第29話

文字数 2,036文字

 菓乃のスマホがメールの通知音を鳴らす。
「ヒミちゃんからで、あと十分位で来られるみたいです。出待ちの方が多いから、そこの道を抜けた通りにある自販機のあたりで待っていて欲しいそうです」
「あ、そう。でも、あの子のチェキだっけ、列は一番長かったわね」
零香は歩きながら、さっき撮ったばかりのツーショット・チェキを見ながら続けて言った。
「分からないでもないな」
菓乃は零香の手元をのぞき込んだ。
「口元微妙にニヤついてますよ。またチェキ撮りますか? 」
「うるさいわ」
何か気になることに気づいた菓乃は
「あれ、ちょっといいですか?
じっくり見させてください」
「何さ」
「ヒミがいつも見せない印象に見えて。気のせいかな」
そう言って、ジッと零香を改めて観察するのだった。
「そうなんですよね。
よくよく考えると、ヒミの親分みたい。なんか近いものを感じる二人ですもんね。
しかも、私の推しがちょっと辱められているかのような顔になっていてですね、イマジネーションが膨らんでソソラレル・・・・」
「ごちゃごちゃとうるせぇよ、君は。
見た目は童顔で清楚なお嬢様なんだから、余計なことで拗らせた嗜好性は邪魔になってめんどくせえぞ。もっと楽にだな」
「何々しそうだとか偏見は嫌いです。それに、面倒な奴で結構です、フン」
無意識に少し頬を膨らませたので余計に幼く見えるのが、零香を喜ばせてしまう。
「大好物だよ、ヒャヒャッヒャ、拗ねるなって、アハハハハ。
あたしはね、楽に生きた方がいいって言ってるだけよ。あんたのこだわりで苦労しようが、どうでもいいし。世の中は今のところそんな感じなんよ。戦うのは才能のないやつに任せておいて、あんたは可愛いパティシエになって大成功。そして、あんたの理想で身近なところから幸せな人を増やしとけばいいの。あーあ、柄にもなくアドバイスしちまったよ。
自分が面倒くさい選択で生きてきちまったからさ、ごめんよ」
「こちらこそ、ごめんなさい。
私はお菓子作りが大好きなだけで。昨日ようやく、父親のことを知れた身ですから、そんな大それた夢なんて。あ、ここですね目印の自販機」
零香は左の口角を僅かに上げた。何か愉快な考えが閃いた時の癖であった。
― 毎朝あの子にパンケーキを焼いてくれたなら、体調が安定するかもしれない。現状維持でも時間稼ぎにはなる。
この子の才能欲しいわ。 ー
「ウチで専属のパティシエとして働いてみるのはどうよ」
「え? 心置きなく料理出来てお金貰えるんですか」
「それに、いずれはあなたさえよければ」
「結婚しろとかですか」
「何を言ってるのさ。菓乃のスイーツ店をオープンさせてもいいかなって。
うん? あんた、ボクちゃんに変なことしたことある? 」
腕をバタバタしながら
「何ですかそれ、分からないです、分からないです。まだ記憶が混乱していますし」
「ふーん。そうなの? なんか含みを持たせるじゃない。まあ、その件に関してはゆっくりと、あんたのレシピ並みに細かく精緻な尋問をいずれさせてもらうから。
おや?
なんだ? 」
二人の前に黒塗りのワンボックスカーがゆっくりと停まった。
ドアが開くと同時に声が聞こえてきた。
「よお、元気らしいな。遠い風の噂ではよく聞いているぜ。俺と別れてからえらく若い感じになったじゃないか」
ゆっくりと小太りの中年の親父が降りてきた。だが次の瞬間、零香は男の股間をきれいな導線で描き蹴り上げた。
「ウゲッ。
エエエ、なんで~」
その声に慌てて、運転席のドアが開き黒スーツの男が飛び出して来て、零香を捕まえようとした。
零香は菓乃を背中側へと庇うように移動させた。
「大丈夫だ。元奥さんだから・・・・ウッウッ」
股間に手を当てながら、黒スーツの男を諫めた。
「本当に零香・・・・かよ」
「そうだよ」
「キャラ変きつくないか」
「あんたも、髪の毛は抜けるは、中年太りの果てのクソオジサン完全形態じゃん」
「うるせえよ。でもよ、屈強な男に睨まれている状況で言うか。メンタル強いな」
源蔵は上がった玉を降ろす為にジャンプしながら言った。
「一緒に来るんだ」
「否と言ったら」
「無理やりにでもな」
「この子は返していいわね。ちょっとした知り合いなだけだから」
「何をとぼけてんだよ」
「その子がお宝だろ。ケーキ屋の娘がいるって言うから素っ飛んで来たんだよ」
「なんで、それを知っているんだ」
少し間をおいて言った。
「売られたんだよ」
「誰に?」
「息子にさ。さあ大人しく、後ろの特別シートに乗りな」
真ん中で仕切られた後部は、拘束具が装備された特別仕様であった。
「拉致する気? 」
「ふん。そんなことを気安く言えないバックがお前には付いているだろ。怖えよ。
招待として考えてもらって。
但し、中からは開かんようにロックは掛けるけど。ちょっとした想定外の出来事ってことでよろしく」
「強い者の下でよろしくやる社会性というか、本能的嗅覚は健在ね。本当に、根っからの手下ね。まあ、今ならそこが下等生物の必死さのかわいさだと思ってあげられるわ」
「う、う、ウルサイわ」
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