第1話

文字数 9,359文字

【前回までのあらすじ】

第101回の振り返り配信を成功させたヒロトと桐子。
喜びに浸かる二人に、影が迫る?!

物語の視点は再びヒロトにバトンタッチ!
どう転がっていくのか、乞うご期待!

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■□■□河本ヒロトPart■□■□

「にぎゃぁあああああ!」

 猫が尻尾を踏まれたみたいな奇声が教室中にほとばしった。
 もうすぐ昼休みという四時間目、空腹と疲れに鬱屈としていた教室が騒然となる。
 ヒロトはもちろん、真面目にノートをとっていた委員長から、ちょっと居眠りをしていた夜川さんまでクラスメイトが一斉に爆音の中心を注目した。

「あ、あぁ……嘘……」

 香辻さんがまるで聖杯を戴く騎士のように、スマホを握りしめ固まっていた。
 英語の佐渡先生はチョークの先を黒板でぐりっと押し潰すと、勿体つけるようにゆっくりと振り返る。

「香辻さん、授業中はスマートフォンはしまっておきなさい。先生の授業がつまらないなら図書室に行っても構わないのよ」

 嫌味混じりに言う佐渡先生。三〇代半ばになり高い化粧品でケアしているだろう眉間に深いシワが浮かんでいた。

「はぅっ! …………す、すみませんでした」

 夢から叩き起こされたようにハッとした香辻さんは、いそいそとスマホを机の中にしまい込む。その様子に満足したのか、佐渡先生は黒板の方を向いて板書を再開する。

「不定代名詞のoneを用いる時は、その対象に注意が必要です。すでに話題で出ている場合はitを用いて――」

 何事もなかったかのように沢渡先生の英語の授業は続いてく。クラスメイトたちも、ノートに向かい黒板を写したり、居眠りに戻っていく。まるで香辻さんなんて最初から居なかったような雰囲気だ。
 ヒロトがちらりと横を見ると、香辻さんもノートに向かっている。しかし、形だけだ。握ったシャーペンは動いていないし、ノートの一点を凝視したまま動かない。落ち着かない様子で呪文でもつぶやくように唇を動かしている。

(どうしたんだろう、香辻さん)

 正直、ちょっと不気味で、こっそり声をかけるのが躊躇われた。
 その後は普通に授業が続いたけれど、落ち着かないオーラを放ち続ける香辻さんが気になってヒロトは全く集中できなかった。

「今日はここまで。次回は最初に不定代名詞の小テストするから、ちゃんと復習しておくように」

 出題範囲を黒板に書き終わった沢渡先生は、教材をまとめて教室を出ていった。
 チャイムと共に緊張感から開放されたクラスメイトたちが、思い思いに昼食の支度を始める。
 ヒロトもリュックからコンビニで買ってきた惣菜パンを取り出し――。

「こ、河本くん……」

 子猫の鳴くようなか細い声に横を見ると、席を立った香辻さんがチョイチョイと手招きしている。

「ちょっといいかな、そ、外で……」

 香辻さんはキョロキョロと周囲を伺う。先ほどの騒動でクラスメイトの注目を集めてしまったことを気にしているようだ。

「オッケー、お昼一緒にたべようか」
「河本くん?!」

 はっきりと宣言するヒロトに香辻さんだけでなく、聞き耳を立てていた周りのクラスメイトが驚く。

「天気もいいし、外にしよう」
「あっ、は、はい!」

 ヒロトが惣菜パンの入ったビニールを掴み歩きだすと、お弁当箱を抱えた香辻さんが後についてくる。

「い、いいんですか?」

 教室を出てから香辻さんが心配げに話しかけてくる。

「なにが?」
「わ、私と一緒だと……変に思われて……」
「すでに僕も十分『変な人』だからね。そもそも話もしない相手にどう思われようと関係ないでしょ」

 普通のことだというヒロトに対して、桐子は遠慮がちに目を伏せてお弁当箱を抱きしめる。

「……私はそんなふうには思えなくて」
「別に僕みたいに考える必要はないんじゃない。僕は対象を外側から観察する癖がついてるけど、逆に香辻さんは内側から観察してる。どちらが優れているとかではないし、どちらもメリットデメリットがある」
「……どれだけ自分と他人のことが見えてるんですか」
「性分かな」
「分析が冷静すぎて、ちょっとひきます」
「ハハッ、よく言われる」

 その冷静さの理由を尋ねるような桐子の視線に対して、ヒロトは笑って誤魔化した。

「中庭にでも行く?」
「できれば人気のないところで」
「了解。それじゃ校舎裏に行こうか」

 校舎を出た二人は裏庭を昼食の場に選んだ。秋が近づき寂しくなりつつある花壇を横目に、隅っこにある丸太を削った椅子に並んで腰掛けた。

「ここなら誰も聞いてないと思うよ」

 ヒロトはビニール袋からサンドイッチを取り出す。
 離れたところで5人ほどの女子グループがお弁当を食べている。彼女たちは会話が盛り上がっているので、新しく来た二人に気づいていないだろう。

「そうです、大変なんです!」
「ち、近いって! 息が耳に!」

 桐子が身を乗り出したせいで、横からヒロトの耳に息が吹きかかる。くすぐったさにぞわりとして、思わず手にしていたサンドイッチの包みを落としそうになってしまった。

「あ、すみません……でも、本当に大変なんです!」
「落ち着いて。何が大変なの?」
「リ、リプライが来ちゃったんです! ツイッターに!」

 まるで幽霊でも見たように言う桐子が微笑ましくて、ヒロトも嬉しくなる。

「よかったね! 視聴者の感想かな?」
「それが違うんです!」
「違う?」

 雲行きを怪しく感じたヒロトはサンドイッチの包みを開けたところで、手を止める。心無いリプライだったのではと心配になってしまうが、桐子に怯えたり悲しんだりする様子はまるでない。

「アオハルココロちゃんから、リプライが来ちゃったんです!」

 唾を飛ばして捲し立てた桐子は、スマホの画面をヒロトに突きつける。

〈@Ashprincess はじめましてアオハルココロです! 動画で見た灰姫レラさんがとっても素敵で思わず話しかけちゃいました。次の配信も期待してますლ(´ڡ`ლ)〉

 いたずらも疑ったけれど、リプライを送ってきたアカウントには本物を保証する認証マークがついていた。

「……本物か」

 ため息のように言葉を漏らすヒロトに、桐子が血相を変える。

「ちょっとちょっと! なんでそんなに平然としてるんですか! あのアオハルココロちゃんですよ! 五神の一人のアオハルココロちゃん! 動画の宣伝まで呟いてくれちゃってますんですよ!!」

 冷めた様子を糾弾するように、桐子は顔を近づけヒロトを威圧する。

「あっ、ごめん。そうだよね、あのアオハルココロからリプライが来るなんて凄いじゃないか!」

 ヒロトは無理やりテンションと諸手を挙げて大げさに喜ぶ。自分でも嘘くさいなと思ったけれど、香辻さんは気にしていない。

「ですよね! そ、それで、どうしたらいいんでしょうか? とりあえず、100回ぐらい『いいね』したいんですけど……」
「落ち着いて、1人1回しか、いいねできないよ。それより、早くリプライしないの? 授業中もずっと我慢してたんだよね?」

 返事ができなくて授業中ずっと落ち着かなかったのかと思ったけれど、香辻さんの反応は違った。

「リ、リ、リ、リ、リプライ?! 正気ですか?! こんなフォローワー数100人程度のクソザコアカウントが、200万フォロワーのアオハルココロちゃんに、直接リプライを送るとか! 自殺行為です! 不敬罪で打首です!」

 香辻さんはスマホを握りしめて無理無理と首を振る。

「大丈夫だよ。返事をしたら、きっと喜んでくれる」
「ホントにですか? ダンゴムシが近づいてきたみたいに、嫌がられちゃいませんか?」
「心配しすぎだって。それより、相手に無視されたって思う方が悲しいんじゃないかな?」

 ヒロトの宥める言葉に、香辻さんはハッとし首を何度も縦に振る。

「じゃ、じゃあ、河本くんを信じて……返事、します……」

 生唾を飲み込んで決心を固めた香辻さんは、震える指先をスマホの画面に向ける。

「…………」
「………………香辻さん?」
「なんてお返事したらいいか、ぜんぜん分かりません!」

 香辻さんは今にも泣き出しそうな目で、ヒロトに助けを求める。

「普通に〈見てくれてありがとうございます。いつも応援しています〉ぐらいでいいんじゃないかな」
「そっけなくないですか? ちょっとスカしてないですか?」

 桐子は眉毛をぐぐっと寄せて悩む。軽く提案するヒロトとの温度差は100℃以上だろう。

「僕はそうは思わないけど……心配なら、ファンだって言って、好きだって伝えればいいんじゃないかな」
「わ、私が?! す、好きって?! キモくないですか? クソザコダンゴムシに、好きって言われたら気分悪くないですか?」

 大好きな人に話しかけられて自尊心がクラッシュしてしまったのか、香辻さんのネガティブ加減はアクセル全開のようだ。

「大丈夫。香辻さんはダンゴムシじゃないし、キモくないから」
「河本くんに言われても……」
「ちょっ、なんで!?」

 何故かネガティブフィールドに巻き込まれてしまったヒロトは戸惑いながらも、苦情の声を上げる。

「だって河本くん変な人だし……灰姫レラの配信みてるぐらいだから……」

 香辻さんの自虐にヒロトはため息を一つして、やれやれと首を振る。

「それこそ灰姫レラに置き換えて見ればいいよ。好きって言われて、嫌な気持ちになるわけ無いでしょ?」
「……うん」
「返事がないほうが?」
「悲しい」
「だったら?」
「返事……します。怖いけど」

 叱られた子供が反省するみたいに、香辻さんは小さく頷いた。

「で、でもです! まずは下書きします。それで、完成したら河本くんがチェックしてくれますか?」
「う、うん、任せてよ」

 香辻さんに上目がちにおずおずと頼られてしまっては断ることなんて出来なかった。

「時間かかりそうなので、河本くんはご飯食べながら待ってて下さい」
「頑張って」

 スマホを睨んで返事を考える桐子を余所に、ヒロトはようやく包みを開けたまま握っていたサンドイッチにありつく。マヨネーズを和えた玉子の甘みとハムの肉の味、それに少ししなっとしたレタスが美味しかった。

「ごきげんよう……じゃなくて、こんには……でも、いつ読むかわからないし……」

 ぶつぶつ言いながらリプライを考える香辻さんを微笑ましく眺めながら、ヒロトはサンドイッチと焼きそばパンを平らげた。

「で、できました! チェックをお願いします!」

 ついに香辻さんがスマホから顔を上げる。

「了解っと」

 ヒロトは飲んでいたペットボトルカフェオレのキャップを締めて、差し出された画面を見る。

〈@bluehart はじめまして灰姫レラと申します! 動画を見てくれてありがとうございます! アオハルココロさんに憧れてVチューバーをはじめました。これからもずっとずっと応援しています!〉

 あれだけ悩んだにも関わらず、香辻さんが完成させた返事は想像以上にオーソドックスだった。

「これ、本当に送って大丈夫ですか? アオハルココロちゃんが気分悪くしないかな?」
「大丈夫、不快に感じる要素ゼロだから。そんなことより早くしないと昼休みが終わっちゃうよ」
「そ、そうですね……で、では、送りたいと思います……」

 背筋を伸ばし畏まった香辻さんはスマホを握ってぷるぷる震える。核ミサイルの発射ボタンを前にして、躊躇っている新人兵士みたいだ。

「……河本くん、代わりに送信ボタンを押してくれませんか?」
「自分で押す。それが自己責任」
「うぅ……分かりました」

 冷たく突き放すヒロトを恨めしそうに見る香辻さんだったけれど、、観念して自分で送信ボタンをタップした。

「お、送っちゃいました……本当に送っちゃいました……はぁ……」

 呼吸がしづらそうな香辻さんは、たわわな胸元をぎゅっと押さえつける。
 彼女の心臓の鼓動を知らせるように、昼休みが終わる5分前のチャイムが鳴り響いた。

 午後の授業中も香辻さんはずっと心ここにあらずといった様子でそわそわしていた。もちろん昼食を逃したからではなく、リプライの結果が気になって仕方がないようだ。授業中に先生の目を盗んで、スマホをチェックしては息を止めたり、落胆したりを繰り返していた。
 そして、授業が終わり、ホームルーム。

「ふぎゃぁああああああ!」

 香辻さんの奇声がまた教室中に響き渡った。

 いつもの空き教室の前にやってきた二人。
 移動中も香辻さんはずっと「どうしよう……どうしよう……」とぶつぶつ繰り返していた。

「き、来ちゃいました……」

 震える声で香辻さんは言った。栗鼠が虎にでも見つかってしまったかのように怯えている。

「返事が?」

 ヒロトのそっけない問いに、香辻さんは何とも言えない表情でスマホを握りしめる。

「だけじゃないんです……こ、コラ……」
「コラって怒られたとか?」

 場を和ませようとした軽口だったけれど、香辻さんはそれどころではない様子で、ヒロトの制服の袖を掴む。

「コラボのお誘いが来ちゃったんです!」

 詰め寄った桐子が突き出したスマホの縁が、ヒロトの鼻を下から強打する。

「ぐはっ!」

 当てた桐子は興奮しすぎて気づいていないのか、早く画面を見ろと目線で訴えていた。

〈@Ashprincess お返事ありがとう! わたし、もっともっと灰姫レラちゃんのことが知りたいな! もしよかったら、コラボ配信してくれないかな? いきないこんなこと言って迷惑かもしれないけど、ぜひぜひ考えて欲しいなლ(´ڡ`ლ)〉

 リプライを読みながらヒロトは奥歯を噛みしめる。

(まさか……)

「ど、どうしたの、河本くん!? 驚きすぎちゃった??」

 香辻さんが心配そうにヒロトの顔からスマホを遠ざける。無意識のうちに顔が強張っていたようだ。

「いや、なんでもないよ。それで、香辻さんはどうするの?」

 目を閉じて大きく息を吸ったヒロトは、誤魔化すように桐子に話を振る。

「どうするって……そんなの断るに決まって……」

 香辻さんは言葉の最後を飲み込み、自信なさげにうつむく。

「そうだね。コラボはやめた方がいい」
「えっ……どうして……」

 その言葉が意外だったのだろう、香辻さんは目を大きく開けてヒロトを見上げる。

「アオハルココロとのコラボは諸刃の剣だよ」
「諸刃の……剣?」
「『フラッシュマン事件』のこと、香辻さんは知ってる?」
「大体は……」

 困惑する香辻さんにヒロトは語りだす。

「自称毒舌系Vチューバーのフラッシュマン。自分で名乗っている通り、ゴシップや政治の批判、炎上した話題に突撃したりと、あまり行儀の良くないVチューバーだった。ネットの評判も決していいとは言えないけれど、そういうのだって需要はあって、一部では人気もあった」

 ヒロトが好きなタイプではないけれど、目立つ存在ではあったので活動を追っていた。

「そのまま狭い世界で『コメンテーター』を続けてればよかったのに、フラッシュマンは欲を出した。デビューして間もなく知名度もない新人Vチューバーたちを狙い、言葉巧みに近づいてセクハラやパワハラをしはじめた。実際、それが原因でVチューバーを辞める人も出た」

 話しながらヒロトの口角が上がっていく。

「そんなフラッシュマンを、アオハルココロはコラボに誘った。もちろんネットの反応は散々だ。アオハルココロのファンを辞めるって言う人も大勢いた。それでも彼女はコラボを決行した。ちなみに香辻さんその動画はみた?」

 香辻さんは黙って頷く。

「痛快だったよね。最初は普通のコラボみたいにトークから始まって、徐々にフラッシュマンの悪行が白日のもとに晒されていった。なんとか誤魔化そうとするフラッシュマンに証拠を突きつけ、最後には被害者が総登場。まさにフルボッコ! そのまま奴はアカウントを削除してネット上から抹殺された。『有志』の手で本名も顔写真も割れてるから、二度とVチューバー界には戻って来ないだろうね」

 ヒロトは一呼吸を置いてから、香辻さんを見つめる。

「だから、僕はアオハルココロとのコラボはやめたほうがいいと思う」
「……でもそれは悪い人が相手だったから」

 浮気男でも信じるような香辻さんの反応に、ヒロトはそうじゃないと首を振る。

「本質は一緒だよ。数十万の視聴者の前でアオハルココロと『戦う』んだ。もちろん『勝つ』なんて、数百万に一つの奇跡でも起きなきゃ無理。それでも互角の戦いができれば、大勢が称賛してくれて一躍人気者になれる。でも逆にだ、アオハルココロの輝きに飲み込まれたらおしまいだ。決して自分が白亜の塔の頂には届かないと知り自信を失う。コラボしたことで増えたアンチの言葉ばかりが気になるようになる。そうして……潰れていく」

 実際、アオハルココロとのコラボの後に勢いが無くなったVチューバーは大勢いる。本人の輝きが陰ってしまったのだ。コラボのおかげで一時的にファンが増えても、その後はズルズルと沈んでいくだけだった。

「と、御託はこのぐらいにしようかな」
「えっ?」

 重い言葉から一転、ヒロトは夕食のメニューでも尋ねるように香辻さんに笑みを向ける。

「香辻さんはどうしたい?」
「私は……私みたいなクソザコが、アオハルココちゃんとコラボするなんて……」

 ネガティブな言葉とは裏腹に、香辻さんは暗闇に差した光を見つめるように、ドキドキと目が輝いていた。

「自分自身が願う一番を、なりたいものを、いきたい場所を目指したほうがいいと僕は思う」

 ここで躊躇ってしまったら、香辻さんは絶対に酷く後悔すると思った。だからヒロトはプロデューサーとして覚悟を与え、その背中を押した。

「河本くん……私、やってみたいです。アオハルココロさんとコラボしたいです!」
「うん、そう言ってくれると思った」

 心の中でもう一人のヒロトが昂奮に拳を握りしめていた。

「協力してくれますか?」
「僕で出来ることなら、喜んで!」

 夢見るような笑みの香辻さんにヒロトも嬉しくなる。

(香辻さんが自分から決意してくれてよかった。そもそも、このコラボを断るなんて選択肢は、灰姫レラには無かったんだから)

 アオハルココロのリプライはすでに、3000回以上もリツイートされ界隈には知れ渡っている。当然だ、あのアオハルココロが名前も知られていない泡沫Vチューバーを自分からコラボに誘ったのだ。もしコラボを断っていたら、大量の灰姫レラのアンチを産んでいただろう。取り返しがつかないほどの影響だ。

「そうと決まれば、さ、さっそくお返事をしなくては……」

 香辻さんが文章を考えて、リプライを送るまで今度は『たった』の20分しか、かからなかった。

〈@bluehart 私も是非、アオハルココロさんとコラボしてみたいです! どうか宜しくお願いいたします〉

 リプライを送り終わった香辻さんは肩で息をしている。

「はぁはぁ……これで私が、灰姫レラが、ア、アオハルココロちゃんとコラボ……」

 覚悟したことで緊張を歓喜が上回ったのか、香辻さんは今まで見たことがないほどニヤニヤと相貌を崩す。
 しかし、そのニヤけた顔が続いたのは1分にも満たなかった。

「まずいです……、一つ大きな問題があります」
「どうしたの?」
「私とアオハルココロちゃんが、直に会話しちゃうんです!」
「それが問題? 同じ3Dモデルだから、違和感は無いと思うけど」
「そういうことじゃありません! 私、コラボって初めてなんです! しかも、その相手がアオハルココロちゃんなんですよ! あんな神々しい女神様を、め、目の前にしたら、私、きっとフリーズしてしまいます! まともに話せる気がしません!」
「ああ、確かに……その可能性は高いね……」

 リプライが来ただけで授業中に奇声を上げ、その返事に1時間近くかかるほどの重症だ。何か失敗をやらかす以前に、緊張で話すらできない様子がはっきりと目に浮かぶ。

「完全に放送事故です! アオハルココロちゃんの放送を、わ、私が汚すなんて…………、や、やっぱり、お断りしましょう! 返事を消して無かったことに……」
「あ、ちょっと! それには――」

 ヒロトが言い終わる前に、パニック状態であわあわとスマホを見る香辻さんだったが――。

「ほぎゃぁあああああ!」

 本日、三度目の奇声をあげて、ヒロトの腕に抱きつく。

「か、香辻さん?! お、落ち着いて、腕が!」

 押し付けられ柔らかな胸の感触にヒロトがドキマギしていても、香辻さんはそんなことは知ったことかとスマホを振り回す。

「もう返事のお返事が来ちゃいました!」

〈@Ashprincess やったーー! 灰姫レラちゃんがOKしてくれて嬉しい! 詳細はDMで送るね! 絶対に最高に楽しいコラボ配信になる! いまからとっても楽しみლ(´ڡ`ლ)〉

「はひぃ……アオハルココロちゃんが、嬉しいって言ってくれて……私のほうこそ嬉しすぎて……それに楽しみだって…………あぅ……でも、言質を取られてしまって……ちゃんとお話できるか……あぁ……でもアオハルココロちゃんに会えるから……うぅ……」

 香辻さんは嬉しい顔と困った顔を忙しなく交互に浮かべる。

「どうしよう、河本くん!」
「大丈夫、僕に一つ秘策がある」

 すがりつく香辻さんを引き剥がして、ヒロトは人差し指を立てる。

「そ、それはどんな?」
「アオハルココロ克服作戦さ」

 胡散臭い名称に香辻さんは露骨に眉をひそめる。
 彼女のまん丸の瞳が本当に大丈夫なのかとしきりに訴えていた。

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トップVチューバーのアオハルココロとコラボ配信をすることになった桐子(灰姫レラ)
大好きな相手を前に、桐子はまともに話すことが出来なそうだ。
ヒロトはどんな秘策で克服させるのか?

『お気に入り』や『いいね』『感想』等ありましたら是非お願いします!

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