#14【絶対必勝?!】オーディション対策おしえます (4)

文字数 22,848文字

【前回までのあらすじ】
コラボグループに参加することを決めた灰姫レラ。
一癖も二癖もあるメンバーとオーディションを戦うことに!

1話目はここから!
 https://novel.daysneo.com/works/episode/bf2661ca271607aea3356fe1344a2d5f.html

更新情報は『高橋右手』ツイッターから!
 https://twitter.com/takahashi_right

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『レラちゃんって絵も上手いよねぇ』

 卯月みぃあは会話の隙間に何気ない一言を放り込む。
 お絵かき伝言ゲームの配信画面には《サッカーをするユニコーン》が映っている。靭やかな前足でサッカーボールを蹴るユニコーンの躍動感がペンの強弱でしっかりと表現されている。
 灰姫レラが5分ほどでささっと描いたものだが、絵心が十分に伝わる出来だった。

『あ、ありがとうございます。馬は描いたことがあったんですけど、サッカーボールがよく分からなくて、変な格好になっちゃいました』

 完成度の高いユニコーンに対して、サッカーボールの方は潰れた饅頭のような形をしていた。

『ボールなんてどうでもいいよ。みぃあが描くお馬さんって、こんなだもん』

 ページを進めていくと卯月みぃあの絵が表示される。楕円からピョコピョコと4本脚と頭が飛び出た【馬】と疫病に侵された卵のような【サッカーボール】が描かれている。ちなみに、この絵を見た安倍魔理亞は《毒餌を食べさせられた可哀想な馬》とタイトルを答えていた。

『あんたは絵の上手い下手の前に雑なんよ、雑!』

 絵が上手い側のテルミ・ヘルミンが冷静にツッコミを入れると、卯月みぃあのアイコンが抗議に激しく点滅する。

『ぶ~~! みぃあのことはいいのっ! 代わりにレラちゃんが超ハイパーミラクル凄いんだから!』
『えっ?! 私がですか?!』

 この話がまだ続くのかと灰姫レラは困っている様子だが、卯月みぃあの熱弁は止まらない。

『レラちゃんはお歌も歌えるしぃ、踊りだって踊れるしぃ! なにより可愛いしぃ!』
『あうぅぅ、私を撫でても叩いても、なんにも出ませんから』

 灰姫レラの慌てふためくモーションで、照れた香辻さんがモニタの前で顔を隠すようにアワアワと手を振っているのが丸わかりだ。

『控えめなトコもちゅきっ!』
『うぅ、そんなことまで言われたら逃げ場が……』
『両側からチュッチュッチュッチュッ!』

 卯月みぃあは自分の配信画面で、灰姫レラの左右に自分(卯月みぃあ)の立ち絵を並べてキスのサンドイッチを繰り返している。
 ヒロトやコメント欄のリスナーたちは、そんな二人の掛け合いや、呆れながらもツッコミを入れるコラボメンバーたちを微笑ましく見守っていた。

 オーディション予選も折り返し地点の5日目だ。
 毎日1~2回のコラボ配信を繰り返し、灰姫レラと他のメンバーたちの関係も、良い形で出来上がってきていた。
 今日の集まったメンバーは初日と同じ、灰姫レラ、詩片マヒル、卯月みぃあ、大紫ローズ、テルミ・ヘルミン、安倍魔理亞、そしていま席を外しているブラッドアーサーの7人だ。
 7人がプレイしているのは、オンラインのお絵かき伝言ゲームだった。前の人が描いた絵からお題を推理し、繋いでいくコラボでは定番のゲームだ。
 灰姫レラのイラスト能力とそれに反比例する明後日方向の推理力や、卯月みぃあと大紫ローズの『画伯』具合、ブラッドアーサーの中二病セリフの暴走、テルミ・ヘルミンの軽快なツッコミ、そして詩片マヒルの的確な仕切りでコラボは大いに盛り上がっている。
 22時から始まった配信はすでに0時を越えている。金曜日の夜ということもあり、累計で1万人以上の視聴者が夜ふかしを楽しんでいた。
 夜も遅いので、香辻さんは自宅からの配信だ。ヒロトは配信をサブモニターに流しながら、明日のサムネイルを作っていた。

『あ~あ、私もレラちゃんみたいに、なんでも出来たらいいのになぁ』

 一通りじゃれ合って満足した卯月みぃあが羨ましそうに言う。

『なんでもなんて、全然そんなことないです。いつもいっぱいっぱいで、上手くいかなかったり、失敗したり……私がみぃあさんに凄いって言ってもらえるのは、いろんな人に助けられてなんです』
『謙遜のし過ぎは美徳じゃあらへんで』

 テルミ・ヘルミンは、いつものツッコミと変わらない口調で言った。
 香辻さんが灰姫レラとしてどれだけ頑張って来たか、その上で周囲の人たちに心から感謝していることを、ヒロトはよく知っている。
 けれど、知り合って間もないメンバーや配信を見ている人たちは、『香辻さんのこと』を知らない。謙遜として捉えても仕方がないだろう。
 そんな風に灰姫レラの事で盛り上がっていると、安倍魔理亞がフフッと笑って話題を上乗せする。

『レラさんはオーディションも順調ですわね。いま見たら13位だったもの』
『ほらほら! やっぱりレラちゃんは凄いよ!』

 卯月みぃあの言葉に、どの配信のコメント欄も〈すげー!〉や〈予選突破いける!〉〈頑張れ!〉と温かい言葉で溢れていた。

『あ、ありがとうございます!』

 灰姫レラの声は若干裏返っていた。恐縮しつつも、応援に大きな声で応えなければと思って発声を失敗したのだろう。。
 そう、灰姫レラのオーディション経過は、ヒロトが予想していたよりも順調だった。

 原動力は、香辻さん本人だ。
 早朝のおはよう配信、学校でも休み時間中はTwitterで積極的にリプ返信をしたりボイスメッセージや動画の投稿、学校が終われば夕方から夜にかけて個人配信。さらには連日のコラボ配信と大忙しだ。
 その頑張りは、オーディションというお祭りの空気と相まって、大きな数字となって表れている。
 オーディションの予選突破ラインである12位まで後3000ポイントと差がかなり詰まってきていた。チャンネル自体も好調で、同時接続数は早朝で3000人を超え、メインとなる夜の配信は6000人を超えることもあった。チャンネル登録者数も5万人を超え、7万人から、さらには年内に10万人を超える増加ペースだ。
 1日に3~4回という高頻度での配信と、オーディションの参加タグで、関連動画に登場しやすくなったことで、初見のリスナーを多く呼び込めているようだ。

『ファンの方々が沢山応援してくれて』

 その言葉を口にする灰姫レラは心底嬉しそうだ。
 オーディションに挑む灰姫レラを応援しようと、大勢のファンの人たちが、ファンアートや切り抜き動画を作り、拡散してくれていた。大きくバズったわけではないけれど、一つ一つが100~1000人にシェアされているので大勢の目に触れ、チャンネル登録やフォロワー増加の追い風となっていた。

『それにメンバーの皆さんがTwitterで拡散してくれて、ものすごく助かってます』

 灰姫レラが飛躍した最後の要因は、コラボメンバー同士の協力だ。
 それを表しているのが、Twitterのフォロワー数だ。これまで1万5千ほどだったフォロワーが、瞬く間に6万を超え、チャンネル登録数を超えそうな勢いを見せている。

『それはお互い様よ。私のチャンネルもTwitterもかなり伸びたもの』

 大紫ローズの言う通り、他のメンバーの数字も伸びていた。
 配信でのコラボは1~2時間ほどだが、Twitterでの関わりはほぼ24時間だ。お互いに面白い切り抜きやファンアートをシェアすることで、Twitter上では指数関数的に拡散され、メンバー全員のフォロワー数が急増していた。

『みぃあのチャンネルも1000人いっちゃった!』

 特にデビュー間もない卯月みぃあと安倍魔理亞は、一足飛びに1000人の大台を越え、急速に伸び続けている。

『でも、オーディションだと3021位だよぉ』

 そっちは残念だと目を細めて不満顔を表す卯月みぃあ。

『初参加で5000人中の3000位ですから、みぃあさんはとても健闘していると思いますよ』

 優しくフォローする詩片マヒルだが、テルミ・ヘルミンが待ったと声を上げる。

『いやいや、マヒルさんは今3位やないですか』
『本当にありがたいことです。私ひとりではここまで上位にはいけませんでした。レラさんの繰り返しになってしまいますが、ファンの皆さんや、コラボグループに参加してくれた方々のおかげです』

 自分の決断と行動は間違っていなかったのだと、詩片マヒルは噛みしめるように言った。
 以前ヒロトが詩片マヒルに放った言葉に反して、このコラボグループは詩片マヒルの『良い影響(バフ)』になっていた。
 コラボグループ《スターゲイト》がVチューバーのニュースサイトやまとめサイトに取り上げられたりと、評判になっていた。リーダーである詩片マヒルの『新人や業界のためになにかしたい』という心意気に大勢が共感し、オーディションの投票へと直接繋がっていた。
 オーディションの上位陣1~5位ではポイント差が1万もなく団子状態で競っている。現状獲得したポイントで詩片マヒルの予選突破は確実で、ここから決勝に向けてどれだけ存在感を増していくかという段階に入っていた。
 灰姫レラにとってはもちろんライバルであるけれど、それ以上に心強い味方でもあった。

『レラさんとマヒルさんが二人揃って決勝に進出できるといいですわね』

 微笑みを浮かべた安倍魔理亞が穏やかに言うと、大紫ローズが続く。

『私も今は応援してる』
『〈今は〉って含みのある言い方やね』

 テルミ・ヘルミンがすかさず指摘するが、大紫ローズは慌てない。

『正直に言っちゃうけど、レラちゃんってもっと計算高い娘なのかって思ってた』
『わ、私がですか?!』
『切り抜きでしか見たことなかったから。配信で泣いてあざといなって思ってたし、コラボも知り合いか大手としかしてなかったりでしょ』
『泣いたのは色々上手くいかないことが重なっちゃって。コラボが少ないのは私が受け身なだけで。計算じゃないんです! 信じて下さい!』

 弁明する灰姫レラの必死さに、大紫ローズは耐えられないように笑い出す。

『あはっ、もちろん今はわかってるから。レラちゃんが気遣いの人だって』
『せやな、うちのくだらないお喋りもしっかり最後まで聞いてリアクション返してくれるから、配信でも裏でも話しやすいで』

 しみじみ言うテルミ・ヘルミンに、灰姫レラが嬉しそうに声をはずませる。

『私もテルミさんとお話するの楽しいです!』
『いやー、レラちゃんはいい子やな。お姉さんがたこ焼きおごってあげるは』
『たこ焼き大好きです! 外がカリカリで、中がふわふわで! チーズとか明太子がのってるやつも!』
『おっと、そのチェーン店の話は戦争やな』
『ええええ?! なんでですか?!』
『ハハハッ、そういうとこも〈いい子〉なんやで』

 ネタが分からずあたふたする灰姫レラを、テルミ・ヘルミンが楽しんでいた。
 彼女たちの話の通り、灰姫レラの親しみやすさが、リスナーや他のVチューバーに浸透してきていた。もとから灰姫レラの配信に来ていた人たちは知っていたことだけれど、外部からは大紫ローズのように全く別の印象を抱いていた人も多くいただろう。それが、今回のコラボグループを通して、『評判』としてVチューバー界隈に広がっていた。

(僕の心配は杞憂だったかな。コラボグループに参加してよかった)

 もたらされたメリットはもちろん。

(なにより、香辻さんが楽しそうだから)

 他のVチューバーと楽しそうにコラボをする灰姫レラが見れることが、彼女のいちファンとしてヒロトは何より嬉しかった。
 ヒロトが発端となったアオハルココロやハイプロとのコラボとは本質的に違う。ナイトテールとのコラボも灰姫レラは楽しそうだけれど、それは同時に香辻さんと夜川さんのコラボでもある。
 詩片マヒルや卯月みぃあ達とのコラボは、ただ一人のVチューバー『灰姫レラ』としてのコラボだ。そういう普通のコラボが出来るようになったのは、香辻さん自身が頑張ったからだ。
 プロデューサーとしては嬉しい、でも時計の針が進んでいくような寂しさもあった。

(なんでそんなこと……)

 ヒロトが自分の内に問いかけるが、穴の奥で響くだけで答えは帰ってこない。
 考えるのを止めたヒロトが配信画面に目を戻すと、通話アイコンが1つ増えていた。

『漆黒のケルベロスに夜食を与えてきた』

 ぐったりしていたブラッドアーサーの身体に精気が戻る。

『夜にそない餌やって、犬が太るんちゃう?』
『犬ではない。漆黒のケルベロスだ。うちの漆黒のケルベロスは小型で胃が小さいからな。空腹状態が続くと吐いてしまうことがあるのだ』

 ブラッドアーサーは愛犬家だった。Twitterのメディア欄は飼っている3匹の犬の画像で埋まっている。

『ブラッドアーサーさんが戻ってきたので、ゲームを再開しましょうか。時間も時間ですから、あと1、2回ですね』
『はーい!』『はい!』『早しよ』『我が魔筆の煌めきをみよ!』

 雑談が良い休憩になったのか、声に疲れた様子はまるでない。
 結局、あと1回が2回、3回と増え、ゲーム配信は深夜まで続いた。



 明けて土曜日、オーディション予選6日目。
 ヒロトはスマホのアラームで目を覚ました。
 明け方まで作業をしていて自室まで戻るのが面倒で、スタジオのソファーで寝てしまった。目の奥が少し重い気がするけれど、頭の方はスッキリしている。

(目尻を弄ったから、瞳の位置をもう少し奥にして……コラボのことを考えるともう少し2D寄りに見えるように調整をした方がいいかも)

 寝る前の続きをそのまま考えながら、インスタントコーヒーでも淹れようとテーブルのコップを手に取ると、中身が満たされていた。眠気覚ましにコーヒーを一杯飲もうと思って準備したけれど、良いアイディアが思いついて作業に戻ってしまい、そのまま一口も飲まずに忘れていたのだ。
 淹れる手間が省けたと、ヒロトは冷えたコーヒーをレンジで温め直し、買ってあったコンビニのサンドイッチを冷蔵庫から取り出す。
 飲み物と食べ物を手にモニタに向かい、リマインダーから灰姫レラの朝配信を開く。開始まであと15分あり、ヒロトを含めて300人ほどのリスナーたちがすでに待機していた。
 チキンサンドを食べながら、スマホをチェックしようとして黒い画面に寝癖顔の自分が映っていた。

(あー、今日は香辻さんが来るし、夕方からは出かけるからシャワー浴びないとな)

 少し前の自分ならここまで身だしなみに気を使わなかった。学校がある平日ですら、寝癖がついたまま外に出ることがあった。他人に迷惑をかけない最低限にラインを引いていた。
 だけど今は違う。ヒロト自身が変に思われるのは構わないけれど、一緒にいる事が多い香辻さんまで同類だと思われたくない。灰姫レラのプロデューサーだからではない、彼女が友達と言ってくれたからだ。

(香辻さんが来るのが12時だから、11時半までに昼のスタジオ配信の準備を終わらせて、一度部屋に戻ってシャワーして、着替えて……)

 ざっと確認しながら、テーブルとカメラの用意をしていく。お昼は超美麗3D配信なので、事前準備とテストが特に重要だ。余計なものが写り込まないようにテーブルを片付け、カメラを固定し反射などをチェックする。

(あれ? 灰姫レラの配信、始まってないな)

 気づくと10時を過ぎていたが、配信ページは『灰姫レラ.chを待っています』のまま動いていない。エラーかと思って、配信ページをリロードするが何も変わらない。

(機材トラブル?)

 直接電話をかけてみるが、香辻さんは出なかった。

(寝坊?)

 待機しているリスナーも〈スヤスヤ?〉〈寝坊?〉〈Twitterも動いてない〉等のコメントを書き込んでいた。

(本当に寝てるだけならいいけど……)

 一抹の不安を感じていると、ペポンと軽い音が鳴った。ディスコードにメッセージが届いた通知音だ。香辻さんかと思って急いで確認すると、送り主は別の人物だった。

安倍魔理亞
『灰姫レラさんの配信が始まらないとリスナーさんが心配しています。なにかトラブルがありましたか?』

 すぐさまヒロトは安倍魔理亞の配信を開いた。
 朝日が差し込む美しい礼拝堂を背景に、シスター姿の安倍魔理亞が少し困ったように微笑んでいる。その原因は明らかにコメント欄だ。

〈レラちゃんの配信はじまりません〉〈灰姫レラ、大丈夫?〉〈レラちゃんと連絡取れないの?〉〈寝坊だよね〉〈鳩やめなよ〉〈まだ慌てる時間じゃない〉〈レラちゃんの配信なし?〉

 昨日までは100人ほどだった視聴者が3000人を越え、コメント欄の流れは止まらない。
 他者の配信内容を伝える行為、いわゆる伝書鳩行為は歓迎されない。その配信主の話を阻害したり、コメント欄が荒れる原因になるからだ。
 多くのリスナーもそれを理解している。その上で、心配が勝って同じグループメンバーの安倍魔理亞の配信にコメントを送ってしまったのだろう。

(香辻さんのきっちりさが裏目に出たな)

 ポンコツを晒すことの多い灰姫レラだが、配信に遅れることは殆どないし、休む場合はきちんと事前にTwitterで報告をしている。だからこそ、余計にリスナーが心配しているのだ。

【河本】
『ご迷惑をおかけして申し訳ありません。おそらく寝坊だと思います。いま本人に連絡をとっているので、少しお待ち下さい』

 ヒロトには謝罪することしか出来なかった。心配からの行動でも、灰姫レラのリスナーが迷惑をかけているのは心苦しかった。

【安倍魔理亞】
『わたくしは構いません。むしろ大勢の方に来て頂けて嬉しいです』

【河本】
『そう言って頂けて助かります』

【安倍魔理亞】
『もし許可が頂けるのなら、灰姫レラさんが起きるまでの見守り配信をさせて頂けませんか?』

 Vチューバーが配信に寝坊してしまった時、親しいVチューバーや同じグループのメンバーが、本人が起きるまで行き場を失った視聴者を引き受けたりする。それが寝坊の見守り配信だ。
 上手く行けば、視聴者の不安を拭い、むしろエンターテイメントに昇華することが出来る。
 寝坊している灰姫レラにとっては有り難い申し出だが、キーボードに乗せたヒロトの手は止まっていた。

(見守り配信は二人の関係性が重要だ。同じグループとはいえ、安倍さんと灰姫レラが特別仲がいいわけじゃない)

 今日までコラボを繰り返しているが、1対1の状況はなかった。視聴者からの印象としては、卯月みぃあなら納得するだろうが安倍魔理亞となると――。

(もし売名のためにだと思われたら、安倍さんに迷惑がかかるかも)

 彼女が親切心からなのか、売名したいからなのか、その意図はこの際はどうでもいい。視聴者がどう思うかだ。もし安倍魔理亞がうがった見方をされた場合、視聴者同士が対立を煽りグループの雰囲気が壊れてしまう可能性もある。

(……ここは香辻さんの事を考えよう)


【河本】
『分かりました。安倍さんの負担にならないようでしたら、灰姫レラが起きるまで見守り配信をお願いします』

【安倍魔理亞】
『こちらこそ、許可して頂きありがとうございます』

 諸刃の剣だがヒロトは安倍魔理亞に頼むことにした。
 香辻さんにとって初めての寝坊だ。オーディション中ということもあり、慌てるだろうし、落ち込むだろう。それを少しでも緩和するには、《寝坊見守り配信》というワンクッションを入れたほうが良いとヒロトは判断した。
 返事をしたヒロトは安倍魔理亞の配信の音量を上げると、ちょうど見守り配信の話を始めていた。

『いま、灰姫レラさんの関係者の方に連絡が取れました。どうやら寝坊のようです』

〈よかった〉〈沢山寝れて偉い〉〈スヤァ〉〈深夜まで配信してたからね〉〈関係者ってナイトテール?〉〈連絡ありがとうございます!〉〈ハイプロに連絡したのかな〉〈寝坊なら安心〉

 安倍魔理亞の報告に、灰姫レラの配信から来たリスナーたちがコメント欄を爆速で埋めていた。

『本来はもう終わる時間ですが、灰姫レラさんが起きるまで見守り配信をしようと思います。もちろん許可は頂きましたので、ご安心下さい』

〈助かる〉〈いいね!〉〈見守り助かる〉〈助かります〉〈いつ起きるかな〉〈昼まで繋いで〉〈ありがとうございます!〉

『#灰姫レラスヤスヤチャレンジ でつぶやいて、Twitterの方でも盛り上げて、灰姫レラさんが起きたときにビックリドッキリさせちゃいましょう』

〈了解!〉〈トレンド入りめざそう〉〈いいね〉〈草〉〈草〉〈了解〉

『待ってる間に、灰姫レラさんがいつ起きるか予想をしましょうか。ハッシュタグをつけてつぶやいて、正解を当てた方には、わたくしの方から拍手のリプライを送ります』

〈シスターなのに賭けしていいのw〉

『これぐらいのお遊びでしたら、神様も許してくれます』

 安倍魔理亞の清楚な笑みが、どこか小悪魔的なものに見えてくる。

〈11時!〉〈あと1時間ぐらいかな〉〈12時には起きるんじゃない〉〈夕方の3時!〉〈11時〉〈12時で!〉〈13時から配信予定だしそれまでには〉〈実はもう起きてる説〉〈あと30分!〉〈11時半〉

 手軽なクイズにリスナーたちはこぞって予想を書き込んでいた。Twitterの方でも『#灰姫レラスヤスヤチャレンジ』で予想や配信の実況が続々と投稿されている。

『わたくしの予想はそうですね』

 少し考える素振りを見せる安倍魔理亞。

『昨晩の配信が終わった後も、灰姫レラさんはわたくしや他のメンバーの皆さんとお話をしてらっしゃいました。寝たのは明け方頃でしょうか? それですと、レラさんが起きるのはお昼ごろになってしまうかもしれませんね』

〈裏でどんな話するの?〉

『裏でする話はですね、もちろん流行っている歌やゲームのことも話しますが、大半は今日食べたご飯のことや面白い動画のことなど、他愛のないことばかりですわ』

〈レラちゃんって裏ではどんな感じ?〉

『灰姫レラさんは、表裏なくいつも可愛らしい方です。それにとっても親切で、配信で分からないことがあったら何でも聞いてと仰っていましたわ』

 安倍魔理亞は増え続ける視聴者とそのコメントに圧倒されることなく、灰姫レラの話を続けていく。
 視聴者数が5000人を越えている。灰姫レラの配信から流れてきたリスナーが何を求めているのか、安倍魔理亞は分かって喋っているのだろう。話題の選び方も話し方も新人離れしている。芸人や噺家、あるいはアナウンサーの訓練でも受けているのか分からないが、少なくとも配信の経験はありそうだ。

『灰姫レラさんの活躍には、一人のVチューバーファンとしていつも驚かされています。先日のハイプロのライブも見ていたのですが、トラブルからステージに戻ってきて懸命に新曲を披露する姿に、わたくし、もうっ!感動し過ぎて、涙が止まりませんでしたわ』

〈マジ感動した〉〈わたしも泣いた!〉〈演出かと思ったけどガチトラブルだったんだよね〉〈あそこ凄かったよね!〉〈新衣装もよかった〉〈あのライブ評判いいよね〉〈まだアーカイブみれるの?〉〈円盤はよ〉

『現在わたくしたちが参加しているオーディションでも、灰姫レラさんは13位と予選突破ラインに迫っています。どうか投票をお願い致します。あっ、10ポイント中の1ポイントでもわたくしにも投票して頂けると嬉しいですわ』

〈投票してきた!〉〈応援します!〉〈初見ですがチャンネル登録しました〉〈これは高評価〉〈見守り配信代に5ポイント入れてきました!〉〈投票しました〉

 安倍魔理亞の巧みなトークは続いているけれど、ヒロトは悠長に聞いてはいられなかった。電話をかけ続けているが、香辻さんが一向に通話にでないのだ。

(寝坊なら……)

 繋がらなコール音が祈る鈴の音のように聞こえてくる。香辻さんの『お父さんは出張で、紅葉はフィギュアスケートの大会遠征で、お母さんも紅葉についていってますから!』という言葉が思い出されて来てしまう。

(変なこと考えるな。香辻さんが事件に巻き込まれるなんてことあるわけ)

 無いとはいい切れなかった。新宿の映画館で『偶然』香辻さんの中学の同級生と遭遇した。あの時は自分がいて良かったけれど、いま香辻さんは実家に一人だ。
 灰姫レラの平均視聴者数はすでに5000人を越えている。個人Vとして中堅以上の数字だろう。それだけの人数が集まれば悪意を持つ人間だっている。その証拠に、ヒロトがモデレーターとして視聴者のコメントを削除する回数はかなり増えている。スパムだけでなく、嫌がらせのコメントも含まれているのだ。

 配信者には身バレ、住所バレの危険は常につきまとっている。アバターを使っているVチューバーも例外ではない。
 写真に映り混んでしまった顔の反射やスーパーの袋のロゴや窓の外の風景。
 配信にのってしまった選挙カーの声や、救急車や町のサイレン、電車の通過音の規則性。
 雑談の中に出てきた洋菓子店の名前や部屋の間取り、コンビニやピザ屋までの距離。
 一つ一つ個人情報を集めていけば、次第にその人間の生活圏が浮かび上がってくる。
 中には、スマホの通知で本名がバレたり、配信中に音声アシスタントが誤作動して住所を読み上げたりなんて事故もある。

(このまま電話を鳴らし続けるより直接行ったほうが確実だ)

 ヒロトは椅子にかけっぱなしにしていたジャケットを引っ掛けると、スマホだけを手にスタジオを飛び出した。寝起きの倦怠感はなく、走り出す前から心臓が早鐘を打っている。
 通りまで走ったヒロトは、通りかかったタクシーを止めた。後部座席に乗り込みながら行き先を告げると、運転手はカーナビを操作しすぐにタクシーが走り出す。
 車なら30分もかからない距離だが、ヒロトは我慢できずにスマホでもう一度香辻さんにかけてみる。コール音が続くだけだが、ヒロトは諦めずに電話をかけ続けた。
 タクシーが赤信号で止まる。普段は通らない交差点の信号は、やたらと赤の時間が長い気がした。

「すみません、少し急いで下さい」
「はい」

 運転手からは気のない返事が帰ってくるだけだった。これ以上のスピードが望めないだろうことは、ヒロトにも分かってはいた。
 しばらくタクシーが大通りを進むと、見覚えのある道に差し掛かる。

「次の交差点のところを曲がって、コンビニの先までいったら止めて下さい」

 左折したタクシーが住宅街へ入っていく。土曜日の午前中ということもあり、子供や散歩中の犬が車道すれすれを歩いているので運転手も気をつけて進んでいた。

「ここで大丈夫です」
「あ、はい」

 しびれを切らしたヒロトはコンビニの手前でタクシーを止めた。スマホのタッチ決済で支払いを済ませ、ドアが開くと同時に飛び出していく。
 何かが変わるわけでもないのに、ヒロトは走っていた。
 すぐに見えてきた茶色の屋根にベージュ色の外壁の一戸建てが香辻さんの家だ。
 玄関にたどり着いたヒロトは呼び鈴をぐっと押し込む。ピンポンと音が響くが、インターホンに反応もなければ人の気配もない。

(香辻さん家にはいるんだよね……)

 もう一度スマホをかけながら、ドアに手をかけると鍵は掛かったままだ。さらに呼び鈴を押すがやはり香辻さんは出ない。
 ドアから一歩下がったヒロトは上を向く。

「香辻さん!」

 ヒロトは大声で呼びかける。玄関の上の窓は香辻さんの自室だ。
 何か物が倒れるような音が聞こえた気がした。

「香辻さーーーーーーーーーんっ!!」

 普段使っていない喉の部分が痛いほど震える。自分がこんな声を出したのは、あのライブのトラブル以来だ。
 握りしめていたスマホから何か聞こえる。

『んぅ……』

 かけっぱなしだった電話がついに繋がっていた。

「香辻さん! 大丈夫?!」
『……こうもどぐん?』

 口に綿を詰めたような声が聞こえてきた。

「電話繋がってよかった」

 ヒロトは下を向いた拍子に、力が抜けた手からスマホを落としそうになってしまう。

「時間になっても起きないから心配したんだ」
『じかん? ……あ』

 まるで世界が静止したかのように香辻さんの息が止まり――。

「あ゛!! あ゛あ゛あああああぁぁぁ」
『あ゛!! あ゛あ゛あああああぁぁぁ』

 上から降ってくる声を捉えた左耳とスマホを当てた右耳の両方から、香辻さんの声が重なって聞こえた。



「本当にすみませんでした……」

 椅子に腰掛けた香辻さんはしおしおになってうなだれている。縮こまった身体が普通サイズの椅子を実際より大きく見せ、まるで洗濯されたコアラのヌイグルミが座っているようだった。
 つけっぱなしのパソコンのモニタには放送で使うOBSやトラッキングアプリが起動したままになっているが、配信はオフラインだ。
 すでに寝坊の記者会見は終えていた。待機していたリスナーたちは全く怒っていないどころか、良い意味でお祭り騒ぎを楽しんでいた。

「大丈夫、きちんと謝罪したから、何も問題はないよ。寝坊ぐらい誰にでもあるからね」
「でも、オーディション中で大勢の人が投票してくれているのに、それを裏切ってしまったような気がして……」

 香辻さんの表情は曇ったままだ。
 灰姫レラは投げ銭(スーパーチャット)や有料のメンバーシップを行っていない。香辻さんと灰姫レラにとって、オーディションの投票呼びかけは、具体的な見返りを得るための行動だ。自分の中で上手く折り合いがついていないようだ。

「オーディションで投票してくれた人に、灰姫レラが返すべきものってなんだと思う?」
「えっと、配信することでしょうか? というか、それぐらいしか私にはできないですし」
「『灰姫レラに投票して良かった』って思ってもらうことだと僕は思う」

 ヒロトは香辻さんの目をまっすぐ見て話す。

「オーディションや選挙って、究極的には受かるか受からないかの二択でしょ。もちろん受かったら本人もファンも嬉しいんだけど、受からなかった場合の投票は無駄になったわけだよね」

 特に今回参加しているVDAの予選は参加5000人を越えていて、ほとんどの票が無意味に散っていく。決勝に残らなければ参加賞すらない。

「勝ったとしても、『自分が投票しなくてもよかった』って思われたらどう?」
「悲しいです。一人ひとりの応援があるから私達は戦えるのに」
「うん、だからこそ結果を求めるだけじゃなく、過程が重要。見てくれているリスナーさんたちが、結果に至るまでの過程を楽しめるようにする。過程を一緒に体験してもらうこと、それがエンタメだよ」

 受験や試験で重要なのは結果だけれど、エンタメで重要なのは過程だ。

「『過程』を『体験』にすることこそがエンタメだと言ってもいい」
「体験に……。でも、どうやって?」
「方法は色々だね。共感や同一視でもいいし、夢中にさせたり、興奮させたり、一緒になって笑ったり」
「難しいことのような気がしますけど」

 自信なさげな香辻さんに、ヒロトは大丈夫だと頬を緩める。

「灰姫レラはちゃんとできてる。例えば、卯月みぃあさんは、灰姫レラの活動を通して『好き』という体験をしている」
「私がアオハルココロちゃんが『好き』で『憧れてる』みたいに」

 香辻さんの言葉にヒロトはウンウンと頷く。

「その中で、アクシデントをどう乗り越えるかもエンタメだ。順風満帆な商船航路より、波濤を越える未知の海域への大冒険の方が、観てくれる人にとっては面白い体験だよね」
「ただの寝坊なんですけど……」
「いつもきちんとしている灰姫レラだからこそエンタメになってる。だらしない人が寝坊したら、ただの日常でたいしたエンタメにはならない」

 ヒロトはきっぱりと言い切る。配信スタイルは個人の自由で、だらしない事を売りにすることもできるが、香辻さんにそのムーブは無理だろう。

「……河本くんの言ってること理解は出来ました。でも、全部が全部納得できるかと言われたら……エンタメならなんでも許されるわけじゃないですし……ごめんなさい」

 申し訳無さそうにする香辻さん。

「うん、灰姫レラはそれでいいんだ。そのままで」

 ヒロトは理解してくれたなら満足だと頷く。
 香辻さんは頭の上に?マークを乗せて訝しんでいた。自分は謝ったはずなのに、ヒロトが嬉しそうなのが不思議なのだろう。
 灰姫レラは誠実だから悩む。それがエンタメにもなるのだけれど、もちろん香辻さん本人には伝えない。

「経緯はともかく、トレンド入りはおめでとう」
「魔理亞さんのお陰です。私の配信まで繋げてくれて、改めてお礼をしないといけませんね」

 寝坊の謝罪会見では安倍魔理亞と通話を繋げ直接お礼を言っている。申し訳無さで頭が一杯になりアワアワしていた灰姫レラを、安倍魔理亞はシスターらしい諭すような口ぶりで落ち着かせるシーンもあった。どちらが先輩なのか分からないと、リスナーたちもからかい半分にコメントを打っていたし、香辻さん本人も認めていた。

「これで寝坊の件は終わりにしようか」

 ヒロトは、安倍魔理亞にお礼のメッセージを送り終わった香辻さんに言った。

「いえ、河本くんにもです」
「僕のことは別に」

 香辻さんは椅子から立ち上がる。

「こうして私の家まで来てもらっちゃって。本当に心配とご迷惑をおかけしました」

 太ももに手を当てた香辻さんは腰を折り、深々と頭を下げる。

「そんなに気にしないで。寝坊を起こすのもプロデューサーの仕事だから。頭を上げて」

 大したことじゃないとヒロトは軽く言う。心配で堪らずにスタジオの準備も放り出して来たなんて言えない。

「強くなりたいって言ったのに、河本くんに甘えてばっかりで、情けないです。河本くんは私に言いたいことありませんか?」

 見上げる香辻さんの目が、ダメ出しをして欲しいと言っていた

「特に無いけど」
「何でもいいです! 私、何でもしますから!」

 絶対に何かあるはずだと香辻さんは譲らない。

「じゃあ、オーディション中の寝坊はこれ一回きりで」
「はい。他には?」
「それと、スマホのサイレントモードの解除を忘れないこと」
「はい! まだありますよね?」
「えー……夜はちゃんと寝ること。コラボが盛り上がって楽しいのも分かるけど、配信後の会話はちゃんと節度を守って他の人の迷惑にもならないように」
「はいッ! もっともっと注意して下さい!」
「えー、あー、後はオーディションに真剣なのはいいけど、無理して途中で燃え尽きないこと。健康を害するなんて論外だからね」
「はい、分かりました! アオハルココロちゃんも言ってました。Vチューバーにとって一番大切なのは健康だって!」
「……うん、その通り」

 香辻さんを通した彼女の言葉に、今のヒロトは頷くしかなかった。

「もう注意はこれで終わり。この件は教訓にってことで、オッケーかな?」
「はい! 胸にしっかりととどめておきます!」

 そう言って香辻さんが叩いた胸が、いつもより大胆に揺れていた。ヒロトは思わず目をそらしたが、だいぶ元気が戻ってきたようだ。

「災い転じて福となすじゃないけど、トレンド入りでオーディションの票も伸びてるよ。今日中に12位に入れるかもしれない」

 素直に喜べないのだろう香辻さんは、なんとも言えない表情をしていた。

「えっと……お昼の配信を頑張らないとですね」
「丁度いいから、スタジオに移動する途中で二人で買い出しもしちゃおう」

 本来なら買い出しは香辻さん一人の予定だったが、重くなるかもしれないので二人で行ったほうがいいだろう。

「13時の配信は絶対に遅刻できませんね」
「そうだね」
「あっ、朝配信が謝罪会見になってしまった分、お昼の配信を長くして、夕方まで」

 香辻さんは失敗を取り返したいようだが、1つ忘れていることがあるようだ。

「ライブの打ち上げは?」
「あっ」

 香辻さんの動きがピタリと止まる。
 そう今日の夕方からはハイプロライブの打ち上げだった。思考が全て寝坊事件に持っていかれて、予定がすっぽり押し出されてしまっていたようだ。

「どうしよう……いまは大事な時で配信しないと……。でもクシナさんたちにも会いたいし……。寝坊した人間がそんな事を言う資格なんて……やっぱり配信で少しでもリスナーさんたちに……、でもでもお世話になった人たちを蔑ろにするなんて……」

 頭に手を当ててぶつぶつ呟き続ける香辻さん。

「はい、ストップ」

 思考の迷路に踏み込んでしまった香辻さんのプログラムに、ヒロトがブレークコマンドを打ち込む。

「僕から、もう一つだけ注意」
「なんでしょうか?」
「自分を犠牲にして配信をしないこと」

 ヒロトは香辻さんが頭に当てていた手をそっと下ろすと、彼女の目を見つめて言った。

「沢山頑張るのはいいと思う。でも、自分や他の誰かに心配かけるほどは駄目だ」
「でも……」
「もし灰姫レラがオーディションを死ぬほどめちゃくちゃ頑張って優勝したとしよう。でも、その代償に身体を壊したとしたらどう? ファンやリスナーさんたちが「投票して良かった」って思うかな?」
「……悲しませるだけですね」

 瞳を揺らす香辻さんに、ヒロトは分かってくれてありがとうと頷く。

「打ち上げは行こう。寝坊でのトレンド入りは香辻さんにとっては複雑かもしれないけど、灰姫レラのオーディションにとってはプラスに働いてる。残り時間と票の伸び方を考えれば、十分に予選を突破できる数字だ」

 ヒロトは自分の予想に自信を持っていた。9位~12位まではそれほどポイントは離れていない。スタートダッシュこそ良かったが現在は票が伸び悩んでいるグループだ。それに引き換え灰姫レラはオーディション開始からの票の増え方は、割合だけならトップ集団に匹敵している。

「決勝を見据えて、いまはリフレッシュしよう」
「……分かりました」

 納得したと香辻さんはヒロトの目を見て答える。

「私もクシナさんたちに会いたいです!」

 しっかりと切り換えてくれたようだ。

「それじゃ、今日のスケジュールは予定通り、お昼にスタジオで料理&ランチタイム配信、夕方からは打ち上げで」
「了解です! さっそくスタジオへ!」
「ちょっ、香辻さん!」

 さっさと部屋から出ていこうとする香辻さんの袖をヒロトは慌てて掴む。

「はい?」
「出かける前に、着替えようか」
「あっ……」

 自分の胸元に視線を落とした香辻さんの顔がみるみる真っ赤になっていく。
 ボタンが外れ、はだけた寝間着の間から素肌が覗き、拘束されていないたわわな双丘が自由奔放に零れそうになっていた。

「あ、あの、身支度の時間いいですか?」

 胸元を押さえた香辻さんは俯いたまま蚊の鳴くような声で言った。

「僕は家の外で待ってるから。あ、急がないで大丈夫だから! シャワーも待つから!」

 ヒロトはそそくさと香辻さんの部屋を出ていく。

「あぁぁあああ、なんでこんなだらしない格好を。髪もボサボサで、寝間着も一番変な柄なのに。よりにもよって河本くんに見られるなんて……」

 閉まった扉越しに聞こえてくる香辻さんの怨嗟の声を背に、ヒロトは階段を降りていった。



 ヒロトと香辻さんは、スタジオに戻る途中で駅前のスーパーに寄り食材を購入。メニューはお好み焼きと決めていたけれど、材料のチョイスは完全に香辻さん任せだ。チョコやイチゴを買っていないので、ひとまず安心した。
 ビニール袋いっぱいの食材を持ちスタジオに到着。すぐさま料理配信の準備にかかる。香辻さんがホットプレートや食材の準備をしている間に、ヒロトの方はカメラのセッティングだ。
 普段はトラッキングに使っているスタンドに、金具を使って横棒をセットする。この水平方向に伸びた棒の先端にカメラを固定することで、料理をする手元を上方から俯瞰で撮影するのだ。機材が揃っていない自宅で撮影する場合は、卓上三脚やマイクスタンドを利用してカメラを固定してもよい。
 作業工程ごとに写真をとって、料理のレシピのように見せる方法もある。臨場感は損なわれてしまうけれど、手軽で、事前に写真をチェックできるので身バレ等の危険性を低く出来る。

 料理配信のハードルを上げているのが、この身バレや住所バレ対策だ。
 まず気をつけなければいけないのが、買い物袋や食材の包装だ。スーパーのロゴが入ったビニール袋やレシートの入れっぱなしには気をつけるのは基本だ。例えば、こだわりの野菜や卵など食材は生産者と卸先が簡単に結びつくこともあるので、事前に包装を外しておくのが無難だ。
 料理器具は反射で顔や部屋が映り込むこともある。金属製を避け、シリコンやプラスチック製のものを揃えてある。
 さらに片付けもあり、手間のかかる料理配信だが、その分の価値は十分ある。
 まず単純な理由だが、食欲に訴えかけるので目に付きやすい。料理の画像と、本人の立ち絵だけでサムネイルが成立するほどの強さを持っている

 そして、ショート動画化だ。テンポ重視で編集することで料理動画はその真価を最大限に発揮する。準備→調理→完成という流れは、食という普遍的なテーマを持った短編動画と言っていいだろう。今回はオーディションという場なので、初見を呼び込むための強力な武器になる。
 当然、今回の配信も後ほど編集してTwitterに投稿する予定だ。香辻さんに渡した台本にも編集ポイントなど注釈を入れてある。
 その台本を写したモニタを前に、香辻さんがスタンバイしている。なんとか予定時刻の3分前に準備が終わり、バタバタと配信が始まった。

「ボンジュール、灰姫レラです! お昼ということで、今日は料理配信をしていこうと思います」

〈楽しみ!〉〈料理配信たすかる〉〈時間通り!〉〈ワクワク〉〈関東風? 関西風?〉〈宅配ピザ頼みました!〉〈今度は遅刻しなかったw〉

「寝坊して心配させちゃった分、美味しいお好み焼きを作って皆に見せられるように頑張ります!」

 普段よりも少し張った灰姫レラの声に、ヒロトは音声入力の値を調節する。寝坊の失敗を取り返そうと、肩に力が入っているようだ。

「一緒に料理してくれる人、用意したお昼がある人は、ハッシュタグ#灰姫ランチタイムで呟いてくれたり、写真を投稿してくれると嬉しいです! あっ、スヤスヤチャレンジじゃないですよ! ランチタイムです! お昼寝はしませんから!」

 テンション高めの灰姫レラに、コメント欄も〈お昼寝タイム〉〈食っちゃ寝すると太るぞ〉〈赤ちゃんかな〉など寝坊を弄る方向で楽しんでいるようだ。

「では早速、始めていきましょう! 手元カメラON!」

 掛け声を合図にヒロトの操作で配信画面が切り替わる。まな板を写した実写映像をメインにし、ワイプ映像で灰姫レラの上半身3Dが映っているという画面構成だ。
 実写カメラに向かって、香辻さんがピンク色のゴム手袋をはめた手を振る。すると、ワイプの灰姫レラの方も同じように動く。さすがに指先まではトレース出来ないが、顔や腕の動きは割と正確に3Dモデルに反映できている。

「まずはキャベツを千切りにします! あっ、ちゃんと材料は洗ってありますからご安心を」

 猫の手で4分の1カットのキャベツを押さえ、右手に握った包丁で切っていく。サクッ、サクッ、サクッとゆっくりとしたテンポで、キャベツの幅を揃えようとしている。最近は料理の練習をしていると香辻さん本人が言っていた通り、手付きに危なっかしいところはない。
 キャベツに続いて、青ネギもたっぷりと小口ぎりにする。スペースの都合上、切った食材は同じボールの中にまとめて入れてしまっていた。

「次はこれ!」

 実写カメラにピンクの手袋が握る太くて逞しく毛深い根菜が映し出される。

「ふわとろの秘訣の山芋です! これさえ入れれば、多少失敗しても美味しくなるってネットのレシピに書いてありました!」

 10cmほどの長さに切って、皮むきで毛深い表面を剥く。

「行きますよ。スーー…………」

 真っ白な山芋をおろし金に押し当てた灰姫レラは集中し。

「朝配信おくれてごめんなさい!!」

 猛然とすりおろし始めた。

「寝坊した私のバカ! 夜はちゃんと寝ます! 心配かけないようにします!」

 自分の悪い部分をすり潰したいとでも言うように、灰姫レラは凄まじい速度で山芋をすりおろしていく。その手の動きに合わせ、コメント欄の流れもスピードアップしていた。

〈指すらないでね〉〈ゴム入りになりそう〉〈食材で贖罪〉〈目に入ると地獄だぞ〉〈とろとろのねばねばに〉〈山芋おろすの楽しいよね〉〈贖罪w〉〈誰が美味いこと言えってw〉

 どろっと白濁した山芋が容器に貯まり、みるみる小さくなっていく山芋、その分、指がおろし金に近づいていく。

「ひゃっ!」

 突然、悲鳴をあげて、固まる灰姫レラ。

〈!〉〈!?〉〈やったか〉〈大丈夫?〉〈!!!!〉〈あっ〉〈指?〉〈まずい!〉

「せ、セーフです! 山芋が欠けただけでした!」

 確認した灰姫レラがわたわたと手をふる。ゴム片入りお好み焼きにはならずに済んだようだ。
 ヒヤリとした瞬間もあったけれど、調理は順調に進んでいった。
 お好み焼き粉を溶いて玉子や食材を混ぜると、かなり見た目がお好み焼きに近づいていく。

「生地が出来たので焼いていきます! まな板にバイバイして、ホットプレートをセットです!」

 使い終わったまな板をどけて、代わりにホットプレートをおく。
基本は灰姫レラが1人で調理器具を動かしたりしているのだが、テーブルに置けなくなったまな板や食材は、ヒロトがカメラに映らないよう細心の注意を払って撤去していた。

「まずは豚肉から焼きます!」

 灰姫レラは、油を引いて熱したホットプレートに、豚のバラ肉をのせる。ジュッといい音がして、見る間に焼き色がついていく。

〈豚肉から?〉〈生地からじゃね〉〈先に焼くと固くならない?〉〈うちは肉から焼くけど〉〈生地に乗っけてひっくり返すっしょ〉〈普通は肉からでしょ〉〈うちは全部混ぜるけど〉〈肉さき〉〈生地でしょ〉

「えっと……豚肉はしっかり火を通さないと!」

 突如、コメント欄で始まった肉を焼くタイミング戦争を停戦させながら、灰姫レラは焼けた豚肉に生地をのせてさらに全体を焼いていく。
 ホットプレートの中央に生地の円盤が出来ると、焼けるのを待つ時間が出来てしまう。そこでも、視聴者を退屈させないように、灰姫レラはコメントを拾い上げて雑談を回していく。

〈初料理がなんでお好み焼きなの?〉

「えっとですね、料理配信でお好み焼きを選んだのはですね。あれ、あるじゃないですか、スーパーとかコンビニで売ってる冷凍のお好み焼き!」

〈ちょうどそれ買ってきた!〉〈好き〉〈セブンのが美味い〉〈種類も豊富だよね〉〈アレ美味しい!〉〈分かる〉

「引きこもってた頃、すっごくお世話になったんです。レンジでチンすれば手軽にお腹いっぱいになるし、薄いから冷蔵庫にも沢山ストックできて! あれ、ハムと一緒にマヨネーズかけて食べるとさらに美味しいんですよ!」

〈うちもストックしてる〉〈小麦粉系はいいよね〉〈スパゲッティもおすすめ〉〈安いよね!〉〈冷凍の焼きうどんもあり〉〈引きこもりだったんだ〉〈ちょっとコンビニ行ってくる〉

「って、いまは手作りの真っ最中でした! 山芋入りですから、冷凍食品には勝たないと」

 決意を新たにした灰姫レラは両手にヘラを手にする。

「そろそろ焼けてきましたね。では行きます……二刀流奥義・ダブル燕返し!」

 二本のプラスチック製ヘラを素早く生地の下に差し込み、「えいやっ!」とひっくり返す必殺技――を本人は想定していたようだが、使い慣れないヘラは言うことを聞いてはくれなかった。力の均衡が崩れた状態でお好み焼きは宙を舞い、べちゃっと半分ぐらい潰れた状態でホットプレートに墜落死してしまった。

〈草〉〈w〉〈知ってた〉〈草〉〈あーあ〉〈やると思った〉〈やっぱり〉〈ドンマイ〉〈草〉〈w〉

「と、整えれば大丈夫だから!」

 取り繕った灰姫レラは、ヘラで潰れた生地を引っ張り出し、形を整えようとしたが、不格好さは直らなかった。

「……火が通れば食べられます! 山芋ですから!」

 理由にならない山芋推しを続けつつ、蓋をしてじっくり生地に熱を通していった。

「あと少しです……」

〈いい感じ〉〈美味しそう〉〈そろそろいいんじゃない〉〈お昼食べたのにお腹へった〉〈焼き過ぎかも〉〈端っこパリパリぐらいがすき〉

 焼き加減を見極めようと、灰姫レラがガラスの蓋に意識を集中していると――。
 ぐ~~~~~。
 可愛らしいお腹の音がなってしまった。

「わぅ……」

〈助かる〉〈お腹たすかる〉〈聞こえた!〉〈美味しそうだもんね〉〈音たすかる〉〈たすかる〉〈カワイイ〉〈助かる〉

 顔を赤らめた香辻さんはお腹を押さえると、何故かヒロトの方に視線を向けてきた。ヒロトが『ちゃんと聞こえたよ』という意味で深く頷くと、香辻さんはぶんぶんと首を横に振っていた。

「そ、そういえば昨日の夜から何も食べてませんでした! もう焼けましたよね」

 お好み焼きに伺うように言って、香辻さんはホットプレートの蓋を取り外す。溜まっていた熱と湯気が一気に広がり、カメラを曇らせてしまう。

(あ、見えてない!)

 ヒロトは慌ててキーボードを打ちカンペ用のモニタで『カメラ曇った』と伝えるが、お好み焼きしか見ていない灰姫レラは気づかない。

「ここでソースを大胆に!」

 ソースの焼けるジューッと美味しそうな音は聞こえるが、肝心の映像が湯気でぼやけてしまっている。
 急いで席を立ったヒロトは、香辻さんの正面に立ち大げさに両手を振る。

「マヨネーズを……?」

 気づいた香辻さんの動きが止まる。ヒロトが全力でカメラとカンペ用のモニタを指差すと、「あっ!」と香辻さんの表情が変わる。

「カメラ、湯気で! す、すみません! 見えてませんでしたね!」

 ようやくタオルでカメラを拭うと、コメント欄も〈やっと気づいた〉〈助かる〉〈見えた!〉〈視界良好〉というコメントで埋まっていた。

「ソースは失敗しましたが、まだマヨネーズがあります!! 名誉挽回のマヨビーーーーム!!」

 失敗を取り返そうとする灰姫レラ。力んでしまったのか、大量のマヨネーズが迸り、端っこの方にこんもりと白い塊になってしまう。正直、見栄えはかなり『白いアレ』だった。

「こ、これはダメ! ちょっと映せません!」

 折角映ったばかりのカメラをピンクの手袋で隠す灰姫レラ。

「へ、ヘラで!」

 ひっくり返すのに使ったヘラで余分なマヨネーズを除けて、必要な分をソースと絡ませるようにして伸ばしていった。

「ふー、なんとか見せれる状態になりました。ここに、鰹節と青のりをかければ」

 カメラから手をどけた灰姫レラは、お好み焼きの上に茶色のひらひらと緑の欠片をパラパラと魔法の粉のように振りかける。

「これで完成です!」

 形こそ歪だが、マーブル状になったソースとマヨネーズの上で鰹節が踊り、香ばしく焼けた豚バラ肉の横でソースがジュージューと音を立てている。途中経過はどうあれ、ちゃんと美味しそうなお好み焼きになっている。
 素材用にヒロトは焼き立てお好み焼きを静止画で保存しておいた。

「ん~~、お好み焼きのいい匂い!」

 このままでは焦げてしまうと、灰姫レラはホットプレートの電源を切る。

「では、さっそく食べてみましょう 行儀悪いけど、このままヘラで、ばくっといくのが美味しさの最後の秘訣です!」

 ヘラでお好み焼きの端っこを切って、口元に運ぶ。

「いただきます! はむっ、アチチっ! はふはふ! ふーふー……はふ」

 案の定、熱くてすぐには味わえない灰姫レラだが、吐息の臨場感が視聴者に『出来たて感』を強くイメージさせる。

「んっ、んん! 美味しいです! 豚肉がカリカリで! 生地もしっかり焼けてて! これぞお好み焼きって感じで!」

〈美味しそう〉〈豚玉いいよね〉〈ちょっと焼き過ぎ?〉〈硬いの?〉〈山芋は?〉〈あとでお好み焼きにしよう〉〈ふわとろじゃないの?〉〈山芋どこいったw〉

「そ、そうです! 山芋も入れました! えっと……端っこだったから! 真ん中の方なら」

 お好み焼きを大きく切って、今度は中心の方を食べる灰姫レラ。

「はふはふ、あちっ、はふー……ん、もぐもぐ……ふわとろ?のような? そこまでは……、で、でも美味しいです! 本当に!」

〈山芋ワザップだったな〉〈単純に焼き過ぎ〉〈でも美味しそう〉〈自分はしっかり硬いの好き〉〈山芋足りなかったか?〉〈玉子が多かったんじゃない〉

「美味しいからいいんです!!」

 コメントに弄られながらも、灰姫レラは楽しそうだ。
 この良い雰囲気のまま次のコーナーに進もうと、ヒロトは新しいカンペを出した。

「それでは、お好み焼きを食べながら、ハッシュタグでリスナーさんのお昼ごはんみていきますね」

 ヒロトはマウスを操作し、配信画面を実写メインからいつもの雑談配信スタイルへと戻した。



「あ~~、美味しかった!」

 ホットプレートの上にあったお好み焼きは、すっかり灰姫レラのお腹の中に収まっていた。

「配信を最後まで見てくれてありがとうございます。良かったら、チャンネル登録とフォロー、そして、オーディションへの投票、宜しくお願いします! おつデレラ~」

 エンディング画面に切り替わったところで、灰姫レラが慌てて声を出す。

「あ! 今日は夜の配信ありません! 明日の朝配信です!」

〈了解〉〈明日も見ます!〉〈おつデレラ〉〈楽しかったです〉〈いつものCパート助かる〉〈休めて偉い〉〈おつデレラ〉〈明日は寝坊しないでねw〉

 余韻を残してヒロトは配信を切る。少しだけ慌ただしくも、和やかなままランチタイム配信は無事に終わった。

「お疲れ様。7000人ぐらい見てたよ。寝坊効果だね」
「もうっ、それは言わない約束!」

 ヒロトの軽口に、香辻さんの方も合わせて大げさに首を振る。初の料理配信が成功したことで、自信を取り戻してくれたようだ。
 笑いながらヒロトはホットプレートを片付けようとする。

「あ、待ってください!」

 配信が終わって一息ついていた香辻さんが慌てて、ヒロトの手を止めた。

「まだお腹すいてた?」
「ち・が・う・か・ら! ひとを食いしん坊キャラみたいに言わないでください」

 心外だと腰に手を当てる香辻さん。

「あと一枚は河本くんの分」

 そう言った、香辻さんはホットプレートの電源をオンにして、キッチンペーパーで汚れを拭いはじめた。

「次は上手く焼けるはずなんです」

 生地の残っているボールを手にした香辻さんは、お好み焼きをもう一枚焼く準備を着々と進めようとしていた。
 ヒロトはちらりと時計を確認する。

(打ち上げの開始時間を考えると、早く片付けをして……)

 頭にプロデューサーとしての考えがよぎった。

「ありがとう。それじゃ、ごちそうしてもらおうかな」

 ヒロトは椅子を運んでくると、ホットプレートの前に座る。「決勝を見据えて、いまはリフレッシュしよう」と香辻さんに言ったのはヒロト自身だ。

(少しぐらいね)

 立ち止まる時間も悪くない。

「今度は絶対にふわとろにしちゃいます!」

 腕まくりした香辻さんは、生地から焼き始める。
 ヒロトは彼女がお好み焼きを作る手元を静かに眺め続ける。

「あ、河本くん笑った」
「そう?」
「豚肉じゃなくて、生地から焼き始めたのは、が、学習です! さっきは手順を間違えたわけじゃないから!」
「うん、ふわとろになるといいね。期待してる」

 ついさっき画面越しに見た光景のはずなのに、まるで初めて手品を見たかのように、ヒロトの心拍数は上がっていた。

####################################

オーディションも折り返し、初の寝坊配信をしてしまった灰姫レラ。
ヒロトの言葉で持ち直し、料理配信を成功させることが出来た。
夕方からは、ハイプロライブの打ち上げもあるようで――。

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