第4話
文字数 3,232文字
「はい、お待たせ」
「ありがとうございます」
「ごめんね、ホットケーキセットはもう少し待ってね」
妃美香に向かって詫びた。だが少しその表情には含みが感じられた。
「え?
あ、はい。大丈夫です」
「うお、うおん、うん、うん、それで?」
アマネはすでにパスタを頬ばりながら、ちぐはぐな相槌を打つ。
「コラ! アマネちゃん。その態度はひどいよ。適当過ぎにも程がある。
ヒミちゃん大丈夫、私はしっかりと聞きますからね。それでどうしたの?」
気を遣われた少女は「大丈夫って何だ」と一瞬思いはしたが、リーダーの真剣な表情に苦笑いでやり過した。
「まあ・・・・いいよ。ウチのが来るまでは勝手に論じさせてもらうから。
リーダーも気にしないで食べな。
でね、このオープンワールドゲームの世界観は、優しさだけでない悲しみの果てで覚悟をもって生きていく人間が、新しい次元の扉を如何に開けて世界の終わりを回避するかを突き付けるような、どこか宗教的で啓示的なところでさ。「NSL」のシンボルがKZなんだが、よくあるモブキャスト特有のAI感が臭わないんだよね。プログラミングされている故のちょっとした感覚的な違和感もないってすごいんだよ。それでね、今キャンペーンが始まっているんだけど、世界のスイーツ教えてねってやつでね。
みんなにも是非だな・・・・」
誰もこっちを見ないでランチセットのナポリタンを食べている。
「やばい。これ旨すぎる」
「おいしいねこれ」
「また来ましょうよ」
妃美香はアマネ、マリア、リンの感動の連射をくらう。
「・・ふう、どう?
素晴らしい世界でしょう・・・・。
・・・・ということで、KZの大好物だっていう情報を手に入れたくてパンケーキを求めている事態でありましてみんなにも協力を・・・・ですね・・・・」
妃美香は残念な着地で心は折れてしまった。
可哀そうに思ったのか、隣のテーブルにひとり移動していた石倉マネージャーが優しくたしなめるのであった。
「ヒミ、込み入ったタイプのゲームは素人に説明したってだめよ」
黙ってキット睨んでくる妃美香に身を引きながら続ける。
「ちょっと今オタク感の圧がやばかったからさ。いつもの涼しげな感じのヒミで行きましょうよ、先生、ね? 」
石倉なりに空気を和ませようとしたのであろう。リンは少し震えて下を向き、アマネは口元がにやつき、マリアは大丈夫気にしないでと聖母の祈りみたいにヒミを見つめる。
耐えられない静けさが限界を迎える頃に神の救いが舞い降りるのであった。
「あ、お、お待たせしました。パンケーキをお持ちしま・・・」
夢見ていた存在の降臨がそこにあった。崩れそうでありながらも、しっかり内側へ向かった引力によって程よい曲線。その内側には明らかなふわふわがギュッと抱かれている。
「え?
これなんですけど。天才です」
顔を上げるとそこには『MAPLE BEADS』のTシャツを着た少女がいた。
「ごめんなさい。私がつくりました」
「マジ⁈
見た目は100点。もう天使でしかない」
推しを目の前にして、キョドって固まり暫く黙っている少女にマスターが助け舟を出す。
「バイトさんだけどね。このホットケーキ、否、パンケーキ?
愛が詰まった懐かしいような、でも唯一無二の新しい食感に幸せが満ちてくるのね。
お母さんから引き継がれた味なんだよね? 」
マスターから喋るきっかけを得た少女は想いが溢れ出たかのように勢いよく喋り出した。
「素人なんですけどパンケーキ作りが生きてる癒しと思うほど大好きでこのレシピも母から伝授されてそれを私なりに計算式も使って材料や環境にそった調整をして生地から焼き上げまで全精力をかけて推しのヒミさんに食べていただければうれしい」
妃美香は息継ぎなく説明して倒れそうな少女の手を握って。
「ありがとう、深呼吸して。
もうビジュアルはこれ、・・・・あの時のま・・・・まそっくり。
あ、ごめんなさい。
食べるね」
「へい・・・・」」
妃美香は笑いながらも、真剣な面持ちで、先ずはシロップもクリームもつけないで、再上限の開口サイズにカットして一気に頬張った。
口の中で絶妙なふわふわと反発が融合し舌を包み弾く弾力を追いかけて、舌にやわらかな甘さがキスしてくる。暗闇の秘め事のドキドキが脳裏をかすめる。
「うわーすごい。
え、あなたのお名前は? 」
「佐藤です」
「いつもは作らないの?
なんで? 行列間違いなしよ」
「人様に食べさせる程ではないし、絶対に見ず知らずの人には食べさせてはいけないって母から言われているから。
でも、推しを前にしたら仕方ありません、アハ、ハ、ハハ、ハ・・・・」
「え、面白いですね、さすがヒミのファンだ」
アマネにリンも続く。
「カワイイ、大好き。天使すぎる。ねえ、明日からLIVEが2連戦だけど知っていますか」
「あ、あ、あ、明日も明後日も行きます。チェキも撮りたくて」
「撮ろうよ撮ろうよ。全員でのチェキも撮りましょう。推し変じゃなければヒミ先生も怒らないから。ほら、パンケーキに夢中で見ていやしないわ。推し増しはギリセーフだから。うふふ、約束よ」
マリアの優しさを感謝しながら少女はヒミへと視線を戻した。
「ヤバイ、なくなってしまった」
悲しそうに妃美香は何もない皿を見つめている。いたずらっ子のアマネはリンを抱き寄せて茶化す。
「早食い過ぎ、怖っ。キャー怖いよ。ヒヒヒ、あ、痛い」
妃美香は素早くテーブルの下でアマネのすねを軽く蹴り、少女を気遣うように言い返す。
「人を狂人扱いすんな。怖がってるじゃん、天使ちゃんが」
妃美香はうまさの衝撃の余韻にすぐ機嫌が直っていた。
「ごめん、怖くないから。いつものじゃれ合いだから、冗談よ。
パンケーキはマジだけど。明日は絶対来てね。レスをめちゃ送るから」
「絶対に行きます。もうだめです、ありがとうございます」
そう言い残してカウンターへ小走りで戻って行ってしまった。妃美香は咄嗟に呼びかける。
「待って、菓乃」
佐藤と名乗った少女は聞こえないかのように入って行ってしまった。
「あれ、なんで菓乃って言ったんだ? 」
意味が分からないまま、自らに問いかけている時に、食べ終わった食器の回収に来たマスターが尋ねた。
「どうでしたか? 」
ビクッとしたが、直ぐに我に返って妃美香は答えた。
「ウチが求めていたそのものでビックリです。また来ます。毎日でも」
「ごめん。麻衣ちゃんは今日で最後なんだよね」
「え? 」
「この店も明後日で閉めちゃうんだよ。最近、パティシエの事件あるじゃない。こんな古臭い喫茶店は大丈夫だって言っているのに、娘たちがうるさくてね」
妃美香は大げさすぎる程に肩を落として残念がる。
「え~、マジっすか。
うっ、LIVE前に一口でも食べたかったな」
「明日、差し入れします。皆さんの分も」
奥から少女の震えながらも強い意志ある声が聞こえた。
「やったー、天使すぎ。ぜったい私も食べたいんだもん。
ヒミちゃんが好きなのは私も好きなんだから」
リンがいち早く反応するとアマネはにやりと笑って。
「チビ同盟ってか」
「ヒミちゃんとわたしをチビグループにすんな。二人とも160cmはあるんだから。そっちの二人が170オーバーで、デカイだけじゃ」
今日、初めて聖母のリーダーが怒った。
「やめなさい。私はオーバーではありません。アマネちゃんは知らないけど」
「おい、なんだよ、リーダーそれは! 」
ヒミは少しカウンタ―側に移動していたので、歓喜どディスりのサイクルには入らずに、奥の調理場でチラチラ見える少女の姿を見つめながら呟いた。
「そうだよ、絶対。
鈴野菓乃だよ」
洗い場で麻衣は嬉しさに満ちた気持ちで食器を洗っていたが、何かに気づいたマスターは心配そうに尋ねた。
「どうした? そんなに泣いて。感動し過ぎたのかな」
麻衣は頬に手をやると涙の流れが今も止まっていないのに気付いた。そして、ヒミが発したさっきの声が蘇る。胸がキュッと締め付けられる感じがして、自らに問いかけていた。
「カノ・・・、
誰? 」
視界が更に溢れる涙で霞んだ。
「ありがとうございます」
「ごめんね、ホットケーキセットはもう少し待ってね」
妃美香に向かって詫びた。だが少しその表情には含みが感じられた。
「え?
あ、はい。大丈夫です」
「うお、うおん、うん、うん、それで?」
アマネはすでにパスタを頬ばりながら、ちぐはぐな相槌を打つ。
「コラ! アマネちゃん。その態度はひどいよ。適当過ぎにも程がある。
ヒミちゃん大丈夫、私はしっかりと聞きますからね。それでどうしたの?」
気を遣われた少女は「大丈夫って何だ」と一瞬思いはしたが、リーダーの真剣な表情に苦笑いでやり過した。
「まあ・・・・いいよ。ウチのが来るまでは勝手に論じさせてもらうから。
リーダーも気にしないで食べな。
でね、このオープンワールドゲームの世界観は、優しさだけでない悲しみの果てで覚悟をもって生きていく人間が、新しい次元の扉を如何に開けて世界の終わりを回避するかを突き付けるような、どこか宗教的で啓示的なところでさ。「NSL」のシンボルがKZなんだが、よくあるモブキャスト特有のAI感が臭わないんだよね。プログラミングされている故のちょっとした感覚的な違和感もないってすごいんだよ。それでね、今キャンペーンが始まっているんだけど、世界のスイーツ教えてねってやつでね。
みんなにも是非だな・・・・」
誰もこっちを見ないでランチセットのナポリタンを食べている。
「やばい。これ旨すぎる」
「おいしいねこれ」
「また来ましょうよ」
妃美香はアマネ、マリア、リンの感動の連射をくらう。
「・・ふう、どう?
素晴らしい世界でしょう・・・・。
・・・・ということで、KZの大好物だっていう情報を手に入れたくてパンケーキを求めている事態でありましてみんなにも協力を・・・・ですね・・・・」
妃美香は残念な着地で心は折れてしまった。
可哀そうに思ったのか、隣のテーブルにひとり移動していた石倉マネージャーが優しくたしなめるのであった。
「ヒミ、込み入ったタイプのゲームは素人に説明したってだめよ」
黙ってキット睨んでくる妃美香に身を引きながら続ける。
「ちょっと今オタク感の圧がやばかったからさ。いつもの涼しげな感じのヒミで行きましょうよ、先生、ね? 」
石倉なりに空気を和ませようとしたのであろう。リンは少し震えて下を向き、アマネは口元がにやつき、マリアは大丈夫気にしないでと聖母の祈りみたいにヒミを見つめる。
耐えられない静けさが限界を迎える頃に神の救いが舞い降りるのであった。
「あ、お、お待たせしました。パンケーキをお持ちしま・・・」
夢見ていた存在の降臨がそこにあった。崩れそうでありながらも、しっかり内側へ向かった引力によって程よい曲線。その内側には明らかなふわふわがギュッと抱かれている。
「え?
これなんですけど。天才です」
顔を上げるとそこには『MAPLE BEADS』のTシャツを着た少女がいた。
「ごめんなさい。私がつくりました」
「マジ⁈
見た目は100点。もう天使でしかない」
推しを目の前にして、キョドって固まり暫く黙っている少女にマスターが助け舟を出す。
「バイトさんだけどね。このホットケーキ、否、パンケーキ?
愛が詰まった懐かしいような、でも唯一無二の新しい食感に幸せが満ちてくるのね。
お母さんから引き継がれた味なんだよね? 」
マスターから喋るきっかけを得た少女は想いが溢れ出たかのように勢いよく喋り出した。
「素人なんですけどパンケーキ作りが生きてる癒しと思うほど大好きでこのレシピも母から伝授されてそれを私なりに計算式も使って材料や環境にそった調整をして生地から焼き上げまで全精力をかけて推しのヒミさんに食べていただければうれしい」
妃美香は息継ぎなく説明して倒れそうな少女の手を握って。
「ありがとう、深呼吸して。
もうビジュアルはこれ、・・・・あの時のま・・・・まそっくり。
あ、ごめんなさい。
食べるね」
「へい・・・・」」
妃美香は笑いながらも、真剣な面持ちで、先ずはシロップもクリームもつけないで、再上限の開口サイズにカットして一気に頬張った。
口の中で絶妙なふわふわと反発が融合し舌を包み弾く弾力を追いかけて、舌にやわらかな甘さがキスしてくる。暗闇の秘め事のドキドキが脳裏をかすめる。
「うわーすごい。
え、あなたのお名前は? 」
「佐藤です」
「いつもは作らないの?
なんで? 行列間違いなしよ」
「人様に食べさせる程ではないし、絶対に見ず知らずの人には食べさせてはいけないって母から言われているから。
でも、推しを前にしたら仕方ありません、アハ、ハ、ハハ、ハ・・・・」
「え、面白いですね、さすがヒミのファンだ」
アマネにリンも続く。
「カワイイ、大好き。天使すぎる。ねえ、明日からLIVEが2連戦だけど知っていますか」
「あ、あ、あ、明日も明後日も行きます。チェキも撮りたくて」
「撮ろうよ撮ろうよ。全員でのチェキも撮りましょう。推し変じゃなければヒミ先生も怒らないから。ほら、パンケーキに夢中で見ていやしないわ。推し増しはギリセーフだから。うふふ、約束よ」
マリアの優しさを感謝しながら少女はヒミへと視線を戻した。
「ヤバイ、なくなってしまった」
悲しそうに妃美香は何もない皿を見つめている。いたずらっ子のアマネはリンを抱き寄せて茶化す。
「早食い過ぎ、怖っ。キャー怖いよ。ヒヒヒ、あ、痛い」
妃美香は素早くテーブルの下でアマネのすねを軽く蹴り、少女を気遣うように言い返す。
「人を狂人扱いすんな。怖がってるじゃん、天使ちゃんが」
妃美香はうまさの衝撃の余韻にすぐ機嫌が直っていた。
「ごめん、怖くないから。いつものじゃれ合いだから、冗談よ。
パンケーキはマジだけど。明日は絶対来てね。レスをめちゃ送るから」
「絶対に行きます。もうだめです、ありがとうございます」
そう言い残してカウンターへ小走りで戻って行ってしまった。妃美香は咄嗟に呼びかける。
「待って、菓乃」
佐藤と名乗った少女は聞こえないかのように入って行ってしまった。
「あれ、なんで菓乃って言ったんだ? 」
意味が分からないまま、自らに問いかけている時に、食べ終わった食器の回収に来たマスターが尋ねた。
「どうでしたか? 」
ビクッとしたが、直ぐに我に返って妃美香は答えた。
「ウチが求めていたそのものでビックリです。また来ます。毎日でも」
「ごめん。麻衣ちゃんは今日で最後なんだよね」
「え? 」
「この店も明後日で閉めちゃうんだよ。最近、パティシエの事件あるじゃない。こんな古臭い喫茶店は大丈夫だって言っているのに、娘たちがうるさくてね」
妃美香は大げさすぎる程に肩を落として残念がる。
「え~、マジっすか。
うっ、LIVE前に一口でも食べたかったな」
「明日、差し入れします。皆さんの分も」
奥から少女の震えながらも強い意志ある声が聞こえた。
「やったー、天使すぎ。ぜったい私も食べたいんだもん。
ヒミちゃんが好きなのは私も好きなんだから」
リンがいち早く反応するとアマネはにやりと笑って。
「チビ同盟ってか」
「ヒミちゃんとわたしをチビグループにすんな。二人とも160cmはあるんだから。そっちの二人が170オーバーで、デカイだけじゃ」
今日、初めて聖母のリーダーが怒った。
「やめなさい。私はオーバーではありません。アマネちゃんは知らないけど」
「おい、なんだよ、リーダーそれは! 」
ヒミは少しカウンタ―側に移動していたので、歓喜どディスりのサイクルには入らずに、奥の調理場でチラチラ見える少女の姿を見つめながら呟いた。
「そうだよ、絶対。
鈴野菓乃だよ」
洗い場で麻衣は嬉しさに満ちた気持ちで食器を洗っていたが、何かに気づいたマスターは心配そうに尋ねた。
「どうした? そんなに泣いて。感動し過ぎたのかな」
麻衣は頬に手をやると涙の流れが今も止まっていないのに気付いた。そして、ヒミが発したさっきの声が蘇る。胸がキュッと締め付けられる感じがして、自らに問いかけていた。
「カノ・・・、
誰? 」
視界が更に溢れる涙で霞んだ。