第13話
文字数 2,140文字
零香はベッドのヘリに座ってスイートルームから見える富士山を見ながら肩をゆすっている息子のモーニング・ルーティングをジッと見つめている。
― ラジオ体操第4
両手両足を大きく開いて全身をゆする運動
椅子の方は肩をゆすりましょう
次は腕と足をそろえて ―
「あの子、先週までは立ってこの体操が出来ていたのに」
朝を迎えるたびに体力が衰えていく姿は母親として苦し過ぎる。
「研究に息子を利用するなんて・・・・馬鹿なことをした。
動物実験じゃないか。ましてや我が子を。
脳インプラントによるサイバーのクロスオーバーをして負荷を与えすぎたなんて、言い訳も出来ない。最初は夫に説得されて手を染めたとはいえ、離婚してアメリカに渡ってからも、新たな扉を開いて彼を救うには次へのブレイクスルーしかないと悪魔のサイクルに入ってしまった。
今からでも最悪な結末は避けなければ。
否、ダメよ、ここまで来てしまったからには・・・・弱気は禁物。
ほんの少し、何かが足りないだけよ」
少年自身も理解しているようで、自ら欠けた何かを探し求めて危険に踏み入ろうとしていた。
「昨日、フウちゃんの言っていたキャンペーンも何か思ってのこと。そう、多分私が引っかかっている何かしらと同じ影を捉えている」
風は深呼吸して、「よしっ」そう言って意を決したように立ち上がった。
平衡感覚を保てたのも束の間、すぐに上体から揺れ動き始め、横に倒れそうになったところで踏ん張る。
離れてみていたが慌てて駆け寄って助けようとした。
「フウちゃん、危ない。点滴用の器具でもいいから掴みなさい」
アドバイスに従い掴もうとするも、空振りしてその勢いで目の前のガラスに向かってぶつかった。
― ゴン ―
「痛い」
ガラスにおでこを打ち付け、そのまま、右に傾いた顔が頬でガラスをこすらせていく。
「ふがっ」
母親は息子を抱えてベッドに引きずり座らせた。
「もう、母さんがいない時は無理しないでって言ってるのに。来日二日目で、すぐ帰るなんていやよ」
息子はおどけきれない切ない笑い顔で答える。
「無理なんかしてないのにね。昨日の夜はトイレにも行けたのに、おかしいな。
まあ大丈夫だよ、大事な時に死んでも帰るもんか」
張り詰めた静寂を慌てて母親はひっくり返すように言った。
「ふがっだって、
変なのガハハハハ」
乾いた笑いで誤魔化しながらもギュウっと抱きしめる。
風は母親の歪んだ顔がガラス窓に映ったのを見て、申し訳なくなってしまった。
「もう、ダメ・・・・なんかな。
どんどん、千切れて戻って来なくなる・・・・魂が・・・・何処にも無くなってしまう」
零香は深呼吸して満面の笑顔をつくり、マネキン人形になってしまった彼に声を掛けた。
「そんなに無理しなくてもいいのよ」
「ごめんなさい。ただ・・・・もう、時間が残っていないのかもって・・・・」
「どうしたのよ、やめなって」
「お母さんに寄り掛かって存在している現実とされる自分と『ノベンバー・ソウル・ランド』のサイバーワールドからWEBカメラでこちらの世界を感受している仮想世界のKZが同時進行で生きている。
境目がどんどん見え難くて混乱しちゃうんだ」
零香は察した。
「今ではフウちゃんの方が状況を正しく理解しているようね。
説明してくれる?」
「脳からのデータ出力とサイバー側のデータ量の差異が増えていると思う。
不可解な値が頻繁に出てきていると思うんだけどこれはエラーではないんだよね。元々、お母さんが開発したプログラム技術「SLIDER」が新陳代謝作用の一環で排出した電磁波の一種だから」
零香はうなずき話を引き継いだ。
「やっぱり、スイーツや、パンケーキ、人間の存在価値の究極的要素の象徴として『SLIDER』での相性がよく、他のカルチャー、娯楽、ファンタジー、芸術をすべて同じ袋詰めにして、神様さをワザと嫉妬させるように仕組まれた受容体は危険すぎた。
人間が手を付けてはいけない領域に介入してしまったシナプスは潤ったまま現実とサイバーを生体信号が行き来出来ることに欲情してフウちゃん取り込んでしまった・・・・」
しばしの沈黙を風が破る。
「ベースのプログラムを公式的に模倣する人たちは増えているけど、いまお母さんが語った哲学的でもある正体を知らずにやっているからあくまで、無機質なプラットフォームでしかなくて。コンクリートや鉄のねじとかで規格品でつなげられただけ。
だからパンドラの箱とは縁がない世界線だからいいんだけど、父さんがいるシー・ウエイブ社のネットワークは、お母さんのアイデアがもとで、スイーツをしっかり組み込んだプログラムで維持しているから、同じようなリスクに今でも縛られているから心配なんだよね。
優秀なシナプスがゆえにCODEの腐食スピードが速まって、ディープランニングによる新陳代謝も追いつかない。
どんどん新しい衝撃的なスイーツの存在を注入していかないといけない」
「最近乱発しているパティシエの誘拐事件ってことよね。あっちだってやりたくはないにしても背に腹は代えられない。
でも・・・・何も言えないんだよね、私も。
人の親として、鬼畜だからさ」
「そんなこと言わないで。僕が使命として選択したんだから」
「パティシエの代わりに我が息子を生贄にしているなんて。最低よ、ボクちゃん」
― ラジオ体操第4
両手両足を大きく開いて全身をゆする運動
椅子の方は肩をゆすりましょう
次は腕と足をそろえて ―
「あの子、先週までは立ってこの体操が出来ていたのに」
朝を迎えるたびに体力が衰えていく姿は母親として苦し過ぎる。
「研究に息子を利用するなんて・・・・馬鹿なことをした。
動物実験じゃないか。ましてや我が子を。
脳インプラントによるサイバーのクロスオーバーをして負荷を与えすぎたなんて、言い訳も出来ない。最初は夫に説得されて手を染めたとはいえ、離婚してアメリカに渡ってからも、新たな扉を開いて彼を救うには次へのブレイクスルーしかないと悪魔のサイクルに入ってしまった。
今からでも最悪な結末は避けなければ。
否、ダメよ、ここまで来てしまったからには・・・・弱気は禁物。
ほんの少し、何かが足りないだけよ」
少年自身も理解しているようで、自ら欠けた何かを探し求めて危険に踏み入ろうとしていた。
「昨日、フウちゃんの言っていたキャンペーンも何か思ってのこと。そう、多分私が引っかかっている何かしらと同じ影を捉えている」
風は深呼吸して、「よしっ」そう言って意を決したように立ち上がった。
平衡感覚を保てたのも束の間、すぐに上体から揺れ動き始め、横に倒れそうになったところで踏ん張る。
離れてみていたが慌てて駆け寄って助けようとした。
「フウちゃん、危ない。点滴用の器具でもいいから掴みなさい」
アドバイスに従い掴もうとするも、空振りしてその勢いで目の前のガラスに向かってぶつかった。
― ゴン ―
「痛い」
ガラスにおでこを打ち付け、そのまま、右に傾いた顔が頬でガラスをこすらせていく。
「ふがっ」
母親は息子を抱えてベッドに引きずり座らせた。
「もう、母さんがいない時は無理しないでって言ってるのに。来日二日目で、すぐ帰るなんていやよ」
息子はおどけきれない切ない笑い顔で答える。
「無理なんかしてないのにね。昨日の夜はトイレにも行けたのに、おかしいな。
まあ大丈夫だよ、大事な時に死んでも帰るもんか」
張り詰めた静寂を慌てて母親はひっくり返すように言った。
「ふがっだって、
変なのガハハハハ」
乾いた笑いで誤魔化しながらもギュウっと抱きしめる。
風は母親の歪んだ顔がガラス窓に映ったのを見て、申し訳なくなってしまった。
「もう、ダメ・・・・なんかな。
どんどん、千切れて戻って来なくなる・・・・魂が・・・・何処にも無くなってしまう」
零香は深呼吸して満面の笑顔をつくり、マネキン人形になってしまった彼に声を掛けた。
「そんなに無理しなくてもいいのよ」
「ごめんなさい。ただ・・・・もう、時間が残っていないのかもって・・・・」
「どうしたのよ、やめなって」
「お母さんに寄り掛かって存在している現実とされる自分と『ノベンバー・ソウル・ランド』のサイバーワールドからWEBカメラでこちらの世界を感受している仮想世界のKZが同時進行で生きている。
境目がどんどん見え難くて混乱しちゃうんだ」
零香は察した。
「今ではフウちゃんの方が状況を正しく理解しているようね。
説明してくれる?」
「脳からのデータ出力とサイバー側のデータ量の差異が増えていると思う。
不可解な値が頻繁に出てきていると思うんだけどこれはエラーではないんだよね。元々、お母さんが開発したプログラム技術「SLIDER」が新陳代謝作用の一環で排出した電磁波の一種だから」
零香はうなずき話を引き継いだ。
「やっぱり、スイーツや、パンケーキ、人間の存在価値の究極的要素の象徴として『SLIDER』での相性がよく、他のカルチャー、娯楽、ファンタジー、芸術をすべて同じ袋詰めにして、神様さをワザと嫉妬させるように仕組まれた受容体は危険すぎた。
人間が手を付けてはいけない領域に介入してしまったシナプスは潤ったまま現実とサイバーを生体信号が行き来出来ることに欲情してフウちゃん取り込んでしまった・・・・」
しばしの沈黙を風が破る。
「ベースのプログラムを公式的に模倣する人たちは増えているけど、いまお母さんが語った哲学的でもある正体を知らずにやっているからあくまで、無機質なプラットフォームでしかなくて。コンクリートや鉄のねじとかで規格品でつなげられただけ。
だからパンドラの箱とは縁がない世界線だからいいんだけど、父さんがいるシー・ウエイブ社のネットワークは、お母さんのアイデアがもとで、スイーツをしっかり組み込んだプログラムで維持しているから、同じようなリスクに今でも縛られているから心配なんだよね。
優秀なシナプスがゆえにCODEの腐食スピードが速まって、ディープランニングによる新陳代謝も追いつかない。
どんどん新しい衝撃的なスイーツの存在を注入していかないといけない」
「最近乱発しているパティシエの誘拐事件ってことよね。あっちだってやりたくはないにしても背に腹は代えられない。
でも・・・・何も言えないんだよね、私も。
人の親として、鬼畜だからさ」
「そんなこと言わないで。僕が使命として選択したんだから」
「パティシエの代わりに我が息子を生贄にしているなんて。最低よ、ボクちゃん」