#12【リアイベ】すっごいステージに立ってみた! (3)
文字数 16,208文字
【前回までのあらすじ】
ついにライブステージに立った灰姫レラ。
しかし、観客を助けるために大切なステージから飛び出していく。
救助は成功するも、彼女は倒れてきた観客の下敷きになってしまうのだった。
1話目はここから!
https://novel.daysneo.com/works/episode/bf2661ca271607aea3356fe1344a2d5f.html
更新情報は『高橋右手』ツイッターから!
https://twitter.com/takahashi_right
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■□■□河本ヒロトPart■□■
「あぶないっ!」
ステージからの緊迫した声は、上手のスタッフ通路の近くにいたヒロトにもはっきりと聞こえた。
(香辻さん?!)
視線の先では香辻さんが、舞台下手の袖に向かって走り出していた。
曲の途中にこんな演出は無い。
(トラブル?)
思い出すと、間奏中に香辻さんの視線が一瞬だけ不自然に止まった気がした。
(たしか右のモニタだから、観客席!)
ヒロトは袖からステージに飛び出していた。リアルのステージなら完全に事故だが、モーションキャプチャーに反応しないヒロトはまさに透明人間だ。
「えっ?! 人が倒れた?!」
インカムを押さえたクシナと駆けつけたヒロトが同時にモニタに視線を向ける。前列付近の観客を映した画面では、人々の影が不自然に乱れていた。
(気づいた香辻さんが助けようとして!)
すでに香辻さんはキャプチャー用のスーツを着たまま、観客席へと躍り出ている。人垣に小さな身体を必死に潜り込ませ、倒れている人のところに近づこうとしていた。
観客席側のメインの照明は消えていても、完全な暗闇ではない。異変に気づいた観客の一部が、スマホの灯りやカメラを香辻さんがいる辺りに向け始めている。
「やめっ」
叫びそうになった喉にヒロトの理性がギリギリの所で蓋をする。下手な大声は場内を混乱させて、最悪の事態を招くだけだ。
スタッフも動き出しているが、観客席側に行くには一度通路へ出なければならない。ステージから直接降りる以外は。
ヒロトは躊躇わず巨大スクリーンの端に手をかけると、破れてしまえとばかりに隙間を広げ、通り抜けていった。
香辻さんの動きに併せて、船が立てる曳き波のようにまたたく間に困惑が観客席に広がっていた。
「どいて!」
乱れた人垣の間をヒロトは無理やり進んでいく。ヒロトの荒っぽく無遠慮な動きに、他の観客たちも苛立ちを迷惑そうにぶつけてくる。
「ぶつかってくんなよ」
「ちょっと荷物あるんだから!」
聞こえてくる苦情を無視して、ヒロトは歩みを止めない。
「――を開けてください!」
ざわめきの中に、香辻さんの声が聞こえてくる。倒れた人を助けられたのか、引っ張り出そうとしているようだ。
観客も香辻さんも無事なら。
「よかっ――」
安堵しかけたヒロトの耳を、不自然に甲高い音がつんざく。
「ぎゃあっ! うるさっ!」
観客たちも一斉に耳を押さえて顔をしかめる。
何が起こったのか確かめようと、ヒロトは発信源のステージの方を振り返った。
巨大スクリーンの全面が青に染まっていた。クシナの姿もなければ、そこに映っているのはバーチャル空間ですら無い。
(ブルスク?)
なぜこのタイミングでという疑問を考えるより先に、突然事切れたかのように巨大スクリーンが消えてしまう。最大の光源を失った場内は暗闇に包まれた。
「きゃぁっ!」
「押すなよ!」
「こっち危ないぞ!」
闇が人々の困惑を混乱へと変えていく。場内のそこかしこで、人々の恐怖が声を抑えた悲鳴となって漏れていた。
「だから、押すなって!」
誰かの声が引き金となったかのように、ヒロトの周りの影が物理的な圧力をかけてくる。一人ひとりでは小さな身じろぎとよろめきがいくつも重なり、その動きに逆らっていたヒロトに襲いかかってくる。
(ぐっ……香辻さんのところへ、行かないと!)
押し返そうとする圧力に耐えて踏ん張ったヒロトは、満員電車と化した人垣を強引にかき分けていく。
影と影の間からわずかに、小柄な女の子が屈み込むようにして女性に話しかけているのが見えた。ほんの1メートル先だ。
(あと少し)
香辻さんの横顔が見える。助けた観客も無事のようだ。
「きゃあああっ!」
脈絡のない悲鳴。蹌踉めいた人影がバランスを崩し、香辻さんに覆いかぶさっていく。
「危ないっ!」
駆けつけようとするヒロトだったが、身体は群衆の間から抜け出せず、伸ばした手は彼女の髪にすら届かない。
香辻さんの小さな身体が胸から倒れ、そのまま人影に押し潰されてしまう。
「どけええええええええっっ!」
ヒロトの喉から迸る獣じみた大声が自らの脳を揺らす。
まるで暴徒鎮圧用の手榴弾でも投げ込まれたかのように、辺りから人が散り、輪が出来る。香辻さんを押しつぶした人間も、怯えたように人混みに紛れていった。
場内に薄明かりが灯り、徐々に明るくなっていく。
現れた空白地帯には香辻さんと、彼女が助けた観客だけが残されていた。
「なんだ?」
事情を知らないのだろう男が、興味本位でスマホを向ける。
「撮るな」
スマホを握りつぶそうとするかのように伸ばされたヒロトの手に、男は恐怖しスマホを抱きしめる。他の観客たちもライト代わりにしていたスマホさえ、慌ててポケットにしまっていた。
観客を抑えたヒロトは膝を折って、香辻さんに顔を近づける。
「香辻さん」
声をかけるが反応はない。
横を向いている香辻さんの口に手をかざす。小さな鼻から規則正しい息吹を感じる。詰まっていたり、苦しそうなところはない。疲れて眠っているようにしか見えない。
幸いにも彼女が頭を打っていないのは、ヒロトからも見えていた。ステージパフォーマンスや緊張で呼吸が荒くなっていたところに、胸を激しく圧迫されたことで失神してしまったのだろう。油断は出来ないけれど、深刻なことにはならないだろう。
ヒロトは上着を脱ぐと、香辻さんの顔を隠すように被せた。それから、彼女の小さな身体をそっと抱えあげる。意識のない人間の重さが、運動不足の腕と脚と腰にずっしりとくる。手が千切れようとも絶対に落とさないように、ヒロトはしっかりと抱きかかえた。
香辻さんが助けた女性の方を向く。
「念の為、あなたも一緒に来てください」
返事も聞かずにヒロトは通路に向かって歩き出す。
恐怖で震えだしそうな手で香辻さんを抱きしめ、無力感に砕けそうな足を動かし続けた。
香辻さんを抱えたヒロトは関係者通路から下手の舞台袖へ入っていく。
「進行どうするの?!」「復帰まだ?」「いまアナウンス入れるから、それまで待って!」
ステージは観客席以上の大混乱に陥っていた。インカムをつけたスタッフが機器の確認に奔走し、モーションキャプチャー用のパソコンの周りには技術スタッフの人だかりが出来ている。その横では舞台監督とケンジが顔を合わせ、深刻な様子で何かを相談していた。
そんなスタッフたちが動揺する姿を前に、ハイプロメンバーたちは自分たちの無力感を噛みしめるように手を握り合い、立ち尽くしている。
「レラちゃん!!」
「香辻さん!!」
ヒロトに気づいたクシナと夜川さんが心配げな声を上げ、駆け寄ってくる。
「うそ……なにが……」
返事をしない香辻さんに、クシナの声が震えていた。
「たぶん瞬間的な酸欠で失神しただけだから。大丈夫」
一言付け足したヒロトの視線は二人を向いていなかった。
「ステージでも何かあった?」
「トラブルがあって……あ、レラちゃんのことじゃないから!」
クシナは念を押すように言うが、見たことのない苦い表情をしている。大きな問題が起きているようだ。
「なら、香辻さんを楽屋に預けたら僕も」
いいかけたヒロトの言葉を夜川さんがサッと手で遮る。
「ステージのことはあたしが把握しとくから、河本くんは香辻さんの側にいてあげて」
夜川さんは余計なことを心配するなと、自分の胸をポンポンと叩く。
「……ありがとう」
言葉だけでは足りないと思いつつ、ヒロトは頷くだけの会釈を残しバックヤードに向かった。
ステージの混乱とは対照的に楽屋前の通路に人影はない。プログラムの合間に身体を休めていたメンバーも、居ても立っても居られないとステージに集まっているようだ。
楽屋の扉を背中で押し開ける。テーブルの上には飲みかけで蓋も付いていないペットボトルや開けたばかりのチョコレートの箱などが置きっぱなしになっていた。
ヒロトは香辻さんの身体をソファーに下ろし、そっと横たえる。重さと共に腕から熱が離れていく。Yシャツは汗で濡れ張り付いていた。
椅子に腰を下ろしたヒロトは、呼吸を思い出したかのように長い息を吐き出した。
「……っ」
なぜ気づけなかったんだ。自分が演出じゃないから油断していた。ハイプロのステージだからと最初から諦めていたんじゃないのか。もっと注意深くいたら気づけたんじゃないのか。プロデューサーとして見ているべきは灰姫レラではなく、観客の方だったんだ。そうすれば、彼女より先に気づいて対処できたんじゃないか。そうすれば香辻さんも倒れたりせず、ステージは今も問題なく続いていたんじゃ、そうすれば――。
意味のない後悔がチェーンの外れた自転車のペダルみたいに空回っている。自分を罰することすら出来ない空虚な思考だ。うんざりするけれど、止められない。
『只今、会場内の安全確認を行っております。もうしばらくお待ち下さい』
開けっ放しだったドアから、雛木さんの場内アナウンスが聞こえてくる。出来る限り落ち着かせようとしているのだろう、不自然なほどにゆっくりとした口調だ。
観客たちはきっとステージの再開を待っているのだろうが、ヒロトにはもうどうでもよかった。
ソファーに横たわった香辻さんは、目を閉じたままだ。
(僕はまた……)
繰り返すのか。
(取り返しのつかない失敗を……)
視界が辺縁部から暗くなっていく感覚。
何かに縋ることの痛いしさを、幼い頃からヒロトは何度も見てきた。
最後は金に縋るしかなかった父、そんな父の権力に縋っていたプレセペ会の幹部、考えることを放棄し宗教に縋るだけの信者、そしてありもしない才能に縋る子供たち――。
愚かだとすら思っていた。
その自分が指先を祈るように合わせている。
無力さに苛つき、爪が皮膚に食い込むほどに強く、冷たい指先を組んで――。
「河本くん?」
光さすような優しい声に、ヒロトは顔を上げる。
くりっとした瞳が心配げにこちらを見ていた。
「気持ち悪いとか、グルグルするとかない?」
「あ、はい……大丈夫です」
身を起こした香辻さんは、首を軽く動かして答える。
「うん、良かった。頭は打ってないから、急激な酸欠で失神したんだと思う」
ヒロトから見ても、眼球の不自然な揺れや言葉におかしな所はない。
「私……ああっ! 倒れてた人は?」
ここに二人しかいないことに気づいた香辻さんが慌てた声を上げる。
「心配しないで。ちゃんとスタッフの人が救護してるから」
「よかったぁ~」
胸を撫で下ろす香辻さん。自分のことよりもホッとしているようだ。
「そうだ、早くステージに戻らないと!」
「まだ休んでて!」
ソファーから飛び上がろうとする香辻さんを、ヒロトは慌てて手で制した。
身体が心配なのはもちろんだけれど、今のステージの空気を香辻さんには見せたくなかった。
「ステージの進行が止まってるから」
「それって……私が勝手なことしちゃったから」
俯いた香辻さんは自分の太ももをグッと握りしめる。
垂れた前髪の下にあるのが葛藤なのか後悔なのか、ヒロトには分からない。
けれど、伝えるべき言葉だけは分かっていた。
「違う。香辻さんのせいじゃない。誰が悪いとかでもないんだ」
「なら、私は元気だからって伝えないと、ライブが!」
香辻さんはソファーから身を乗り出す。髪を振り乱した彼女の頬が汗ではない湿り気を帯びていた。
「ライブを続けなきゃ……」
願うように伸ばす香辻さんの手を、ヒロトは手を取る。
「それは……」
だけれど、ヒロトには答えることが出来なかった。
「今日のライブは終了だ」
代わりに別の声が答えた。
ドアの方を振り向くと、ケンジが毅然と立っていた。
「えっ……」
最後の望みが潰えたかのように、香辻さんが声を詰まらせる。
「客席のトラブルだけではない。機材にも大きな問題が発生した」
「私が変なことしたから……」
香辻さんの声が今にも吐きそうなほど震えていた。
「違う。リハーサルで仕上げた、キャリブレーションやモーション関連の設定が一部消し飛んだ」
ケンジは苦々しい表情で答える。もちろん予備の機材の準備はあるが、使えなくなったシステムの代わりに置き換えれば良いという話ではない。
そもそも有り得ない類のトラブルだ。
「ちょっと待て。ソフトが原因? それとも人為的ミス?」
ヒロトが矢継ぎ早に尋ねる。パソコンやモーションセンサーが壊れたとはまったく違う話だ。ソフト関連のバグでなければ、香辻さんが舞台から飛び出したのをフォローしようとしてスタッフが何か変なことをしたぐらいしか可能性が浮かばなかった。
「分からん。メインシステムに強制終了した形跡があるだけで、スタッフの誰も心当たりがなかった。偶発的なトラブルが重なっただけとしか言えん」
最も知りたいのだろうケンジが、首を横に振る。調査をしている時間もないだろう。
「その、再設定にはどれぐらいかかるんですか?」
希望はないのかと香辻さんは食い下がる。
「既に設定とチェックを試みているが、単純に1人1分としても22分かかる」
「アンコールを入れても終演時間までは37分……、これから再設定してもステージに使えるのは15分も無い。フィナーレの一曲とエンディング映像でギリギリか」
ヒロトの概算にケンジも妥当だと頷く。
「グズグズと無様な準備風景を見せるぐらいなら、ここですっぱりとエンディングを流す。そして後日、オンラインで2時間のスペシャル枠として仕切り直す。その方が観客にとっては満足できるはずだ」
会社の代表としてケンジが下した決断は、ヒロトにも最善に思えた。
「それじゃ、ケンジ社長とハイプロのみんながライブにかけた想いが!」
でも、香辻さんだけは違った。
「そのライブで『重大なトラブルがあったのに続行』というリスクを犯せと言うのか? もし悪意のある人間に、けが人が出たのにライブを強行したとでも書かれたらどうする? 大炎上だ。ライバーとファンを守るためにも、これが合理的な判断というものだ」
「それは……でもっ」
頭では理解できても心が納得できないと香辻さんは、ケンジの目を見続ける。
「とにかく、これで終わりだ」
「なにか無いんですか! ライブを続ける方法は……」
食い下がる香辻さんのことを、ケンジは聞き分けがない子供だとでも言うように小さく首を振る。
「ゲストのお前がなぜそこまで口を挟む? 新曲の発表に未練があるのか?」
「違います。ライブを楽しみにしてくれた人がいるからです。チケットを買ってくれたお客さんも、今日まで練習してきたハイプロのみんなも、今も頑張ってくれてるスタッフさんも、ケンジ社長も! それに、倒れた人もこのまま終わったらきっと辛い思いをするから……私が余計なことをしちゃったからだけど、あの人は自分の所為だって思うかもしれない」
香辻さんはグッと大きくまばたきをする。
「自分の所為で皆が嫌な気分になったときの辛さ、私は知ってるから……だから」
もう一度考えて欲しいと訴える香辻さんの真っ直ぐな瞳。ケンジはわずかに視線を落とす。
「無理だ」
胸の奥から不意に漏れたような一段低い声でケンジは言った。
「なにより、ステージがもう冷え切ってしまっている。トラブルの影が脳裏にチラついたままでは、ステージに熱を取り戻し、観客を心からライブに夢中にさせることは出来ない」
ケンジの低い声には深い悔しさが滲み、叫びを我慢するかのように頬が強張っていた。
誰よりも悔しいのはケンジだと、香辻さんにも分かっている。だから、彼女にはこれ以上は言えなかった。代わりに、自分の責任を飲み込むように頷こうとしていた。
誰も香辻さんが間違ったことをしたなんて思っていない。
だけど彼女は、自分の所為でこのライブが駄目になってしまったと、抱え込んでしまうだろう。
それを背負わせるのか?
彼女のために頭を下げるだけがプロデューサーじゃない。
「……僕がなんとかする」
彼女の願いを叶えるのがプロデューサーだ。
「河本くん!」
「ヒロト?!」
歓喜と驚きの声が重なる。
「このライブ、絶対に成功させよう」
「バカを言うな! この冷え切った状態から、もう成功などありえん!」
ケンジは呆れと怒りが入り混じった様子で語気を強める
「やってみなくちゃわからないだろ。失敗したら、悪いのは僕だ」
そして、リスクを背負うのもプロデューサーの仕事だ。
ヒロトは根拠も示さずふてぶてしく言ったのに、香辻さんは嬉しくて堪らないと瞳を輝かせていた。
「河本くんならできるよね!」
香辻さんの信じ切った声は、不思議とプレッシャーにはならない。それどころか、ヒロト自身にもあった疑念をフーっと吹き飛ばして背中を押してくれる。
意気込む二人に見つめられたケンジは眼鏡を押し上げる。
「……仮に成功したとしても、プログラムは大幅カットだ。灰姫レラの時間はもう無いぞ」
「私のことはいいんです。それよりライブをお願いします!」
勢いよく頭を下げる香辻さんに、ケンジは重い息を吐く。
「分かった。オレだって、ライバーやファンに残念な思いをさせたくはない」
やった!と顔を見合わせるヒロトと香辻さん。だが、ケンジは早計だと二人の勢いを遮った。
「ただし灰姫レラ、お前は楽屋で待機だ。実際の原因はともかく、今の状況でお前をステージには立たせられない。他のメンバーにも会わせるわけにはいかない」
「はい」
香辻さんは、はっきりと頷く。
その覚悟に応えたい。
「行ってくるね。プロデューサーとして」
「お願いします、プロデューサー!」
力強い言葉を背に、ヒロトは楽屋を後にした。
「それで、どうするつもりだ?」
歩きながらケンジが話しかけてくる。
「いつもの配信と同じ。トラブルがあったら繋ぐだけ」
答えながら通路を抜け、そのままステージへと足を踏み入れる。
戻ってきたケンジに、出演者とスタッフから問うような視線が集まる。ライブをどうするのか、やはり中止なのか――諦めや悔しさが彼らの瞳を曇らせていた。
「レラちゃんは?」
一人足りないことに気づいたクシナさんが心配げに言う。
「灰姫レラはもう目を覚ました。念の為に楽屋で休んでもらってる」
ヒロトの答えに安堵し胸を撫で下ろそうとするクシナとスタッフたち。
だが、ヒロトは大げさに手を叩いて、それを邪魔した。
「ほら、なに気を抜こうとしてるの。早くライブを再開する準備だ。手を止めない」
こいつは何を言ってるんだと、ほぼ全員が呆れを通り越した顔をしていた。
「しゃ、社長? どういうことですか?」
全員の困惑を代表して、雛木さんがケンジに尋ねる。
「今から、こいつがライブの総合プロデューサーだ」
そう言ってケンジは自分のインカムを外すと、それをヒロトに握らせた。
「好きにやらせろ」
有無を言わせない様子のケンジに、スタッフたちは反論も忘れたように唖然としていた。ヒロトとしても無駄な議論をしている時間なんて1秒たりとも無いと、インカムを装着する。
「ハイプロのライバーさんたちは、技術スタッフとモーションキャプチャーの設定を最優先で! 準備できたら、誰でもいいから映しちゃって」
「は、はいっ!」
ライバーたちは急いで準備に取り掛かる。
「エンディング映像はカットする。代わりにライブ後にすぐに見れるように公式チャンネルにアップだ」
「私が準備します!」
雛木さんが手を挙げ、ヒロトの無茶苦茶な指示に真っ先に応える。
「ひねり出した時間は全てフィナーレに割り振る。舞監はタイムキーパーと話し合って、進行と演出を変えて」
「わ、分かった。だが、ステージはどうする? 設定中の声を垂れ流すのか? それともBGMでも流しておくつもりか?」
舞台監督の質問に答える代わりに、ヒロトは夜川さんの方を見る。
「ナイトテールいける?」
「もっちろん!」
響く二つ返事がただ心強い。
「このPC借りるよ」
答えも待たずにヒロトは巨大スクリーンに映像を届けるパソコンと、自分のスマホを接続する。このスマホの中には配信に必要なデータもアプリも一通り入っている。
「ケンジ、灰姫レラが助けたお客さんは?」
超特急でパソコンの設定を変更しながら、ヒロトは背後に声をかける。
「スタッフと裏にいる」
「じゃ、ここに連れてきて」
口の立つケンジならどんな相手でも説得できるだろうと任せることにした。
「マイクの準備は?」
「オッケ~」
夜川さんは手にしたマイクを、魔法のステッキのようにくるりと回す。
「さあ、ライブを続けよう!」
スタッフの混乱なんて知ったことかと宣言するヒロト。待ってましたと夜川さんはマイクのスイッチをカチッと入れた。
『ちぃっすーー! こんしっぽ~~』
突如として会場に流れ出した声に、観客たちがざわめき出す。雛木さんのアナウンスでもなければ、ハイプロライバーでもない女性の声に、困惑しながらもスマホから顔を上げてステージの方に視線を向ける。
『さてさて、あたしは誰でしょーか?』
ライブともトラブルとも違う、マイペースすぎる問いかけと声に観客たちは混迷の世界に連れ込まれていく。
『え~、ホントに分かんないのー?』
これまでの流れも雰囲気も関係ないと、ぐいぐい突っ込んでいくナイトテール。その圧に耐えきれなくなった観客の誰かが弱気そうな声を漏らす。
「もしかして……ナイトテール?」
『せいか~い☆ 神出鬼没の猫耳マジシャン・ナイトテールだよー。みんなよろしくね~』
まるでエモーションボタンを押したかのように、疑問の?と驚きの!が会場中の観客の頭上に現れていた。
『ちょっぴしトラブってごめんねー。ライブの再開に向けて、みんな頑張ってるから安心して! それまで、ド暇なあたしが繋ぐからさ、みんな付き合ってくれるー?』
普段の配信でのキャプチャー関連のトラブルぐらい軽く言うナイトテールに、観客たちから小さな笑いが聞こえてくる。
『反応うっす! もっ一度聞くよー、あたしに付き合ってくれるーーーー?』
「はーーーーい!」
観客たちからも応援するとばかりに、大きな声が返ってくる。それに合わせて、ヒロトはナイトテールの姿を巨大スクリーンに映し出す。ライブ用の3D空間ではなく、普通の2D仕様の配信画面だ。
『繋ぎを任されたんだけど、完全ノープランなんだよねー。あたしの今日の朝ごはんについて駄弁ってもいいんだけど、ちょっち勿体ないよねー』
いきなりの大舞台にもナイトテールはまったく動じていない。むしろ『トラブルさえ楽しんでいる』様に見せているフシがあった。
『せっかく1億年に一度あるかないかのトラブルなんだし、いま裏でどんなことしてるのか皆に大公開しちゃおっと』
マイクを手にステージ上を移動していく夜川さん。もちろん2Dのナイトテールは歩けないけれど、暴れるフェイストラッキングで足音で観客にもはっきりと伝わっていた。上下左右に動き回る首に観客がツッコミを入れるように笑っている。ライブ用に設置されているカメラとシステムをそのまま流用してのトラッキングで、最適化がされていないことが良い方向に働いていた。
『はーい、今あたしの横には調整中のクッシーがいるよー。みんなには見せられない、あられもない格好しちゃってまーす』
適当な説明をしながら夜川さんは、クシナにマイクを向ける。
『ふふっ、お化粧直ししてるから、もう少しだけ待っててね』
そう言って、クシナは観客席に向かって手を振る。もちろん見えはしないけれど、観客たちは声援と共に手を振って応えていた。
『次はタマちゃんに~』
スタッフにされるがままにモーションスーツをいじられていた白山タマヨに、夜川さんはマイクを突き出す。
『調子どー?』
『めっちゃんこ眠い~。ボクだけ帰ってもバレなくなくない?』
映っていないタマヨはここぞとばかりに、ぐでっと体重をスタッフさんに預けていた。
『いやいや、バレるし』
『そ? ならさ、ナイトテールが代わりにボクの中に入ればいい。うん、それで解決』
『いやバレるからっ! その変なグローブ渡そうとしないでってー!』
『でっていう~』
適当な事を言いながらタマヨは本当にモーションセンサーが付いたグローブを、夜川さんに押し付けようとしていた。
ボケたおすタマヨに、テンポよくツッコミを入れていくナイトテール。二度目の絡みとは思えないほどの相性の良さで、会場は大いに盛り上がっている。
ナイトテールがインタビューを続けていると、スタッフ通路からケンジが戻ってくる。
「連れてきたぞ」
そう言ってケンジが下がるのと入れ替わりに、女性がおずおずと一歩前に出る。二十歳は過ぎているだろうが、歳はよく分からない。二十代前半でも、三十代後半でも通りそうだ。度の強めの眼鏡をしていて、髪は肩口までのセミロングで、化粧っ気があまりない。ゆったり目のカーディガンを着ていて、ライブよりも美術館の方が似合いそうな雰囲気だ。
とにかく申し訳無さそうに沈んだ表情で肩を落としている。
「お身体は大丈夫ですか?」
丁寧さと真摯さを心がけたヒロトは気遣うように尋ねた。
「大丈夫です。あの、彼女が救ってくれたから」
女性も自分を助けたのが灰姫レラだと気づいているだろうけれど、名前は出さかった。
「彼女は?」
「いまは楽屋で休んでいます。体調に問題はありませんが、念の為です」
ヒロトの説明に、女性は安堵しつつも表情は晴れない。
「良かった……。でも、私のせいで」
ライブのことか、灰姫レラのことか。おそらく両方だろう罪悪感が女性の目尻に皺となって浮き出ていた。
「実は、貴方にお願いがあるんです」
「私に? 出来ることなら……」
聞き返す女性はわずかに視線を逸らす。ヒロトは絶対に断らせないと、少しだけ距離を近づけた。
「出演者も観客も、全員を幸せするために協力してください」
できる限り紳士に、それでいて相手に申し訳なく思わせるように、ヒロトは苦味の混じった笑みで提案する。
「……分かりました。私で出来ることなら」
迷いをみせた女性だが、一切視線を外さないヒロトに負けて頷いた。
「ありがとうございます。それでは――」
怖気づかれては元も子もないと、ヒロトは簡潔にして欲しい要点だけを女性に説明した。
「分かりました」
「良かった。では、僕が合図したらお願いします」
「はい」
緊張気味の返事を受け取ったヒロトは、映像の方に目を向ける。今はナイトテールがリハーサルの裏話を、ハイプロメンバーに絡みながらしているところだ。
ヒロトが演者用のプロンプターにカンペを出すと、すぐに気づいた夜川さんが頷く。
「今です」
合図に女性は意を決したように頷き、夜川さんに近づいていく。
『ここでさらに新しいゲストの登場だよー!』
ナイトテールの紹介に今度は誰だと、会場も盛り上がる。
『スペシャルゲストはなんとー、さっき倒れた人!』
会場の全ての吐息が一瞬止まったかと思えるような沈黙。何も知らされていなかったハイプロのスタッフたちは凍りついていた。
「はっ?」「えっ、大丈夫なの?」「ウソでしょ?」「仕込みのわけないよね……」
ヒロトの投げ込んだ困惑の手榴弾が観客席で爆発し、心配とどよめきが巻き起こっていた。当然だ、アイドルらしさを売りにしているハイプロの、それもライブでこんな飛び道具が飛んでくるとは観客は想像すらしていないのだ。
『ド、ド、ド、どうも。すみません、ご迷惑をおかけして』
開口一番ド緊張して音量調節が上手くいっていない謝罪の声が会場に響き渡った。
『だいじょぶだいじょぶ~、レラちゃんも怪我とかしてないんだからさ。会場のみんなも気にしてないよねーー!』
ナイトテールの声掛けに、会場から「大丈夫ー!」や「もちろん」「気にしてない」と暖かい反応が返ってくる。
『でさ、今日はどして倒れちゃったのー?』
気にしないと言質をとったからと、ぶっちゃけ気味に突っ込んでいくナイトテール。肝を冷やしたハイプロの一部のスタッフが、ヒロトに止めろと言いたげな視線を送ってくるがもちろん無視だ。
『お恥ずかしいんですが徹夜で作業して、ほとんど寝ないでライブに来てしまって……』
『徹夜? お仕事忙しい系?』
『私、その……漫画家で、締め切りだったんです』
女性の意外な告白に、会場とナイトテールが盛り上がる。
『えっ?! マンガ家さんなのすごっ! 名前おしえてよー!』
『野田はるさめって言います。はるさめは平仮名で』
『どんなマンガ描いてるの?』
『いまは仮面の国という小説のコミカライズを』
『ええええっ! ホントにーーーー!』
いきなりテンションが振り切れるナイトテールに、野田さんが何事だとビクつく。
『あたし、仮面の国の小説読んだばっかりだよー! マンガあったんだー、今度買おっ!』
『ありがとうございます』
恐縮してお辞儀する野田さん。さらに会場からも「知ってるー!」や「マンガ買います!」などの声が上がっていた。
『やっぱり、マンガ家さんって徹夜とか大変なんだねー』
『えーっと、私、筆が遅くて。担当さんにも印刷所にもご迷惑をかけてばかりで』
野田さんが申し訳無さそうにしている間に、ヒロトはパソコンを操作してスクリーンに漫画の表紙や切り抜きのコマを映し出す。
『うわーー! すっごい綺麗! こんな精密なら時間かかっちゃうよね』
細い線でびっちりと描き込まれた美麗なイラストに、ナイトテールだけでなく、会場からも感嘆の声が聞こえてくる。筆が『遅い』理由は一目瞭然だった。
『これだけ頑張ったご褒美なら、ライブ観たいよねー』
『はい。これまで何度もライブチケットに応募してて、今回初めて当たったんです。それで、徹夜でちょっと体調悪いかなって思ってたのに我慢できず……』
野田さんの徐々に萎れていく声に、ナイトテールがその気持ちはよく分かるとウンウンと頷いていた。
『ご褒美があるから頑張れるとこあるもんね。ちなみにさ、会場にも今日は徹夜か徹夜気味で来た人っているー?』
観客席で結構な数のサイリウムが質問に答えるように揺れていた。
『あははは、ダメな人が100人以上いまーす』
仕方ないなと笑うナイトテールに、会場もそういう空気になっていた。
『みんな同罪だかんね。100人で分割して、ちょっとずつ反省すること!』
普段の配信と変わらないお説教タイムに入ってしまったナイトテールは止まらない。
『っていうかさ、Vもリスナーも夜ふかしし過ぎ問題だって! もっとちゃんと寝ないとダメ! アオハルココロちゃんも健康が一番大事って言ってたよね?』
通称オカンモードに突入したナイトテールのトークはヒートアップしていく。
『寝坊したVに、ちゃんと寝れて偉いとか言ってる場合じゃないからさ、まずキミたちがちゃんと寝なよねー』
ズバズバ斬り込んでいくトーク内容に、リアルの観客席も配信もさっきまでのトラブルを忘れて大いに盛り上がっていた。
「客いじりをこんな形でやらせるとはな」
ケンジはもう笑うしか無いと言いたげに、鼻息を漏らす。最初はステージを睨みつけるような険しい表情だったケンジも、今では全てを諦めたよう肩から力を抜いていた。
「被害者じゃなくて、共犯者になってもらうのが一番早い解決方法だからね」
「悪どいところはまるで変わってないな」
それが面白いと言いたげなケンジに、ヒロトもくすりと笑う。
「ライブの参加者全員が共犯者なら禊も必要ない。バグ技みたいもんだね」
「言う易しだが、実現するのは並大抵のことじゃない……、そこで切り札(ナイトテール)か」
納得したとケンジが頷く。
「話題になっているのは知っていたが、ナイトテールのトーク力がここまでとはな。思っていた以上だ」
「彼女はただ『陽キャ』なだけじゃなくて、意識してその使い方が上手いからね。誰の懐にもするりと入り込んでいくなんて、普通に出来ることじゃない。センスと頭の回転、そして相手の意識の向けどころを見抜く力を持ってる」
本質的には学校で見る夜川さんと変わらない。生徒にも教師にも好かれ、自分から人をまとめることも誰かのサポートも出来る。
彼女がどうやって(あるいはどうして)、そんな力を身につけたのか分からないけれど、特別な理由があるようにヒロトは思っていた。
「まさにマジシャンだな。誰にも気づかれずターゲットのポケットにカードやコインを忍ばせるように、リスナーの心に入り込んでいく……ハイプロ(うち)には居ないタイプだ」
ケンジの目が不穏に光っていた。
「あげないよ」
「それを決めるのは本人だ。そうだろ?」
先日の本社での意趣返しだと、ケンジは意地の悪い笑みを浮かべていた。ヒロトは返事の代わりに肩をすくめてみせた。
トークが続き、ヒロトが時計を確認しようとした時だ、スタッフの声が聞こえてくる。
「全員の調整、もうすぐ終わります!」
報告が聞こえている夜川さんが、ちらりとこちらを見る。ヒロトはそれに親指を立てて応える。
『みんな、おまたせ! ライブ再開の準備ができたよーーーー!』
ナイトテールの喜びの報告に、観客から待ちに待ったと歓声が上がる。
『休憩は十分だよね! 限界まで盛り上がってこーーーー!!』
「おおおおおおおおおおおお!!」
拍手と雄叫びに揺れる巨大スクリーンが、ナイトテールの配信画面からバーチャルライブ空間へと切り替わる。
スポットライトの中で、姫神クシナがひとり立っている。
『おまたせしてごめんなさい!』
クシナは客席に向かって頭を下げる。3Dの毛先の挙動まで意識したような丁寧な一礼だった。
『ナイトテールちゃんもありがとう!』
『どういたしまして~』
ナイトテールの声だけが聞こえてくる。
『せっかくだから、一緒に歌っていかない?』
「おおっ!」
クシナの提案に会場からは歓声が、
「えっ?!」
そしてヒロトやスタッフからは驚きの声が上がる。
当然だ、ナイトテールが歌う予定なんてない。
『いいの? あたしがステージで歌っちゃって』
ナイトテールの問うような視線に、ヒロトは困惑しつつも頷く。それを待っていたかのように、バーチャル空間上に光の粒子が集まりナイトテールの立ち絵が現れる。映像担当のスタッフや舞台監督には、クシナがすでに話を通してあったようだ。
『前にカラオケの約束したじゃん』
見くびらないでと言いたげな、クシナのウィンクにヒロトは苦笑しながら降参だと両手を軽く挙げる。
『約束……そっか。なら一曲だけ歌っちゃおっかなー!』
声を弾ませるナイトテールに、観客席からも聞きたいと応援の拍手が聞こえてくる。
『それでなに歌うー?』
クシナが質問に答える代わりに、もうイントロが流れ出していた。
『これって!!』
気づいたナイトテールが嬉しそうに手を叩く
それはもとから準備してある曲だった。
しかし、トラブルで歌われることがなかったソロ曲。
『これしか無いでしょ?』
クシナが不敵に笑う。
『うんうん♪ これっきゃないねー!』
ナイトテールが満面の笑みで応える。
『『クソザコシンデレラ!』』
万雷の拍手が会場に鳴り響いていた。
『じゃ、この後もライブ楽しんでねー!』
ナイトテールの立ち絵が消え、他のハイプロメンバーたちがステージに続々と戻ってくる。
クシナとナイトテールの歌うクソザコシンデレラを見届けたヒロトは、インカムを外しケンジに返す。
「さすがだな、ヒロト。あの冷え切ったステージを、ここまで熱く盛り上げるとはな」
受け取ったインカムをケンジは自分の耳に戻す。
「僕だけじゃない」
仕事はもう終わったとヒロトは楽屋へ向けて歩みだす。
「誰だって悲しい気持ちで終わりたくない。ライブを最後まで楽しんでスッキリしたい。だから、ライバーもスタッフも観客も『全員』が協力してくれたお陰だよ」
自分はそこにほんの少し方向性を与えただけで、それ以上でもそれ以下でもない。
「楽屋に行くんだろ。だったら、灰姫レラを呼んでこい」
思ってもいなかったケンジの言葉に、ヒロトは驚き足を止める。
「いいの? 他のライバーに示しがつかないんじゃない?」
「カーテンコールには『全員』必要だ」
ヒロトからはケンジがどんな顔をしているのか分からない。けれど、きっとケンジ自身に対して笑っているような気がした。
「ありがとう」
それだけ言ってヒロトは足早に舞台袖を後にする。スタッフ用の扉を抜けて角を曲がれば、楽屋はすぐそこだ。
(早く香辻さんに――)
通路に人影があった。
香辻さんがいる楽屋とヒロトを隔てるように。
あるいは誰かを待っているように。
「なんでキミが?」
ヒロトは足を止める。無視して通り過ぎることは出来なかった。
「配信で言ったでしょ」
彼女はもたれていた壁から離れると、行く手を遮るように通路の真ん中に出る。
「ワタシも見に行っちゃおうかなって」
アオハルココロは、「忘れたの?」とでも言いたげに笑っていた。
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ステージに熱を取り戻すことに成功したヒロト。
そんな彼の前に、アオハルココロが姿を現すのだった。
次回、第二部最終回!
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ついにライブステージに立った灰姫レラ。
しかし、観客を助けるために大切なステージから飛び出していく。
救助は成功するも、彼女は倒れてきた観客の下敷きになってしまうのだった。
1話目はここから!
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■□■□河本ヒロトPart■□■
「あぶないっ!」
ステージからの緊迫した声は、上手のスタッフ通路の近くにいたヒロトにもはっきりと聞こえた。
(香辻さん?!)
視線の先では香辻さんが、舞台下手の袖に向かって走り出していた。
曲の途中にこんな演出は無い。
(トラブル?)
思い出すと、間奏中に香辻さんの視線が一瞬だけ不自然に止まった気がした。
(たしか右のモニタだから、観客席!)
ヒロトは袖からステージに飛び出していた。リアルのステージなら完全に事故だが、モーションキャプチャーに反応しないヒロトはまさに透明人間だ。
「えっ?! 人が倒れた?!」
インカムを押さえたクシナと駆けつけたヒロトが同時にモニタに視線を向ける。前列付近の観客を映した画面では、人々の影が不自然に乱れていた。
(気づいた香辻さんが助けようとして!)
すでに香辻さんはキャプチャー用のスーツを着たまま、観客席へと躍り出ている。人垣に小さな身体を必死に潜り込ませ、倒れている人のところに近づこうとしていた。
観客席側のメインの照明は消えていても、完全な暗闇ではない。異変に気づいた観客の一部が、スマホの灯りやカメラを香辻さんがいる辺りに向け始めている。
「やめっ」
叫びそうになった喉にヒロトの理性がギリギリの所で蓋をする。下手な大声は場内を混乱させて、最悪の事態を招くだけだ。
スタッフも動き出しているが、観客席側に行くには一度通路へ出なければならない。ステージから直接降りる以外は。
ヒロトは躊躇わず巨大スクリーンの端に手をかけると、破れてしまえとばかりに隙間を広げ、通り抜けていった。
香辻さんの動きに併せて、船が立てる曳き波のようにまたたく間に困惑が観客席に広がっていた。
「どいて!」
乱れた人垣の間をヒロトは無理やり進んでいく。ヒロトの荒っぽく無遠慮な動きに、他の観客たちも苛立ちを迷惑そうにぶつけてくる。
「ぶつかってくんなよ」
「ちょっと荷物あるんだから!」
聞こえてくる苦情を無視して、ヒロトは歩みを止めない。
「――を開けてください!」
ざわめきの中に、香辻さんの声が聞こえてくる。倒れた人を助けられたのか、引っ張り出そうとしているようだ。
観客も香辻さんも無事なら。
「よかっ――」
安堵しかけたヒロトの耳を、不自然に甲高い音がつんざく。
「ぎゃあっ! うるさっ!」
観客たちも一斉に耳を押さえて顔をしかめる。
何が起こったのか確かめようと、ヒロトは発信源のステージの方を振り返った。
巨大スクリーンの全面が青に染まっていた。クシナの姿もなければ、そこに映っているのはバーチャル空間ですら無い。
(ブルスク?)
なぜこのタイミングでという疑問を考えるより先に、突然事切れたかのように巨大スクリーンが消えてしまう。最大の光源を失った場内は暗闇に包まれた。
「きゃぁっ!」
「押すなよ!」
「こっち危ないぞ!」
闇が人々の困惑を混乱へと変えていく。場内のそこかしこで、人々の恐怖が声を抑えた悲鳴となって漏れていた。
「だから、押すなって!」
誰かの声が引き金となったかのように、ヒロトの周りの影が物理的な圧力をかけてくる。一人ひとりでは小さな身じろぎとよろめきがいくつも重なり、その動きに逆らっていたヒロトに襲いかかってくる。
(ぐっ……香辻さんのところへ、行かないと!)
押し返そうとする圧力に耐えて踏ん張ったヒロトは、満員電車と化した人垣を強引にかき分けていく。
影と影の間からわずかに、小柄な女の子が屈み込むようにして女性に話しかけているのが見えた。ほんの1メートル先だ。
(あと少し)
香辻さんの横顔が見える。助けた観客も無事のようだ。
「きゃあああっ!」
脈絡のない悲鳴。蹌踉めいた人影がバランスを崩し、香辻さんに覆いかぶさっていく。
「危ないっ!」
駆けつけようとするヒロトだったが、身体は群衆の間から抜け出せず、伸ばした手は彼女の髪にすら届かない。
香辻さんの小さな身体が胸から倒れ、そのまま人影に押し潰されてしまう。
「どけええええええええっっ!」
ヒロトの喉から迸る獣じみた大声が自らの脳を揺らす。
まるで暴徒鎮圧用の手榴弾でも投げ込まれたかのように、辺りから人が散り、輪が出来る。香辻さんを押しつぶした人間も、怯えたように人混みに紛れていった。
場内に薄明かりが灯り、徐々に明るくなっていく。
現れた空白地帯には香辻さんと、彼女が助けた観客だけが残されていた。
「なんだ?」
事情を知らないのだろう男が、興味本位でスマホを向ける。
「撮るな」
スマホを握りつぶそうとするかのように伸ばされたヒロトの手に、男は恐怖しスマホを抱きしめる。他の観客たちもライト代わりにしていたスマホさえ、慌ててポケットにしまっていた。
観客を抑えたヒロトは膝を折って、香辻さんに顔を近づける。
「香辻さん」
声をかけるが反応はない。
横を向いている香辻さんの口に手をかざす。小さな鼻から規則正しい息吹を感じる。詰まっていたり、苦しそうなところはない。疲れて眠っているようにしか見えない。
幸いにも彼女が頭を打っていないのは、ヒロトからも見えていた。ステージパフォーマンスや緊張で呼吸が荒くなっていたところに、胸を激しく圧迫されたことで失神してしまったのだろう。油断は出来ないけれど、深刻なことにはならないだろう。
ヒロトは上着を脱ぐと、香辻さんの顔を隠すように被せた。それから、彼女の小さな身体をそっと抱えあげる。意識のない人間の重さが、運動不足の腕と脚と腰にずっしりとくる。手が千切れようとも絶対に落とさないように、ヒロトはしっかりと抱きかかえた。
香辻さんが助けた女性の方を向く。
「念の為、あなたも一緒に来てください」
返事も聞かずにヒロトは通路に向かって歩き出す。
恐怖で震えだしそうな手で香辻さんを抱きしめ、無力感に砕けそうな足を動かし続けた。
香辻さんを抱えたヒロトは関係者通路から下手の舞台袖へ入っていく。
「進行どうするの?!」「復帰まだ?」「いまアナウンス入れるから、それまで待って!」
ステージは観客席以上の大混乱に陥っていた。インカムをつけたスタッフが機器の確認に奔走し、モーションキャプチャー用のパソコンの周りには技術スタッフの人だかりが出来ている。その横では舞台監督とケンジが顔を合わせ、深刻な様子で何かを相談していた。
そんなスタッフたちが動揺する姿を前に、ハイプロメンバーたちは自分たちの無力感を噛みしめるように手を握り合い、立ち尽くしている。
「レラちゃん!!」
「香辻さん!!」
ヒロトに気づいたクシナと夜川さんが心配げな声を上げ、駆け寄ってくる。
「うそ……なにが……」
返事をしない香辻さんに、クシナの声が震えていた。
「たぶん瞬間的な酸欠で失神しただけだから。大丈夫」
一言付け足したヒロトの視線は二人を向いていなかった。
「ステージでも何かあった?」
「トラブルがあって……あ、レラちゃんのことじゃないから!」
クシナは念を押すように言うが、見たことのない苦い表情をしている。大きな問題が起きているようだ。
「なら、香辻さんを楽屋に預けたら僕も」
いいかけたヒロトの言葉を夜川さんがサッと手で遮る。
「ステージのことはあたしが把握しとくから、河本くんは香辻さんの側にいてあげて」
夜川さんは余計なことを心配するなと、自分の胸をポンポンと叩く。
「……ありがとう」
言葉だけでは足りないと思いつつ、ヒロトは頷くだけの会釈を残しバックヤードに向かった。
ステージの混乱とは対照的に楽屋前の通路に人影はない。プログラムの合間に身体を休めていたメンバーも、居ても立っても居られないとステージに集まっているようだ。
楽屋の扉を背中で押し開ける。テーブルの上には飲みかけで蓋も付いていないペットボトルや開けたばかりのチョコレートの箱などが置きっぱなしになっていた。
ヒロトは香辻さんの身体をソファーに下ろし、そっと横たえる。重さと共に腕から熱が離れていく。Yシャツは汗で濡れ張り付いていた。
椅子に腰を下ろしたヒロトは、呼吸を思い出したかのように長い息を吐き出した。
「……っ」
なぜ気づけなかったんだ。自分が演出じゃないから油断していた。ハイプロのステージだからと最初から諦めていたんじゃないのか。もっと注意深くいたら気づけたんじゃないのか。プロデューサーとして見ているべきは灰姫レラではなく、観客の方だったんだ。そうすれば、彼女より先に気づいて対処できたんじゃないか。そうすれば香辻さんも倒れたりせず、ステージは今も問題なく続いていたんじゃ、そうすれば――。
意味のない後悔がチェーンの外れた自転車のペダルみたいに空回っている。自分を罰することすら出来ない空虚な思考だ。うんざりするけれど、止められない。
『只今、会場内の安全確認を行っております。もうしばらくお待ち下さい』
開けっ放しだったドアから、雛木さんの場内アナウンスが聞こえてくる。出来る限り落ち着かせようとしているのだろう、不自然なほどにゆっくりとした口調だ。
観客たちはきっとステージの再開を待っているのだろうが、ヒロトにはもうどうでもよかった。
ソファーに横たわった香辻さんは、目を閉じたままだ。
(僕はまた……)
繰り返すのか。
(取り返しのつかない失敗を……)
視界が辺縁部から暗くなっていく感覚。
何かに縋ることの痛いしさを、幼い頃からヒロトは何度も見てきた。
最後は金に縋るしかなかった父、そんな父の権力に縋っていたプレセペ会の幹部、考えることを放棄し宗教に縋るだけの信者、そしてありもしない才能に縋る子供たち――。
愚かだとすら思っていた。
その自分が指先を祈るように合わせている。
無力さに苛つき、爪が皮膚に食い込むほどに強く、冷たい指先を組んで――。
「河本くん?」
光さすような優しい声に、ヒロトは顔を上げる。
くりっとした瞳が心配げにこちらを見ていた。
「気持ち悪いとか、グルグルするとかない?」
「あ、はい……大丈夫です」
身を起こした香辻さんは、首を軽く動かして答える。
「うん、良かった。頭は打ってないから、急激な酸欠で失神したんだと思う」
ヒロトから見ても、眼球の不自然な揺れや言葉におかしな所はない。
「私……ああっ! 倒れてた人は?」
ここに二人しかいないことに気づいた香辻さんが慌てた声を上げる。
「心配しないで。ちゃんとスタッフの人が救護してるから」
「よかったぁ~」
胸を撫で下ろす香辻さん。自分のことよりもホッとしているようだ。
「そうだ、早くステージに戻らないと!」
「まだ休んでて!」
ソファーから飛び上がろうとする香辻さんを、ヒロトは慌てて手で制した。
身体が心配なのはもちろんだけれど、今のステージの空気を香辻さんには見せたくなかった。
「ステージの進行が止まってるから」
「それって……私が勝手なことしちゃったから」
俯いた香辻さんは自分の太ももをグッと握りしめる。
垂れた前髪の下にあるのが葛藤なのか後悔なのか、ヒロトには分からない。
けれど、伝えるべき言葉だけは分かっていた。
「違う。香辻さんのせいじゃない。誰が悪いとかでもないんだ」
「なら、私は元気だからって伝えないと、ライブが!」
香辻さんはソファーから身を乗り出す。髪を振り乱した彼女の頬が汗ではない湿り気を帯びていた。
「ライブを続けなきゃ……」
願うように伸ばす香辻さんの手を、ヒロトは手を取る。
「それは……」
だけれど、ヒロトには答えることが出来なかった。
「今日のライブは終了だ」
代わりに別の声が答えた。
ドアの方を振り向くと、ケンジが毅然と立っていた。
「えっ……」
最後の望みが潰えたかのように、香辻さんが声を詰まらせる。
「客席のトラブルだけではない。機材にも大きな問題が発生した」
「私が変なことしたから……」
香辻さんの声が今にも吐きそうなほど震えていた。
「違う。リハーサルで仕上げた、キャリブレーションやモーション関連の設定が一部消し飛んだ」
ケンジは苦々しい表情で答える。もちろん予備の機材の準備はあるが、使えなくなったシステムの代わりに置き換えれば良いという話ではない。
そもそも有り得ない類のトラブルだ。
「ちょっと待て。ソフトが原因? それとも人為的ミス?」
ヒロトが矢継ぎ早に尋ねる。パソコンやモーションセンサーが壊れたとはまったく違う話だ。ソフト関連のバグでなければ、香辻さんが舞台から飛び出したのをフォローしようとしてスタッフが何か変なことをしたぐらいしか可能性が浮かばなかった。
「分からん。メインシステムに強制終了した形跡があるだけで、スタッフの誰も心当たりがなかった。偶発的なトラブルが重なっただけとしか言えん」
最も知りたいのだろうケンジが、首を横に振る。調査をしている時間もないだろう。
「その、再設定にはどれぐらいかかるんですか?」
希望はないのかと香辻さんは食い下がる。
「既に設定とチェックを試みているが、単純に1人1分としても22分かかる」
「アンコールを入れても終演時間までは37分……、これから再設定してもステージに使えるのは15分も無い。フィナーレの一曲とエンディング映像でギリギリか」
ヒロトの概算にケンジも妥当だと頷く。
「グズグズと無様な準備風景を見せるぐらいなら、ここですっぱりとエンディングを流す。そして後日、オンラインで2時間のスペシャル枠として仕切り直す。その方が観客にとっては満足できるはずだ」
会社の代表としてケンジが下した決断は、ヒロトにも最善に思えた。
「それじゃ、ケンジ社長とハイプロのみんながライブにかけた想いが!」
でも、香辻さんだけは違った。
「そのライブで『重大なトラブルがあったのに続行』というリスクを犯せと言うのか? もし悪意のある人間に、けが人が出たのにライブを強行したとでも書かれたらどうする? 大炎上だ。ライバーとファンを守るためにも、これが合理的な判断というものだ」
「それは……でもっ」
頭では理解できても心が納得できないと香辻さんは、ケンジの目を見続ける。
「とにかく、これで終わりだ」
「なにか無いんですか! ライブを続ける方法は……」
食い下がる香辻さんのことを、ケンジは聞き分けがない子供だとでも言うように小さく首を振る。
「ゲストのお前がなぜそこまで口を挟む? 新曲の発表に未練があるのか?」
「違います。ライブを楽しみにしてくれた人がいるからです。チケットを買ってくれたお客さんも、今日まで練習してきたハイプロのみんなも、今も頑張ってくれてるスタッフさんも、ケンジ社長も! それに、倒れた人もこのまま終わったらきっと辛い思いをするから……私が余計なことをしちゃったからだけど、あの人は自分の所為だって思うかもしれない」
香辻さんはグッと大きくまばたきをする。
「自分の所為で皆が嫌な気分になったときの辛さ、私は知ってるから……だから」
もう一度考えて欲しいと訴える香辻さんの真っ直ぐな瞳。ケンジはわずかに視線を落とす。
「無理だ」
胸の奥から不意に漏れたような一段低い声でケンジは言った。
「なにより、ステージがもう冷え切ってしまっている。トラブルの影が脳裏にチラついたままでは、ステージに熱を取り戻し、観客を心からライブに夢中にさせることは出来ない」
ケンジの低い声には深い悔しさが滲み、叫びを我慢するかのように頬が強張っていた。
誰よりも悔しいのはケンジだと、香辻さんにも分かっている。だから、彼女にはこれ以上は言えなかった。代わりに、自分の責任を飲み込むように頷こうとしていた。
誰も香辻さんが間違ったことをしたなんて思っていない。
だけど彼女は、自分の所為でこのライブが駄目になってしまったと、抱え込んでしまうだろう。
それを背負わせるのか?
彼女のために頭を下げるだけがプロデューサーじゃない。
「……僕がなんとかする」
彼女の願いを叶えるのがプロデューサーだ。
「河本くん!」
「ヒロト?!」
歓喜と驚きの声が重なる。
「このライブ、絶対に成功させよう」
「バカを言うな! この冷え切った状態から、もう成功などありえん!」
ケンジは呆れと怒りが入り混じった様子で語気を強める
「やってみなくちゃわからないだろ。失敗したら、悪いのは僕だ」
そして、リスクを背負うのもプロデューサーの仕事だ。
ヒロトは根拠も示さずふてぶてしく言ったのに、香辻さんは嬉しくて堪らないと瞳を輝かせていた。
「河本くんならできるよね!」
香辻さんの信じ切った声は、不思議とプレッシャーにはならない。それどころか、ヒロト自身にもあった疑念をフーっと吹き飛ばして背中を押してくれる。
意気込む二人に見つめられたケンジは眼鏡を押し上げる。
「……仮に成功したとしても、プログラムは大幅カットだ。灰姫レラの時間はもう無いぞ」
「私のことはいいんです。それよりライブをお願いします!」
勢いよく頭を下げる香辻さんに、ケンジは重い息を吐く。
「分かった。オレだって、ライバーやファンに残念な思いをさせたくはない」
やった!と顔を見合わせるヒロトと香辻さん。だが、ケンジは早計だと二人の勢いを遮った。
「ただし灰姫レラ、お前は楽屋で待機だ。実際の原因はともかく、今の状況でお前をステージには立たせられない。他のメンバーにも会わせるわけにはいかない」
「はい」
香辻さんは、はっきりと頷く。
その覚悟に応えたい。
「行ってくるね。プロデューサーとして」
「お願いします、プロデューサー!」
力強い言葉を背に、ヒロトは楽屋を後にした。
「それで、どうするつもりだ?」
歩きながらケンジが話しかけてくる。
「いつもの配信と同じ。トラブルがあったら繋ぐだけ」
答えながら通路を抜け、そのままステージへと足を踏み入れる。
戻ってきたケンジに、出演者とスタッフから問うような視線が集まる。ライブをどうするのか、やはり中止なのか――諦めや悔しさが彼らの瞳を曇らせていた。
「レラちゃんは?」
一人足りないことに気づいたクシナさんが心配げに言う。
「灰姫レラはもう目を覚ました。念の為に楽屋で休んでもらってる」
ヒロトの答えに安堵し胸を撫で下ろそうとするクシナとスタッフたち。
だが、ヒロトは大げさに手を叩いて、それを邪魔した。
「ほら、なに気を抜こうとしてるの。早くライブを再開する準備だ。手を止めない」
こいつは何を言ってるんだと、ほぼ全員が呆れを通り越した顔をしていた。
「しゃ、社長? どういうことですか?」
全員の困惑を代表して、雛木さんがケンジに尋ねる。
「今から、こいつがライブの総合プロデューサーだ」
そう言ってケンジは自分のインカムを外すと、それをヒロトに握らせた。
「好きにやらせろ」
有無を言わせない様子のケンジに、スタッフたちは反論も忘れたように唖然としていた。ヒロトとしても無駄な議論をしている時間なんて1秒たりとも無いと、インカムを装着する。
「ハイプロのライバーさんたちは、技術スタッフとモーションキャプチャーの設定を最優先で! 準備できたら、誰でもいいから映しちゃって」
「は、はいっ!」
ライバーたちは急いで準備に取り掛かる。
「エンディング映像はカットする。代わりにライブ後にすぐに見れるように公式チャンネルにアップだ」
「私が準備します!」
雛木さんが手を挙げ、ヒロトの無茶苦茶な指示に真っ先に応える。
「ひねり出した時間は全てフィナーレに割り振る。舞監はタイムキーパーと話し合って、進行と演出を変えて」
「わ、分かった。だが、ステージはどうする? 設定中の声を垂れ流すのか? それともBGMでも流しておくつもりか?」
舞台監督の質問に答える代わりに、ヒロトは夜川さんの方を見る。
「ナイトテールいける?」
「もっちろん!」
響く二つ返事がただ心強い。
「このPC借りるよ」
答えも待たずにヒロトは巨大スクリーンに映像を届けるパソコンと、自分のスマホを接続する。このスマホの中には配信に必要なデータもアプリも一通り入っている。
「ケンジ、灰姫レラが助けたお客さんは?」
超特急でパソコンの設定を変更しながら、ヒロトは背後に声をかける。
「スタッフと裏にいる」
「じゃ、ここに連れてきて」
口の立つケンジならどんな相手でも説得できるだろうと任せることにした。
「マイクの準備は?」
「オッケ~」
夜川さんは手にしたマイクを、魔法のステッキのようにくるりと回す。
「さあ、ライブを続けよう!」
スタッフの混乱なんて知ったことかと宣言するヒロト。待ってましたと夜川さんはマイクのスイッチをカチッと入れた。
『ちぃっすーー! こんしっぽ~~』
突如として会場に流れ出した声に、観客たちがざわめき出す。雛木さんのアナウンスでもなければ、ハイプロライバーでもない女性の声に、困惑しながらもスマホから顔を上げてステージの方に視線を向ける。
『さてさて、あたしは誰でしょーか?』
ライブともトラブルとも違う、マイペースすぎる問いかけと声に観客たちは混迷の世界に連れ込まれていく。
『え~、ホントに分かんないのー?』
これまでの流れも雰囲気も関係ないと、ぐいぐい突っ込んでいくナイトテール。その圧に耐えきれなくなった観客の誰かが弱気そうな声を漏らす。
「もしかして……ナイトテール?」
『せいか~い☆ 神出鬼没の猫耳マジシャン・ナイトテールだよー。みんなよろしくね~』
まるでエモーションボタンを押したかのように、疑問の?と驚きの!が会場中の観客の頭上に現れていた。
『ちょっぴしトラブってごめんねー。ライブの再開に向けて、みんな頑張ってるから安心して! それまで、ド暇なあたしが繋ぐからさ、みんな付き合ってくれるー?』
普段の配信でのキャプチャー関連のトラブルぐらい軽く言うナイトテールに、観客たちから小さな笑いが聞こえてくる。
『反応うっす! もっ一度聞くよー、あたしに付き合ってくれるーーーー?』
「はーーーーい!」
観客たちからも応援するとばかりに、大きな声が返ってくる。それに合わせて、ヒロトはナイトテールの姿を巨大スクリーンに映し出す。ライブ用の3D空間ではなく、普通の2D仕様の配信画面だ。
『繋ぎを任されたんだけど、完全ノープランなんだよねー。あたしの今日の朝ごはんについて駄弁ってもいいんだけど、ちょっち勿体ないよねー』
いきなりの大舞台にもナイトテールはまったく動じていない。むしろ『トラブルさえ楽しんでいる』様に見せているフシがあった。
『せっかく1億年に一度あるかないかのトラブルなんだし、いま裏でどんなことしてるのか皆に大公開しちゃおっと』
マイクを手にステージ上を移動していく夜川さん。もちろん2Dのナイトテールは歩けないけれど、暴れるフェイストラッキングで足音で観客にもはっきりと伝わっていた。上下左右に動き回る首に観客がツッコミを入れるように笑っている。ライブ用に設置されているカメラとシステムをそのまま流用してのトラッキングで、最適化がされていないことが良い方向に働いていた。
『はーい、今あたしの横には調整中のクッシーがいるよー。みんなには見せられない、あられもない格好しちゃってまーす』
適当な説明をしながら夜川さんは、クシナにマイクを向ける。
『ふふっ、お化粧直ししてるから、もう少しだけ待っててね』
そう言って、クシナは観客席に向かって手を振る。もちろん見えはしないけれど、観客たちは声援と共に手を振って応えていた。
『次はタマちゃんに~』
スタッフにされるがままにモーションスーツをいじられていた白山タマヨに、夜川さんはマイクを突き出す。
『調子どー?』
『めっちゃんこ眠い~。ボクだけ帰ってもバレなくなくない?』
映っていないタマヨはここぞとばかりに、ぐでっと体重をスタッフさんに預けていた。
『いやいや、バレるし』
『そ? ならさ、ナイトテールが代わりにボクの中に入ればいい。うん、それで解決』
『いやバレるからっ! その変なグローブ渡そうとしないでってー!』
『でっていう~』
適当な事を言いながらタマヨは本当にモーションセンサーが付いたグローブを、夜川さんに押し付けようとしていた。
ボケたおすタマヨに、テンポよくツッコミを入れていくナイトテール。二度目の絡みとは思えないほどの相性の良さで、会場は大いに盛り上がっている。
ナイトテールがインタビューを続けていると、スタッフ通路からケンジが戻ってくる。
「連れてきたぞ」
そう言ってケンジが下がるのと入れ替わりに、女性がおずおずと一歩前に出る。二十歳は過ぎているだろうが、歳はよく分からない。二十代前半でも、三十代後半でも通りそうだ。度の強めの眼鏡をしていて、髪は肩口までのセミロングで、化粧っ気があまりない。ゆったり目のカーディガンを着ていて、ライブよりも美術館の方が似合いそうな雰囲気だ。
とにかく申し訳無さそうに沈んだ表情で肩を落としている。
「お身体は大丈夫ですか?」
丁寧さと真摯さを心がけたヒロトは気遣うように尋ねた。
「大丈夫です。あの、彼女が救ってくれたから」
女性も自分を助けたのが灰姫レラだと気づいているだろうけれど、名前は出さかった。
「彼女は?」
「いまは楽屋で休んでいます。体調に問題はありませんが、念の為です」
ヒロトの説明に、女性は安堵しつつも表情は晴れない。
「良かった……。でも、私のせいで」
ライブのことか、灰姫レラのことか。おそらく両方だろう罪悪感が女性の目尻に皺となって浮き出ていた。
「実は、貴方にお願いがあるんです」
「私に? 出来ることなら……」
聞き返す女性はわずかに視線を逸らす。ヒロトは絶対に断らせないと、少しだけ距離を近づけた。
「出演者も観客も、全員を幸せするために協力してください」
できる限り紳士に、それでいて相手に申し訳なく思わせるように、ヒロトは苦味の混じった笑みで提案する。
「……分かりました。私で出来ることなら」
迷いをみせた女性だが、一切視線を外さないヒロトに負けて頷いた。
「ありがとうございます。それでは――」
怖気づかれては元も子もないと、ヒロトは簡潔にして欲しい要点だけを女性に説明した。
「分かりました」
「良かった。では、僕が合図したらお願いします」
「はい」
緊張気味の返事を受け取ったヒロトは、映像の方に目を向ける。今はナイトテールがリハーサルの裏話を、ハイプロメンバーに絡みながらしているところだ。
ヒロトが演者用のプロンプターにカンペを出すと、すぐに気づいた夜川さんが頷く。
「今です」
合図に女性は意を決したように頷き、夜川さんに近づいていく。
『ここでさらに新しいゲストの登場だよー!』
ナイトテールの紹介に今度は誰だと、会場も盛り上がる。
『スペシャルゲストはなんとー、さっき倒れた人!』
会場の全ての吐息が一瞬止まったかと思えるような沈黙。何も知らされていなかったハイプロのスタッフたちは凍りついていた。
「はっ?」「えっ、大丈夫なの?」「ウソでしょ?」「仕込みのわけないよね……」
ヒロトの投げ込んだ困惑の手榴弾が観客席で爆発し、心配とどよめきが巻き起こっていた。当然だ、アイドルらしさを売りにしているハイプロの、それもライブでこんな飛び道具が飛んでくるとは観客は想像すらしていないのだ。
『ド、ド、ド、どうも。すみません、ご迷惑をおかけして』
開口一番ド緊張して音量調節が上手くいっていない謝罪の声が会場に響き渡った。
『だいじょぶだいじょぶ~、レラちゃんも怪我とかしてないんだからさ。会場のみんなも気にしてないよねーー!』
ナイトテールの声掛けに、会場から「大丈夫ー!」や「もちろん」「気にしてない」と暖かい反応が返ってくる。
『でさ、今日はどして倒れちゃったのー?』
気にしないと言質をとったからと、ぶっちゃけ気味に突っ込んでいくナイトテール。肝を冷やしたハイプロの一部のスタッフが、ヒロトに止めろと言いたげな視線を送ってくるがもちろん無視だ。
『お恥ずかしいんですが徹夜で作業して、ほとんど寝ないでライブに来てしまって……』
『徹夜? お仕事忙しい系?』
『私、その……漫画家で、締め切りだったんです』
女性の意外な告白に、会場とナイトテールが盛り上がる。
『えっ?! マンガ家さんなのすごっ! 名前おしえてよー!』
『野田はるさめって言います。はるさめは平仮名で』
『どんなマンガ描いてるの?』
『いまは仮面の国という小説のコミカライズを』
『ええええっ! ホントにーーーー!』
いきなりテンションが振り切れるナイトテールに、野田さんが何事だとビクつく。
『あたし、仮面の国の小説読んだばっかりだよー! マンガあったんだー、今度買おっ!』
『ありがとうございます』
恐縮してお辞儀する野田さん。さらに会場からも「知ってるー!」や「マンガ買います!」などの声が上がっていた。
『やっぱり、マンガ家さんって徹夜とか大変なんだねー』
『えーっと、私、筆が遅くて。担当さんにも印刷所にもご迷惑をかけてばかりで』
野田さんが申し訳無さそうにしている間に、ヒロトはパソコンを操作してスクリーンに漫画の表紙や切り抜きのコマを映し出す。
『うわーー! すっごい綺麗! こんな精密なら時間かかっちゃうよね』
細い線でびっちりと描き込まれた美麗なイラストに、ナイトテールだけでなく、会場からも感嘆の声が聞こえてくる。筆が『遅い』理由は一目瞭然だった。
『これだけ頑張ったご褒美なら、ライブ観たいよねー』
『はい。これまで何度もライブチケットに応募してて、今回初めて当たったんです。それで、徹夜でちょっと体調悪いかなって思ってたのに我慢できず……』
野田さんの徐々に萎れていく声に、ナイトテールがその気持ちはよく分かるとウンウンと頷いていた。
『ご褒美があるから頑張れるとこあるもんね。ちなみにさ、会場にも今日は徹夜か徹夜気味で来た人っているー?』
観客席で結構な数のサイリウムが質問に答えるように揺れていた。
『あははは、ダメな人が100人以上いまーす』
仕方ないなと笑うナイトテールに、会場もそういう空気になっていた。
『みんな同罪だかんね。100人で分割して、ちょっとずつ反省すること!』
普段の配信と変わらないお説教タイムに入ってしまったナイトテールは止まらない。
『っていうかさ、Vもリスナーも夜ふかしし過ぎ問題だって! もっとちゃんと寝ないとダメ! アオハルココロちゃんも健康が一番大事って言ってたよね?』
通称オカンモードに突入したナイトテールのトークはヒートアップしていく。
『寝坊したVに、ちゃんと寝れて偉いとか言ってる場合じゃないからさ、まずキミたちがちゃんと寝なよねー』
ズバズバ斬り込んでいくトーク内容に、リアルの観客席も配信もさっきまでのトラブルを忘れて大いに盛り上がっていた。
「客いじりをこんな形でやらせるとはな」
ケンジはもう笑うしか無いと言いたげに、鼻息を漏らす。最初はステージを睨みつけるような険しい表情だったケンジも、今では全てを諦めたよう肩から力を抜いていた。
「被害者じゃなくて、共犯者になってもらうのが一番早い解決方法だからね」
「悪どいところはまるで変わってないな」
それが面白いと言いたげなケンジに、ヒロトもくすりと笑う。
「ライブの参加者全員が共犯者なら禊も必要ない。バグ技みたいもんだね」
「言う易しだが、実現するのは並大抵のことじゃない……、そこで切り札(ナイトテール)か」
納得したとケンジが頷く。
「話題になっているのは知っていたが、ナイトテールのトーク力がここまでとはな。思っていた以上だ」
「彼女はただ『陽キャ』なだけじゃなくて、意識してその使い方が上手いからね。誰の懐にもするりと入り込んでいくなんて、普通に出来ることじゃない。センスと頭の回転、そして相手の意識の向けどころを見抜く力を持ってる」
本質的には学校で見る夜川さんと変わらない。生徒にも教師にも好かれ、自分から人をまとめることも誰かのサポートも出来る。
彼女がどうやって(あるいはどうして)、そんな力を身につけたのか分からないけれど、特別な理由があるようにヒロトは思っていた。
「まさにマジシャンだな。誰にも気づかれずターゲットのポケットにカードやコインを忍ばせるように、リスナーの心に入り込んでいく……ハイプロ(うち)には居ないタイプだ」
ケンジの目が不穏に光っていた。
「あげないよ」
「それを決めるのは本人だ。そうだろ?」
先日の本社での意趣返しだと、ケンジは意地の悪い笑みを浮かべていた。ヒロトは返事の代わりに肩をすくめてみせた。
トークが続き、ヒロトが時計を確認しようとした時だ、スタッフの声が聞こえてくる。
「全員の調整、もうすぐ終わります!」
報告が聞こえている夜川さんが、ちらりとこちらを見る。ヒロトはそれに親指を立てて応える。
『みんな、おまたせ! ライブ再開の準備ができたよーーーー!』
ナイトテールの喜びの報告に、観客から待ちに待ったと歓声が上がる。
『休憩は十分だよね! 限界まで盛り上がってこーーーー!!』
「おおおおおおおおおおおお!!」
拍手と雄叫びに揺れる巨大スクリーンが、ナイトテールの配信画面からバーチャルライブ空間へと切り替わる。
スポットライトの中で、姫神クシナがひとり立っている。
『おまたせしてごめんなさい!』
クシナは客席に向かって頭を下げる。3Dの毛先の挙動まで意識したような丁寧な一礼だった。
『ナイトテールちゃんもありがとう!』
『どういたしまして~』
ナイトテールの声だけが聞こえてくる。
『せっかくだから、一緒に歌っていかない?』
「おおっ!」
クシナの提案に会場からは歓声が、
「えっ?!」
そしてヒロトやスタッフからは驚きの声が上がる。
当然だ、ナイトテールが歌う予定なんてない。
『いいの? あたしがステージで歌っちゃって』
ナイトテールの問うような視線に、ヒロトは困惑しつつも頷く。それを待っていたかのように、バーチャル空間上に光の粒子が集まりナイトテールの立ち絵が現れる。映像担当のスタッフや舞台監督には、クシナがすでに話を通してあったようだ。
『前にカラオケの約束したじゃん』
見くびらないでと言いたげな、クシナのウィンクにヒロトは苦笑しながら降参だと両手を軽く挙げる。
『約束……そっか。なら一曲だけ歌っちゃおっかなー!』
声を弾ませるナイトテールに、観客席からも聞きたいと応援の拍手が聞こえてくる。
『それでなに歌うー?』
クシナが質問に答える代わりに、もうイントロが流れ出していた。
『これって!!』
気づいたナイトテールが嬉しそうに手を叩く
それはもとから準備してある曲だった。
しかし、トラブルで歌われることがなかったソロ曲。
『これしか無いでしょ?』
クシナが不敵に笑う。
『うんうん♪ これっきゃないねー!』
ナイトテールが満面の笑みで応える。
『『クソザコシンデレラ!』』
万雷の拍手が会場に鳴り響いていた。
『じゃ、この後もライブ楽しんでねー!』
ナイトテールの立ち絵が消え、他のハイプロメンバーたちがステージに続々と戻ってくる。
クシナとナイトテールの歌うクソザコシンデレラを見届けたヒロトは、インカムを外しケンジに返す。
「さすがだな、ヒロト。あの冷え切ったステージを、ここまで熱く盛り上げるとはな」
受け取ったインカムをケンジは自分の耳に戻す。
「僕だけじゃない」
仕事はもう終わったとヒロトは楽屋へ向けて歩みだす。
「誰だって悲しい気持ちで終わりたくない。ライブを最後まで楽しんでスッキリしたい。だから、ライバーもスタッフも観客も『全員』が協力してくれたお陰だよ」
自分はそこにほんの少し方向性を与えただけで、それ以上でもそれ以下でもない。
「楽屋に行くんだろ。だったら、灰姫レラを呼んでこい」
思ってもいなかったケンジの言葉に、ヒロトは驚き足を止める。
「いいの? 他のライバーに示しがつかないんじゃない?」
「カーテンコールには『全員』必要だ」
ヒロトからはケンジがどんな顔をしているのか分からない。けれど、きっとケンジ自身に対して笑っているような気がした。
「ありがとう」
それだけ言ってヒロトは足早に舞台袖を後にする。スタッフ用の扉を抜けて角を曲がれば、楽屋はすぐそこだ。
(早く香辻さんに――)
通路に人影があった。
香辻さんがいる楽屋とヒロトを隔てるように。
あるいは誰かを待っているように。
「なんでキミが?」
ヒロトは足を止める。無視して通り過ぎることは出来なかった。
「配信で言ったでしょ」
彼女はもたれていた壁から離れると、行く手を遮るように通路の真ん中に出る。
「ワタシも見に行っちゃおうかなって」
アオハルココロは、「忘れたの?」とでも言いたげに笑っていた。
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ステージに熱を取り戻すことに成功したヒロト。
そんな彼の前に、アオハルココロが姿を現すのだった。
次回、第二部最終回!
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