第5話
文字数 1,707文字
佐藤麻衣は手に食い込むほどに重いスーパーのレジ袋を握りしめて、よろよろしながらマンションの前までたどり着いた。
「はぁはぁ、キツイよ。でもよく、休まずに帰って来れたな。私、根性こんなにあったかな。絶対に推しへの愛だ」
最後のバイトの日に訪れたミラクルが少し怖くも思えた。
「見合うような徳なんて積んでいない。ちょっと無理して家計の足しにバイトをしているくらい。そう考えるとやはり怖いよ。
うっ、神様、後からやり過ぎたとか心変わりしませんよね。
否、ダメだ、ダメ。今日はこの幸せのまま眠りたいんだから」
ネガティブな悪い癖を消し去るために深呼吸してからマンションのエントランスに入ることにした。エレベーターに入り4階までの短い時間にこの後の行動についてシュミレーションする。
「よし・・・・ママが来る前に買ってきた材料を隠して・・・・否、隠さない方がいいか。そうだよ。大切な友達に作ってあげるって言えば、きっとその方が自然だよね。
うっ。は、・・・・吐きそう・・・・。着いた。やばいやばい、早くうちの中に入らないと」
またもや、最悪を予測変換して息が苦しくなっていく。脳内では母親が慟哭して娘を叱責するパレードが爆音で渦巻いてきた。
母の紗耶はお菓子やスイーツ、パンケーキを作ったら、家から外へは持ち出さぬように娘に言い聞かせていた。中学の時、初めてバレンタインデーに粉から練り、焼き上げたチョコクッキーを見つけた母親は、感情をぶちまけるようにそのままゴミ箱へと投げ捨て、長い間ヒステリックに泣き崩れた。その姿にショックを受け麻衣も泣きながら座り込んだ事があった。母親は嗚咽する娘の姿に冷静を取り戻すと頭をなでながらお願いをしたのであった。
「ごめんね。でも、約束して欲しいの。他人には絶対、食べさせちゃダメ。秘密のレシピを狙って悪魔がどこからかやってくるから。
いいわね、お母さんとの約束よ」
そのこともあり、麻衣は喫茶店のバイトを始める際は数日にわたって喧嘩をした。だが母親も我が子の自立と向き合うには良い機会ではないかと考えたようで。
「社会経験も必要だものね。でも、何度も言いたくないから言わないけど。
あの時の約束は守ってね・・・・いいわね」
そう言って、渋々ではあったが成長していく娘の姿を受け入れてくれたのであった。
だが、実際のところ働き出してしまえば、状況から来る必然に飲み込まれるもの。賄いではあったもののパンケーキを焼く機会があった。お客には出さなかったが約束を破ったことにはなる。でも、そのおかげでミラクルが起きたのだ。
麻衣は何気に自ら発した言い訳がふっと頭の中で再生されニヤける。
「推し様に向かって、「友達」なんて言葉を使った言い訳を考えてしまうなんて、おこがましいな」
麻衣は【第九】の看板の前に立っている少女が、一瞬見せた横顔の鼻筋のラインですぐに、推しのヒミであると気付き過呼吸を起こして倒れる程であった。
扉が開いた瞬間に目の前にあるレジ横で出迎えることもできたが、思わず有りもしない仕事を求めてカウンター奥へと逃げてしまった。背を向けて「いらっしゃいませ」となんとか声を出したが、絶対に上ずっていたに違いない。などなど、恥ずかしい自分の様に落ち込みそうになりながらも、帰って来る母親の恐怖に怯えながら、買ってきた大量のパンケーキの材料の隠し場所を求めて狭い台所をあちらこちらを動き回った。
「ただいま、麻衣ごめん、遅くなっちゃった」
「お、お帰りなさい。もたもたしていたせいだ。私の馬鹿」
麻衣は慌てて、足元の収納スペースに袋のまま材料をまとめて押し込み扉を閉めた。
「どうしたの」
「え、ちょと、明日久しぶりに、ちょっとだけ、お菓子でも作ろうかなって」
「あ、そうなの。クッキー? 」
「そう、たまにはね。じゃあ着替えて来るね」
「おかずを買ってきたから、すぐ用意するわね」
母から逃げるように自分の部屋に入る。自らの行動を少し顧みるとあまりに挙動不審過ぎて手が震えている。
「え、なんで、お菓子作るとか言っちゃったんだ、普段から嘘つく癖がないにしてもアホすぎるよ、萎えた・・・・」
スカートのホックを取るのに苦労している自分がいた。
「はぁはぁ、キツイよ。でもよく、休まずに帰って来れたな。私、根性こんなにあったかな。絶対に推しへの愛だ」
最後のバイトの日に訪れたミラクルが少し怖くも思えた。
「見合うような徳なんて積んでいない。ちょっと無理して家計の足しにバイトをしているくらい。そう考えるとやはり怖いよ。
うっ、神様、後からやり過ぎたとか心変わりしませんよね。
否、ダメだ、ダメ。今日はこの幸せのまま眠りたいんだから」
ネガティブな悪い癖を消し去るために深呼吸してからマンションのエントランスに入ることにした。エレベーターに入り4階までの短い時間にこの後の行動についてシュミレーションする。
「よし・・・・ママが来る前に買ってきた材料を隠して・・・・否、隠さない方がいいか。そうだよ。大切な友達に作ってあげるって言えば、きっとその方が自然だよね。
うっ。は、・・・・吐きそう・・・・。着いた。やばいやばい、早くうちの中に入らないと」
またもや、最悪を予測変換して息が苦しくなっていく。脳内では母親が慟哭して娘を叱責するパレードが爆音で渦巻いてきた。
母の紗耶はお菓子やスイーツ、パンケーキを作ったら、家から外へは持ち出さぬように娘に言い聞かせていた。中学の時、初めてバレンタインデーに粉から練り、焼き上げたチョコクッキーを見つけた母親は、感情をぶちまけるようにそのままゴミ箱へと投げ捨て、長い間ヒステリックに泣き崩れた。その姿にショックを受け麻衣も泣きながら座り込んだ事があった。母親は嗚咽する娘の姿に冷静を取り戻すと頭をなでながらお願いをしたのであった。
「ごめんね。でも、約束して欲しいの。他人には絶対、食べさせちゃダメ。秘密のレシピを狙って悪魔がどこからかやってくるから。
いいわね、お母さんとの約束よ」
そのこともあり、麻衣は喫茶店のバイトを始める際は数日にわたって喧嘩をした。だが母親も我が子の自立と向き合うには良い機会ではないかと考えたようで。
「社会経験も必要だものね。でも、何度も言いたくないから言わないけど。
あの時の約束は守ってね・・・・いいわね」
そう言って、渋々ではあったが成長していく娘の姿を受け入れてくれたのであった。
だが、実際のところ働き出してしまえば、状況から来る必然に飲み込まれるもの。賄いではあったもののパンケーキを焼く機会があった。お客には出さなかったが約束を破ったことにはなる。でも、そのおかげでミラクルが起きたのだ。
麻衣は何気に自ら発した言い訳がふっと頭の中で再生されニヤける。
「推し様に向かって、「友達」なんて言葉を使った言い訳を考えてしまうなんて、おこがましいな」
麻衣は【第九】の看板の前に立っている少女が、一瞬見せた横顔の鼻筋のラインですぐに、推しのヒミであると気付き過呼吸を起こして倒れる程であった。
扉が開いた瞬間に目の前にあるレジ横で出迎えることもできたが、思わず有りもしない仕事を求めてカウンター奥へと逃げてしまった。背を向けて「いらっしゃいませ」となんとか声を出したが、絶対に上ずっていたに違いない。などなど、恥ずかしい自分の様に落ち込みそうになりながらも、帰って来る母親の恐怖に怯えながら、買ってきた大量のパンケーキの材料の隠し場所を求めて狭い台所をあちらこちらを動き回った。
「ただいま、麻衣ごめん、遅くなっちゃった」
「お、お帰りなさい。もたもたしていたせいだ。私の馬鹿」
麻衣は慌てて、足元の収納スペースに袋のまま材料をまとめて押し込み扉を閉めた。
「どうしたの」
「え、ちょと、明日久しぶりに、ちょっとだけ、お菓子でも作ろうかなって」
「あ、そうなの。クッキー? 」
「そう、たまにはね。じゃあ着替えて来るね」
「おかずを買ってきたから、すぐ用意するわね」
母から逃げるように自分の部屋に入る。自らの行動を少し顧みるとあまりに挙動不審過ぎて手が震えている。
「え、なんで、お菓子作るとか言っちゃったんだ、普段から嘘つく癖がないにしてもアホすぎるよ、萎えた・・・・」
スカートのホックを取るのに苦労している自分がいた。