#10【専門家に聞いてみた】Vチューバーにとって大切なこと (3)
文字数 12,529文字
【前回までのあらすじ】
妹の紅葉と話をして、
『課題』だけでなくお互いのわだかまりも解けた桐子。
そこにアオハルココロからの電話がかかってきて――。
1話目はここから!
https://novel.daysneo.com/works/episode/bf2661ca271607aea3356fe1344a2d5f.html
####################################
『はい、アオハルココロです!』
電話越しの喋り方はわざとらしくお行儀が良かった。ファンがN●K用と呼んでいるその声に、桐子は現実に通話しているのかとスマホの画面を確かめてしまった。
『そちらは、どなたですか?』
「は、はい! かっ、かつっ! じゃなくて、灰姫レラです!」
『あはっ、もちろん知ってる』
からかう声はアオハルココロちゃんの普段の雰囲気になっていた。
「ドドドド、どうして? 私のスマホに?」
『ヒロトから電話があった。レラちゃんが悩んでるから、相談にのってあげて欲しいって』
「そんな大それた事を河本くんが?!」
全く予想もしていなかったフォローに、桐子の声も上ずってしまう。嬉しさと恐れ多さと、申し訳無さで、スマホを握る手が震えていた。
『ホント失礼しちゃう。自分が捨てた女に、今の女の事を頼むって、なに考えてるんだって。ネットに流したら、大炎上間違いなしでしょ』
「あ……す、すみません、としか……私からは……」
あまりにも気まずすぎる状況だと今更きづいた桐子は、スマホを耳から遠ざけずにはいられなかった。
『なーんてね、面白そうな話だからワタシからすぐ飛びついちゃったんだけど』
「それなら、嬉しいです」
アオハルココロちゃんが楽しそうにしてくれるなら、自分のちっぽけな悩みなんて、いくらでも献上できる。
『だって、ワタシが冷たく断るより。優しい先輩としてレラちゃんの相談にのった方が、ヒロトは絶対に嫌な顔するもの。ふふッ』
河本くんのその表情が想像したのだろうアオハルココロちゃんは、意地の悪そうな笑い声を漏らす。
「なんとなく、分かります」
『でしょっ!』
同意する桐子に、アオハルココロちゃんも機嫌が良さそうにしていた。
『それでレラちゃんは――』
話を進めようかという所で、インターホンの呼び鈴がリビングに鳴り響いた。
『ピンポーンって、来客かな?』
電話越しにも聞こえたようだ。アオハルココロちゃんが話を途中で止めて尋ねる。
「あ、わたしが出る!」
気を使った紅葉がすぐにインターホンに出てくれた。
「はい、どちら様でしょうか。あ、すぐ行きます」
紅葉は相手の返事を聞くとすぐに、テーブルの上の5000円を掴んで玄関へ向かった。どうやら宅配ピザが予定より早く届いてしまったようだ。
『今の声って?』
「妹です」
『レラちゃんって妹いたんだ。たしか、wikiには一人っ子だって書いてあったけど』
「あっ! あの、その、か、隠し妹です!」
やってしまったと桐子はしどろもどろに答える。
コラボと称して実際の家族が配信や動画に登場するVチューバーもいる。リスナーやファンとしても、普段の姿や過去の逸話などを知れるから、人気のあるコンテンツだ。
しかし、桐子と紅葉の場合はそうはいかない。紅葉はテレビにも出る超有名人だから、リスナーさんに『フィギュアスケーターの香辻紅葉』だと気づかれてしまう可能性がある。紅葉本人は気にしないと言うかも知れないけれど、家族に迷惑がかかることだけは絶対にしたくなかった。
『隠しキャラなら秘密にしとかないとね。誰にもいわないから安心して』
「ありがとうございます!」
桐子の動揺を汲んでくれたのか、アオハルココロちゃんは優しい声で保証してくれた。
「ピザきたよー!」
姉の心配などつゆ知らず、紅葉が軽やかな足取りで戻ってくる。平たい箱の上に載せた袋が楽しげに揺れていた。
『これからご飯だったんだ。掛けなおそうか?』
「あ、大丈夫です!」
忙しいアオハルココロちゃんを待たせるわけにはいかないと、桐子は声を張る。
『でも、ピザはアツアツで食べないと美味しくないし……そうだ! 一緒にご飯食べよっか』
「うちに来るんですか?! まさか、もう家の前に!?」
『あははっ、ホラーじゃないんだから』
笑われてしまった紅葉は、照れを隠すように小さな声で「ですよね」と言って頷く。
『VRワールドで一緒にごはん』
「なるほどです。ちょっと待ってください」
桐子はスマホから口を離して、紅葉の方を見る。
「アオハルココロちゃんに、VRご飯しようって誘われちゃった」
「気にしないでいいよ。わたしはテレビの続き見てるからー」
答える前から紅葉はピザをお皿に移し替え、コーラと一緒にテレビの前へと運んでいた。
『決まりね。ディナーの準備ができたら、招待を送るから』
「はい!」
通話を切った桐子は即座に自室へ駆け込むと、突き指しそうな勢いでパソコンの電源をオンにした。パソコンが立ち上がるまでの時間を利用して、リビングからピザと飲み物をとってくる。
パソコンだけでもVRワールドには入れる。いつものスタジオのようにHMDや全身をトラッキングする機器が無いので、出来ることが制限されてしまうけれど、画面越しで一緒にご飯を食べるぐらいなら十分だ。
マイクのセットをしてる間に、アオハルココロちゃんから招待が来ていた。待たせてはいけないと、各種チューニングもせずにさっそくログインする。
チリンというドアベルの音と共に、暗闇の中で木製の扉が開く。飛び立つ蒼い蝶と入れ違いに、灰姫レラは中へと入っていく。
そこは夜の喫茶店だった。
落ち着いた店内にはレコードプレイヤーからだろう、ノイズ混じりのジャズが流れている。小さな黒板には今日のオススメが書かれ、バーカウンターの後ろの棚には、琥珀色や濃い薔薇色、翡翠色や銀色の液体に満たされたポーションボトルが並んでいる。綿毛のようなふわふわとした灯りが浮いていて、店内を柔らかく照らしていた。
エルフや悪魔といったファンタジー世界の住人が集うような、神秘的な雰囲気のお店だ。灰姫レラのドレスは雰囲気に合っていた。
辛いものを食べ過ぎて唇が腫れてしまったペンギンみたいな使い魔に、テーブルへと案内される。そこには異世界転生したみたいに場違いなセーラー服の少女が椅子に座り、来客を待っていた。
「来てくれてありがとう、灰姫レラちゃん」
「こ、こちらこそ光栄ですっ!」
モニタの前でお辞儀をする桐子だったが、画面の中の灰姫レラは目をつぶるだけのアクションしかしない。
「大人っぽいお店で、すこし緊張しちゃいます」
アオハルココロちゃんの配信で見たことのない場所だ。プライベートで使っているワールドなのかも知れない。
「ディナーにはぴったりの雰囲気でしょ。そうそう、レラちゃんのお陰で、夜ご飯のこと思い出せて良かった」
「やっぱり忙しいんですか?」
「んー、今日はPVの撮影でスタジオにこもってたから時間感覚がトンでた」
そう言ってアオハルココロちゃんはダンスの振り付けっぽく腕を動かしてみせる。どうやら撮影用のトラッキング装置をつけたままのようだ。
「どんなピザ頼んだの?」
「チーズたっぷりピザです」
「ツイッターでキャンペーンやってるやつか、いいね。ワタシはスタッフさんが用意してくれたお弁当」
そう言いながら、アオハルココロちゃんはテーブルの上で見えない箱の蓋を持ち上げてみせる。さすがにお弁当箱やピザのオブジェクトは用意されていないので、お互いにパントマイム状態だ。
「早くバーチャルで味も匂いも感触も、全部が届けられるようになればイイのに」
「出来たら便利ですね。魔法みたいで」
「もう少し先の未来で、ワタシたちの知覚が拡張されたら、そんな幻想が現実になってるかも」
まだ見ぬ風景に憧れるようにアオハルココロちゃんは目を細める。
「でも、今は言葉を尽くして伝えるしか無い。というわけで、第一回チキチキ『食レポチャレンジ』いってみよっか♪」
「いきなりすぎではっ?! 私、食レポなんてしたことないんですけど……」
「だったら良い機会ってことで。はい、スタート!」
「えっえっえっ、それじゃあ、あの、ピザを食べます!」
お皿に載っている一切れを手に取り、そっと口に運び――。
「ストーーップ!」
「ふぇあっ?!」
慌てて閉じた唇にピザがぶつかって、生地がブニュッと曲がってしまう。
「まずはどんなピザか説明しないと、リスナーさんに伝わらないよ」
「あ、はい! イカとエビの上にチーズが沢山かかってます」
「シーフードピザね。ワタシも好き」
「それじゃ、食べてみます……あむっ」
ピースの先から一口かじる。温かいチーズが口の中にとろっと広がる。これぞピザの醍醐味というチーズ感だ。
「んんん! 美味しいです!」
「どれぐらい?」
「すっ、すごくです! コンビニのピザパンの10倍ぐらい?美味しいです」
「素材とか具体的なワードを使って説明ッ!」
「エビがプリッとしてます! むぐむぐ、あとはイカがゴロッとしてます!」
「詩的な表現で!」
「詩ぃ? えっと、えっと、く、口の中が海です! チーズとイカとエビがもぐもぐになって、すごくチーズの海です! あっ、もちろん生地も美味しいです! 生地の大地を感じます!」
「あははッ、レラちゃんいい感じ! そのまま続けて」
自分でも何を言っているか分からなくなってしまったけれど、アオハルココロちゃんは楽しそうだ。
一切れ食べ終わったところで、桐子は飲み物の入ったコップに手を伸ばす。
「お茶を飲みます! ごくごく……お茶を飲みました!」
「報告は大事!」
「では、二ピース目を食べますッ!」
「健啖!」
餅つきみたいリズミカルな合いの手にのせられ、桐子のピザも止まらない。
照り焼きチキンの甘辛いピザを「煎餅みたいな味」と評し、サイドメニューのチキンナゲットを食べている時にむせてしまい、食レポとしては散々だけれど、アオハルココロちゃんは楽しんでくれているようだった。
そして、お皿のピザもいつの間にか消えてしまっていた。
「最後はすごくピザっぽいペパロニでしたぁ」
普段の2倍ぐらいのスピードでピザ3ピースを平らげ、食べ疲れてしまった。
「口がチーズチーズです。最後にお茶を飲みます。ごくごく……ごく……はぁ」
一息ついても、まだ口の中にチーズのコクが居座っているような感覚があった。
「美味しかったです。ごちそうさまでした」
「はぁ~、面白かった! レラちゃんのわんこピザが聞けて最高! 食レポ自体も初々しくてカワイイかった♪」
上機嫌なアオハルココロちゃんがいいねと親指を立てる。
「あうぅ……それはアオハルココロちゃんが急かすから」
「ごちそうさまでした」
恥ずかしがる灰姫レラの反応をからかうように、アオハルココロちゃんは手を合わせてお辞儀をした。
「あっ、私ばっかり食べてて、アオハルココロちゃんのお弁当、全然減ってませんよね」
「うん、笑っちゃって食べる暇なかった」
「だ、だったら、食レポの見本をお願いしちゃったり……ダメ、ですか?」
「イイよ♪」
あっさり頷くアオハルココロちゃんに、桐子の方が驚いてしまう。
食べてみたや食レポ系は人気コンテンツだけれど、アオハルココロちゃんはメジャーデビューしてからその手の動画や配信はやっていなかったはずだ。
まさかプライベートで見れるとは思わなかった桐子は、歯の擦れる音も聞き逃さまいとヘッドホンの音量を上げた。
「それじゃ、今日はコンビニの『幕の内弁当』を食べていきたいと思います」
雰囲気を変えたアオハルココロちゃんの声は、雑談の時と違い1音1音がはっきりと耳の奥まで届いてくる。特別なマイクは使って無いはずなのに、まるで声が立体的に聞こえるようだ。
「幕の内弁当の由来は知ってる? 諸説あるけど、もともとは舞台の合間、つまり幕の内に食べるお弁当ってことで名前がついたの。ちょうど、今みたいな状況ね」
意味深な笑顔で語りかけながら、アオハルココロちゃんはお弁当の蓋を開ける。
「皆からは見えないからバーチャルお弁当の中を説明すると、半分が俵型のお米さんで、焼き鮭に卵焼き、カニカマとエビフライと煮物とおひたし。うんうん、欲しいトコロを確実に押さえた定番曲のような安心感」
見えない箸を手に取り構えるアオハルココロちゃんの所作は、まるで舞踊家が扇子を扱うように美しかった。
「いただきます。まずはみんな大好き卵焼きから……ぱくっ」
もぐもぐと二度目の咀嚼でアオハルココロちゃんの目が輝く。
「うんっ! ワタシの好きな硬めの焼き加減! 軟弱なふわとろ卵焼きにはない、白米に合う甘さとしょっぱさが、これこれって感じよね」
卵焼きを飲み込んだアオハルココロちゃんは、次に何かを崩すように箸を動かす。
「鮭の切り身がほろほろ。食べやすいように、骨もとってある。うんうん、これは白米と一緒じゃないとね。ほぐした鮭の身を、ご飯に乗っけて……ん~っ」
たまらないと鼻息が漏れ聞こえてくる。
「焼いた鮭の香ばしさ! 鮭と白米の最強コンビなんて我慢できるわけないよね」
鮭ご飯をもぐもぐと豪快に食べていくアオハルココロちゃんに、さっきピザを食べたばかりの桐子の腔内にもよだれが溢れ出す。
「焼き鮭の皮の部分も好きなんだよね。パリパリの食感と鮭の旨味たっぷりの脂がたまらない」
視線を落としたアオハルココロちゃんは細かく箸を動かす。焼き鮭の皮を剥がしている姿がありありと見えてくる。
「うん、カニカマもいい味だしてる。鮭の合間に食べて、ちょっとした海鮮丼気分♪」
さらにエビフライやおひたしと、アオハルココロちゃんは順番に食レポしていく。大きく口を開けて、どれも美味しそうに食べるから、お弁当の白米がものすごい速度で減っていくのが見えるようだった。
「最後にとっておいた煮豆をぱくりと……ん~、わたあめみたいに甘さと一緒にほろほろ溶けてく。これはレベル高い!」
アオハルココロちゃんはお豆を一粒ずつ丁寧に箸で食べ終わると、横に手を伸ばす。
「いま飲んでるのは、ワタシがタイアップしてる信州成右衛門さんの青りんごジュース。キリッとした甘い飲み口が、食事にもデザートにも!」
宣伝も欠かさないプロの姿勢に、桐子はただただ感心するばかりだった。
「ぷはぁー……まさに美味でした♪」
終わりかと思った桐子が拍手しようとするが、アオハルココロちゃんはまだ何かを手にとっていた。
「差し入れで頂いた生チョコトリュフも食べちゃっていいよね♪」
ニカッと笑う愛らしい彼女を誰が止められるだろうか。桐子はどうぞどうぞと言うように、激しく頷いていた。
「ん~、箱を開けただけでいい匂いがする。チョコだけじゃなくて、ラム酒かな? ダメダメ、お腹いっぱいなのによだれが止まらない!」
我慢できないとアオハルココロちゃんは、ぱくっとチョコを口に放り込む。
「んんんん!」
幸せいっぱいの表情からは、チョコが溶ける音が聞こえてきそうだ。
「チョコじゃくてワタシの頬が溶けちゃう! ミルクチョコの甘さの中から、ラム酒の香りがふわっと広がって! これは女の子がみ~んな幸せになる味だ」
アオハルココロちゃんは、そのまま2つ目、3つ目をパクパクと食べ、そのたびに権威ある学者みたいに神妙に頷いていた。
「ごちそうさまでした。お弁当もチョコも、りんごジュースも美味しかった」
両手でお腹をさすったアオハルココロちゃんは顔を上げて、灰姫レラの方を見る。
「どうだった、ワタシの食レポは」
「全てが大好きです! もうなんというか、耳が幸福すぎました!」
興奮気味に答えた桐子は、余韻を閉じ込めるようにヘッドホンの音量を元に戻した。
「ありがとう。レラちゃんがうっとり見ててくれてたから、上手く出来ちゃった。久しぶりのぎこちなさも、すぐにどっかいっちゃったみたい」
本人的には引っかる所があったのかも知れないけれど、桐子には何一つ分からなかった。
「アオハルココロちゃんは凄いです。歌もダンスも出来て、トークも面白くて、それに食レポも上手くて……」
思わず出てしまった声は自分でも分かるくらいに弱気なトーンだった。
「なるほど、灰姫レラちゃんの悩みってその類(たぐい)でしょ」
名探偵が犯人を示すみたいに、アオハルココロちゃんは人差し指をビシッと灰姫レラの胸に向かって突きつける。
アオハルココロちゃんは何でもお見通しだった。他の人に指摘されたら恥ずかしかったり、気まずかったりしたと思う。だけど、アオハルココロちゃんに言われるのは、私のことを分かってもらえてるようで嬉しかった。
「そうなんです。最近、色々と悩んでしまって」
素直に認めた桐子は、期待を込めた視線を我慢できなかった。
「ワタシで力になれることなら何でも言って頂戴」
「じゃ、じゃあ! 質問してもいいですか?」
「なんなりと、プリンセス」
わざとらしくダンディに言ったアオハルココロちゃんは、大仰しく右手を引き寄せる。
「教えて下さい、Vチューバーにとって大切なことって何ですか?」
神様に祈るみたいに、自然とその言葉が桐子の口から出ていった。
「もちろんそれは…………」
真剣な表情のアオハルココロちゃんは、灰姫レラを勿体つけるように見つめる。
「そ、それは…………ゴクリ」
耐えきれずに生唾を飲み込んだ音が大きく聞こえてしまう。
「ケンコウ♪」
答えたアオハルココロちゃんはフフッと相貌を崩す。
「ケンコウって……健康? 家内安全健康祈願のケンコウですか?」
想像していなかった答えに、桐子は面食らってしまう。
「そう、健康が一番大事。風邪を引いたら配信ができないし、怪我をしたらスタジオに行くのも一苦労だし、ご飯も美味しく食べられなくなっちゃう。身体だけじゃなくて、心が風邪を引いても、楽しいことができないでしょ?」
「それは……はい」
桐子自身も経験のあることだから、理解も納得も出来る。
だけれど、アオハルココロちゃんの答えとは思えなかった。
「当たり前過ぎる?」
試すように小さく笑うアオハルココロちゃん。桐子の戸惑いが伝わってしまったようだ。
「えっと…………はい、です。健康が大事なのは、Vチューバーに限ったことじゃないと思ったので」
「ま、そういう反応になるよね」
アオハルココロちゃんは予想通りだと、気にした様子は無かった。
「それじゃあ、他の人達にも聞いてみようか」
「スタッフさんにですか?」
問いかけにアオハルココロちゃんは、今日一番の笑みで首を横に振る。
「コメントのみんなー、皆は何がVチューバーにとって大切だと思う?」
虚空への問いかけに、桐子は首をかしげる。
「コメント……?」
「みんな、ずっと見てたんだよね」
アオハルココロちゃんがピッと人差し指を振ると、黒板のメニューがかき消え、代わりに流れる文字が現れる。
〈レラちゃん、まだ気づいてない?〉
〈さすがにもう気づきそう〉
〈そろそろネタバラシっぽいいけど、もっと見てたいな〉
おなじみの配信コメントがものすごい勢いで流れていた。
「えっ?! ええええええっ!」
「ちゃっちゃら~~♪」
唖然とする灰姫レラの前で、アオハルココロちゃんがどこからともなく取り出したの看板を振る。
そこには『ドッキリ大成功!』と書かれていた。
「裏で『灰姫レラちゃんにドッキリしかけてみよう!』ってゲリラ配信してたの」
「全然気づきませんでした……」
アオハルココロちゃんの言動に変なところがあったのかもしれないけれど、桐子は全く気づかなかったし、そもそもVRご飯に誘われてすぐに準備に取り掛かったので、ツイッターもユーチューブの通知もチェックできていなかった。
「ということは……私の下手っぴな食レポも流れて……っ?!」
「大好評だったよ。こんなチーズ地獄を知らないとか、なぜピザを煎餅に例えるんだとか、リスナーのツッコミが追いつかないぐらい」
「ひあぁああああ……」
ニッコニコのアオハルココロちゃんの笑顔に、桐子は座っていた椅子から崩れ落ちた。
「なにかあった時のために、配信は2分の遅延を入れてたけど、その必要もなかったね」
「絶対に必要ありました!」
食レポに誘導してもらっていなければ、自分が何を話していたか分かったものではない。
「失言も秘密を喋っちゃったりもしなくて、偉い偉い♪」
よしよしとアオハルココロちゃんが灰姫レラの頭を撫でる。あのアオハルココロちゃんに褒められたという事実で、もう恥ずかしさも全部吹き飛んで、桐子の中は嬉しさで一杯になってしまう。
「ありがとうございます!」
「お礼はこっちのセリフ。ネタばらしまでちゃんと付き合ってくれてありがとう」
顔を見合わせた二人が笑っていると、コメントの遅延が先程の質問に追いつき始めていた。
「『皆はなにが大切だと思う?』の解答を見ていこうか」
アオハルココロちゃんが黒板を引っ張ると、そのまま拡大されてコメントが見やすくなった。
「なになに、『おもしろさ』『可愛さ』『運』『才能』『折れない心』『トーク力』『お金』『健康』『マイクとパソコン』『歌唱力』『物怖じしない』『LIVE2D』……『電気』や『空気』ってちょいちょい小学生いるねー」
楽しそうにコメントを拾うアオハルココロちゃんの横で、灰姫レラはぽかんと口を開けて眺めていた。
「色々と必要ですよね。全部持ってればいいんですけど」
桐子はアオハルココロちゃんを見ながら言った。
「じゃあ、1つも持ってない人は、やめたり、あきらめたりしなくちゃいけない?」
「そんなことないです! ないって、信じたいです……」
全力で否定する桐子を諭すように、アオハルココロちゃんは言葉を続ける。
「でも世界は優しいだけじゃない。ワタシにやめろ、あきらめろと言っている人も沢山いる。配信中のコメントで、ツイッターで直接ぶつけてくる人も……レラちゃんはワタシに辞めて欲しかったりする?」
口には出さないけれど、引退を巡って河本くんと決裂したこともアオハルココロちゃんの胸の中にあるのだろう。
桐子がその秘密を知ってからも、想いは変わっていない。
「私は応援してます! アオハルココロちゃんに何があったとしても! だから、誰かの声なんて気にせず、どこまでも突き進んで欲しいです」
プロデューサーの河本くんがどう思っていたとして、憧れの背中をいつまでも追いかけ続けたい。
「ストレス発散の暴言なら、ワタシもちっとも気にならない。でも、親切心から止める人もいるよね。例えば、流行ってないゲームを配信でやったら他のゲームを勧めてくる人、少し過激なことを言うと炎上を心配する人」
誰の配信でも見かけるコメントだ。もちろん灰姫レラも言われたことがある。
「それと、一番多いのは体調を心配する人。少し咳をしたり、ポロッと疲れているって言うと、無理しないで休んだほうが言いってすぐに言ってくれる。そういう善意の『やめろ』も無視する?」
「……」
息が苦しい。桐子自身も配信のコメントで書き込んだことがあった。
「難しいことや辛いことが分かっていても、本人としては頑張りたいよね。そういう時って、本人は、ファンは、どうすればイイ?」
「…………頑張って欲しいです。頑張ってるなら応援したいです。でも、心も身体も大事にして欲しくて……すみません、決められません」
灰姫レラとしての自分、Vチューバーのファンとしての自分、どっちの気持ちも分かるから、桐子は答えを決められなかった。
そんな優柔不断な桐子に、アオハルココロちゃんは優しく微笑みかける。
「ね、健康って重要でしょ」
「はい!」
力強く同意する灰姫レラの前で、
「っていうのは、一般的な話」
アオハルココロちゃんの笑みが、大胆不敵なものに変わっていく。
「ワタシの限界? そんなもの存在しない。だから、誰にも決められない! ワタシの身体、ワタシの心、ワタシの魂、ワタシのこれから先もっ! どれ1つだって他人に決定権は渡さない!」
試合前の格闘家がするようにアオハルココロちゃんは、握りしめた拳をもう一方の手でさらに固く包み込む。
「やる・やらない、続ける・辞める、そういう二択じゃない。やるしかないのっ!」
VR越しでも伝わってくる決意と覚悟に、桐子の心と身体は震えた。噴火する火山を前にしたような畏敬の念を抱かずにはいられなかった
「……なんでそんなに強くて……どうしてトップを走り続けられるんですか?」
「ワタシを見てくれる人たちがいるから。その人達と自分を楽しませたい。ワタシが生きた証は誰にも奪わせない。だから、ワタシは独りでも走る、過去も現在も全部背負って走り続ける」
アオハルココロちゃんから流れ出る声が、まるで歌詞のように心のヒビから内側へと染み入っていく。
「格好よすぎてもう」
「ありがとう」
閉め忘れた口から漏れた語彙に、アオハルココロちゃんは爽やかに答える。
「逆に灰姫レラちゃんに聞こうかな。Vチューバーにとって大切なことって、何だと思う?」
「分からないから聞いたんですけど……」
「じゃあ、コンデンサマイクってことにしていい?」
「それはちょっと」
流石にその答えはないと慌てて首を振る灰姫レラに向かって、アオハルココロちゃんは身を乗り出してプレッシャーをかける。
「なら教えて、灰姫レラにとって大切なことを」
「私にとって……」
記憶に潜るように息を止めると、色々なモノが泡のように浮かんでくる。その中で一番大きなモノは――。
「『憧れ』だけでした……Vチューバーを始めた時、私にはそれしかなかったんです」
アオハルココロちゃんを真っ直ぐに見て言った。
「過去形ってことは、今は違うんだ」
「今は、いっぱいあります。そのいっぱいを私に分けてくれた人たちが、今の私にはとっても大切なんです」
記憶の暗い底を覆い尽くすように、色とりどりの泡が自分の周りを囲んでくれている。
「レラちゃんは、いい人たちと出会えたんだ」
「はいっ! それだけは自信をもって、ハイッて言えます!」
誇張でも強がりでもなんでもない。大切な人たちの事を考えると、感謝だけが心を満たしてくれる。
そんな泡みたいに浮かれた心を見透かしたように、アオハルココロちゃんは、その先を続ける。
「その人達がいなくなっちゃったらどうする?」
「そ、そんなこと」
一瞬で身体が凍りついてしまったかのように、喉が上手く動かない。
「怪我や病気、飽きられたり嫌われるかも。親しい人もファンも、いなくなる理由なんていくらでもある」
それこそが現実だと突きつけるアオハルココロちゃんは、楽しそうだった。
「その時、灰姫レラはVチューバーを辞める?」
「……辞められない、と思います」
喉の奥から言葉が勝手に出てきた。
「一人ぼっちでも続けられる? ステージの広さを知ってしまったのに」
「アオハルココロちゃんがいるなら……魔法が解けたとしても、憧れだけは消えないから」
すがりつくような情けない言葉だけれど、本当にそれしかなかった。
「ふふっ、ならワタシも、もっともっと頑張らなくちゃね」
想いを受け止めるようにアオハルココロちゃんは優しく笑ってくれた。
「応援してます! ずっとずっと!」
胸がいっぱいになった桐子は、ただの1人のファンでしかなかった。
「ワタシの意地悪に付き合ってくれてありがとう」
「い、いえ、勉強になりました」
誰もが羨むお悩み相談に最大限の感謝を込めて、桐子はモニタの前で頭を下げる。
「それなら良かった。ちなみに時間はまだ大丈夫?」
「あ、はい! 今日は配信の予定は無いので」
「なら一緒にお便りコーナーやっていかない?」
「わ、私でいいんですかっ!?」
椅子から飛び上がるほど桐子の声は弾んでしまっていた。
アオハルココロちゃんのレギュラー配信で桐子が大好きなお便りコーナーだ。しかも、今までゲストがこのコーナーに参加したことはない。つまり、灰姫レラが、その初めての栄光に浴することになるのだ。テンションが上がらないはずがない。
「灰姫レラちゃんとなら、いつもより楽しくできそう」
「よ、よろしくお願いします!」
大きな声を出したせいで、お皿に散らばっていたピザ生地の細かい破片が吹き飛び、キーボードに挟まってしまう。
「それじゃ、さっそく一通目のお便りから――」
桐子が慌てて生地の破片をほじくり出してる間にも、アオハルココロちゃんは手早くコーナーを進めていく。
緊張を越える嬉しさで、ニヤけそうになる頬を桐子は必死に表情筋で押さえていた。
そうして、アオハルココロちゃんとのゲリラ配信は、1時間の予定を大きく越えて続いた。
####################################
憧れのアオハルココロに悩みを聞いてもらった桐子。
一方その頃、ヒロトの方は――。
次回#11では久しぶりに彼のターンです。
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妹の紅葉と話をして、
『課題』だけでなくお互いのわだかまりも解けた桐子。
そこにアオハルココロからの電話がかかってきて――。
1話目はここから!
https://novel.daysneo.com/works/episode/bf2661ca271607aea3356fe1344a2d5f.html
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『はい、アオハルココロです!』
電話越しの喋り方はわざとらしくお行儀が良かった。ファンがN●K用と呼んでいるその声に、桐子は現実に通話しているのかとスマホの画面を確かめてしまった。
『そちらは、どなたですか?』
「は、はい! かっ、かつっ! じゃなくて、灰姫レラです!」
『あはっ、もちろん知ってる』
からかう声はアオハルココロちゃんの普段の雰囲気になっていた。
「ドドドド、どうして? 私のスマホに?」
『ヒロトから電話があった。レラちゃんが悩んでるから、相談にのってあげて欲しいって』
「そんな大それた事を河本くんが?!」
全く予想もしていなかったフォローに、桐子の声も上ずってしまう。嬉しさと恐れ多さと、申し訳無さで、スマホを握る手が震えていた。
『ホント失礼しちゃう。自分が捨てた女に、今の女の事を頼むって、なに考えてるんだって。ネットに流したら、大炎上間違いなしでしょ』
「あ……す、すみません、としか……私からは……」
あまりにも気まずすぎる状況だと今更きづいた桐子は、スマホを耳から遠ざけずにはいられなかった。
『なーんてね、面白そうな話だからワタシからすぐ飛びついちゃったんだけど』
「それなら、嬉しいです」
アオハルココロちゃんが楽しそうにしてくれるなら、自分のちっぽけな悩みなんて、いくらでも献上できる。
『だって、ワタシが冷たく断るより。優しい先輩としてレラちゃんの相談にのった方が、ヒロトは絶対に嫌な顔するもの。ふふッ』
河本くんのその表情が想像したのだろうアオハルココロちゃんは、意地の悪そうな笑い声を漏らす。
「なんとなく、分かります」
『でしょっ!』
同意する桐子に、アオハルココロちゃんも機嫌が良さそうにしていた。
『それでレラちゃんは――』
話を進めようかという所で、インターホンの呼び鈴がリビングに鳴り響いた。
『ピンポーンって、来客かな?』
電話越しにも聞こえたようだ。アオハルココロちゃんが話を途中で止めて尋ねる。
「あ、わたしが出る!」
気を使った紅葉がすぐにインターホンに出てくれた。
「はい、どちら様でしょうか。あ、すぐ行きます」
紅葉は相手の返事を聞くとすぐに、テーブルの上の5000円を掴んで玄関へ向かった。どうやら宅配ピザが予定より早く届いてしまったようだ。
『今の声って?』
「妹です」
『レラちゃんって妹いたんだ。たしか、wikiには一人っ子だって書いてあったけど』
「あっ! あの、その、か、隠し妹です!」
やってしまったと桐子はしどろもどろに答える。
コラボと称して実際の家族が配信や動画に登場するVチューバーもいる。リスナーやファンとしても、普段の姿や過去の逸話などを知れるから、人気のあるコンテンツだ。
しかし、桐子と紅葉の場合はそうはいかない。紅葉はテレビにも出る超有名人だから、リスナーさんに『フィギュアスケーターの香辻紅葉』だと気づかれてしまう可能性がある。紅葉本人は気にしないと言うかも知れないけれど、家族に迷惑がかかることだけは絶対にしたくなかった。
『隠しキャラなら秘密にしとかないとね。誰にもいわないから安心して』
「ありがとうございます!」
桐子の動揺を汲んでくれたのか、アオハルココロちゃんは優しい声で保証してくれた。
「ピザきたよー!」
姉の心配などつゆ知らず、紅葉が軽やかな足取りで戻ってくる。平たい箱の上に載せた袋が楽しげに揺れていた。
『これからご飯だったんだ。掛けなおそうか?』
「あ、大丈夫です!」
忙しいアオハルココロちゃんを待たせるわけにはいかないと、桐子は声を張る。
『でも、ピザはアツアツで食べないと美味しくないし……そうだ! 一緒にご飯食べよっか』
「うちに来るんですか?! まさか、もう家の前に!?」
『あははっ、ホラーじゃないんだから』
笑われてしまった紅葉は、照れを隠すように小さな声で「ですよね」と言って頷く。
『VRワールドで一緒にごはん』
「なるほどです。ちょっと待ってください」
桐子はスマホから口を離して、紅葉の方を見る。
「アオハルココロちゃんに、VRご飯しようって誘われちゃった」
「気にしないでいいよ。わたしはテレビの続き見てるからー」
答える前から紅葉はピザをお皿に移し替え、コーラと一緒にテレビの前へと運んでいた。
『決まりね。ディナーの準備ができたら、招待を送るから』
「はい!」
通話を切った桐子は即座に自室へ駆け込むと、突き指しそうな勢いでパソコンの電源をオンにした。パソコンが立ち上がるまでの時間を利用して、リビングからピザと飲み物をとってくる。
パソコンだけでもVRワールドには入れる。いつものスタジオのようにHMDや全身をトラッキングする機器が無いので、出来ることが制限されてしまうけれど、画面越しで一緒にご飯を食べるぐらいなら十分だ。
マイクのセットをしてる間に、アオハルココロちゃんから招待が来ていた。待たせてはいけないと、各種チューニングもせずにさっそくログインする。
チリンというドアベルの音と共に、暗闇の中で木製の扉が開く。飛び立つ蒼い蝶と入れ違いに、灰姫レラは中へと入っていく。
そこは夜の喫茶店だった。
落ち着いた店内にはレコードプレイヤーからだろう、ノイズ混じりのジャズが流れている。小さな黒板には今日のオススメが書かれ、バーカウンターの後ろの棚には、琥珀色や濃い薔薇色、翡翠色や銀色の液体に満たされたポーションボトルが並んでいる。綿毛のようなふわふわとした灯りが浮いていて、店内を柔らかく照らしていた。
エルフや悪魔といったファンタジー世界の住人が集うような、神秘的な雰囲気のお店だ。灰姫レラのドレスは雰囲気に合っていた。
辛いものを食べ過ぎて唇が腫れてしまったペンギンみたいな使い魔に、テーブルへと案内される。そこには異世界転生したみたいに場違いなセーラー服の少女が椅子に座り、来客を待っていた。
「来てくれてありがとう、灰姫レラちゃん」
「こ、こちらこそ光栄ですっ!」
モニタの前でお辞儀をする桐子だったが、画面の中の灰姫レラは目をつぶるだけのアクションしかしない。
「大人っぽいお店で、すこし緊張しちゃいます」
アオハルココロちゃんの配信で見たことのない場所だ。プライベートで使っているワールドなのかも知れない。
「ディナーにはぴったりの雰囲気でしょ。そうそう、レラちゃんのお陰で、夜ご飯のこと思い出せて良かった」
「やっぱり忙しいんですか?」
「んー、今日はPVの撮影でスタジオにこもってたから時間感覚がトンでた」
そう言ってアオハルココロちゃんはダンスの振り付けっぽく腕を動かしてみせる。どうやら撮影用のトラッキング装置をつけたままのようだ。
「どんなピザ頼んだの?」
「チーズたっぷりピザです」
「ツイッターでキャンペーンやってるやつか、いいね。ワタシはスタッフさんが用意してくれたお弁当」
そう言いながら、アオハルココロちゃんはテーブルの上で見えない箱の蓋を持ち上げてみせる。さすがにお弁当箱やピザのオブジェクトは用意されていないので、お互いにパントマイム状態だ。
「早くバーチャルで味も匂いも感触も、全部が届けられるようになればイイのに」
「出来たら便利ですね。魔法みたいで」
「もう少し先の未来で、ワタシたちの知覚が拡張されたら、そんな幻想が現実になってるかも」
まだ見ぬ風景に憧れるようにアオハルココロちゃんは目を細める。
「でも、今は言葉を尽くして伝えるしか無い。というわけで、第一回チキチキ『食レポチャレンジ』いってみよっか♪」
「いきなりすぎではっ?! 私、食レポなんてしたことないんですけど……」
「だったら良い機会ってことで。はい、スタート!」
「えっえっえっ、それじゃあ、あの、ピザを食べます!」
お皿に載っている一切れを手に取り、そっと口に運び――。
「ストーーップ!」
「ふぇあっ?!」
慌てて閉じた唇にピザがぶつかって、生地がブニュッと曲がってしまう。
「まずはどんなピザか説明しないと、リスナーさんに伝わらないよ」
「あ、はい! イカとエビの上にチーズが沢山かかってます」
「シーフードピザね。ワタシも好き」
「それじゃ、食べてみます……あむっ」
ピースの先から一口かじる。温かいチーズが口の中にとろっと広がる。これぞピザの醍醐味というチーズ感だ。
「んんん! 美味しいです!」
「どれぐらい?」
「すっ、すごくです! コンビニのピザパンの10倍ぐらい?美味しいです」
「素材とか具体的なワードを使って説明ッ!」
「エビがプリッとしてます! むぐむぐ、あとはイカがゴロッとしてます!」
「詩的な表現で!」
「詩ぃ? えっと、えっと、く、口の中が海です! チーズとイカとエビがもぐもぐになって、すごくチーズの海です! あっ、もちろん生地も美味しいです! 生地の大地を感じます!」
「あははッ、レラちゃんいい感じ! そのまま続けて」
自分でも何を言っているか分からなくなってしまったけれど、アオハルココロちゃんは楽しそうだ。
一切れ食べ終わったところで、桐子は飲み物の入ったコップに手を伸ばす。
「お茶を飲みます! ごくごく……お茶を飲みました!」
「報告は大事!」
「では、二ピース目を食べますッ!」
「健啖!」
餅つきみたいリズミカルな合いの手にのせられ、桐子のピザも止まらない。
照り焼きチキンの甘辛いピザを「煎餅みたいな味」と評し、サイドメニューのチキンナゲットを食べている時にむせてしまい、食レポとしては散々だけれど、アオハルココロちゃんは楽しんでくれているようだった。
そして、お皿のピザもいつの間にか消えてしまっていた。
「最後はすごくピザっぽいペパロニでしたぁ」
普段の2倍ぐらいのスピードでピザ3ピースを平らげ、食べ疲れてしまった。
「口がチーズチーズです。最後にお茶を飲みます。ごくごく……ごく……はぁ」
一息ついても、まだ口の中にチーズのコクが居座っているような感覚があった。
「美味しかったです。ごちそうさまでした」
「はぁ~、面白かった! レラちゃんのわんこピザが聞けて最高! 食レポ自体も初々しくてカワイイかった♪」
上機嫌なアオハルココロちゃんがいいねと親指を立てる。
「あうぅ……それはアオハルココロちゃんが急かすから」
「ごちそうさまでした」
恥ずかしがる灰姫レラの反応をからかうように、アオハルココロちゃんは手を合わせてお辞儀をした。
「あっ、私ばっかり食べてて、アオハルココロちゃんのお弁当、全然減ってませんよね」
「うん、笑っちゃって食べる暇なかった」
「だ、だったら、食レポの見本をお願いしちゃったり……ダメ、ですか?」
「イイよ♪」
あっさり頷くアオハルココロちゃんに、桐子の方が驚いてしまう。
食べてみたや食レポ系は人気コンテンツだけれど、アオハルココロちゃんはメジャーデビューしてからその手の動画や配信はやっていなかったはずだ。
まさかプライベートで見れるとは思わなかった桐子は、歯の擦れる音も聞き逃さまいとヘッドホンの音量を上げた。
「それじゃ、今日はコンビニの『幕の内弁当』を食べていきたいと思います」
雰囲気を変えたアオハルココロちゃんの声は、雑談の時と違い1音1音がはっきりと耳の奥まで届いてくる。特別なマイクは使って無いはずなのに、まるで声が立体的に聞こえるようだ。
「幕の内弁当の由来は知ってる? 諸説あるけど、もともとは舞台の合間、つまり幕の内に食べるお弁当ってことで名前がついたの。ちょうど、今みたいな状況ね」
意味深な笑顔で語りかけながら、アオハルココロちゃんはお弁当の蓋を開ける。
「皆からは見えないからバーチャルお弁当の中を説明すると、半分が俵型のお米さんで、焼き鮭に卵焼き、カニカマとエビフライと煮物とおひたし。うんうん、欲しいトコロを確実に押さえた定番曲のような安心感」
見えない箸を手に取り構えるアオハルココロちゃんの所作は、まるで舞踊家が扇子を扱うように美しかった。
「いただきます。まずはみんな大好き卵焼きから……ぱくっ」
もぐもぐと二度目の咀嚼でアオハルココロちゃんの目が輝く。
「うんっ! ワタシの好きな硬めの焼き加減! 軟弱なふわとろ卵焼きにはない、白米に合う甘さとしょっぱさが、これこれって感じよね」
卵焼きを飲み込んだアオハルココロちゃんは、次に何かを崩すように箸を動かす。
「鮭の切り身がほろほろ。食べやすいように、骨もとってある。うんうん、これは白米と一緒じゃないとね。ほぐした鮭の身を、ご飯に乗っけて……ん~っ」
たまらないと鼻息が漏れ聞こえてくる。
「焼いた鮭の香ばしさ! 鮭と白米の最強コンビなんて我慢できるわけないよね」
鮭ご飯をもぐもぐと豪快に食べていくアオハルココロちゃんに、さっきピザを食べたばかりの桐子の腔内にもよだれが溢れ出す。
「焼き鮭の皮の部分も好きなんだよね。パリパリの食感と鮭の旨味たっぷりの脂がたまらない」
視線を落としたアオハルココロちゃんは細かく箸を動かす。焼き鮭の皮を剥がしている姿がありありと見えてくる。
「うん、カニカマもいい味だしてる。鮭の合間に食べて、ちょっとした海鮮丼気分♪」
さらにエビフライやおひたしと、アオハルココロちゃんは順番に食レポしていく。大きく口を開けて、どれも美味しそうに食べるから、お弁当の白米がものすごい速度で減っていくのが見えるようだった。
「最後にとっておいた煮豆をぱくりと……ん~、わたあめみたいに甘さと一緒にほろほろ溶けてく。これはレベル高い!」
アオハルココロちゃんはお豆を一粒ずつ丁寧に箸で食べ終わると、横に手を伸ばす。
「いま飲んでるのは、ワタシがタイアップしてる信州成右衛門さんの青りんごジュース。キリッとした甘い飲み口が、食事にもデザートにも!」
宣伝も欠かさないプロの姿勢に、桐子はただただ感心するばかりだった。
「ぷはぁー……まさに美味でした♪」
終わりかと思った桐子が拍手しようとするが、アオハルココロちゃんはまだ何かを手にとっていた。
「差し入れで頂いた生チョコトリュフも食べちゃっていいよね♪」
ニカッと笑う愛らしい彼女を誰が止められるだろうか。桐子はどうぞどうぞと言うように、激しく頷いていた。
「ん~、箱を開けただけでいい匂いがする。チョコだけじゃなくて、ラム酒かな? ダメダメ、お腹いっぱいなのによだれが止まらない!」
我慢できないとアオハルココロちゃんは、ぱくっとチョコを口に放り込む。
「んんんん!」
幸せいっぱいの表情からは、チョコが溶ける音が聞こえてきそうだ。
「チョコじゃくてワタシの頬が溶けちゃう! ミルクチョコの甘さの中から、ラム酒の香りがふわっと広がって! これは女の子がみ~んな幸せになる味だ」
アオハルココロちゃんは、そのまま2つ目、3つ目をパクパクと食べ、そのたびに権威ある学者みたいに神妙に頷いていた。
「ごちそうさまでした。お弁当もチョコも、りんごジュースも美味しかった」
両手でお腹をさすったアオハルココロちゃんは顔を上げて、灰姫レラの方を見る。
「どうだった、ワタシの食レポは」
「全てが大好きです! もうなんというか、耳が幸福すぎました!」
興奮気味に答えた桐子は、余韻を閉じ込めるようにヘッドホンの音量を元に戻した。
「ありがとう。レラちゃんがうっとり見ててくれてたから、上手く出来ちゃった。久しぶりのぎこちなさも、すぐにどっかいっちゃったみたい」
本人的には引っかる所があったのかも知れないけれど、桐子には何一つ分からなかった。
「アオハルココロちゃんは凄いです。歌もダンスも出来て、トークも面白くて、それに食レポも上手くて……」
思わず出てしまった声は自分でも分かるくらいに弱気なトーンだった。
「なるほど、灰姫レラちゃんの悩みってその類(たぐい)でしょ」
名探偵が犯人を示すみたいに、アオハルココロちゃんは人差し指をビシッと灰姫レラの胸に向かって突きつける。
アオハルココロちゃんは何でもお見通しだった。他の人に指摘されたら恥ずかしかったり、気まずかったりしたと思う。だけど、アオハルココロちゃんに言われるのは、私のことを分かってもらえてるようで嬉しかった。
「そうなんです。最近、色々と悩んでしまって」
素直に認めた桐子は、期待を込めた視線を我慢できなかった。
「ワタシで力になれることなら何でも言って頂戴」
「じゃ、じゃあ! 質問してもいいですか?」
「なんなりと、プリンセス」
わざとらしくダンディに言ったアオハルココロちゃんは、大仰しく右手を引き寄せる。
「教えて下さい、Vチューバーにとって大切なことって何ですか?」
神様に祈るみたいに、自然とその言葉が桐子の口から出ていった。
「もちろんそれは…………」
真剣な表情のアオハルココロちゃんは、灰姫レラを勿体つけるように見つめる。
「そ、それは…………ゴクリ」
耐えきれずに生唾を飲み込んだ音が大きく聞こえてしまう。
「ケンコウ♪」
答えたアオハルココロちゃんはフフッと相貌を崩す。
「ケンコウって……健康? 家内安全健康祈願のケンコウですか?」
想像していなかった答えに、桐子は面食らってしまう。
「そう、健康が一番大事。風邪を引いたら配信ができないし、怪我をしたらスタジオに行くのも一苦労だし、ご飯も美味しく食べられなくなっちゃう。身体だけじゃなくて、心が風邪を引いても、楽しいことができないでしょ?」
「それは……はい」
桐子自身も経験のあることだから、理解も納得も出来る。
だけれど、アオハルココロちゃんの答えとは思えなかった。
「当たり前過ぎる?」
試すように小さく笑うアオハルココロちゃん。桐子の戸惑いが伝わってしまったようだ。
「えっと…………はい、です。健康が大事なのは、Vチューバーに限ったことじゃないと思ったので」
「ま、そういう反応になるよね」
アオハルココロちゃんは予想通りだと、気にした様子は無かった。
「それじゃあ、他の人達にも聞いてみようか」
「スタッフさんにですか?」
問いかけにアオハルココロちゃんは、今日一番の笑みで首を横に振る。
「コメントのみんなー、皆は何がVチューバーにとって大切だと思う?」
虚空への問いかけに、桐子は首をかしげる。
「コメント……?」
「みんな、ずっと見てたんだよね」
アオハルココロちゃんがピッと人差し指を振ると、黒板のメニューがかき消え、代わりに流れる文字が現れる。
〈レラちゃん、まだ気づいてない?〉
〈さすがにもう気づきそう〉
〈そろそろネタバラシっぽいいけど、もっと見てたいな〉
おなじみの配信コメントがものすごい勢いで流れていた。
「えっ?! ええええええっ!」
「ちゃっちゃら~~♪」
唖然とする灰姫レラの前で、アオハルココロちゃんがどこからともなく取り出したの看板を振る。
そこには『ドッキリ大成功!』と書かれていた。
「裏で『灰姫レラちゃんにドッキリしかけてみよう!』ってゲリラ配信してたの」
「全然気づきませんでした……」
アオハルココロちゃんの言動に変なところがあったのかもしれないけれど、桐子は全く気づかなかったし、そもそもVRご飯に誘われてすぐに準備に取り掛かったので、ツイッターもユーチューブの通知もチェックできていなかった。
「ということは……私の下手っぴな食レポも流れて……っ?!」
「大好評だったよ。こんなチーズ地獄を知らないとか、なぜピザを煎餅に例えるんだとか、リスナーのツッコミが追いつかないぐらい」
「ひあぁああああ……」
ニッコニコのアオハルココロちゃんの笑顔に、桐子は座っていた椅子から崩れ落ちた。
「なにかあった時のために、配信は2分の遅延を入れてたけど、その必要もなかったね」
「絶対に必要ありました!」
食レポに誘導してもらっていなければ、自分が何を話していたか分かったものではない。
「失言も秘密を喋っちゃったりもしなくて、偉い偉い♪」
よしよしとアオハルココロちゃんが灰姫レラの頭を撫でる。あのアオハルココロちゃんに褒められたという事実で、もう恥ずかしさも全部吹き飛んで、桐子の中は嬉しさで一杯になってしまう。
「ありがとうございます!」
「お礼はこっちのセリフ。ネタばらしまでちゃんと付き合ってくれてありがとう」
顔を見合わせた二人が笑っていると、コメントの遅延が先程の質問に追いつき始めていた。
「『皆はなにが大切だと思う?』の解答を見ていこうか」
アオハルココロちゃんが黒板を引っ張ると、そのまま拡大されてコメントが見やすくなった。
「なになに、『おもしろさ』『可愛さ』『運』『才能』『折れない心』『トーク力』『お金』『健康』『マイクとパソコン』『歌唱力』『物怖じしない』『LIVE2D』……『電気』や『空気』ってちょいちょい小学生いるねー」
楽しそうにコメントを拾うアオハルココロちゃんの横で、灰姫レラはぽかんと口を開けて眺めていた。
「色々と必要ですよね。全部持ってればいいんですけど」
桐子はアオハルココロちゃんを見ながら言った。
「じゃあ、1つも持ってない人は、やめたり、あきらめたりしなくちゃいけない?」
「そんなことないです! ないって、信じたいです……」
全力で否定する桐子を諭すように、アオハルココロちゃんは言葉を続ける。
「でも世界は優しいだけじゃない。ワタシにやめろ、あきらめろと言っている人も沢山いる。配信中のコメントで、ツイッターで直接ぶつけてくる人も……レラちゃんはワタシに辞めて欲しかったりする?」
口には出さないけれど、引退を巡って河本くんと決裂したこともアオハルココロちゃんの胸の中にあるのだろう。
桐子がその秘密を知ってからも、想いは変わっていない。
「私は応援してます! アオハルココロちゃんに何があったとしても! だから、誰かの声なんて気にせず、どこまでも突き進んで欲しいです」
プロデューサーの河本くんがどう思っていたとして、憧れの背中をいつまでも追いかけ続けたい。
「ストレス発散の暴言なら、ワタシもちっとも気にならない。でも、親切心から止める人もいるよね。例えば、流行ってないゲームを配信でやったら他のゲームを勧めてくる人、少し過激なことを言うと炎上を心配する人」
誰の配信でも見かけるコメントだ。もちろん灰姫レラも言われたことがある。
「それと、一番多いのは体調を心配する人。少し咳をしたり、ポロッと疲れているって言うと、無理しないで休んだほうが言いってすぐに言ってくれる。そういう善意の『やめろ』も無視する?」
「……」
息が苦しい。桐子自身も配信のコメントで書き込んだことがあった。
「難しいことや辛いことが分かっていても、本人としては頑張りたいよね。そういう時って、本人は、ファンは、どうすればイイ?」
「…………頑張って欲しいです。頑張ってるなら応援したいです。でも、心も身体も大事にして欲しくて……すみません、決められません」
灰姫レラとしての自分、Vチューバーのファンとしての自分、どっちの気持ちも分かるから、桐子は答えを決められなかった。
そんな優柔不断な桐子に、アオハルココロちゃんは優しく微笑みかける。
「ね、健康って重要でしょ」
「はい!」
力強く同意する灰姫レラの前で、
「っていうのは、一般的な話」
アオハルココロちゃんの笑みが、大胆不敵なものに変わっていく。
「ワタシの限界? そんなもの存在しない。だから、誰にも決められない! ワタシの身体、ワタシの心、ワタシの魂、ワタシのこれから先もっ! どれ1つだって他人に決定権は渡さない!」
試合前の格闘家がするようにアオハルココロちゃんは、握りしめた拳をもう一方の手でさらに固く包み込む。
「やる・やらない、続ける・辞める、そういう二択じゃない。やるしかないのっ!」
VR越しでも伝わってくる決意と覚悟に、桐子の心と身体は震えた。噴火する火山を前にしたような畏敬の念を抱かずにはいられなかった
「……なんでそんなに強くて……どうしてトップを走り続けられるんですか?」
「ワタシを見てくれる人たちがいるから。その人達と自分を楽しませたい。ワタシが生きた証は誰にも奪わせない。だから、ワタシは独りでも走る、過去も現在も全部背負って走り続ける」
アオハルココロちゃんから流れ出る声が、まるで歌詞のように心のヒビから内側へと染み入っていく。
「格好よすぎてもう」
「ありがとう」
閉め忘れた口から漏れた語彙に、アオハルココロちゃんは爽やかに答える。
「逆に灰姫レラちゃんに聞こうかな。Vチューバーにとって大切なことって、何だと思う?」
「分からないから聞いたんですけど……」
「じゃあ、コンデンサマイクってことにしていい?」
「それはちょっと」
流石にその答えはないと慌てて首を振る灰姫レラに向かって、アオハルココロちゃんは身を乗り出してプレッシャーをかける。
「なら教えて、灰姫レラにとって大切なことを」
「私にとって……」
記憶に潜るように息を止めると、色々なモノが泡のように浮かんでくる。その中で一番大きなモノは――。
「『憧れ』だけでした……Vチューバーを始めた時、私にはそれしかなかったんです」
アオハルココロちゃんを真っ直ぐに見て言った。
「過去形ってことは、今は違うんだ」
「今は、いっぱいあります。そのいっぱいを私に分けてくれた人たちが、今の私にはとっても大切なんです」
記憶の暗い底を覆い尽くすように、色とりどりの泡が自分の周りを囲んでくれている。
「レラちゃんは、いい人たちと出会えたんだ」
「はいっ! それだけは自信をもって、ハイッて言えます!」
誇張でも強がりでもなんでもない。大切な人たちの事を考えると、感謝だけが心を満たしてくれる。
そんな泡みたいに浮かれた心を見透かしたように、アオハルココロちゃんは、その先を続ける。
「その人達がいなくなっちゃったらどうする?」
「そ、そんなこと」
一瞬で身体が凍りついてしまったかのように、喉が上手く動かない。
「怪我や病気、飽きられたり嫌われるかも。親しい人もファンも、いなくなる理由なんていくらでもある」
それこそが現実だと突きつけるアオハルココロちゃんは、楽しそうだった。
「その時、灰姫レラはVチューバーを辞める?」
「……辞められない、と思います」
喉の奥から言葉が勝手に出てきた。
「一人ぼっちでも続けられる? ステージの広さを知ってしまったのに」
「アオハルココロちゃんがいるなら……魔法が解けたとしても、憧れだけは消えないから」
すがりつくような情けない言葉だけれど、本当にそれしかなかった。
「ふふっ、ならワタシも、もっともっと頑張らなくちゃね」
想いを受け止めるようにアオハルココロちゃんは優しく笑ってくれた。
「応援してます! ずっとずっと!」
胸がいっぱいになった桐子は、ただの1人のファンでしかなかった。
「ワタシの意地悪に付き合ってくれてありがとう」
「い、いえ、勉強になりました」
誰もが羨むお悩み相談に最大限の感謝を込めて、桐子はモニタの前で頭を下げる。
「それなら良かった。ちなみに時間はまだ大丈夫?」
「あ、はい! 今日は配信の予定は無いので」
「なら一緒にお便りコーナーやっていかない?」
「わ、私でいいんですかっ!?」
椅子から飛び上がるほど桐子の声は弾んでしまっていた。
アオハルココロちゃんのレギュラー配信で桐子が大好きなお便りコーナーだ。しかも、今までゲストがこのコーナーに参加したことはない。つまり、灰姫レラが、その初めての栄光に浴することになるのだ。テンションが上がらないはずがない。
「灰姫レラちゃんとなら、いつもより楽しくできそう」
「よ、よろしくお願いします!」
大きな声を出したせいで、お皿に散らばっていたピザ生地の細かい破片が吹き飛び、キーボードに挟まってしまう。
「それじゃ、さっそく一通目のお便りから――」
桐子が慌てて生地の破片をほじくり出してる間にも、アオハルココロちゃんは手早くコーナーを進めていく。
緊張を越える嬉しさで、ニヤけそうになる頬を桐子は必死に表情筋で押さえていた。
そうして、アオハルココロちゃんとのゲリラ配信は、1時間の予定を大きく越えて続いた。
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憧れのアオハルココロに悩みを聞いてもらった桐子。
一方その頃、ヒロトの方は――。
次回#11では久しぶりに彼のターンです。
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