第63話

文字数 2,635文字

 虹の竜巻は消え去っていた。
KZは静止したメアに近づき、人差し指で頬や鼻先をグイっと押してみた。
「父さん・・・・? 」
メアは一度ガクンと揺れて再び喋りはじめる。
「・・・・意識が飛んじまった。負荷が掛かって脳インプラントがバグったようだ。すまん、どこまで話したんだっけ。おい、何で俺の顔を突っついているんだ」
KZは手を引っ込める。
「何でもないよ。お互いの『SLIDER』プログラムを進化させた技術の共有が、どちらにとってもウインウインになるっていう話をしてるところだけど・・・・」
「おう、そうそう。『きもちラボ』なんてイメージ戦略が上手くいっただけで、裏は過酷な肉体労働そのものでパティシエの人権なんかないってことさ」
「失踪した人たちは解放してくれたの? 」
「零香を送り出した時にな。いない」
シュットから貰った源蔵Rカードで下位デバフスキル【噓コキ日常茶飯事】が点滅した。
そして、「おまけ1」「おまけ2」と添付ガイドが現れ、「ここをクリック(笑)」という透かし文字が点滅している。KZはナチュラルな手のこなしでハットのエッジを持つ際に、「おまけ1」をスッとタッチした。
源蔵が零香を見送ると直ぐに、イニシエーション通路の行先を切り替えてパティシエたちを元のセクションへ戻す動画が流れる。
「ふーん。リンクの接続をボクがするからそっちのサーバーを解放してよ」
「否・・・・、それよりもだ、メアとして『ノベンバー・ソウル・ランド』の世界にいる俺が、直接にお前の魂を受け入れて調和させよう。これ以上、我が子に負荷を負わせてしまったら父親として情けない、ははっ」
「二つもの魂をしっかり留め置く力はまだ無いよ。万が一、どちらかのサーバーネットワークの不具合が起きたら充電池のない端末のようにメモリー機能が作動しないで消えてしまう」
「大丈夫さ、俺の計画に従ってくれればバックアップは心配なくなる。このままでは面倒な子でお荷物になっていくだろうしな」
「どういうこと。誰がそんなこと言ったのさ」
「違う違う違うわ。課題を解決するプログラムを構築すれば世界はお前を求めるって言いたかっただけだ」
「そう・・・・」
KZは哀しい気持ちを抑えながらハットに手を添えて、源蔵のRカードに点滅する「おまけ2」に触れた。
「父さんのいる施設の近くはネットワークから遮断された物理的ウォールがあるよね。母さんの迎えの車はどうやってその場所に辿り着けたのさ」
「うん? 後をつけて来たんだろ、そりゃあ」
目的地を知っていたかのように先に到着していて、彼女らを拉致したワゴン車がその横を通り過ぎていく防犯カメラ映像を見ていたKZは遮る。
「父さんひとりの計画じゃないな。
ファスビンターさんに取り入ったんだね」
メアは舌打ちをした。
「フン、そんなに怒るな。二人の父親が一緒に息子を助けようって話だぞ」
「ファスビンターさんの計画なの? 」
源蔵は何かに怯えた雰囲気を隠しきれていなかった。
「え、イヤイヤ。俺のアイデアだ。ガタガタ煩いな」
「少なくとも、父さんはそんな大胆な事をする器の人間じゃない」
「なんだと。肉親だぞ。子供は親を尊重するってもんだ」
「よくその口で言えるね。ボクとお母さんをゴミ箱へぶちまけて、エゴイズムを生きてきた人間なのに」
「エゴがそんなに悪いのかよ」
「『ノベンバー・ソウル・ランド』にはエゴは要らない。その感情的波長にまみれた魂は、ボクの世界からこぼれてサイバー空間に散るのが運命さ」
「きれいごとを言うな。この仮想世界だって現実の世界のエゴの金山でしかない。『ノベンバー・ソウル・ランド』みたいなエンターテイメントの裏では、旨いもの食って、抱き合っている肉欲にまみれた人間の勝者がいる。そんな力学に沿って社会活動は循環するのさ」
「足りるに満足しない奴らが勝ち、己を勘違いした時には庶民が巻き添えを食う」
「だが、その庶民だってわがままでクソなウジ虫も多いしな」
「じゃあ、父さんはどうなんだよ」
KZに飛びつきメアはKZの両手で頬を挟むと言った。
「もういい、協力しないならもっとお前の神のコードを抱かせろ。
ふん、そんな怖い顔をするなよ。親子で協力してシー・ウエイブを乗っ取るのさ」
メアはKZにキスを迫ってきた。
「抵抗するな。シー・ウエイブのサーバーと結合して力技で吸い尽くしてやるさ。
ウン、もしかして、俺がファーストキス? 」
「ち、違うよ」
「そうかそうか、メアだとしても少し申し訳ないからな。さあ、抵抗しないのよボクちゃん。
あれ、ない・・・・」
メアは耳を何度も何度も触った。
「ピアスがない。こっちから指示が出来ない。
キャあっ、何掴んでいるの」
KZはシュットの「ウヒヒヒヒ」という声を思い出しながら、メアの胸をギュッとしている。
「止めて、セクハラよ」」
「笑わせないでくれよ、こっちは真面目なんだから。
父さんは今、魂の転生をしている」
「これがか。脳波出力が暴走して意識が曖昧になっていく。俺は自由に行き来が出来るのか」
「否、現状のシステムでは無理。片道切符さ。
それに強引に引き出すから脳に構築されていた人格は失われているだろうね」
KZの帽子の裏に貼られたカードに追加スキルが表示された。
【島流しの定め】
「その、カードは海上のガキのモノか?
そういうことならばなりふり構っていられるか。なんとしても、俺がお前になってやる」
その瞬間にメアは強い力に吹き飛んで転がっていく。頭を上げるとそこには蹴り終えた武術の構えをするメイドが立っていた。
「正義の味方参上!
ウン? あれ? 」
見事にクリーンヒットさせてメアを動かなくさせてヒミは焦り始めた。
「ゴメン、フウ、やり過ぎた? 」
「リンクされるところだったから危なかった。さあメアを捕獲しよう」
ヒミがメアに近づき触れるとそこにはKZがいた。びっくりして振り向くとメアがいる。
次の瞬間にはまた反対に。
「どういうこと?」
メアとKZが気持ちの悪いリズムで2体のアバターを入れ替わるループに陥っていた。
「どうすればいいの? 」
メアは叫ぶ「もう死んだもう死んだ」と。
KZは囁く「パンケーキパンケーキ」と。
そうお互いの言葉が交互に身体の移動と共に響き、二人を中心として光の渦になった。
「ウッわああアアアア」
ヒミは瓦礫だらけの路上へ弾き飛ばされた。
彼女はすがるように天を仰いだ。
「カオスの裸踊りみたいにふたりが踊っているよ。
ウチの回し蹴りがダメだった?
マリコさんどうしよう。見てますか」
空は沈黙していた。
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