#14【絶対必勝?!】オーディション対策おしえます (3)

文字数 27,545文字

【前回までのあらすじ】
アオハルココロとの共演を賭けたオーディションに参加した灰姫レラ。
1日目を終えた彼女に、コラボグループへの誘いのメッセージが届く。

1話目はここから!
 https://novel.daysneo.com/works/episode/bf2661ca271607aea3356fe1344a2d5f.html

更新情報は『高橋右手』ツイッターから!
 https://twitter.com/takahashi_right

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『どうもはじめまして、詩片(うたかた)マヒルです』

 美少女イラストのアイコンが、通話に反応して点滅する。
 その声は少女にしては太い。というか、完全に男性の声だ。
 声とちぐはぐなアイコンのイラストは、アニメやゲームのキャラクターではない。彼のバーチャルの肉体だ。
 詩片マヒルは、バーチャルで美少女の身体を受肉した、いわゆるバ美肉だ。
 登録者数52万人、高い歌唱力を持つ大人気の個人Vチューバーでもある。元々は歌い手として活動していたけれど、なかなか芽が出ず、どうにかインパクトを出そうとバ美肉Vを始めたところ人気に火がついたと、ヒロトが昔読んだネットニュースのインタビューで語っていた。大人数が参加するイベントやコラボを積極的に開催していることでも知られている。特に『新春Vの歌合戦』は無名の個人から大手事務所のライバーまで参加する大規模イベントに育っている。

「はじっ、はじめまして灰姫レラです」
「裏方の河本です」

 香辻さんは配信用のマイクで、ヒロトはヘッドセットで、それぞれ挨拶をする。
 二人とも地下スタジオにいるけれど、アカウントやマイクを分ける必要があるので別々のPCを使っていた。
 ヒロトのPCでは録音アプリが起動し、この通話は全て記録している。詩片マヒルを特別に疑っているわけではない。初対面だったり交渉の場では、ヒロトは可能なかぎり録音を残すようにしていた。文章と違い、音声は準備しなければデータとして残らない。その代わり、文章よりも改ざんが面倒で、改ざんの証拠も判別しやすい。

『突然のお誘いにも関わらず、こうして説明の時間をとって頂き、本当にありがとうございます』
「い、いえ、こちらこそ、ご連絡ありがとうございます」

 詩片マヒルの慇懃な口調と態度に、香辻さんはかなり恐縮しているようだ。静止画どころか、小さなアイコンしか相手には見えていないのに、マイクの前でペコっと頭を下げていた。
 まるでオンライン面接のような状況だが、灰姫レラとしてはコラボグループへの招待を受けた側で、詩片マヒルはその主催だ。
 この勧誘はヒロトにとっては完全に予定外の事だった。
 オーディション中の配信スケジュールは、二人で話し合ってすでに決めていた。そこに不確定な要素を入れるのは、灰姫レラの負担が大きくなりすぎるとヒロトは判断し、香辻さんにもその意見を率直に伝えていた。
 それでも、香辻さんは「できればやってみたい」とヒロトに言った。言葉こそ控えめだけれど迷った様子はなく、むしろもう一歩踏み出したいという向上心が目に宿っているようにみえた。

 考えを変えるべきなのは自分だった。
 オーディションに勝つ方法を考える事も、灰姫レラのやりたいことを叶える事も、プロデューサーの大切な仕事だ。2つとも成功させるのが自分の役目なのだ。
 コラボグループ参加への実現に向けヒロトが詩片マヒルにメールを送ると、すぐに説明の場を設けることになった。
 そして放課後、地下スタジオでグループ通話アプリのディスコードを使って話をしていた。

『改めてご説明させてください。私達はオーディション限定のコラボグループ《スターゲイト》を結成していて、是非灰姫レラさんにも参加して頂きたいと思っています』
「ぞ、存じております!」

 詩片マヒルの丁寧な言葉遣いに、香辻さんは膝に乗せた手をぎゅっと握りしめ背筋を伸ばす。

『コラボグループと言っても、そう肩肘張ったものではないですから安心してください』

 香辻さんの緊張が通話越しにも伝わったのか、詩片マヒルは口調を少し和らげる。

『スクラムを組んでガチガチのタイムテーブル(タイテ)で予選突破を目指すようなものではありません。このオーディションをきっかけに少しでも仲良く出来たらという意味合いが強いです』
「仲良くするのはいいことだと思います」

 ふむふむと頷く香辻さん。

『もちろん、予選を真面目に戦わないというわけではありません。オーディション向けに配信の回数を増やすのは色々と大変ですよね。その部分をゲームコラボや対談企画なんかで、お互いにカバーしていけたらいいと思ってます』
「いいですね! オーディションを楽しく戦えそうな気がします!」

 声を弾ませる香辻さんは、もう乗り気なようだ。
 詩片マヒルの言うことはもっともだった。オーディションでアピールするために配信の回数を増やせば準備の負担が大きくなり、配信時間を長くすれば視聴者がダレて質が落ちる危険性がある。その点、気軽にコラボに誘えるグループがあれば、その両方をカバーできる。
 良い事尽くしに思える提案だが、ヒロトはすぐに提案に乗ろうとはしなかった。

「質問、いいですか?」

 それまで黙って話を聞いていたヒロトのアイコンが、挙手するようにはっきりと点灯する。

『はい、何でも聞いてください』
「話を聞く限り、マヒルさんにはメリットが無いように思えます」
『私ですか?』

 その質問は想定していなかったのか、詩片マヒルは困惑気味の声で言った。

「Vシンガーとしての歌唱力はもちろん、大型企画を成功させてきた人脈と実績がマヒルさんにはあります。正直に言って、貴方ひとりなら予選突破どころか上位入賞だって狙える位置にいます」

 ヒロトが事前に優勝候補だと考えていたVチューバーの1人でもある。灰姫レラは、ハイプロのライブに参加したばかりでブーストが掛かっているとはいえ、Vとしての実績やファンの数があまりにも違う。

「でも、このコラボグループを取り仕切るとなると事情が違う。頂いたメンバーリストを見る限り、ほとんどが新人だ。経歴や配信スタイルをみても相乗効果があるとは思えない」

 急遽決まった寄せ集めのようなメンバーだったし、灰姫レラを誘う理由も見えてこない。

「マヒルさんはオーディションを諦めたんですか?」
「河本くん?! さすがに、それは失礼じゃ」

 ヒロトの切り込んだ物言いに、慌てた香辻さんが席を立ち上がっていた。

『まずは私のことを評価して頂いて嬉しいです』

 失礼極まりないヒロトにも、詩片マヒルは吐息の一つも乱さない。

『確かに私自身はオーディションを勝ちたいと思っています。アオハルココロさんとの地上波冠番組は、ひとりの歌い手として是が非でも勝ち取りたい栄誉です』
「そのためなら、もっと都合よく灰姫レラを利用すべきでは?」
「マヒルさんは折角誘ってくれたんだから、そんなこと」

 ハラハラしている香辻さんの視線を感じながら、ヒロトは攻め手を緩めない。

「なぜオーディションで勝つことだけに専念しないんですか? 最優秀賞は取れないと諦めたんですか?」
『河本さんの言葉はもっともですね。裏方さんとして、灰姫レラさんを大切に思っているのも理解できました。だから私も、腹を割ってお話します』

 前置きした詩片マヒルは、ギアを切り替えるように一呼吸おく。

『私がこのコラボグループを立ち上げたのは、ある新人の個人Vさんから相談を受けたからです。オーディションに参加したいけれど、何をしたらいいか分からないと』

 オーディションやイベントは新しい視聴者を獲得したり、すでにファンになった人たちを楽しませることが出来る反面、そのために何をすべきかというのは分かりづらい。

『もちろん、VDA(バーチャル・ドリーム・オーディション)は無名の新人が勝てるオーディションでないことぐらいは私もその方も承知しています。だからといって最初からオーディションに参加しないのはつまらないですよね。どんなイベントも参加者が多いほうが盛り上がります』

 詩片マヒルの口調こそ落ち着いているが、言葉に蓄えられていた熱が伝わってくる。

「全体のメリットということですね」
『はい。自分はVとしての活動は長い方ですから、そういう新人さんに対して、アドバイスをしたり、なにか新しいきっかけになる場を提供できます。そういう想いからこのコラボグループを立ち上げました』

 何度も自問したのだろう、詩片マヒルの誠実さが伝わってくる語りだ。個人や企業を問わずコラボする人徳が感じられた。

『でもグループを作っただけでは、不十分です。新人さんたちにもオーディションに参加し戦った充実感をもってもらいたい。それには、出来るだけ多くの人に観てもらう必要があります』
「なるほど、それで今注目の灰姫レラに声をかけたと」

 大手事務所のハイプロに続いて、個人Vのトップ層である詩片マヒルともコラボしたとなれば話題になることは間違いない。

『正直、灰姫レラさんには数字的なメリットはあまりないと思います。今のV界隈を見ていて、灰姫レラさんを知らない人はいないですから』
「だいぶ正直に言いますね」
『私はコラボグループに参加してくれた皆さんのきっかけになって欲しいだけです』
「誠実さの盾を掲げ、平等という剣を突きつけてくるしたたかさは、さすが歴戦の個人勢」
『長くやっていれば、裏切られたり誹謗中傷されたりと経験だけは積んでいます』

 詩片マヒルは苦笑する。人と関われば避けられないトラブルがあることを、ヒロトもよく知っている。

『全てを承知で、受けて頂けないでしょうか? もちろん、断ったからと言って、どこかにリークしたりしませんからご安心ください』

 こちらのターンは終わりだと詩片マヒルは、二人に決断を促す。
 ヒロトが香辻さんの方を見ると、彼女もこちらを向いていた。意志の光を湛えた黒い瞳に、言葉はいらないとヒロトは頷く。

「私、コラボグループに参加したいです」
「よろしくお願いします」

 はっきりと答える香辻さんに、続くヒロトの声も少し大きくなっていた。

『本当にありがとうございます。私達からは大きなメリットを提供できないので、正直なところ断られると思っていました』

 そう言って、詩片マヒルは肩の力を抜くように息をついた。

「……灰姫レラがこうして注目してもらえてるのは、アオハルココロちゃんとのコラボがきっかけです」

 話しながら、香辻さんは自分の体温を確かめるように胸に手を当てる。

「その私が誰かのきっかけになれるなら、是非!」

 力強く拳を握る香辻さん。

「河本くんが考えてくれた企画もやって、コラボだって頑張っちゃいます!」

 それが自分のチャレンジだと香辻さんは前のめりに意気込んでいた。

『灰姫レラさんを、誘って本当に良かった。グループの皆の刺激になります』

 楽しそうに言った詩片マヒルのアイコンが、なにか思いつたかのようにさらに光る。

『そうだ、まだ時間はありますか? ゲームコラボの準備で他のメンバーが集まってるので、よければご紹介したいのですが』
「大丈夫です! 私も早く会ってみたいです!」

 この後も夕方と夜の配信予定が入っているけれど、自己紹介する時間ぐらいはある。
 すぐに詩片マヒルから招待が届き、二人は通話サーバーに入った。軽い通知音とともに、5つのアイコンの下に『河本』と『灰姫レラ』のアイコンが並ぶ。

『うそうそうそうそうそうそ!?』

 通話を繋げてすぐに聞こえてきたのは、女の子の酷く慌てふためく声だった。

『灰姫レラちゃんって!? 嘘?? ホント?! マヒルさんのイタズラじゃないよね??』

 【卯月みぃあ】のアイコンが、興奮した声と共に激しく点滅を繰り返している。

「こ、こんにちは、灰姫レラです。えっと……ホンモノです」

 圧倒された香辻さんがおずおずと挨拶をすると。

『ほん゛も゛の゛おおおぉぉぉお――』

 迸る濁った咆哮。鼓膜を破壊しそうな威力のそれを、間一髪でノイズキャンセリングが防いだ。

『ちょっと、みぃあちゃん落ち着いて』

 しっとりとした女性の声が、興奮した犬を宥めるように言った。光っているアイコンには、【大紫ローズ】と名前が表示されている。

『あ……っ、あっ……ども……』

 【ブラッドアーサー】という名前のアイコンも弱々しく光っている。わずかにぼそぼそと男性らしき声もしているが、何を言っているか聞き取れない。

『もう1人おるやん、他の新人V?』

 関西方面のイントネーションに合わせて光っているアイコンは、【テルミ・ヘルミン】と書かれている。

「灰姫レラの裏方をしている河本で――」

 ヒロトが挨拶を終える前に、卯月みぃあのアイコンが挙手するかのように激しく光りだす。

『すごいすごい!! 灰姫レラちゃんって個人なのに裏方さんいるんだ!? えっ、もしかして企業勢だったの?! 実はハイプロなの?!』

 弾幕を切らしたら耐えられないとでも言うように、みぃあは一息で喋り続けた。

「あ、本当に個人なんですけど、河本くんにはプロデュースとか3Dでの配信とか、たくさん協力してもらってるんです」
「灰姫レラが手の回らない部分をサポートさせてもらっています」

 あくまで香辻さんが主体なのだとヒロトは補足する。

『ホントにホントにぃぃ? マネージャーさんなんじゃないの?』
『いや、うちも個人だけどエージェント契約はしてるで』

 止まらない卯月みぃあに、テルミ・ヘルミンが落ち着けと口を挟む。

『テルミさんは元企業勢だしぃ。圧あるから違和感ないっていうか』
『し!ん!じ!ん!Vチューバーのテルミ・ヘルミンやからっ! それを言うなら、アーサーくんやないか』

 圧をかけてみせたテルミ・ヘルミンは、今度は別の方向へ話を振る。

『えっ、ぼ、ぼく?』
『キミ、声優やろ』
『え、いや、ぼくはその、端役で……アニメに出た事あるだけで……いまは、その、事務所の預かりで、マネージャーさんからも、ぜんぜん連絡なくて……へへ』

 音量を調節してなんとか聞き取れたブラッドアーサーは、卑屈に笑った。
 全員が新人Vとはいえ、オーディションのためにコラボグループに参加するぐらいだ、個性的なメンバーが揃っているようだ。

『皆さん、灰姫レラさんが戸惑っていますから。きちんと自己紹介しましょう』
『はいはい! みぃあから!』

 真っ先に名乗りを上げたのは卯月みぃあだ。

『元気!勇気!ミルキィー!の卯月みぃあでーーーーす! 灰姫レラちゃん大好きなんです! アオハルココロちゃんとのコラボも最初はアオハルココロちゃんを応援してたんだけど、頑張るレラちゃんを見て素敵って!なって、それからこの前のハイプロのライブも見て、曲も買っちゃいました!』
「あ、ありがとうございます」

 グイグイ来る卯月みぃあに、香辻さんはたじたじといった様子だ。

『ホントにレラちゃんがいるんだよね! オーディションでてよかったーーーー! もうこれって優勝! 実質優勝でしょっ!』
『卯月さん、そろそろ次の方に。そうですね、アイコンの順番通り大紫さんお願いします』

 1人で喋り続ける卯月みぃあを詩片マヒルがやんわりと止める。

『はじめまして、大紫(おおむらさき)ローズです。歌の動画と配信をメインに活動しています』

 一転、穏やかな声が場を落ち着かせる。卯月みぃあが可愛らしい系のアニメ声であるのに対して、大紫ローズは少し低めでバラードが似合いそうな声と雰囲気をしている。

『ほな、次はうちやな。テルミ・ヘルミン、いいます。雑談とゲーム実況、特にFPSやらしてもろてます。右も左も東西南北も分からん新人なんで、お手やらかに』

 さばさばとした自己紹介のテルミ・ヘルミンだが、新人の部分だけはやたらと強調していた。

『………………』
『最後に、ブラッドアーサーくんもお願いします』

 躊躇うような沈黙を見せていたブラッドアーサーが、観念したように喋りだす。

『ブ、ブラッドアーサーっていいます……あの、ゲームが好きで……えっと、MMORPGとかを、その、実況みたいなことしています。よろしくおねがいします』

 喋りこそぼそぼそとしているけれど、声自体は耳に残る良い声だ。声に緊張している強張りは感じないので、大人数での会話が苦手なのだろうか。
 全員の紹介が終わったところで、詩片マヒルが付け加える。

『メンバーは後4人いて、そのうちの1人は後で来るので、間に合ったら紹介しますね』
「は、はい! あ、そうだ! 今更ですが、灰姫レラです。特技とかありませんが、頑張らせてもらっています。雑談とかゲームとか歌とかお絵かきとかです。あとアオハルココロちゃんが大好きです!」

 ちょっとズレたタイミングで自己紹介する香辻さんに、くすっという笑い声と、卯月みぃあの「カワイイ!」という悲鳴のような声が聞こえてきた。

『灰姫レラさんは、ここにいる皆さんとは初対面ですよね?』
「あ、はい。でも、大紫さんは、その、ど、同期です」
『えっ?』

 香辻さんの言葉に、大紫ローズのアイコンがピカッと光る。

「私と同じで、今年の3月デビューだったと思うのですが……」
『そうだけど、なんで知ってるの? わたしの登録者数、レラちゃんの20分の1以下よ』

 予想外の方向から玉を投げられた大紫ローズが驚く。当然、ヒロトも把握していなかった。

「同じ頃にデビューした人は出来る限り追っているんです」

 そういえば、以前ネット番組に出演した時に出会った元ハイプロライバーである三ツ星サギリのことも、ほぼ同期ということで香辻さんは詳しく知っていた。

「ローズさんのチャンネル登録してますし、Twitterもフォローしてて……一応相互になってて……」

 失礼な事をしてしまったと思ったのか、香辻さんの声が段々と小さくなっていく。

『あっ……ごめん。気づいてなかった。これから、仲良くしてもらえる?』
「もちろんです!」

 凹みそうになっていた香辻さんがパッと顔を輝かせる。

「私がVを始めた時はもちろん河本くんはいなかったですし、喋ったりする人が誰もいなくて! 同じ頃にデビューした人たちを勝手に同期だと思ってたんです! でも、その同期の人達も、どんどん活動しなくなっちゃったり、引退しちゃったりで……こうして、ローズさんと同じグループになれてすっごく感激してます!」
『あ、うん』

 長文お気持ちコメントのような香辻さんの熱さに、大紫ローズの方は完全に面食らっているようだ。

「あっ、気持ち悪いですよね……こんな一方的になんか重いことしちゃって……」
『大丈夫、私も灰姫レラちゃんと同期コラボできて嬉しいから』

 子供の頭を撫でるような穏やか声で大紫ローズは言った。最初こそ戸惑っていたようだが、香辻さんの人の良さは伝わったのだろう。
 そんな二人のやり取りに、もう我慢できないと卯月みぃあのアイコンが激しく光る。

『ずるいずるいずーるーいー! ローズちゃんだけ知ってもらって! みぃあも灰姫レラちゃんと仲良くしたいのに! うぅ~~~~、もうちょっと早くデビューしてたら、みぃあも同期でレラちゃんとLoveLoveチュッチュだったのに!』
「そ、そうですね、えっと、ありがとうございます」

 卯月みぃあの激しい押しに、香辻さんもどう反応すればいいのか戸惑っている。
 普段からアオハルココロに対して熱い想いを口にすることが多い香辻さんだけれど、同種の熱を自分に向けられることは慣れていない。「こんな自分を」というネガティブさは持っていないようだけれど、「ど、どうして?」と口をパクパクさせモニタから恥ずかしそうに視線を逸していた。

『でもでもでも、しかしっ! みぃあだって、レラちゃんと同じグループなんだから負けない!』

 誰と何を張り合っているのか分からないが、卯月みぃあは一方的に宣言する。
 他のメンバーが呆れたような空気が漂う中で、詩片マヒルが小さく咳払いをした。

『連絡や質問、コラボの募集はこのサーバーを使ってください。オーディションのことはもちろん、配信トラブルなども出来る限り対応できたらと思っています』
『ほんま助かるは。うち、機械弱くて』

 テルミ・ヘルミンが胸をなでおろすように言う。グループに参加しているメンバーの目的や動機は、コラボだけではないようだ。

『私も機械に強いわけではありませんので、分かる方はその都度アドバイスして頂けると助かります』
「配信ソフトや機材周りのことなら、大抵は答えられると思います」

 黙っていたヒロトも声を上げる。灰姫レラの裏方として参加する以上は、自分もグループに貢献する必要があるだろうと思ったからだ。灰姫レラ自身の配信や企画に支障のない範囲なら、協力は惜しまないつもりだった。

『助かります、河本さん。あとはそうですね、コラボに関しては特に制限などありません。ですが、相手方を困らせるようなことはしないでください。もちろん喧嘩は駄目ですよ』

 釘を刺す詩片マヒルに、卯月みぃあは自分のことだと分かっていないのか「はい!」と威勢のいい返事をしていた。

『誘うのも気軽になら、断るのも気軽にです。スケジュールが合わなかったり体調等もありますから、変な心配はしないように』
『はいはいはーい! さっそくいいですか?』

 卯月みぃあのアイコンがピカピカと点灯する。

『この後のゲームコラボに、灰姫レラちゃんを誘いたいでぇーーす!』
『それ、ええな』

 テルミ・ヘルミンも乗り気だ。

『いきなり迷惑じゃない? スケジュールもあるでしょうし』

 大紫ローズが控えめな口調で止めているが、香辻さんは確認を求めるようにヒロトの方を見ていた。
 すでにTwitterに貼ったタイムテーブルでは、この後の18時から歌配信の予定となっている。ディスコードの『コラボ』欄をチェックすると、19時からゲームのコラボ配信と書かれていた。

「なら18時から歌枠にプラスして、19時から重大告知という形にしよう。それなら予定も変えずインパクトも出せる」
「はい! 私の方は大丈夫です! あっ、でも、私がいきなりお邪魔してご迷惑じゃありませんか?」
『全然だよ、レラちゃん! 来てきて!』

 勝手に答える卯月みぃあだが、リーダーの詩片マヒルは流されない。

『急なことですから、今日のコラボに参加する全員に確認を取りましょう。ブラッドアーサーさんは?』
『……いいと、思う』

 そっけない言い方だけれど、ブラッドアーサーの声に嫌味な感じはない。

『魔理亞さんにもDMで聞いてみますね』

 詩片マヒルのところから、カタカタというタイピング音が聞こえてきた。

「他にも今日のコラボの参加者がいるんですか?」
『はい。安倍魔理亞さんという方です。時間の都合でもう少し後から……あっ、もう返事来ました。大丈夫だそうです』
『イエーイ! これでレラちゃんの参加き~~まりっ!』

 アイコンからピースサインが飛び出してきそうなほど卯月みぃあが喜んでいた。

『それでは、この後のコラボ配信で灰姫レラさんのグループ参加を発表しましょう。配信告知やサムネイルでは、匂わせる程度にしておいて、本番でサプライズという形でお願いします』

 企画やコラボに慣れている詩片マヒルが手早く決めていく。
 ヒロトも他のメンバーが配信で使う灰姫レラの立ち絵を送り、代わりに受け取ったメンバーの立ち絵を配信の素材として追加していった。
 準備や確認をしている間も、とにかく卯月みぃあが喋り続けているので通話サーバーは賑わっていた。

『レラちゃんって配信じゃない時ってなにしてるの?』
「えっと、配信の準備とか学校の宿題やってたり」
『分かるぅ! みぃあも宿題とかめっちゃ苦手で、いっつも先生に怒られたよね。って、今もバイト先で怒られてるんだけど。あっ、みぃあはね、お菓子屋さんで働いてるの。レラちゃんにうちのケーキ食べてもらいたいなぁ』
「みぃあさんはパティシエを目指してるんですか?」
『別にー、レジやってるだけだよ。でもね、ケーキがすっごく美味しいの! あっ、レラちゃんはなにケーキが好き? みぃあはミルクレープ!』
「なんでしょう? ショートケーキとか」
『ショートケーキも美味しいよね! うちのショートケーキは、ブランドの高い苺使ってて――』

 卯月みぃあのマシンガントークに、香辻さんもたじたじだが悪い気はしていないようだ。ヒロトや夜川さんとの会話や配信での雑談とも違うハイスピードさに、新鮮味を感じているだろう。

『コンビニでお金払った時にみぃあのスマホが』

 オンステージだった卯月みぃあを、軽い電子音が遮る。サーバーへの入室音だ。新しいアイコンがリストに加わっていた。

『遅れてごめんなさい』

 柔らかな女性の声が聞こえてきた。洗濯したてのタオルで耳を撫でるような心地よく、でもほんの少しくすぐったいような声だ。

『ああ、魔理亞さん! 間に合って良かったです』
『魔理亞さんだぁ』
『いま説明していたとこやで』

 詩片マヒルや他のメンバーたちも遅れてきた彼女を暖かく迎える。
 初対面の灰姫レラだけは挨拶からだった。

「は、はじめまして、灰姫レラです! えっと、今日からグループに入れてもらえることになりました。よろしくおねがいします!」

 自己紹介する香辻さんは、最初ほどは緊張していないけれど声が少しばかり上ずっていた。

『安倍魔理亞です。デビューしたばかりで分からないことも多く、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくおねがい致します』
「こ、こちらこそ!です!」

 魔理亞の方がよほど落ち着いていて、灰姫レラとどちらがより新人か分からない。

『レラさんのご活躍は存じています。このグループに参加してくれて、とても嬉しいわ』

 フフッと鼻にかかる声で魔理亞は愉快そうに笑った。
 二人が挨拶を終えるのを待って、詩片マヒルのアイコンが光る。

『これで今日のコラボメンバーは全員揃いましたね。接続テストをしながら、細かいルールの確認をしましょう。今日プレイする宇宙人狼は――』

 その後、30分ほど掛けテストプレイは滞りなく終わった。通信エラーや音声トラブルといった問題もなく、ゲーム自体も難しくないので全員がきちんとルールを理解することができた。

『灰姫レラさんは、一時間早く始めて合流する形なので、会話する通話サーバーには気をつけてください。せっかくのサプライズを成功させたいですからね』
『はい、気をつけます』
「了解です」

 香辻さんの言葉にヒロトも答える。

『それでは他に自枠を取る方は準備してください。本番の開始は19時ですが、10分前にはサーバーに集まってくださいね』
『分かりました』『……了解』『ほな、また後で』『それでは失礼します』『レラちゃん、後でねーーーー!』
「はい! 後でよろしくおねがいします!」

 別れの言葉を残し、灰姫レラとヒロトは一旦通話サーバーを後にした。

「……ふぅ~」

 一息ついた香辻さんは胸をなでおろす。

「皆さんが受け入れてくれて良かったです」
「特に卯月みぃあさんは熱烈な歓迎だったね」

 ヒロトは冷蔵庫からとってきたお茶のペットボトルを、香辻さんに差し出した。

「ありがとうございます。沢山喋って、普段の配信より喉が乾いちゃいました」

 そう言って、香辻さんはごくごくと喉を鳴らしペットボトルの中身を減らしていく。
 パソコンの前に戻ったヒロトは缶コーヒーを一口飲むと、画像処理ソフトのレイヤーを動かした。配信のサムネイルは詩片マヒルの説明を聞きながら作り終わっていたけれど、『重大告知』の画像やコラボ配信の配信画面はまだ製作途中だった。
 大人数でのコラボ系は画像や画面に立ち絵が大量に並ぶため、その配置が難しい。チャンネル主である灰姫レラを目立たせつつも、他の参加メンバーも分かりやすくなければならない。微妙な調整が必要だけれど、ツインテールや巨大なリボンや髪飾り、龍でもぶった斬れそうな大剣などが絡むと、まるで敷き詰めパズルのように難易度が跳ね上がる。

「あの……私、ちゃんと喋れてましたか? 嫌われるようなこと言ってませんでした?」

 配信の告知文を書いていた香辻さんが、不安そうに言う。お茶を飲んでテンションが落ち着き、反動がやって来たのだろうか。

「いつも通りの香辻さんだったよ」

 傍から聞いている分には、卯月みぃあはもちろん、他のメンバーたちも灰姫レラに対して悪い印象は持っていなそうだった。

「河本くんがそういうなら安心です。いきなり話すことになって少し怖かったんですけど、みんな良い人みたいだから嫌われたくないなって……」
「うん、仲良く出来るといいね」

 そう答えたヒロトは配信で使う画像を作りながら、片手間ではリストにあるコラボメンバーの情報収集もしていた。

「はいっ! オーディション中にいっぱいコラボもしたいです!」

 香辻さんがキーボードを打つ指先も、嬉しそうに弾んでいた。
 詩片マヒルは灰姫レラにメリットはあまり無いと言っていたけれど、ヒロトの感触は違った。確かに、グループに参加しているのは新人Vばかりだけれど、それぞれ個性的であったり、特別な技能や経歴を持っているようだ。灰姫レラと面白い化学反応を起こしてくれるかもしれない。

「退屈な世界に~♪ BANG♪ エモートボム♪」

 香辻さんが上機嫌にアオハルココロの歌を口ずさんでいる。グループでの活動にワクワクが止まらないのだろう。
 ハイプロのライブでは、灰姫レラはあくまでゲストだった。しかし、今回はグループのメンバーとして対等な関係だ。夜川さんのナイトテールとは何度もコラボをしているけれど、二人だけでの配信だ。
 グループに参加した最大のメリットは、香辻さん自身が楽しんでいることだろう。オーディションという戦場は、普段以上に視聴者の目と数を気にし、数千人もいる他の参加者と鎬を削らなければならない。タイムテーブルを出し、1日に何度も配信し、体力も気力も削れていく。
 そんなオーディションを楽しめるというは、本人にはもちろん、観てくれる人にとっても大きな意味を持っている。

「コラボグループ、参加してよかったね」
「はい!」

 ヒロトの言葉に、応える香辻さんの声は期待に満ちていた。



 17時55分、準備も終わり配信の時間が近づいてくる。
 配信ページでは待機しているリスナーたちが〈重大発表って?〉〈大切なお知らせじゃないから大丈夫〉〈クリスマスグッズ期待!〉などなど、コメント欄で盛り上がっていた。

「香辻さん、準備は大丈夫?」
「はい、いつでもいけます」

 マイクの前に立った香辻さんがぴょこっと小さく手を挙げる。歌に集中してもらうために、配信周りは全てヒロトが操作している。香辻さんの前にはモニターが2つあって、1つには配信画面が映っていて、もう1つにはヒロトからのカンペや歌詞が映し出される。

「それじゃ、配信始めるよ。3、2、1……スタート」

 配信開始ボタンをクリックする。まず映し出されるのは、オーディション用に準備したオープニングのショート動画だ。
 ちびキャラ化した灰姫レラが5人、画面の右側からトテトテと行進してくる。ちびキャラたちは画面上に並ぶと、手にしていた看板を順番に掲げていく。そこには『オーディション』『参加中』『投票』『お願いします!』と書かれている。ちびキャラは一礼すると画面の左側から退場していく。最後の1人が転んでしまったりとコミカルな動きで手が込んでいる作品だ。この後、ちびキャラ動画はループするのだけれど今回は、そのまま歌配信に切り替える。
 赤みがかったライトが照らすステージに灰姫レラが、スタンドに据えられたマイクを握り立っている。


 教室の隅っこで 今日も無表情に笑ってる


 そこはバーチャルのライブハウスだ。観客席では曲に合わせてサイリウムが踊り、ステージ上ではAIで自動制御されたギターやドラムセット、キーボードの3Dオブジェクトが、まるで透明な奏者がいるかのように音を奏でている。


 みんなが笑っているから 僕も笑顔を作ってる


 歌う灰姫レラのスカートの辺りに、曲名の『エモートボム』というフォントが重なる。
 まず始まった今日の歌枠はミニライブ『風』だ。なぜ『風』かというと、『見た目だけ』だからだ。バーチャルのステージを使い、オブジェクトやエフェクトでそれっぽく見せているが、香辻さんは普段の歌枠となんら変わらずに歌っている。振り付けをする時間も余裕もないので、インカムではなくスタンドマイクをバーチャル空間上にも置くことで、ライブステージで歌っている感を出していた。

 僕には言葉にならない爆弾が必要なんだ


 サビ前でカメラがぐっと引きステージ全体と観客席のサイリウムを映す。
 本人の動きが少ないところは、バーチャル空間上に配置したカメラを駆使することでカバーしている。アングルを変えたり、パンやズーム、フォーカスインを使って画面に変化を出しているのだ。


 退屈な生き方に    BANG! エモートボム!


 シアター規模の豪華なステージではなく、狭くシンプルなライブハウスをステージセットに選んだのも、灰姫レラの小さな動きでも見栄えが良くなるようにだ。もちろん、ステージが狭く客席と距離が近いセットの印象は、そのままリスナーとの距離感を縮める効果もある。
 そんなヒロトの狙い通り、盛り上がったコメント欄ではサイリウムの絵文字がマシンガンの弾幕のように流れ続けていた。


 BAAAAAAAAAAAAAANG!!!


 ヒロトはアウトロに合わせ、ミキサーのつまみを下げる。音楽がフェードアウトすると、今度はバーチャル空間のライティングを調節し、ステージを明るめに設定する。

「ボンジュール、灰姫レラです!」

 呼吸を整える間も惜しんで、リスナーに向かって挨拶をする香辻さん。束の間のMCタイムだ。
 曲に聞き入っていたコメント欄も、一気に加速する。

〈88888〉〈最高!〉〈Buon Giorno!!〉〈この歌好き〉〈初見だけどよかった〉〈間に合った〉〈最可愛〉〈下手すぎ〉〈88888888〉〈エモートボムいいよね〉〈Rera!! love you!!〉〈告知って?〉〈レラちゃん、今日もカワイイ!〉〈オーディション応援!〉〈仕事中だけど見てます〉〈Bonjour. La France c'est le matin〉

 パソコンの操作をしつつ、ヒロトもコメントの内容には気を配っているが、流れが早すぎてよほどの連投スパムでもないかぎりはブロックも非表示も難しい状態だった。

「オーディション、二日目もこんなに沢山の人達が集まってくれて嬉しいです!」

 視聴者数は4500人から、まだまだ増え続けている。

「すでにたくさんの投票ありがとうございます。いまなんと15位です。もうちょっとで予選突破のボーダーラインに乗れるところにいます!」

〈いけるいける!〉〈すごい〉〈決勝みえたな〉〈がんばれー〉〈調子のんな〉〈灰姑娘加油!!〉〈トップってレイニーちゃんか〉〈10位までいきたいね〉〈投票してきた!〉

「オーディションは始まったばかりですが、これからも協力お願いします! あっ、概要欄に投票方法が書いてあるので良かったら、後で見てください」

 香辻さんは台本の映っているモニタをチェックしつつ、わたわたと説明していく。

「それで、今日は歌枠を19時前までやって、重大発表と、えっと……色々あります! タイテ表よりちょっと長くなるんですが、ぜひ最後まで見てください!」

〈はーい〉〈長時間助かる〉〈もちろん〉〈了解!〉〈重大発表たのしみ〉〈Hello Rera!!〉〈グッズかな〉〈キモッ〉〈クリスマスの告知?〉〈曲買ったよー〉

「それでは二曲目です。先日ライブでご一緒したハイプロの白山タマヨさんの作詞作曲で『幻想恐怖症(ファントフォビア)』」

 香辻さんはフーっと息を吸い、マイクスタンドを握る。バタついてたMCパートとは違い、集中し曲に入り込もうとしているのが分かる。
 ヒロトの右手がマウスを操作し、左手がミキサーを調節する。バーチャル空間を照らすライトが落ち着いた青紫へと変わり、曲が静かに始まる――。

 生歌の配信は香辻さん本人はまだ恥ずかしいようだけれど、灰姫レラの強みの一つになっている。
 客観的に言って灰姫レラは歌が特別上手いわけではない。歌唱力で言えば、歌手並みのアイドルVや歌でプロ活動をしているVシンガーが大勢いる。その中で、灰姫レラが強みとなる点が2つあった。
 1つ目は、ハイプロの楽曲を生音源でそのまま使えることだ。ハイプロのグループ会社であるハイランダーミュージックで灰姫レラの楽曲をリリースすることになり、いくつかの契約を結んでいる。その中に契約の対価としてヒロトがねじ込んだのが、『楽曲使用に関して、ハイプロ所属ライバーと同等の許諾を与える』という条件だった。これによって、灰姫レラはハイプロの楽曲に加えて、ハイプロが包括的使用契約を学んでいる楽曲を自由に使える。
 2つ目は、アオハルココロだ。もともと香辻さんがアオハルココロの歌をとても歌い込んでいたところに、スミスの指導や各種のトレーニングが加わった。情熱だけだった部分に基礎と技術が加わり、表現に磨きがかかっていた。今の香辻さんは、アオハルココロが歌詞に宿した想いを汲み取り、歌としてしっかりと伝えられている。もちろん、アオハルココロのテイストを汲み同じ作曲者であるスミスが作った、灰姫レラのオリジナル楽曲の完成度を高めるのにも効果が出ていた。
 ちなみに、アオハルココロのインディーズ時代の楽曲は全てフリー音源が公開されている。誰もが自由に歌え、その音源で収益化することも出来る。ヒロトがアオハルココロのプロデューサーとして仕掛けた戦略の1つだった。

 そう、著作権の扱いは重要事項だ。
 フリーのカラオケ音源で配信しても権利的に問題がないはずの音源でも、配信サイトのAI判定で著作権侵害の疑いとして警告されてしまうこともある。冤罪で配信がBANされたり、チャンネルが凍結された事例もある。普段なら問い合わせをして待つ余裕もあるが、期間が限られたオーディションではたった1日でも致命傷になってしまうだろう。

「次の曲は、ライブで披露したばかりの『ライブ・マスト・ゴー・オン!』を歌っちゃいます!」

 灰姫レラの歌枠は、三曲目が終わった時点で視聴者が5000人を超えていた。3ヶ月前からすると千倍近い大躍進だ。
 香辻さん本人が配信や歌、企画をずっと頑張ってきたのが大きな理由だが、それだけではない。同じように、来る日も来る日も配信をし研鑽を積んでいるVチューバーは数多いる。
 ここまで伸びた大きな要因の1つは、灰姫レラが話題を切らさなかったことだ。アオハルココロとのコラボバトル、ハイプロのライブ出演、そしてオーディション参加と一ヶ月に一度は大きな挑戦をしていた。
 人が集まるところに、さらに人が集まっていくというのは心理であり真理だ。
 大きな挑戦ほど他人の興味を引ける。失敗のリスクや、そこに賭けている想いに視聴者は自分自身を重ねて一喜一憂する。普通の人が手を出さなかったり、馬鹿げていると思われる挑戦ほど、多くの人たちは自分は安全なところから楽しみたいと思う。
 だから、挑戦を続けることは、成功しても失敗しても、人目を引くことができるのだ。

「9曲目は私のオリジナル楽曲『クソザコシンデレラ』でした。ふー」

 ほとんど雑談を入れずに連続9曲、香辻さんの息も少しあがってきた。歌を聞きながら配信の操作をしていたヒロトが、横目で時計を確認するとすでに50分が経過していた。
 聞き入っている場合ではないと、ヒロトは香辻さんの見ているモニタに『50分になったので告知をお願いします』とカンペを表示する。

「あっ! 時間になりました! それでは一気に発表しちゃいます!」

 香辻さんの尋ねる視線に、ヒロトはOKと頷く。

「私、灰姫レラは……ジャカジャカジャカ、ジャン! オーディション限定のコラボグループ《スターゲイト》に参加させて頂くことになりました!」

 ジャジャーンという分かりやすいSEを鳴らし、画像を表示する。画像には、詩片マヒルたちメンバーをバックに、某パーティ格闘ゲームのパロディで『灰姫レラ 参戦!!』の文字が書かれている。

〈おおおお!〉〈おめでとうございます〉〈急に来たな〉〈応援します!〉〈なにそれ?〉〈限定って?〉〈マヒルさんとこのグループじゃん!〉〈たのしみ!〉〈何するの?〉〈いいじゃん〉

 コメント欄は好意的ながらも、リスナーの困惑が伝わってくる。

「あの詩片マヒルさんが主催で、新人さん主体でコラボ配信をしましょうというグループです」

〈マヒルさん?!〉〈マヒルさんなら安心〉〈いろんなコラボが見れるってこと?〉〈オーディション大丈夫?〉〈マヒルさんも好きだから嬉しい!〉〈なるほどわからん〉〈うーん、コラボは好きじゃないんだけどな……〉

「どうなるのって疑問があると思いますが、単純に配信が増えます!!」

〈助かる〉〈いいね!〉〈コラボ楽しみ!〉〈それって数字でるの?〉〈レラちゃんがいっぱい見れるの嬉しい〉〈?〉

「そしてそして! 第1回目のコラボはなんと、このまま始まっちゃいます!」

〈?!〉〈今〉〈なんだそれw〉〈はやっ!〉〈www〉〈まじ?〉〈今から??〉〈早すぎw〉〈え?〉〈はや!〉〈うそ!〉〈いまってw〉〈今〉〈いやいや〉〈だからタイテ修正したんだ〉〈まじか!〉

 ざわつくコメント欄に追い打ちをかけるように、ヒロトは配信画面を切り替える。
 するとそこには宇宙人狼のゲーム画面と、今日のコラボメンバーの立ち絵が画面下部に並んでいた。

〈めっちゃいる!〉〈ほんとに始まったw〉〈宇宙人狼やるんだ〉〈知らない人いっぱいだな〉〈みんな新人なの?〉〈詩片マヒルさんだ!〉〈大人数コラボ!〉〈この画面を待ってた!〉

 リスナーが驚いている間に、香辻さんはマイクスタンドの前からゲーム用のパソコンの前に急いで移動する。最初からパソコンの前で上半身だけが動くモーションキャプチャーという方法もあったけれど、香辻さんの全力の歌を見て聞いてもらうためにスタンディングで配信していた。
 香辻さんが準備をしている間に、通話サーバーに接続する。

『はい、というわけで灰姫レラちゃんが参加してくれることになりました』

 詩片マヒルの配信の方でも、灰姫レラ参加の発表がされていた。配信画面に表示されている立ち絵が、発言に合わせて明滅する。

『ここからは早速通話をつなげていきますね。聞こえていますか?』
「は、はい、聞こえてます!」

 パソコンの前に座った香辻さんはバタバタしながら答える。

『改めて、灰姫レラさんの視聴者さんこんにちは。詩片マヒルです。発表のあった通り、このオーディションの期間中に、コラボなどをさせて頂きます。以後、お見知りおきを』
「こちらこそグループに誘ってもらえて嬉しいです。あっ! 他の配信を見ている人たちに挨拶ですね。初めましての人ははじめまして! 灰姫レラといいます! よろしくお願いします!」

 香辻さんはかなり緊張しているようだけれど、歌枠の後なので声はよく出ていた。
 ヒロトが副窓で見ている他のメンバーの配信をチェックすると、コメント欄では〈灰姫レラちゃんだ!〉〈嬉しい!〉〈これは熱い!〉など好意的に受け止められているようだ。そして、ヒロトと同じように複数の配信を同時視聴し始めたリスナーが多いのか、灰姫レラだけでなく他メンバーの視聴者数も増え始めていた。

『改めて、他のメンバーも灰姫レラさんのリスナーさんに挨拶をお願いします。サーバーのアイコン順で、安倍魔理亞さんからお願いします』

 詩片マヒルはさすがの安心感で場を仕切り、進行していく。

『ごきげんよう。安倍魔理亞と申します。バーチャル教会でシスターを務めています』

 真綿で撫でるような優しい声。

『オーディション期間中は朝と夜に礼拝(生はいしん)をしていますので、迷える仔羊さんはいらしゃって下さいね』

 そして淀みない挨拶に、コメント欄は聞き惚れたように一瞬止まり、それから〈いい声!〉や〈バブみ〉〈すごい新人さんだ〉と好意的な反応をしていた。

『次はオレだな!』

 ハキハキとした男性の声が響く。一瞬なにかの間違いかと思うが、光っている立ち絵は騎士姿の彼だ。

『ブラッドアーサーTPYEη! 多元世界よりサルベージされた疑似人格の1つだ! 配信を荒らす悪は次元魔剣ウロボロスの露にし、輪廻より永久追放してやる!』
「?!?!」

 香辻さんが、裏側と配信の温度差の魔剣で混乱とストップの異常状態を受けていた。香辻さん自身も配信だとテンションが上がるタイプだが、ブラッドアーサーはさらにその上をいく性格のようだった。

『えっとね、元気!勇気!ミルキィーだよぉ! って、もぉお!、ブラッドアーサーくんの後だと自己紹介やりづらいから!』

 若干緊張しながらも、卯月みぃあはツッコミを入れ、他のメンバーや視聴者の笑いを誘っていた。

『いやいや、ハードル上げるの止めてや。テルミ・ヘルミンって――』

 残りのメンバーも順々に自己紹介をしていった。
 そして、詩片マヒルのスムーズな進行でゲーム本番へと話が移っていく。

『画面で分かると思いますが、灰姫レラちゃんと初コラボするゲームは宇宙人狼です。このゲームを初めて見るという方に簡単にルールを説明します』

 ゲーム画面の方では、宇宙船の一室に7人のミニキャラたちが集められている。

『メンバーは5人の船員と、2人の人狼に分かれています。人狼同士は誰が仲間か分かりますが、船員は誰が人狼かわかりません』

 事前に詩片マヒルが配ってくれたルール説明画像を、ヒロトも配信画面に表示する。

『5人の船員は宇宙船内を動き回り決められた仕事(タスク)を全て終わらせると勝利で、2人の人狼は全ての船員を倒せば勝利となります』

 仕事ゲージを満タンにした船員側の勝利画面と、船員全員を始末した人狼側の勝利画面、それぞれのカットを表示する。

『船員側は怪しい人物を行動や話し合いで見つけ出し追放でき、人狼側は船員を始末したり仕事の邪魔ができます』

 話し合いはボイスチャットで行われるので推理力だけでなく、コミュニケーション能力が試される。人狼側も船員を直接始末できるとはいえ、派手だったり怪しい行動はすぐにバレて追放されてしまう。
 普通の人狼と大きく違うのは、薄暗いマップをミニキャラを操作して移動する部分で、アクションゲーム的な要素もあることだ。

『説明はこれぐらいにして、実際にゲームを始めていきます。それでは一旦、通話を切りましょう』

 通話サーバーから続々とメンバーが退出していき、配信に乗る声が灰姫レラだけになる。

「うぅ……いきなり人狼側は嫌です。前にウェブ番組で人狼した時もやらかしちゃって……」

 手を合わせて祈る香辻さんは、あの時のことがトラウマになっているようだ。

「あっ?!」

 そして、ゲームスタートの文字の後に表示されたのは『人狼』の文字。念入りなフラグ立てが効いたようだ。

「あぁぁあぁああああ!!」

 絶望した香辻さんがテーブルに崩れると、トラッキングが外れてしまった画面の中の灰姫レラの3Dボディが上下に荒ぶり半目で停止した。

「……でも、大丈夫です! 私(じんろう)はひとりじゃないんですから!」

 そうしてゲームが始まると、仕事(タスク)を終わらせるために船員たちが宇宙船内に散っていく。
 灰姫レラはマップ左側のエンジンルームに向かい、もうひとりの人狼であるブラッドアーサーは右側の司令室へと向かう。

「ローズさんが一緒ですね」

 紫色のミニキャラと、灰姫レラの白いのミニキャラが一緒に行動をしていた。
 大紫ローズがエンジンルームで仕事のミニゲームにチャレンジしている横で、灰姫レラは立ったまま仕事をしている振りをする。

「他に見ている人もいませんし、ここでローズさんをやっちゃえば……」

 背後から忍び寄る灰姫レラ。大紫ローズはミニゲームに苦戦しているのか、灰姫レラの露骨な動きに気づいていない。

「でもいきなりキルして嫌われたり……いえ、これもゲームです! 勝利のためには必要なことなんです!」

 『キル』ボタンをクリック――しようとしたところで、黒いミニキャラがエンジンルームに入ってきた。船員側である安倍魔理亞だ。

「あぶなっ! もう少しで現行犯逮捕されるところでした」

 ほんの少しの躊躇いで命拾いした灰姫レラだった。
 しかし、そんな安堵を切り裂くように緊急アラームが鳴り響く。

「わ、私、まだ何もしてません!」

 思わず弁明する灰姫レラ。通話が繋がっていたら完全にバレていたところだ。
 続いて画面上に表示されたのは『死体発見!』の文字だった。
 緊急事態に生き残っているメンバーが『緊急ミーティング』に集められ、被害者は詩片マヒルだと全員に知らされる。
 緊急ミーティングでは、船員側は話し合いで人狼を追放しようとし、人狼側は船員を欺こうとするのだが――。

『はいはーい、うち見たで。ブラッドアーサーくんがマヒルさんを殺ってるの』
『いっ、いやっ、ボク、じゃなくて、オレは殺ってない!』

 誰の目にも明らかなほど狼狽えているブラッドアーサー。このままではまずいと思ったのか、灰姫レラも声を上げる。

『ほ、本当ですか? えっと、テルミさんが押し付けようとしてるとかは……』

 かなり焦っている灰姫レラは、自分も疑われそうな発言をしていることに気づいていない。

『まあ、他に目撃者もおらんからそう思われてもしゃーないな』
『そ、そうだ! 自分で通報したんだろう!』

 勢いを取り戻すブラッドアーサーだが、テルミ・ヘルミンは落ち着いている。

『事件現場は司令室や。皆、どこおったか教えてな。まずは安倍さんから』
『わたくしはエンジンルームにいましたよ。ローズさんとレラさんも一緒でしたよね?』
『私が最初にエンジンルームに入って、後から灰姫レラさんと安倍さんが入ってきました』

 大紫ローズも素直に答える。

『は、はい! いました! 3人一緒です!』

 同意を求められた灰姫レラはぶんぶんと頷く。香辻さんの方は椅子がガタガタと揺れてしまっていた。リアルの姿を見られていたら、一発で人狼の仲間だとバレていただろう。

『みぃあは下の方で迷子になっちゃって一人だったけど? あっ、でも最初にマヒルさん達が右の方に行ったのは覚えてるよ』

 よく分からないと答える卯月みぃあ。証言を裏付けるように、誰一人として彼女を見たとは言わない。

『これで容疑者はうちとキミの二人やな。皆はどっちを信じるん?』
『オレを信じてくれ! 魔剣に誓ってオレは人狼じゃない!』

 自信と余裕をみせるテルミ・ヘルミンと、根拠ゼロの誓いとパッションでしか訴えないブラッドアーサー。
 追放者を選ぶ投票の結果は明らかだった。

『ぐわぁああああああああ!! 確率事象の歪みがオレを蝕むぅうううう!』

 よく分からない断末魔を上げ、ブラッドアーサーは宇宙の塵となって消えていった。
 緊急ミーティングが終わると通話が切れて、また一人に戻る。

「どうしよう、まだ始まったばっかりなのに、ブラッドアーサーくんがいなくなって……! 私ひとりで残り4人を倒すなんて……」

 圧倒的に不利な状況。

「でも、やるしかないんです!」

 しかし、灰姫レラは闘志は失っていなかった。

「まずは先程、チャンスを逃したローズさんから」

 再び紫のミニキャラの後をつけていく灰姫レラ。

「あ、あれ? なんでみぃあちゃんずっとついてくるんですか?」

 見られているのでキルはできない。

「って、魔理亞さんまで?!」

 そうして、試合は続いていき――。

『よっしゃ! うちらの勝利や!』

 仕事(タスク)ゲージが満タンになり、船員側の勝利が確定してしまった。

『結局、マヒルさん以外は誰も死ななかったけど、人狼だれだったの?』
『……』

 灰姫レラはなかなか名乗り出ない。誰一人としてキルできなかった恥ずかしさのあまり声を失っているようだ。

『灰姫レラちゃんよね?』

 代わりに答えたのは、安倍魔理亞だった。

『ええ?! バレてたんですか?』
『ブラッドアーサーさんを庇っているようにみえたから。そうかなって思ったの』
『それで、ずっと私の後をつけてたんですか……』

 灰姫レラもキルをしようと機会を伺っていたが、いいところで安倍魔理亞に邪魔されていた。

『ごめんなさいね、これもゲームだから』
『いや、悪かったのはオレだ!』

 安倍魔理亞の言葉にかぶさる声を上げるブラッドアーサー。

『オレが右手に封じられし邪心を抑えられていれば、あんなことにはならなかった。だが、次こそは敵にも己にも打ち勝つ!』

 ブホブホと荒い息で音声を途切れさせながらブラッドアーサーは、独特すぎる言い訳をしていた。

『それでは、二戦目を始めましょうか』

 話が一段落したところで、詩片マヒルが次を促した。

「はいっ! やりましょう!」

 香辻さんは言われる前から、すでに準備完了ボタンを押していた。



 ゲーム配信中はトラブルが起きなければ、ヒロトに仕事はない。
 求められていないのにアドバイスなんてしたら配信の雰囲気が崩れてしまう。指示厨とプロデューサーは違うのだ。
 その代わり、ヒロトは他のメンバーの配信を見つつ、性格や配信スタイルを分析し情報収集をしていた。

『次は最後まで生き残りたいですね』
 まずは詩片マヒルだ。
 髪の毛は黒いショートカットに赤のメッシュが入ったカラーリング、革ジャケットにホットパンツ姿というパンク系の出で立ちの美少女の姿をしているが、声は完全に男性だ。本人も認めている通り中身が男性のバ美肉Vチューバーだ。
 性格は裏で話した時と配信の時でほとんど変わらない。理知的で丁寧な言葉遣いはスッと頭に入ってくるし、高すぎす低すぎない声質も相まって聞いていて安心できる。
 彼の人柄を反映したように、配信を見に来ているリスナーも穏やかでコメント欄も平和そのものだ。
 ゲームが上手いわけではないけれど、リーダーとして緊急ミーティングの時は中心となって話し合いを仕切っていた。

『うぉおおおお! 名誉挽回! 悪即斬! この剣に賭けて勝利を約束する!』
 正反対なのが、ブラッドアーサーだ。
 短い金髪はツンツンヘアーで、ぱっちりした瞳は金と赤みがかった金のオッドアイ。漆黒の軽鎧(ライトアーマー)を身に纏い、月光のように輝く半透明の刃の大剣を背負っている。少年漫画から飛び出してきたような出で立ちだ。
 配信でのブラッドアーサーはとにかく喋りまくっていた。「実在希釈!」と叫んで通気孔に飛び込んで隠れたり、「オレの命に代えてもこの船を救う!」と宣言しながら隕石破壊の仕事(タスク)をしたりと、忙しい配信だ。視聴者数は50人前後と控えめだが、コメント欄で一緒になって必殺技?を打ったりと楽しげな雰囲気が伝わってくる。熱量の多い固定ファンが多くついているようだ。
 厨二病キャラが演技なのか、それとも素を開放しているのか、どちらにせよ裏での控えめな態度からは想像がつかない暴れっぷりだ。
 ちらりと話に出た声優の活動の方を検索してみると、すぐに本名が分かった。そちらで検索すると、結果の先頭には専門学校の卒業者が来て、次に深夜アニメのwikiに端役として載っていた。

『あら、わたくしが人狼ですか』
 独自の世界観といえば、安倍魔理亞もレベルが高い。
 衣裳はシンプルなシスター服だ。黒を基調としたチュニックに、腰近くまである長めのベールを被っている。聖母マリアへの祈り(アヴェ・マリア)という名前だけれど、首から下げているのはロザリオではなく五つ葉のクローバーのネックレスだ。
 2Dの元絵を動かす時、デザインがシンプルだとより表情に視聴者の目がいくため、アクセサリーや服装の揺れでごまかしが効かない。その点、安倍魔理亞のモデルはかなり出来がよかった。動きが滑らかなのはもちろん、俯いたり視線を外しても表情に破綻が無く、生地の質感や動きが難しいベールものっぺりせず、絹のような光沢をみせている。
 安倍魔理亞のチャンネルを覗くと、トップの歌ってみた動画は賛美歌だったり、教会での1日を見せるミニドラマ動画があったりと世界観をしっかりとプロデュースできている。弱点を上げるなら、コンテンツの少なさだろう。Twitterのデビューが1ヶ月前だがつぶやきが少なく、初配信から二週間も経っていないのでチャンネルのアーカイブも10本ほどだ。ただ声は既視感を感じるほど聞きやすく、喋りも慣れているのでこれから伸びていくだろう。
 宇宙人狼の方では、「ごめんなさいね」と言いながら、灰姫レラをパクリと食べていた。見た目や雰囲気とは違った豪胆さも持っているようだ。

『せやな、お姉さんの凄いとこみせちゃおっか』
 新人と思えないといえば、テルミ・ヘルミンだろう。
 茶色みがかったミディアムポニーテールに、ツンと横に尖った耳に緑色の目、大人の顔立ちをした巨乳エルフだ。弓矢こそ身につけていないが、服装は割とファンタジー風で、ブラッドアーサー、安倍魔理亞と3人で並ぶとRPGの冒険者パーティ感がぐっと増す。
 彼女の前世はは有名Vチューバー『唐草ナユタ』だった。検索するとすぐに出てくるし、本人もあまり隠すつもりも無いようだ。前世から固定ファンが彼女の配信を多く訪れている。
 前世を知って彼女の声を聞けば、特別耳が良いわけでもないヒロトにも同一人物だと分かった。
 唐草ナユタといえば登録者数30万人超えで、Vプランという事務所のトップだった。なぜそんな彼女が、個人Vに転生したかというと理由は単純、事務所が消滅したからだ。
 Vチューバー事務所としての運営は上手くいっていたが、社長が仮想通貨で大損し会社の資金に手を出して失踪してしまった。楽曲の契約や権利関係もあやふやにしていたことが発覚し、所属Vチューバーたちは移籍することもできずに全員が引退となってしまった。ネットだけでなくテレビニュースでも一時期は大きく扱われていたので知っている人は多いだろう。
 そんな不幸な事件から時が経ち、2ヶ月ほど前に彼女は個人Vチューバーのテルミ・ヘルミンとして転生していた。同時接続数は400人前後と、かつての数十分の一ほどだ。前世では毎日のように配信していた彼女だが、今は頻度を落とし、まったりめの活動をしていたようだ。オーディションに参加したということは、また以前のように活発に配信するためなのか、それとも他に理由があるのかもしれない。
 ちなみにゲーム方では、パッション系プレイと持ち前のトークスキルを使い分け、船員でも人狼でも負けていなかった。

『ふー、この仕事(タスク)を終わらせないと』
 大紫ローズはグループメンバーの中で唯一の事務所所属のVチューバーだ。
 腰まである黒髪ロングで、名前の通り蝶のオオムラサキをモチーフにしたブラック&パープルの艶美なナイトドレスを着ている。薔薇の意匠もアクセサリー類に取り入れられていて要素としては灰姫レラに近いけれど、ずっと大人っぽいデザインだ。灰姫レラが童話に登場するお姫様なら、大紫ローズは伝承に登場する妖精の女王ティターニアだろうか。
 彼女が所属しているのは、GUN-SHINゲーミングスというeスポーツチームのVチューバー部門だ。GUN-SHINゲーミングス自体は人気FPSで活躍するトッププロが数多く所属している有名団体だ。しかし、そこにVチューバー部門があることは、V界隈の勢力図を常にチェックしているヒロトでも知らなかった。実際、事務所もあまりVチューバー事業には力を入れていないのか公式アカウントでの宣伝はおざなりで、所属ライバーのリツイートばかりでやる気が感じられない。
 大紫ローズのTwitterからは、そんな現状にかなり危機感を覚えていることが伝わってくる。オーディションの意気込みを語り、自分から詩片マヒルに声をかけ、コラボグループに志願したようだ。このオーディションをきっかけに何かを変えたいという想いは強いのだろう。
 ただゲームのプレイングはかなり残念で、ミニゲームに熱中しすぎて人狼に食べられたり、ミュートをし忘れて自分が人狼だということがバレしたりしていた。

『レラちゃんについてっちゃぉ~』
 一番新人らしい新人といえば卯月みぃあだった。
 くりっとした黒い目に金色味のある大きなツインテール、頭からはぴょこんと2つのウサギ耳が飛び出している。Twitterのプロフィールによると、ネザーランドドワーフという兎らしい。本人のアニメ系の声と相まって、絵本から飛び出してきたような可愛らしさがある。
 卯月みぃあはデビューから3ヶ月だ。前世の情報もなく、パソコン操作やマイクの扱いに慣れていないことからも、完全な初心者Vチューバーのようだ。同時接続数も20人ほどと、メンバーの中で最も少ない。
 ネット検索してもVチューバーを始めた理由やオーディションに参加した理由は分からなかった。しかし、灰姫レラが好きなことはよく分かった。Twitterを見ると、コラボが決まる前から灰姫レラの宣伝をしてくれたり、配信の感想を熱く語ってくれている。
 Twitterは元々個人アカウントだったものを、そのままVチューバーアカウントとして転用しているのか、三ヶ月よりも前のTwitterには「うぅ、今月も家賃厳しいよぉ」「あのおっさん、歩くセクハラ!」など生々しい愚痴がそのまま残っていた。
 宇宙人狼どころかパソコンでのゲームに慣れていないようで、開幕で操作ミスをしたり、パスワードを表示してしまい仕切り直しになったりと失敗を繰り返していた。
 そんな卯月みぃあを、灰姫レラが「大丈夫! 私もよくやるから
」と頻繁に慰めた結果。卯月みぃあが「レラちゃん優しい!大好き!ちゅきちゅき!」とさらに懐いていた。

 そんなメンバーたちが繰り広げる宇宙人狼をヒロトはプロデューサー目線を持ちつつも、視聴者としても楽しんでいた。



『はい、というわけで最終試合は灰姫レラさんが吊られて、船員側の勝利でした』
「最後は勝ちたかったです」

 無念そうに言う香辻さんだが、やりきった笑みを浮かべていた。
 初コラボにも関わらず宇宙人狼は大いに盛り上がり、予定を30分以上も超過していた。

『次の予定がある人もいるので、ここで〆ましょうか』
『はい』
「はーい」
『それがいいですね』
『おつかれさん』
『いい試合だったぜ!』
『えぇ~、もっと遊びたかったのに!』

 エキサイトしすぎて疲れているメンバーやまだ足りないメンバーと反応はそれぞれだが、詩片マヒルは〆に入っていく。

『今日のコラボの参加者は概要欄に貼ってあります。チャンネル登録とTwitterのフォロー、そしてよければオーディションの投票をお願いします』
「おねがいします!」
『おねがいしまーす!』

 詩片マヒルのお願いに合わせて、香辻さんも頭を下げながら言っていた。

『それでは次の配信で会いましょう。さようなら』

 挨拶が終わり、ヒロトは配信上に音声が流れないように操作してから、エンディング画面を流す。

「エンディング入ったよ」
「ふはぁ~、配信の操作ありがとうございました!」

 肩の力を抜いた香辻さんのお礼に、ヒロトはどういたしましてと軽く手を上げて応えた。

『わぁあっ! 凄い凄い! チャンネル登録が一気に50人も増えちゃってる!?』

 繋ぎっぱなしだった通話サーバーから、卯月みぃあの驚きの声が大きく届いた。

『やりましたね! おめでとうございます!』

 詩片マヒルが今日一番の声を出していた。新人を応援するためという想いが、具体的な数字となってみえるのは格別な喜びだろう。

『観てくれる人が増えたし、大好きなレラちゃんにも会えたし! みぃあ、誘われた時はよくわかんなかったけど、コラボグループに参加してホントよかったぁ!』
「私も、大人数でゲームコラボってほとんど初めてでとっても楽しかったです! 是非、またお願いします!」
『うんうん、一杯コラボしようね、レラちゃん!』

 卯月みぃあに続いて、他のメンバーたちも前向きに『せやな、もっと話したいな』や『次はお絵かきコラボはどうでしょうか』など話を膨らませていた。
 配信終了後もまだ話足りないメンバーが多かったが、オーディション中ということもあり、詩片マヒルの言葉で解散となった。実際、灰姫レラも次の配信予定まで1時間もなくなってしまっていた。

「今日のコラボ配信、リスナーさんの評判も良かったよ」

 帰り支度をしている香辻さんに、ヒロトはエゴサした感触を正直に伝えた。

「よかった! 私も皆とゲームをしてて楽しかったです!」

 配信姿を見ていたヒロトは分かっていると頷く。

「あっ! それと河本くん、サーバーに明日もコラボの予定が書いてあったので参加しようかなって思ってます」
「わかった、新しいタイムテーブルの画像を作っておくね」
「ありがとうございます!」

 素直に頷く香辻さんだが、ヒロトには心配な事もあった。

「でも、無理は禁物だよ。朝と夜の配信に加えてコラボだと、1日3~4回行動になるからね。それに平日は学校もあるし」
「大丈夫、だと思います。皆さんに刺激されて、こう、オーディションへのやる気がぶわーーーっと湧いてきてるんです!」

 鞄を手にしたまま香辻さんは飛び上がると、両手両足を広げて見せた。
 やる気がガツンと伝わってきた分、ヒロトの心配も増す。

「今日も遅くなっちゃったし、親御さんと妹さんも心配するんじゃ」
「それなら心配ありません! お父さんは出張で、紅葉はフィギュアスケートの大会遠征で、お母さんも紅葉についていってますから! なんなら、スタジオに泊まり込んで朝まで配信だって出来ちゃいます!」

 オーディションのためならと意気込む香辻さんに、ヒロトは杞憂の塊がため息となって胸から出ていく

「うーん……それは駄目だよ。休日ならともかく、平日は学校優先」
「わ、分かってますから……」

 本当に分かってるのかと、じーっとヒロトが見つめると、香辻さんはごまかすように視線を逸した。

「今日はタクシー呼んだから、それで帰ってね」
「えっ?! 電車でだいじょ」
「駄目。次の配信があるのに、今日みたいに遅くなるようなら、毎回タクシーだからね。焦って帰って怪我したり、事件に巻き込まれたりなんて僕は絶対に嫌だよ」
「はーい……」

 不承不承と頷く香辻さん。
 やる気があるのは良いことだけれど、香辻さんは明後日の方向に空回りしたり、性格的に無理をしたりすることもある。

(僕がプロデューサーとして、香辻さんが無理しすぎないようにしっかりと抑えないと)

 タクシーを待っている間に、スマホで今日の感想をウキウキでつぶやいている香辻さんを見て、ヒロトは強くそう思った。

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コラボグループに参加することになった灰姫レラ。
一癖も二癖もありそうなメンバーたちとの出会いが、
どうオーディションに影響するのか?

果たして、無事に予選を突破することが出来るのか?!

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