#第三部プロローグ 『幸福な王女』

文字数 727文字

『幸福な王女』

 あるところに、それは美しい王女さまがいました。
 夜空で染めたような黒髪に、宝石の輝きを宿した瞳、芸術家が生涯を賭して追い求めた調和を与えられた身体。発する声は雲雀のさえずりのような可愛らしさと貴腐ワインのような芳醇さを併せ持ち人々を魅了する。
 王女さまは国中の人々から愛されていました。
 美しいからだけではありません、彼女がとても聡明だったからです。

 日々に不満を持つ人に、王女さまは言いました。
「嫌なことは、アップルパイみたいに皆で分け合いましょう。
 少し焦げちゃった部分も、きっと誰かが代わりに食べてくれる」

 不当な扱いを受けた人に、王女さまは言いました。
「つらいことは、道端の落書きみたいに皆に見てもらいましょう。
 どんなにくだらなくても、きっと誰かが代わりに怒ってくれる」

 歯を食いしばって涙を我慢している人に、王女さまは言いました。
「悲しいことは、流行りの歌みたいに皆へ話しましょう。
 拙い歌詞でも、きっと誰かが代わりに泣いてくれる」

 王女さまは人々に助言をするだけではありません。人々を楽しませるためにお祭りを催したり、美味しい食べ物を分け与えたりもしました。

 人々は王女さまを称えました。
 貴方ほど素晴らしい人間はいないと。

 人々は王女さまの為に、あらゆるものを差し出しました。
 金品、知識、時間、そして心も。

 何でも持っている王女さま。
 だけれど、1つだけ持っていないものがありました。

 皆は持っているのに、自分だけが持っていない。

 王女さまはそれが欲しくて欲しくて仕方がありません。

 だから王女さまは自分で育てることにしました。

 いくつもの季節をめぐる中で

 愛情を蜜のごとく注いで

 そっと見守りながら

 理想のそれを――。
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