#09【コラボ】番組収録に参加してみた! (4)

文字数 6,959文字

【前回までのあらすじ】
ネット番組の収録前、
他事務所のライバー、サギリと出会った桐子。
サギリは番組配信に並々ならぬ決意を滲ませるが――。
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「迷わなかった?」

 控室に戻ると、河本くんがすぐに声をかけてくれた。時間がかかったので、心配させてしまったようだ。

「すみません! もしかして、皆さんを待たせてしまって!?」
「大丈夫。まだ出演者に呼び出しはかかってないよ」

 河本くんは証拠だと言うように、控室でくつろいでいる他の出演者たちを見渡す。

「あのです……ちょっと良いでしょうか?」
「ん、何かな?」

 声を潜めた桐子に河本くんが不思議そうに顔を寄せる。

「ハイランダープロダクションに詳しかったりしませんか?」
「まあ、それなりにね。アオハルココロをプロデュースしてる時に何度も現場で一緒になってるから」

 少しだけ言いづらそうに河本くんは眉をひそめる。

「河本くんが知ってること、私に教えて下さい」

 お手洗いで緊張で戻してしまっていたサギリさんの事を、桐子はどうしても放っておけなかった。女子高生の桐子には分からない大人の事情があるにしても、思いつめた表情の彼女を少しでも楽にしてあげたい。それには少しでも多く、ハイプロについて知る必要があると思った。

「ハイプロは業界トップのVチューバー専門の事務所だね。1期生の天ノひかりや姫神クシナを筆頭に、登録者数50万オーバーの大人気Vチューバーを多数抱えてる業界最大勢力。このあたりのことは香辻さんも当然知ってるかな」

 頷く桐子に、河本くんはここからが本番だと周りに聞こえないように声を潜める。

「社長の大谷ケンヂが4年前に立ち上げたベンチャー企業。急成長の裏では、他事務所からの引き抜きや有名声優の起用と、賛否両論なこともやってきてる」

「噂は聞いたことあります」

 ゴシップが好きではない桐子は自分から探したりはしないけれど、どうしても聞こえてきてしまう話がある。

「それでも会社としての人気は順調に上がっている。特にVチューバー志望者が所属したい事務所としては人気ナンバーワンだね。もちろん採用倍率は高い」
「そうなんですか、事務所に所属とか怖くて考えたことも無かったです」

 まずは面接、そしてまかり間違って合格したら他のメンバーとの絡み等など、元ひきこもりにはハードルが高くて多すぎる。

「でも本当に大変なのはデビューした後。毎年50人以上がデビューして、1年後には3分の1になってる」
「えっ?! そうなんですか?!」
「もっと言えば、定期的に配信を続けているアクティブなライバーは5分の1以下だね」
「あっ……、確かにクラミツさんとかオオゲツさんとか最近見てないかも……」

 ハイプロ所属ですぐに思い当たるVチューバーがいる。それも三ツ星サギリさんと同時期のデビューだった。

「社長の掲げている方針が『全ての才能にチャンスを』。広く人間を集めて、その中から才能を見極めてってことなんだろうね」
「見極めるって、たった一年で……」
「そこは企業だからしかたないね。個人とは比べ物にならない支援をする分の結果を求められる」
「やっぱり企業って厳しんですね……」

 視界の端では、サギリさんが一人で黙々と今日の台本をチェックしていた。真剣な横顔からは一つの失敗も許されないという気迫を感じる。

(まさかサギリさんもそういう状況なんじゃ?)

 総合プロデューサーの前で絶対に結果を出したいと言っていたサギリさん。追い詰められた表情がフラッシュバックする。

「香辻さん? どうかした?」
「私、サギリさんと話して来て――」

 そう言って桐子が踏み出そうとした時だ、ドアが開き腕章をつけたスタッフが控室に入ってきた。

「大変お待たせしました。準備ができましたので、これからリハーサルを始めます。出演者の皆さんはスタジオに移動してください。不要な手荷物は控室においても構いませんが、貴重品はスタッフに預けるか、各自で身につけておいてください」

 スタッフの声掛けで、それまで控室に漂っていた放課後の教室のような緩い空気が霧散する。談笑は消え、これから試合でも始まるかのように張り詰めていくのを肌で感じた。

(皆が顔つきが変わってる)

 事務所ごとにマネージャーと控室を出ていく姿に、桐子は気圧されてしまう。ドアから近い場所に居たはずなのに、その場に立ち尽くしたまま、他の出演者たちが出ていくのを見送ることしかできない。
 結局、サギリさんにも話しかけることができなかった。


 スタジオに入ると、番組ディレクターの仕切りで出演者と主要スタッフの紹介が始まった。
 先にスタジオ入りしていた司会の尾頭ヒラキさんとは、初めて顔を合わせた。ヒラキさんは舞台にも立つお笑い芸人で、Vチューバーとしても活動している。司会に定評があって、Vチューバーの関連番組では地上波・ネット問わずに見る人だ。3Dモデルと顔がそっくりだし、同じ魚の骨のアロハシャツを着ていたのですぐに本人だと分かった。
 今回の番組は出演Vチューバーが多く、さらに3Dと2Dのモデルが混在していたので、フェイストラッキングだけに統一されていた。出演者の席ごとに小さなカメラとマイクが一台置いてあるだけなので、スタジオはまるで遠隔会議のような光景だ。ステージセットも小道具も全てバーチャル世界にあるので、スタジオ自体が殺風景なのはしかたないけれど、華やかな世界を覗けると期待していた桐子には少し残念だった。
 リハーサル自体はスタッフの説明を聞きながら、番組の進行を確認するだけだ。始まってしまえば滞りはなかった。押していた時間も予定通りのスケジュールに戻っていた。

「本番まで15分です。トイレなどは今のうちに済ませて下さい」

 スタッフの注意が終わると、何かに気づいた夜川さんが立ち上がり、トコトコと河本くんのところへ近づいていった。

「河本くん、リップ持ってたりしない? 唇割れちゃってさー」

 艶っぽいネイルで押さえた夜川さんの唇が少し切れ、薄っすらと血が滲んでいた。小さな傷だけれど、番組の途中で更に裂けたら喋りづらそうだ。

「ごめん、さすがに持ってない。いつも持ってる化粧ポーチは?」
「控室に置いてきちった。取ってこないと」
「なら、僕が取ってくるよ。演者さんは出来るだけ、スタジオを離れないほうがいいからね」
「じゃ、おねがいするねー」

 河本くんはすぐに番組スタッフに控室を開けてもらうように頼むと、ADの男性と一緒にスタジオから足早に出ていった。

(き、緊張で汗がすごいことに…………で、でも河本くんもすぐに戻ってくるし………………私は大丈夫だから……)

 司会の尾頭さんや場馴れしているクシナさんが皆の緊張をほぐそうと話しをしているけれど、桐子の頭にはまるで入ってこない。
 番組の開始まで12分。
 隣の席に座っているサギリさんが台本を閉じて、長い息を吐き出す。

「灰姫レラちゃん、呼吸止まってるよ」
「えっ、あ、はい! す~~、は~~、す~~、げほっ! うっ、べっ! べふべふんっ! 」

 慌てて深呼吸をしたせいで、唾液ごと飲み込み思いっきり噎せてしまう。

「あははは、なにそれ!」

 出演者1人の笑い声が桐子の耳に大きく届く。それを皮切りに、静まり返っていたスタジオにどっと笑いが巻き起こる。

「あぅぅ……」

 恥ずかしさに身体を小さくする桐子に、司会の尾頭さんが笑いかける。

「そういうオモロイのは、番組にとっといてな」
「は、はい! すみません! 頑張って咳を溜めてみます!」
「頑張りどころが斜め過ぎやって! ゲームの溜め撃ちじゃないんだから。ま、気楽にいこうや」

 尾頭さんのツッコミにスタジオ全体の空気がふっと軽くなり、桐子の肩からも余計な力が抜けた気がした。
 視界の端でスタジオの扉が開く。

(河本くん、戻って――)

 そう思ったけれど、違った。
 制服ではなく、スーツを着た眼鏡の男性だ。年齢は20代半ばぐらいだろうか、180cm近い長身を包む立体縫製はオーダーメイドだと桐子でも分かる質の良いスーツだ。眼鏡の奥の目つきが鋭く、薄く色のついたレンズはその眼光を抑えているように思えた。
 男性は人目を引いた。メンズ紙のモデルのような単純な格好良さや華やかさだけではない。サバンナに悠然と立つライオンのような雰囲気を持っていたからだ。
 男性の放つ他者を圧倒するオーラが、一瞬で場を支配した。ほぐれていたスタジオの空気は、王の式典が始まる前のようにひりついてしまう。

(誰だろう?)

 尋ねるように隣のサギリさんを見ると、強張った表情でスーツの男性を凝視し身じろぎもしない。そのまま出演者を見回すと夜川さんと目が合う。彼女も分からないと肩をすくめていた。
 真っ先に動いたのは姫神クシナさんで、その後に同じハイプロ所属のサギリさんとタマヨさんが立ち上がる。

「大谷社長、おはようございます!」「おはようございます!」「どうもです」

 ばらばらの挨拶に、大谷と呼ばれた男性は三人の顔を順に見ていく。

(ハイプロの社長ってことは……あの人が大谷ケンジさん)

 ケンジさんの視線が桐子のすぐ近くで止まる。

「三ツ星、顔色が悪いな」
「大丈夫ですっ!」

 背筋を伸ばして答えるサギリさんに、ケンジさんの表情が険しくなる。

「声に張りもない。今すぐに発声だ」
「はいっ! ハイランダープロダクション6期生、三ツ星サギリ! バーチャルとリアルの境界を飛び越えて活躍したいです! よろしくおねがいします!」

 舞台女優のようなハッキリとした発声に桐子には聞こえたけれど、ケンジの額の皺は緩まない。

「プロとしてしっかりやれ」
「はいっ!」

 声は大きいけれど怯えたように瞳を揺らすサギリの横顔。

「あ、あのっ!」

 桐子は思わず立ち上がっていた。

「サギリさん、体調が悪いんです!」
「誰か知らんが、体調管理も仕事のうちだ」

 場違いにはしゃぐ子供を見るような冷たい目でケンジさんは言う。
 ぞわりと鳥肌に襲われた。すぐにでも謝って頭を下げたくなったけれど、桐子は頑なに顔を上げたままケンジさんに向かっていった。

「し、仕事でも、どうしてもダメな時もあります!」
「だからどうした。腹が痛いからと警官が強盗を前にして弱音を吐くのか? 親が死んだからと女優が主演舞台を休むか? ありえん話だ。プロとして、どんな状態でも全力で勝負をしなければならない」

 ケンジさんの正しすぎる言葉だ。それでも、桐子は唇を噛み言葉を絞り出そうとする。

「で、でもです!」
「もういいから、灰姫レラちゃん!」

 止めに入ったサギリさんの目が桐子を射抜く。余計なことをしないでと言っているように思えて、桐子は言葉にならない声を飲み込むしかなかった。
 触れれば割れそうな風船みたいに張り詰めた空気に、スタジオの誰もが呼吸すらもためらっている。
 それを破ったのは、またしてもスタジオの扉を開けた人間だった。

「遅れてごめん」

 キャラモノの化粧ポーチを手にした河本くんがスタジオに戻ってきた。

「ポーチがなかなか見つからなくて……」

 河本くんの足が止まり、その目線がケンジさんを捉える。

「久しぶりだなヒロト」
「ケンジ……」

 見つめ合ったまま動かない二人。
 そこにリップを受け取りに行った夜川さんが、交互に二人を指差す。

「もしかしてー、お知り合い?」
「僕が駆け出しの頃からのね」

 返事をした河本くんはなんとも言えない表情をしていた。少なくとも友達ではないことだけは分かる顔だ。

「アオハルココロと袂を分かって身を潜めていたようだが……、やはり戻ってきたんだな」

 顔の半分だけで笑ったケンジさんは、リップを塗り終わった夜川さんを見る。

「それが新しくプロデュースしてるライバーか?」
「ナイトテール」

 河本くんが少し不機嫌そうに紹介する。

「どもー」

 夜川さんの軽い挨拶に、ケンジさんは興味なさそうに一瞥すらしない。

「もう一人は灰姫レラ、三ツ星サギリさんの横にいる」

 紹介された桐子は慌てて頭を下げる。そういえばケンジさんに挨拶も自己紹介もせずに食って掛かっていた。顔が恥ずかしさで熱くなってしまう。

「威勢がいいだけの子供が紛れていると思ったが、あれが灰姫レラか」

 桐子が顔をあげるとケンジさんと目が合う。値踏みするような視線に、桐子は制服の裾を掴む。

「なるほどな。アオハルココロが無名のライバーと意味もなくVバトルをしていたが、お前が裏で絵を描いていたのなら納得だ」

 愉快そうに言ったケンジさんの口角が上がる。

「僕の目論見じゃないよ。そういう絵はもう描かない」
「いいや、お前の根っこは変わらないはずだ」
「ケンジこそ相変わらずみたいだ」

 呆れる河本くんの目が訝しむように細まる。

「どうしてキミ自身が現場に? 社長業で忙しいよね」
「その忙しい業務のうちだ」
「マネージャーに任せればいいと思うけど」
「食材を見極めない料理長はいないだろ? 情にほだされず、常に良いものを揃える。ハイプロは人材の質で勝負しているからな」

 そう言ったケンジさんは、横目でサギリさんたちの事を見る。

「人間は魚や野菜みたいには料理できないよ」
「お前がそれを言うのか? ヒロト、どんな心境の変化か知らないが、ずいぶんと子供じみたオママゴトを楽しんでるようだな」

 ケンジさんの挑発的な笑みに、河本くんは否定も肯定もせず、ただ揺るがない瞳で見つめ返していた。

「他人から見てママゴトに思われようと、自分が真剣にやっていればそれは本物だし、世界は変わっていくよ」
「それで変わるのは、部屋の中の小さな世界だけ。ただの自己満足だ」
「世界はそんなに大きくなくて、一つ一つが繋がっているだけだと僕は思う。だから自分の周りが変わるだけで、十分かもしれない」
「弱い人間の思考だな」

 一笑に付したケンジは、顔の半分を歪めて河本くんに詰め寄る。

「ふんっ、お前も心の底じゃ、そんなこと思ってもないくせに」
「強さも弱さも持っているのが人間だよ」

 舌戦と睨み合いにスタジオ中が静まり返る中で、夜川さんが思い出したようにリップをポーチにしまう

「バッチバチだねー。でもさ、スタッフさん困ってるみたいだよー」

 軽く言った夜川さんは、二人のプレッシャーに気圧されおろおろと困っていたADを指差す。

「すみません、そろそろ本番なんで……」

 死を決してような表情でADは恐る恐る二人に声をかける。

「失礼した」
「すみませんでした」

 虎と竜のぶつかり合いのような気配は完全に消え失せ、二人とも素直に壁際の見学者のところへ下がっていく。河本くんは用意された椅子に座り、ケンジさんは立ったまま現場に厳しい目を向けている。

「ふー……、番組開始まで残り3分です」

 タイムキーパー担当のADさんが合図を送る。出演者3人ごとに配信確認用のモニターがあって、そこに映った待機画面に『番組開始まで少々お待ち下さい』が表示される。番組の始まる気配に、視聴者のコメント数も一気に増えていた。
 隣の席のサギリさんが息を呑む。

「頑張りましょう」

 何か伝えなくちゃと心だけが逸って、桐子はサギリさんに向かって声を掛けていた。

「うん……ここで、絶対に」

 応えてくれたサギリさんは、挑むようにケンジさんの方を見ていた。

「本番まで5、4、3――」

 プロデュサーの指折りが2本、1本と消え。

 灰姫レラとナイトテール、二人の初出演ネット番組が始まった。

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ハイプロ社長の大谷ケンジ。
現実主義的な彼の言葉に圧倒されるなかで、
桐子は灰姫レラとして、初のネット番組に出演する。
果たして、番組は上手くいくのか?!

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