、無理やり思いますっ!」
触れる拳と拳。
初めて心と心が重なって、二人は同じ方向を見ていた。
その先にはセーラー服の少女『アオハルココロ』が立っている。
ずいぶんと遅くなってしまったので、ヒロトは香辻さんを駅まで送った。
二人とも明日の対決については何も話さなかった。
学校であったことや、好きな音楽やゲーム、それにVチューバーの話をした。
香辻さんがエビフライが大好きで、トマトが苦手なことを初めて知った。
ヒロトはクリームたい焼きが好きで、ナスが苦手なことを初めて話した。
もうずっと友達でいるような気がしていたけれど、話すようになってまだ2週間ほどしか経っていない
お互いに知らないことばかりだ。
そんな普通の高校生みたいな会話が楽しくて、二人は駅までの道のりをたっぷり時間をかけて過ごした。
香辻さんを送ったヒロトは、すっかり空気の冷えた地下室に戻った。
残った作業を片付けようと、パソコンスペースに近づく。
点けっぱなしのモニタ画面が目に入った。
香辻さんが曲のトレーニングでVRやゲームに使っていたパソコンだ。
シャットダウンする前に、ふと起動しっぱなしだった『メロディシューター』を画面に表示する。
ただの興味と、ほんの僅かな感傷だ。
難易度別のハイスコアを見ていく。
1位から10位まで『アオハルココロ』の名前ばかりがずらりと並んで――いなかった。
ランキングに混じっているのだ。
『灰姫レラ』の名前が。
イージーからエクストラハードまで、『灰姫レラ』の名前がランキングに、僅かだけれど散りばめられている。
『アオハルココロ』に反旗を翻したレジスタンスのように、
『灰姫レラ』の名前が載っていた。
####################################
ヒロトは秘めていた想い伝え、
桐子はそれを受け入れた。
決戦は土曜日。
アオハルココロとのコラボ配信がやってくる。
次回から最終章#06に突入します。
#06は書き上げてからの投稿を予定しています(冒頭だけは途中で投稿するかも?)
#06の更新は来週中を予定しています。
若干空いてしまうと思いますが、どうか見捨てずにお待ち下さい。
『お気に入り』や『いいね』『感想』等ありましたら是非お願いします!
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灰姫レラだと身内バレした桐子。
作曲家のスミスからだけでなく、妹の紅葉からダンストレーニングを受け、アオハルココロとの対決に備える。
今回で#05は最終回です。
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あっという間だった。
学校が終わると秘密基地に集合。
香辻さんは歌とダンスの練習。
ヒロトは曲に合わせる演出諸々の制作。
時には二人別々にトレーニングと作業に没頭し、
時には二人で顔を合わせて相談したりアドバイスを求めたり。
スミスの厳しい指導で香辻さんが凹んだのをヒロトがコンビニで買ってきたプリンで励ましたり、ダンス構成で紅葉とヒロトが揉めたのを香辻さんが仲裁したり、色々なことがあった。
あっという間だけれど、濃密な日々だった。
それも明日で終わってしまう――。
決戦前日の最終調整はヒロトと香辻さんの二人だけだった。
スミスは時間の都合がつかず、紅葉はスケートの方でどうしても外せない用事が入ってしまった。それでも紅葉は予定をすっぽかそうとしたようだけれど、流石に香辻さんが止めていた。
放課後から夜までずっと二人きりでいるのは、一週間ぶりだった。スミスか紅葉のどちらかは必ず香辻さんのトレーニングに付いていてくれたからだ。
不思議と二人きりの緊張感はなかった。
二人とも明日のアオハルココロとの対決に向け集中し、為すべきことに取り組んでいた。
不安が無いわけはない。
むしろ不安だらけだ。
ヒロトの演出の準備も、香辻さんの曲の練習も、決して万全とは言えない。
あと一ヶ月、あるいは一週間、たった一日でも時間が欲しい。
どんなに願っても時計の針が戻ったり、止まったりはしてくれない。
与えられた時間で最善を尽くしたと信じるしかない。
結果がその先に待っていると願って――。
「オッケー、最終リハーサルはバッチリだね!」
歌い終わった香辻さんに向かって、ヒロトは親指を立てる。
「よかった、です……はぁはぁ……」
香辻さんはマイクを持ったまま膝に手をつき、全身を使ってゼーハーと息をしている。髪の毛は顔にべたりと張り付き、流れた汗がジャージから覗く鎖骨の窪みに溜まりそうだ。
ぶっ通しで2時間リハーサルを繰り返し、何度も確認と修正をしたのだから、香辻さんは心身ともに激しく消耗している。
「今日はもう終わりにしよう。明日の本番に備えて休んだほうが良い」
「でも、あと1回ぐらい……」
「大丈夫。完成度ずいぶん高くなったよ。正直、歌もダンスも専門じゃない僕には、これ以上のアドバイスは難しい」
「……うん、わかりました」
素直に引き下がった香辻さんはタオルを手に取る。顔から首、そして鎖骨と丁寧に汗を拭う。ヒロトは彼女が息を整えている間に、機器の片付けをして、香辻さんの荷物をまとめた。
「明日はがんば」
「あ、あのっ!」
荷物を渡して見送ろうとしたヒロトを、香辻さんの声が遮る。
「もし河本くんが良かったら……もう少しだけお話しませんか?」
「うん、いいよ。じゃあ、飲み物を用意するからちょっと待ってて」
まだ作業は残っていたけれどヒロトは快く頷く。この時間がもう少し続けば良いと思っていたのは、自分だけじゃなかったと嬉しかった。
ペットボトルのお茶をマグカップに注ぐ。一つはヒロトがもともと使っていた青いカップで、もう一つは最近買った黄色の熊が描かれたカップだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
ヒロトは香辻さんが座っているソファーの向かいに、背の低い椅子を運んで腰掛けた。
「えっと……とうとう明日ですね」
お茶を飲んだ香辻さんが、息継ぎのように言った。
「緊張してる?」
「もちろんですよ。アオハルココロちゃんとのコラボ配信ですから。ワクワクとドキドキが止まりません」
恋い焦がれる乙女のように香辻さんは胸をぎゅっと押さえる。
「河本くんは前日でも変わらないですね。まさに鋼鉄の心臓!って感じです」
「鋼鉄の心臓って、僕だって緊張してるんだけど」
それは心外だとヒロトは顔をしかめる。
「河本くんは慣れてますよね。アオハルココロちゃんのプロデューサーとして、もっと大きな舞台も経験してるじゃないですか」
「香辻さんとは初めての大舞台だもの。明日が来なければいいのにって思ってる」
「それって私が頼りないってことですか?」
「ち、違うって! 香辻さんは僕の想像以上で!」
ヒロトの慌てっぷりを見て、香辻さんはマグカップで口元を隠して笑う。
「半分冗談ですよ。私が色々と足りないのは、自分でもわかってます。それでも河本くんは、私の良い所を見つけて褒めてくれる。だから、スミスさんの厳しい特訓も、紅葉に言われっぱなしのトレーニングも、今日まで頑張ってこれました」
マグカップに浮かぶ天井の照明を見つめていた香辻さんは、フッと視線を上げてヒロトを見つめる。
「ん?」
「河本くん、ありがとうございます」
「あらたまってどうしたの?」
「私、誰かと一つのことを目指すのって初めてで……、とっても充実してました。人と関わることって、別に怖いことじゃないんだって思えたのも、河本くんのおかげです。だから、ありがとうございますって言いたくて」
香辻さんは一つずつ丁寧に言葉を紡いでいく。
絡んでしまった糸を必死に解くような姿に、ヒロトの胸は傷んだ。
「僕なんかに感謝しなくていいんだ……時間はかかったかもしれないけど、香辻さんなら一人でも高い場所にいけたはずだから……」
「そんなことないです! 河本くんが友達になってくれたから、私変われたんです! 中学のことがあったから、高校でもずっと独りだと思ってました! でも、今は河本くんがいる……わ、私には、それだけで奇跡みたいなんです……そのうえさらにです、憧れのアオハルココロちゃんとも会わせてくれた」
目元を拭った香辻さんは精一杯微笑む。
「河本くんは私の魔法使いなんです」
伝わってくる真っ直ぐな想いに、ヒロトは歯が砕けんばかりに噛み締め、それから重い息を吐いた。
「……僕は君を利用しようと思った」
「利用? あの、どういうことですか? むしろ私の方が河本くんを利用している感じのような?」
ヒロトの言っていることの意味がまるでわからないと、香辻さんはぱちくりと瞬きを繰り返す。
「僕は香辻さんを……灰姫レラを利用してアオハルココロを殺したいんだ」
「ころ……えっ?!」
「『アオハルココロ』は全てが終わるはずだった『ラストライブ』をまだ続けてる……」
独白のようなヒロトの言葉に、香辻さん息を呑み踏み込んでくる。
「ダメ、なんですか? ずっとこのままじゃ?」
「アオハルココロはもう限界なんだ」
「限界だなんて! アオハルココロちゃんは今も大人気です」
ファンとしての葛藤か、香辻さんが語気を強める。
彼女の夢と憧れを否定するのは心苦しいけれど、ヒロトは首を横にふる。
「地位を得て『定番』になってしまった。手に入れた玉座にはたいした刺激もなく、掲げられる聖杯には退屈しか残っていない。いずれ大衆は離れていき、盲目的な信者だけが囲むようになる。彼女自身がそれに耐えられない。その結末に気づいたから、僕を引き込んでまでどうにかしようとしてるんだ」
「…………河本くんの力でどうにかできないんですか」
香辻さんが悲しそうに絞り出した言葉に、ヒロトは首を横に振る。
「僕には出来ない。アオハルココロのコンセプトは青春。終わりがあるからこそ、超新星のように輝ける。ただ続けるだけなら、憂んで腐っていくだけだ」
「でも殺すって……それだけじゃないんですよね、河本くんの想いは」
香辻さんはヒロトの目を見つめる。
贖罪を求めてはいけないと分かっていても、ヒロトは胸のつっかえを言わずにはいられなかった。
「彼女の魂が輝きに向かえるように……僕は器(アオハルココロ)を殺さなければならないんだ。彼女を苦しませる僕の責任だから」
始めた以上は、終わらせなければならない。
それがどんな形だろうと、
誰を利用しようと。
「河本くんはアオハルココロちゃんを、とっても愛してるんですね……ちょっと…………です……」
香辻さんは最後に何か付け加えたけれど、感情ごと抑えたような声は小さく、ヒロトには聞き取れなかった。
「愛しているのか、憎んでいるのか……僕こそがアオハルココロに囚われているだけなのかもしれない」
どんな顔をすればいいのかわからなかった。
そんなヒロトの代わりに香辻さんが微笑む。
「私には荷が重すぎると思いませんでしたか?」
「うん、思った」
「アハハハ、ですよね!」
ひまわりみたいに笑う香辻さんにつられて、ヒロトも笑った。身体の奥から熱が湧き上がってきて、興奮したドラゴンみたいに火でも吐けそうだ。
「私、絶対諦めませんから!」
「ありがとう。香辻さんが積み上げてきたもの、僕は信じてる!」
立ち上がったヒロトと香辻さんは、どちらともなく拳を合わせる。
「かなーり分の悪い賭けですね」
「別に毎回赤点でもいいんだ。たった1回、100点満点のテストで1万点とる人間だけが伝説になれる! 灰姫レラならできるっ!」
「できるって、無理やり思いますっ!」
触れる拳と拳。
初めて心と心が重なって、二人は同じ方向を見ていた。
その先にはセーラー服の少女『アオハルココロ』が立っている。
ずいぶんと遅くなってしまったので、ヒロトは香辻さんを駅まで送った。
二人とも明日の対決については何も話さなかった。
学校であったことや、好きな音楽やゲーム、それにVチューバーの話をした。
香辻さんがエビフライが大好きで、トマトが苦手なことを初めて知った。
ヒロトはクリームたい焼きが好きで、ナスが苦手なことを初めて話した。
もうずっと友達でいるような気がしていたけれど、話すようになってまだ2週間ほどしか経っていない
お互いに知らないことばかりだ。
そんな普通の高校生みたいな会話が楽しくて、二人は駅までの道のりをたっぷり時間をかけて過ごした。
香辻さんを送ったヒロトは、すっかり空気の冷えた地下室に戻った。
残った作業を片付けようと、パソコンスペースに近づく。
点けっぱなしのモニタ画面が目に入った。
香辻さんが曲のトレーニングでVRやゲームに使っていたパソコンだ。
シャットダウンする前に、ふと起動しっぱなしだった『メロディシューター』を画面に表示する。
ただの興味と、ほんの僅かな感傷だ。
難易度別のハイスコアを見ていく。
1位から10位まで『アオハルココロ』の名前ばかりがずらりと並んで――いなかった。
ランキングに混じっているのだ。
『灰姫レラ』の名前が。
イージーからエクストラハードまで、『灰姫レラ』の名前がランキングに、僅かだけれど散りばめられている。
『アオハルココロ』に反旗を翻したレジスタンスのように、
『灰姫レラ』の名前が載っていた。
####################################
ヒロトは秘めていた想い伝え、
桐子はそれを受け入れた。
決戦は土曜日。
アオハルココロとのコラボ配信がやってくる。
次回から最終章#06に突入します。
#06は書き上げてからの投稿を予定しています(冒頭だけは途中で投稿するかも?)
#06の更新は来週中を予定しています。
若干空いてしまうと思いますが、どうか見捨てずにお待ち下さい。
『お気に入り』や『いいね』『感想』等ありましたら是非お願いします!
【宣伝】
シナリオ・小説のお仕事を募集中です。
連絡先 takahashi.left@gmail.com
講談社ラノベ文庫より『エクステンデッド・ファンタジー・ワールド ~ゲームの沙汰も金次第~』発売中!
AR世界とリアル世界を行き来し、トゥルーエンドを目指すサスペンス・ミステリーです。
よかったら買ってください。
異世界戦記ファンタジー『白き姫騎士と黒の戦略家』もあります。こちらも是非!