#11【凸してみた】敏腕社長と高校生プロデューサー (2)
文字数 7,140文字
(1)の続きです!
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ディスプレイ上に開いているのは、『河本ヒロトに関する調査報告』と銘打たれたPDFファイルだ。
「プレセペ会は表向きは学習塾だった。エリート教育を推進し、次世代の指導者を作り出すことを謳って優秀な子供を集めていた。実際、国内外の有名大学に多数の進学者を出している」
塾に張ってあるような進学率のデータが映し出される。
「その運営母体は宗教団体。まあ、そういった団体が学校や学習塾を経営するのはよくあることだ。学校だけじゃなく、病院なんかもな」
次に表示されたのは緑色のパンフレットだ。表紙に『プレセペ会』とだけ書いてあるシンプルなデザインだ。
「懐かしい。塾が潰れたのによく見つけられたね」
肩をすくめるヒロトに、ケンジがうなずく。
「教祖で代表者だった御堂泰孫が脱税で逮捕され団体は解散、母体を失った塾も潰れたな。巨額の脱税事件だったから、このニュースは俺も知っていた」
次に表示されたのは当時の新聞の切り抜きだ。一面に大きく『進学塾経営者、脱税で逮捕』の文字が踊っている。
「世間に取り沙汰されたのはこの脱税だが、実は表になってない問題がもう一つあった。それが『未成年者略』だ。塾の合宿から子供が帰って来ないと、苦情があって問題になっていた」
メールをスクリーンショットした画像が表示される。それは【特別優秀者の夏季合宿のお誘い】という一文で始まっていた。
「プレセペ会では、特に優秀な生徒だけが参加できる集まりが定期的に開かれていた。その集会や合宿では、行き過ぎた内容の授業が行われていたらしいな。軍隊的で洗脳に近かったとか、社会実験のように生徒に派閥を作らせ競わせていたとも聞いている」
「そうだね、ただの国語算数理科社会だけじゃなかったよ」
視線で問いかけるケンジに、ヒロトはうなずく。
「特別な集まりに参加できる優秀者は『候補生』と呼ばれていた。その主席が御堂泰孫の息子で、御堂弘人(ヒロト)。つまりお前だった」
「未成年者の名前まで調べられるものなんだね」
脱税事件とは違い、未成年の個人情報は伏せられていたはずだ。
「候補生の1人と、俺は実際に会ってこの話の裏を取った。お前に名前を明かさないことを条件にな。一体何をしたのか知らないが、ひどく怯えていたぞ」
「トナミくんだね。今更なにもしやしないのに」
ヒロトがカマをかけても、ケンジは無視してのってこない。
「実際のところ、プレセペ会で候補生たちに何があったのかまでは聞けなかった。だが、そんな過程の話はどうでもいい。お前がそこで身につけ実践した『才能』こそが重要だ」
詰め寄るケンジに、ヒロトは視線を避けるように首を振る。
「才能なんて呼べるもんじゃない。ただ脳に焼き付いた知識や経験が捨てられないだけで」
「ではなぜ、アオハルココロを生み出した? 持て余した力を示したかったんだろ!」
「……捨てられないなら、正しく活かしたいと思ったんだ」
歯の間からすり潰したような声に、ケンジがそうだろうと笑みを浮かべる。
「それが平凡に生きるには、才能がありすぎるということだ! 試行錯誤や努力を厭わず、自分を特別をだとは微塵も思わない! そういう天才は必ずこう言う『気づいたら、こうなっていた』と。そうして凡人の嫉妬を買う!」
「全然全く嬉しくない褒め言葉をありがとう」
ヒロトが渋い顔で嫌味を言うと、ケンジは満足そうにタブレットをタップし調査ファイルをゴミ箱に放り込んだ。
「俺は才能を使う側だ。だから、正当な評価を下す。お前が唯一間違っているのは、その才能の使い道だ。俺ならもっと『正しく』使う」
「正しさを求めてはいるけれど、僕にも何なのかは分かっていない。探しているところなんだ」
迷いの霧の中、不安でも進んでいくしかなかった。今も昔もだ。
「俺が正しい答えを教えてやる、ヒロト。お前は灰姫レラのプロデューサーを辞めて、こちら側に来い」
「アルバイトの募集なら、間に合ってるけど」
首をすくめてみせるヒロトに、ケンジは本気だと視線を合わせてくる。
「ヒロト、お前は誰かの神輿を担ぐ人間でも、その神輿を作る人間でもない。お前は祭りを創り出せる人間だ。その才能を最大限に発揮するのは、個人に対してではない。Vチューバー業界全体を、さらに押し上げることに使え! 俺とお前が手を組めば、日本のエンタメのトップをとれる!」
ケンジは冗談やお世辞を言わないし、プライドだけで傲るような人間でもない。確信があって言っているのだ。
伝わってくる本気にも、ヒロトの瞳は揺れない。
「それは僕の仕事じゃない」
「灰姫レラのプロデュースこそ、お前がすべき仕事ではない! これを見てみろ」
流していたアオハルココロのライブ配信の音量が上がる。ケンジと話しながら把握している会話の流れでは、灰姫レラがVチューバーにとって大切なことを聞き、アオハルココロがそれにやり返していた。二人の話は核心部へと迫っているようだ。
『なら教えて、灰姫レラにとって大切なことを』
『私にとって……』
自問しているのだろう、長い沈黙の後に灰姫レラは顔を上げる。
『憧れだけでした……Vチューバーを始めた時、私にはそれしかなかったんです』
『過去形ってことは、今は違うんだ』
『今は、いっぱいあります。そのいっぱいを私に分けてくれた人たちが、今の私にはとっても大切なんです』
灰姫レラの答えを待っていたケンジは、どうだと言わんばかりに両手を広げる。
「自分が何も持っていないから、他人を頼らざるをえない! 繋がりだの、絆だの、綺麗事を言ってな! 実際はただの足の引っ張りあい! 仲良く泥沼に沈んでいく相手を探しているだけだ!」
勝ち誇るケンジに対しても、ヒロトは冷静なままの声で返す。
「自分で持ってないことを認めて、誰かを頼るのは悪くないよ。僕は頼られたなら、それに応えたい」
「ただの自己満足だな」
挑発するようなケンジの言葉、ヒロトはそれを受け入れて頷く。
「そうだけど、ただの自己満足ぐらいじゃ足りない。灰姫レラをは、いつだって僕の想像を越えてくれる」
ヒロトを試すように、アオハルココロの配信は続いていた。
『その人達がいなくなっちゃったらどうする?』
『そ、そんなこと』
言葉を詰まらせる灰姫レラに、ケンジはそらみたことかと肩をすくませる。それが見えているかのように、アオハルココロはさらに灰姫レラを追い詰めていく。
『その時、灰姫レラはVチューバーを辞める?』
『……辞められない、と思います』
ケンジの眉間に皺が寄る。
「灰姫レラは諦めないんだ」
ヒロトは小さく頷く。
『一人ぼっちでも続けられる? ステージの広さを知ってしまったのに』
『アオハルココロちゃんがいるなら……魔法が解けたとしても、憧れだけは消えないから』
その言葉を聞けて笑みを浮かべるアオハルココロに、ヒロトも嬉しくなってしまう。
ケンジだけが正気を疑うような表情をしていた。
「信じられん……己の存在理由をあやふやな言葉で他人に預けるなんて。凡人ですらない、度を越した愚か者だ」
こんなにも困惑しているケンジを見るのは、ヒロトも初めてだ。さすが灰姫レラだと、笑みが溢れてしまう。
「続ければ続けるほど、諦める理由ばかりが増えていって、諦めない理由は減っていく。彼女は、その苦しさも、難しさも知って、それでも諦めない」
ケンジは眼鏡のブリッジを押し上げる。
「諦めないことは才能ではない。現実から目を背けているだけだ!」
「それを決めるのは、キミや僕じゃない。『結果』だよ」
「無駄な努力の継続はいつか折れる! そして壊れていくぞ! お前に希望をみせた責任がとれるのか!」
「そのために、僕はここへ来たんだ」
姿勢を正し、ヒロトは頭を下げる。
「何のつもりだ?」
「灰姫レラをハイプロのライブにゲスト出演させて下さい。お願いします」
ヒロトは頭を垂れたまま請う。ケンジに軽蔑の目でみられたとしても構わない覚悟があった。
頭上からケンジの息遣いが聞こえる。荒げる一歩手前の呼気を、ケンジはゆっくりと落ち着かせた。
「…………無様だな。アオハルココロをプロデュースしていた頃のお前なら、絶対にこんな手は使わなかった」
責めるように言いながら、ケンジのつま先が床をトントンと苛立たしげに叩いていた。
「なぜ頭を下げた?」
「僕が灰姫レラのプロデューサーだから」
「なぜそこまで灰姫レラに尽くす?」
「ステージの上からの光景を灰姫レラに見せたいんだ。僕が出来ることは全て彼女にしておきたいから……」
ケンジのつま先が止まり、声がすぐ耳元で聞こえる。
「なぜ俺にそれを頼んだ?」
「キミと灰姫レラは似ていると思った」
「俺が? あいつとだと?」
トーンの上がった声が、不快だと言っていた。
「似てる。だからこそ、ケンジには灰姫レラと向き合って欲しい。灰姫レラにもケンジやハイプロのことをもっと知ってもらいたい」
「…………納得できんな」
後ろに下がったケンジは、ため息をつきながら椅子に座る。
「だから、顔を上げろ」
視線を戻したヒロトの前で、ディスプレイの1つがカレンダー表示に変わる。
「ゲストはソロ曲とコラボ曲の最低2曲やってもらう。ライブまで2週間もないのに、灰姫レラは準備できるのか?」
「できる」
即答するヒロトにケンジは疑問を呈さないが、それだけでは足りないと厳しい態度を崩さない。
「こちらのメリットは? 貴重なリアルライブの枠を使わせるんだ、タダというわけにはいかんぞ」
「灰姫レラの新曲がある。それをハイプロのステージで初披露すれば盛り上がりはもちろん、大きな話題になる」
「足りないな。灰姫レラの楽曲のパブリッシングをうちのミュージック部門で独占的にやらせろ」
「分かった。ハイランダーミュージックなら信用する」
オリジナル楽曲の扱いに関しては、ヒロトが全て一任されている。問い合わせはあったけれど、まだダウンロード販売などはしていなかった。
「正直、気に食わないが……この条件で灰姫レラにライブ出演権を与えてやる」
「ありがとう」
ヒロトがもう一度頭を下げようとすると。
「やめろ、二度と俺に頭を下げるんじゃない」
「うん、もうやらない」
心底不快そうにしているケンジに、ヒロトは苦笑する。
「いいか、うちのライブに出演する以上は、完璧に仕上げてこい」
「灰姫レラならキミを絶対に後悔させないよ」
自信を込めたヒロトの言葉にも、ケンジは半信半疑だと眉をひそめていた。
「それと……あと1ついいかな?」
「歯切れが悪いな」
ケンジは露骨に嫌そうだが、ヒロトは言葉を翻さない。
「もし僕に何かあったら……灰姫レラを頼む」
「それが本当の目的か?」
「……」
ヒロトは答えられなかった。
「俺はお前とそんなつまらない約束はしない。自分のところのライバーぐらい、自分でなんとかしろ」
「そうだね」
突き放すようなケンジの言い方が心地よくて、ヒロトは思わず笑ってしまった。
「それで、灰姫レラはいつから動けるんだ?」
「今すぐに。ちょっと、パソコン借りるね」
答えを聞く前からヒロトは、パソコンの前に座っていた。
「好きにしろ」
ケンジはそれだけ言うと、コーヒーメーカーで新しくコーヒーを淹れ始めた。
パソコンにはツールが一通り揃っていた。その中から画像編集ソフトを起動する。ハイプロの広告素材を借りて、そこにフォントや立ち絵を追加して、エフェクトをかけて見栄え良く加工する。必要なデータはクラウド上にも保存されているから、ネットさえ繋がっていればどこでもできる作業だ。
ケンジがコーヒーを飲み始める前にサムネイルが完成した。
自分のスマホを取り出すと、通話アプリの履歴の一番上をタップする。6度目のコールで相手が出た。
『いま灰姫レラちゃんとデート中なんですけど?』
わざとらしく不機嫌そうなアオハルココロの声が聞こえてくる。
「放送中に失礼するよ。実は灰姫レラに関して告知があるんだ。頼めないかな?」
『またワタシを利用するの』
「キミも絶対に興味があると思うんだ。とにかく、告知画像を送るよ」
出来たてのサムネイルを送っている間に、ラグのある配信画面の方では通知音が鳴っていた。過去のアオハルココロが「ちょっと待ってね」と言ってミュートにしたので、ヒロトの声は配信にはのっていなかった。
『ふーん』
サムネイルを確認したアオハルココロは、どうするかも言わずに通話を切った。彼女がどう行動するのか、後はヒロトも実際の配信画面を見ていることしかできない。
『さーて、3通目のお便りを紹介する前に……いま灰姫レラちゃんに面白いメッセージが届きました』
『わ、私にですか?』
もっぱら聞き役に回っていた灰姫レラが驚きの声を上げる。
『プロデューサーさんからのお便りで、なんと画像付き♪』
『なんでしょうか?』
当然、灰姫レラに心当たりがあるわけがない。首をかしげる灰姫レラを見て、アオハルココロはもうニヤニヤしている。
『リスナー諸君も、刮目せよっ! いくよ、いくよー』
配信画面の右側から画像が徐々に写り込んでいく。一見はハイプロのライブ広告そのままだが――。
『ハイランダープロダクション主催のライブ出演おめでとう!』
『ライブ? アオハルココロちゃんが?』
画像の全体が表示されるとそこには、ドレス姿の女の子が写っていた。
『ワタシじゃなくて、灰姫レラちゃんが』
『えっ…………えええええええええええええええええ!?』
リアルでひっくり返ったのか、椅子が倒れる激しい音が配信越しにも聞こえてきた。
『なんで本人が一番驚いてるの?』
『ダダダダって知りませんでしたからっ! えっ? これもドッキリ?! ドッキリですよね??』
『ドッキリじゃなくて、ついさっき決まったみたい。ワタシもいまこの画像みて知ったとこ』
『いやいやいや! そんな話、コウじゃなくてプロデューサーさんからは、微塵も聞いてなくて……えええっ?』
まだ現実感がないのか、灰姫レラはキョロキョロと視線を彷徨わせていた。
『ハイプロさんのライブって、完成度も高いし、ザ・アイドルって感じですっごく好き。それにゲスト出演できるなんてイイな~』
『え、あ、はい、ありがとうございます??』
混乱したままの灰姫レラをアオハルココロはわざと放っておいて話を進めていく。
『あっ、この会場って新しく出来たシアターだ。気になってたんだよね、ワタシも見に行っちゃおうかな♪』
『え、あ、あ、あ、はい、是非?』
『現地チケットの販売は終わっちゃってるけど、ネットチケットがあるみたいだから、ハイプロファンは絶対に買おうね! ほらレラちゃんも、チケットを売らないと』
『は、はいっ! チケット買って下さい! 私も?出るみたいです? えっ、ホントに?』
灰姫レラはまだ信じられないようだけれど、アオハルココロは一切フォローしない。
『まさか突然のお便りで、ワタシが逆ドッキリみたいにされるなんて思わなかった。でも、特別なお知らせをワタシのチャンネルでしてくれてありがとう。配信の最後にもう一度告知するとして、次のお便りにいこっか――』
アオハルココロは雰囲気を切り替えて配信を続けていくが、灰姫レラの方は、まるで現実を疑っているような落ち着かない表情のままだった。
「というわけで、勝手に宣伝させてもらったよ」
ヒロトが振り返ると、コーヒーを飲み終わったケンジが、椅子の背もたれに体重を預けていた。
「ハイプロライブの現地チケットはいつも5分で完売する。この程度の宣伝は誤差のうちだ」
余計なことを、とでも言いたげなケンジに、ヒロトはパソコンを借りた礼を言って立ち上がる。
「それじゃ、ライブの日に」
スマホを取り出しながらドアに向かう。
「歩きスマホで事故るなよ。それこそ、アホらしい」
ため息まじりのケンジの声に追い出されるようにして、ヒロトは社長室を後にした。
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灰姫レラのライブ出演をケンジに認められたヒロト。
しかし、突然の発表で香辻さんの方はまだ混乱しているようで――。
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ディスプレイ上に開いているのは、『河本ヒロトに関する調査報告』と銘打たれたPDFファイルだ。
「プレセペ会は表向きは学習塾だった。エリート教育を推進し、次世代の指導者を作り出すことを謳って優秀な子供を集めていた。実際、国内外の有名大学に多数の進学者を出している」
塾に張ってあるような進学率のデータが映し出される。
「その運営母体は宗教団体。まあ、そういった団体が学校や学習塾を経営するのはよくあることだ。学校だけじゃなく、病院なんかもな」
次に表示されたのは緑色のパンフレットだ。表紙に『プレセペ会』とだけ書いてあるシンプルなデザインだ。
「懐かしい。塾が潰れたのによく見つけられたね」
肩をすくめるヒロトに、ケンジがうなずく。
「教祖で代表者だった御堂泰孫が脱税で逮捕され団体は解散、母体を失った塾も潰れたな。巨額の脱税事件だったから、このニュースは俺も知っていた」
次に表示されたのは当時の新聞の切り抜きだ。一面に大きく『進学塾経営者、脱税で逮捕』の文字が踊っている。
「世間に取り沙汰されたのはこの脱税だが、実は表になってない問題がもう一つあった。それが『未成年者略』だ。塾の合宿から子供が帰って来ないと、苦情があって問題になっていた」
メールをスクリーンショットした画像が表示される。それは【特別優秀者の夏季合宿のお誘い】という一文で始まっていた。
「プレセペ会では、特に優秀な生徒だけが参加できる集まりが定期的に開かれていた。その集会や合宿では、行き過ぎた内容の授業が行われていたらしいな。軍隊的で洗脳に近かったとか、社会実験のように生徒に派閥を作らせ競わせていたとも聞いている」
「そうだね、ただの国語算数理科社会だけじゃなかったよ」
視線で問いかけるケンジに、ヒロトはうなずく。
「特別な集まりに参加できる優秀者は『候補生』と呼ばれていた。その主席が御堂泰孫の息子で、御堂弘人(ヒロト)。つまりお前だった」
「未成年者の名前まで調べられるものなんだね」
脱税事件とは違い、未成年の個人情報は伏せられていたはずだ。
「候補生の1人と、俺は実際に会ってこの話の裏を取った。お前に名前を明かさないことを条件にな。一体何をしたのか知らないが、ひどく怯えていたぞ」
「トナミくんだね。今更なにもしやしないのに」
ヒロトがカマをかけても、ケンジは無視してのってこない。
「実際のところ、プレセペ会で候補生たちに何があったのかまでは聞けなかった。だが、そんな過程の話はどうでもいい。お前がそこで身につけ実践した『才能』こそが重要だ」
詰め寄るケンジに、ヒロトは視線を避けるように首を振る。
「才能なんて呼べるもんじゃない。ただ脳に焼き付いた知識や経験が捨てられないだけで」
「ではなぜ、アオハルココロを生み出した? 持て余した力を示したかったんだろ!」
「……捨てられないなら、正しく活かしたいと思ったんだ」
歯の間からすり潰したような声に、ケンジがそうだろうと笑みを浮かべる。
「それが平凡に生きるには、才能がありすぎるということだ! 試行錯誤や努力を厭わず、自分を特別をだとは微塵も思わない! そういう天才は必ずこう言う『気づいたら、こうなっていた』と。そうして凡人の嫉妬を買う!」
「全然全く嬉しくない褒め言葉をありがとう」
ヒロトが渋い顔で嫌味を言うと、ケンジは満足そうにタブレットをタップし調査ファイルをゴミ箱に放り込んだ。
「俺は才能を使う側だ。だから、正当な評価を下す。お前が唯一間違っているのは、その才能の使い道だ。俺ならもっと『正しく』使う」
「正しさを求めてはいるけれど、僕にも何なのかは分かっていない。探しているところなんだ」
迷いの霧の中、不安でも進んでいくしかなかった。今も昔もだ。
「俺が正しい答えを教えてやる、ヒロト。お前は灰姫レラのプロデューサーを辞めて、こちら側に来い」
「アルバイトの募集なら、間に合ってるけど」
首をすくめてみせるヒロトに、ケンジは本気だと視線を合わせてくる。
「ヒロト、お前は誰かの神輿を担ぐ人間でも、その神輿を作る人間でもない。お前は祭りを創り出せる人間だ。その才能を最大限に発揮するのは、個人に対してではない。Vチューバー業界全体を、さらに押し上げることに使え! 俺とお前が手を組めば、日本のエンタメのトップをとれる!」
ケンジは冗談やお世辞を言わないし、プライドだけで傲るような人間でもない。確信があって言っているのだ。
伝わってくる本気にも、ヒロトの瞳は揺れない。
「それは僕の仕事じゃない」
「灰姫レラのプロデュースこそ、お前がすべき仕事ではない! これを見てみろ」
流していたアオハルココロのライブ配信の音量が上がる。ケンジと話しながら把握している会話の流れでは、灰姫レラがVチューバーにとって大切なことを聞き、アオハルココロがそれにやり返していた。二人の話は核心部へと迫っているようだ。
『なら教えて、灰姫レラにとって大切なことを』
『私にとって……』
自問しているのだろう、長い沈黙の後に灰姫レラは顔を上げる。
『憧れだけでした……Vチューバーを始めた時、私にはそれしかなかったんです』
『過去形ってことは、今は違うんだ』
『今は、いっぱいあります。そのいっぱいを私に分けてくれた人たちが、今の私にはとっても大切なんです』
灰姫レラの答えを待っていたケンジは、どうだと言わんばかりに両手を広げる。
「自分が何も持っていないから、他人を頼らざるをえない! 繋がりだの、絆だの、綺麗事を言ってな! 実際はただの足の引っ張りあい! 仲良く泥沼に沈んでいく相手を探しているだけだ!」
勝ち誇るケンジに対しても、ヒロトは冷静なままの声で返す。
「自分で持ってないことを認めて、誰かを頼るのは悪くないよ。僕は頼られたなら、それに応えたい」
「ただの自己満足だな」
挑発するようなケンジの言葉、ヒロトはそれを受け入れて頷く。
「そうだけど、ただの自己満足ぐらいじゃ足りない。灰姫レラをは、いつだって僕の想像を越えてくれる」
ヒロトを試すように、アオハルココロの配信は続いていた。
『その人達がいなくなっちゃったらどうする?』
『そ、そんなこと』
言葉を詰まらせる灰姫レラに、ケンジはそらみたことかと肩をすくませる。それが見えているかのように、アオハルココロはさらに灰姫レラを追い詰めていく。
『その時、灰姫レラはVチューバーを辞める?』
『……辞められない、と思います』
ケンジの眉間に皺が寄る。
「灰姫レラは諦めないんだ」
ヒロトは小さく頷く。
『一人ぼっちでも続けられる? ステージの広さを知ってしまったのに』
『アオハルココロちゃんがいるなら……魔法が解けたとしても、憧れだけは消えないから』
その言葉を聞けて笑みを浮かべるアオハルココロに、ヒロトも嬉しくなってしまう。
ケンジだけが正気を疑うような表情をしていた。
「信じられん……己の存在理由をあやふやな言葉で他人に預けるなんて。凡人ですらない、度を越した愚か者だ」
こんなにも困惑しているケンジを見るのは、ヒロトも初めてだ。さすが灰姫レラだと、笑みが溢れてしまう。
「続ければ続けるほど、諦める理由ばかりが増えていって、諦めない理由は減っていく。彼女は、その苦しさも、難しさも知って、それでも諦めない」
ケンジは眼鏡のブリッジを押し上げる。
「諦めないことは才能ではない。現実から目を背けているだけだ!」
「それを決めるのは、キミや僕じゃない。『結果』だよ」
「無駄な努力の継続はいつか折れる! そして壊れていくぞ! お前に希望をみせた責任がとれるのか!」
「そのために、僕はここへ来たんだ」
姿勢を正し、ヒロトは頭を下げる。
「何のつもりだ?」
「灰姫レラをハイプロのライブにゲスト出演させて下さい。お願いします」
ヒロトは頭を垂れたまま請う。ケンジに軽蔑の目でみられたとしても構わない覚悟があった。
頭上からケンジの息遣いが聞こえる。荒げる一歩手前の呼気を、ケンジはゆっくりと落ち着かせた。
「…………無様だな。アオハルココロをプロデュースしていた頃のお前なら、絶対にこんな手は使わなかった」
責めるように言いながら、ケンジのつま先が床をトントンと苛立たしげに叩いていた。
「なぜ頭を下げた?」
「僕が灰姫レラのプロデューサーだから」
「なぜそこまで灰姫レラに尽くす?」
「ステージの上からの光景を灰姫レラに見せたいんだ。僕が出来ることは全て彼女にしておきたいから……」
ケンジのつま先が止まり、声がすぐ耳元で聞こえる。
「なぜ俺にそれを頼んだ?」
「キミと灰姫レラは似ていると思った」
「俺が? あいつとだと?」
トーンの上がった声が、不快だと言っていた。
「似てる。だからこそ、ケンジには灰姫レラと向き合って欲しい。灰姫レラにもケンジやハイプロのことをもっと知ってもらいたい」
「…………納得できんな」
後ろに下がったケンジは、ため息をつきながら椅子に座る。
「だから、顔を上げろ」
視線を戻したヒロトの前で、ディスプレイの1つがカレンダー表示に変わる。
「ゲストはソロ曲とコラボ曲の最低2曲やってもらう。ライブまで2週間もないのに、灰姫レラは準備できるのか?」
「できる」
即答するヒロトにケンジは疑問を呈さないが、それだけでは足りないと厳しい態度を崩さない。
「こちらのメリットは? 貴重なリアルライブの枠を使わせるんだ、タダというわけにはいかんぞ」
「灰姫レラの新曲がある。それをハイプロのステージで初披露すれば盛り上がりはもちろん、大きな話題になる」
「足りないな。灰姫レラの楽曲のパブリッシングをうちのミュージック部門で独占的にやらせろ」
「分かった。ハイランダーミュージックなら信用する」
オリジナル楽曲の扱いに関しては、ヒロトが全て一任されている。問い合わせはあったけれど、まだダウンロード販売などはしていなかった。
「正直、気に食わないが……この条件で灰姫レラにライブ出演権を与えてやる」
「ありがとう」
ヒロトがもう一度頭を下げようとすると。
「やめろ、二度と俺に頭を下げるんじゃない」
「うん、もうやらない」
心底不快そうにしているケンジに、ヒロトは苦笑する。
「いいか、うちのライブに出演する以上は、完璧に仕上げてこい」
「灰姫レラならキミを絶対に後悔させないよ」
自信を込めたヒロトの言葉にも、ケンジは半信半疑だと眉をひそめていた。
「それと……あと1ついいかな?」
「歯切れが悪いな」
ケンジは露骨に嫌そうだが、ヒロトは言葉を翻さない。
「もし僕に何かあったら……灰姫レラを頼む」
「それが本当の目的か?」
「……」
ヒロトは答えられなかった。
「俺はお前とそんなつまらない約束はしない。自分のところのライバーぐらい、自分でなんとかしろ」
「そうだね」
突き放すようなケンジの言い方が心地よくて、ヒロトは思わず笑ってしまった。
「それで、灰姫レラはいつから動けるんだ?」
「今すぐに。ちょっと、パソコン借りるね」
答えを聞く前からヒロトは、パソコンの前に座っていた。
「好きにしろ」
ケンジはそれだけ言うと、コーヒーメーカーで新しくコーヒーを淹れ始めた。
パソコンにはツールが一通り揃っていた。その中から画像編集ソフトを起動する。ハイプロの広告素材を借りて、そこにフォントや立ち絵を追加して、エフェクトをかけて見栄え良く加工する。必要なデータはクラウド上にも保存されているから、ネットさえ繋がっていればどこでもできる作業だ。
ケンジがコーヒーを飲み始める前にサムネイルが完成した。
自分のスマホを取り出すと、通話アプリの履歴の一番上をタップする。6度目のコールで相手が出た。
『いま灰姫レラちゃんとデート中なんですけど?』
わざとらしく不機嫌そうなアオハルココロの声が聞こえてくる。
「放送中に失礼するよ。実は灰姫レラに関して告知があるんだ。頼めないかな?」
『またワタシを利用するの』
「キミも絶対に興味があると思うんだ。とにかく、告知画像を送るよ」
出来たてのサムネイルを送っている間に、ラグのある配信画面の方では通知音が鳴っていた。過去のアオハルココロが「ちょっと待ってね」と言ってミュートにしたので、ヒロトの声は配信にはのっていなかった。
『ふーん』
サムネイルを確認したアオハルココロは、どうするかも言わずに通話を切った。彼女がどう行動するのか、後はヒロトも実際の配信画面を見ていることしかできない。
『さーて、3通目のお便りを紹介する前に……いま灰姫レラちゃんに面白いメッセージが届きました』
『わ、私にですか?』
もっぱら聞き役に回っていた灰姫レラが驚きの声を上げる。
『プロデューサーさんからのお便りで、なんと画像付き♪』
『なんでしょうか?』
当然、灰姫レラに心当たりがあるわけがない。首をかしげる灰姫レラを見て、アオハルココロはもうニヤニヤしている。
『リスナー諸君も、刮目せよっ! いくよ、いくよー』
配信画面の右側から画像が徐々に写り込んでいく。一見はハイプロのライブ広告そのままだが――。
『ハイランダープロダクション主催のライブ出演おめでとう!』
『ライブ? アオハルココロちゃんが?』
画像の全体が表示されるとそこには、ドレス姿の女の子が写っていた。
『ワタシじゃなくて、灰姫レラちゃんが』
『えっ…………えええええええええええええええええ!?』
リアルでひっくり返ったのか、椅子が倒れる激しい音が配信越しにも聞こえてきた。
『なんで本人が一番驚いてるの?』
『ダダダダって知りませんでしたからっ! えっ? これもドッキリ?! ドッキリですよね??』
『ドッキリじゃなくて、ついさっき決まったみたい。ワタシもいまこの画像みて知ったとこ』
『いやいやいや! そんな話、コウじゃなくてプロデューサーさんからは、微塵も聞いてなくて……えええっ?』
まだ現実感がないのか、灰姫レラはキョロキョロと視線を彷徨わせていた。
『ハイプロさんのライブって、完成度も高いし、ザ・アイドルって感じですっごく好き。それにゲスト出演できるなんてイイな~』
『え、あ、はい、ありがとうございます??』
混乱したままの灰姫レラをアオハルココロはわざと放っておいて話を進めていく。
『あっ、この会場って新しく出来たシアターだ。気になってたんだよね、ワタシも見に行っちゃおうかな♪』
『え、あ、あ、あ、はい、是非?』
『現地チケットの販売は終わっちゃってるけど、ネットチケットがあるみたいだから、ハイプロファンは絶対に買おうね! ほらレラちゃんも、チケットを売らないと』
『は、はいっ! チケット買って下さい! 私も?出るみたいです? えっ、ホントに?』
灰姫レラはまだ信じられないようだけれど、アオハルココロは一切フォローしない。
『まさか突然のお便りで、ワタシが逆ドッキリみたいにされるなんて思わなかった。でも、特別なお知らせをワタシのチャンネルでしてくれてありがとう。配信の最後にもう一度告知するとして、次のお便りにいこっか――』
アオハルココロは雰囲気を切り替えて配信を続けていくが、灰姫レラの方は、まるで現実を疑っているような落ち着かない表情のままだった。
「というわけで、勝手に宣伝させてもらったよ」
ヒロトが振り返ると、コーヒーを飲み終わったケンジが、椅子の背もたれに体重を預けていた。
「ハイプロライブの現地チケットはいつも5分で完売する。この程度の宣伝は誤差のうちだ」
余計なことを、とでも言いたげなケンジに、ヒロトはパソコンを借りた礼を言って立ち上がる。
「それじゃ、ライブの日に」
スマホを取り出しながらドアに向かう。
「歩きスマホで事故るなよ。それこそ、アホらしい」
ため息まじりのケンジの声に追い出されるようにして、ヒロトは社長室を後にした。
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灰姫レラのライブ出演をケンジに認められたヒロト。
しかし、突然の発表で香辻さんの方はまだ混乱しているようで――。
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