第3話

文字数 4,264文字

【前回までのあらすじ】
アオハルココロとの対決のために、
作曲家ブラックスミスに会いに行くヒロトと桐子。
親しげに話しかけるヒロトに対して、ブラックスミスは刺々しい態度をとる。

二人の間に一体何があったのか?
無事に楽曲を提供してもらえるのか?
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 作曲家ブラックスミス、本名も年齢も非公開。
 アオハルココロちゃんのデビュー楽曲を手がけたことで知られるようになった。王道のポップスから、実験的な電子サウンド、さらには演歌調の曲など幅広く手がけている。

 ただの『音』を鍛えることで『音楽』にすることから鍛冶師(ブラックスミス)と名乗っている【ウィキ調べ】

 桐子が何かで読んだインタビューでは、90年代の華やかで勢いのある曲が特に好きだと答えていた。
 最近はアオハルココロちゃんの楽曲は手がけていないけれど、国民的アイドルグループや人気歌手に楽曲を提供している。音楽賞にもノミネートされたこともある人気と実力の揃った作曲家だ。
 そんなブラックスミスが桐子の目の前(のVR空間)に立っている。

「はぁ~~、せっっかく仕事の息抜きに楽しくゲームをしてたのに、嫌な奴に会っちまった。公衆便所にスマホを落とした気分だ」

 凄い作曲家だけれど、とにかく口が悪かった。

「会ってしまったじゃなくて、僕たちはきみに会いに来たんだ」

 柳に風とばかりにヒロトは再会した旧知の暴言に眉一つ動かさない。

「かーー、分かってるよ。おまえのそういうとこがホントうっぜぇっての」

 腰を落としたスミスさんは、大昔のツッパリヤンキーみたいに河本くんを睨みつける。

「スミスはぶれないね」
「おまえの頑固さには負けるよ」

 嫌そうに首を振ったスミスさんは、桐子に胡散臭気な視線を向ける。

「で、そっちのフリフリは?」
「灰姫レラといいます。あ、えっと、好きなのは『BLOOM HARTS』と『エモートボム』と『仮想的学園生活』と『LOVE&狂熱』と、もちろん『青春黙示録』も大好きです!」

 何か言わないとダメだと焦った桐子は、オタク感丸出しで思いの丈をぶつけてしまう。

「よろしくおねがいします」

 桐子は全力でペコリとお辞儀をして、緊張と恥ずかしさを誤魔化そうとした。

「俺のファンを連れて来てなんの用件だ? サインでも欲しいってか?」

 ファンとは言っていないけれど、サインはちょっと欲しい。でもいきなり強請ったら失礼かな、なんて桐子が迷っているうちに河本くんが会話を進めていた。

「ちょっと話があるんだ」
「嫌だね。おまえの持ってくる『話』は大抵くだらねぇ」

 スミスさんは聞く気が無いと踵を返そうとするけれど、河本くんが素早く先回りして行く手を阻む。

「灰姫レラのために一曲作って欲しいんだ」
「だから、聞かないって言ってんだろ」

 河本くんの手を振り払ったスミスさんは、歩きながら操作パネルを表示してミュートを設定しようとする。

「スミスさんっ!」

 自分から言わなくてはと、桐子は思い切ってスミスさんのVRボディに手を伸ばす。

「いきなりの初対面で不躾だと思います」
「まったく、その通りだ。俺の平穏を妨害してるって理解できる脳みそがあるなら、とっとと消えやがれ」
「お願いします! 私たち、アオハルココロちゃんに勝たなくちゃいけないんです!」

 それまで頑なに直進し続けていたスミスさんが足を止める。

「勝つだ? 意味がわからねえな」
「私とアオハルココロちゃんでコラボ配信をするんです。そこでパフォーマンス対決をすることに決まったんです」
「洗濯機のモノマネでもしてろ。ブーンブーン、ガタゴトガタゴトってな」

 適当な事を言うスミスさんだったけれど、擬音のところがリズミカルだった。
 さすが作曲家だと桐子が感心していると、河本くんがスミスさんに詰め寄る。

「アオハルココロと戦うには、相応しい武器が必要なことぐらいスミスだって分かるだろ? ドラゴン相手にひのきの棒じゃ勝負にならない。灰姫レラにはドラゴンキラーが必要なんだ」
「だから音楽で勝負だって? それこそ1ミリも勝ち目がねえ。レベル1の踊り子がドラゴンキラーを装備したって、ドラゴンに勝てるわけないっての」

 スミスさんは呆れたように言って肩を竦めるけれど、河本くんは自信ありと胸を張っていた。

「きみは灰姫レラの可能性を知らない。僕は勝てない勝負だとは思ってないよ」

 河本くんの態度に、スミスさんは正気を疑うかのように深いため息をつく。

「誰だって無理なんだ。アレは……アオハルココロは俺らが生み出した化け物だ。人々の愛と絆と熱狂を喰らって肥大していくモンスター。倒すことはおろか、止めることさえできねえよ」
「止められるさ、灰姫レラならね」

 河本くんは即答する。桐子自身よりも『灰姫レラ』を信じているからこそ、真っ向から言えたのだろう。

(私は……河本くんを信じるだけ!)

 スミスさんに否定され続けても、横に河本くんがいるから以前のように自分を否定するような考えにはならなかった。

「この頼りないフリフリが?」

 鼻で笑うスミスさんに桐子は精一杯の虚勢を張る。

「私、精一杯がんばります! 河本くんが信じてくれたから、応えたいんです!」
「応えるね……」

 スミスさんは生贄の羊に向けるような哀れみの目を桐子に向ける。

「ヒロト、お前はいつもそうだ」

 トーンが一つ落ちた声は河本くんの名前を呼びながらも、桐子に向けられていた。

「そうやって虚言を弄して、ありもしない夢を見せる……」

 スミスさんは全てが偽りだと決めつける。
 河本くんは何も言わないけれど、桐子の方がカチンときていた。

「嘘とか……そんなこと河本くんは言いません!」

 桐子の反論を無視して、スミスさんは河本くんを正面から見つめる。

「アオハルココロが成功するまでに何人潰した? もう全部忘れたのか?」

 断罪の剣を振るうように厳しい口調でスミスさんは言った。

「5人だ……僕は名前も声も絶対に忘れない」

 答える河本くんの声は感情が抜けてしまったかのように冷たい。

(潰した? えっ、それってどういうこと……?)

 混乱する桐子を置いてきぼりにして、スミスさんは話を続ける。

「俺は騙されねえ、おまえのやり方は散々知ってるからな。胡散臭いお願いも聞かないし、馬鹿みたいに丸め込まれて協力もしない」

 きっぱりと言ってスミスさんは去っていく。今度は河本くんも止めない。ただ納得するかのように背中を見つめるだけだった。

「ま、待って下さい!」

 追いかけようとした桐子は、とっさにVRコントローラーのタッチパッドを押してしまう。
 右手に握っていた銃が火を噴き、見事にスミスさんの腹にクリティカルヒット! 頭上に出現した体力バーがごっそりと減る。

「あっ……」
「撃ちやがったな、フリフリ!」

 文字通り足止めには成功したけれど、スミスさんは激怒状態だ。

「ご、ごめんなさい! でも」
「でも、くそも、あるか! 俺はもう話をする気は無いって言ってんだろ! それとも俺とサシで殺り合いたいってか?」

 スミスさんは背負った大刀の柄に手をかける。叩きつけられる怒りに足が震えてしまう。

(私は逃げないから!)

 桐子は二本の脚で踏ん張って、怒りの嵐に立ち向かっていく。

「灰姫レラに曲を作って下さい! お願いします!」
「嫌だって言ってんだろ、あんまりしつこいとマジでPKかますぞ」

 脅しではないとスミスさんは刀を抜き、刃を桐子の首筋に押し当てる。殺気とともに突きつけられた刃に、頭ではVRだと分かっていても、身体は冷たさを感じてしまう。

「こ、この勝負に負けると……河本くんがアオハルココロちゃんに引き抜かれちゃうんです! もう一度彼女のプロデュースするって約束なんです!」
「香辻さん!」

 桐子の叫びに、しまったとでも言うように河本くんは顔をしかめた。

「ヒロトが? もう一度アオハルココロと?」

 そんな背景は予想していなかったのだろう、桐子が突きつけた事実にスミスは考えるように少し首をひねる。

「クハッ! ハハハハハッ!」

 そして、もう一度ヒロトの方を見てから馬鹿笑いを始めた。

「アーーーハッハッハッ! 最高のジョークだな! これ以上の嫌がらせも罪滅ぼしも無いってぐらいだ! アオハルココロにしては気の利いたことしやがるぜ!」

 ひとしきり笑った後、スミスは急に真面目な表情と声に戻る。

「それなら尚更だ。負けて惨めに地面を這いつくばれよ、ヒロト。それがお前と、そっちのフリフリのためだ」

 言い捨てたスミスさんのアバターが、光の粒子になって消えた。完全にログアウトしたのだろう、メンバーリストからも消えていた。

「あの……河本くん……」

 自分から声をかけたけれど、その後の言葉が続かない。

「しょうがない、僕はロクデナシなしだからね」

 諦めを滲ませ自嘲した河本くんは、大仰に肩を竦めてみせた。
 桐子にはなんて言えばいいのか分からなかった。

(私、河本くんのこと何も知らないんだ……)

 現実世界でもVRワールドでも、横にいるはずの河本くんをとても遠くに感じる。
 子供の頃にいつも感じていた、自分だけが大人たちの世界から弾かれているような疎外感に胸が酷くざわついた。

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ブラックスミスに楽曲提供を
すげなく断られてしまったヒロトと桐子。

果たして無事に灰姫レラの楽曲は誕生するのか?

『お気に入り』や『いいね』『感想』等ありましたら是非お願いします!

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