第4話

文字数 5,220文字

【前回までのあらすじ】
スミスの指導で新曲の練習をする桐子。
歌だけで手一杯の彼女に、
ヒロトはさらにダンスまでやらせると言うが――。

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 日曜日の秘密基地。

「練習の調子良さそうだね、香辻さん」
「えっ、そうですか?」

 香辻さんはお昼ご飯のたまごサンドイッチを食べる手を止めて、少し考える。

「まあまあ……だと思いますけど……」

 歯切れがよくないのは、スミスに与えられた課題の進みが悪いからだろう。

「作業しながら聞いてるけど、上手くなってると思うよ」

 昨日は歌い出しで躓いたり、途中で歌詞を間違えてしまったりしていたけれど、今は通して普通に歌えるようにはなってきている。

「そ、そうですかぁ? えへへ、昨日から、寝る時もずっとこの曲を聞き続けてたんです。成果が出てるなら、嬉しいかなって」

 ヒロトはもじもじと照れる香辻さんの前に座って、お茶が入った紙コップを差し出す。

「順調なところで一つ提案」
「なんでしょうか?」
「新曲はダンスをして貰おうと思うんだ」
「ダ、ダンスですか?! 私、授業でしかやったことありませんよ! それもかなりヘッポコなんですけど……」

 香辻さんはあまり乗り気ではないけれど、それは織り込み済みだ。『やる気』にさせる方法はすでに仕込んである。

「大丈夫、そんな香辻さんのために特別講師をお呼びしてあります。そろそろ約束の時間なんだけど……迷ってるのかな?」

 ヒロトが時計を確認しようとした時だ、計ったように秘密基地のドアがガンガンと勢いよく叩かれた。厚手のドア越しでも分かるほどの大きな音に、怯えた香辻さんがビクッと身体を震わせていた。

「ま、また怖い人が来るんですか……」

 ソファーから立ち上がった香辻さんは、あわあわと隠れ場所を探すように辺りを見回す。スミスの鬼教官っぷりがトラウマになっているようだ。

「来たみたいだね。それでは入って頂きましょう」

 ディナーショウの司会がメインゲストを呼び込むように、ヒロトは秘密基地のドアを大仰しく開ける。

「しっつれいしまーす!」

 小柄な人影が元気よく飛び込んできた。

「な、な、な、なっ?!」

 彼女の姿を見た香辻さんは、壊れたレコーダーみたいに同じ音を繰り返し、口をパクパクさせていた。

「特別講師の香辻紅葉さんです」
「はおー! お姉ちゃんの手助けにきたよ!」

 ツインテールの少女が観客の声援に応えるように頭上で両手を広げた。
 中学二年生で身長は香辻さんと変わらないぐらいだ。姉妹だけあって目元や顔の作りはよく似ているけれど、服装でかなり印象が違う。上から下まで学校ジャージな香辻さんに対して、紅葉さんの方はジーンズに丈の長いシャツを合わせている。フィギュアスケーターとして日焼け対策も兼ねているのだろうけれど、小物や着こなしからお洒落に気を使っていることが分かる。

「なんでなんですか?! 河本くん?」
「フィギュアスケートと言えば表現力が重要。当然、ダンスレッスンもしてると思ってね」

 紅葉さんはもちろんだと、その場で軽やかなステップを踏んで見せる。

「で、でも、どうして、紅葉がここに? ちょ、ちょ、ちょっ! 待って下さい! 一旦整理させて下さい!」

 顔を引き攣らせた香辻さんは、状況に追いついていけないと掌を突き出してストップをかける。

「お、お二方は何をきっかけにお知り合いに?」

 混乱しすぎた香辻さんは、結婚報道に駆けつけたレポーターになってしまっていた。

「出会ったきっかけはネットです。いきなり彼からダイレクトメッセージが来て、今日会うことになっちゃいました。あ、ここはオフレコでお願いしますね、垢バレとかしたくないんで」

 流れに乗った紅葉さんは神妙な顔つきで答える。

「ふしだらです! 性の乱れです! ネットで男女が合うなんて! 見損ないました、河本くん!」

 顔を真赤にした香辻さんは耳に手を当てて、いやいやと首を振る。

「誤解以前の風評被害だから……。前に香辻さんが妹さんの事を話してたでしょ? それでダンスを教えてもらおうと、ツイッターで連絡をとったんだ。フィギュアスケーターとして忙しいかと思ったけど、事情を話したら二つ返事でオッケーが貰えたよ」
「お姉ちゃん、じゃなかった『灰姫レラ』ちゃんのためだものね! なんだってしちゃうよ!」
「は、灰姫レラって……河本くん、喋っちゃったんですか!」

 泣いているような怒っているような顔で香辻さんはヒロトにぐいっと詰め寄った。

「秘密のままじゃ、特訓のお願いが出来ないでしょ」
「うぅ……でも……」

 頬を膨らませた香辻さんは納得できないと上目遣いにジーーっと睨んでくる。

「灰姫レラちゃん、すっごく可愛かったよ~。来る途中もずっと動画みちゃってた」
「あうっ、うぅぅ……ぁ……」

 香辻さんは言葉にならないうめき声を漏らし、その場にへたり込んでしまう。

「お姉ちゃんが部屋で何かしてるのは知ってたけど、まさかVチューバーやってたなんてねー」
「……別にいいでしょ。私がなにしてたって」
「うん! なんでも応援しちゃう!」

 いじける香辻さんを紅葉さんが後ろからギュッと抱きしめる。

「勝利のためには身内も利用しようね、香辻さん」
「鬼畜の羞恥プレイですぅ……」

 妹の腕からもぞもぞと逃げ出した香辻さんは、ヒロトを恨めしげに見上げた。

「はいはーーい! 羞恥プレイと言えば気になることがあるんだけど、いいですか?」

 すくっと立ち上がり手を挙げる紅葉さんを、ヒロトがピシッと指差す。

「はいどうぞ、紅葉さん」
「その『紅葉さん』って呼び方、くすぐったいので止めて欲しいでーす! ただの紅葉で! 私もヒロトって呼ぶからさ」
「オッケー、これからは紅葉って呼ぶよ」
「それに合わせて、お姉ちゃんのことは桐子って名前で呼んで下さーい!」

 思わぬ展開にヒロトは一瞬言葉に詰まる。

「えっと、でも……もう『香辻さん』で慣れちゃってるから」
「え~~~、私もお姉ちゃんも『香辻』だし、混乱しちゃうからー。三人でいる時はねっ!」
「いまさらは……ちょっと」

 渋るヒロトを見て、香辻さんが意地悪な顔で口を尖らせる

「河本くんも恥ずかしがればいいんですよーだ」
「もちろんお姉ちゃんもだよ」
「ふぇっ?」

 何を言ってるんだと姉妹揃って首をかしげる。

「だから、お姉ちゃんも『ヒロト』って、下の名前で呼ばないと変でしょ?」
「河本くんは一人だけだし……」
「だーめ♪ はい、ヒロトって!」
「……ヒ、ヒッ、うっ……ひっう……はぁはぁ……すーーーはーーー」

 しゃっくりみたいに声をつまらせた香辻さんは、一度大きく深呼吸をする。

「河本……ヒロト、くん………………ほらっ! いいましたから! 今度はヒロトくんの番です!」

 道連れにしようと香辻さんがヒロトを指さす。

「えっと……香辻……桐子さん………………」
「は、はい……」

 消え去りそうな声で返事をした香辻さんは俯き、ヒロトも恥ずかしくて頭をぽりぽり掻いた。

「うんうん、いい感じ! 選手とコーチは遠慮せずになんでも言い合わないとね!」
「Vチューバーとプロデューサーなんだけど……」

 満足気に頷く紅葉に、香辻さんは大きくため息をついた。

「細かいことは気にしない! さ、肝心のダンスだよ! 曲は送ってもらったけど、振り付けってあるの?」
「まだだけど、イメージはもうある。この動画を見てもらえるかな」

 パソコンを操作し、ブックマークから昨日探し出した動画ページに繋げる。

「ミュージシャンのMV?」
「二人ともよく知ってる映像だと思うよ」

 勿体つけたヒロトが再生を始めた動画に、紅葉と香辻さんは息を呑む。

「……よく知ってるどころじゃないよ。まさかコレを選ぶって……アハハッ、ヒロトってすごいこと考えるね」
「もちろん、このままダンスに使えるわけじゃないけど。できる限り近づけたい。できるかな?」
「うん、振り付けをいじって、ジャンプとジャンプの繋ぎを新しく考えれば……」

 思案する顔になった紅葉は、香辻さんの方を見る。

「お姉ちゃんは本当にコレで大丈夫? 初心者には結構キツイことになると思うよ」
「……うん、コレでお願い」

 心配を吹き飛ばすように、香辻さんは妹の目を真摯に見つめて言った。

「しょうがないな~。お姉ちゃんが本気なら、私も本気でやっちゃうよ!」

 喜んだ紅葉は力いっぱい香辻さんを力いっぱい抱きしめる。
 香辻さんは迷惑そうに眉をへの字に曲げたまま、妹が気の済むまでそのままにさせていた。



 振り付けを考えながらのダンスの特訓は夜まで続いた。

「うん、だいぶいい感じになってきたね、お姉ちゃん」
「はぁはぁ……それなら……よかった……」

 床に手をついた香辻さんの額からポタポタと汗が滴り落ちる。一緒に踊っていたはずの紅葉は汗こそかいているけれど、呼吸は乱れていない。
 紅葉の一流のフィギュアスケーターとしての身体能力はもちろん、指導でもヒロトの期待以上だ。ダンスのほぼ素人である香辻さんが、それっぽく踊れるようになっていた。もちろん香辻さん本人の真剣さがあってこそだけれど、紅葉のアドバイスは姉の能力も性格も知り尽くしていて常に的確だった。

「あ、もうこんな時間!」

 時計をちらりと見た香辻さんが慌てて立ち上がる。

「まだ7時だよ、お姉ちゃん。もう少し練習して」
「中学生がこんな時間までダメでしょ!」
「大丈夫だってー、スケートのトレーニングの時はもっと遅いんだから」
「私のことで紅葉には迷惑かけられないの! 紅葉が遊びに行って帰ってこないって、お母さんが心配するからもう帰らないと。ダンスの続きは家で教えて」

 のんびりなんてしていられないと、香辻さんは急いで荷物をまとめる。

「それじゃ、ヒ、ヒロトくん。明日、学校で」
「うん、学校でね」

 恥ずかしそうに顔を伏せた香辻さんは目を合わせないまま、ポシェットを抱えて地下室を出ていく。
 紅葉は姉の後に続かず、テーブルの方に近づく。

「ヒロト、ありがとね」

 姉がテーブルの上に忘れていったスマホを手にしながら、紅葉は抑えめの声で言った。

「えっと、なんのお礼かな? 僕の方こそ、ダンスのトレーナーを引き受けてくれて、お礼をしなくちゃいけないのに」
「それなら、もう貰ってるよ」

 頭を下げようとするヒロトに、紅葉はニカッと笑いかける。

「お姉ちゃんがあんなに楽しそうなの見るの本当に久しぶり。ヒロトが、お姉ちゃんの友達になってくれたからだね」
「……僕の方こそ、香辻さんに助けられてる。今がとっても楽しいんだ」

 紅葉の笑みに、ヒロトも笑顔で応える。

「あっ! でもね、二人っきりの時に、お姉ちゃんに変なことしたら許さないからね!」
「し、しないから! 変なことなんて!」

 血相を変えたヒロトは、誤解があってはならないとブンブンと全力で首を横に振る。

「ちょっと紅葉ー。早くしなさい!」

 外で待ちきれなくなった香辻さんが、ドアを開けて顔を覗かせる。

「はいはい、今行きますよー。それじゃヒロト、家でのトレーニングは任せてね」
「うん、期待してる」
「ばいばーい!」

 大きく手を振る紅葉を、ヒロトも手を振って見送る。

「河本くんと、なに話してたの?」
「べつにー、お姉ちゃんには関係ないでしょ」
「河本くんに迷惑かけちゃダメだからね!」

 扉が閉まり、二人の足音が聞こえなくなくなるまでヒロトは手を振り続けた。
 静まり返った地下室は、気温が数度下がってしまったような気がした。

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灰姫レラだと身内バレした桐子。
妹の紅葉からダンストレーニングを受け、アオハルココロとの対決に備える。
次回で#05は最終回です。

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