#14【絶対必勝?!】オーディション対策おしえます (2)

文字数 19,762文字

【前回までのあらすじ】
オーディション用の自己紹介動画を完成させ、
なんとか無事に登録を済ませた灰姫レラ。

オーディションの開会式当日がやってくる。

1話目はここから!
 https://novel.daysneo.com/works/episode/bf2661ca271607aea3356fe1344a2d5f.html

更新情報は『高橋右手』ツイッターから!
 https://twitter.com/takahashi_right

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 いつものお昼休み。
 12月ともなると流石に外で食事をするには寒いということで、ヒロトと香辻さんは校舎内にいくつかあるフリースペースの1つに来ていた。四角いテーブルが自習室のように並んでいるが、こちらはお喋りも飲食も自由だ。ヒロトたちと同じように食事場所を校内に移した生徒も多く、活況で寒さを遠ざけていた。
 運良くテーブルの1つが空いたので、さっそく二人は席をとりお弁当を広げる。ヒロトはコンビニで買ったソーセージパンとたまごサンド、それに紙パックのカフェオレだ。
 一方の香辻さんはポーチからお弁当箱を取り出したところで、しまったという顔で手を止めていた。

「箸、忘れた?」
「いえ、大丈夫です」

 ヒロトが尋ねると、香辻さんはポーチからプラスチック製の箸入れを取り出してみせた。

「あの……、中を見ても笑わないでくださいね」
「?」

 香辻さんの言葉の意味が分からないヒロトだったが、むしろ興味を惹かれてソーセージパンを口に突っ込んだままの態勢で、お弁当箱を凝視してしまっていた。
 見られているのが恥ずかしいのか、香辻さんはお弁当箱の蓋をおずおずと開ける。
 俵型の小さなおにぎりが4つ。おかずは3種類で、卵焼きとハンバーグ、サラダという一般的な構成のお弁当だ。笑う要素がどこにあるのか分からずヒロトは首をひねった。

「うぅ、やっぱり見た目わるいですよね」

 無遠慮な視線をどう勘違いしたのか、香辻さんはお弁当を手で隠す。

「え? なにが?」
「卵焼きは上手くまとまらなくてぐちゃってしてて、ハンバーグはソースと一緒に少し焦げちゃってて、ポテトサラダはニンジン多すぎだから……」
「もしかして、香辻さんが自分で作ったの? このお弁当?」

 ヒロトの言葉に香辻さんは遠慮がちに頷く。

「夜川さんに触発されて私もチャレンジしてみようかと」
「確かに、夜川さんの唐揚げと卵焼き美味しかったね」

 食べ物にほとんど興味が無いヒロトでも、もう一度食べたいと思う料理だった。

「河本くんも美味しそうに食べてたから……あ、えっと! お料理配信とか出来たらって意味で! そういうことなんです!」

 香辻さんは何故か慌てて弁解するように手をふった。

「オーディション用の配信で料理配信をするのはいいかもね。スタジオにコンロぐらいなら用意できるよ」
「あ、そ、そうなんです! オーディションです! でも、こんな風に中途半端な出来の料理配信ってどうなんでしょう?」

 そう言って香辻さんは不安定な形の卵焼きを箸で切って口に運んだ。

「確かに奇抜な料理や激辛料理は、配信や動画の定番で数字も出やすいね。だけど、普通の料理だって包丁で食材を切る音や鍋が煮立つ音に拘ってASMR風にしたり、普通の家庭では作らない手の混んだ料理にチャレンジしたり、動画ならテンポよくリズミカルに編集するだけでも面白くできるよ」

 ちなみに香辻さんは辛いものに強いので、そっち方面のリアクションは全く期待できない。

「ホットサンドメーカーでテキパキ作ってるショート動画とかずっとみちゃいます!」

 そう言って香辻さんは俵おにぎりをぱくりと口に放り込む。その後に浮かべた笑みに、ヒロトも釣られてソーセージパンを齧る。
 1人でいる時は食事なんて面倒くさいと思いがちなヒロトだ。手早く必要な栄養が取れればそれで良いし、基本的には作業をしながらで、モニタを見つめている。でも、こうして香辻さんと一緒に食事をしている時は面倒という感覚は無いし、スマホを手にしたりもしない。食事と会話だけで、十分なのだと思えた。

「あ、いたいた~」

 1つ目のパンを食べ終わったヒロトがたまごサンドに手を出した時、背後から馴染みのある声が飛んできた。

「あ、夜川さん」

 そう言って香辻さんは口の中にポテトサラダがあることを思い出し、慌てて飲み込んでいた。

「オーディションに出るんだってね」

 声量を少し落とした夜川さんは、顔を寄せるようにして椅子に座った。

「は、はい! 頑張ります!」
「動画も見たよー! おもしろ切り抜き動画かと思って笑ってたら、不意打ちのエモさ食らっちゃったよね」

 うんうんと頷く夜川さん。

「ホラーゲームのリアクションから、VRワールドでゾンビと一緒に踊ってるライブに切り替わるとことか、わけわかんないけど面白いし! そこからアオハルココロちゃんとの対決が激アツアツで! あたしがナイトテールになる前の事も沢山知れてさー、あれあれ! テレビドラマの後にやってる短いドキュメンタリー番組みたいな!」

 喋りだした夜川さんは次第に熱がこもり早口になっていた。さすが灰姫レラのファンと公言するだけあって、動画の細かい所までよく見てくれたようだ。
 直接感想を聞けた香辻さんは胸をなでおろすと、嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます! 河本くんが作ってくれたんです!」
「僕は編集担当。挨拶とナレーションは香辻さんが自分の言葉で伝えたんだ」

 ヒロトが付け加えると、夜川さんは深く頷く。

「そうだと思ったー! ハイプロライブのナレーションで、転んでも頑張っていきますってとこ、歌詞とダブってあたしまで泣きそうになったもん」
「きょ、恐縮です」

 香辻さんは縮こまりながらも、綻びそうになる口元を袖で押さえていた。

「オーディションサイトの再生数を見ると、灰姫レラの動画は現在14位だね」

 ヒロトはスマホをチェックしながら言った。

「ええええ!? そんな上に!?」
「あれ、知らなかった? 最高で9位までいってたんだよ」
「恐ろしくて、まったく確認してませんでした」

 香辻さんは首をぶんぶん横にふっていた。

「5021人のエントリーで14位だから、文句なしの上位だよ」
「嬉しいんですけど、始まる前からなんだか緊張しちゃいますね」

 自分を落ち着けるように、香辻さんは紙パックのお茶をごくんと飲み込んだ。

「この再生数でオーディションが決まるの?」

 夜川さんの質問にヒロトは首を横に振る。

「この動画はオーディションを盛り上げるため。もちろん、注目を集めることは重要だけど、あくまで前座」

 説明しながら、ヒロトは参加規約やルールが書かれたPDFファイルを開く。そこにはオーディションの行程表が載っていた。

「オーディションは今日の19時から、まず10日間の予選が行われる。そこで上位だった12名で3日間の決勝を戦うことになる」
「結構な長期戦だね~」
「勝負はポイント制で、一般視聴者と10人の審査員による投票」
「あ、よくあるやつ。大体視聴者と審査員で評価が割れるよねー。それで審査員が優先されちゃって不満爆発みたいな」
「うん、このオーディションでも審査員の持ち点は高い。2万ポイントの権利を5本持ってる。この5本は全て別の参加者に投票する必要があるけど、破格だ」
「2万×5×10で、100万ポイントでしょ? それってさー、ほとんど審査員の持ち点で決まっちゃわない?」

 さすがに不公平じゃないかかと夜川さん口を尖らせる。

「そうでもないんだ。一般の視聴者の投票は基本1ポイントだけど、オーディションサイトに登録することで10ポイントまでアップする」
「お得な10倍キャンペーンじゃん! 近所のスーパーも毎月10日にやってる!」
「この10ポイントは一人に全部投票しても、10人に1ポイントずつ投票してもいいんだ。そして、肝心なのがこの視聴者ポイントは、毎日午後12時に回復する」
「ってことは、一人で最大100ポイントが投票できると。なるほろ~、審査員は1000人分ね。その割合なら納得かも」

 比較して頷く夜川さん。Vチューバーのナイトテールとして、視聴数と動画への投票(いいね)の割合が肌感覚で分かっているようだ。

「簡単に言うと、ソシャゲのイベントみたいな形式なんです。スタミナの回復を待って、投票するみたいな」

 香辻さんの例えが的確だろうとヒロトも同意する。

「そうだね。灰姫レラみたいな配信主体のVだと、日頃見てくれてる人の協力が重要だね。一方で動画主体で活動している人にも審査員票での上位抜けは十分にありえるんだ」
「いろんな戦い方がありで、面白そうだね~」
「例年の上位抜けの最低ラインは5~6万ポイント。今年は宣伝にかなり力を入れているから、もっと上がるかもしれない」
「となると、えーっと、1日500人ぐらいに10ポイントを投票してもらわないといけないんだ。ハードル高いね」

 参加者が増えたとして上位陣は確実にポイントを獲得するので、ボーダーラインが下がることは無いだろう。

「ちなみにですが、アオハルココロちゃんは予選で100万ポイントオーバーを叩き出して、ぶっちぎりの記録保持者なんですよ」

 えっへんと誇らしそうに胸を張る香辻さんに、ヒロトは思い出したように補足する。

「オーディション期間中に出した動画がバズったからね」
「空中に浮いたアオハルココロちゃんがモンキーダンスしながら、くるくる回ってる動画ですね! あれすっごい好きです! いろんなコラ動画とか出回りましたよね。火山から大量にクルクル回るアオハルココロちゃんが出てくる動画とか、コインの箱を叩くと飛び出してくるやつとか! ミーム化して今も残ってるのは、さすが河本くんのプロデュースです!」

 香辻さんがあまりにも興奮しながら語っているので、ヒロトは少し申し訳なく思い苦笑する。

「アレね……撮影の合間にアオハルココロが椅子に座って遊んでいたから、それを軽く編集して音楽を付けただけなんだ」

 オーディションのために用意した動画は4本あった。歌ってみた動画とダンス動画、そしてもう1本は人気ゲームクリエイターとの対談。この3つは入念に準備したものだったけれど、結局バズったのが一番手間がかかってない1本だ。

「アオハルココロちゃんの貴重な裏話!」
「なにがバズるかは分からないけど、僕も出来る限りのことをするよ」
「よろしくお願いします。私には奇跡のバズは無理そうなので、毎日コツコツ配信がんばります! まずは予選突破が目標です!」

 自分の精一杯を発揮するんだと香辻さんの瞳の奥で炎が燃えている。

「あたしも応援するねー。ホントはがっつり協力したいんだけど、いまちょっち時間が厳しいんだ」

 残念そうな夜川さんに、香辻さんは心配いらないと右の拳を握ってみせる。

「私は大丈夫です! 12月は師走ですから、お忙しいですよね」
「師走っていうか……実はママの退院が決まったんだよね」

 そう言った、夜川さんの長いまつげが嬉しそうに揺れていた。

「ええっ!! おめでとうございます!!」

 椅子から立ち上がった香辻さんは周囲の視線も気にせず、夜川さんの手を握る。

「うん、ありがと」

 握り返す夜川さんはグッと強くまばたきをしていた。

「本当によかった」

 ヒロトも自然と笑みになっていた。
 夜川さんの母親が入院中なことは、以前に夜川さん本人から少し話を聞いていた。ヒロトたちを心配させたくないと病名は濁していたけれど、大きな手術が必要だったようだ。

「本当は年明けに退院の予定だったんだけど、術後の経過がよくって。家族で一緒にお正月を過ごせるようにってお医者さんが都合をつけてくれたんだよね」

 夜川さんは言葉を1つずつ確かめるように話してくれた。いつも明るく今を楽しんでいるように見える彼女が、今は授業参観の時の小学生のように幼く見えた。

「絶対にお母さん優先です! お母さんを大事にしないとダメです!」

 前のめりに言う桐子に、ヒロトも頷く。

「うん、家族はね」

 そう言ってヒロトは笑おうとした。上手く出来たのかは分からなかった。

「そういうわけでさ、毎日応援配信とかは無理だけど、TwitterとかでめっちゃRTと宣伝するからねー!」

 しんみりした空気は終わりとだと言うように、夜川さんは握った香辻さんの手を上下に振る。

「宜しくお願いします」

 かしこまって頭を下げる香辻さん。

「で、でも負けちゃったらごめんなさい」

 プレッシャーに押されて、すぐに弱気が顔を出してしまう。

「何事もチャレンジチャレンジ~。で、最初の配信は?」
「あ、えっと、今日の19時から決起集会をします!」

 応援と期待は裏切りたくないと伝えるように、香辻さんはハッキリと夜川さんの目を見て答えた。



 その日の授業が終わり、ヒロトと香辻さんは教室を後にした。
 オーディション一発目の配信は『【決起集会】歌ありゲームあり、全身全霊で意気込み伝えちゃいます!』というタイトル通り、フルトラッキングで行う。そのためには地下スタジオの設備が必要だ。
 10日間という長いオーディションを戦うためにも、まずは初動が肝心だ。フルトラッキングでの配信は普段よりも視聴者が多いのはもちろん、特別なイベント感を出してファンに楽しんで応援して貰うためだ。
 フルトラッキングでの配信は普段よりも準備と調整に時間がかかり、トラブルも起きやすい。それを意識して、ヒロトも香辻さんも少しだけ足早に昇降口を出ていった。
 正門までくると、何故か下校する生徒たちの歩みが遅くなり前の方で小さな渋滞を起こしていた。

「人だかりが出来てますね。事故? 喧嘩?」

 背の低い香辻さんがぴょこんと飛び上がって正門の先を見ようとする。

「誰も慌ててないから違うんじゃないかな……。でも、なにか見てるみたい」

 通り過ぎる生徒たちの視線が一様に右側を向いていた。

「犬とか? あ、もしかしてドラマの撮影で俳優さんとか来てるのでは!?」

 そんな話をしながら、ヒロトが人だかりを避けるように進もうとすると、唐突に香辻さんが足を止めた。彼女の伸びた前髪から覗く瞳の先を追うと、人垣の間へと向けられていた。
 文字通り人目を引く美人が、木陰に立っていた。立てば芍薬という言葉がすぐに浮かんでくる。もし近くにカメラやレフ板を持っている人間がいれば、モデルの写真撮影かと勘違いしてしまいそうだ。

「見た見た? めっちゃ可愛い子だったよ」
「彼氏待ってるのかな?」
「タチジョってお嬢様学校でしょ。恋愛とか厳しいんじゃない」

 周りの生徒達もヒソヒソとその美人のことを話している。
 彼女が注目を集める最大の理由はその服装だ。ヒロトたち蒼穹高校のオリーブ色のブレザーではなく、深緑のセーラー服を着ている。館花女学院高等部の制服だ。ヒロトでも知っている、いわゆるお嬢様学校だ。
 女の子は所在なさげな様子だが、誰かを探しているのか通り過ぎていく生徒たちを見回している。誰かを探しているにしては、憂いを帯びた表情をしている気がした。
 ヒロトが不思議に思っていると、彼女の視線がこちらを向いて止まった。
 息を呑むように胸に手を当てた女の子の顔に、嬉しさと戸惑いが浮かぶ。彼女の黒真珠のような瞳が射抜いているのは、ヒロトのすぐ隣、香辻さんだった。
 二人は人垣を隔てて、見つめ合ったまま動かない。どちらも遠慮しているような、様子をうかがっているような重い空気をヒロトは感じた。

「知り合い?」

 ヒロトは喉に詰まった空気を押し出すように言った。

「空木水織(うつぎ みおり)ちゃん……中学の頃のとも……」

 続く言葉を香辻さんは飲み込む。ヒロトには『友達』と聞こえた気がした。

「僕は先にスタジオへ行って準備を――」

 そう言ってヒロトが立ち去ろうとすると、香辻さんがヒロトの袖をハシっと掴んだ。

「大丈夫です。と、友達として一緒にいて下さい」
「うん、分かった」

 ヒロトの返事に、香辻さんは袖を離す。それから小さく息を吸うと、自分から空木さんに歩み寄り声をかけた。

「ひ、久しぶり、だね」

 ぎこちない喋り方だけれど、香辻さんはしっかりと空木さんの顔を見ていた。

「っ…………久しぶり」

 一度目を強く瞑った空木さんは、長いまつげが震えるような声で続ける。

「桐子が心配で会いに来ちゃった」
「へっ? 心配?」

 空木さんの深刻な様子とは対照的に、香辻さんは何のことか分からないと困惑していた。

「中学のグループで桐子のことが流れてきて、変なふうに書かれてたから。その……危ない人と付き合ってるって」

 躊躇いながら言葉を選ぶ空木さん。実際のメッセージでは、もっと過激な事でも書かれていたのだろう。

「あ、それって……」

 察しのついた香辻さんがこちらを見る。

「映画館の」

 ため息を漏らすことしか出来ないヒロトだった。。

「あなたですね……、桐子に近づかないで下さい!」

 柳眉を逆立てた空木さんは香辻さんの腕を引いて自分の方に寄せると、ヒロトのことを憎しみのこもった目で睨みつけた。
 一触即発の気配に野次馬になっていた生徒たちもどよめいている。もちろん一番困っていたのは、話の中心であわあわしている香辻さんだ。

「ちょ、ちょっと待って水織ちゃん! 河本くんはなにも悪くないの!」

 今にも噛みつかんばかりの空木さんを、香辻さんが慌てて止める。

「桐子!? まさか、こいつに弱みでも握られてるの?」
「そんなんじゃないから! 福田さんたちが、私のことを、その、からかってきて、河本くんは助けてくれたの!」

 説得する香辻さんの必死の様子に、空木さんは片眉をピクッと動かす。

「本当ですか?」

 疑いはまだ晴れていないと言うように、空木さんはヒロトを睨み続けていた。

「コーヒーとポップコーンをごちそうしただけ」
「やっぱり! 公衆の面前で辱めを与えたというのは事実なんですね!」

 ヒロトは正直に答えたつもりだったけれど、空木さんは納得するどころか更に態度を硬化させてしまう。

「もう! 河本くんはそういう誤解されるような言い方をして!」

 何故か香辻さんにまで怒られてしまう始末だ。

「私が順番に説明しますから、っと、その前にここを離れましょう」

 他校の女子生徒を合わせた男女3人が言い争っている様子は、野次馬たちの見世物になってしまっていた。これ以上、生徒が集まっていると教師まで駆けつけかねない。

「分かった、桐子がそう言うなら」

 大人しく従う空木さん。ヒロトに依存があるはずもない。

「さあ、行きましょう」

 空木さんが歩き出すと自然と人垣が割れた。彼女は香辻さんをエスコートするように手を引き、その道を進んでいく。まるでレッドカーペットを歩く女優のようだと思いながら、ヒロトは2人の後に続いた。

「そもそも福田さんたちが無断で私と河本くんの写真を撮ろうとしたからで――」

 歩きながら香辻さんは、先日の映画館で起きた事の一部始終を空木さんに説明していった。空木さんは話している香辻さんの方を見ていて、時折相槌を打ったり、香辻さんがされた仕打ちに顔を曇らせていた。

「……事情は分かりました。方法はともかくとして、桐子を助けてくれたのは間違いないようですね」

 一呼吸置いた空木さんの声からは険しさが取れていた。

「納得してくれて助かるよ」
 他人の評判を気にしないヒロトだが、敵意を向け続けられるのは疲れる。
「無礼な態度をとってすみませんでした」

 立ち止まった空木さんが丁寧に頭を下げる。茶道の所作のように洗練された振る舞いに、ヒロトの方が恐縮してしまう。

「空木さんも香辻さんのことを大切に思ってなんだし、おあいこってことで」

 本当に全く気にしてないと伝わるようにと、ヒロトは少し砕けた言い方をした。
 空木さんは俯いたままだった。

「桐子にもう中学の頃みたいな思いはして欲しくなくて……だから、どんなに私が嫌われても、今度こそ止めようと思いつめてしまい……」

 鞄の持ち手を握る空木さんのほっそりとした手に、並々ならぬ力がこもっていた。
 涙を堪えるように香辻さんは首を横にふる。

「水織ちゃんが責任を感じることじゃないよ。水織ちゃんは私を助けようとしてくれてたのに、私は全部拒絶して、ひとりで引きこもっちゃって……ごめんね」

 顔を上げる空木さんの瞳から、光るものが落ちていった。

「桐子はなにも悪くない! こうして話してくれただけでも私は嬉しいの! 桐子は、私のことも忘れたかったかもしれないけど……」
「そんなことない! 水織ちゃんにまた会えて嬉しいよ! きっかけをくれた福田さんたちに感謝したいぐらいだもの!」

 もっと強くなるからと、香辻さんは笑ってみせる。
 辛い記憶を忘れて欲しいという空木さんの願いと、友達を守ろうとした香辻さんの行動が、行き違いを生んでしまったのだろう。

「桐子……」
「私の方こそ、水織ちゃんに謝りに行かなくちゃいけなかったのにね、ごめ」

 言いかけた香辻さんを、空木さんは抱きしめる。

「私に謝る必要なんてない」
「……ありがとう。私はもう大丈夫だから」

 時間の隔たりを埋めるように抱きしめ返した香辻さんも、泣いていた。

「桐子が元気で良かった」

 身体を離した空木さんは、取り出したレース付きのハンカチで香辻さんの涙を拭った。

「うん、今は毎日がすっごく楽しいよ」

 くすぐったそうにしながら、香辻さんは晴れ晴れとした顔で言った。

「そうなんだ。でも、もし何かトラブルがあったら、私が力になってあげるから」

 そう言って、空木さんはヒロトの方を見る。香辻さんを泣かせたら許さないと、鋭い視線が雄弁に語っていた。
 ヒロトは空木さんにだけ伝わるように小さく頷いた。

「水織ちゃん、今度は私から連絡するね。もう引きこもりじゃないから、どこかに遊びに行こう!」
「うん!」

 友達に戻れた事が嬉しいと二人の声は弾んでいる。香辻さんはもっと話していたいようだが、それを遮るように空木さんのスマホが鳴った。
 遠慮がちにスマホを確認する空木さん。

「ごめんなさい。この後、外せない予定があるの。そろそろ行かないと」

 至極残念そうに言った空木さんは、車道に向かって手を伸ばす。すると丁度近くを走っていたタクシーが停まった。平然と移動にタクシーを使うあたり、さすがお嬢様学校に通っているだけあると、ヒロトは妙に納得した。

「またね、桐子」
「うん!」

 空木さんは名残惜しそうに桐子の手を握っていたけれど、運転手に促されて手を離す。

「またねーー!」

 空木さんは走り去るタクシーの後部座席から香辻さんの方を振り返り続け、香辻さんもタクシーが見えなくなるまで手をふり続けた。

「行っちゃった」

 手を下ろした香辻さんの小さな肩から力が抜ける。久しぶりの再会は嬉しいのはもちろん、緊張していたようだ。

「空木さん、いい人みたいだね」
「はい! 水織ちゃんはすっごくいい子なんです! あんなに美人で、お嬢様で、頭も良くて、スポーツも上手で、何でも出来て! それなのに皆に優しくて! すごい……友達なんです!」

 興奮冷めやらぬテンションの高さで香辻さんは力説する。

「香辻さんのことも大切に想ってるのもよく分かったよ。いい友達だね」

 頷くヒロトに香辻さんも嬉しそうだ。

「河本くんも一緒にいてくれてありがとうございます」
「僕は横に立ってただけだよ?」
「横にいてくれるだけでいいんです。河本くんは」

 そう言って香辻さんは楽しそうに笑う。
 周りの目を遮る電柱ぐらいの役に立ったなら良かったと、ヒロトは思った。



 スタジオに着いたヒロトと香辻さんは、すぐに配信の準備を始めた。
 香辻さんが制服から運動着に着替えている間に、ヒロトはトラッキング機材を設定していく。全身3Dでの配信は久しぶりなのに加えて、新しい機材とソフトウェアを導入しているので香辻さん用にチェックしなければならない項目が多かった。

「準備できました」

 着替えた香辻さんがマットの敷かれた撮影スペースに入ってくる。

「それじゃ、カメラの前に立ってもらえる」
「はい!」

 言われるままに香辻さんは正面のカメラの前に立つ。ヒロトが見るモニタの中に写っているのは、骨格標本を物凄く簡略化したようなポリゴンだ。ボーンと呼ばれるもので、香辻さんの身体の動きに合わせてリアルタイムで動く3Dデータだ。これを灰姫レラの3Dモデルに反映することで、バーチャル空間上で歩いたり踊ったりすることが出来る。

「そのまま手を上げて」
「こうですか?」

 言われるままに香辻さんは、両手を胸の前に上げる。手には白い線の入った手袋をしていた。この手袋が『新機材』の1つだ。

「握ったり開いたりしてみて」

 香辻さんが指を動かすと、カメラが手袋の白い線(マーカー)を認識し、モニタの中では指のボーンが同じように動く。指のボーンは実際の指の関節と同じように細かく分割されているので、その動きはかなり滑らかだ。

「お祈りするみたいに手を組んでみて」
「はい」

 現実の香辻さんの方は指を組んでいるが、ボーンの方はマーカーの認識がうまくいかない。

「どうですか?」
「こんな感じだよ」

 確認用のモニタに、ボーンを反映した灰姫レラの3Dを表示してみせる。

「あー、複雑骨折しちゃってますね」

 人差し指や薬指が伸びていたり、掌の内側に何本か指が埋まってしまっていた。

「指を組む動作は、とりあえず個別でコマンド化してあるから、こっちで操作すれば」

 ソフトウェアの方で、コマンドを実行すると『灰姫レラ』の手が祈るように指を組んだ状態で固定された。

「おー、こんな風に手を振っても変わらない!」

 香辻さんが腕を振り回すが、固く組んだ指先は当然解けない。右腕の手首までの位置情報だけを反映している状態なので可能な芸当だ。

「上手くいってるね。カメラ位置を工夫すれば、楽器演奏も音ゲーも出来るよ」
「大手の事務所みたいですね!」
「機材は1~2世代前だけど、ソフトウェアがかなり優秀なんだ。とはいっても、フルトラで動かせるのは2人ぐらいが限界かな。人数が増えれば、演者同士の重なりをカバーするのにカメラがもっと必要になるからね」
「確かに、ハイプロさんのライブで使った機材はSFみたいで凄かったですね」
「社長のケンジが生ライブへの拘りが強いから。あの人数をオンタイムで動かしてるV事務所は他にないんじゃないかな。あ、最近は個人で手が出せる機材はもちろん、安価で高性能なソフトウェアも充実してきてるよ。特に3Dキャラクター制作ソフトは凄い。プリセットとパラメータを弄るだけで、高品質なオリジナルモデルが簡単に作れるんだ。むしろ職人芸的なLive2Dは高騰していて、突き詰めていくと――」

 技術オタクなことを喋りながら、ヒロトは準備を進めていく。香辻さんの方も、声出しをして音合わせを欠かさない。
 いくらあっても足りない時間が、またたく間に過ぎていった。
 二人が集中して配信の最終リハーサルをしていると、スピーカーの1つがけたたましい音を鳴らした。

「ふわっ!」

 香辻さんが驚いた小型犬みたいにびくっと首を振り、モニタの1つを振り返る。

「もうすぐ18時か」

 時計を見ると、あと5分ほどだ。

「あ、開会式ですね」

 香辻さんの声には、戦いの前の緊張がこもっている。
 二人は準備の手を止めると、モニタの前に並んだ。配信画面には現実の劇場のように、3Dの緞帳が映っていて、『開式までもう少々お待ち下さい』というキャプションがのっていた。
 待機中だと言うのに、コメント欄は熱湯のように沸き立ち、すでに目で追えないほどの速度で流れていく。日本語だけでなく、英語や韓国語、ポルトガル語、ロシア語と世界中から人が集まっているのが分かる。
 それもそのはず、視聴者数はすでに27万人。リアルのトップアイドルグループのオーディションや超大手ゲーム会社の新作AAAタイトルの発表会並みの集客だ。それだけ、大勢の人間が新しいスターの誕生に期待しているのだ。
 開演時間がやってくる頃には視聴者数は30万人を超えていた。すぐ隣で、香辻さんがごくりと喉を鳴らすのが聞こえた。

 緞帳が開くと、VR空間のステージ上に4つの影があった。
 シンセサイザーが奏でる包み込むような優しい主旋律に、ベースの低い音が階段を上がっていくように混じっている。

『胸の奥で燃えるイシに』

 スポットライトが左端の影を照らす。青髪の人物が背中を向けて立っている。華やかなテノールの歌声と共に、天頂を指差すように右手を上げる。

『気づいてしまったら』

 その右隣を次のスポットライトが照らす。小柄な赤髪の人物も同じように背を向けたまま、力強く天を指差す。その歌声は天使が奏でる楽器のように澄んでいる。

『ぼくはもう』

 歌声は艷やかなバリトンを響かせる緑髪の人物。四人の中で最も背が高く、伸ばした指先からつま先まで全ての角度を計算し尽くしたかのような均整のとれたポーズをとれていた。

『走らずにはいられない』

 黄髪の人物はロケットでも発射するかのように、勢いよく右腕を突き上げた。元気いっぱいで愛嬌のある歌声は全ての観客を椅子から立ち上がらせるようなパワーに満ちている。そのパワフルさに弾かれるように、曲が一気に転調する。

 柔らかなシンセのせせらぎから、トランペットの突風とドラムの地鳴りへとバトンタッチ、ここからは激しく自由気ままなジャジータイムだ。

『Welcom to Stardust Stage!
 ここは夢叶える場所!』

 ライトがステージをあまねく照らし、四人が一斉に振り返り、ダンスに誘(いざな)うように右手を差し出す。

『チャンス そこら中に転がってる
 でも、アテンション!
 幸運の女神は前髪だけ』

 ダンスに合わせて、王子様仕様のロングジャケットの裾が翻る。白を基調とした揃いの衣装で、差し色のメンバーカラーがミラーボールの輝きのように煌めいていた。

『フェイト 絶対に信じてる
 さあ、ルックアップ!
 鯉が昇れば龍になる』

 日が暮れるようにメロディと照明が落ち着いていく。そして、縁の下で支えていたピアノとベースたちが顔を覗かせる。

『でも本当は
 いつも不安なんだ』

 暗闇の中、四人は探るように手を動かしながら、ステージの上を彷徨う。
 そんな彼らを歌詞に合わせ、1人ずつスポットライトが順に照らしていく。

『綺羅びやかなジェムと比べて

 ぼくのイシはくすんで輝かない

 鮮やかなえのぐも無くて

 ぼくのイシを飾ることも出来ない』

 勢いを失いとつとつと語るようなピアノだが、消えてはいない。微かでも、たしかに残っている。

『惨めで格好悪くて
 凹んでばかりだけど

 それでも止まれないんだ

 胸の奥でイシが燃えているから!』

 最初と同じポジションについた四人は、一斉に振り返り拳を掲げる。
 同時に、息を吹き返したかのようにドラムたちの激しいビートが戻ってくる。自分たちだって負けていないとピアノとベースも、ペースを上げる。

『ウィッシュ 声に出そう
 きっと、リアライズ!
 千里の道も一歩から』

 ダンスと音楽が不安と寂しさを吹き飛ばし、勇気を与えてくれる。

『ホープ いつだって残ってる
 だから、ネバギブアップ!
 大器晩成、雨垂れ石を穿つ』

 4人の全力の歌声が重なり、ステージを見つめる星々すらも輝かせる。

『胸の奥でイシが燃えているなら

 Welcom to Stardust Stage!

 ここは夢叶える場所

 Welcom to Stardust Stage!

 ここがぼくの生きる場所』

 4人一斉のジャンプから、曲の終わりと同時にタンタタンと床を打ち鳴らす。

 止まっていた時間が動き出すかのように、コメント欄が吹き飛んでいく。視聴者の殆どが見惚れてしまっていたのだ。

「オープニングアクトは、Mary's Egg PlanetのKaNaさん、Urinさん、ONoHaさん、BaaLさんでした!」

 MCの紹介に一礼すると、4人は円状のエフェクトに包まれ消えていった。
 代わりに現れたのがMCとアシスタンの2人だ。MCが赤いスーツの男性で、アシスタントが猫耳巫女服の女の子だ。

「ばりすごかったと! まるでうちまでステージにおるみたいに錯覚したけん!」

 猫耳巫女服の女の子がワタワタと手を振っている。

「初手から凄いパフォーマンスを見せてもらいましたが、本番はこれから!」

 男性が頭上に手を広げると、魔法の粉のように粒子(パーティクル)が振りまかれ【Virtual Dream Audition】の文字オブジェクトが空間に出現する。

「今年もVirtual Dream Audition(バーチャル・ドリーム・オーディション)の季節がやってきました! MCはわたくし、マッカチンの樽井が務めさせて頂きます」

 丹田のあたりに両手を重ね、慇懃に一礼する樽井。

「そしてアシスタントは中洲ウンニャが務めるけんね」

 ウンニャは招き猫みたいに両手首を曲げて見せた。
 福岡の放送局で一緒にレギュラー番組を持っていて一般認知度も高い2人だ。赤いスーツの樽井の方は、コンビのお笑い芸人としてリアルでも活動している。中洲ウンニャの方は、いわゆるご当地Vチューバーで福岡の魅力を伝える活動をしている。

「さてさて今回の参加者はなんと、5023人! Vのオーディション企画としても史上最多!」
「ちかっぱ多か! 田川郡大任町の人口と同じぐらいたい!」

 謎の福岡豆知識が豊富なのも中洲ウンニャの売りだ。

「優勝すれば一躍有名Vチューバーに! 地方活性の願いだってかなうかも!?」

 肖像画のように歴代の優勝者の画像が現れ、2人の周りをメリーゴーランドのように回っていく。栄えある初代優勝者の苺イチエから始まり、無名の新人にも関わらず栄冠を勝ち取ったマジカル梅子、3ポイントが明暗を分けた第3代グランプリのハレットプロジェクト――。その中の一枚アオハルココロの写真で回転が止まる。

「今回のオーディション優勝者には、なんと地上波での冠番組の権利が与えられます」
「歌唱部門や動画部門、一番バズった部門などなど、ばりチャンスがあるけんね! 大手事務所からのスカウトにスポンサード、豪華賞品を手に入れるたい!」

 たとえ優勝に手が届かなくても、このオーディションをきっかけに羽ばたいていったVチューバーは数多くいる。

「しかし、栄光への道は艱難辛苦! まずは予選を突破してもらいましょう!」

 歴代優勝者や優勝賞品が消えて、オーディションの日程表が表示される。

「今日の19時から丸々10日間! そして、決勝へ駒を進められるのは12人!」
「ばり少なか! たったの0.23%たい!」
「その狭き門を目指して、参加者の皆さんには視聴者の投票で競って頂きます!」

 応募ページにも載っているポイントの獲得方法を説明したイラストが映し出された。

「1日1人1票なんてケチくさい? だったらサイトに登録するか、専用アプリをダウンロードすれば、なんと10倍! 1日10票まで投票できてしまいます!」
「いま見てる42万人全員が審査員やけん、大盤振る舞いたいね!」

 中洲ウンニャの掌の上で、専用アプリのアイコンがクルクルと回転し、『10ポイント』という文字を周囲にばら撒いている。

「人気投票じゃ、大手のVにしかチャンスが無いって? もちろん無名の、それこそ昨日今日でVチューバーを始めたばかりの人にだってチャンスはあります! それが審査員ポイント!」

 空から大量の『ポイント』が降り、2人ごとステージを埋め尽くす。

「10人の審査員は2万ポイントの権利を5本持っています。この5本は別々の参加者に投票しなければなりません」

 空中に出現した審査員と書かれたボードには、『2万ポイント』が『5枚』貼り付けてあった。

「審査員全員から投票されれば、なんと最大で20万ポインツ! 一発ギャグだろうが、弾き語りだろうが、おもしろ動画だろうが、審査員の心をつかめば一発逆転のジャイアントキリングだって夢じゃない!」
「さっそく、この流れで審査員紹介に行くっちゃね!」

 中洲ウンニャが手を振ると、10枚のカードが浮かび上がる。オーディションロゴが描かれた裏面だけが見えている。

「まずはこの方、オープニングアクトも務めたMary's Egg Planetの絶対的リーダー! KaNaさん!!」

 最初のカードが捲れるとKaNaのワイプが現れる。リアルタイムの映像だ。

「こんにちはKaNaです。さっそく自己紹介動画をチェックしてるけど、みんな魅力的で今からとても楽しみです」

 KaNaはキラキラの笑顔で手を振って応えた。

「二人目は、大人気バンド白昼夢のボーカルにして、音楽プロデューサーのニノマエ・アインさん!」

 2枚めのカードが開くと、今度は実写のワイプだ。カッターシャツを着たおしゃれ丸メガネの男性が人の良さそうな笑みを浮かべていた。

「ご紹介に預かりましたニノマエっていいます。先に言うと、ボクは歌を中心に審査していきますから。我こそはという人はアピールしてね」

 さらに3人目の映画監督、声優、漫画家、ゲームプロデューサーと続いていく。全員が全員、その業界の第一線で精力的に活動しているクリエイターたちだ。これだけ広い分野から集まると、審査の基準も多岐に渡ることだろう。

「――九人目は、あのリアルアイドル! 日本列島美少女オーディションを優勝し、今年は日本アカデミー新人賞も受賞した百年に一人の美少女、白石奈々さん!」

 カードが捲れ、映し出されたのは愛らしい少女だ。年齢は15、6歳ぐらいでヒロトたちとそれほど変わらないだろう。スマホの荒い映像と下からのアングルでも、その可愛らしさと美しさが奇跡的に同居した顔立ちは全く崩れていない。

「白石奈々と申します。わたしはゲームが好きなので、Vチューバーさんの配信や動画をよく拝見しています。若輩なわたしにとって審査員は過分な役割ですが、誠心誠意務めさせていただきます」

 丁寧に一礼した白石奈々だが、最後の最後で手にしていたスマホを落としそうになりコメント欄に驚きと笑いを巻き起こしていた。

「そして最後はこの人!」

 白石奈々のカードが消え、10枚目が現れる。

「今回の優勝賞品である冠番組のメインMCにして、本オーディションでも歴代最高得点のレコードホルダー! トップオブトップ、アオハルココロさん!」

 最後のカードに映し出されるアオハルココロ。いつもと変わらないセーラー服だが、この場に合わせた落ち着いた微笑みを浮かべている。
 ヒロトは香辻さんの反応が気になって、視線を横に向けた。香辻さんは目つきこそ真剣だけれど、嬉しそうに口元に手を当てていた。

「わたしが飛躍するきっかけになったこのオーディションに、審査員として戻ってこれたことを光栄に思っています」

 言葉の一つ一つに敬意を払うように、アオハルココロは言った。MCの樽井がもう少し話して欲しいと促すように頷く。

「このオーディションの参加者は、アオハルココロさんとの共演を目指して戦うわけですが、どんな方に優勝して欲しいですか?」
「そうね……もし同じオーディションで戦ったのなら、私を倒せる人ね」

 少し考えたアオハルココロは、本気とも冗談ともつかない笑みを浮かべて答えた。

「随分とハードルが高いのでは……」

 そんなVチューバーは居るはずないと樽井は戸惑いに首を傾げる。

「それぐらいじゃないと、一緒に番組をやる意味がないでしょ?」

 茶目っ気ある言い方に冗談なのかと樽井は笑い、コメント欄も『だよね』で溢れている。だが、ヒロトには分かった。彼女は本気で言っているのだと。隣の香辻さんも同じことを感じてたのだろう、身体が少しばかり強張っていた。

「ハハッ、アオハルココロさんのプレッシャーに負けないぐらいじゃないと、グランプリはとれませんね。何かアドバイスはありますか? オーディションの必勝法とか?」

 樽井の冗談めかした言い方に、アオハルココロは胸に手を当てて答える。

「オーディションは他の参加者との対決じゃないし、審査員や見てくれてる人たちと争うわけでもない。自分自身との戦い」

 アオハルココロは画面の向こうにいる全ての人たちに、まっすぐ語りかける。

「全力を尽くせば勝利も敗北も、全てが糧になる。だから、オーディションを精一杯楽しんでね」

 最後にとびっきりのウィンクで、アオハルココロは目元から星のエフェクトを飛ばす。

「ありがとうございます。アオハルココロさんでした!」

 MCの樽井に送り出され映像が終わると、10枚のカードが樽井と中洲ウンニャの横に並ぶ。

「もうすぐ10日間に渡る予選が始まります」

 VR空間上に浮かぶデジタル時計には『18:57』と表示されている。

「誰が決勝に進むか、ばり楽しみたい!」

 コメント欄も期待や、優勝予想、推しの応援などなど熱い言葉で溢れている。

「香辻さん、そろそろカメラの前へ」
「はい!」

 香辻さんは白いラインの入った手袋をはめ直すと、カメラとセンサーに囲まれた配信エリアに足を踏み入れる。
 開会式の配信ではカウントダウンが始まっていた。

「もう10秒前やけん……5、4、3、2、1」
「19時になりました! それでは参加者のみなさん、グッドラック!」

 樽井の合図に配信のコメント欄も『GL』で埋まっていた。

「香辻さん、僕たちも始めるよ」
「いつでも大丈夫です!」

 答える香辻さんの声は少し緊張していたけれど、カメラを見つめる表情はやる気に満ちている。アオハルココロの発破がかなり効いたようだ。

「それじゃ、3、2、1……配信スタート」

 開会式の公式配信が終わるとほぼ同時に、灰姫レラの配信は始まった。

「ボンジュール! 灰姫レラです! 今日はなんとーーーー、全身で動けちゃいます!」

 そう言ってカメラの前を左右に往復する香辻さん。新しいカメラも順調に彼女の表情を捉え、指を開く動きまでしっかりと灰姫レラへと反映させていた。

「告知していた通り、オーディションが始まりました! 全力で戦っていくので応援よろしくおねがいします!」

 画面の中では、三指を揃えた灰姫レラがペコリとお辞儀をしていた。

「投票方法は概要欄に書いてあります。もちろん、後で説明するんですが、折角のフルトラですから、歌ったりゲームしたり楽しんじゃいます! まずはお歌からです、最近大勢のVチューバーさんも歌っているQEENから、練習したので聞いて下さい!」



 オーディションのための配信は順調に進んでいった。
 歌から始まり、バランスボール耐久クイズゲームで視聴者を盛り上げた。その後に、オーディション中に使う灰姫レラの応援用のタグを決めたり、配信のスケジュールを話したりもした。
 視聴者参加型オーディションで重要なのは、本人と視聴者が共にオーディションを戦っているという一体感だ。もちろん、少人数から搾り取るような苦行ではなく、できるだけ大勢がレクリエーションとして楽しめる必要がある。そのためオーディション開始時刻とともに配信を始めて、さらに全身3Dフルトラ配信というブーストまでかけた。
 効果は目に見えてあった。視聴者は1500人台を常にキープし、最高で2000人を越えていた。高評価も1000を越えたの対して、低評価はたったの3だ。
 灰姫レラの方もオーディションの緊張感がいい具合に作用し会話のキレが良い。一方で、集中しすぎてバランスボールを蹴っ飛ばしてカメラを倒してしまったりと、撮れ高を収めていた。
 1時間を予定していた配信は15分もオーバーしてしまっていた。

「はぁはぁ……それではフルトラの配信は終わろうと思います。このあと夜の22時からと、明日の早朝枠をやります。起きてる人は応援しに来てくれると嬉しいです。それではエンディングです、おつデレラ!」

 ヒロトは配信画面をエンディング動画へと切り替え、音声を切る。

「マイクミュートにしたよ」
「ひぁ~~」

 その場のマットに座り込む香辻さん。スタジオ内は肌寒いぐらいの気温にも関わらず、びっしょりと汗をかき額に髪の毛が張り付いていた。

「お疲れ様」

 余韻を残し配信を切ったヒロトは、香辻さんにペットボトルの水を渡す。

「ゴールデンタイムなのに、約2000人が視聴してくれてたよ」
「はぁ、はぁ、よ、よかったぁ~!」
「もう投票してくれてる人も結構いるね」

 ヒロトは手にしたタブレットで公式ページを開く。ランキングの途中経過は1時間毎の発表なので、いま載っているものが第一回目の集計となる。

「灰姫レラは……いま17位だ。悪くないよ」

 そう言ってヒロトはタブレットを香辻さんに見せる。

「悪くないどころか、上位じゃないですか!?」

 息を整える暇もなく大きな声を出す香辻さん。自分の目で見ても信じられないという表情をしていた。

「まだ優勝候補が配信してなかったり、審査員票も入ってないけどね」
「これが最高順位じゃ……」

 香辻さんの顔から血の気が引く。アドレナリン全開で配信をした反動なのか、若干ネガティブ思考になっているようだ。

「17位どころじゃなくて、僕たちは12位以内を目指すんだからね。まだまだこれからだよ」
「は、はい! そうでした!」

 弱気はいけないと言うように、香辻さんは自分の頬をペチンと叩く。

「投票してくれる人を増やさないとね。まずは22時の配信も頑張ってね」

 香辻さんの自宅配信では、ヒロトが手伝えることは多くない。

「はい、早く片付けて帰らないと」
「片付けは僕がやるから、香辻さんは早く帰って」

 フルトラ配信は盛り上がりすぎて、予定の1時間を15分オーバーしてしまっていた。自宅での配信準備はもちろん、帰宅が遅くなりすぎて家の人に心配をかけるわけにはいかない。

「えっと、お、お願いします!」

 香辻さんは少し迷っていたけれど、ヒロトがデジタル時計を指差すと観念したように頷いた。
 荷物をまとめた香辻さんを、ヒロトは大通りまで慌ただしく送っていき、帰りにコンビニのおにぎりとシーチキンサラダを買ってスタジオに戻ってきた。
 機材の片付けを済ませた後、おにぎりを食べながらヒロトは他のオーディション参加者の配信や動画をチェックしていた。全体の動向をチェックするのはもちろん、どうやって予選を突破するか、そして決勝に残れたのならどうやってグランプリを狙うか、考える事や準備すべきことは山ほどある。
 3回目のポイント集計が終わった時点で、主要な優勝候補・有名Vチューバーは少なくとも1回の配信をしていた。ランキングだけでなく、それらの配信の視聴者数や高評価数などから、ヒロトはボーダーラインを予測した。
 最低ラインは8万ポイント付近になりそうだ。例年よりも2万ポイントも高い。
 灰姫レラが予選を突破できるかどうかはギリギリだろう。ポテンシャルで負けてるとはまったく思わないけれど、12位までの参加者の票の伸びが事前の予測よりも大きかった。
 その対策を考えながら、ヒロトはメールをチェックしていた。灰姫レラの連絡先として、ヒロトと香辻さんの2人で管理しているアカウントだ。最近では毎日ファンからのメールが届くのでチェックは欠かせない。時折、悪口を書かれたものも届くが、スパムや卑猥な画像を添付したものなど悪質なものではない限りは、ヒロトの判断で消すことはないルールになっていた。
 時系列で並んだ件名に『応援の手紙』や『灰姫レラちゃんが大好きです!』と書かれたメールはすでに香辻さんによって読了済みになっている。

「ん?」

 15分前に新しいメールが届いていた。現時刻は23時を過ぎている。香辻さんは明日の朝枠のために眠っている頃なので、チェックしていないのだろう。

『オーディションのコラボグループへのお誘い』

 という件名が付けられていた。

####################################

遂に始まったオーディション予選!
送られてきたコラボのお誘いに、
ぼっちで陰キャな灰姫レラの返答は?!

以下、いつもの宣伝!

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