【クソザコシンデレラ】歌ってみた!

文字数 6,375文字

〈うぉおおおおお!〉〈最高でした!〉〈マジかっこよすぎ!〉〈すき〉〈これは泣いた〉〈映画はよ!〉〈早起きしてよかった!〉〈よかったです〉〈綺麗な歌声〉〈アオハルココロぉおおお〉〈アンコール〉〈これは勝てんだろ〉〈マギサマキア映画たのしみです〉〈素晴らしすぎ〉〈楽曲配信はよ!〉〈最高!〉〈感動した!〉

 一瞬で百を超えるコメントが流れては消えていく。それも瞬く流れ星ではなく、絶え間なく光を注ぐ太陽のように、賛美のコメントは終わらない。
 新曲発表の噂を聞きつけたのだろう、パフォーマンスが終わるまでにさらに10万人以上も視聴者が増え、130万人を越えようとしていた。

「これがアオハルココロの本気ステージ……」

 画面に釘付けだった紅葉が、金縛りから解かれたように生唾を飲み込む。形は違えど魅せることを意識するフィギュア選手として、思うところがあるようだ。

「流石にやりやがる。デュエットで盛り上げた観客の感情の波を完全にもっていきやがった」

 スミスさんは忌々しげに舌打ちをし、手のひらに拳を打ち合わせる。

「もう一度、凪いだ心の海に嵐を巻き起こさないと……」

 難しい表情の河本くんの言葉に、秘密基地は沈黙に包まれてしまう。
 モニタの中ではアオハルココロちゃんは力強く手を振り、軽いアフタートークで視聴者に応えている。コメント欄も〈優勝〉や〈完全にエンディング〉など満足した感想で溢れていた。
 圧巻のパフォーマンスだったとしかいえない。ファンとしての桐子はアオハルココロちゃんがもっと好きになってしまったし、なんなら他の人達と一緒にコメントをして、心からアオハルココロちゃんを讃えたかった。
 でもそれはできない。
 もっともっと大きな想いが、今にも胸から飛び出そうとしているからだ。

「香辻さん?」

 息苦しい沈黙の中で問いかけるように河本くんは、黙り込んでいた桐子を見る。

「大丈夫です」

 桐子は河本くんの目を正面から見つめる。

「私、なんだかやれる気がします。あっ、根拠とか全然ないですけど、やる気だけは溢れちゃって爆発しそうなんです!」

 一緒に歌った時はついていくので精一杯だったのに、アオハルココロちゃんの歌を聞いて自分の順番を前にしたら、もう吹っ切れた。

「後先考えずに突っ走るのが私なんだって、分かったような……これまでもそうしてきたし、これからもっ! あ、なに言ってるのかよく分からないですよね」
「分かるよ。香辻さんは、そうやって暴走気味な時が一番輝いてる」

 河本くんがフッと笑うと、変なふうに張り詰めていた空気が綻ぶ。

「頑張って、お姉ちゃん!」
「やっちまえフリフリ!」

 紅葉とスミスさんが一緒になって、桐子の背中を力強く押す。

「世界中に灰姫レラを見せつけてやろう!」
「はいっ!」

 力いっぱい全力で返事をした桐子は、HMDのバイザーをかぶり直す。
 VR空間ではちょうどトークを終えたアオハルココロちゃんがステージから降りていくところだった。
 すれ違うアオハルココロちゃんは何も言わない。
 まだ勝負はついていないと、彼女も思っているのだ。
 ステージからは沢山の視聴者アバターが見える。
 表情こそ分からないけれど、アオハルココロちゃんがステージから消えて不満そう――ちょっと前までの自分だったら、そんな風に妄想して勝手に萎縮してしまっただろう。

 でも、今は違う。

 河本くん、スミスさん、紅葉、それにアオハルココロちゃんが見ていてくれる。

「私と私を応援してくれるみんなで作った曲――」

 声に照明が消え、周囲は完全な暗闇に包まれる。

「灰姫レラ、【クソザコシンデレラ】歌います!」


 ☆♪☆♪☆【クソザコシンデレラ】☆♪☆♪☆


 透き通ったシンセサイザーの音が、
 闇の中に黒髪の女の子を浮かび上がらせる。
 顔立ちは灰姫レラだけれど、ドレスも着ていなければ、髪の毛も肩までの長さで飾り気もない。
 パッとしないジャージを着たボサッとした黒髪の女の子だ。
 立っているのもステージではなく、狭い部屋の中だ。ベッドの横には机があって、その上にはパソコンが置いてある。


 小さな部屋にずっと引きこもって

 どこにもいけないと思ってた

 鏡に映った姿も見れないで

 何にもなれないと諦めてた


 降り積もる雪のように澄んだ歌声は、裏方に徹したシンセサイザーと相まってアカペラのように届いてくる。
 女の子は部屋の扉に手をかけるが開かない。すぐに諦めてパソコンのキーボードにそっと触れる。
 モニタがぼんやりと光り、シルエットが映し出された。
 ショートカットにハートの髪留め、薔薇をあしらったリボンのセーラー服、みんなが知っている『あの人』だ。


 小さな窓から見える彼女に

 気づいて欲しいと思ってた

 どうせ自分なんてと卑下して

 何も言わずに諦めてた


 モニタの中に羨望の眼差しを向ける女の子。
 その後ろで何かが動いた。
 とんがり帽子を被った兎のヌイグルミだ。


 ぐるぐる迷宮の毎日

 見ていた魔法使いが呪文を唱えた

 ミライの扉を開く不思議な呪文


 兎のヌイグルミが魔法の杖を一振り。
 すると女の子がモニタの中に吸い込まれる。
 そこは虹がかかる広い空の上だった。
 風をきって落ちていく女の子の身体が光り輝く。
 ダサいジャージが可愛いドレスに、
 ボサボサのショートヘアがキラキラのロングヘアに、
 そして、ぶかぶかのスリッパがガラスの靴に。


 クソザコだっていい
 やってみたほうがいい

 クソザコだっていい
 はなしてみたほうがいい

 失敗してもいい
 間違ってもいい
 転んだところがスタートライン


 落ちた灰姫レラを受け止めたのは、かぼちゃ色のアメリカンなオープンカーだ。
 運転席には黒いコートの男がエレキギターを手にふんぞり返っていた。
 灰姫レラがお城を指すと、男はピックでギターを掻き鳴らす。

 間奏の豪快なギターサウンドともにオープンカーは、土煙を巻き上げて爆走、山も川も街も越えていく。
 夜の帳が下り、お城が迫る。
 オープンカーは閉じたままの城門をぶち破ったところで急停止。
 後部座席の灰姫レラはスポンと放り出され、バルコニーを越えてお城の広間に飛び込んでいく。


 ドレスとガラスの靴をもらって

 お城の舞踏会に飛び込んだ

 上手く踊れないと落ち込んでたら

 彼女がダンスに誘ってくれた


 お尻から着地した灰姫レラはぺたんと座り込む。
 セレブな出席者に盛大な楽団、豪華な料理、宝石を散りばめたような世界に不安になっていると、そっと手が伸びる。
 アオハルココロが灰姫レラの手をとり、踊り出す。


 聞いたこともないような歌に

 精一杯リズムをあわせた

 見たこともないようなステップに

 必死に身体を動かした


 ステップにターン、時にはジャンプやスピン、そしてリフト。
 氷上を滑るような、優美でいて激しいダンスだ。
 完璧に踊るアオハルココロにリードされながら、
 灰姫レラも懸命についていく。


 きらきら舞踏会の夜

 優しい魔法使いの言葉を思い出す

 ココロおどるケツイの言葉


 二人のダンスは広間を飛び出し、夜空へと舞い上がる。
 星々と城塔を背景に、心弾む踊りは続く。
 その影で時計塔の針が動いていた。


 クソザコだっていい
 歌ってみたほうがいい

 クソザコだっていい
 踊ってみたほうがいい

 失敗してもいい
 間違ってもいい
 転んだところがスタートライン


 二人のダンスがクライマックスを迎えた時だ。
 時計塔の鐘が12時を告げる。
 掴んだ手からアオハルココロが消えていく。
 魔法を失った灰姫レラは暗闇へと落ちていく。
 鐘が鳴り止むと、光も音もなくなっていた。
 ただ歌声だけが聞こえてくる。


 燦々日々の終わり

 魔法が解けて夢から醒めて

 小さな部屋の小さなベッド


 明かりが戻ると、そこは元の狭い部屋だった。
 ダサいジャージ姿の女の子が一人立っているだけだ。
 兎のヌイグルミは動かないし、セーラー服の彼女もいない。
 栄光はまぼろし、
 全ては泡沫と消え――。


 ……でも大丈夫

 魔法使いが勇気をくれた

 彼女が憧れをくれた


 女の子は部屋にあるただ一つの扉に近づき、そっと手で押す。


 部屋の鍵は最初から開いていたんだ


 狭い部屋の扉の外は、学校の屋上に繋がっていた。
 屋上の縁まで走った女の子は、勢いよくジャンプする。


 綺麗なドレスが無くても

 かぼちゃの馬車が来なくても

 ガラスの靴が砕け散っても

 ここが私のスタートライン!


 飛び降りた女の子が変身していく。
 風になびく髪が長く伸び、輝く色に。
 脱げてしまったスリッパから、清楚なソックスと革靴に。
 そして、ジャージからセーラー服に。

 着地した灰姫レラが振り向く。
 アオハルココロが〈ラストライブ〉をした校舎があった。


 クソザコだっていい
 楽しんでみたほうがいい

 クソザコだっていい
 頑張ってみたほうがいい

 転んだって もう一度立って
 涙を拭いて もう一度立って
 そこが私のスタートライン!


 セーラー服の灰姫レラが歌って踊る。
 お城の舞踏会でアオハルココロが魅せたダンスを、
 今度は灰姫レラが全力で、堂々と踊っていた。


 クソザコだっていい
 クソザコだって夢見ていい!

 クソザコだっていい
 きっと誰かが見ていてくれるから!

 クソザコだっていい
 もう一度立って歩き出そう!


 大きく息を吸って――

『クソザコだってシンデレになってみせるから!』

 灰姫レラは祈りを叫んだ。

 ☆♪☆♪☆♪☆♪☆♪☆♪

                  
                  

 雄弁な沈黙の後、コメント欄が数多の感情で爆発した。
 瞬きの間に膨大な数のコメントが流れていく。まるで大量のエネルギーを吹き出す超新星爆発のようだ。
 灰姫レラの歌とダンス、そのパフォーマンスに揺さぶられた感情を誰もが発散せずにはいられなかったのだ。
 ステージに戻った桐子は、アバターの観客と配信を見ている視聴者に一礼する。
 荒い呼吸のまま顔をあげると、すぐ横にアオハルココロちゃんが立っていた。演出に登場した偽物ではなく、対戦相手で本物のアオハルココロちゃんだ。
 一瞬視線を交わしただけで、二人とも何も言わない。
 全てを出し切った二人に言葉は不要だった。

『二人の熱いパフォーマンスが終わりました!』

 天の声とともに、VR空間に二本のゲージが出現する。
 青い方にはアオハルココロ、白い方には灰姫レラの名前が書いてある。単位時間あたりのコメント数を可視化したものだ。

『総コメント数は……なんと1000万オーバー!』

 ドラムロールとともに、最初は小指の先ほどだった二本のゲージがぐんぐん伸びていく。

『瞬間最大コメント数は実に23万!』

 青と白のゲージは際どいところで競っている。
 高まるドラムロールにあわせ、焦らすようにゲージの伸びが小さくなるが、二本ともまだ止まらない。

『バチバチのVバトル……その結果はこちら!』

 ゲージの伸びがほぼ同時に止まる。
 肉眼ではその差は確認できないけれど――。

「あっ……」
「ふぅ……」

 灰姫レラの驚きとアオハルココロの吐息が重なる。

 WINの王冠は白いゲージの上に輝いていた。

『勝者、灰姫レラーーー!』
 天の声が伸ばすコールにクラッカーの爆ぜる音が重なり、ステージを彩る紙吹雪が舞い散っていく。
 17077対17091
 僅差の決着だった。

「あーあ、負けちゃった」

 結果を見上げるアオハルココロちゃんは、スッキリとした顔をしていた。

「わ、わた、し……あう、あ……」

 なにか言わなくちゃと思っても、顎がガクガクと震えてしまう。

「おめでと、灰姫レラちゃん」

 そう言ってアオハルココロちゃんは手を差し出す。
 なにを言ってるのか分からなくて、その手と顔を何度も見比べていると、アオハルココロちゃんはフッと笑う。

「敗者と握手はしない主義?」
「ち、違います!」

 桐子は慌てて自分の手を重ねた。VR空間のアバターに触れた感触はないはずだけれど、アオハルココロちゃんの汗と熱が伝わって来るような気がした。

『これは驚きです! 大方の予想を覆した結果でしたね! コメント欄も大荒れのアレ!』

 天の声に目を向けると、絶賛するコメントに混じって〈卑怯だ!〉や〈パクリ!〉、あるいは言葉にするのも憚れる暴言もあった。
 胸の奥が詰まる。
 間違ってないと思って、みんなで頑張ってきたことを――

「ばっっっっっかじゃない!」

 桐子がなにか言う前に、アオハルココロちゃんが吠えていた。

「わたしの3Dモデルを使ったからってなに? ただの演出でしょ? 中身がわたしじゃないなら、アレはただのデータ! しかもアレ、旧式モデル。まさか見分けつかなかったの?」

 煽るように言ったアオハルココロちゃんは、さらに親指を下に向けて舌まで突き出す。
 威勢のいい暴挙にコメント欄を荒らしていた有象無象も黙るしかなかった。

「それに誰がどう見ても、この配信を1番盛り上げたのは灰姫レラちゃんでしょ! 彼女が本気で戦ってくれたから、わたしも120%の力を出せた! 文句があるなら、とっとと低評価を押して帰れ!」

 息巻くアオハルココロちゃんの背中がかっこよすぎて、桐子はもう我慢できなかった。

「アオハルココロちゃん……うぅっ、うわぁああああん」

 堪えていた涙が溢れ、声を出して泣いてしまった。
 どんな結果になっても泣かないと決めていたのに、我慢できなかった。

「おー、よしよし」

 アオハルココロちゃんは、ガチ泣きしてしまった桐子の頭を、優しく擦る。

「だいずぎでずぅううう」
「わたしも灰姫レラちゃんのこと好き。負けたけど、とっても楽しかった」
「えっぐ、わ、わだじもぉ、た、たのしがっだぁああ」

 憧れの人に好きだと言ってもらえた嬉しさに耐えきれず、桐子はその場にへたり込んでしまう。

『いい所ですが、終了のお時間がやってまいりました』

 空気を読まずに締めに入る天の声だけれど、仕方ない。売れっ子のアオハルココロちゃんのスケジュールは詰まっている。

「みんな、今日は配信を見てくれて本当にありがとう!」
「ありがどうございまずぅ!」

 手を振るアオハルココロと一緒に、桐子もヘロヘロと手を振り回す。

「わたしのチャンネルと灰姫レラちゃんのチャンネル、両方とも登録してね、お願い!」
「おねがいしまずぅう」

 溢れた感情がまったく整理できなくて、桐子はただ同じ言葉を繰り返すだけになっていた。

「本当にありがとう、灰姫レラちゃん!」

 アオハルココロちゃんが桐子だけに微笑む。

「はい、ありがどうございましだぁあああ」

 生きててよかった。
 心から思える瞬間は人生にそう何度もないと思う。
 その一回を桐子は胸いっぱいに吸い込む。

 配信が完全に切れるまで、ずっと泣き声が流れ続けていた。
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