第53話
文字数 1,316文字
「きれいな音」
マリコはフウの胸をはだけさせ心臓の上に左手を乗せている。
「多くの誤解を纏っておられる方からのご指摘。どのように反応すべきでしょうか。
まあ、奥様なら、ウヒヒヒヒと笑い飛ばすでしょうが」
「ウッ。ふざけないで」
「わたくしは。そのような人間のコミュニケーション術。身に付けておりません。
虫けらは理解力がないに応じて、羽音はうるさい。なので我慢がならなくなったら潰します。
ですが、最近は少し。違う考えも出来るようになりました」
「ボクちゃんの影響ね」
マリコは静かに零香を見つめたが、僅かな反応を表すことなく話を続けた。
「生きている価値のないエラー数字。それにまで意味を持たせて。愚かな慰めのお経を唱える大きな虫の群れに。最近は興味を持つようになりましたが」
「あなたたちの宇宙のアルゴリズムは美しいの? そんなに」
零香の言葉に対してマリコは僅かながら笑った。その微笑が愛なのか蔑みなのか曖昧で零香には分かりえなかった。
マリコはフウの胸から手を放して伝えた。
「奥様が。母親としての決断をする瞬間。それも近いとだけ申しておきます」
「聞きたくないわ。私にも触らせてよ、気が利かないんだから。そっちのソファーを動かしてさ。うん?
そこの女は誰よ」
ソファーにはヘッドセットをつけた妃美香が横になっていた。
「なんで、このメスがここにいるのさ」
「口が悪い。フウ様がお呼びになったお客様ですよ。
今もNSLにいて、この方への寄生ブリッジで、零(こぼ)れてしまいそうな魂を引き留めています。
兆しですよ」
「分かったわ。でも、戻ってきたら説教案件だから。あ、そうだ。
紹介するのが遅れたけど、この子もフウの幼なじみ。菓乃ちゃんよ。フウの大好きなパンケーキを作る天才。マリコも感動すると思うね」
マリコはまた少し笑った。
「フウ様が大好きなパンケーキですね。是非とも味わいたいです」
これまで見せたことのない、カラッと晴れ上がった気持ちのいい微笑であった。だが、この種の情緒はマリコが持ってはいけないと零香の本能は囁いた。しかし、息子の危うい状況下においては、好意的な気持ちに変換して希望を持ちたかった。
いつもの彼女らしくない大袈裟な身振り手振りで菓乃に声を掛ける。
「ほらほら、キッチンを設置してもらったのよ。うぉー、すげェーね。使えそうかしら。
どうよ、どうよ?
使える? 」
菓乃は零香の動揺に気を留めることもなくレンジの火力を確認して、数種類あるフライパンの中から、大きさの割には重い鉄製のモノを選び、匠の如く粛々とすべき動作をしていく。
「このフライパンは厚くていいですね。完璧です」
「重そうね。後、調理行程を撮影してもいいかしら。
・・・・わたしが作ってあげる日が・・・・多分、来るから・・・・」
「どうぞ、撮影してください」
「サンキュー」
零香はカメラのセティングを終えるとベッドに横たわる息子の頬に触れた。
「早速、データのプレイバックを少し見せて。菓乃ちゃんの準備ができるまで」
「承知しました。二人の息子さんたちのアーカイブをご鑑賞ください」
「ふたりの息子? 」
「そうです」
源蔵の戯言と重なった。
「まさか・・・・」
雪崩の如く、忘れていた記憶が鮮明に彼女を襲ってきた。
マリコはフウの胸をはだけさせ心臓の上に左手を乗せている。
「多くの誤解を纏っておられる方からのご指摘。どのように反応すべきでしょうか。
まあ、奥様なら、ウヒヒヒヒと笑い飛ばすでしょうが」
「ウッ。ふざけないで」
「わたくしは。そのような人間のコミュニケーション術。身に付けておりません。
虫けらは理解力がないに応じて、羽音はうるさい。なので我慢がならなくなったら潰します。
ですが、最近は少し。違う考えも出来るようになりました」
「ボクちゃんの影響ね」
マリコは静かに零香を見つめたが、僅かな反応を表すことなく話を続けた。
「生きている価値のないエラー数字。それにまで意味を持たせて。愚かな慰めのお経を唱える大きな虫の群れに。最近は興味を持つようになりましたが」
「あなたたちの宇宙のアルゴリズムは美しいの? そんなに」
零香の言葉に対してマリコは僅かながら笑った。その微笑が愛なのか蔑みなのか曖昧で零香には分かりえなかった。
マリコはフウの胸から手を放して伝えた。
「奥様が。母親としての決断をする瞬間。それも近いとだけ申しておきます」
「聞きたくないわ。私にも触らせてよ、気が利かないんだから。そっちのソファーを動かしてさ。うん?
そこの女は誰よ」
ソファーにはヘッドセットをつけた妃美香が横になっていた。
「なんで、このメスがここにいるのさ」
「口が悪い。フウ様がお呼びになったお客様ですよ。
今もNSLにいて、この方への寄生ブリッジで、零(こぼ)れてしまいそうな魂を引き留めています。
兆しですよ」
「分かったわ。でも、戻ってきたら説教案件だから。あ、そうだ。
紹介するのが遅れたけど、この子もフウの幼なじみ。菓乃ちゃんよ。フウの大好きなパンケーキを作る天才。マリコも感動すると思うね」
マリコはまた少し笑った。
「フウ様が大好きなパンケーキですね。是非とも味わいたいです」
これまで見せたことのない、カラッと晴れ上がった気持ちのいい微笑であった。だが、この種の情緒はマリコが持ってはいけないと零香の本能は囁いた。しかし、息子の危うい状況下においては、好意的な気持ちに変換して希望を持ちたかった。
いつもの彼女らしくない大袈裟な身振り手振りで菓乃に声を掛ける。
「ほらほら、キッチンを設置してもらったのよ。うぉー、すげェーね。使えそうかしら。
どうよ、どうよ?
使える? 」
菓乃は零香の動揺に気を留めることもなくレンジの火力を確認して、数種類あるフライパンの中から、大きさの割には重い鉄製のモノを選び、匠の如く粛々とすべき動作をしていく。
「このフライパンは厚くていいですね。完璧です」
「重そうね。後、調理行程を撮影してもいいかしら。
・・・・わたしが作ってあげる日が・・・・多分、来るから・・・・」
「どうぞ、撮影してください」
「サンキュー」
零香はカメラのセティングを終えるとベッドに横たわる息子の頬に触れた。
「早速、データのプレイバックを少し見せて。菓乃ちゃんの準備ができるまで」
「承知しました。二人の息子さんたちのアーカイブをご鑑賞ください」
「ふたりの息子? 」
「そうです」
源蔵の戯言と重なった。
「まさか・・・・」
雪崩の如く、忘れていた記憶が鮮明に彼女を襲ってきた。