第1話
文字数 5,134文字
【前回までのあらすじ】
アオハルココロとの対決に向けて、
曲の提供を受けることになった桐子。
しかし、作詞は桐子自身がすることに!?
困っている桐子を、
ヒロトはどうやって助けるのか?
#05に突入です!
####################################
■□■□河本ヒロトPart■□■□
「良い話と悪い話があるけど、どっちから聞きたい?」
ヒロトの問いかけに香辻さんは、お弁当の包みを開けようとしていた手を止める。
特に約束をしたわけでもないけれど自然と裏庭に足を運び、昼食をともにしていた。
「そうですね……後味すっきりがいいので、悪い話からお願いします」
「アオハルココロとのコラボ配信の日程が、来週土曜日の朝11時に決まった」
「来週の土曜日って……今日が水曜日だから……木、金……」
指折り数えていく桐子の顔が段々と青くなっていく。
「後10日ぐらいしかないですよ!」
「というわけで、全然準備の時間が足りない」
「あと一ヶ月ぐらいあるかなって思ってたのに……」
香辻さんはお弁当箱に手を当てたまま固まってしまう。
「急な話だけれど、それは向こうサイドにとっても同じ」
「へ? どういうことですか?」
「今回のコラボの件はアオハルココロ本人の独断専行だからね。向こうの事務所がなんとかスケジュールをねじ込んだんだよ」
ヒロトはスマホを操作して、アオハルココロの情報サイトを表示する。
「前日の金曜深夜までネット番組の出演が入ってて、当日の夕方から夜にも企業イベントに出演。打ち合わせかレッスンに充てたい時間を、今回のコラボに使ってきたんだ」
「それを聞いちゃうと、恐縮です……」
ファンとしては複雑な心境のようだ。
事務所としては知名度の低い灰姫レラとコラボをするよりは、もっと大きな案件に集中して欲しいと考えるだろう。とはいえ、アオハルココロにへそを曲げられては全スケジュールに支障をきたす。
様々な思惑が入り乱れて、土曜日の朝11時なんて変な時間に予定を入れることになったのだろう。
「アオハルココロのやる気に関係者が振り回されて、足並みが揃ってない可能性が高い。こっちはピンチをチャンスに変えよう」
「はい!」
力強く頷いた香辻さんはお弁当の蓋を開ける。怖気づく暇はないと吹っ切れているように見えた。
「それで良い話の方だけど、なんとスミスから曲を提供してくれるって連絡があった」
「そ、それはスゴイですネー。一体なにがあったんでショー」
分かりやすい棒読みで視線を逸らす香辻さん。
「不思議だよね、あんなにバッサリ断ってたのにさ。ちなみに香辻さんは何か心当たりない?」
「さ、さぁ、ぜんぜんないですヨー。とても知らないデス」
問いかける視線から逃れようと香辻さんの首が悲鳴をあげる。
「ふーん……ところでさ、昨日の夜から面白い動画がSNSで出回ってるんだけど、香辻さんはもう見たかな?」
白々しく言ったヒロトは、スマホの画面を香辻さんに突きつける。
「ナ、ナンデショウカ……」
「VRワールドで撮られたものなんだけど」
動画の再生が始まると、画面にはプレイヤーキャラとそれを囲む大勢のゾンビが映し出される。
「イベントの最中にコンサートがあったらしいんだ」
「へ、へー……」
香辻さんはフクロウみたいに首を180度回そうとして、途中でお弁当箱を落としそうになってしまう。
慌てて首を戻した香辻さんのおでこに、スマホの画面がピタリとくっつく。
『リモートな感情なんて要らないんだ 僕には言葉にならない爆弾が必要なんだ』
スマホから流れ出した音楽に頭蓋骨を揺さぶられた香辻さんは、しまったと顔をしかめる。
「これ香辻さんだよね?」
「…………ハイ、ワタクシデス」
香辻さんは観念して頷き、額をさらにスマホに押し付けた。
「勝手なことして、ごめんなさい!」
「いや、僕は怒ってないって」
ヒロトは慌ててスマホを引っ込める。
「言ってくれれば、いい宣伝動画がとれたかもって、ちょっと思っただけだから!」
相談して貰えなかったのが少し残念で、意地悪をしすぎてしまった。
「河本くんとスミスさんの関係がこれ以上悪くなったらいけないと思って……。私が嫌われるだけなら別に良いんですけど」
「香辻さんが嫌われて良いわけないよ」
思わず語気が強くなってしまう。
自分を否定する考え方が染み付いている香辻さんが、心配でしかたがなかった。
「…………はいっ、ありがとうございます」
ヒロトの想いが伝わったのか、香辻さんは噛みしめるように頷く。
「僕の方こそごめん。まず伝えるべきは『ありがとう』だったよね。香辻さんのお陰で、スミスに灰姫レラの曲を作ってもらえし、この動画も話題になってる! 香辻さんの活躍が最高の結果を導いてくれた!」
「スミスさんは河本くんの友達だからです! それに動画は偶然でネットで面白がられてるだけですって!」
ぶんぶん首を振って香辻さんは謙遜する。
スミスに曲を頼みに行った時も、この動画で歌っている時も、香辻さんはただ必死だったのだろう。バズったりするなんて考えてもいなかったから、自信が持てないようだ。
「この歌は香辻さんがずっとアオハルココロを想ってきたから、スミスや動画で見た大勢の心を動かしたんだ。香辻さんは憧れに、アオハルココロに近づいていると思うよ」
「私がアオハルココロちゃんに近づいて……河本くんに、そう言って貰えて……よかった……です」
何度も瞬きをした香辻さんは、最後にニカッと嬉しそうな笑みを見せてくれた。
「さてと、楽曲という最大の難関を乗り越えたから後は」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
閉まりかけのエレベーターのドアを押さえるみたいに、香辻さんが手を伸ばす。
「その楽曲なんですが、一つ重大な問題があります……」
香辻さんは深刻な表情でトーンを落とす。
「作曲料の心配? それなら特には」
「私が作詞することになっちゃったんです!」
「いいんじゃない?」
どんな大事かと思っていたヒロトは拍子抜けした声で返す。
「作詞の経験なんてないですよ!」
「誰にでも最初はある」
「最初のハードルが高すぎます! あの『ブラックスミス』さんの曲です! 私なんかじゃ、お邪魔になっちゃいます!」
「それは違うよ」
香辻さんは自分で自分にプレッシャーをかけすぎているようだ。まずはその呪縛から解かなければとヒロトは自分の考えを伝えることにした。
「いいかい、香辻さん。スミスが作詞を任せたってことは、スミス自身が香辻さんの作詞に曲を付けてみたいって思ってるんだよ」
「えぇえ? そんなはず無いですよ! だって、昨日会った時もめちゃくちゃバカにされましたよ、私っ! フリフリだのフリフリ頭だの!」
香辻さんは鬱憤をぶつけるように、お弁当のウインナーを突き刺す。他人に対して感情的に一歩引いたところのある香辻さんが、怒っているのは新鮮だ。
(香辻さんの中で、『スミスさん』と『作曲家ブラックスミス』がまだ一致してないんだろうな)
時には情緒的で繊細な曲も作るブラックスミスから、横柄な態度をとるあいつの姿はなかなか想像できない。
「スミスは口が悪いからね。でも、あいつを動かすのは本気だけだ。それは香辻さんも感じたんじゃないかな?」
「確かに……頭から煙を上げて、一直線に走る機関車みたいな人でした」
そう言いながら、香辻さんはなぜかヒロトの目をジーッと見つめる。
「うん、そのイメージ通りだよ。スミスは自分がやりたくないことは死んでもやらない。そんなあいつが、香辻さんの詞から曲を作るっていうんだ。気に入られた証拠だね」
香辻さんには不思議と他人を巻き込む力がある。ヒロトが意識しなければ出来ないことを、彼女は別の方法で自然とやってのけている。
「うーん、気に入られたというよりも、弄ばれてるだけのような気がします……」
「うん、間違いなく遊ばれてるね」
「やっぱりです! あの人、性格悪いです!」
「アハハハッ、今の言葉を直接スミスは聞かせてやりたいな」
ぷんぷんと怒りながら串刺しにした卵焼きを食べる香辻さんが面白くて、ヒロトは声に出して笑ってしまった。
「でも、河本くんは私の作詞で本当にいいんですか? その、プロデューサーとして……」
香辻さんは恥ずかしそうに握っていた箸を震わせる。
「最初から、僕も香辻さんに作詞を頼むつもりだったよ」
「き、聞いてません!」
「うん、黙ってた」
しれっと告白するヒロトに、香辻さんは口を尖らせる。
「スミスさんも、河本くんも、Sっ気が強すぎます!」
「灰姫レラがアオハルココロに勝つには必要だからね。スミスが嫌がるのは目に見えてけど、無事に香辻さんがその問題をクリアしてくれた」
スミスの性格上、初対面で香辻さんの作詞を納得させるほうが絶対に難しかった。
「……そうじゃないです、スミスさんは河本くんの友達だから協力してくれたんです」
「友達か……僕がアオハルココロのプロジェクトから去って、一度もお互いに連絡はとってなかった。香辻さんに出会わなければ、そのまま関係が完全に切れてたっておかしくなかった」
あるいはまったく違う再会になっていたかもしれない。
「河本くん……」
「香辻さんが頑張って、その糸を繋いでくれた。本当にありがとう」
目の前の小柄な女の子はいつもヒロトの想像の斜め上を行く。
その計算できない可能性にいつの間にか惹かれてしまっていた。
「あ、あの! スミスさんから私っ!」
身を乗り出した香辻さんは、箸を握りしめたまま固まってしまう。
「スミスから?」
「えっと……スミスさんが言ってました。河本くんの夢の続きが見たいって」
言い直した香辻さんは、唾液を飲み込む。
「夢の続き……続きか……」
もう長いこと考えていなかった。
「……『続き』なんて無いほうがいいのかも知れない」
また誰かを不幸にする。
笑いかけてくれる香辻さんを曇らせてしまうことに――。
「河本くん? 私、また言わなくていいこと言っちゃたりしました?」
「ううん、なんでもない。それより、今はとにかく作詞だよね」
考えるべきでないことは頭の外に放り出す。
「そうです! 作詞です! 今週の金曜日の夜がタイムリミットなんです!」
心配事を思い出した香辻さんが、お茶の紙パックを振り回す。
「大丈夫、僕も協力するよ」
「あ、それは、その、だ、大丈夫です! 私一人で頑張ります! 河本くんばっかりに頼っていられませんから!」
心配かけまいと香辻さんはぎこちなく笑ってみせる。不自然な感じだけれど、スミスに何か言われているのかもしれない。
「……そっか、分かった。じゃあ、作詞のハウツーとか参考になりそうなサイトを送るよ。それぐらいさせて貰っていいかな?」
「はい! とっても助かります! 百人力です!」
後は任せて下さいと胸を強く叩きすぎて、香辻さんは軽く咽てしまう。
「香辻さんが作詞に集中するなら、僕も色々と準備を進めておくから」
「色々? なにかあるんですか?」
「それは……まあ、お楽しみにね」
香辻さんは聞きたそうに見つめてくるけれど、ヒロトはこの話は終わりだとカレーパンの包みに手をかけた。
「意地悪しないで、教えてくださーい!」
「果報は寝て待てだよ、香辻さん」
齧ったカレーパンは、スパイスがピリッと効いていて少し辛かった。
####################################
作詞のタイムリミットは後2日。
桐子は作曲家ブラックスミスを納得させる歌詞を完成させることができるのか?
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アオハルココロとの対決に向けて、
曲の提供を受けることになった桐子。
しかし、作詞は桐子自身がすることに!?
困っている桐子を、
ヒロトはどうやって助けるのか?
#05に突入です!
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■□■□河本ヒロトPart■□■□
「良い話と悪い話があるけど、どっちから聞きたい?」
ヒロトの問いかけに香辻さんは、お弁当の包みを開けようとしていた手を止める。
特に約束をしたわけでもないけれど自然と裏庭に足を運び、昼食をともにしていた。
「そうですね……後味すっきりがいいので、悪い話からお願いします」
「アオハルココロとのコラボ配信の日程が、来週土曜日の朝11時に決まった」
「来週の土曜日って……今日が水曜日だから……木、金……」
指折り数えていく桐子の顔が段々と青くなっていく。
「後10日ぐらいしかないですよ!」
「というわけで、全然準備の時間が足りない」
「あと一ヶ月ぐらいあるかなって思ってたのに……」
香辻さんはお弁当箱に手を当てたまま固まってしまう。
「急な話だけれど、それは向こうサイドにとっても同じ」
「へ? どういうことですか?」
「今回のコラボの件はアオハルココロ本人の独断専行だからね。向こうの事務所がなんとかスケジュールをねじ込んだんだよ」
ヒロトはスマホを操作して、アオハルココロの情報サイトを表示する。
「前日の金曜深夜までネット番組の出演が入ってて、当日の夕方から夜にも企業イベントに出演。打ち合わせかレッスンに充てたい時間を、今回のコラボに使ってきたんだ」
「それを聞いちゃうと、恐縮です……」
ファンとしては複雑な心境のようだ。
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様々な思惑が入り乱れて、土曜日の朝11時なんて変な時間に予定を入れることになったのだろう。
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「不思議だよね、あんなにバッサリ断ってたのにさ。ちなみに香辻さんは何か心当たりない?」
「さ、さぁ、ぜんぜんないですヨー。とても知らないデス」
問いかける視線から逃れようと香辻さんの首が悲鳴をあげる。
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白々しく言ったヒロトは、スマホの画面を香辻さんに突きつける。
「ナ、ナンデショウカ……」
「VRワールドで撮られたものなんだけど」
動画の再生が始まると、画面にはプレイヤーキャラとそれを囲む大勢のゾンビが映し出される。
「イベントの最中にコンサートがあったらしいんだ」
「へ、へー……」
香辻さんはフクロウみたいに首を180度回そうとして、途中でお弁当箱を落としそうになってしまう。
慌てて首を戻した香辻さんのおでこに、スマホの画面がピタリとくっつく。
『リモートな感情なんて要らないんだ 僕には言葉にならない爆弾が必要なんだ』
スマホから流れ出した音楽に頭蓋骨を揺さぶられた香辻さんは、しまったと顔をしかめる。
「これ香辻さんだよね?」
「…………ハイ、ワタクシデス」
香辻さんは観念して頷き、額をさらにスマホに押し付けた。
「勝手なことして、ごめんなさい!」
「いや、僕は怒ってないって」
ヒロトは慌ててスマホを引っ込める。
「言ってくれれば、いい宣伝動画がとれたかもって、ちょっと思っただけだから!」
相談して貰えなかったのが少し残念で、意地悪をしすぎてしまった。
「河本くんとスミスさんの関係がこれ以上悪くなったらいけないと思って……。私が嫌われるだけなら別に良いんですけど」
「香辻さんが嫌われて良いわけないよ」
思わず語気が強くなってしまう。
自分を否定する考え方が染み付いている香辻さんが、心配でしかたがなかった。
「…………はいっ、ありがとうございます」
ヒロトの想いが伝わったのか、香辻さんは噛みしめるように頷く。
「僕の方こそごめん。まず伝えるべきは『ありがとう』だったよね。香辻さんのお陰で、スミスに灰姫レラの曲を作ってもらえし、この動画も話題になってる! 香辻さんの活躍が最高の結果を導いてくれた!」
「スミスさんは河本くんの友達だからです! それに動画は偶然でネットで面白がられてるだけですって!」
ぶんぶん首を振って香辻さんは謙遜する。
スミスに曲を頼みに行った時も、この動画で歌っている時も、香辻さんはただ必死だったのだろう。バズったりするなんて考えてもいなかったから、自信が持てないようだ。
「この歌は香辻さんがずっとアオハルココロを想ってきたから、スミスや動画で見た大勢の心を動かしたんだ。香辻さんは憧れに、アオハルココロに近づいていると思うよ」
「私がアオハルココロちゃんに近づいて……河本くんに、そう言って貰えて……よかった……です」
何度も瞬きをした香辻さんは、最後にニカッと嬉しそうな笑みを見せてくれた。
「さてと、楽曲という最大の難関を乗り越えたから後は」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
閉まりかけのエレベーターのドアを押さえるみたいに、香辻さんが手を伸ばす。
「その楽曲なんですが、一つ重大な問題があります……」
香辻さんは深刻な表情でトーンを落とす。
「作曲料の心配? それなら特には」
「私が作詞することになっちゃったんです!」
「いいんじゃない?」
どんな大事かと思っていたヒロトは拍子抜けした声で返す。
「作詞の経験なんてないですよ!」
「誰にでも最初はある」
「最初のハードルが高すぎます! あの『ブラックスミス』さんの曲です! 私なんかじゃ、お邪魔になっちゃいます!」
「それは違うよ」
香辻さんは自分で自分にプレッシャーをかけすぎているようだ。まずはその呪縛から解かなければとヒロトは自分の考えを伝えることにした。
「いいかい、香辻さん。スミスが作詞を任せたってことは、スミス自身が香辻さんの作詞に曲を付けてみたいって思ってるんだよ」
「えぇえ? そんなはず無いですよ! だって、昨日会った時もめちゃくちゃバカにされましたよ、私っ! フリフリだのフリフリ頭だの!」
香辻さんは鬱憤をぶつけるように、お弁当のウインナーを突き刺す。他人に対して感情的に一歩引いたところのある香辻さんが、怒っているのは新鮮だ。
(香辻さんの中で、『スミスさん』と『作曲家ブラックスミス』がまだ一致してないんだろうな)
時には情緒的で繊細な曲も作るブラックスミスから、横柄な態度をとるあいつの姿はなかなか想像できない。
「スミスは口が悪いからね。でも、あいつを動かすのは本気だけだ。それは香辻さんも感じたんじゃないかな?」
「確かに……頭から煙を上げて、一直線に走る機関車みたいな人でした」
そう言いながら、香辻さんはなぜかヒロトの目をジーッと見つめる。
「うん、そのイメージ通りだよ。スミスは自分がやりたくないことは死んでもやらない。そんなあいつが、香辻さんの詞から曲を作るっていうんだ。気に入られた証拠だね」
香辻さんには不思議と他人を巻き込む力がある。ヒロトが意識しなければ出来ないことを、彼女は別の方法で自然とやってのけている。
「うーん、気に入られたというよりも、弄ばれてるだけのような気がします……」
「うん、間違いなく遊ばれてるね」
「やっぱりです! あの人、性格悪いです!」
「アハハハッ、今の言葉を直接スミスは聞かせてやりたいな」
ぷんぷんと怒りながら串刺しにした卵焼きを食べる香辻さんが面白くて、ヒロトは声に出して笑ってしまった。
「でも、河本くんは私の作詞で本当にいいんですか? その、プロデューサーとして……」
香辻さんは恥ずかしそうに握っていた箸を震わせる。
「最初から、僕も香辻さんに作詞を頼むつもりだったよ」
「き、聞いてません!」
「うん、黙ってた」
しれっと告白するヒロトに、香辻さんは口を尖らせる。
「スミスさんも、河本くんも、Sっ気が強すぎます!」
「灰姫レラがアオハルココロに勝つには必要だからね。スミスが嫌がるのは目に見えてけど、無事に香辻さんがその問題をクリアしてくれた」
スミスの性格上、初対面で香辻さんの作詞を納得させるほうが絶対に難しかった。
「……そうじゃないです、スミスさんは河本くんの友達だから協力してくれたんです」
「友達か……僕がアオハルココロのプロジェクトから去って、一度もお互いに連絡はとってなかった。香辻さんに出会わなければ、そのまま関係が完全に切れてたっておかしくなかった」
あるいはまったく違う再会になっていたかもしれない。
「河本くん……」
「香辻さんが頑張って、その糸を繋いでくれた。本当にありがとう」
目の前の小柄な女の子はいつもヒロトの想像の斜め上を行く。
その計算できない可能性にいつの間にか惹かれてしまっていた。
「あ、あの! スミスさんから私っ!」
身を乗り出した香辻さんは、箸を握りしめたまま固まってしまう。
「スミスから?」
「えっと……スミスさんが言ってました。河本くんの夢の続きが見たいって」
言い直した香辻さんは、唾液を飲み込む。
「夢の続き……続きか……」
もう長いこと考えていなかった。
「……『続き』なんて無いほうがいいのかも知れない」
また誰かを不幸にする。
笑いかけてくれる香辻さんを曇らせてしまうことに――。
「河本くん? 私、また言わなくていいこと言っちゃたりしました?」
「ううん、なんでもない。それより、今はとにかく作詞だよね」
考えるべきでないことは頭の外に放り出す。
「そうです! 作詞です! 今週の金曜日の夜がタイムリミットなんです!」
心配事を思い出した香辻さんが、お茶の紙パックを振り回す。
「大丈夫、僕も協力するよ」
「あ、それは、その、だ、大丈夫です! 私一人で頑張ります! 河本くんばっかりに頼っていられませんから!」
心配かけまいと香辻さんはぎこちなく笑ってみせる。不自然な感じだけれど、スミスに何か言われているのかもしれない。
「……そっか、分かった。じゃあ、作詞のハウツーとか参考になりそうなサイトを送るよ。それぐらいさせて貰っていいかな?」
「はい! とっても助かります! 百人力です!」
後は任せて下さいと胸を強く叩きすぎて、香辻さんは軽く咽てしまう。
「香辻さんが作詞に集中するなら、僕も色々と準備を進めておくから」
「色々? なにかあるんですか?」
「それは……まあ、お楽しみにね」
香辻さんは聞きたそうに見つめてくるけれど、ヒロトはこの話は終わりだとカレーパンの包みに手をかけた。
「意地悪しないで、教えてくださーい!」
「果報は寝て待てだよ、香辻さん」
齧ったカレーパンは、スパイスがピリッと効いていて少し辛かった。
####################################
作詞のタイムリミットは後2日。
桐子は作曲家ブラックスミスを納得させる歌詞を完成させることができるのか?
『お気に入り』や『いいね』『感想』等ありましたら是非お願いします!
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連絡先 takahashi.left@gmail.com
講談社ラノベ文庫より『エクステンデッド・ファンタジー・ワールド ~ゲームの沙汰も金次第~』発売中!
AR世界とリアル世界を行き来し、トゥルーエンドを目指すサスペンス・ミステリーです。
よかったら買ってください。
異世界戦記ファンタジー『白き姫騎士と黒の戦略家』もあります。こちらも是非!