第56話
文字数 1,286文字
零香はこの子が置かれた環境について全く知らない訳ではなかった。
父親の太郎は大風呂敷を広げ、得意なことだけを上手くこなして、饒舌で羽振りの良いイメージを纏う詐欺師タイプだった。騙される迂闊な人々は多く、資金は苦労せず集めてしまう。
海上はそれで仕事を成した気分のままに派手な遊びを繰り返して家庭などおざなり。そんな彼の妻は子育ての大変さと夫の仕打ちに心のバランスを崩したようであった。
零香は夫と太郎の会話を何気なく聞いてしまった事がある。
「ウチの奥さんずっと、秀人にぶつぶつと話しかけてんだよ。そのせいで、赤ん坊のころはひどく泣いていたんだけど、最近は逆に何を言っても笑ってんだよ。もう言葉も理解できる筈なのに、何も聞こえていないかのようでさ。大きな声で念仏のように唱えているのに何も感じられずにいるっておかしいだろ。
どこか、源ちゃん紹介してくれんかな。あれじゃあ、俺が成功しても跡継ぎにもならん。
ならなきゃならないで早めに手を・・・・」
零香は不憫に思いながらも特に意見をすることも出来ないまま、目の前の仕事に押し流されて忘れてしまっていた。しかし、海上の妻が我が子の眼前で命を絶ったことを聞いて、過去の後悔によって胸が締め付けられた。
発見した時の状況も源蔵から聞いていた。
「零香、内緒だぞ。
どうも、奥さんは最初、子供と心中しようとしたらしいぞ。最後は思い留まったみたいだけど。あと、源ちゃんが発見した時、口に何か突っ込まれていたんだって。
何かわかるか?
慌てて引っ張り出したらトランプかタロットカードみたいな奴で。取り出した瞬間に秀人君はは襲い掛かるように取り返したそうだ。見せもしなかったけど意味ありげで不気味だからほっておいたらしい。
笑っちゃうのはさ、源ちゃん、その状況にスキャンダル的なキャッチーさを感じたから警察にも話してないと言って笑って話すんだ。大物だよ」
零香は壊れたままの笑い顔でコーラを飲む秀人を見つめながら、思い出した夫の言葉に苛立ちが甦った。
「ゲぇ。何が大物だよ。
ごめんね」
彼女は膝をついて秀人の顔をじっくり見た。
「どこか、瞳の色というか、気配がウチのボクちゃんみたいね。
そうだ、この笑いの原因を私が拾い集めて何か救いになる光に変えてあげよう。
あいつらが居なければ、こっちもやりたいように日々を使える。まかせっきりの奴らに、私の仕事の進捗状況を正確に判断なんて出来やしないのだから。
仕事はお休みよ。
休みじゃ休みじゃ。
ケツまくって生きたるわ。
ウハハハ」
解放されたように祖母の口癖がそのまま出てしまう。
「え? 」
楽しくなって笑う零香を秀人が笑いを消してギュウと抱きしめている。
「イイイうういういううううあああアア」
そう呻いていた。
「任せて、いっぱい遊ぶよ。あいつら当分来ねえから、あ、いけね、口悪くなっちまった。
二人の秘密だよ、シューちゃん」
零香は抱きしめ返した。
「そうだ、シャンプーしよう。いいかな」
彼は笑いを消して嬉しそうな目に涙を浮かべ頷いた。
「いいのね。じゃあ洗おう。おばちゃんが髪の毛セットしてあげるからね」
彼はさっきよりも強くギュッとしてきた。
父親の太郎は大風呂敷を広げ、得意なことだけを上手くこなして、饒舌で羽振りの良いイメージを纏う詐欺師タイプだった。騙される迂闊な人々は多く、資金は苦労せず集めてしまう。
海上はそれで仕事を成した気分のままに派手な遊びを繰り返して家庭などおざなり。そんな彼の妻は子育ての大変さと夫の仕打ちに心のバランスを崩したようであった。
零香は夫と太郎の会話を何気なく聞いてしまった事がある。
「ウチの奥さんずっと、秀人にぶつぶつと話しかけてんだよ。そのせいで、赤ん坊のころはひどく泣いていたんだけど、最近は逆に何を言っても笑ってんだよ。もう言葉も理解できる筈なのに、何も聞こえていないかのようでさ。大きな声で念仏のように唱えているのに何も感じられずにいるっておかしいだろ。
どこか、源ちゃん紹介してくれんかな。あれじゃあ、俺が成功しても跡継ぎにもならん。
ならなきゃならないで早めに手を・・・・」
零香は不憫に思いながらも特に意見をすることも出来ないまま、目の前の仕事に押し流されて忘れてしまっていた。しかし、海上の妻が我が子の眼前で命を絶ったことを聞いて、過去の後悔によって胸が締め付けられた。
発見した時の状況も源蔵から聞いていた。
「零香、内緒だぞ。
どうも、奥さんは最初、子供と心中しようとしたらしいぞ。最後は思い留まったみたいだけど。あと、源ちゃんが発見した時、口に何か突っ込まれていたんだって。
何かわかるか?
慌てて引っ張り出したらトランプかタロットカードみたいな奴で。取り出した瞬間に秀人君はは襲い掛かるように取り返したそうだ。見せもしなかったけど意味ありげで不気味だからほっておいたらしい。
笑っちゃうのはさ、源ちゃん、その状況にスキャンダル的なキャッチーさを感じたから警察にも話してないと言って笑って話すんだ。大物だよ」
零香は壊れたままの笑い顔でコーラを飲む秀人を見つめながら、思い出した夫の言葉に苛立ちが甦った。
「ゲぇ。何が大物だよ。
ごめんね」
彼女は膝をついて秀人の顔をじっくり見た。
「どこか、瞳の色というか、気配がウチのボクちゃんみたいね。
そうだ、この笑いの原因を私が拾い集めて何か救いになる光に変えてあげよう。
あいつらが居なければ、こっちもやりたいように日々を使える。まかせっきりの奴らに、私の仕事の進捗状況を正確に判断なんて出来やしないのだから。
仕事はお休みよ。
休みじゃ休みじゃ。
ケツまくって生きたるわ。
ウハハハ」
解放されたように祖母の口癖がそのまま出てしまう。
「え? 」
楽しくなって笑う零香を秀人が笑いを消してギュウと抱きしめている。
「イイイうういういううううあああアア」
そう呻いていた。
「任せて、いっぱい遊ぶよ。あいつら当分来ねえから、あ、いけね、口悪くなっちまった。
二人の秘密だよ、シューちゃん」
零香は抱きしめ返した。
「そうだ、シャンプーしよう。いいかな」
彼は笑いを消して嬉しそうな目に涙を浮かべ頷いた。
「いいのね。じゃあ洗おう。おばちゃんが髪の毛セットしてあげるからね」
彼はさっきよりも強くギュッとしてきた。