第5話
文字数 8,766文字
【前回までのあらすじ】
ブラックスミスの口から語られるヒロトの過去。
悲劇を知っても怯まなかった桐子は、
楽曲を手に入れるために、
ブラックスミスとのゲーム対決に挑む。
####################################
「それでどうやって勝負するんですか?」
作曲家ブラックスミスさんとの楽曲をかけた対決。桐子は肝心の内容を聞いていなかったことにいまさら気づいた。
「普通はさ、勝負の方法を聞いてから、受けるかどうか決めるもんだと思うけど……、あんた抜けてんな」
「残念ながら、自分でもそう思います」
圧倒的全力で同意する桐子に、スミスさんは肩透かしを食らったと肩をすくめる。
「もうすぐ定時イベントが始まる。そこで多くスコアを獲得した方が勝ちだ」
「スコアを稼ぐって、夕方にでっかいゾンビと戦った時みたいにですか?」
あの時は無我夢中で逃げ回っていることしか出来なかった。客観的事実として、歴戦の戦士っぽいスミスさんには勝てそうにない。
「そうだ。ワールドの管理者の趣味でバトルに宝探し、謎解きといろいろだな」
「アクションは苦手ですけど、イベントの内容次第で私にもチャンスがありますね!」
「お気楽だな。このワールドにアバターレベルは存在しないが、能力(パーク)や武器、アイテムとあんたと俺じゃ雲泥の差だぜ」
そう言ってスミスさんは右手の武器を刀からライフル、ロケットランチャーとシャカシャカ切り替えて見せる。
桐子がインベントリを開くと、初期装備の銃が一丁と包帯が2つ、それに手榴弾が3個入っているだけだった。
「確かに、貧弱ですね……」
「宝探しで歩き回るだけでも、あんたはゾンビに食い殺されて終わりだな。ただ、それじゃあ、くそつまんねえ。俺はゲームでヒリヒリしてえんだ!」
スミスさんは自分の頭に拳銃を突きつけて、自信たっぷりの笑みを浮かべる。
「負けない勝負なんてする意味がねえからな!」
「はぁ?」
なんでそんなにテンションが高いのか、桐子にはよく分からなかった。
「そこでだ、あんたにハンデをやる」
「え、本当ですか! 言質とりました!」
「イベントの制限時間の半分、俺はこの場を動かない」
スミスさんは持ち替えた刀で地面を突き、ここが自分のポジションだと宣言する。
「制限時間の半分なんて、貰っちゃっていいんですか? 負けた後に、やっぱりハンデ無しで再戦とか言うための保険じゃないですよね」
破格の条件に身構える桐子だったが、スミスさんは鼻で笑う。
「ハッ、それぐらいのハンデがなきゃ勝負になんてならねえんだ。俺の腕前はな!」
自信満々のスミスさんの言葉が終わると同時に、イベント開始を告げるサイレンが街中に鳴り響いた。
『D7地区のMJスタジアムで集団感染が発生。コンサートに訪れていた観客たちが感染体となり街に溢れ出している。ハンターは直ちにスタジアムへ向かい、感染源のミュージシャンを処分して下さい。なお、この感染体は音に敏感だという報告を受けています。繰り返します――』
続いて表示された制限時間は【13分34秒】。
「ずいぶん中途半端な時間ですね……半分ってことは、えっと……まずは13分の半分を計算して……」
「6分47秒後だな、俺がスタートするのは」
桐子が計算に手間取っていると、スミスさんがあっさりと答えを出す。
「ありがとうございます」
「お礼を言ってる余裕なんてあるのか?」
ニヤニヤ笑いのスミスさんの視線の先では、ゲーム参加者たちの一団がD7地区を目指して大通りを駆け抜けていく。
「余裕無いから、もう行きます!」
遅れてなるものかと、桐子も後を追って走り出す。
「せいぜい頑張りな。ま、お前じゃ正解にはたどり着けないだろうけどな」
あくびでも噛み殺すように言って、スミスさんはその場にどかっと腰を下ろすと、アイテムの調合を始めた。
「スミスさんが言った正解ってなんのことかな?」
配信中の癖で、1人になっても桐子のお喋りは続いていた。
「もしかして、何か大量のスコアを稼ぐ裏技でもあったり?」
引っかかりを覚えた桐子だったけれど、当然心当たりはない。二度目のゲーム参加で裏技が分かるぐらいの雑システムだったとしたら、大勢の人がプレイするとも思えない。
「口の悪いスミスさんのことだから、適当なことを言って私を惑わそうとしてるのかも……」
移動中の時間も無駄には出来ないと、道に立っている手頃なゾンビの一匹に向かって銃を撃ちまくる。
幸運を得た一発がゾンビの頭を見事に捉え、緑色の体液の花を咲かせた。
「やった! 私、恐ろしい速度で成長してます!」
確かな手応えを感じた桐子は、さらに別のゾンビに向かって銃を撃つ。
しかし、そう都合よく二度目の幸運は訪れない。
「なんで全然あたらないですか! 強いタイプなんですか!?」
表示上はノーマルタイプのゾンビだ。
「ひぃっ! こっち見ないで!」
威嚇されて怒ったのか、ゾンビは猛然と桐子に駆け寄ってくる。さらに銃声に気づいた他のゾンビたちが集まりだしていた。
「まずいです! いきなりピンチです!」
銃弾を撃ち尽くし、画面の隅では進捗バーがリロード中であることを告げている。リロードが終わっても、すでに5匹に増えたゾンビを、自分の腕前で倒しきれる保証はない。
「こんなところで死ぬわけにはいかないんです!」
桐子は虎の子の手榴弾をポイッとゾンビたちに向かって投げる。
天高く放物線を描いた手榴弾は、見事にゾンビたちの頭上を越えて行く。
「なんでぇええええ!」
もちろん桐子の狙いが悪かったからだ。
ゾンビたちの後方に落ちた手榴弾は、コロコロと転がり路上に放置されたタンクローリー車の下に入り――。
大爆発を起こした。
轟音とともに地獄の業火が広がり、桐子に襲いかかろうとしていたゾンビたちを尽く飲み込んでいった。
一気に大量のスコアが加算され、ランキングが一つ上がったと画面下に小さく『↑』と表示される。
「ね、狙い通りです!」
桐子はポジティブに考えることにした。幸運を掴まなければ、この戦いに勝利はないのだ。
「さてと、D7地区を目指さないと」
燃え上がるタンクローリー車から、進行方向の大通りを振り返る。
爆音を聞きつけたゾンビたちが、周囲の建物から溢れ出していた。身体をくねくねと動かし、キャンプファイヤーに盛り上がっているかのようだ。
「その道を……」
桐子が一歩踏み出すと、ゾンビたちはダンスの振り付けのように一斉にこちらを見る。獲物を見つけたと肉がこそげ落ちた口を開き、粘つくよだれを垂らしていた。
「通してはくれませんよねぇええええ!」
走り出した桐子は交差点を左折し、ゾンビの居ない方へと逃げていく。
ゾンビたちはその後を、波濤のように追ってきた。
「前とおんなじ状況じゃないですかぁああああああ!」
無我夢中で走っていると、前方で立ち止まっているアバターがいた。
胸にV字の傷があるピッチリスーツの筋骨隆々の大男だ。
「危ないです! ゾンビが来ます!」
「ふんっ、もちろん分かっていて待っていたのだ!」
桐子が危ないと手を振ると、大男はやたらと野太い声で応えロケットランチャーを担いだ。
「スコア、稼がせてもらう!」
白煙とともに発射された弾頭が迫りくるゾンビの先頭集団に突っ込む。
重い爆発音と共に十数人のゾンビがまとめて吹き飛び、汚い腐肉の塊に還っていった。
「ふふふっ、俺の世紀末核弾頭ミサイルの味はどうだ、ゾンビどもめ!」
「核でも、ミサイルでもないけど凄い威力です!」
感激する桐子の声に、調子づいた大男はロケットランチャーを撃ちまくる。
「私も加勢します!」
次々にゾンビを屠っていく大男の横で、桐子も銃を撃ってちゃっかりスコアを稼いでいく。
「ハハハハッ! 汚物は消ど、ぐはぁあああ!」
大男のご機嫌な声が唐突に絶叫へと変わった。
ビルの上階から降ってきたゾンビに襲われたのだ。しかも一匹や二匹ではない、雨あられと振り続けていた。
「がはぁ! このっ! うぼあぁっ!」
ロケットランチャー本体を振り回して応戦しようとするが、ゾンビの数には勝てない。
「その人から離れてっ!」
桐子も銃で追い払おうとするが、パスパスと当てるのが精一杯で救助の役にはまるで立っていない。
「俺はもうダメだ……持っていけ!」
死期を悟った大男が渾身の力でロケットランチャーを、桐子に向かって投げる。
「大男さん!」
桐子が飛んできたロケットランチャーをキャッチするのを見届けると、大男はありったけの爆弾をその場にばら撒いた。
「生きろぉおおおおお!」
目がくらむほどの閃光が周囲を白く染め、爆音が轟いた。群がっていたゾンビは尽く肉片となって、地面や建物に生っぽい音をたてて張り付いた。
「あべしぃっ……」
ゾンビを巻き込んで壮絶な最後を遂げた男は、光の粒子となって消えていく。スコアとアイテムを大量に失い、近くのリスタートポイントへ戻されてしまったのだ。
「ありがとうございます! あなたの犠牲は無駄にはしません!」
なんとなく雰囲気で遺志を継いだ桐子は走り出す。
なんとか音を聞きつけたゾンビたちが集まってくる前に、十分な距離をとることが出来た。
ゾンビに追われたせいで、遠回りになってしまったけれど、目的地のスタジアムは近づいていた。
「はぁはぁ……もう少しですね」
周囲に敵の気配がなくなったので桐子はランキングボードを開いた。
桐子の順位は131人中50位だ。銃の扱いにも慣れてきて、道中と合わせて40体ほどのゾンビを倒していた。
「結構スコアが貯まってるし、割といいペースなのかな?」
イベント開始から時間が経ち戦闘が激化しているのか、デスペナルティでスコアを失っている人たちが多く、ランキングの変動が激しい。
ランキングボードの下を追うと、まだブラックスミスはスコア0のまま最下位にとどまっている。
「そろそろ制限時間の半分、スミスさんがスタートする頃……」
単純計算だと後40体ほどのゾンビを倒せることになる。しかも、中心地のスタジアムに到着すれば、ゾンビの数は増えるからロケットランチャーを上手く使えば高得点が狙えるかもしれない。
「もしかして、スミスさんの逆転は難しいんじゃ? 私の実力を見誤ったのかも……?」
ハンデを与えてくれたけど、スミスさんが油断している様子は無かった。
「はっ! ということは、もしかして……、私に勝ちを譲ってくれようとしているんですか?!」
自分の閃きに桐子の声は弾んでいた。
「きっとそうに違いありません! 口ではなんと言ってても、河本くんとは友達なんです! 昔のことで喧嘩してしまったから素直になれなくて、私に負けたふりをして河本くんと仲直りがしたいんです!」
過去に何があったとしてもまた友達としてやり直せるなら、桐子にはそれが素晴らしいことに思えた。少なくとも自分みたいに、過去と向き合わないよりはずっと良いはずだ。
「ということは、死んじゃってこのスコアを失わないようにしなくちゃ。生き残ること優先の立ち回りを――」
そんなことを考えながらランキングを確認した桐子は、目を丸くする。
「えっ?! な、なんですか、この勢いは?!」
さっきまで最下位にいたスミスさんのスコアが急上昇。
「そんな、ち、違いますよね? スミスさんは本当は優しい人で……あっ、あっ、あっ!! えぇえええええ!」
そんなに世の中は甘くない。
桐子が脳天気な期待にすがって、手をこまねいている僅か1分ほどのうちにスミスさんのスコアは桐子を余裕で抜き去っていた。
「勝たせる気なんて全くないんですねぇ……うう、世知辛いのじゃぁ……」
どんな激しい戦い方をしているのか、スミスさんのスコアは停滞している上位10位に迫ろうとしていた。
「こんなスーパープレイヤーにどうすれば勝てるんですか……教えて下さい、河本くん……」
口癖のようにつぶやくけれど、もちろん返事はない。
「……って、違いますよね。私がどうにかしないとダメなんです!
河本くんの役に立つためにここに来たんです!」
折れそうになる自分に言い聞かせた桐子がペチペチと頬を叩いていると、再びアナウンスが流れ始めた。
『スタジアムは依然として感染体に占拠されています。ハンターは急行し、感染体及び感染源を速やかに処分して下さい。感染源を処分したハンターには特別スコアが加算されます。繰り返します――』
桐子は勝利を目指して、スタジアムへと急いだ。
MJスタジアムは屋根のないおおよそ円形の敷地をしていた。たぶん東京ドーム1個分ぐらいの大きさだろう(もちろん桐子は東京ドームの実物を見たことはないので、いい加減な感想だ)。
周囲に四本の巨大な照明が立っていて、曇り空の下では非常に目立つ強烈な光を放っている。
フィールドに直接入ることのできる入り口は3つあるけれど、どれも大量のゾンビが埋め尽くしていた。
「こんなのどうやって中に入れば……」
数千のゾンビを前にして、スタジアムに到着した桐子は生け垣の中で息を潜めていた。
同じように木の上や物陰に何人ものイベント参加者が隠れている。目的地に無事到着できたはのはいいけれど、肝心のボスがいるスタジアム内には誰も一歩も入ることが出来ないでいた。
「ボスは見えているのに……」
桐子が見上げる屋外モニタにはスタジアムの内で行われている『コンサート』の映像が映し出されている。
オレンジ色のジャケットを着た頬の痩けたゾンビが、スタジアムの中央に建てられたステージ上で、電子サウンドに合わせて踊り狂っている。人間には不可能な角度で背中を反らしたり、重力を無視したかのように身体を斜めにしたりと、ある意味ではゾンビらしいダンスだ。
ステージを囲むゾンビたちはもちろん観客だ。オレンジジャケットのゾンビを虚ろな目で見上げ、唸り声を上げたり、風に吹かれる稲穂のように揺れている。
この観客ゾンビたちは、オレンジジャケットゾンビの熱狂的なファンなのだろう。こうやってダンスに魅入っている間は何もしてこないけれど、ひとたびコンサートの邪魔者が現れれば怒涛となって襲いかかってくる。
桐子が到着してからも、すでに何人もの勇敢なチャレンジャーが散っている。毎秒100発の機関銃を撃ちながら突撃した者は弾よりも数が多いゾンビに押し負け、装甲車で突っ込んでいった4人組はタイヤに巻き込んだゾンビの肉片でスリップして大破、あっけなくゾンビの餌食になっていった。
「このままじゃ、スミスさんにボロ負けです……」
「よー、フリフリ。俺がなんだって?」
「ひぁっ!」
突然、背後から呼びかけられた桐子は驚き、悲鳴を上げてしまう。
「お、おどかさないで下さい!」
桐子はバクバクと激しく主張する胸に手を当てながら、わざと驚かしたと顔に書いてあるスミスさんを非難する。
「よく死なずにここまでたどり着けたな。運だけは人並みか?」
「運もありますけど、運だけじゃありませんから!」
「はっ、そうかい。ま、どっちにせよ死んでれば早々に諦めがついたのにな」
「最後の最後まで、私は諦めません!」
ムキになって言い返す桐子に、スミスさんはピンと指を弾いてランキングボードを目の前の空間に表示する。
「そういう事は、俺とあんたのスコア差を見てから言うんだな」
スミスさんのランキングはさらに上昇し現在5位につけている。逆に戦闘を避けていた桐子の方は、60位までランクダウンしてしまっていた。
「ここからです! ボスを倒して一発逆転してみせます!」
野外モニタをビシッと指差す桐子を、スミスさんはせせら笑う。
「どうやってゾンビで溢れかえったスタジアムに入って、ボスを倒す? フリフリのドレスで王子様を誘惑して、連れてってもらうのか? 自分じゃ何も出来ないお姫様は、芋虫みたいに哀れだな!」
「うぐぐ……で、でもです! ボスを倒せないのはスミスさんも同じじゃないですか!」
桐子の精一杯の反論に、スミスさんは呆れ気味に首を振る。
「別にー、俺はこのまま制限時間が終わるまで待ってもあんたに勝てるけどな」
「あっ……」
「だけどよぉ俺はな。他人任せのあんたとは違うぜ。ほどほどのスコアで安定なんて退屈な選択肢は死んでもとりたくねえ」
刀を構えたスミスさんは、ゾンビが埋め尽くすスタジアムの入り口を睨みつけ、口元に笑みを浮かべる。
「2着だろうが3着だろうがドベだろうが、ぜーーんぶ一緒の負け犬! 俺が目指すのはトップだけだ!」
スミスさんは地面を蹴り、ゾンビたちが塞ぐゲートへ猛然と突っ込んでいく。
白刃が風音をたてると、ゾンビの胴体がまとめて5つ、ズルリと地面に滑り落ちた。
襲撃に気づいた近くのゾンビ警備員たちが警棒を手に殴りかかってくるが、一呼吸の間もなくスミスさんの刀で斬り伏せられていく。
すぐ背後でゾンビ仲間が惨殺されているというのに、スタジアムに詰めかけている観客ゾンビたちはほとんど気づいていない。
「あっ、大きな音がしないからだ!」
銃や爆弾の音には敏感に反応する観客ゾンビたちだが、コンサート自体を邪魔しなければ襲ってこないのだ。スタジアムを目指す道中でも、スミスさんはそうやって『辻斬』で大量のスコアを稼いできたに違いない。
ゾンビの『弱点』に気づいた他の人たちも、銃から鉄パイプやナイフなどの近接武器に持ち替え、スミスさんの後に続いていく。
「わ、私も、早く!」
インベントリを開くと、現在装備している銃と大男の形見のロケットランチャーしかない。
道中で落ちてる鉄パイプを見かけたこともあったけれど、先を急いで拾わなかった。
「だって銃の方が強いと思ったんです!」
後悔先に立たずだが、悔やんでいる暇はない。
攻撃に失敗してゾンビの餌食になる人もいるけれど、スミスさんや強そうな人たちが、すでに入場ゲートを突破している。ゾンビは倒され分だけ、スタジアムの中から新手が出現するので、すぐに穴は埋まってしまう。ちゃっかり誰かの後ろについていくのは無理だ。
「なにか武器が落ちてたり……」
周囲を見渡しても、木の棒一本すら落ちてない。
「武器を探して戻る頃には、スミスさんがボスを倒しちゃってる……いっそのことロケットランチャーで突撃して……」
装備をロケットランチャーに切り替えて――。
その時、なぜだか河本くんの困った顔が浮かんだ。
「ダメだからっ!」
ゾンビの集団に突っ込んで行こうとする直前で足が止まった。
「そうです、一発撃ってその後ゾンビの餌食になったら意味がないから! いつもみたいに安易な方に流れないで、自分の頭で打開策を考えなくちゃ!」
河本くんならきっとそうすると思った。
河本くんならこんなピンチでも、絶対に正解を見つけ出せるはずだ。
「正解……そういえば、スミスさんもそんなこと言ってたような……」
記憶の糸を手繰り寄せると、それはイベント開催のアナウンスが流れてすぐのことだった。
「あのアナウンスにヒントがあった? えっと確か、このスタジアムのコンサート会場でゾンビが出現したって、そんなようなことを言って……」
周囲を見渡すと、看板には『MJスタジアム』とデカデカと書かれている。
「MJスタジアム……コンサート……ダメだ、何か足りない……何かもう一つ……時間がないのに……時間が…………時間?」
あの時、妙に引っ掛かることがあった。
「制限時間が『13分34秒』……」
すぐにスマホで検索をかけるけれど、それらしき結果は出てこない。
「じゃあ、『ゾンビ』を追加して………………」
つらつらと並ぶ検索結果の一つに、桐子の目が止まる。
「これってもしかして?!」
『全ての条件』を満たすモノが表示されていた。
「私、わかっちゃいました! このイベントのクリア方法が!」
桐子は一旦パソコンの画面を切り替え、別のアプリを起動した。
####################################
ブラックスミスとの楽曲をかけた対決は佳境!
絶体絶命のピンチの中、
桐子が見つけた『正解』とは?
一体どうやってゾンビであふれかえるスタジアムで、ボスゾンビを倒すのか?
『お気に入り』や『いいね』『感想』等ありましたら是非お願いします!
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連絡先 takahashi.left@gmail.com
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よかったら買ってください。
異世界戦記ファンタジー『白き姫騎士と黒の戦略家』もあります。
こちらも是非!
ブラックスミスの口から語られるヒロトの過去。
悲劇を知っても怯まなかった桐子は、
楽曲を手に入れるために、
ブラックスミスとのゲーム対決に挑む。
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「それでどうやって勝負するんですか?」
作曲家ブラックスミスさんとの楽曲をかけた対決。桐子は肝心の内容を聞いていなかったことにいまさら気づいた。
「普通はさ、勝負の方法を聞いてから、受けるかどうか決めるもんだと思うけど……、あんた抜けてんな」
「残念ながら、自分でもそう思います」
圧倒的全力で同意する桐子に、スミスさんは肩透かしを食らったと肩をすくめる。
「もうすぐ定時イベントが始まる。そこで多くスコアを獲得した方が勝ちだ」
「スコアを稼ぐって、夕方にでっかいゾンビと戦った時みたいにですか?」
あの時は無我夢中で逃げ回っていることしか出来なかった。客観的事実として、歴戦の戦士っぽいスミスさんには勝てそうにない。
「そうだ。ワールドの管理者の趣味でバトルに宝探し、謎解きといろいろだな」
「アクションは苦手ですけど、イベントの内容次第で私にもチャンスがありますね!」
「お気楽だな。このワールドにアバターレベルは存在しないが、能力(パーク)や武器、アイテムとあんたと俺じゃ雲泥の差だぜ」
そう言ってスミスさんは右手の武器を刀からライフル、ロケットランチャーとシャカシャカ切り替えて見せる。
桐子がインベントリを開くと、初期装備の銃が一丁と包帯が2つ、それに手榴弾が3個入っているだけだった。
「確かに、貧弱ですね……」
「宝探しで歩き回るだけでも、あんたはゾンビに食い殺されて終わりだな。ただ、それじゃあ、くそつまんねえ。俺はゲームでヒリヒリしてえんだ!」
スミスさんは自分の頭に拳銃を突きつけて、自信たっぷりの笑みを浮かべる。
「負けない勝負なんてする意味がねえからな!」
「はぁ?」
なんでそんなにテンションが高いのか、桐子にはよく分からなかった。
「そこでだ、あんたにハンデをやる」
「え、本当ですか! 言質とりました!」
「イベントの制限時間の半分、俺はこの場を動かない」
スミスさんは持ち替えた刀で地面を突き、ここが自分のポジションだと宣言する。
「制限時間の半分なんて、貰っちゃっていいんですか? 負けた後に、やっぱりハンデ無しで再戦とか言うための保険じゃないですよね」
破格の条件に身構える桐子だったが、スミスさんは鼻で笑う。
「ハッ、それぐらいのハンデがなきゃ勝負になんてならねえんだ。俺の腕前はな!」
自信満々のスミスさんの言葉が終わると同時に、イベント開始を告げるサイレンが街中に鳴り響いた。
『D7地区のMJスタジアムで集団感染が発生。コンサートに訪れていた観客たちが感染体となり街に溢れ出している。ハンターは直ちにスタジアムへ向かい、感染源のミュージシャンを処分して下さい。なお、この感染体は音に敏感だという報告を受けています。繰り返します――』
続いて表示された制限時間は【13分34秒】。
「ずいぶん中途半端な時間ですね……半分ってことは、えっと……まずは13分の半分を計算して……」
「6分47秒後だな、俺がスタートするのは」
桐子が計算に手間取っていると、スミスさんがあっさりと答えを出す。
「ありがとうございます」
「お礼を言ってる余裕なんてあるのか?」
ニヤニヤ笑いのスミスさんの視線の先では、ゲーム参加者たちの一団がD7地区を目指して大通りを駆け抜けていく。
「余裕無いから、もう行きます!」
遅れてなるものかと、桐子も後を追って走り出す。
「せいぜい頑張りな。ま、お前じゃ正解にはたどり着けないだろうけどな」
あくびでも噛み殺すように言って、スミスさんはその場にどかっと腰を下ろすと、アイテムの調合を始めた。
「スミスさんが言った正解ってなんのことかな?」
配信中の癖で、1人になっても桐子のお喋りは続いていた。
「もしかして、何か大量のスコアを稼ぐ裏技でもあったり?」
引っかかりを覚えた桐子だったけれど、当然心当たりはない。二度目のゲーム参加で裏技が分かるぐらいの雑システムだったとしたら、大勢の人がプレイするとも思えない。
「口の悪いスミスさんのことだから、適当なことを言って私を惑わそうとしてるのかも……」
移動中の時間も無駄には出来ないと、道に立っている手頃なゾンビの一匹に向かって銃を撃ちまくる。
幸運を得た一発がゾンビの頭を見事に捉え、緑色の体液の花を咲かせた。
「やった! 私、恐ろしい速度で成長してます!」
確かな手応えを感じた桐子は、さらに別のゾンビに向かって銃を撃つ。
しかし、そう都合よく二度目の幸運は訪れない。
「なんで全然あたらないですか! 強いタイプなんですか!?」
表示上はノーマルタイプのゾンビだ。
「ひぃっ! こっち見ないで!」
威嚇されて怒ったのか、ゾンビは猛然と桐子に駆け寄ってくる。さらに銃声に気づいた他のゾンビたちが集まりだしていた。
「まずいです! いきなりピンチです!」
銃弾を撃ち尽くし、画面の隅では進捗バーがリロード中であることを告げている。リロードが終わっても、すでに5匹に増えたゾンビを、自分の腕前で倒しきれる保証はない。
「こんなところで死ぬわけにはいかないんです!」
桐子は虎の子の手榴弾をポイッとゾンビたちに向かって投げる。
天高く放物線を描いた手榴弾は、見事にゾンビたちの頭上を越えて行く。
「なんでぇええええ!」
もちろん桐子の狙いが悪かったからだ。
ゾンビたちの後方に落ちた手榴弾は、コロコロと転がり路上に放置されたタンクローリー車の下に入り――。
大爆発を起こした。
轟音とともに地獄の業火が広がり、桐子に襲いかかろうとしていたゾンビたちを尽く飲み込んでいった。
一気に大量のスコアが加算され、ランキングが一つ上がったと画面下に小さく『↑』と表示される。
「ね、狙い通りです!」
桐子はポジティブに考えることにした。幸運を掴まなければ、この戦いに勝利はないのだ。
「さてと、D7地区を目指さないと」
燃え上がるタンクローリー車から、進行方向の大通りを振り返る。
爆音を聞きつけたゾンビたちが、周囲の建物から溢れ出していた。身体をくねくねと動かし、キャンプファイヤーに盛り上がっているかのようだ。
「その道を……」
桐子が一歩踏み出すと、ゾンビたちはダンスの振り付けのように一斉にこちらを見る。獲物を見つけたと肉がこそげ落ちた口を開き、粘つくよだれを垂らしていた。
「通してはくれませんよねぇええええ!」
走り出した桐子は交差点を左折し、ゾンビの居ない方へと逃げていく。
ゾンビたちはその後を、波濤のように追ってきた。
「前とおんなじ状況じゃないですかぁああああああ!」
無我夢中で走っていると、前方で立ち止まっているアバターがいた。
胸にV字の傷があるピッチリスーツの筋骨隆々の大男だ。
「危ないです! ゾンビが来ます!」
「ふんっ、もちろん分かっていて待っていたのだ!」
桐子が危ないと手を振ると、大男はやたらと野太い声で応えロケットランチャーを担いだ。
「スコア、稼がせてもらう!」
白煙とともに発射された弾頭が迫りくるゾンビの先頭集団に突っ込む。
重い爆発音と共に十数人のゾンビがまとめて吹き飛び、汚い腐肉の塊に還っていった。
「ふふふっ、俺の世紀末核弾頭ミサイルの味はどうだ、ゾンビどもめ!」
「核でも、ミサイルでもないけど凄い威力です!」
感激する桐子の声に、調子づいた大男はロケットランチャーを撃ちまくる。
「私も加勢します!」
次々にゾンビを屠っていく大男の横で、桐子も銃を撃ってちゃっかりスコアを稼いでいく。
「ハハハハッ! 汚物は消ど、ぐはぁあああ!」
大男のご機嫌な声が唐突に絶叫へと変わった。
ビルの上階から降ってきたゾンビに襲われたのだ。しかも一匹や二匹ではない、雨あられと振り続けていた。
「がはぁ! このっ! うぼあぁっ!」
ロケットランチャー本体を振り回して応戦しようとするが、ゾンビの数には勝てない。
「その人から離れてっ!」
桐子も銃で追い払おうとするが、パスパスと当てるのが精一杯で救助の役にはまるで立っていない。
「俺はもうダメだ……持っていけ!」
死期を悟った大男が渾身の力でロケットランチャーを、桐子に向かって投げる。
「大男さん!」
桐子が飛んできたロケットランチャーをキャッチするのを見届けると、大男はありったけの爆弾をその場にばら撒いた。
「生きろぉおおおおお!」
目がくらむほどの閃光が周囲を白く染め、爆音が轟いた。群がっていたゾンビは尽く肉片となって、地面や建物に生っぽい音をたてて張り付いた。
「あべしぃっ……」
ゾンビを巻き込んで壮絶な最後を遂げた男は、光の粒子となって消えていく。スコアとアイテムを大量に失い、近くのリスタートポイントへ戻されてしまったのだ。
「ありがとうございます! あなたの犠牲は無駄にはしません!」
なんとなく雰囲気で遺志を継いだ桐子は走り出す。
なんとか音を聞きつけたゾンビたちが集まってくる前に、十分な距離をとることが出来た。
ゾンビに追われたせいで、遠回りになってしまったけれど、目的地のスタジアムは近づいていた。
「はぁはぁ……もう少しですね」
周囲に敵の気配がなくなったので桐子はランキングボードを開いた。
桐子の順位は131人中50位だ。銃の扱いにも慣れてきて、道中と合わせて40体ほどのゾンビを倒していた。
「結構スコアが貯まってるし、割といいペースなのかな?」
イベント開始から時間が経ち戦闘が激化しているのか、デスペナルティでスコアを失っている人たちが多く、ランキングの変動が激しい。
ランキングボードの下を追うと、まだブラックスミスはスコア0のまま最下位にとどまっている。
「そろそろ制限時間の半分、スミスさんがスタートする頃……」
単純計算だと後40体ほどのゾンビを倒せることになる。しかも、中心地のスタジアムに到着すれば、ゾンビの数は増えるからロケットランチャーを上手く使えば高得点が狙えるかもしれない。
「もしかして、スミスさんの逆転は難しいんじゃ? 私の実力を見誤ったのかも……?」
ハンデを与えてくれたけど、スミスさんが油断している様子は無かった。
「はっ! ということは、もしかして……、私に勝ちを譲ってくれようとしているんですか?!」
自分の閃きに桐子の声は弾んでいた。
「きっとそうに違いありません! 口ではなんと言ってても、河本くんとは友達なんです! 昔のことで喧嘩してしまったから素直になれなくて、私に負けたふりをして河本くんと仲直りがしたいんです!」
過去に何があったとしてもまた友達としてやり直せるなら、桐子にはそれが素晴らしいことに思えた。少なくとも自分みたいに、過去と向き合わないよりはずっと良いはずだ。
「ということは、死んじゃってこのスコアを失わないようにしなくちゃ。生き残ること優先の立ち回りを――」
そんなことを考えながらランキングを確認した桐子は、目を丸くする。
「えっ?! な、なんですか、この勢いは?!」
さっきまで最下位にいたスミスさんのスコアが急上昇。
「そんな、ち、違いますよね? スミスさんは本当は優しい人で……あっ、あっ、あっ!! えぇえええええ!」
そんなに世の中は甘くない。
桐子が脳天気な期待にすがって、手をこまねいている僅か1分ほどのうちにスミスさんのスコアは桐子を余裕で抜き去っていた。
「勝たせる気なんて全くないんですねぇ……うう、世知辛いのじゃぁ……」
どんな激しい戦い方をしているのか、スミスさんのスコアは停滞している上位10位に迫ろうとしていた。
「こんなスーパープレイヤーにどうすれば勝てるんですか……教えて下さい、河本くん……」
口癖のようにつぶやくけれど、もちろん返事はない。
「……って、違いますよね。私がどうにかしないとダメなんです!
河本くんの役に立つためにここに来たんです!」
折れそうになる自分に言い聞かせた桐子がペチペチと頬を叩いていると、再びアナウンスが流れ始めた。
『スタジアムは依然として感染体に占拠されています。ハンターは急行し、感染体及び感染源を速やかに処分して下さい。感染源を処分したハンターには特別スコアが加算されます。繰り返します――』
桐子は勝利を目指して、スタジアムへと急いだ。
MJスタジアムは屋根のないおおよそ円形の敷地をしていた。たぶん東京ドーム1個分ぐらいの大きさだろう(もちろん桐子は東京ドームの実物を見たことはないので、いい加減な感想だ)。
周囲に四本の巨大な照明が立っていて、曇り空の下では非常に目立つ強烈な光を放っている。
フィールドに直接入ることのできる入り口は3つあるけれど、どれも大量のゾンビが埋め尽くしていた。
「こんなのどうやって中に入れば……」
数千のゾンビを前にして、スタジアムに到着した桐子は生け垣の中で息を潜めていた。
同じように木の上や物陰に何人ものイベント参加者が隠れている。目的地に無事到着できたはのはいいけれど、肝心のボスがいるスタジアム内には誰も一歩も入ることが出来ないでいた。
「ボスは見えているのに……」
桐子が見上げる屋外モニタにはスタジアムの内で行われている『コンサート』の映像が映し出されている。
オレンジ色のジャケットを着た頬の痩けたゾンビが、スタジアムの中央に建てられたステージ上で、電子サウンドに合わせて踊り狂っている。人間には不可能な角度で背中を反らしたり、重力を無視したかのように身体を斜めにしたりと、ある意味ではゾンビらしいダンスだ。
ステージを囲むゾンビたちはもちろん観客だ。オレンジジャケットのゾンビを虚ろな目で見上げ、唸り声を上げたり、風に吹かれる稲穂のように揺れている。
この観客ゾンビたちは、オレンジジャケットゾンビの熱狂的なファンなのだろう。こうやってダンスに魅入っている間は何もしてこないけれど、ひとたびコンサートの邪魔者が現れれば怒涛となって襲いかかってくる。
桐子が到着してからも、すでに何人もの勇敢なチャレンジャーが散っている。毎秒100発の機関銃を撃ちながら突撃した者は弾よりも数が多いゾンビに押し負け、装甲車で突っ込んでいった4人組はタイヤに巻き込んだゾンビの肉片でスリップして大破、あっけなくゾンビの餌食になっていった。
「このままじゃ、スミスさんにボロ負けです……」
「よー、フリフリ。俺がなんだって?」
「ひぁっ!」
突然、背後から呼びかけられた桐子は驚き、悲鳴を上げてしまう。
「お、おどかさないで下さい!」
桐子はバクバクと激しく主張する胸に手を当てながら、わざと驚かしたと顔に書いてあるスミスさんを非難する。
「よく死なずにここまでたどり着けたな。運だけは人並みか?」
「運もありますけど、運だけじゃありませんから!」
「はっ、そうかい。ま、どっちにせよ死んでれば早々に諦めがついたのにな」
「最後の最後まで、私は諦めません!」
ムキになって言い返す桐子に、スミスさんはピンと指を弾いてランキングボードを目の前の空間に表示する。
「そういう事は、俺とあんたのスコア差を見てから言うんだな」
スミスさんのランキングはさらに上昇し現在5位につけている。逆に戦闘を避けていた桐子の方は、60位までランクダウンしてしまっていた。
「ここからです! ボスを倒して一発逆転してみせます!」
野外モニタをビシッと指差す桐子を、スミスさんはせせら笑う。
「どうやってゾンビで溢れかえったスタジアムに入って、ボスを倒す? フリフリのドレスで王子様を誘惑して、連れてってもらうのか? 自分じゃ何も出来ないお姫様は、芋虫みたいに哀れだな!」
「うぐぐ……で、でもです! ボスを倒せないのはスミスさんも同じじゃないですか!」
桐子の精一杯の反論に、スミスさんは呆れ気味に首を振る。
「別にー、俺はこのまま制限時間が終わるまで待ってもあんたに勝てるけどな」
「あっ……」
「だけどよぉ俺はな。他人任せのあんたとは違うぜ。ほどほどのスコアで安定なんて退屈な選択肢は死んでもとりたくねえ」
刀を構えたスミスさんは、ゾンビが埋め尽くすスタジアムの入り口を睨みつけ、口元に笑みを浮かべる。
「2着だろうが3着だろうがドベだろうが、ぜーーんぶ一緒の負け犬! 俺が目指すのはトップだけだ!」
スミスさんは地面を蹴り、ゾンビたちが塞ぐゲートへ猛然と突っ込んでいく。
白刃が風音をたてると、ゾンビの胴体がまとめて5つ、ズルリと地面に滑り落ちた。
襲撃に気づいた近くのゾンビ警備員たちが警棒を手に殴りかかってくるが、一呼吸の間もなくスミスさんの刀で斬り伏せられていく。
すぐ背後でゾンビ仲間が惨殺されているというのに、スタジアムに詰めかけている観客ゾンビたちはほとんど気づいていない。
「あっ、大きな音がしないからだ!」
銃や爆弾の音には敏感に反応する観客ゾンビたちだが、コンサート自体を邪魔しなければ襲ってこないのだ。スタジアムを目指す道中でも、スミスさんはそうやって『辻斬』で大量のスコアを稼いできたに違いない。
ゾンビの『弱点』に気づいた他の人たちも、銃から鉄パイプやナイフなどの近接武器に持ち替え、スミスさんの後に続いていく。
「わ、私も、早く!」
インベントリを開くと、現在装備している銃と大男の形見のロケットランチャーしかない。
道中で落ちてる鉄パイプを見かけたこともあったけれど、先を急いで拾わなかった。
「だって銃の方が強いと思ったんです!」
後悔先に立たずだが、悔やんでいる暇はない。
攻撃に失敗してゾンビの餌食になる人もいるけれど、スミスさんや強そうな人たちが、すでに入場ゲートを突破している。ゾンビは倒され分だけ、スタジアムの中から新手が出現するので、すぐに穴は埋まってしまう。ちゃっかり誰かの後ろについていくのは無理だ。
「なにか武器が落ちてたり……」
周囲を見渡しても、木の棒一本すら落ちてない。
「武器を探して戻る頃には、スミスさんがボスを倒しちゃってる……いっそのことロケットランチャーで突撃して……」
装備をロケットランチャーに切り替えて――。
その時、なぜだか河本くんの困った顔が浮かんだ。
「ダメだからっ!」
ゾンビの集団に突っ込んで行こうとする直前で足が止まった。
「そうです、一発撃ってその後ゾンビの餌食になったら意味がないから! いつもみたいに安易な方に流れないで、自分の頭で打開策を考えなくちゃ!」
河本くんならきっとそうすると思った。
河本くんならこんなピンチでも、絶対に正解を見つけ出せるはずだ。
「正解……そういえば、スミスさんもそんなこと言ってたような……」
記憶の糸を手繰り寄せると、それはイベント開催のアナウンスが流れてすぐのことだった。
「あのアナウンスにヒントがあった? えっと確か、このスタジアムのコンサート会場でゾンビが出現したって、そんなようなことを言って……」
周囲を見渡すと、看板には『MJスタジアム』とデカデカと書かれている。
「MJスタジアム……コンサート……ダメだ、何か足りない……何かもう一つ……時間がないのに……時間が…………時間?」
あの時、妙に引っ掛かることがあった。
「制限時間が『13分34秒』……」
すぐにスマホで検索をかけるけれど、それらしき結果は出てこない。
「じゃあ、『ゾンビ』を追加して………………」
つらつらと並ぶ検索結果の一つに、桐子の目が止まる。
「これってもしかして?!」
『全ての条件』を満たすモノが表示されていた。
「私、わかっちゃいました! このイベントのクリア方法が!」
桐子は一旦パソコンの画面を切り替え、別のアプリを起動した。
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ブラックスミスとの楽曲をかけた対決は佳境!
絶体絶命のピンチの中、
桐子が見つけた『正解』とは?
一体どうやってゾンビであふれかえるスタジアムで、ボスゾンビを倒すのか?
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